たまっち先生の
「論文試験の合格答案レクチャー」
第 26回
「第26回 不真正不作為犯(前編)」
合格答案のこつ
平成26年度司法試験 刑法から
第1 はじめに
・・・重要論点ですが、出題頻度が高くないこともあり、
実際にどのように答案に落とし込めば良いのか分からないということも、要注意!
こんにちは、たまっち先生です。第26回となる今回は平成26年度司法試験刑法を題材として「不真正不作為犯」の合格答案のコツをレクチャーしていきたいと思います。
不真正不作為犯は刑法総論の前半部分で学習する重要論点ですが、出題頻度が高くないこともあり、実際にどのように答案に落とし込めば良いのか分からないという受験生は少なくないと思います。
本記事をとおして、判例上作為義務の認定のポイントとされているのはどのような要素であるのか、作為義務をどのように認定すれば良いのか、について理解を深めていただきたいと思います。
第2 A答案とC答案の比較検討
【A答案とC答案】
では早速、A答案とC答案を2つを見比べてみましょう。
A ポイントとC ポイントが分かり易いよう⇩表の記載方法としました(なお、デバイスやモニターの大きさで段がズレて表示される場合がございます。あらかじめご了承ください)。
A答案
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A ポイント
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第1 甲の罪責にについて
甲が7月2日昼頃以降、Aに授乳しなかった不作為について、殺人罪(199条)が成立するか検討する。
1 甲がAに授乳しないという不作為が、殺人の実行行為といえるか。Aの死の現実的危険が生じたのが7月2日の昼前であるから、この時点で殺人罪の実行の着手と認めうる/ため、この時点以降の不作為が実行行為に当たるかについて検討する。
⑴ この点については、不作為にも、作為による実行行為との構成要件的同価値性が認められれば、実行行為性を肯定して良い。そして、同価値性の有無は、①行為者に作為義務があり、②作為可能性及び容易性があるかによって判断すべきである。/そして、作為と不作為の同価値性を担保する要素を、結果へと向かう因果関係を具体的・現実的に支配した点に求め、不作為者が自己の意思で排他的支配を設定した場合、または継続的保護関係を前提に排他的支配に入った場合に作為義務を認めるべきであると考える/
⑵ 本件では、甲はAの母親であり、Bを監護する義務(民法820条)を有するものであるから、継続的保護義務関係にある。/また、本件で一連の不作為が行われた場所は、外界から遮断された甲が住むアパートの一室であり、外部の者によるAの救命は期待できる状況になかった。確かに、同アパートの室内には、甲以外に丙が同居しているが、Aは容易に入手できる安価な市販のミルクにはアレルギーがあり、甲の母乳でしか必要な栄養を取ることができなかったことや、後述のように丙もAに対して殺意を持っており、必要な措置を講じることは期待できなかったこと等を考えれば、丙の存在を考慮しても、Aの生命は甲に強く依存していたといえる/
加えて、Aは生後4ヶ月であり自ら生存に必要な行動をとることは期待できないことや、甲は丙に殺害の意図を察知されないように、授乳等以外のAの世話は通常通りに行っており丙によるAの救命がされないような行動をとっていることも考え併せれば、甲はAの生命の危険を創出し、甲の死亡に至るまでの因果の流れを排他的に支配していたといえる。/そうであるとすれば、少なくともAの生命の危険が生じた7月2日以降において、①甲には、Aに授乳をしたり病院にAを連れて行ったり等のAの生存に必要な措置を講じる法的な作為義務があったといえる。/
⑶ そして、本件事実関係の下では、上記の期待された作為に出ることを妨げる事情は存しないから、②作為の可能性・容易性も認められる。
⑷ 以上からすれば、甲の7月2日昼前以降の一連の不作為は、作為による殺人と構成要件的同価値性が認められるから、甲のかかる一連の不作為には殺人罪の実行行為性が認められる。
2 そして、本件ではAは結果的に死亡している。それでは、上記不作為とAの死亡結果との間に因果関係が認められるか
