令和6年9月4日改訂
※ 出題趣旨が公開されたので、上記解答例(これは令和5年8月4日時点で作成されたものです)と対照して見ました。
設問1の出題趣旨は下記のとおりです。
『設問1は、建物の所有者の死亡により生じた遺産共有状態の下で、被相続人の子であった共有者の1人が、被相続人の配偶者であった共有者が建物を無権限で使用しているとして建物の明渡請求及び金銭の支払請求をした事案を基に、物権及び相続の両分野にまたがる諸制度の基本的知識と相互関係の理解を問うものである。
(1) 設問1(1)では、配偶者Dが被相続人Aの生前から建物に無償で居住していたことによる無償での占有権原の成立を主張した場合の法律関係が問われている。
ア その前提として、本問で問題となっている請求は、建物を共同相続することによって取得した共有持分権に基づく返還請求権としての建物明渡請求(請求1)と、請求者Bの共有持分権に対応する使用利益をDが不当に利得していることを理由とする不当利得返還請求、又は共有持分権に対応する使用収益権をDの故意又は過失により侵害されたことを理由とする不法行為に基づく損害賠償請求(請求2)であることを確認する必要がある。
その際、Bは、Aの財産を共同相続しており、遺産分割は未了であるから、Bは甲建物について共有持分権を有し(民法第898条第1項)、その持分の割合はBの法定相 続分である4分の1であること(民法第898条第2項、第887条第1項、第890条、第900条第1号、第4号)、も指摘する必要がある。
イ その上で、Dが主張する無償の占有権原の成否につき、その法的構成を明らかにし、本問での当てはめを展開する必要がある。すなわち、Dは、被相続人の配偶者として、被相続人の生前から被相続人所有の建物に無償で居住していたことに基づき、配偶者短期居住権(民法第1037条第1項第1号)の成立を主張しているものと考えられる。そのため、Dがその法律要件を満たすことを丁寧に論ずることが求められる。
なお、Dの主張は、遺産に属する建物の相続開始後の使用について被相続人と相続人との間に使用貸借契約が推認される場合に関する判例法理(最判平成8年12月17日民集50巻10号2778頁)によるものと解することもできなくはない。もっとも、この判例は平成30年法律第72号により配偶者短期居住権制度が創設される前のもの であり、現行法制の下では、従前の判例法理と配偶者短期居住権との関係について適切に論ずることが求められる。
ウ 次に、Dが無断で居住用建物の改築及び店舗開業をしていることから、配偶者短期居住権の消滅が問題となる。これらの行為は、建物の従前の用法を変動させるものであって、用法遵守の善管注意義務(民法第1038条第1項)に違反し、配偶者短期居住権の消滅請求事由となり得る(同条第3項)ところ、Bの申入れ(事実3)により消滅請求の意思表示がされたものと解することができるかについて、事案を分析して法律要件に適切に当てはめることが求められる。
なお、目的不動産が共有される場合において、配偶者短期居住権の消滅請求を各共有者が単独でできるかどうかも問題となり、この点について適切に論ずる答案は、高く評価される。
(2) 設問1(2)では、Dが、建物の共有持分権を有していることを根拠に、無償での占有権原があると主張した場合の法律関係が問われている。
ア 請求1については、まず、Dが、Aの配偶者として法定相続分2分の1の割合で共同相続し、甲建物について2分の1の共有持分権を有していることを確認する必要がある。そして、相続財産の共有(遺産共有)も民法第249条以下に規定する共有とその性質を異にするものではなく(最判昭和30年5月31日民集9巻6号793頁)、共有の規定が適用されるが、各共有者は共有物の全部についてその持分に応じた使用をする権限を有するため(同条第1項)、Dは甲建物につき正当な占有権原を有する。
そのため、Bの明渡請求は直ちには認められず、明渡しを求める理由があることを主張立証する必要があること(最判昭和41年5月19日民集20巻5号947頁)について、判例法理を踏まえて適切に論ずることが求められる。共有者間で誰が共有物を使用するかを決めるのは共有物の管理に関する事項に当たること(民法第252条第1項後段)を踏まえ、Bの請求に理由があるかどうかにつき、BがCの同意を得たとしてもなお持分の過半数による決定を得ることができないことを指摘しつつ、事案を分析して自説を展開する必要がある。
イ 他方で、請求2については、Dが共有者として正当な占有権原を有しているとしても、その持分は2分の1にすぎないことに着目する必要がある。共有者は、その持分割合を超えた使用利益を享受することまでは正当化されないため(民法第249条第2項)、Dが、請求2(Bの持分割合に応じた使用利益相当額の支払請求)を拒むことができないとの結論を導くことが求められる。』
私の解答例は出題趣旨と比べて部分的に薄いな~と言うところが散見されるだけで、その構成はほとんど同一であることが分かると思います。これこそが、問題に対する思考の仕方が正しいことを明確に示していると思います。正しく考える練習をしましょう。
答案にはその思考過程を示すのです。「書き方」が先にある訳ではありません。
これはそう難しいことではないのですが、簡単なことを難しくしてしまったり、誤解している人が多くいるのではないかと思われます。ここは抽象的に考えるのではなく、具体的な事例に基づいて考えて欲しいところです。法的な思考およびその思考過程は、既に公開されている①第2講(導入問題)や②第3講(平成23年予備試験民法)、③上記新司法試験令和5年民法設問1、④同年予備試験民法の各問題に対する各解答例に示されているとおりであって、例えば①②の場合であれば、甲土地の所有権がAに帰属していると言う状況の認識から始まりますが、これは法的な状態の認識であって、これ自体が法的な思考(の始まり)なのです。これは少しでも民法を学修した人ならば、誰でも分かることですし、誰もが実際にやっていることだと思います。また、③の場合では「Aの死亡により、甲建物(以下、甲)はBCDらの共有となるが(民法898条1項)」で始まりますが、これは人の死亡によって相続が開始して(民法882条)、その結果、甲建物が相続人らの共有物になったことを、少々はしょって説明している部分です。これも法的な思考になりますし、④の冒頭部分となる「AB間でAを注文者、Bを請負人として甲の修復を目的とする請負契約が締結され」とあるところも法的な思考です。
