NEW「法的思考並びにこれに基づく起案力について」を付加(谷雅文)

シンプル思考の勧め・その実践的な展開です

令和6年2月26日改訂

・「令和5年新司法試験民法設問1を考える」を付加しました。
・「令和5年予備試験民法設問1を考える」を付加しました。
・令和5年新司法試験民法の出題趣旨が公開されたことに伴い、解答例と対照してみました。
「法的三段論法について」を付加しました。
・「法的思考並びにこれに基づく起案力について」を付加しました​。
・「法的思考はトップダウン型こそが基礎であることについて」を付加しました。
 
★ 民法の答案の書き方について具体的な補足です。

新司法試験・令和4年・民法の問題(設問1)を考える。

1.
設問1(1)の問いは、「~CがAに対して甲土地の引渡しを請求した。Aはこれを拒むことができるか、論じなさい。」です。この問いは平成27年の予備試験の問題に似たところがあります(こちらは、訴えを提起したという設定)。CがAに甲土地の引き渡しを請求したというのですが、これだけでは請求の内容が分かるだけで、その請求の根拠が分かりません。従って何だろ~?と思いつつ、問題文を読んでいくしかありません。
 ここから先は、体力テスト1~3と全く同じ要領で、問題文を読み進めていけば良いのです。そうすると、これは、典型的な物権変動問題だと言うことが分かるはずです。非常に基本的なことが問われているので、誰でもある程度の回答が可能と考えられますが、こういうときは説明の丁寧さで差が付きますから、この点に留意しつつ解答を作成する必要があります。
 答案構成の基本は時系列に沿って説明を進めていけば良いのですが、この問題の場合、CがAに引き渡しを請求したと言う状況が設定されているので、まず、この請求の根拠についてどのように考えられるのかを説明した上で(物権的返還請求権になる)、次いでその請求の当否(これをA側から言うと、請求を拒めるかと言うこと)に及ぶという構成が問いの形に整合的で良いと思います。
 ありそうなものは、いきなり冒頭に「本請求は甲建物の所有権に基づく物権的返還請求である。」とか書き出すものですが、これはあまり感心しませんし、解答としても不十分だと思います。何故なら、そのような書き出しは、第3講(平成23年予備試験の問題)のような問い自体が検討するべき請求権を特定している場合なら、それで良いのですが、本問では、Cの請求が甲建物の所有権に基づく請求だということは、問題文自体からは明らかではないのですから、これでは所有権に基づく請求の当否だけを考えれば良いのだということの説明が何らないことになるからです。なんでそう考えられると言うのか、この問題で示されている事実関係を踏まえて、その理由を示すべきでしょう。どうしても先に請求の根拠を示したいと言うのであれば、いっそのこと「CはAに対して、甲建物の所有権に基づいて引き渡しを請求するものと考えられるが、Aはこれを拒むことができる。」と一気に最終結論を述べた上で、以下理由の通りである~と続けたら良いと思います。これは、結論前出しスタイルです。
 私個人としては、この問題に対しては上記のとおり、1請求の根拠の説明、2その当否、3結論と言う構成でまとめるのが良いと思いますが、そうでなくても、解答をまとめることはできると思います。それは、1甲建物を巡るAとCの基本的な法律関係の説明、2結論と言う構成です。1の部分が先決問題になっていることが分かると思います。実のところ、問題文を読み進めている時、頭の中はこのような構成になっているのではないかと思いますね。それをそのまま説明しても良いのです。
 本問に示された事情からすると、結局のところ、Cは甲建物については何らの権利を取得することはできないのではないでしょうか(民法判例百選○Ⅰ 第9版 No.21+第9講・平成29年予備試験の問題と比較してみると良いです・どう見ても類推の基礎が不十分です)。要するに、BC売買は他人物の売買に過ぎず、Aはこれに拘束されない(=原則のまま・ここを丁寧に説明する必要がある)。そうすると、Cは無権利者に過ぎないのです。他方、Aは甲建物の所有者です。つまり無権利者 vs 所有者と言う関係になりますから、CはAに何も請求することができない(第2講・導入問題と同じ)。従って、当然のことながら、AはCの請求を拒むことができる。
 これはCが終始無権利者に過ぎない(甲建物を巡るAC間の法律関係に変化はない)ということを示すところに説明の主眼がありますが、実はこれで本問題の問いにきちんと答えているのです。問いは、「~CがAに対して甲土地の引渡しを請求した。Aはこれを拒むことができるか、論じなさい。」ですから、これに対してこの構成は、この事情の下ではCはいかなる意味においても、Aに甲建物の引き渡しを請求することはできないのだということ、従って、Cの引渡請求は何らの根拠も持ち得ないということ(=Aはこれを拒むことができる)を十分に示している。ですから、これも立派な解答ですね。後述のとおり、設問1(2)の構成を考えると、こちらでまとめると言うのもありです。また、もし、問題文で、Cが引き渡しを請求したという状況の設定がなく、単にCはAに対して甲建物の引き渡しを請求できるか、と問われているだけなら、最早解答を2段構えにするメリットはないですから、後者の構成の方が良いと思います。
 
2.
設問1(2)の問いは「【事実Ⅰ】及び【事実Ⅲ】(1、2及び7から11まで)を前提として、令和2年6月1日、Dは、Cに対し、甲土地につき、Dへの所有権移転登記手続をするよう請求し(以下「請求1」という。)、それができないとしても、Aへの所有権移転登記手続をするよう請求した(以下「請求2」という。)。これらの請求は認められるか、請求1及び請求2のそれぞれについて論じなさい。」ですが、これも請求1・2の内容は分かりますが、その根拠は示されていません。要するに、問題文に示されている事実関係の下で、請求1・2は認められるかどうかを説明すると言うことに尽きます。
 こちらは、まず基礎体力診断テスト(対F関係)の要領です。これに加えて詐害行為取消権の理解が問われている。これも典型的な物権変動問題ですから、時系列に沿ってまとめれば足りますが、請求1については判例を踏まえた説明が必要です(民法判例百選○Ⅰ 第9版 No.58、同百選○Ⅱ 第9版 No.13)。
また、この設問については、解答の冒頭に請求を示すことは避けた方が良いと思います(ex.Dは、Cに対して、甲の所有権に基づいて甲の所有権移転登記を請求することが考えられる~)。なぜなら、請求1については、所有権に基づく請求、詐害行為取消権に基づく請求が考えられるので(いずれも否定される※)、冒頭に請求の根拠を明示すると無駄が多くなるからです(基礎体力診断テストと同じ)。どうしても冒頭に請求の根拠を示したいのであれば、これも結論前出スタイルにした方が良いです。
 そして、この問題では、(1)(2)のいずれも主張反論の形式は不要です。これはもう分かると思いますが、そう言った記載は無益記載=無駄にしかなりませんから、注意して下さい。
 
