請負目的物の所有権の帰属 | 合格答案のこつ たまっち先生の「論文試験の合格答案レクチャー」第 44回~令和元年司法試験の民法から~

たまっち先生の「論文試験の合格答案レクチャー」  44回  
『請負目的物の所有権の帰属
合格答案のこつ
令和元年司法試験の民法から

第1 はじめに

 こんにちは、たまっち先生です。
 今回は、請負契約の目的物の所有権の帰属について実際のA答案とC答案の比較検討を通して、どのように答案を作成すれば安定して合格答案(上位答案になる可能性の高い答案)を書くことができるようになるかをレクチャーしていきたいと思います。

第2 A答案とC答案の比較検討

【A答案とC答案】

 では早速、A答案とC答案を2つを見比べてみましょう。
 A ポイントC ポイントが分かり易いよう⇩表の記載方法としました(なお、デバイスやモニターの大きさで段がズレて表示される場合がございます。あらかじめご了承ください)。

A答案

A ポイント

第1 設問1

1 甲建物の所有者

(1) 1請負契約(632条)のおける、目的不動産の所有権については明文の規定がないため、当事者の合理的意思により決する。 
加工(246条)の法理と請負人の報酬請求権の担保の必要性から、材料提供者に所有権が帰属すると解するのが原則として合理的意思に合致する。もっとも、注文者が工事の進行に応じて請負代金を支払うこととされる場合には、その割合によっては注文者に所有権が帰属すると解するのが合理的意思といえる。

(2) 注文者Aと請負人Bは甲建物を建築する旨の請負契約を締結している(632条)。
 本件事故は平成30年6月7日に生じた。甲建物の材料はBが全て自ら調達している。
しかし、甲建物は6月7日時点で仕様通りに完成させているところ、Aは契約日の平成29年5月10日に3600万円、着工日の同月17日に1億8000万円、棟上日の8月9日に1億4400万円と合計80%の請負代金をそれぞれBに支払っており、残りは引渡日に20%の代金を支払うのみとなっている。そして、「報酬は、仕事の目的物の引渡しと同時に支払うもの」とされ同時履行の関係に立つことから(633条)、請負人の報酬請求権を請負人に所有権を帰属させて担保する必要性はなくなった。
 したがって、A Bの合理的意思からして,本件事故が発生した時点ではAに甲建物の所有権は帰属している。

2 所有者としての責任

(1) CとAには契約関係がないため、所有者としての責任として717条1項後段の工作物責任の追求ができるか。

(2) 甲建物はBによりA所有の土地上に建築されているため、「土地上の工作物」にあたる(同条1項本文)。

(3)「設置」の「瑕疵」

   ア  「瑕疵」とは、同条が危機責任を問うものであるため、客観的に工作物として通常有するべき安全性を欠いていることをいう。

   イ  甲建物に用いられた建築資材に欠陥があり、震度5弱という通常の建物に損傷を与えるはずのない程度の地震により、甲建物の一部が損傷して落下している。したがって、客観的に通常有するべき安全性を欠くといえる。
 そして、建築資材の欠陥のため、Bによる建築時には上記瑕疵があり、「設置」に「瑕疵」があるといえる。

(4) 建築資材の落下により甲建物に面する道路を歩行していたCは負傷して身体の安全が害されており、治療費の支出という「損害」がある。そして、上記瑕疵と損害の間に因果関係があり「よって」といえる。

(5) 占有者の免責

   ア  所有者の責任は、占有者が「損害の発生を防止するのに必要な注意をしたとき」に限り負う二次的な責任であるが、危険責任の法理により無過失責任である。

   イ  本件事故は甲建物をBがAへ引き渡す前に生じたもののため、Bが占有している。
瑕疵の原因である建築資材は定評があり、多くの新築建物に用いられているものである。
そして、瑕疵はかかる資材の製造業者の検査漏れがあり、必要な強度を有しない欠陥品が出荷され、たまたまこれが用いられたために生じたものであり、Bはこのことを感知し得なかった。また、定評のある資材のため、Bが資材の強度を改めて調べることまでは義務付けられているとはいえない。
 したがって、占有者Bは「損害の発生を防止するのに必要な注意をした」といえる。

(6) 以上より、Cは甲建物の所有者Aに対して、717条1項後段の損害賠償請求ができる。

 