このように、法的な思考は法律を学んだ者が事実に対して普通に行っている思考であって、決して「難しい」とか「分からない」と言うものではないはずです。ただ、自分の思考過程をしっかりと自覚できていないと言うことはあり得ることでしょう。つまり、メタ認知(=自分を見ている自分)が十分にできていないのです。これは自分の思考(つまり頭の中)をしっかりと見つめ直すこと、抽象的に考えるのではなく、事実に向き合って考えることを意識して実行していけば、必ず改善することができます。本講座ではこのことを強く意識して事案分析のプロセスを示すように心がけているので、この点が自分に足りなかったと思いあたる人にとっては格好の内容になっているはずです。
次に、上記のような法的思考が理解ないし実感できない原因として考えられるのは、何も分からないうちに「答案の書き方」から教えられて、その書き方に自分の思考が縛り付けられているために、思考過程=答案の書き方となっていると言うことではないでしょうか。多く見受けられるのは、とにかく主張反論の形で書こうとするものです(そう書くように教えられた)。これは大変に不幸なことで、もしそうなら、直ちにそのような状態から脱出するべきものです。
例えば、上記①②③④のいずれも主張反論スタイルで解答を書く必要はなく(必要があると言うのは、そうしないと減点されると考えられると言うことですが、主張反論スタイルでないと減点されるようなことは考え難い。このことは新司法試験平成30年の民法採点実感にも明らかです・注)、むしろ、そのようなスタイルに固執すると無益記載が増えて不利になるだけなのに、そのことに気がつかない。そして、上記で示しているような意味での思考やその思考過程自体が、法的な思考であり、法的な思考の過程なのだと言うことが理解ないし実感できないと言うことにつながっている。ですから、私はそういった書き方に自分を縛り付けるようなことはやってはいけない、書き方が先にある訳ではない、それは本末転倒ですよ、と言っているのです。
自分の起案力に自信が持てないと言う人は、こういう沼にはまり込む虞があります。誰でも自分の文章力には不安をもっているでしょうが、不安だからと言って書き方を決めてかかっていると、起案力が向上しないだけに止まらず、反って不利なのです。その悪循環から抜け出して欲しいと思います。本講座では、書き方から入るのではなく、事案分析をする際の思考過程から入ります。その際の思考過程こそが最も重要な核心部分であり、その思考過程を示すのが法律答案なのだと言うことを示しています。ですから、本講座は自分の起案力、文章力に自信が持てないと言う人にとっても最適な講座になっているはずです。
注:同年の採点実感では下記のとおりの指摘があります。「設問1について,問題文では「Bの本件売買契約に基づく代金支払請求は認められるか,理由を付して解答しなさい。」と問われているのだから,それに向けて直截に自己の分析の結果を論述していくのが望ましいものである。ところが,AとBのそれぞれの主張を前提としながら,当事者双方の主張・反論について,「Aは~と主張する。これについては,・・・・と考える。これに対し,Bは~と反論する。これについては・・・と考える。」といった形式で論述を進める答案が散見された。このような答案はそれぞれの主張・反論といった形式で記載しようとするあまり,論旨の明確性を欠く嫌いがあり,中には論理的な一貫性を欠くものも見られた。「代金支払請求は認められるか,理由を付して解答しなさい。」という問いに素直に答える方が望ましいものと考えられる。」
トップダウン型とボトムアップ型の思考については、この記事の下部分で説明されているので、それを参照していただければ容易に理解できると思います。今回はこれを前提として、さらに具体的な事例に基づいて説明を加えたいと思います。
特に、民法について言われているようなのですが、「民法は効果から考える」と言う言明があります。効果から考えると言うのはボトムアップ型の思考ですが、これは確かに重要な思考モードであることは間違いありません。しかし、この思考は法的思考の基礎、基本ではありません。これはもう原理的に言って、基礎、基本ではあり得ないのです。何故なら、およそ人間の認知はまずもってトップダウンで行われるからです。
このことは、例えば、自分の目の前にいる小動物が猫だと言う認識は、いかにして行われているのか?を考えて見れば全く明らかなことでしょう。それは「猫」を知っているからですね。もう少し厳密に言うと、猫と言われる小動物を多数見たり、触れたりしてきた経験から、「こういう小動物」を「猫」と言うのだという「猫」の特徴を自己の体験に基づいて類型化して把握していて(これを認知科学上「カテゴリー」と言うようです・典型契約と性質決定・有斐閣・大村敦志著・318頁)、その類型と同一の特徴を有する小動物を猫だと(瞬時に)判断している。ですから、このようなカテゴリーを未だ獲得していない乳幼児はこうはいきません。猫を認識するには、まずもって、猫と言われる小動物についての多くの知見体験を(試行錯誤を繰り返して)獲得する必要がある(前掲・大村では、子供が母親から教えられる様子があげられています・「あれはワンワン?-「そうね。」「違うわね」というやりとり)。
法的思考も基本的にはこれと同じなのです。むしろ、法的思考がこれと異なっていると言うこと自体が不合理で、それこそあり得ないとも言えます。そして、これはどの教科についても通用することで、民法もその例外ではありません。すなわち、この点について山本敬三先生は、民法講義Ⅳ-1・8~9頁Comment欄において「~現実の事態を法的な問題として捉える場合、その前提として、それを法的な問題として意味付ける枠組的な知識、つまり、法的スキーマが必要になる。そうした法的スキーマが準拠枠としてあたえられ、それが共有されているからこそ、われわれは対象となる事態を法的に構成し、それについて議論し、了解することが可能になる。典型契約は、まさにそうした法的スキーマとして働くものに他ならない。~」と指摘されています(ここに「スキーマ」とあるのは上記「カテゴリー」とほぼ同義と解されます)。
さて、上記を実務家の具体的な思考に照らして見ますと、実務家は法的問題に出くわすと、まず、何の事件かな?と考えます。事件(紛争)の類型と言っても良いですね。不動産の事件だな、とか、倒産事件だとか、交通事故だとか、それは実に色々ある訳ですが、大体そういった事件類型について~訴訟の実務と言った本があったりします。これも一つのトップダウン型の思考であって、これによって、当該事件に適用がある法規を結構絞り込んでいるのです。思考の効率化ですね。これで全部分かると言うものではないのですが、それなりに重要です。これを受験生に即して言うと、何の問題?と言うことになるのですが、実務家を目指して勉強しているのですから、実際の実務家のまねをしていくのが効率的です。不動産の問題だな、とかですね。まさに、あれワンワン?と同じです。いきなり具体的な請求を考えると言うことではなく、まずは、事件(紛争)の類型を把握する。これは学修によって可能になるものですし、裏から言えば、学修なくして、このような把握をすることはできないと言うことでもあります。ですから、既に説明しているように、プロの実務家は初めから法的な分析を始めるのであって、プロを目指す以上は、「生」の主張とかは(初めは仕方ないとしても)、本当に卒業していかないといけません。