3.
また、設問1~3を通じて、弁論のことは全く聞かれていません。従って、これらの問いに解答するにあたり、要件事実ないし要件事実論は不要です。簡単なことをややこしくするのは止めましょう。これが分からないとすると、それ自体が問題です。
※   本問の事実関係からすると、まずDC間では甲建物の所有権の帰属を巡る優劣が先決問題になり(これが第1ラウンド)、この点においてはDはCに勝てないと考えられます(民法177条・基礎体力診断テストの基本的法律関係の説明参照)。従って、この観点からは無権利者D vs 所有権者Cになるので、DはCに対していかなる請求もできないですから(第2講と同じ)、請求1・2のいずれも根拠付けることはできない。
 そこで、Dは売主Aの責任を追及することになるのですが、この時点ではAの唯一の財産であった甲建物の所有権が第三者に移転されており、責任財産がなくなっている。ここで詐害行為の問題なり(これが第2ラウンド)、本問に示された事実関係からすると、その要件の方は充足されるものと考えられるのですが、その権利を行使した際の効果がどう言うものになるのかがさらに問題になります。ここは請求1と請求2の双方について考えて解答するべきです(出題趣旨参照)。まず、請求1は不可ですね(中田・債権総論第4版・322頁γ)。他方、請求2は認められると解されます。Cに対する請求としては抹消登記請求が原則ですが、それだけでは登記名義がAに復帰しません。だからと言って受益者Bも訴えて抹消登記請求しなくてはならないと言うのもいかがなものかと言ったところですね。そこまでしなくても良いんじゃないでしょうか。一種の中間省略登記になりますが、それで不都合はないはずです(内田・民法Ⅲ第4版・384頁)。
 なお、改正民法424条の9は動産および金銭について債権者の直接請求を認めるものですが、不動産には何ら言及がないのですから、この規定の反対解釈を当然ないし絶対的なものとしてはいけません。結論はそれで良いと思いますが、そのような解釈を支える実質的な理由を説明するべきところです。正に形式論と実質論は車の両輪なのです(プレップ民法第5版・64~68頁)。
 以上の次第で、答案構成は以下のようにするとうまくまとまるはずです。
 
1(1)甲土地の所有権の帰属に関する優劣を論ずるセクション
   →C勝(=Dは無権利者)
   (2)上記結論を基礎に請求1・2のついて考察するセクション
   →いずれも×(簡単です)
2(1)1の結論を踏まえて、詐害行為の成立について考察するセクション
   →要件充足(認定は丁寧に!)
 (2)詐害行為取消権を行使した効果について考察するセクション
→請求1×(判例)、請求2○
 請求1について、請求2についてというまとめ方ができない訳ではありませんが、書きにくいと思いますし、絶対そうなるというものでもないでしょうが、視野狭窄に陥りやすいようです。「請求から~」に過度に拘るのは良い結果につながらないので注意が必要です。また、出題の趣旨を見ても、上記に述べたように思考していることが明らかであって、請求から~・・と言った思考はしていないのです(詐害行為の成立は認められるとして、その効果が問題だ・・出題の趣旨7頁ウ)。余計なことをしないで、素直に事実に沿って考えるようにしましょう。
 

★ 新司法試験令和5年民法設問1を考える。

解答例(簡単な法律関係の説明でもある)
設問1

1.
Aの死亡により、甲建物(以下、甲)はBCDらの共有となるが(民法898条1項)、Aの遺言はなかったので、その取得割合はDが2分の1でBCらが各4分の1となる(民法900条1項、同4項)。そうすると、Bの請求1は甲の持分4分の1に基づく物権的返還請求権の行使と解されるところ、Dは甲を占有しているので、この請求はその成立要件を満たす。そして、請求2は請求1を前提とする不当利得もしくは不法行為を理由とする賃料相当損害金の請求であるから(民法703・4条、同709条)、これらは原則として認められるはずある。

2.
(1)これに対して、Dはまず、○アの反論をするが、これは、配偶者短期居住権の主張である。すなわち、被相続人の配偶者は被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に無償で居住していた場合には、その所有権を相続または遺贈によって取得した者に対し、居住建物について無償で使用する権利が認められるところ(民法1037条1項)、DはAの配偶者であって、Aの生前から甲に無償で居住してきたのであり、BCらは本件相続によって甲の共有持分を取得した者であるから、Dは上記要件を充足する。
(2)しかし、この居住権は、相続開始時点における状態の使用が認められるだけであるところ(民法1038条1項)、Dは相続後に甲を改築してその1階で惣菜店を始めているから、用法違反が認められる。この場合、居住建物の取得者は、Dに対する意思表示でこの居住権を消滅させることができる(同条3項)。この意思表示は単独ですることができるが、その効果は遡及しない。本件では令和5年8月10日に、BはDに「あなたには、甲建物に住む権利はない。直ちに出て行くように。」と述べているから、これはDの居住権消滅の意思表示と言える。従って、この時点でDの居住権は消滅したから、Dは反論○アを理由として請求1を拒むことはできないが、請求2については4月2日から8月10日までの分についてはこれを拒むことができる。

3.
(1)次に、Dは○イ の反論をするが、これは共有持分に基づく甲の使用権原の主張である。すなわち、甲はBCDの共有物であるから、Dはその持分に基づいて甲の全部を使用できる(民法249条1項)。もっとも、共有物の使用はその管理に関する事項であるから、その使用方法は持分の過半数で決することになるが(民法252条1項)、Dの持分は2分の1であるから、BCの持分を併せても過半数に至らない。従って、Dは反論○イを理由として請求1を拒むことができる。
(2)しかし、Dはこれをもって請求2を拒むことはできない。何故なら、共有物を使用する者は別段の合意がある場合を除き、他の共有者に対し、自己の持分を超える使用の対価を償還する義務を負うからである(民法249条2項)。Dは自己の持分を超えて甲の全部を使用しているし、BD間に特段の合意はないから、請求2は認められる(但し8月11日以降分)。(1214字)
※ 設問1が基礎問題、設問2が応用問題、設問3が深掘り問題ですね。これは令和4年度もそうでした。
この問題は、平成27年の予備試験民法の問題(本講では第6講)と共通するところがあり、併せて考えて見ると良い勉強になるはずです。これも物権変動問題ですから、基本的に時系列に沿って考えれば良いのです。
 分量はこれ位が適切と思います。実際に書ける分量は4000字位ではないかと思いますが、その30%になります。
なお、本問ではDの反論○ア ○イ が示されていますが、これは誘導です。素直にこれに乗っていけばまとまった解答になるはずです。また、この問題に答えるのに主張反論の形式は不要です。そういう記載は無益記載になりますが、設問2がかなりタフな問題なので、無駄に字数を増やす意味はありませんし、その余裕はないはずです。コスパの良い論述を心がけるべきでしょう。
 実際に書いて見ましたが、設問2は丁度1600字、設問3は1123字でした。配点割合は3:4:3ですから、これとほぼ見合った内容になります。なお、設問2と3の解答例は受講者用となります。
 