⑴ まず、不作為犯について因果関係を認めるためには、期待された作為に出たならば十中八九結果が発生しなかったといえることが必要である。
授乳等を一切中断してから48時間以内ならば授乳等を再開すれば回復し、48時間を超えても72時間以内ならば病院に搬送すれば救命できるとされているところ、本件では、7月2日昼前の時点では、甲が授乳等を中断した7月1日朝から48時間が経過する前であるから甲が授乳等を再開すればAの救命は確実であったといえる。そうすると、上記一連の不作為を開始した時点で、期待された行為に出ていれば十中八九Aが死亡する結果が生じなかったといえる。/
⑵ 次に、甲は7月3日夕方、Aの授乳を開始していることから、上記の不作為で創出された危険が消滅し因果関係が否定されないかが問題となるが、この時点では甲が授乳をしなくなった時点から48時間を超えており病院に連れて行かなければAの救命ができない状況にあったのだから、甲はAを病院に搬送していない以上は、Aの生命の危険の危険が消滅したと言えず、甲の上記作為によって因果関係が否定されることにはならない。
⑶ 次に、甲の不作為とAの死亡との間には、乙によるAの連れ出し及びタクシー運転手の過失行為が介在していることから、因果関係が否定されないか。
ア 因果関係の有無は、実行行為の有する危険性が結果へと現実化したといえるか否かによって決すべきである。/
イ 本件のAの死因はタクシーに衝突されたことに伴う脳挫傷であり、介在した過失行為が直接の死因を形成している。そして、甲の不作為がかかる介在事情を誘発したような関係にもない。確かに、事故当時Aは事故がなくても死亡することが確実な状況にあったが、衰弱死と脳挫傷による死亡は異質のものであり、これらを同一視することは適切ではない。
よって、Aの死亡結果は甲の不作為が有する危険が現実化したものではないから、因果関係は否定される。
⑷ 以上により、甲の不作為には殺人未遂罪(203条、199条)が成立するにとどまる。
⑸ それでは、本件で甲が「自己の意思により」、7月3日夕方にAの授乳を再開していることから、中止犯(43条ただし書)が成立しないか。「中止」行為が認められるかが本件では問題となる。
本件では、放置すればAの死亡結果が生じる危険がすでに生じていたから、「中止」行為が認められるためには、真摯な努力に基づく積極的な結果防止措置をとることが必要である。しかし、本件では客観的にはAの救命のためには病院に搬送しなければならない状況にあり、それを甲も認識していたのに、警察への通報を恐れてそれをしていない以上、真摯な努力に基づいた結果防止措置をとったとは言えないから、「中止」行為は認められない。/よって、中止犯は成立しない。
3 以上により、甲には殺人未遂罪が成立し、その罪責を負う。
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薄い論述になっているものの、「実行」の「着手」(43条本文)について指摘できています。/
論証をコンパクトかつ正確に指摘できています。論証集の論証をそのまま貼り付けるのではなく、必要な部分のみを実戦向けにピップアップして指摘できている点に実力の高さを感じます。/
判例上、作為義務は総合考慮で判断されていますが、総合考慮の中でも特に排他的支配、危険の引受け、先行行為が重要視されているという点を意識できています。/
甲はAの母親であるという事実を踏まえ、甲がAを監護すべき法的義務が負うことを民法820条という具体的な条文を指摘した上で論述できています。/
事実→評価→結論という当てはめのお作法が守られており、かつ内容も非常に優れています。受験生はぜひお手本にしたい論述といえます。/
先行行為に加え、排他的支配があるという点を指摘できています。また、単に「先行行為」、「排他的支配」という抽象的な用語を使うのではなく、本問の具体的事情に応じて「Aの救命がされないような行動をとっている・・・Aの死の危険を創出し」(先行行為)や「甲の死亡に至るまでの因果の流れを排他的に支配していたといえる」など具体論を指摘できている点が好印象です。/
作為義務がいつの時点で生じたのか、どのような内容の作為をすべき義務なのか、という点まで具体的に指摘できています。/
