ご質問ありがとうございます。
財産的処分行為に向けられているか否かという観点は、欺罔行為の定義である「財産的処分行為」という単語に含まれると解するのが無難です。
つまり、これは書きぶりにもよりますが、「錯誤と交付(財産的処分行為)に向けられた」という点と「交付の判断の基礎となる重要な事項を偽る」という点は分けて考えた方が得策なのです。
まず、詐欺罪の実行行為たる「人を欺」く行為(欺罔行為)とは、財物の交付に向けて人の錯誤を惹起する行為をいい、その内容は交付の判断の基礎となる重要な事項を偽ることと説明されます(『基本刑法Ⅱ』223頁)。
すると、犯人甲が被害者Vに対して「あっちにツチノコがいるよ」と嘘をつき、Vがツチノコを探している間に甲がVの財布を持ち去った場合には、甲の嘘は「財物の交付に向けて人の錯誤を惹起する行為」といえないので欺罔行為にならず、甲は詐欺罪ではなく窃盗罪になります(挙げていただいたよくある問題の典型がこの事例です)。
ここでのポイントは、欺罔行為とは、嘘をつく行為全般ではなく「相手方に交付行為(財産的処分行為)をさせるための嘘」であることが必要という点です。つまり、相手に嘘を吹き込み、その嘘に基づいて相手が自分の意思(瑕疵ある意思)に基づいて財物を交付してしまうような嘘が欺罔行為となります。
このタイプの嘘を「財物の交付に向けて人の錯誤を惹起する行為」と呼び、まずは犯人のついた嘘が、瑕疵ある意思に基づいて相手に交付行為をさせてしまうような嘘かどうかという点が、欺罔行為に当たるかどうかの第一のチェックポイントになります。
上記のツチノコの嘘は、Vが瑕疵ある意思に基づいて自分から財布を渡すように仕向ける嘘ではなく、Vの注意を財布から遠ざけるタイプの嘘であり、「相手方に交付行為(財産的処分行為)をさせるための嘘」ではないので欺罔行為になりません。
このように、相手方に交付行為(財産的処分行為)をさせるための嘘であることが「財物の交付に向けて人の錯誤を惹起する行為」(=錯誤と交付に向けられた)という点に対応するので、ここは「交付の判断の基礎となる重要な事項を偽る」という点とは異なります。
「交付の判断の基礎となる重要な事項を偽る」とは、実質的個別財産説のいう取引上の交付目的・交換目的を達成したかどうかという点から、その嘘が財産的損害を発生させる危険性を有するかどうかを判断するものです。そのため、上記の錯誤と交付に向けられたかとは異なります。
結論として、欺罔行為とは「①財物の交付に向けて人の錯誤を惹起する行為(錯誤と交付【財産的処分行為】に向けた行為)であり、②その内容は交付の判断の基礎となる重要な事項を偽る(実質的個別的財産説のいう取引上の交換・交付目的を踏まえ財産上の損害といえるか)こと」と押さえるのが試験対策としては無難です。つまり、①②を分けて検討した方が答案に書きやすいと考えます。
挙げていただいた「財産的処分行為の基礎をなす経済上の重要な事項を偽る」という条解テキストのフレーズ自体はその通りなのですが、これは上記の①②をデフォルメしているので、当てはめ段階で上記の①②のどちらを検討しているのかを明示できるとベストです。
すなわち、財産的処分行為に向けられているか否かという観点は、上記のフレーズの「財産的処分行為」という単語に絡めて検討し、「財産的処分行為に向けられた嘘でないから欺罔行為ではない」と書くのが一手です。