 ※ 出題趣旨が公開されたので、上記解答例(これは令和5年8月4日時点で作成されたものです)と対照して見ました。

 設問1の出題趣旨は下記のとおりです。
 『設問1は、建物の所有者の死亡により生じた遺産共有状態の下で、被相続人の子であった共有者の1人が、被相続人の配偶者であった共有者が建物を無権限で使用しているとして建物の明渡請求及び金銭の支払請求をした事案を基に、物権及び相続の両分野にまたがる諸制度の基本的知識と相互関係の理解を問うものである。

(1) 設問1(1)では、配偶者Dが被相続人Aの生前から建物に無償で居住していたことによる無償での占有権原の成立を主張した場合の法律関係が問われている。
 ア その前提として、本問で問題となっている請求は、建物を共同相続することによって取得した共有持分権に基づく返還請求権としての建物明渡請求(請求1)と、請求者Bの共有持分権に対応する使用利益をDが不当に利得していることを理由とする不当利得返還請求、又は共有持分権に対応する使用収益権をDの故意又は過失により侵害されたことを理由とする不法行為に基づく損害賠償請求(請求2)であることを確認する必要がある。
 その際、Bは、Aの財産を共同相続しており、遺産分割は未了であるから、Bは甲建物について共有持分権を有し(民法第898条第1項)、その持分の割合はBの法定相 続分である4分の1であること(民法第898条第2項、第887条第1項、第890条、第900条第1号、第4号)、も指摘する必要がある。 
 イ その上で、Dが主張する無償の占有権原の成否につき、その法的構成を明らかにし、本問での当てはめを展開する必要がある。すなわち、Dは、被相続人の配偶者として、被相続人の生前から被相続人所有の建物に無償で居住していたことに基づき、配偶者短期居住権(民法第1037条第1項第1号)の成立を主張しているものと考えられる。そのため、Dがその法律要件を満たすことを丁寧に論ずることが求められる。
 なお、Dの主張は、遺産に属する建物の相続開始後の使用について被相続人と相続人との間に使用貸借契約が推認される場合に関する判例法理(最判平成8年12月17日民集50巻10号2778頁)によるものと解することもできなくはない。もっとも、この判例は平成30年法律第72号により配偶者短期居住権制度が創設される前のもの であり、現行法制の下では、従前の判例法理と配偶者短期居住権との関係について適切に論ずることが求められる。
  ウ 次に、Dが無断で居住用建物の改築及び店舗開業をしていることから、配偶者短期居住権の消滅が問題となる。これらの行為は、建物の従前の用法を変動させるものであって、用法遵守の善管注意義務(民法第1038条第1項)に違反し、配偶者短期居住権の消滅請求事由となり得る(同条第3項)ところ、Bの申入れ(事実3)により消滅請求の意思表示がされたものと解することができるかについて、事案を分析して法律要件に適切に当てはめることが求められる。
 なお、目的不動産が共有される場合において、配偶者短期居住権の消滅請求を各共有者が単独でできるかどうかも問題となり、この点について適切に論ずる答案は、高く評価される。

(2) 設問1(2)では、Dが、建物の共有持分権を有していることを根拠に、無償での占有権原があると主張した場合の法律関係が問われている。
 ア 請求1については、まず、Dが、Aの配偶者として法定相続分2分の1の割合で共同相続し、甲建物について2分の1の共有持分権を有していることを確認する必要がある。そして、相続財産の共有(遺産共有)も民法第249条以下に規定する共有とその性質を異にするものではなく(最判昭和30年5月31日民集9巻6号793頁)、共有の規定が適用されるが、各共有者は共有物の全部についてその持分に応じた使用をする権限を有するため(同条第1項)、Dは甲建物につき正当な占有権原を有する。
 そのため、Bの明渡請求は直ちには認められず、明渡しを求める理由があることを主張立証する必要があること(最判昭和41年5月19日民集20巻5号947頁)について、判例法理を踏まえて適切に論ずることが求められる。共有者間で誰が共有物を使用するかを決めるのは共有物の管理に関する事項に当たること(民法第252条第1項後段)を踏まえ、Bの請求に理由があるかどうかにつき、BがCの同意を得たとしてもなお持分の過半数による決定を得ることができないことを指摘しつつ、事案を分析して自説を展開する必要がある。
 イ 他方で、請求2については、Dが共有者として正当な占有権原を有しているとしても、その持分は2分の1にすぎないことに着目する必要がある。共有者は、その持分割合を超えた使用利益を享受することまでは正当化されないため(民法第249条第2項)、Dが、請求2(Bの持分割合に応じた使用利益相当額の支払請求)を拒むことができないとの結論を導くことが求められる。』

 私の解答例は出題趣旨と比べて部分的に薄いな~と言うところが散見されるだけで、その構成はほとんど同一であることが分かると思います。これこそが、問題に対する思考の仕方が正しいことを明確に示していると思います。正しく考える練習をしましょう。
  答案にはその思考過程を示すのです。「書き方」が先にある訳ではありません。


 

令和5年予備試験民法設問1を考える。

解答例(簡単な法律関係の説明でもある)
設問1

1.
(1)AB間でAを注文者、Bを請負人として甲の修復を目的とする請負契約が締結され、その報酬は250万円とされた(民法632条・以下法令名省略)。
 ところが、この時点で既に甲は原型を止めないまでに腐敗し、修復不可能な状態であったから、本件請負契約は原始的に履行不能である。そこで、AはBに履行の請求はできないが(412条1・1項)、このことは本件請負契約を無効にしないから(同条2項)、これに反するAの主張は認められない。
(2)次に、本件請負契約は履行不能であるから、Aはこれを解除できるし、解除しなくても自らの報酬支払義務の履行を拒絶できるのが原則である(542条1項1号、536条1項)。但し、履行不能が債権者(A)の責めに帰すべき事由によって生じたときは、この限りではないから(543条、563条2項)、この点の検討が必要である。
 ここに債権者の責めに帰すべき事由というのは、債権の内容が実現されていないにも係わらず、契約の拘束力からの解放を債権者に許さないことが正当化されるような事情を意味するところ、甲が修復不能になったのはAの保管方法が劣悪であったことにあるが、甲はAの所有物である上、Bとの契約締結前のことで、Aに特段の保管義務が課せられていた訳でもないから、Bが修復の機会を失ったとしても、Aに本件請負契約からの解放を許すべきでないとまでは言えない。
 従って、Aは本件請負契約を解除して、報酬支払を免れることができるし、解除しなくても、その履行を拒絶できる(修復していないので、Bの報酬債権は発生しない)。この限りでAの主張は正当である。
(3)もっとも、Aは交渉の過程で、Bに不測の損害を与えないようにする一般的な注意義務を負っていたから、この観点からの検討が必要である。本件では、本件請負契約を締結するに当たり、BはAに、甲の状態や保管状況を尋ねたにも係わらず、Aは容易であったはずの確認を怠り、きちんと保管しているから大丈夫と安易な回答をして契約に及んだ。その結果、Bは甲の修復の準備に取りかかり、材料費40万円を支出するに至った。このBの支出はAが契約締結前に甲の状態を確認していれば発生を避け得た損害であり、Aの不注意はBの正当な利益を侵害する不法行為と言える(709条・判例)。
 従って、Bはこれを根拠としてAに40万円の支払を請求できる。
(979字)
※ 基本的なことをきちんと説明して行ったら結構な分量になりました。設問2があることを考えると、実際これ位が書ける限界だと思います(全体では1894字)。