書いている内容は誤りではないですが、本件ではあまり問題にならないので指摘するとしても2〜3行程度にとどめるべきでしょう。/
判例・通説に従い、危険の現実化法理を簡潔に指摘できています。/
C答案と異なり、作為義務が7月2日昼前の時点で生じていたことを指摘できているので、7月3日時点ではより高度な作為義務が要求されていることを意識できています。/
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C答案
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C ポイント
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第1 甲の罪責
1 甲が授乳、病院へ連れて行く等の措置をとらなかったこと/につき、殺人罪(199条)が成立しないか。
⑴ 199条は「殺した」と作為の形で規定されているが、不作為による場合にも適用される。もっとも、あらゆる不作為が含まれるとすると、処罰範囲が不当に拡大する恐れがあるので、①作為義務があり、それに違反したこと、②作為が可能かつ容易であることが必要とされる。そして、作為義務が認められるためには、単に一定の作為をすべき義務があるのみならず、排他的は支配の設定が必要となる。/
本件についてみると、甲はAの母親であり、授乳や病院に連れていくなど、Aを世話する一切の義務を負っている。/そして、甲方には甲と丙しかおらず、丙はAを疎んでおり、おむつ交換や入浴などの世話を一切しなくなったのであるから、丙がAを助けることはしない状況にあったことといえる。また、仮に丙がAの世話を使用と思っても、Aは市販の乳児用ミルクに対してアレルギーがあり、授乳ができない状況にあった。したがって、甲は排他的な支配を設定していたといえる。/よって、作為義務が認められる。
また、Aは授乳したり、病院に連れて行ったりすることは可能かつ容易であったといえる。Aは7月3日の夕方に授乳を再開しているが、病院に連れていくことが必要であると考えたのに、それを行っておらず、作為義務が果たされたとはいえない。/
以上より、殺人罪の実行行為性が認められる。
⑵ 甲はA殺害の決意をしており、殺人罪の故意は認められる。/Aは死亡の結果が生じている。死亡との間の因果関係が認められるか。/本件について条件関係が認められる。もっとも、因果関係が認められるためには、実行行為の危険が現実化したという関係がなければならない。本件についてみると、授乳をせず、病院にも連れて行かなかったことにより、乙がAを連れ出した際にはAは救命不可能となっていた。しかし、Aが死亡した下人は、乙がAをタクシーで病院に連れて行こうとした際、タクシーに衝突されたことで生じた脳挫傷にある。このような脳挫傷による死亡結果発生は、不作為により衰弱死する場合に生じていた死亡結果発生の危険とは別個の危険というべきであり、当初の実行行為の危険が現実化したとはいえない。よって、因果関係は認められない。
以上より、甲の行為は、殺人未遂罪(203条、199条)の構成要件に該当することになる。
⑶ 甲が授乳再開した点につき、中止犯(43条ただし書)が成立しないか。
「自己の意思」とは外部的な障害を客観的に評価して、自発的に中止したかどうかにより判断するところ、本件ではAを可哀想になって注視しようとしており、「自己の意思」によってされたといえる。「中止した」とは真摯な努力をしたことをいう。なぜなら、43条ただし書の趣旨は結果発生を防止しようとすることによる非難可能性の減少にあるからである。本件についてみると、Aを病院に連れていく必要があり、そうすべきであるのに、授乳を再開したにとどまる甲の行為は真摯な努力には当たらない。/したがって、43条ただし書は適用されない。
2 以上より、甲に殺人未遂罪が成立する。
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いつの時点で生じた作為義務なのか明確にできていない。作為義務とは法的に期待された行為をしなかったことを意味するから、どの時点で法的に期待された行為をすべき義務を生じたのかを明確にしなければなりません。その点で、C答案の記述は作為義務の認定が不十分といえます。/
