ご質問をいただきありがとうございます。
以下、講師からの回答をお伝えします。
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本問における業務上横領の成立は、やや厳しいですがあり得なくないと考えます。
まず出題趣旨には「仮に,新薬の書類に対する甲の占有が失われていないとしても,後任部長にも新薬の書類に対する管理権が存在するとすれば,新薬の書類を持ち去る甲の行為は,共同占有者の占有を侵害することとなる点に注意が必要である。」とあり、仮にという形ですが、甲の占有を認定する余地があるように書かれています。
そのため、甲の占有を認定する余地が排斥されているとまでは言いにくいので、業務上横領罪の成立はあり得なくはないと考えられます。
そして、甲が占有する他人A株式会社所有の書類としても、甲がA社の社員であることから、委託信任関係はA社との間では認められると思われます。
もっとも採点実感には「業務上横領罪とした答案は,新薬開発部部長が占有の主体であるとしつつも,甲が暗証番号を知っていることからその占有は失われないとするものが多数であったが,出題の趣旨でも述べたとおり,後任部長にも新薬の書類に対する占有があることは明らかであって,これを的確に把握できていなかったといえる。」とあります。
そのため、甲の占有があるとして業務上横領罪にしてしまうと、後任部長との共同占有という問題が出てきて処理が非常に複雑になるので、ここは甲が部署異動したこと等を踏まえて甲の占有を否定し、窃盗罪の成否を検討するのが簡潔明瞭です。
次に、乙の建造物侵入罪の共同正犯については、成立を認めても試験現場では許容されると考えます。書類を持ち出す前提として、会社に立ち入ることが想定されるからです。
本問で乙の建造物侵入罪の共同正犯に言及がないのは、乙は厳密には書類を持ち出すことのみを甲にお願いしている(問題文3の4~5行目)ことから、この部分を重視して建造物侵入罪を除外したという整理になります。
建造物侵入罪については、答案例5行目にあるように、各部長という人の看守する建造物とすれば問題ありません。