ご質問ありがとうございます。
動かし難い事実とは、成立の真正が認められる信用性の高い文書の内容(パスポートに記載された出入国の事実など)や、利害関係のない第三者供述のうち信用性が高いものの内容、当事者双方で争いの無い事実や当事者双方の人証が一致して供述した事実が当たります(『ステップアップ民事事実認定 第2版』39頁)。
そうすると、印鑑の盗用に関する間接事実について、当事者間で争いが無い・一致供述など冒頭の要件を満たす場合であれば、動かし難い事実に当たります。反対に、冒頭の要件を満たさないのであれば動かし難い事実には当たりません。
このように動かし難い事実に当たるかどうかは、当事者間で争いが無いなど冒頭の要件を満たす場合かどうかで事案ごとに考えることになります。
さて、類型的信用文書に印章がある場合は、民訴法228条4項による二段の推定のうち一段目の推定がなされるという処理になります。この二段の推定では、一段目の推定で「作成者の印章による押印がある場合は、作成者の意思に基づく押印がある」と推定します。
そのため、類型的信用文書に印章があるという事実について争いがないか証拠上明らかと認めることができる場合には、二段の推定のうち一段目の推定に関する事実があるということになるので、一段目の推定がなされます。
そして、この一段目の推定を破る事情として印鑑の盗用という事情があり、この盗用を反証できれば一段目の推定を破ることができます。
すると、被冒用者が盗用を証言するだけでは動かし難い事実にならず、その盗用の証言が人証で双方一致したり相手方が争わなかったりする場合など冒頭の要件を満たす場合には、動かし難い事実となります。しかし通常は、盗用という事情を相手が認めるとは考え難いので動かし難い事実にならず、この盗用という事情を被冒用者側で反証する形になります(『ステップアップ民事事実認定 第2版』64~65頁)。
結論として、類型的信用文書に印章がある場合は以下のように整理します。
①その印章があるという事実に争いがないか証拠上明らかであれば、二段の推定のうち一段目の推定がなされる。
↓
②この一段目の推定を破る事情として印鑑の盗用があり、盗用を反証できれば一段目の推定を破ることができる。
盗用という事情が、当事者間で争いが無いなど冒頭の要件を満たせば動かし難い事実になりますが、そのような場合は考えにくいので、被冒用者側で反証を試みるのが一般的です。
この箇所については、『ステップアップ民事事実認定 第2版』の39頁・64~65頁をお読みいただければ理解が深まります。