排他的支配に言及できている点は好印象です。もっとも、排他的支配のみならず、先行行為や保護の引受けについても点数が振られている可能性があります。そのため、先行行為や保護の引受けについても検討する必要があるでしょう。/
民法820条という監護義務の根拠となる具体的な根拠条文を指摘したいです。/
排他的支配の根拠となる問題文の「事実」を抽出した上で、それぞれの事実が持つ意味を法的に「評価」できています。/
どの時点で作為義務が生じているか明確でないため、なぜ7月3日時点で授乳を再開しているのに不作為が認定できてしまうのか不明確になっています。この点からも、どの時点において作為義務が生じたのかを認定することが重要であるといえます。/
結果、因果関係という客観的構成要件を検討する以前に主観的構成要件である故意を認定してしまっています。
刑法では特に理由がない限り、原則として客観→主観という順序で検討する必要があるので、印象を悪くしてしまっています。/
問題提起をする際には、改行をすべきでしょう。
また、規範を示すことなく突然あてはめをしており法的三段論法が崩れています。不真正不作為犯の認定においては実行行為性のみならず、因果関係の認定も重要であるため、このような雑な論述は避けるべきでしょう。/
病院に連れていく必要があったことについて、理由が示されておらず、採点官に対して伝わりにくい答案となっています。/
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第3 B E X Aの考える合格答案までのステップ「7、事実を規範に当てはめできる」との関連性
B E X Aの考える合格答案までのステップとの関係では、「7、事実を規範に当てはめできる」との関連が強いでしょう。
不真正不作為犯の規範については、市販の論証集の冒頭で記載されていることもあり、正確なものを指摘できる受験生が多い印象があります。そのため、実際の試験では規範部分を指摘できることはむしろ当然で、あてはめによって勝負が決まるといえます。ここで、判例がどのような要素を作為義務を認定する上で重視しているかという点まで「理解」できていないと、問題文の事実を適切に「評価」することができません。本記事の後半部分で現在の判例の立場をご紹介するので、学習の参考にしてみてください。
第4 本問の考え方
【問題文及び設問】
平成26年司法試験 刑法の問題を読みたい方は、⇩⇩をクリック
https://www.moj.go.jp/content/000123138.pdf
1 不真正不作為犯の実行行為性
⑴ 学説(2要件説)
判例・学説は、一元的基準で作為義務の全てを説明することを諦め、様々な要素(法令義務、排他的支配、危険早出行為、保護の引受け等の要素)を総合的に考慮して作為義務を設定するという立場(多元説)に立っています。もっとも、基準としては不明確であり、決定打に欠けます。多元説というのは、聞こえはいいですが、具体的に問題文の事情を当てはめる際に、どの要素を重視して判断すればいいか分からないというデメリットがあるからです。
そこで、私としては、排他的支配に加えて、先行行為or危険の引受けを考慮して作為義務を設定する2要件説を推したいと思います。
不作為は作為とは異なり、原則的には結果に対する因果の流れを設定したとはいえません。そのため、不作為が作為と同価値であるといえるためには、不作為者が因果経過を具体的に支配したことが必要ということになります。ただ、不作為は結果に向かって流れている因果が流れている状況の中で危険の実現を阻止しないという態度をとったに過ぎないため、因果の流れを具体的に支配したとはいえないことが通常でしょう。そこで要求されるのが、「排他的支配」です。排他的支配とは、その者に法益の維持・存続が具体的かつ排他的に依存しているという関係をいいます。つまり、排他的支配があるといえる状況下では、不作為であっても作為と同視できるような結果への因果の流れを設定したと評価することができることになります。