 

 

 

 

契約解釈の問題であることを示すことができています。当時は条文がありませんでしたが、現在では契約解釈が問題となる場合には民法522条1項を根拠条文として指摘する必要があります。

 

請負人帰属説を原則としつつ、出題趣旨のイの立場に立つことを明記できています。
規範を端的に指摘できている点も参考になります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

甲建物の材料は全てBが調達しており、原則としてBに甲建物の所有権が帰属することを意識できています(原則論)。

 

請負人が材料を全て調達していることから、原則として請負人に建物の所有権が帰属すると考えられることを意識できています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「瑕疵」の意義を正確に指摘できています。

 

 

 

 

問題とならない点は簡潔に当てはめることができています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

占有者たるBが施工業者という業者である(一般人よりも高度な注意義務が求められる)ことを加味しても、Bとしては「必要な注意」を行ったと評価できることを指摘できています。

 

C答案

Cポイント

第1 設問1

1 甲建物の所有者の帰属について

(1)請負人Bが、注文者A所有の土地に、建物を建築するというA B間の本件契約(民法(以下、法名省略)632条)に基づき、Bが本件建物を完成させ、代金完済前、かつ、目的物引渡前の場合、目的物の所有権は、注文者、請負人、材料提供者のいずれに帰属するか。

(2) ア  ここで、他人の土地に建物を建築した請負人には、土地の利用権限がないことから、請負目的 物の所有権は、原始的に注文者に帰属するという説がある。しかし、材料の供給者には、材料費を担保させ、請負代金を回収する必要があることからすると、請負目的物の所有権は、材料提供者に帰属すると解する。そこで、請負目的物の所有権は、特段の事情がない限り、材料提供者に帰属すると解する。

   イ  請負人Bは、請負目的物の建築に必要な材料を全て自ら調達して、甲建物を完成させている。

   ウ  したがって、材料提供者たるBが甲建物の所有権を取得する。

(3)よって、本件事故が発生した場合における甲建物の所有者は、Bである。

2 CのAに対する損害賠償責任について

(1)Cの主張の根拠
まず、Cは、Aに対して、716条本文に基づいて損害賠償請求することが考えられるが、「注文又は指図について注文者に過失があった」(716条ただし書)とはいえないから、注文者Aは、716条本文の損害賠償責任は負わない。
 そこで、Cは、Aに対して、717条1項ただし書の工作物責任に基づいて、損害賠償請求を行う。

(2)Cの主張の当否

   ア  「土地の工作物」といえるためには、危険責任の法理から、土地に接着し、物理的一体であるもの、及び、経済的一体といえるものを含む。
 A所有の土地上に建てられた甲建物は、土地に接着して物理的一体になったといえる。
 したがって、甲建物は、「土地の工作物」にあたる。

   イ  「瑕疵」とは、目的物が通常有している性質、性能を有していないことをいう。
 通常、建物というものは、地震等によって容易に壊れることのない頑丈な作りが要求されるところ、震度5弱というそこまで強くはない地震によって、甲建物の一部が損傷して落下するということは、建物が通常有している性質、性能を有していないといえる。
 したがって、甲建物に「瑕疵」があるといえる。

   ウ  Cは、本件事故によって負傷し、治療費の支払いを余儀なくされているから「損害」が発生しており、上記「瑕疵」と「損害」との間に、社会通念上の因果関係が認められる。

   エ  717条1項ただし書について
 甲建物の所有者が注文者Aであるとした場合において、甲建物はいまだAに引き渡されていないから、請負人たるBが甲建物を占有しているといえる。
 それでは、「占有者が損害の発生を防止するために必要な注意をした」といえるか。
建物を建築する請負人には、使用する材料について調査する義務があるところ、Bは甲建物の材料について特段の調査は行なっていないから、上記義務違反があるといえそうである。もとも、甲建物に用いられていた建築資材は、定評があり、多くの新築建物に用いられていたところ、本件事故が発生するまでは、当該建築資材に瑕疵があることがわからなかったものの、本件事故を契機とした調査をして初めて、建築資材の製造業者において検査漏れがあったことが判明し、そのため、必要な強度を有しない欠陥品が出荷され、甲建物にはたまたまそのような瑕疵があるものが用いられていたのであるから、Bが上記瑕疵に気づくことはできなかったといえる。
 したがって、占有者たるBは、「損害の発生を防止するために必要な注意をした」といえる。
 そうすると、所有者たるAが、無過失責任として、工作物責任を負う。