以上を令和5年の新司法試験民法設問1で具体的に説明しましょう。解答例は上記のとおりです。まず、この設問の問いは、(1)(2)と2つあるのですが、いずれも、「Dは、下線部~の反論に基づいて、請求1及び請求2を拒むことができるかどうかを論じなさい。」とあるだけなので、これだけでは法律的な状況が全く把握できません。そこで、問題文の冒頭から読んでいくしかない訳です。そうすると、第1文中に、Aは~所有する「甲建物」と出てくるので、これは不動産ものだな・・と考え始めますね。この時点で甲建物を巡る関係人の法律関係を考えれば良いんだな・・と言うところです。そうして問題文を読み進めていくと、「Aが死亡して、B、C及びDがAの財産を相続した。」とありますから、これは相続の事件(問題)だと分かりますし、問題の甲建物については、Aもと所有から、相続の開始によってB、C、Dがこれを承継取得し、共有物になったのだ(民法882・896条・898条1項)、と把握します(持分割合はDが2分の1でBCらが各4分の1となる・民法900条1項、同4項)。このように、甲建物を巡る関係当事者の置かれた法的状況が段々絞り込まれて、明らかになってくる訳です。ここから先は、BとDが甲建物の使用を巡って争いになっていて、Bが甲建物を占有するDにその明け渡しを求めています。ですから、BのDに対する請求1の根拠は甲建物の持分(4分の1)に基づく物権的返還請求権になりますね。
このように、問題文を読解して行く過程で明らかになった状況下で具体的な請求について考えていくことになるのであって、決して、請求が始めにある訳ではありません。あたりまえの事ですが、請求は天から降ってこないのです(問題自体が請求を特定している場合は別です・平成23年の予備試験民法の問題・第3講の公開講座を参照願いますが、ここでも法的解析の過程は明確に示されています-解答例はそのダイジェスト)。
続いて、小問(1)では、下線部アの反論の法律上の意味を示して説明するべきことになるのですが、ここでも、トップダウン型の思考とボトムアップ型の思考の関係を明らかにすることができます。まず、学修が進んでいる人(本問に即して言えば、相続関係の学修、とりわけ配偶者短期居住権に関する知見を持っている人)は、上記の法的状況から、Dのこの反論は配偶者短期居住権(民法1037条1項)の主張だと直ちに判断することができます。すなわちトップダウンで思考が進むと言うことです。そこで、直ちに条文にアクセスし、その条文を使って考えを進めていくことができる(頭の中で土俵が設定されるという感じです)。本件では、居住権の要件充足は認められるが、改築しているので用法違反が認められ、消滅請求ができるはず・・その意思表示は・・と言う具合ですね。これは解答例に示されているとおりです。この過程において、「生の主張」だとかが介在することはありません。なお、Dの反論は問題文に示されているので、これをDの生の主張だと言う人がいるかも知れませんが、問題文自体をそう言い換えているだけで意味がありませんし、この場合の「Dの反論」は誘導です。
以上に対して、学修が進んでいない人(相対的なものですが、本問に即して言えば、相続関係の学修が不十分、とりわけ配偶者短期居住権に関する知見がない人)は、上記のようにはいきません。これもまた明らかなことであって、こうなると、何か占有権原となる権利はないか?と規範探査をする他はないことになります。これが「効果から考える」ボトムアップモードです。そうして首尾よく、民法1037条1項にたどり着けた受験生もいたと思いますが、たどり着けなかった人も多くいたようです。なお、使用貸借の推認(判例)のことは知っていて、これを論じた人も結構いたというのが採点実感から伺えます。
要は、配偶者短期居住権にたどり着ければ良いのですから、上記の思考はそのいずれであっても構わないとは一応言えますが、どちらが望ましいかと言われれば、前者であると言う他はありません。プロの実務家を目指すのですから、これ位の問題であるなら、そうあるべきでしょう。何故なら、前者の方が基礎体力がしっかりしていて、その結果、事案分析の思考過程に無駄がなく、スピードも圧倒的に速いからです。その差は歴然としています。ですから、これができなかったと言う人は、勉強不足が原因なので、勉強+練習して克服して行くべきです。ここは少し厳しいと言うことになるのですが、実務家の目線で言うと、本問の状況は結構よくあるベタな事例なので、これは電光石火でできて欲しいです。司法試験は実務法曹の登用試験なのですから、この点はそう理解して下さい。
なお、誤解を避けるために言っておくと、いわゆる要件事実を考える際には、法律効果がどういうものなのかをしっかりと考えることが非常に重要なことになります。これは、上記規範探査の思考過程とは観点が違うもので、効果が分かっていないと当該主張(法律要件に該当する具体的事実)の弁論における意義が理解できないからです(請求原因なのか、抗弁なのか、はたまた再抗弁なのか・・)。このことは、本問の解析にあたり、上記の前者のようにトップダウンで思考を進めていくことができる人においても、必要なことです。
以上の次第ですから、法的思考はトップダウンこそが基礎であり、基本なのです。ボトムアップは重要ですが、補助的なものになります。トップダウンで思考を進めていくことができると言うことは、それだけ基礎体力がしっかりしているだけのことであって、それができるなら、その方が望ましいのです。それがいけないとかおかしいとか言うのは間違いです。要は、具体的な事実(事例問題)を考えて見ることです(とりあえず、公開講座の第2講・導入問題TEXT補足説明のおまけとして添付してある基礎体力診断テストをお勧めします・絶対損しないと思います)。具体的な事実を前にして、本当に「効果から考える」のでしょうか?それ以前に何か考えているのではありませんか?それはどのような思考でしょうか?そこのところを今一度見つめ直して欲しいと思います。
用語解説:他人物売買は債権的に有効だが、物権的に無効である。