 設問1は物権変動ではないその他に属する問題ですが、アプローチの基本は何ら変わりはありません。やはり時系列に沿って思考を進めていけばいいのです。
難しいように見えるのですが、要するに「履行不能」ですね。実は、非常にシンプルなのです。改正法では原始的不能と後発的不能に区別がない(潮見・基本講義債権各論Ⅰ第4版・10頁1.4)というところに気がつければ、そこから原則→その例外と思考を進めていく事ができるはずです(上記解答例のとおり)。解除と履行拒絶権との関係も含めて頭の整理をしておきましょう。
 また、解答にあたり、冒頭に請求を示す必要がある訳でもありません。解答例に示したとおり、本件請負契約に基づくBの報酬請求は全額認められないことになりますが、Bはこれとは別に不法行為を理由に40万円の支払いを請求できる。このように、Aに対する請求は複数考えられますから、解答の冒頭に「本件の訴訟物は本件請負契約に基づく250万円の報酬請求権である」的な決め打ちをすると、自縛状態に陥り、やっかいなことになります。冒頭に請求を示すとしても、検討項目を提示する位の感覚でいた方が健全です。
 543条と563条2項における「債権者の責めに帰すべき事由」の意義については、考えてこなかった人が多いのではないでしょうか。Bは仕事をしていないのですから、そのBが報酬を請求できると言うのは余程のことがなくてはならないはずです。Aは甲の修復を強く望んでいましたが、それが自らの不始末でかなわなくなった・・それで十分ではないでしょうか。本件の事実関係の下でBの報酬請求を認めるというのは、いかにも据わりが悪く、結論として受け入れ難いものです。
 潮見・基本講義債権各論Ⅰ第4版・70頁
 錯誤・取消を考えた人は多かったようです。

原始的不能と錯誤は関連するので、これが思考に入ってくることは分かるのですが、本問の解答にあたり、その検討を示す必要はありません。何故なら、本問の事実関係からは、Aは本件請負契約を解除できますし、解除しなくても、報酬の支払を拒絶できるのです。この結論は、錯誤による取消の成否に影響を受けません。つまり、錯誤が認められようが否定されようが、いずれにせよBの報酬請求は認められない。これを要件事実的に言うと、そもそも請求原因が立たないので、抗弁を検討する必要がない。ですから、錯誤取消の成否を長々と検討した人は、この関係が見抜けていないと言うことになりますから、注意しましょう。また、実際にこれを書けるのか?という疑問もあります。これを書いていると他が書けないという関係になるので、結論に影響を与えないことを重点的に書くのはどうかと思います。そして、問題文の誘導も重要です。問題文上、Aは「~甲が現に修復されていない以上、金銭を支払う理由はない。」と反論しているところからすると、563条(履行拒絶権)に誘導しようとしていることが伺われますから、こちらが優先であるべきで、錯誤はこれに劣後すると解するべきでしょう。こういったことから、本問の解答にあたっては、錯誤にウエイトを置くべきではないと考えられます。触れるとしても、極簡単に済ませるべきです。

1(3)の部分は、契約締結上の過失と言うタイトルで議論されている論点です。解答例は判例の立場でまとめていますが、安全配慮義務のように考えて、信義則上の保護義務違反で債務不履行構成もありだと思います。
 民法判例百選Ⅱ第9版No.4
 設問1・2を通じて言えることですが、主張反論形式の解答は全くお勧めできません。その理由は全く明らかだと思います。そういった記述は本問では無益記載ですが、無益な事を書いている余裕はどこにもありません。

 設問2も含めてより詳しい解説は受講生用になります。
 
 

★ 法的三段論法について


1. 
 受験生の中で、用語法について混乱があるようなので、正しておきたいと思います。法的三段論法を広い意味で言う場合、それは法規範に事実を当てはめてその結論を示すと言う思考そのものです。従って、それは法的思考と言い換えることができる位です。
 次に、狭い意味で法的三段論法を言う場合、それは説得のための論理展開を示すものです。これが受験生にとってまず目に付く部分になり、答案の書き方と言う形で現れてくるところです。
 すなわち、問題提起→規範定立→あてはめ→結論のいわゆるIRACです。
狭い意味での法的三段論法の展開について、上記令和5年予備試験民法設問1や令和5年新司法試験民法設問1で考えて見ましょう。

2. 
 まず、簡単で分かりやすい方は予備試験の問題の方になりますが、この解答例では、(2)の部分に出てきます。

・問題提起
→『但し、履行不能が債権者(A)の責めに帰すべき事由によって生じたときは、この限りではないから(543条、563条2項)、この点の検討が必要である。』
・規範定立
→『ここに債権者の責めに帰すべき事由というのは、債権の内容が実現されていないにも係わらず、契約の拘束力からの解放を債権者に許さないことが正当化されるような事情を意味するところ』(ここは規範の意味内容をより具体的に示している)
・あてはめ
→『甲が修復不能になったのはAの保管方法が劣悪であったことにあるが、甲はAの所有物である上、Bとの契約締結前のことで、Aに特段の保管義務が課せられていた訳でもないから、Bが修復の機会を失ったとしても、Aに本件請負契約からの解放を許すべきでないとまでは言えない。』
・結論
→『従って、Aは本件請負契約を解除して、報酬支払を免れることができるし、解除しなくても、その履行を拒絶できる(修復していないので、Bの報酬債権は発生しない)。』

 上記(2)で法的三段論法のフルコースが示されている訳ですが、それは、ここが重要なところだからです。
いくつか再現答案を見たところ、AB間の合意が請負契約であることについて、フルコースを示しているものもありました。私の上記解答例では(1)の部分がこの部分に相当するのですが、上記のとおりで、ここではそういった書き方はしていません。何故なら、本件のAB間の合意が民法632条の請負契約であることは、自明の事でそこに何か問題があると言う問題でないからです。つまり、ここで、請負契約とは~と振りかぶって規範定立した上で、あてはめを示していくと言うこと自体は可能ですし、それ自体が間違いという訳ではないのですが、その必要はないと判断しているのです。要するに、頭の中ではこれはできているのですが、それをそのまま書いて示している訳ではない。
 つまり、広い意味での法的三段論法は頭の中で展開されていても、それを全部書いて示すと言うことではなく、重要なところでフルコースを示すのだと言うことなのです。これは決まりがあると言うことではなく、判断事項なのです。判断力は練習によって向上します。ですから、「書き方」を覚えると言うことではなく、練習しましょう。自分の判断が良いのか悪いのか・・どこに問題があるのか・・こうしたことは、自らが積極的に取り組む他はありませんし、その過程では比較対照できる良い解答例に接することも重要なことです。いわゆる「参考答案」の意義はこの点にあると言えます。