(3) よって、Cは、Aに対し、所有者としての責任を追求して、本件事故による損害の賠償を請求することができる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

注文者帰属説を批判した上で、請負人帰属説に立つことを指摘できています。
しかし、本件は代金の大部分が支払い済みであることを持って所有権が移転しているのではないか、という点が問われているため、単に請負人帰属説を説明するだけでは答案として不十分です。
C答案が指摘しているとおり、請負人帰属説の根拠は材料費を担保させ、請負代金を回収させる必要がある点にあることからすれば、請負代金の大部分を回収している本件においては注文者に目的物の所有権が移転しているのではないか、と考えることができればなお良かったと言えると思われます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

716条は問題とならないことを指摘できています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

甲建物の状態を踏まえ、土地工作物該当性を簡潔に指摘できています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「瑕疵」の意義を適切に指摘した上で、当てはめることができています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

占有者たるBが施工業者という業者である(一般人よりも高度な注意義務が求められる)ことを加味しても、Bとしては「必要な注意」を行ったと評価できることを指摘できています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第3 BEXAの考える合格答案までのステップ「6.基本的な事例問題が書ける」との関連性

 BEXAの考える合格答案までのステップとの関係では、「6.基本的な事例問題が書ける」との関連性が強いです。

 請負契約及び不法行為法の基礎的知識があれば、本問を解くことはそこまで難しくはありません。
司法試験本番ではこのような「基礎的知識」が問われることが少なくないため、基礎こそ丁寧に勉強することが重要であるといえます。
民法は司法試験の科目でも最も範囲が広い科目であると言っても過言ではありません。もっとも、基礎的な知識さえ押さえることができていれば、司法試験で高得点をとることは不可能ではないため、諦めずに勉強を頑張っていただきたいです。

 本問における検討

【問題文及び設問】

令和元年司法試験の民法の問題を読みたい方は、⇩⇩をクリック

https://www.moj.go.jp/content/001293668.pdf

1 請負目的物の所有権の帰属に関する考え方
⑴ 請負目的物の所有権の帰属

ア 請負人帰属説
請負人が請負目的物の所有権を原始取得し、それを注文者に引き渡すことにより注文者が承継取得するという考え方です。請負人帰属説の根拠は以下のとおりです。
①請負人が自己の材料を用いて自己の労務を提供して製作した以上、目的物の所有権は請負人に帰属し、引渡しまたは代金の支払いによって注文者に移転するというのが当事者の合理的意思に資すること、請負人が自己の材料に自ら労力を加えたのだから、その成果物である建物所有権は請負人に帰属することが物権法の原則に適合すること、③請負人の報酬請求権の確保に資すること、④担保責任の期間制限の起算点や報酬の支払時期が引渡しを基準としていること、⑤請負人に所有権を帰属させた方が当事者間の紛争解決のための交渉を促進すること、⑥完成した建物に重大な契約違反があり、取壊しが必要となった場合に所有権が請負人にある方が仮に建物を壊すとなった場合にも妥当な結果を導くことができること、等が挙げられます。

イ 注文者帰属説
注文者が請負目的物の所有権を取得するという考え方です。注文者帰属説の根拠は以下のとおりです。
① 注文者のために請負目的物を作成しているのであるから、注文者に原始的に所有権を帰属させることこそが当事者の合理的意思に適うこと、②引渡しや代金支払などの事実を介在させるより、契約目的に照らした合理的意思を直接反映させた処理を行うことが意思主義をとる物権法の原則に整合的であること、③請負人の報酬債権の確保のためには同時履行の抗弁権や留置権があるから注文者に目的物の所有権を帰属させても特段不利とはならないこと、④担保責任の期間制限の起算点は報酬時期の基準は所有権の貴族の基準とはなり得ないこと、⑤交渉促進の効果は不合理な結果をもたらすこともあること、⑥建築基準法上の建物確認や建物の保存登記は注文者の名義でされるのが通常であり注文者に所有権を帰属させた方が実務と整合すること、等が挙げられます。