初学者の人がこれをいきなり言われたら、おそらくよく分からないのではないでしょうか。これはあまり良い言い方ではないので、特に初学者に対しては使わない方が良いのです。
まず、債権的に有効だと言うのは、他人の物を目的とした売買契約も、その合意は当事者を拘束すると言うことです(条文にない民法の原則のうちの一つ)。つまり、この合意は、売主と買主の間で合意に従った権利義務を発生させる。このことを民法561条は売主の義務の側から定めているのです。実は、日本民法の母法であるフランス民法では他人物の売買は無効とされているのですが、起草者達はこれは誤りだとしてその主義は採らないことにしたのです。このことは意識して採用されたものですから、私は納得できないので、無効と考えるとか言っても通用しません。これは受け入れて貰う他ありません。
次に、物権的に無効だと言うのは、目的物の所有権が買主に移転しないと言うことです。上記のとおり、他人の物を目的とした売買契約も当事者を拘束するので、売主は買主に対して目的物の所有権を移転する義務を負うことになるのですが、当該物の所有者ではないので、当該目的物の所有権が移転しません。これも条文ににない民法の原則になりますが、ここでは2つの原則が適用されています。
第一は「合意は当事者だけを拘束する」です。他人物売買の場合、目的物の所有者は合意の当事者ではありませんから、売主と買主の合意に拘束されることはありません。
第二は、「誰も自己が有する権利以上の権利を他人に移転できない」(別名「無権利の法理」)です。他人物売買の売主は当該目的物の所有権を有していないので、その所有権を買主に移転することはできない、つまり、この部分では当事者の合意は効力を有しないと言うことですね。ここでは効力を生じないので無効だと言っている訳です。
明文の規定がないので、分かりにくくなっているところなのですが、ご託宣のように債権的に有効だが物権的に無効だとか言っておしまいにしないで、条文になっていない原則規範が働いていることを理解して下さい。
補足です。
令和6年の民法設問1(1)の再現答案の中に、「他人物の賃貸借契約は物権的に無効」と述べているものがいくつかありました。これは賃貸借契約がどういう契約なのか根本的な理解に欠けているという疑念を持たれる記述なので、やってはいけません。
他人物売買の場合であれば、物権的に無効だと言う表現は通用しますが(あまり良い言い方ではありませんが、目的物の所有権が移転しないということを言っていると理解されます)、賃貸借契約では、そもそも物権の変動が想定されませんから、物権的に無効だというのは全く意味がない。一体何を言っているのか相当に疑問を持たれますね。ひょっとすると、所有者を拘束しないと言いたいのでしょうか?それなら、合意は当事者だけを拘束するという契約の相対効を示すべきです(これは条文にない民法の原則です)。不用意発言をしないように注意して下さい。これも日頃の学修にかかっています。
まずは下記を読んで見て下さい。これは平成27年の予備試験民法の問題に対する私が起案した解答例からの抜粋です。
「1 Aは甲建物(以下、甲)を所有していたが、これを平成26年4月20日にBに贈与したので、甲の所有権はBに移転する(民法549条、同176条)。書面によるものなので、Aはこれを解除できない(民法550条)。もっとも、Bはこの旨の登記をしないとその権利取得を第三者に対抗できない(民法177条)。本件では、AB間で所有権移転登記の日を同年7月18日に行うことと定めたから、Bは未登記のままである。
その後Aが死亡したので、その子CDEらがAの権利義務を包括的に承継したが(民法896条)、甲についてはAが対外的には所有者の地位を保持したままであったから、CDEらはその地位も承継し、甲はCDEらの共有となる(持分は各自3分の1、民法898条、同900条4号)。
2 続いて、CDらは同年10月12日にFに対して甲を売却した。しかし、甲はCDEらの共有物であるから、その処分は共有者全員一致でなければすることができない(民法251条)。CDらはFに遺産分割協議が成立したことを認めるEの確認書を呈示しているが、これは偽造されたものであるから無効である。しかし、遺産分割前の遺産についても相続人は自己の持分を処分することはできると解されるので、この部分につきFが民法177条の第三者と言えるか問題になる。
~略~
そこで、最終的に甲はB(持分3分の1)とF(持分3分の2)の共有に帰した。
3 設問1
この状態でFが甲の明け渡しを求めてBを訴えたのが本件訴訟であるから、Fは甲の共有持分権3分の2に基づく物権的返還請求権を行使するものと解される。~以下(この請求の当否に関する考察を示すセクション)略」
いかがでしょうか?
続いて、これとこの問題の出題の趣旨(設問1)を比較して見ましょう。出題の趣旨は以下のとおりです。
「設問1は,甲建物に関する権利関係を明らかにした上で,甲建物の過半数の持分を有する者が他の共有持分権者に対して明渡しを求めることができる場合があるかどうかを問うものであり,これにより,事案に即した分析能力や論理的思考力を試すものである。」
上記の解答例は、1、2の部分が、関係当事者の「甲建物に関する権利関係を明らか」にする部分であり、3でその請求の当否を検討する部分になっていますから、この出題趣旨が言うとおりの構成になっていることが分かると思います。これは、事実に即して考えていくと自ずとそうなるのです。ですから、これは実に正しい思考をしていることを示していると思いますし(やはり、請求が天から降って来る訳ではありません)、また、このような思考過程は、令和5年の新司法試験民法の設問1(解答例は上記に示したとおり)。でも全く同じなのです(こちらも出題趣旨の説明に一致しています)。両者を比較して見て下さい。思考の仕方が一貫していてぶれがないことが分かると思います。
次に、上記解答例では冒頭に請求を示していません。冒頭に請求を示すように指導された経験のある人は多いと思われますが、そもそもその必要はないのです。そうした方が良いと言える問題はありますが、この問題はそうではありません。むしろ、そうしない方が良いのです(注1)。この問題では、Fが訴えを提起しているので、その請求の根拠を示す必要があるだけです(そうでないと、その当否を考えることができません)。この点は上記のとおりで、甲の共有持分権3分の2に基づく物権的返還請求権が請求の根拠になりますね。何故、そうなるのかを説明できれば良いのです。