3.
 次に、新司法試験令和5年民法設問1ですが、こちらはやや難しくなります。この解答例では2(1)(2)に具体的に示されています。
・問題提起
→『これに対して、Dはまず、○アの反論をするが、これは、配偶者短期居住権の主張である。』
・規範定立
→『すなわち、被相続人の配偶者は被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に無償で居住していた場合には、その所有権を相続または遺贈によって取得した者に対し、居住建物について無償で使用する権利が認められるところ(民法1037条1項)』
・あてはめ
→『DはAの配偶者であって、Aの生前から甲に無償で居住してきたのであり、BCらは本件相続によって甲の共有持分を取得した者であるから』
・結論
→ 要件を充足するので、占有権原が原則としてあると言うことになるのですが、本問では用法違反の問題が出てくるので、その検討へ進むので、ここでは結論は留保して、(2)へ続きます。

(2)の部分は結構複雑です。規範定立とあてはめが交互に現れてきていますが、これも法的三段論法の展開です。
・規範定立
→『しかし、この居住権は、相続開始時点における状態の使用が認められるだけであるところ(民法1038条1項)』
・あてはめ
→『Dは相続後に甲を改築してその1階で惣菜店を始めているから、用法違反が認められる。』
・結論(効果であると共に、居住権の消滅を導く法律要件の定立でもある)
→『この場合、居住建物の取得者は、Dに対する意思表示でこの居住権を消滅させることができる(同条3項)』
・規範定立(さらにその規範の内容を具体的に提示)
→『この意思表示は単独ですることができるが、』
・結論(権利行使の結果)
→『その効果は遡及しない。』

この効果を示した上で
・あてはめ
→『本件では令和5年8月10日に、BはDに「あなたには、甲建物に住む権利はない。直ちに出て行くように。」と述べているから、これはDの居住権消滅の意思表示と言える。』
・最終結論
→『従って、この時点でDの居住権は消滅したから、Dは反論○アを理由として請求1を拒むことはできないが、請求2については4月2日から8月10日までの分についてはこれを拒むことができる。』

 (1)の部分はまだ分かりやすいでしょうが、(2)の方は一筋縄ではいかないと思います。こういうところは結構感覚的なもので、こう書いた方が説得的だろうとの判断によるものです。決して決まりがあると言うものではありません。(1)(2)を通じて、法的三段論法をフルスペックで展開している訳ですが、何故、そうしているのか?と言うと、ここが重要なところだからです。何しろ、問いは「Dは、下線部○アの反論に基づいて、請求1及び請求2を拒むことができるかどうかを論じなさい。」と言うものなのですから、この反論はどういう法律的な根拠に基づくものなのか、その反論は本件の事実関係の下で成り立つのか否かと言うことについてできるだけ説得的で丁寧な説明をするべきだからです。どこが重要部分なのかは、基本的に判断事項になるのですが、この問題の場合、Dの反論という形で誘導が設けられているので、非常に分かりやすいはずです。最近の問題はこうした誘導が設けられている場合が多いので、誘導には素直に乗って行くという姿勢が大切ですね。もっとも、当然とも言えますが、誘導の意味を理解する実力は必要です。(2)の部分は結構複雑ですが、これも練習することでできるようになって行きます。今現在できないとしても、諦めてしまうのでは勿体ない。受験生がするべきことは一つしかありません。「少しでも良い(評価される)答案を書く」そのための努力をする。これに尽きます。
 以上の次第ですから、法的三段論法で書くとか、書かないとか、法的三段論法は不要だとか言う議論は不毛なので止めましょう。
 
 

★ 法的思考並びにこれに基づく起案力について

 これはそう難しいことではないのですが、簡単なことを難しくしてしまったり、誤解している人が多くいるのではないかと思われます。ここは抽象的に考えるのではなく、具体的な事例に基づいて考えて欲しいところです。法的な思考およびその思考過程は、既に公開されている①第2講(導入問題)や②第3講(平成23年予備試験民法)、③上記新司法試験令和5年民法設問1、④同年予備試験民法の各問題に対する各解答例に示されているとおりであって、例えば①②の場合であれば、甲土地の所有権がAに帰属していると言う状況の認識から始まりますが、これは法的な状態の認識であって、これ自体が法的な思考(の始まり)なのです。これは少しでも民法を学修した人ならば、誰でも分かることですし、誰もが実際にやっていることだと思います。また、③の場合では「Aの死亡により、甲建物(以下、甲)はBCDらの共有となるが(民法898条1項)」で始まりますが、これは人の死亡によって相続が開始して(民法882条)、その結果、甲建物が相続人らの共有物になったことを、少々はしょって説明している部分です。これも法的な思考になりますし、④の冒頭部分となる「AB間でAを注文者、Bを請負人として甲の修復を目的とする請負契約が締結され」とあるところも法的な思考です。
 このように、法的な思考は法律を学んだ者が事実に対して普通に行っている思考であって、決して「難しい」とか「分からない」と言うものではないはずです。ただ、自分の思考過程をしっかりと自覚できていないと言うことはあり得ることでしょう。つまり、メタ認知(=自分を見ている自分)が十分にできていないのです。これは自分の思考(つまり頭の中)をしっかりと見つめ直すこと、抽象的に考えるのではなく、事実に向き合って考えることを意識して実行していけば、必ず改善することができます。本講座ではこのことを強く意識して事案分析のプロセスを示すように心がけているので、この点が自分に足りなかったと思いあたる人にとっては格好の内容になっているはずです。
 次に、上記のような法的思考が理解ないし実感できない原因として考えられるのは、何も分からないうちに「答案の書き方」から教えられて、その書き方に自分の思考が縛り付けられているために、思考過程=答案の書き方となっていると言うことではないでしょうか。多く見受けられるのは、とにかく主張反論の形で書こうとするものです(そう書くように教えられた)。これは大変に不幸なことで、もしそうなら、直ちにそのような状態から脱出するべきものです。
 例えば、上記①②③④のいずれも主張反論スタイルで解答を書く必要はなく(必要があると言うのは、そうしないと減点されると考えられると言うことですが、主張反論スタイルでないと減点されるようなことは考え難い。このことは新司法試験平成30年の民法採点実感にも明らかです・注)、むしろ、そのようなスタイルに固執すると無益記載が増えて不利になるだけなのに、そのことに気がつかない。そして、上記で示しているような意味での思考やその思考過程自体が、法的な思考であり、法的な思考の過程なのだと言うことが理解ないし実感できないと言うことにつながっている。ですから、私はそういった書き方に自分を縛り付けるようなことはやってはいけない、書き方が先にある訳ではない、それは本末転倒ですよ、と言っているのです。
 自分の起案力に自信が持てないと言う人は、こういう沼にはまり込むがあります。誰でも自分の文章力には不安をもっているでしょうが、不安だからと言って書き方を決めてかかっていると、起案力が向上しないだけに止まらず、反って不利なのです。その悪循環から抜け出して欲しいと思います。本講座では、書き方から入るのではなく、事案分析をする際の思考過程から入ります。その際の思考過程こそが最も重要な核心部分であり、その思考過程を示すのが法律答案なのだと言うことを示しています。ですから、本講座は自分の起案力、文章力に自信が持てないと言う人にとっても最適な講座になっているはずです。