⑵ 本問においてどの説を採用すべきか

 上記の対立が浮き彫りとなるのは、特に建物の引渡しがあるまでの間、請負人は注文者に対して建物の所有権を主張できるかという問題においてです。また、建物となる前の段階の築造物の所有権の帰属も別途問題となります。
以下それぞれ解説を加えていきます。

 

ア 注文者vs請負人との問題
まず、請負契約は結局は契約ですから、当事者間に所有権の帰属に関する特約が定められていれば、当該特約が優先して適用されることになります。
仮に特約が定められていない場合には、材料を提供したのは誰かが問題となります。
本件のように建物の全ての材料を請負人が提供している場合に限定して考えていきましょう。

請負人帰属説は、建物所有権は請負人に原始的に帰属し、請負人から注文者への引渡しによって所有権が移転すると考えます。他方、注文者帰属説は注文者に原始的に建物所有権が帰属すると考えます。
この点、判例は、請負人帰属説に立った上で(大判明37年6月22日民録10軒861頁)、例外的に一定の事情が認められる場合には、当事者の合意を推認し、注文者に帰属させるという考えを採用しています。ここにいう一定の事情とは、建物完成前に請負代金の全額が支払われていたというような事情です。本問でもまさにこのような事情を目的物帰属にあたりどのように考えるかがポイントになっています。

イ 建物となる前の段階の建築物の所有権の帰属
建物となる前の段階の築造物について、これを①土地の定着物として不動産とみるのか(86条1項)、②土地とは独立した動産とみるのかは、ケースバイケースといえます(なお、①の立場だと築造物が注文者の土地に付合しないか(242条)が問題となりますが、築造物の材料が請負人の物であったとしても、請負人は建築工事を行うという権原によって土地上に築造しているの、建物として独立した段階に至る以前から築造物は土地に付合しないと考えて問題ないです(242条但書)。
本問の解答に当たっても、冒頭で一言言及しておくと丁寧だと思います。

ウ 本問の当てはめ
 本問では、材料はその全部を請負人が調達して提供しており、かつ、本件事故時点で建物はすでに完成しているが代金の8割部分について支払済みであるという特殊事情があります。

〜出題趣旨〜
 出題趣旨によれば、「請負人帰属説に立つ場合には、新築建物の所有権の帰属について特段の合意がない場合には物権法の原則が妥当し、材料の所有権が積み上げられて完成した建物となることなどの理由から、材料の全部又は主要部分の提供者が誰かによって所有権の帰属が決せられることを原則としつつ、例外則として、注文者が代金の支払をしていたときは注文者が所有権を取得することを論ずべきことになる。…例外則の根拠については、大別して、材料の提供の実質に求める考え方と、当事者の黙示の合意に求める考え方とがあり得る。
「上記の考え方は、材料の全部又は主要部分の提供者がいずれであるかによって決せられるという原則に照らして、代金の全額又は大半が支払われているときは、注文者が材料の原資を出しているといえるから、注文者が材料の提供者と考えることができるとする。この考え方によれば、「大半」といえるかどうかは、支払われた代金が材料の全部又は主要部分の費用に相当するかどうかが判断基準となり、この観点から、本問の事実の評価がされることになる。」
「上記の考え方からは、請負契約は、注文者が仕事の結果に対して報酬を支払うものであるから、代金の全額が支払われた以上、仕事の結果である建物の所有権は注文者が取得するというのが両当事者の合理的意思であると考えられ、このような両当事者の意思(黙示の合意)を基礎として、全額支払済みの場合に例外論を発動させるとする見解が導かれ得る。他方で、大半の支払の段階でも、注文者は、建物を取得するために契約をしたのであるから所有権を取得することができると考え、請負人も、報酬確保について懸念がなければ所有権を保持する利益がなく、所有権を注文者に取得させることに異存はないのが通常であるとも考えられる。そこで、このような量当事者の意思(黙示の合意)を基礎として例外論を発動させるとする見解も導かれ得る。この見解によれば、報酬確保として懸念のない状態にあるかどうかが判断基準となり、この観点から、本問の事実の評価がされることになる
「以上に対し、注文者帰属説に立つ場合には、判例が採用していると考えられる請負人帰属説の内容を示してこれを批判し、注文者帰属説を採用すべき理由を論ずることが求められる。注文者帰属説による場合には、注文者への帰属を排除する特段の合意がない限り、甲建物は注文者Aに帰属すると結論付けることになる。なお、所有権の帰属の決定に当たっては、前記のとおり、契約当事者の合意がまず基準となるところ、請負人帰属説か注文者帰属説かの対立に触れることなく、本問における契約内容、特に代金分割支払の合意内容等を詳細に分析・評価し、所有権の帰属についての(黙示の)合意を
と指摘されており、多種多様な構成が考えられることが示唆されています。