次に、ここが重要なところなのですが、上記解答例では、Aの生前贈与によって、甲の所有権がBに移転しており、この権利変動に対して民法177条が適用されることを明確に示しています。これは、公開講座の第2講・導入問題TEXT 補足説明のおまけとして添付してある基礎体力診断テストの基本的法律関係の説明(②②’②”の部分)にも示しているところですが、これと同じです。
民法177条には何と書いてありますか?よく条文を読みましょう。
「不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない」ですね。
しかも、この規定は強行規定です。およそ、不動産に関する物権の得喪及び変更(不動産の物権変動)につき否応もなく適用があるのです。甲は土地の定着物なので、不動産であることは明らかです(民法86条1項)。ですから、本問でのAB間の物権変動(所有権の移転)にも当然に適用があり、このことを示すべきでしょう。Bは甲の所有権を先行取得していたはずですが、登記をしていないので、このことを「第三者」に対抗することができない。従って、まずFの第三者該当性が問われなくてはなりません。Fが第三者に該当しないなら、Bは登記がなくても、Aの生前贈与による甲の所有権取得を対抗できるのですから(Bの所有権取得は、その時点でのAの所有権喪失を意味する)、この点の検討は不可欠であるはずです。
次に、Fの第三者該当性を検討するにあたっては、CDらとFの売買契約の効力についての考察をきちんと示すべきです。何故なら、この契約がおよそ無効であるならば、Fが第三者に該当する余地はないからです。CDらはEとの共有物である甲をEに無断で売却しているので、これ自体は無効と言う他はないのですが(民法251条1項←改正法・解答例では改正前の条文です)、自己の持分は処分できると言うところが肝心なところですね。全部を無効にしなくても良いじゃないかと考えることができる。そこで、この部分でFが第三者に該当する可能性が出てくる訳です(解答例記載のとおり)。
本件ではFは第三者に該当すると考えられるのですが、この点に関する考察を示すことができなくてはなりません。これができているのが良い解答です。
さて、Fが第三者に該当するのであれば、Fは先行するAB間の物権変動を無視することができる。だからこそ、Fは甲の所有者をAと見なして、同人からCDらが権利を承継したものとして、甲の持分3分の2を取得することができるのです。そして、この権利変動もまた不動産の物権変動ですから、ここにも民法177条が(強制)適用になり、この関係ではBが第三者に該当することになるのですが、FはCDらから、その持分につき持分権移転登記を得ていますから、その権利取得をBに対抗することができます。
このように、Aの生前贈与が示されている本問の事実関係の下では、Fの権利取得にあたっては、先行するAB間の物権変動に対してFが第三者に該当することが必要なのであって、ここに既に民法177条が適用になっています。ですから、こういう説明は全く正しい。ところが、実際に上記のような説明をして、ダメ出しされた経験のある人は結構いるんじゃないかと思います。とんでもない誤解が蔓延しているようなので、注意して下さい(民法177条の理解が不十分であることに加えて、要件事実論の誤解&誤用があると思われます・注2)。
これがおかしいと思う人は、是非とも、佐久間・民法の基礎2第3版56頁補論欄を参照して見て下さい。そこには上記に説明したとおりのことが書いてあるはずです。
さてさて、丁寧に説明してきたので随分と長くなりましたが、こんなに長い答案なんて書けない・・と嘆く必要はありません。ここから先はウエイトの判断の問題であり、練習をして経験を積むことでその力は向上します。実際、私が書いた答案は設問2も含めた全体で、1662字なのです。無駄がないと言うことですね。ですから、これは本当にやればできると言うことです。完璧である必要はありませんし、今すぐできないと言うことも問題ではありません。少しでも良いものを書けるように努力することが大切です。
注1:本問の事実経過(4の部分)によれば、Fは全ての事情が判明してからもBと甲の明渡について交渉をしたが、交渉が決裂したので、本件訴えを提起しているのですから、このような経緯に照らす限り、解答例に示したように説明するのが最も自然な展開だと思います。訴え提起の時点では、Fは甲の所有権全部を取得できていないことは分かっているはずなので、甲建物全体の所有権に基づいて訴えを提起すると言うことは実務家としては考えられないことです。そのような訴状は書けません。
注2:AB間の先行贈与の事実は、請求原因事実に含まれないと言うことは確かですが、それは、弁論主義第1準則(主張がなければ取り扱い不可)の下でFの請求を根拠付ける事実だけに限定して考えると、Aの甲もと所有から始まって、同人の死亡による相続開始により、その子であるCDEらが、その所有権を承継取得して共有するに至り(持分は各自3分の1)、その後のCDとFの売買によって、FがCDらの持分を取得すると言う権利変動になると言うことです。確かに、それだけの事実しかないのなら、Bが甲を占有している限りは、Fの請求は成り立ちます。
しかし、仮にそう考えたとしても、AB間の生前贈与の事実が示された以上は、この事実を加えた上で、甲に関する権利変動を考えなくてはなりません。そうすると、Aの生前贈与によって甲の所有権はその時点でBに移転していたはずですから、ここに民法177条が適用になることは避けられません。
まずは下記を読んで見て下さい。これは平成29年の予備試験民法の問題に対する私が起案した解答例からの抜粋です。
「1 設問1
Bは甲建物(以下、甲)を所有していたが、これをAに売却したので、甲の所有権はAに移転する(民法555条、同176条)。もっとも、Aはこの旨の登記をしないとその権利取得を第三者に対抗できない(民法177条)。その後、BはAを欺く目的で甲につき譲渡担保契約書や登記関係書類を作成し、甘言を弄してBに署名させた上、譲渡担保を原因とする所有権移転登記を行った。
この登記は事実に反するが、Aの所有権取得を公示してはいるのだから、民法177条の登記として有効と言うべきである。従って、この登記によりAの権利取得は確定的になった。
2 続いてBは甲をCに売却した。しかし、この時点ではBは既に甲の所有者ではない。
この合意は当事者間では有効であるが(民法561条)、Aはこれに拘束されないのが原則である。従って、CはAに何らの権利主張もできないはずであるが、
~略(上記原則論を受けて、民法94条2項の類推適用へ展開する)~
従って、CはAに対して譲渡担保契約書に則った請け戻しを主張できず、本件登記の抹消を請求することはできない。」(設問1部分は1056字)
いかがでしょうか?