注:同年の採点実感では下記のとおりの指摘があります。「設問1について,問題文では「Bの本件売買契約に基づく代金支払請求は認められるか,理由を付して解答しなさい。」と問われているのだから,それに向けて直截に自己の分析の結果を論述していくのが望ましいものである。ところが,AとBのそれぞれの主張を前提としながら,当事者双方の主張・反論について,「Aは~と主張する。これについては,・・・・と考える。これに対し,Bは~と反論する。これについては・・・と考える。」といった形式で論述を進める答案が散見された。このような答案はそれぞれの主張・反論といった形式で記載しようとするあまり,論旨の明確性を欠く嫌いがあり,中には論理的な一貫性を欠くものも見られた。「代金支払請求は認められるか,理由を付して解答しなさい。」という問いに素直に答える方が望ましいものと考えられる。」

★法的思考はトップダウン型こそが基礎であることについて

 トップダウン型とボトムアップ型の思考については、この記事の下部分で説明されているので、それを参照していただければ容易に理解できると思います。今回はこれを前提として、さらに具体的な事例に基づいて説明を加えたいと思います。
 特に、民法について言われているようなのですが、「民法は効果から考える」と言う言明があります。効果から考えると言うのはボトムアップ型の思考ですが、これは確かに重要な思考モードであることは間違いありません。しかし、この思考は法的思考の基礎、基本ではありません。これはもう原理的に言って、基礎、基本ではあり得ないのです。何故なら、およそ人間の認知はまずもってトップダウンで行われるからです。
 このことは、例えば、自分の目の前にいる小動物が猫だと言う認識は、いかにして行われているのか?を考えて見れば全く明らかなことでしょう。それは「猫」を知っているからですね。もう少し厳密に言うと、猫と言われる小動物を多数見たり、触れたりしてきた経験から、「こういう小動物」を「猫」と言うのだという「猫」の特徴を自己の体験に基づいて類型化して把握していて(これを認知科学上「カテゴリー」と言うようです・典型契約と性質決定・有斐閣・大村敦志著・318頁)、その類型と同一の特徴を有する小動物を猫だと(瞬時に)判断している。ですから、このようなカテゴリーを未だ獲得していない乳幼児はこうはいきません。猫を認識するには、まずもって、猫と言われる小動物についての多くの知見体験を(試行錯誤を繰り返して)獲得する必要がある(前掲・大村では、子供が母親から教えられる様子があげられています・「あれはワンワン?-「そうね。」「違うわね」というやりとり)。
 法的思考も基本的にはこれと同じなのです。むしろ、法的思考がこれと異なっていると言うこと自体が不合理で、それこそあり得ないとも言えます。そして、これはどの教科についても通用することで、民法もその例外ではありません。すなわち、この点について山本敬三先生は、民法講義Ⅳ-1・8~9頁Comment欄において「~現実の事態を法的な問題として捉える場合、その前提として、それを法的な問題として意味付ける枠組的な知識、つまり、法的スキーマが必要になる。そうした法的スキーマが準拠枠としてあたえられ、それが共有されているからこそ、われわれは対象となる事態を法的に構成し、それについて議論し、了解することが可能になる。典型契約は、まさにそうした法的スキーマとして働くものに他ならない。~」と指摘されています(ここに「スキーマ」とあるのは上記「カテゴリー」とほぼ同義と解されます)。
 さて、上記を実務家の具体的な思考に照らして見ますと、実務家は法的問題に出くわすと、まず、何の事件かな?と考えます。事件(紛争)の類型と言っても良いですね。不動産の事件だな、とか、倒産事件だとか、交通事故だとか、それは実に色々ある訳ですが、大体そういった事件類型について~訴訟の実務と言った本があったりします。これも一つのトップダウン型の思考であって、これによって、当該事件に適用がある法規を結構絞り込んでいるのです。思考の効率化ですね。これで全部分かると言うものではないのですが、それなりに重要です。これを受験生に即して言うと、何の問題?と言うことになるのですが、実務家を目指して勉強しているのですから、実際の実務家のまねをしていくのが効率的です。不動産の問題だな、とかですね。まさに、あれワンワン?と同じです。いきなり具体的な請求を考えると言うことではなく、まずは、事件(紛争)の類型を把握する。これは学修によって可能になるものですし、裏から言えば、学修なくして、このような把握をすることはできないと言うことでもあります。ですから、既に説明しているように、プロの実務家は初めから法的な分析を始めるのであって、プロを目指す以上は、「生」の主張とかは(初めは仕方ないとしても)、本当に卒業していかないといけません。
 以上を令和5年の新司法試験民法設問1で具体的に説明しましょう。解答例は上記のとおりです。まず、この設問の問いは、(1)(2)と2つあるのですが、いずれも、「Dは、下線部~の反論に基づいて、請求1及び請求2を拒むことができるかどうかを論じなさい。」とあるだけなので、これだけでは法律的な状況が全く把握できません。そこで、問題文の冒頭から読んでいくしかない訳です。そうすると、第1文中に、Aは~所有する「甲建物」と出てくるので、これは不動産ものだな・・と考え始めますね。この時点で甲建物を巡る関係人の法律関係を考えれば良いんだな・・と言うところです。そうして問題文を読み進めていくと、「Aが死亡して、B、C及びDがAの財産を相続した。」とありますから、これは相続の事件(問題)だと分かりますし、問題の甲建物については、Aもと所有から、相続の開始によってB、C、Dがこれを承継取得し、共有物になったのだ(民法882・896条・898条1項)、と把握します(持分割合はDが2分の1でBCらが各4分の1となる・民法900条1項、同4項)。このように、甲建物を巡る関係当事者の置かれた法的状況が段々絞り込まれて、明らかになってくる訳です。ここから先は、BとDが甲建物の使用を巡って争いになっていて、Bが甲建物を占有するDにその明け渡しを求めています。ですから、BのDに対する請求1の根拠は甲建物の持分(4分の1)に基づく物権的返還請求権になりますね。
 このように、問題文を読解して行く過程で明らかになった状況下で具体的な請求について考えていくことになるのであって、決して、請求が始めにある訳ではありません。あたりまえの事ですが、請求は天から降ってこないのです(問題自体が請求を特定している場合は別です・平成23年の予備試験民法の問題・第3講の公開講座を参照願いますが、ここでも法的解析の過程は明確に示されています-解答例はそのダイジェスト)。
 続いて、小問(1)では、下線部アの反論の法律上の意味を示して説明するべきことになるのですが、ここでも、トップダウン型の思考とボトムアップ型の思考の関係を明らかにすることができます。まず、学修が進んでいる人(本問に即して言えば、相続関係の学修、とりわけ配偶者短期居住権に関する知見を持っている人)は、上記の法的状況から、Dのこの反論は配偶者短期居住権(民法1037条1項)の主張だと直ちに判断することができます。すなわちトップダウンで思考が進むと言うことです。そこで、直ちに条文にアクセスし、その条文を使って考えを進めていくことができる(頭の中で土俵が設定されるという感じです)。本件では、居住権の要件充足は認められるが、改築しているので用法違反が認められ、消滅請求ができるはず・・その意思表示は・・と言う具合ですね。これは解答例に示されているとおりです。この過程において、「生の主張」だとかが介在することはありません。なお、Dの反論は問題文に示されているので、これをDの生の主張だと言う人がいるかも知れませんが、問題文自体をそう言い換えているだけで意味がありませんし、この場合の「Dの反論」は誘導です。
 以上に対して、学修が進んでいない人(相対的なものですが、本問に即して言えば、相続関係の学修が不十分、とりわけ配偶者短期居住権に関する知見がない人)は、上記のようにはいきません。これもまた明らかなことであって、こうなると、何か占有権原となる権利はないか?と規範探査をする他はないことになります。これが「効果から考える」ボトムアップモードです。そうして首尾よく、民法1037条1項にたどり着けた受験生もいたと思いますが、たどり着けなかった人も多くいたようです。なお、使用貸借の推認(判例)のことは知っていて、これを論じた人も結構いたというのが採点実感から伺えます。
 要は、配偶者短期居住権にたどり着ければ良いのですから、上記の思考はそのいずれであっても構わないとは一応言えますが、どちらが望ましいかと言われれば、前者であると言う他はありません。プロの実務家を目指すのですから、これ位の問題であるなら、そうあるべきでしょう。何故なら、前者の方が基礎体力がしっかりしていて、その結果、事案分析の思考過程に無駄がなく、スピードも圧倒的に速いからです。その差は歴然としています。ですから、これができなかったと言う人は、勉強不足が原因なので、勉強+練習して克服して行くべきです。ここは少し厳しいと言うことになるのですが、実務家の目線で言うと、本問の状況は結構よくあるベタな事例なので、これは電光石火でできて欲しいです。司法試験は実務法曹の登用試験なのですから、この点はそう理解して下さい。
 なお、誤解を避けるために言っておくと、いわゆる要件事実を考える際には、法律効果がどういうものなのかをしっかりと考えることが非常に重要なことになります。これは、上記規範探査の思考過程とは観点が違うもので、効果が分かっていないと当該主張(法律要件に該当する具体的事実)の弁論における意義が理解できないからです(請求原因なのか、抗弁なのか、はたまた再抗弁なのか・・)。このことは、本問の解析にあたり、上記の前者のようにトップダウンで思考を進めていくことができる人においても、必要なことです。
 以上の次第ですから、法的思考はトップダウンこそが基礎であり、基本なのです。ボトムアップは重要ですが、補助的なものになります。トップダウンで思考を進めていくことができると言うことは、それだけ基礎体力がしっかりしているだけのことであって、それができるなら、その方が望ましいのです。それがいけないとかおかしいとか言うのは間違いです。要は、具体的な事実(事例問題)を考えて見ることです(とりあえず、公開講座の第2講・導入問題TEXT補足説明のおまけとして添付してある基礎体力診断テストをお勧めします・絶対損しないと思います)。具体的な事実を前にして、本当に「効果から考える」のでしょうか?それ以前に何か考えているのではありませんか?それはどのような思考でしょうか?そこのところを今一度見つめ直して欲しいと思います。