上記の指摘からすれば、出題者としては注文者帰属説からの説明よりは請負人帰属説からの説明を求めているように読むことができます。したがって、受験生としては、基本的には判例と同様に請負人帰属説に立った上で、本問の特殊事情(請負代金の8割が支払われていたという事情を踏まえてないしの考えに従って答案を構成することが望ましいと考えられるでしょう。

本記事ではの立場に立った場合の当てはめ例を以下に示しますので、検討のご参考にしてみてください。

2 土地工作物責任について(民法717条1項ただし書)
⑴ 問題の所在

 被害者であるCと甲建物の所有者であるAに契約関係はないことから、Cとしては法定債権(事務管理、不当利得、不法行為の総称)のいずれかを根拠に損害賠償請求をすることになると考えられます。

 請負人が材料の全部または主要部分を提供した場合には、請負人の請負代金支払請求権の支払いを担保するために請負人が完成建物の所有権を取得し、建物の引渡によって注文者に建物の所有権が移転すると解する。ただし、請負人が材料を提供した場合であっても、代金の大部分の支払いを済んでいるなど請負人の上記権利を担保する必要がなくなったといえる場合には、請負人から注文者に請負目的物の所有権を移転させる旨の黙示の特約があったと解すべきである。
本件において、請負人Bが必要な材料を全て自ら調達して甲建物を完成し、引渡前であることから、Bに甲建物の所有権が帰属すると考えることが原則である。
 しかしながら、本件契約にしたがって注文者Aはすでに請負代金の80%の代金を支払っており、請負代金の大部分を支払っているため、もはや請負人にとって請負代金支払い請求権の支払いを担保する必要性は小さくなっているといえる。また、本件契約締結時点で注文者Aの支払能力に問題があったという事情もないことから、請負代金の残金が20%となった段階で注文者に甲建物の所有権を移転させることによってBが被る不利益が大きいとまではいえない。
以上からすれば、本件契約には請負代金の80%を支払った段階で注文者に対して甲建物の所有権が移転する旨の特約が付せられていたと解するべきである。
 よって本件事故時点における甲建物の所有者はAである。

【占有者が責任を負うための要件(民法717条1項本文)】

①「土地の工作物」
②「設置又は保存に瑕疵」があること
③ 「損害」の発生
④ ②と③との因果関係(「よって」)
⑤ ②の時点で①を占有していたこと

・所有者が責任を負うための要件(民法717条1項ただし書)

①「土地の工作物」
②「設置又は保存に瑕疵」があること
③ 「損害」の発生
④ ②と③との因果関係(「よって」)
⑤ ②の時点で①を占有していたこと
⑥ 占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしていなかったこと
⑦ ②の時点で①を所有していたこと

 このように、1次的には占有者が責任を負い、占有者が抗弁として「損害の発生を防止するのに必要な注意をした」ことを証明すれば(占有者の抗弁)、2次的に所有者が責任を負うことになります(無過失責任)。

⑵ 本問における当てはめ

ア 要件①:「土地の工作物」
土地の工作物とは、土地に接着して人工的作業によって成立するものをいいます。建物が土地の工作物に当たることは間違いありませんが、ここでいいう土地の工作物には建物のように屋根や壁がなくとも、自動販売機、プール、スキー場のゲレンデ等も含まれることに注意が必要です。
本問においた、甲建物は土地に接着して人工的作業によって成立するものであるため、「土地の工作物」に該当することになります。

イ 要件②:「設置又は保存に瑕疵」
「設置又は保存の瑕疵」とは、通常備えている安全性を欠いていることをいいます。
我が国は地震大国であり、だからこそ震度5弱程度の地震が発生することは容易に想定できます。そうすると、建物が通常備えるべき安全性しては「震度5弱程度の地震で損傷しない程度の安全性」が求められるといえるでしょう。
そうであるにもかかわらず、本件甲建物は震度5弱の地震により一部が損傷してしまっていることからすれば、上記の安全性を有していたとは言い難く、「設置又は保存の瑕疵」があったと認められるでしょう。
以上からすれば、「設置又は保存に瑕疵」が認められます。
なお、