まず、この問題の場合、初めは民法177条の第三者が出てくるのかな?という入り方になるのですが、譲渡担保を原因とする所有権移転登記がなされたことによって、Aの権利取得は確定的になり、民法177条の出番はここで終了です。つまり、登記の時点で、Bは既に甲の所有権を確定的に失っているので、無権利者であるに過ぎません。そうである以上は、その後に行われたBC間の売買契約は他人(A)物売買に過ぎず、これは当事者を拘束するだけで、BC間で甲の所有権が移転すると解する余地はないですから(無権利の法理・上記CoffeeTime 参照)、CがAB間の物権変動に対する関係で、民法177条の第三者に該当することにはなりません。他方、BC間では、そもそも甲に関する物権変動はないのですから、民法177条の出る幕ではなく、当然のことながらCに対する関係でAが民法177条の第三者に該当すると言うこともありません。
すなわち、ACはいわゆる対抗関係にならないのです。従って、譲渡担保を原因とするBからAへの所有権移転登記によって、Cが甲の所有権を喪失するのではなく、そもそもCは甲の所有権を取得できないのです(これが原則・所有権の喪失を言うのであれば、Bの喪失です)。非常に基本的なところなので、正確で丁寧な説明が求められる部分ですから、結論が同じなら良いじゃない?という訳には行かないのです。こういうところで差がつきます。要は解答例に示したとおりで、素直に問題文を読み解いて行けば良いだけなのですが、要件事実論にかぶれていると、こういう基本的なところで間違いを犯しやすいので、注意して下さい。
そもそも、この問題は「要件事実」の問題ではありませんし、訴訟物→請求原因→抗弁と言う整理が必要な問題でもありません(注1)。そういう整理をしようとして混乱した人も多かったのではないかと推察しますが、実にもったいないです。簡単なことをややこしくすると間違いを生じやすくなるのは必定です。そういうことは全く推奨されません。
主張反論スタイルも求められてはいません。そのようなことは問題文のどこにも示されていないのですから、そういう形にする必要はないのです。そう言った記載は無益記載ですが、字数が増えるだけ損です。この問題の場合、余計なことを書いている余裕は全くないはずです。私の解答は全体で1851字ですが、現場で考えて書ける分量としては結構限界に近いと思います(注2)。
また、「生の主張」の出番もありません。解答例は上記のとおりですが、そういった記載は全く出てこないのが分かると思いますし(頭の中に出てこないので、当然ですが、書きません)、「生の主張」を考えないと、この問題の解析ができないことにはなりませんし、反対に「生の主張」を考えることによって、この問題がより容易に解析できる訳でもありません。
そして、解答にあたり、冒頭に請求を示す必要がある訳でもありません。本問では、平成23年の予備試験の問題(本講座では第3講・公開講座です)と同様に、問題文上で検討するべき請求権が所有権に基づく物権的妨害排除請求権であることが明らかですから、それをなぞるようなことは必要ではないのです。書いたら加点と言うことはないですし、書いてないと減点されると言うこともないです(要するに、無益記載)。
必要かつ重要なことは、原則論を踏まえた上で、本件の事実関係の下では、CはAに対して譲渡担保契約書に則った請け戻しはできないのだと言うところです。これがダメなので、Cはおよそ甲の所有権に基づく請求はできない。従って、設問は否定されることになります。
何故、そういうことが問題とされ(事案に即した問題提起が求められます)、何故、それが否定されるのか?そこの理由が丁寧に示されているのが良い解答であり、こういうところでも大きな差がつくのです。民法94条2項の類推適用について書いたからと言って同じ評価になる訳ではありませんから注意が必要です。
ライバルに差をつけるのは、日頃からどのような学修をしているのか?と言うことが決定的に重要です。学修量だけではなく、その質が問われるのです。何故なら、日頃やってないことはできないからです。
注1:本問の事実関係に基づいて弁論の構成を考えることはできます。もっとも、本問でそのようなことが聞かれている訳ではありません。
訴訟物は、甲の所有権に基づく物権的妨害排除請求権
請求原因は①Bの甲もと所有
(本件ではAB間の甲売買契約時点
の所有が主張されるものと考えら
れる)
②BC間で甲の売買契約
③甲について、Aの所有権登記
抗弁 ①BC間の甲売買に先立つAB間の
甲売買契約
②BC間の甲売買に先立ち、上記に
基づいてAへの所有権移転登記
(原因は譲渡担保だが有効)
予備的請求原因(抗弁を潰す再抗弁はないので、こちらへ展開)
①民法94条2項の類推適用を基礎
付ける具体的事実
②弁済供託
※なお、実際の弁論を考えると、Cは訴状において上記請求原因の主張に併せて、BC間の甲売買に先立ちAB間で甲について譲渡担保設定契約が締結されたこと(従って、この時点でBが甲を所有していたことを主張することになる)、その合意に基づく所有権移転登記がなされた事が真実であって、これが抗弁を構成する事実とした上で、これに対する再抗弁として弁済供託をした事実を主張するのではないでしょうか。抗弁事実を原告が主張してはいけない訳ではなく、この場合のCは再抗弁の立証には自信があるでしょうから、こうした主張は何らおかしなものではありません。
これに対して、AはCが主張する「AB間での甲譲渡担保設定約」時点でのB所有は認めるでしょうが、BC間の甲売買は不知でしょうね。そして、Cが抗弁と考えている「AB間の譲渡担保設定契約」を否認して争うことになり、ここで真実の抗弁となるBの所有権喪失が明らかになると言う展開です。
注2:予備試験の問題については、私は実際に書ける分量は1900字未満だろうと考えています。本講座で私の書いた参考答案はいずれもその範囲内です。これは無駄なことを書かないようにすれば可能になることです。
※注:「要件事実」の用語については、要件事実論30講第4版第1講を参照用語法に争いがあり、混乱しがちなので、使用に注意が必要です。
個人的には、司研の用語法の方が混乱しないと思います。
民事裁判実務の基礎(有斐閣)41頁も司研と同じです。
★基本の形(思考過程と言ってもいいです)がおかしいのではありませんか?令和6年新司法試験民法設問1(1)小問アを素材として考える。
令和6年新司法試験民法設問1(1)小問アを素材として考える。
まずは、これを見て下さい。
これは私が令和6年新司法試験民法の問題について起案した解答例からの抜粋(冒頭部分)です。
「設問1(1)
ア Aは甲土地(以下、甲)の所有者であり、BはAに無断で甲をCに賃貸して、これをCに引き渡し、Cは甲上に乙建物を建築所有して、甲を占有している。BC間の契約①は、当事者間では有効であるが(民法559、561条・以下法令名省略)、Aはこれに拘束されないから、請求1は原則として認められる。
もっとも、その後Bが死亡してAがBを単独相続したので、AはBの賃貸人の地位を承継し(896条)、ACは契約①の当事者になる。そこで、Cは契約①に基づいて請求1を拒める。これが下線部㋐の反論である。~以下略~」