★Coffee Time

 用語解説:他人物売買は債権的に有効だが、物権的に無効である。
 初学者の人がこれをいきなり言われたら、おそらくよく分からないのではないでしょうか。これはあまり良い言い方ではないので、特に初学者に対しては使わない方が良いのです。
 まず、債権的に有効だと言うのは、他人の物を目的とした売買契約も、その合意は当事者を拘束すると言うことです(条文にない民法の原則のうちの一つ)。つまり、この合意は、売主と買主の間で合意に従った権利義務を発生させる。このことを民法561条は売主の義務の側から定めているのです。実は、日本民法の母法であるフランス民法では他人物の売買は無効とされているのですが、起草者達はこれは誤りだとしてその主義は採らないことにしたのです。このことは意識して採用されたものですから、私は納得できないので、無効と考えるとか言っても通用しません。これは受け入れて貰う他ありません。
 次に、物権的に無効だと言うのは、目的物の所有権が買主に移転しないと言うことです。上記のとおり、他人の物を目的とした売買契約も当事者を拘束するので、売主は買主に対して目的物の所有権を移転する義務を負うことになるのですが、当該物の所有者ではないので、当該目的物の所有権が移転しません。これも条文ににない民法の原則になりますが、ここでは2つの原則が適用されています。
 第一は「合意は当事者だけを拘束する」です。他人物売買の場合、目的物の所有者は合意の当事者ではありませんから、売主と買主の合意に拘束されることはありません。
 第二は、「誰も自己が有する権利以上の権利を他人に移転できない」(別名「無権利の法理」)です。他人物売買の売主は当該目的物の所有権を有していないので、その所有権を買主に移転することはできない、つまり、この部分では当事者の合意は効力を有しないと言うことですね。ここでは効力を生じないので無効だと言っている訳です。
 明文の規定がないので、分かりにくくなっているところなのですが、ご託宣のように債権的に有効だが物権的に無効だとか言っておしまいにしないで、条文になっていない原則規範が働いていることを理解して下さい。

★民法177条に関する誤解が蔓延している件について(超重要)

 まずは下記を読んで見て下さい。これは平成27年の予備試験民法の問題に対する私が起案した解答例からの抜粋です。

「1 Aは甲建物(以下、甲)を所有していたが、これを平成26年4月20日にBに贈与したので、甲の所有権はBに移転する(民法549条、同176条)。書面によるものなので、Aはこれを解除できない(民法550条)。もっとも、Bはこの旨の登記をしないとその権利取得を第三者に対抗できない(民法177条)。本件では、AB間で所有権移転登記の日を同年7月18日に行うことと定めたから、Bは未登記のままである。
 その後Aが死亡したので、その子CDEらがAの権利義務を包括的に承継したが(民法896条)、甲についてはAが対外的には所有者の地位を保持したままであったから、CDEらはその地位も承継し、甲はCDEらの共有となる(持分は各自3分の1、民法898条、同900条4号)。

 2 続いて、CDらは同年10月12日にFに対して甲を売却した。しかし、甲はCDEらの共有物であるから、その処分は共有者全員一致でなければすることができない(民法251条)。CDらはFに遺産分割協議が成立したことを認めるEの確認書を呈示しているが、これは偽造されたものであるから無効である。しかし、遺産分割前の遺産についても相続人は自己の持分を処分することはできると解されるので、この部分につきFが民法177条の第三者と言えるか問題になる。
~略~
 そこで、最終的に甲はB(持分3分の1)とF(持分3分の2)の共有に帰した。

