ご質問ありがとうございます。
両者を異なる基準で判断するのは、両者の問題となる場面が異なるからです。
まず、事件や事実の同一性は、事件単位の原則との関係で問題となります。この原則は、逮捕・勾留の効力は、その身体拘束の基礎となった被疑事実についてのみ及ぶとするものです。この際に、身体拘束の効力が及ぶ被疑事実の範囲はどこまでかという文脈で、事件や事実の同一性が問題となります。
ここでは、事件単位の原則が身体拘束という捜査に関する原則であるところ、捜査とは公訴提起・公判維持のための準備活動です。そのため、公訴・公判という点から、「公訴事実の同一性」を基準に判断します。この「公訴事実の同一性」の範囲内で訴因変更が可能であり、その範囲内は公訴・公判の対象となるからです。
次に、一罪という言葉は、一罪一逮捕一勾留の原則との間で問題となります。これは、同一の犯罪事実について、同時に2個以上の逮捕・勾留を禁止する原則です。
すると、常習犯のように、複数の被疑事実をひとまとめにするケースの場合、複数の被疑事実ごとに逮捕・勾留が重複できるのかどうかという点が問題となります。
例えば、被疑者甲が募金詐欺を3日連続で行ったとします。この場合、甲は募金詐欺を3回行ったわけですから、3回の詐欺の被疑事実ごとに逮捕・勾留を3回行えるとも思えます。他方、この3回の募金詐欺を常習犯として一罪と捉えれば、3回の募金詐欺は常習犯という一罪になるので、1つのまとまった犯罪として逮捕・勾留を3回重複することはできないと考えることも可能です。
そこで、常習犯のように、数個の被疑事実があるが実体法上は一罪とされる場合には、その一罪を基準として逮捕・勾留の重複の可否を考えるとするのです。このように解すれば、3回の募金詐欺ごとに3回の逮捕・勾留を重複することは許されず、常習犯たる一罪として1回の逮捕・勾留を行えるにとどまるのです。
同じ理由で、住居侵入・窃盗の科刑上一罪の場合も、住居侵入の被疑事実で逮捕・勾留、窃盗の被疑事実で逮捕・勾留を重複して行うことはできず、上記2個の被疑事実を一罪と考えて、1回の逮捕・勾留で処理します。
このように、両者は問題となる文脈・場面が異なります。
事件や事実の同一性は、事件単位の原則との関係で問題となり、身体拘束の効果が及ぶ1個の被疑事実の範囲はどこまでかが問題となります。これは捜査→公訴提起・公判維持との関係から、公訴・公判の規定である「公訴事実の同一性」を基準にして考えます。
他方、一罪は一罪一逮捕一勾留の原則との間で問題となり、これは、常習犯や科刑上一罪のように、複数の被疑事実を実体法上一罪と考える場合において、一罪を個々の被疑事実ごとに分解し重複して身体拘束できるのか、それとも一罪を基準にして複数の被疑事実に対して1回の逮捕・勾留を行えるだけかという点が問題となるところ、実体法上の一罪を基準にして考えるのです。
そして、『再逮捕・再勾留禁止の原則の「同一の犯罪事実」の判断は「公訴事実の同一性」であり、一罪一逮捕一勾留の判断方法とズレる』かどうかについては、以下の整理で押さえて下さい。
①
まず、逮捕・勾留がされた場合、その身体拘束の効果は、身体拘束の基礎となった被疑事実のみに及びます(事件単位の範囲)。その被疑事実(事件や事実)の範囲は、身体拘束という捜査が公訴・公判のためになされることから、「公訴事実の同一性」を基準に判断されます。
②
次に、「公訴事実の同一性」がある、又は、実体法上一罪の関係にある同一の犯罪事実の範囲では、再逮捕・再勾留禁止の原則から、再度の逮捕・勾留が禁止されます。
この再逮捕・再勾留禁止の原則における同一の犯罪事実とは、逮捕・勾留の基礎となった被疑事実(「公訴事実の同一性」で判断される事実)に加え、実体法上一罪(常習犯や科刑上一罪など)の関係にある事実も含まれます(『リーガルクエスト刑事訴訟法』90頁)。
なぜなら、「公訴事実の同一性」ある被疑事実にしても、科刑上一罪にある被疑事実にしても、時間をずらしさえすれば再度の身体拘束ができるというのは不当だからです。
ゆえに、再逮捕・再勾留禁止の原則における同一の犯罪事実の判断は、その身体拘束の基礎となった被疑事実(「公訴事実の同一性」で事実の同一性を判断)と、実体法上の一罪と構成される被疑事実の両方を含みます。
③
今回のご質問全体のポイントとしては、
⑴事件や事実の同一性は、逮捕・勾留の効力が及ぶ1個の被疑事実の範囲はどこまでかという問題であって、その範囲(同一性)を「公訴事実の同一性」で判断する。
⑵これに対し一罪とは、複数の被疑事実があるが常習犯や科刑上一罪という実体法上の一罪としてまとめられる場合に、複数の被疑事実ごとにそれぞれ身体拘束できるのか、それとも実体法上の一罪を基準にして1回の身体拘束ができるのかという問題であって、後者の見解で判断する。
という点を押さえておくと良いかと思います。