小問アについては、多くの受験者が「論点」に気づいたものと思われ、それなりの事は書けたのではないでしょうか。もっとも、その解答の質が問われます。
再現答案をいくつか見たのですが、無権代理と相続と同視できると言った上で、その後無権代理と相続の事を説明するという論旨展開をするものが結構ありました。本問は他人物賃貸の事例なので、無権代理ではありませんし、解答にあたって無権代理を持ち出す必要もありません。相続開始によって何が承継されるのかについて(民法896条)、しっかりとした考察が示されていないものは高い評価は得られないでしょう(同じことは平成23年予備試験民法の問題についても言えますが、本講座では第3講です・公開講座なので、参照していただければ分かります)。再現答案を見た限りでは、不正確ないし不明瞭な論述が多いのも特徴的です。分かったつもりになっているが実はよく分かってない人が多いようです。この部分は、反論㋐の法的意味に直結するところであり、これを正確に理解していることを示すことが解答の質を決定すると言って良いのです。(解答例記載のとおりです)。正確な理解を示すことが肝要です。それだけでも結構な差がつきます。これも日頃の学修のレベルが大切なところです。民法が苦手、民法が伸びないとお悩みの方は、こういったところを見つめ直す必要があるのではないでしょうか。
なお、これは事案に即した問題提起にもなっている点に留意して下さい。つまり、この「反論」は誘導なのです。問題文上で、反論と言う形で示されているので、上記解答例のように書いている訳ですが、問題文上でこういった形になっていなければ、当然ですが、こういう書き方はしません。何もなければ次のような記述になるでしょう。 「~その後Bが死亡してAがBを単独相続したので、AはBの賃貸人の地位を承継し(896条)、ACは契約①の当事者になる。そこで、Cは契約①に基づいて請求1を拒めるかのようである。~」
問題文上に何もなくても、こういった問題提起をして検討を加えていくことになりますね。それも実力のうちです。そういった実力がある人は、本問の問題文を読み解いていく過程で、ここに検討を要する問題点があることが分かるので、反論㋐がこのことを言っていることが(それが誘導だと言うことも含めて)分かるのです。
いかがでしょうか。書き方が先にあるわけではないと言うことがよく分かると思います。実は、「書き方」と言うレベルで言うならば、基本的なのはむしろ、こちらの方なのです(これが事案分析の際の思考過程で、考えたことをほとんどそのまま書いている ・この点については、上記「★ 法的思考並びにこれに基づく起案力について」も参照下さい)。これが基本ですが、この問題の場合は、下線部㋐が示されていて、小問アが 「Cは、下線部㋐ の反論に基づいて請求1を拒むことができるかどうかを論じなさい。」と言うものですから、反論㋐の法律上の意味を示すようにするために上記解答例のように書いているのです。アレンジしていると言えばそうなのですが、変更されている部分はごくわずかです。つまり、基本の形(私は、これを加工していないという意味で原初形と言ってます)が重要なのです。この基本(=思考過程)がしっかりしてくれば、問いに対応してアレンジするのはそう難しいことではありません。基本の形(思考過程)がおかしいことになっている人は多いようです。それが起案力の向上を阻害しているのではありませんか?(盲目的に)余計な事をするのではなく、シンプルに事実に向き合って考えるようにするべきです。
借地借家法10条1項は本件では出番がないです。従って、この条文を持ち出すべきではありません。これは第3講(公開講座です)で説明したとおりですが、こういうところで間違えると、非常に印象が悪いので、注意して下さい。なお、結構長い間勉強しているのに、これを間違えた人は要注意です。同じ間違いを繰り返している虞がありますから、勉強方法を見つめ直して見ましょう。
令和6年の問題は、全体としては理屈っぽいなという印象です。受験者の中には簡単だったと言っている人もいるようですが、簡単なようでいて、結論に至る道筋ないし論旨展開の丁寧さで結構差がつく問題であるように思います(特に設問2・これは典型的な物権変動問題ですが、要件事実かぶれの人は、こういう問題が苦手ですね)。常日頃から、丁寧に考えるように練習しましょう。また、こういうところは是非、横を見ないで前を見て欲しいと思います。できるだけ解答の質を高める努力を惜しんではなりません。
なお、設問1・2ともに弁論のことは全く聞いていません。「要件事実」の問題でもありません。これが分からないとすると、それ自体が問題で、直ちに改善が必要です。また、結構書くことがあるので、余計な事を書いていると肝心なことが落ちることになるので、注意が必要です。この観点から、主張反論形式の解答は全く推奨できません。私が起案した解答例は設問1が2010字で、設問2が2003字です(全体で4013字)。出題者が示す配点割合は50対50なので、概ねこれに合っています。また、これは実際に書ける字数でしょう。こうした割り当てができるのも実力のうちでしょうが、これは突然できるようになるものではありません。積極的に練習することが必要です。
過去問との関連
設問1(1)は平成23年予備試験民法(本講座第3講)、旧司法試験平成18年民法第2問(本講座第20講)、新司法試験平成27年民法設問2(本講座第27講)が関連しています。
設問1(2)は旧司法試験平成12年民法第1問(本講座第18講)が関連しています。
設問2は、令和元年予備試験民法(本講座第10講)、旧司法試験平成21年民法第2 問(本講座第19講)、新司法試験平成27年民法設問2(本講座第27講)、旧司法試験平成20年民法第1問(本講座第33講)、旧司法試験平成18年民法第1問(本講座第35講) が関連しています。旧司法試験も含めて過去問の検討は重要かつ効率的な学修に役立つことが明らかです。
解答例のその他の部分は受講者用となります。
まずは、これを見て下さい。これは私が令和6年新司法試験民法設問2について起案した解答例からの抜粋ですが、これは問題文に示された事実を読み、作図しながら考えたことをほとんどそのまま書いているものです(「★ 法的思考並びにこれに基づく起案力について」で説明していることの具体的な実践です)。
「1Gは丁土地(以下、丁)を所有していたが、これを配偶者Hと協議離婚するにあたり、財産分与としてHに譲渡し(契約③)、所有権の移転登記をしたので、Hは丁の所有権を確定的に取得した(176・177条)。続いて、HI間で契約④が成立したので、Iは丁の所有権を取得した(555・176条)。
2 その後、Gが契約③の際に誤解があったとして、契約③をなかったこととする旨をHに述べている。これは、錯誤を理由とする契約③取消の意思表示と解されるところ、これが認められるか問題になる。
~略~
5 以上の次第で、FとIは丁の所有権取得につき相互に第三者の関係に立つから、登記を取得しないと相互に何も請求できない。従って、請求4に対してFはIの登記欠缺を主張してこれを拒むことができる。
以上」
いかがでしょうか?