 3 設問1
 この状態でFが甲の明け渡しを求めてBを訴えたのが本件訴訟であるから、Fは甲の共有持分権3分の2に基づく物権的返還請求権を行使するものと解される。~以下(この請求の当否に関する考察を示すセクション)略」

 いかがでしょうか?
 続いて、これとこの問題の出題の趣旨(設問1)を比較して見ましょう。出題の趣旨は以下のとおりです。
「設問1は,甲建物に関する権利関係を明らかにした上で,甲建物の過半数の持分を有する者が他の共有持分権者に対して明渡しを求めることができる場合があるかどうかを問うものであり,これにより,事案に即した分析能力や論理的思考力を試すものである。」
 上記の解答例は、1、2の部分が、関係当事者の「甲建物に関する権利関係を明らか」にする部分であり、3でその請求の当否を検討する部分になっていますから、この出題趣旨が言うとおりの構成になっていることが分かると思います。これは、事実に即して考えていくと自ずとそうなるのです。ですから、これは実に正しい思考をしていることを示していると思いますし(やはり、請求が天から降って来る訳ではありません)、また、このような思考過程は、令和5年の新司法試験民法の設問1(解答例は上記に示したとおり)。でも全く同じなのです(こちらも出題趣旨の説明に一致しています)。両者を比較して見て下さい。思考の仕方が一貫していてぶれがないことが分かると思います。
 次に、上記解答例では冒頭に請求を示していません。冒頭に請求を示すように指導された経験のある人は多いと思われますが、そもそもその必要はないのです。そうした方が良いと言える問題はありますが、この問題はそうではありません。むしろ、そうしない方が良いのです(注1)。この問題では、Fが訴えを提起しているので、その請求の根拠を示す必要があるだけです(そうでないと、その当否を考えることができません)。この点は上記のとおりで、甲の共有持分権3分の2に基づく物権的返還請求権が請求の根拠になりますね。何故、そうなるのかを説明できれば良いのです。
 次に、ここが重要なところなのですが、上記解答例では、Aの生前贈与によって、甲の所有権がBに移転しており、この権利変動に対して民法177条が適用されることを明確に示しています。これは、公開講座の第2講・導入問題TEXT 補足説明のおまけとして添付してある基礎体力診断テストの基本的法律関係の説明(②②’②”の部分)にも示しているところですが、これと同じです。
 民法177条には何と書いてありますか?よく条文を読みましょう。
不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない」ですね。
 しかも、この規定は強行規定です。およそ、不動産に関する物権の得喪及び変更(不動産の物権変動)につき否応もなく適用があるのです。甲は土地の定着物なので、不動産であることは明らかです(民法86条1項)。ですから、本問でのAB間の物権変動(所有権の移転)にも当然に適用があり、このことを示すべきでしょう。Bは甲の所有権を先行取得していたはずですが、登記をしていないので、このことを「第三者」に対抗することができない。従って、まずFの第三者該当性が問われなくてはなりません。Fが第三者に該当しないなら、Bは登記がなくても、Aの生前贈与による甲の所有権取得を対抗できるのですから(Bの所有権取得は、その時点でのAの所有権喪失を意味する)、この点の検討は不可欠であるはずです。
 次に、Fの第三者該当性を検討するにあたっては、CDらとFの売買契約の効力についての考察をきちんと示すべきです。何故なら、この契約がおよそ無効であるならば、Fが第三者に該当する余地はないからです。CDらはEとの共有物である甲をEに無断で売却しているので、これ自体は無効と言う他はないのですが(民法251条1項←改正法・解答例では改正前の条文です)、自己の持分は処分できると言うところが肝心なところですね。全部を無効にしなくても良いじゃないかと考えることができる。そこで、この部分でFが第三者に該当する可能性が出てくる訳です(解答例記載のとおり)。
 本件ではFは第三者に該当すると考えられるのですが、この点に関する考察を示すことができなくてはなりません。これができているのが良い解答です。
さて、Fが第三者に該当するのであれば、Fは先行するAB間の物権変動を無視することができる。だからこそ、Fは甲の所有者をAと見なして、同人からCDらが権利を承継したものとして、甲の持分3分の2を取得することができるのです。そして、この権利変動もまた不動産の物権変動ですから、ここにも民法177条が(強制)適用になり、この関係ではBが第三者に該当することになるのですが、FはCDらから、その持分につき持分権移転登記を得ていますから、その権利取得をBに対抗することができます。
 このように、Aの生前贈与が示されている本問の事実関係の下ではFの権利取得にあたっては、先行するAB間の物権変動に対してFが第三者に該当することが必要なのであって、ここに既に民法177条が適用になっています。ですから、こういう説明は全く正しい。ところが、実際に上記のような説明をして、ダメ出しされた経験のある人は結構いるんじゃないかと思います。とんでもない誤解が蔓延しているようなので、注意して下さい(民法177条の理解が不十分であることに加えて、要件事実論の誤解&誤用があると思われます・注2)。
これがおかしいと思う人は、是非とも、佐久間・民法の基礎2第3版56頁補論欄を参照して見て下さい。そこには上記に説明したとおりのことが書いてあるはずです。
 さてさて、丁寧に説明してきたので随分と長くなりましたが、こんなに長い答案なんて書けない・・と嘆く必要はありません。ここから先はウエイトの判断の問題であり、練習をして経験を積むことでその力は向上します。実際、私が書いた答案は設問2も含めた全体で、1662字なのです。無駄がないと言うことですね。ですから、これは本当にやればできると言うことです。完璧である必要はありませんし、今すぐできないと言うことも問題ではありません。少しでも良いものを書けるように努力することが大切です。

注1:本問の事実経過(4の部分)によれば、Fは全ての事情が判明してからもBと甲の明渡について交渉をしたが、交渉が決裂したので、本件訴えを提起しているのですから、このような経緯に照らす限り、解答例に示したように説明するのが最も自然な展開だと思います。訴え提起の時点では、Fは甲の所有権全部を取得できていないことは分かっているはずなので、甲建物全体の所有権に基づいて訴えを提起すると言うことは実務家としては考えられないことです。そのような訴状は書けません。

注2:AB間の先行贈与の事実は、請求原因事実に含まれないと言うことは確かですが、それは、弁論主義第1準則(主張がなければ取り扱い不可)の下でFの請求を根拠付ける事実だけに限定して考えると、Aの甲もと所有から始まって、同人の死亡による相続開始により、その子であるCDEらが、その所有権を承継取得して共有するに至り(持分は各自3分の1)、その後のCDとFの売買によって、FがCDらの持分を取得すると言う権利変動になると言うことです。確かに、それだけの事実しかないのなら、Bが甲を占有している限りは、Fの請求は成り立ちます。
 しかし、仮にそう考えたとしても、AB間の生前贈与の事実が示された以上は、この事実を加えた上で、甲に関する権利変動を考えなくてはなりません。そうすると、Aの生前贈与によって甲の所有権はその時点でBに移転していたはずですから、ここに民法177条が適用になることは避けられません。

 

2024年2月26日   谷雅文 

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