次に、排他的支配に加えて要求される要件が「先行行為」です。ここにいう先行行為とは、当該不作為以前に法益侵害に向かう因果の流れを設定することをいいます。不作為者は当初からずっと不作為というわけではなく、当該不作為以前に何らかの法益侵害に向かう因果の流れを設定していることがあります。これこそが先行行為です。先行行為が認められる場合には、単純な排他的支配しか認められない事案に比して、法益侵害への流れを設定しているわけですから、作為義務を肯定しやすいです。
したがって、不作為以前に法益侵害に向かう因果の流れを設定し、かつ、被害者の法益を排他的に支配している状況下において危険の実現を阻止しないという不作為は、作為と同価値であると評価される結果、当該不作為者には自らが作出した法益侵害の危険を除去すべき作為義務を認定することができる、という構図になります。
もう一つ排他的支配に加えて要求される要件は「保護の引受け」です。保護の引受けについては、先行行為に似ている部分があると考えています。それは、法益侵害に向かう因果の流れが設定された状態の者に対し、自己の意思で法益の保護を引き受けており、それにより他者による法益の保護の期待を排除しているわけです。そうすると、その意味で、むしろ法益侵害に向かう因果の流れを作っていうといえてしまうのです。したがって、保護の引受けにより法益侵害に向かう因果の流れを設定し、かつ、被害者の法益を排他的に支配している状況下における危険の除去をしないという不作為は、作為と同価値であると評価できますから、当該不作者には当該法益侵害に向かう因果の流れを除去すべき作為義務を設定することができる、という構図になります。
以上からすれば、作為義務が認められるのは、①先行行為に加えて排他的支配が認められる場合、及び②保護の引受けに加えて排他的支配が認められる場合、であると整理することができます。
⑵ 残りの要件
ア 作為の可能性
作為義務が認められるには、当該作為を行う可能性が認められなければなりません。作為の可能性があったにもかかわらず、それをしなかったことに対し刑法的な非難を向けることができるからです。したがって、実行行為性が認められるための要件の一つとして作為の可能性が必要であるといえます。
イ 作為の容易性
作為が一般的・抽象的には可能であっても、その者が当該作為を果たすことができた(容易だった)といえなければ、上記同様非難を向けることができないでしょう。例えば、足が不自由な者に対し、溺れている子供を助ける作為を要求することはできないでしょう。したがって、実行行為性が認められるための要件の一つとして作為の容易性が必要であるといえます。
ウ 作為義務違反
特定の内容の作為義務が存在し、作為可能性・作為容易性が認められるにもかかわらず、法的に期待される作為をしなかった場合に、作為義務違反を認めることができます。したがって、不作為犯における実行行為とは、まさにこの「作為義務の違反」であるということができます。
⑶ 本問のあてはめ
甲はAの母親であるため、民法上の監護義務(民法820条)を認めることができます(法令上の義務)。また、Aは生後4ヶ月の乳児であることからすれば、Aに対し授乳を一切しないことは、Aの生命に危険を及ぼす先行行為ということができます(先行行為)。そして、甲がAと同居しているという事実からすれば、甲方にいる甲あるいは丙しかAの生命侵害の危険を回避できる立場にはなかったといえること、また、Aはミルクアレルギーがあるため母乳以外に生命維持をすることが困難だったといえること、等からすれば、甲はAの死に至る因果経過を排他的に支配していたということができます(排他的支配)。
以上からすれば、甲は少なくとも7月2日昼前の時点でAを病院に連れて行く等の適切な措置を講じるべき作為義務を肯定することができます。
また、甲はAに対して授乳以外の世話を行っていることや甲に授乳を行えない事情は特段なかったことからすれば、上記作為の可能性及び容易性が認められるでしょう。
したがって、甲が7月2日昼前の時点で上記作為義務を怠ったという不作為には、殺人罪の実行行為性が認められることになります。
⑷ 実行の着手時期
甲の不作為に殺人罪の実行行為性を認めた場合には、時間の経過ともにAの生命の危険性の程度に変化が生じていることから、甲の実行の着手時期が問題となります。
実行の着手時期については、未遂犯の処罰根拠から結果発生の現実的危険性が発生した時期を実行の着手時期とする説が多数説です。