まず、結構な数の再現答案を見たのですが、その多くは、冒頭に訴訟物(請求4の根拠)を提示しようとしています。『請求4は丁土地の所有権に基づく物権的返還請求権である。』と言った具合ですね。これに対して上記解答例では、そういった記述はありません。これは、冒頭に請求4の根拠を示す必要がないからです。上記の解答例の最後の部分を見ていただければ分かるように、本件の事実関係の下ではFとIは丁土地の所有権取得を巡っていわゆる対抗関係に立つと解される訳ですが(そうならないと考えることもできます)、Iが未登記である以上は、Iは第三者であるFに対して丁土地の所有権取得を主張することができません(民法177条)。これは、Fから見るとIは無権利者に過ぎないと言うことです。ですから、この状態でのままではIはFに何も請求できないことが明らかです。何も請求できないのですから、当然ですが、請求4(丁土地の明け渡し←これは請求の内容を示している)も認められません。何も請求できないこ
とを示すことができるので、請求4の根拠を示す必要がないのです。
丁土地を巡るFとIの関係からすると、IがFに丁土地の明け渡しを請求しようとするなら、丁土地の所有権に基づく物権的返還請求権による他はないことは明らかですが、これを示すまでもなく請求4は認められない。もちろん、請求4の根拠を示した上で、認められないとしても構わないので、これはどちらでも良いのです。ただ、請求4の根拠を明示しようとするとそれだけ字数が増えるので、無駄は避けたと言うのが上記解答例になります。
他方で、FとIは対抗関係に立たない、GF間の契約⑤は他人物売買に過ぎないと解する立場をとったとしても、やはり、冒頭に請求の根拠を示す必要はありません。この場合はFは丁土地の不法占有者に過ぎず、他方で、Iは丁土地の所有権を取得しており、不法占有者は177条の第三者にあたらない訳ですから、未登記であっても、丁土地の所有権取得をFに対抗できる。従って、Iは丁土地の所有権に基づいてFに対して同土地の明け渡しを請求できる(請求4は認められる)。つまり、この場合は請求が認められるので、その根拠を示す必要がある訳ですが、それは最後に示せば足りる。
重要なことは、冒頭に請求の根拠を示すかどうかと言ったことではなく、丁土地を巡るFとIの関係を何故そうなるのかという理由も含めて説明することです。ここが丁寧でしっかりしているものが評価される答案ですが、再現答案を見る限り、ここのところが実にできていないのです。聞くところによると、多くの人が関係当事者の関係を把握することで精一杯だったようなのです。皆できないと言うことは、受験者間での差はつかないとは言えますが、後進の人達にはそうではないでしょう。こういったところにライバルに差を付ける伸びしろがあることが示されていると見るべきです。そこにチャンスがあるのですから、そのチャンスを掴みに行くべきでしょう。あれだけの事実で当事者の法律関係の把握が難しく感じられるというのはかなり問題で、多くの受験生について基礎体力の向上が急務と言えるでしょう。最近作図できない人も増えているようなので、事案分析の練習不足もあるのでしょうが、「要件事実」かぶれ(=民裁帝国主義)もその原因の一つであるように思われます。事案分析にあたっていきなり弁論の組み立てを考える必要はないのです。簡単なことをややこしくしていないか日頃の学修の中身を点検して見るべきです。
次に、この設問2は設問1と異なって、当事者の主張と言う形の誘導がありません。この意味を考えて見るのも面白いですが、おそらく、設問2の方は極めて基本的なことの組み合わせでできているので、誘導を付ける必要はないと考えられたからではないでしょうか。私が受験生だった頃はこれが普通だったので、この設問は本当に昔ながらの問題です。ですから、これが弁論問題だとか「要件事実」の問題だとか言うことは全くあり得ないことです。
そして、この設問に対して主張反論形式で解答するなどと言うことは全く不要なのだと言うことも明らかです(=主張しなくていい・平成30年の民法採点実感参照)。私が受験生だった頃はそのような答案はなかったのです。そう言った記載は無益記載に過ぎません。
設問1(1)の方では、当事者の反論㋐が示されているので、これに対応した解答をしている訳ですが、そこで説明したように、何もなければ~のようであると言った問題提起をするように書くところです。正に、設問2は何もない問題なので、解答例のようになるのです(~これは、錯誤を理由とする契約③取消の意思表示と解されるところ、これが認められるか問題になる。←これで足り、これをあえてFの「反論」という形に仕立て上げる必要はないし、そういった試みは文字数を増やしているだけで意味がない)
これが問題文を読み解いている際の思考であって(これが基本)、ここで当事者の「反論」だとか「生の主張」だとかを考えている訳ではなく、取消できるのか(要件充足の有無)?ということを直裁に考えている。それは問題文を読みながら端的にここに適用されることが想定される条文(=法規範・民法95条)にアクセスすることができているからです(トップダウン型の思考です・頭の中で土俵枠が設定されていると言うような状態です)。このことを上記解答例では「これは、錯誤を理由とする契約③取消の意思表示と解されるところ」と示しているのです。必要な条文(法規範)にアクセスできているので、問題文上で反論を示せと言う注文が付いているのであれば、必要な規程に則ってその内容を反論と言う形で提示することができるのです。主張ないし反論を考えるときは、できるだけ法律から離れて考えるべきだと言われることがありますが、それはおかしいと言う他ありません。
多くの受験生が同じような隘路にはまっていると言うことは、これまで受験生の間で当然のように受け入れられてきたことに問題があることを示していると言うべきです。
○段階構造(思考)とか○△×パターン、あるいは、思考フロー、フレームワークだとか色々言われてますが・・事実を前に考えるとそうならないです。
なお、誤解を避けるために言っておきますが、以上とは別にIF間訴訟の弁論構造を説明することはできます。訴訟物は、Iの丁土地の所有権に基づく物権的返還請求権(1個)になりますね。請求原因以下の組み立ては、IFの法律関係が分かれば、そう難しいことではありません。私は、これを自力で組み立てる実力を持って欲しいとは思いますが、そのことと、本問にどう解答するべきなのかと言うことは全く別の事だと思います。本問では弁論構造やこれに沿った説明は全く求められていないと言うべきです。そのようなことは問題文から読み取ることはできません。
2024年8月21日 谷雅文
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