ウ 要件③:「損害」の発生
甲建物の一部が落下してそばを歩いていた歩行者Cを負傷させ、Cには治療費相当額の「損害」が生じていることになります。

エ 要件④:「設置又は保存の瑕疵」と「損害」の因果関係
近年、因果関係の意味を相当因果関係以外のものと捉える立場が複数登場していますが、実務は相当因果関係説で動いているため、受験生的には伝統的通説である相当因果関係説に立った上で論述すれば足りるでしょう。
相当因果関係とは、ある行為からある結果が発生することがその行為者の立場に置かれた一般人の見地に照らして異常でない(=相当である)と判断される場合におけるそれらの行為と結果との間の関係をいいます(相当因果関係説・416条類推適用説。大民刑連中間判大正15年5月22日民集5巻386号)。
本問では、震度5弱の地震により甲建物の一部が落下して歩行者Cを負傷させ、Cに治療費相当額の損害を生じさせているところ、甲建物の瑕疵によって歩行者Cが負傷したことが一般人の見地からしても相当と判断されるため、因果関係が認められることになるでしょう。

オ 要件⑤:設置又は保存の瑕疵がある時点で請負人Bが甲建物を占有していたこと
占有者とは、土地工作物を事実上支配し、その瑕疵を修補して損害の発生を防止できる立場にある者をいいます。
本問では、請負人Bは、甲建物を事実上支配し、まさに甲建物を建築していた請負人であることから甲建物の瑕疵を修補して損害の発生を防止できる地位にあったと評価できます。
よって、Bは「占有者」にあたります。

カ 要件⑥:「損害の発生を防止するのに必要な注意をしたこと」
「損害の発生を防止するのに必要な注意をした」とは、占有者に通常要求される注意をしたことをいうと解されます(一般的には、717条が要求するかかる注意義務の程度は709条の要求するそれと同義であると考えられていますが、本件の請負人は建築業者という業務者であるため、通常人に要求される注意義務より高度の注意義務が課せられる可能性がある点に留意する必要があります)。
本件では、占有者たるBは建物を建築する請負人の立場で甲建物を占有しているところ、建物建築請負人に通常課せられるべき注意義務を検討する必要があります。
この点、建築請負人は資材を使った建築の専門家ではありますが、かかる建物に使用される資材の製造の専門家ではありません。そうだとすると、資材製造業者に対する信頼が相当といえる場合には、Bが業務者であることをもってしても、高度な注意義務が課せられないと評価できる余地が残ります。
そして、甲建物の損傷の原因は建築資材の不備ですが、この資材は一般的に定評のあるものであり、製造時点で瑕疵が明らかだったらまだしも、製造業者の検査漏れは事故後の調査で判明したものに過ぎません。そうすると、資材製造業者を信頼するのが相当といえ、Bには通常要求される程度義務、すなわち、外形的に瑕疵が明らかな資材を用いて建造物を製造してはならない注意義務、が課せられているに過ぎないと評価できるでしょう。
以上からすれば、請負人Bは通常発見できないような資材の瑕疵を見抜けなかったに過ぎず、上記のような一般に要求される注意義務は果たしているといえるため、「損害の発生を防止するのに必要な注意をした」といえるでしょう。

キ 要件⑦:設置又は保存の瑕疵の時点でAが甲建物を所有していたこと
第4の1で検討したとおり、本件事故時点の甲建物の所有者はAとなります。

ク 小括
以上からすれば、いずれの要件も満たすため、CはAに対して所有者としての責任を追求し、本件事故による損害賠償請求をすることができます(717条1項ただし書)。

 いつもBEXA記事「たまっち先生の論文試験の合格答案レクチャー」をお読みくださり、誠にありがとうございます。
 第44回は
令和元年司法試験の民法から請負目的物の所有権の帰属​」 合格答案のこつ について解説いたしました。次回以降も、たまっち先生がどのような点に気をつけて答案を書けば合格答案を書くことができるようになるかについて連載してまいります。ご期待ください。

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2024年3月13日   たまっち先生 

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