本問では、生後4ヶ月の乳児に授乳等の措置を一切しなくなった場合、その時点から(ⅰ)約24時間を超えると生命の危険が高まり、(ⅱ)約48時間を超えると病院で治療しない限り救命不能となり、(ⅲ)約72時間を超えると病院で治療しても救命不可能となります。そうすると、少なくとも甲がAに最後の授乳をした7月1日の朝から24時間以上が経過した7月2日昼前の時点で、Aに生命の現実的な危険が生じているといえるでしょう。したがって、同時点が甲の「実行」の「着手」時期ということになります。
⑸ 因果関係
因果関係とは当該行為に結果を帰責することができるかという法的評価の問題です。作為犯の場合と同様、不作為犯にもこの因果関係は必要ということになります。当該因果関係は(ⅰ)条件関係と(ⅱ)法的因果関係の2段階で審査されます。(ⅰ)の判断に際し、判例は「十中八九」救命可能であった場合に、結果回避が「合理的な疑いを超える程度に可能であった」といえるとしています(最決平成元年12日15日刑集43巻13号879頁[覚醒剤注射事件])。したがって、(ⅰ)が認められるためには、ほぼ確実に結果を回避できたといえることが必要であるといえます。
また、(ⅱ)については、大阪南港事件に従い、危険の現実化によって判断されることになります。当該行為の危険が結果として現実化したと認められる場合に因果関係を肯定できるとする立場です。この判断にあたっては、行為の危険性、介在事情の結果への寄与度、介在事情の異常性の3つが考慮されると考えられています。
本件では、甲が行った不作為によって現にAは生命の危険を生じているわけですから、行為の危険性が高度であることは否定しがたいと思われます。他方、Aの死因はタクシーの運転手による過失行為による脳挫傷であることから介在事情の結果への寄与度も大きいといえます。しかも、Aは乙に連れ出されるという偶然の事情によってたまたまタクシーに轢かれたわけですから、甲の不作為が当該介在事情を誘発したという関係にはなく、介在事情の異常性が大きいといえます。
以上からすれば、甲の不作為とAの死亡との因果関係は否定されることになるでしょう。
⑹ 故意
作為犯の場合と同様、(構成要件的)故意は要求されます。例えば、保護責任者が被保護者を究明せずに被保護者が死亡した事案で考えると、同じ作為義務が認められる場合であっても、人が死ぬ可能性を認識していれば殺人罪を成立させる余地がありますが、人が死ぬ可能性を認識していなければ保護責任者遺棄致死罪にとどまることになるわけです。
本件で甲は、「授乳しなければ数日で死亡するだろう」と考えた上、それでもなお授乳をしなかったわけですから、殺意を肯定することができます。
2 中止犯(43条ただし書)
⑴ 成立要件
【中止犯の成立要件】
【中止犯の減免根拠が責任減少にあることを指摘した上で】
①「自己の意思により」(任意性)
→やろうと思えばできたが、あえてやらなかったことが必要
②「犯罪を中止したこと」(中止行為)
→犯罪の結果が生じるのを防止することをいいます。防止行為の程度は、結果に対する因果の流れがどれほど強度に流れているかによって変化することに注意。
⑵ あてはめ
本件では、甲は7月3日夕方時点でAに対する授乳を再開していますが、重要なのは、授乳を再開した時点です。上記したように、Aは甲が授乳を再開する24時間以上前の時点で生命の危険が生じていますので、甲としては授乳を再開するのが遅すぎるといえます。したがって、この時点で要求される甲の中止行為とは、もはや甲は授乳を再開するだけでは足りずに、病院に連れていき適切な治療を受けさせるべき義務まで高まっていたということができるでしょう。このように、中止行為は結果発生の危険が高まっていればいるほど強度なものが要求される点に注意が必要です。
後編へ続く
いつもBEXA記事「たまっち先生の論文試験の合格答案レクチャー」をお読みくださり、誠にありがとうございます。
第26回は平成26年司法試験 刑法から「不真正不作為犯(前編)」合格答案のこつ について解説いたしました。次回以降も、たまっち先生がどのような点に気をつけて答案を書けば合格答案を書くことができるようになるかについて連載してまいります。ご期待ください。
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