『労働基本権』 合格答案のこつ たまっち先生の 「論文試験の合格答案レクチャー」 第 39回 ~令和4年 予備試験 憲法~

たまっち先生の「論文試験の合格答案レクチャー」  39回  
『労働基本権
合格答案のこつ
令和4年 予備試験 憲法から

第1 はじめに...このようなマイナー論点が正面から問われたら...

 こんにちは、たまっち先生です。
 今回は、令和4年予備試験を通して労働基本権について実際のA答案とC答案の比較・検討を通して解説していきます。
 労働基本権は、平成18年以降の司法試験・予備試験を通じて初めての出題であり、問題文を見た瞬間頭が真っ白になった受験生は少なくはないと思います。ただ、その中でも試験本番では最低限守りの答案を作成しなければなりません。そこで、今回はこのようなマイナー論点が正面から問われた場合に、実際にどのような答案がA答案となり、どのような答案がC答案となっているかをご覧いただき、予備試験のボーダーラインを把握していただきたいと考えております。

| 目次

第1 はじめに...このようなマイナー論点が正面から問われたら...
第2 A答案とC答案の比較検討
第3  BEXAの考える合格答案までのステップ6.条文・判例の趣旨から考える」と「7、事実を規範に当てはめできる」との関連性
第4 本問に関連する論点
  【問題文及び設問】
  1 労働基本権の意義と内容
  2 公務員の労働基本権に関する判例の状況
    ⑴ 政令201号事件判決(最大判昭和28年4月8日刑集7巻4号775頁)
    ⑵ 全逓東京中郵事件(最大判昭和41年10月26日刑集20巻8号901頁)
      【事案の概要】
      【判決の要旨】
    ⑶ 東京都教祖事件(最大判昭和44年4月2日刑集23巻5号305頁)
    ⑷ 全農林警職法事件(最大判昭和48年4月25日刑集4号547頁)
      【判決の要旨】
  3 本問の考え方
    ⑴ 検討の方針
    ⑵ 争議行為の禁止規定についての具体的検討
      ア 権利保障
      イ 権利制約
      ウ 実質的正当化
      エ あてはめ
    ⑶ あおり、そそのかし行為の禁止規定についての具体的検討

第2 A答案とC答案の比較検討

【A答案とC答案】

 では早速、A答案とC答案を2つを見比べてみましょう。
 A ポイントC ポイントが分かり易いよう⇩表の記載方法としました(なお、デバイスやモニターの大きさで段がズレて表示される場合がございます。あらかじめご了承ください)。

A答案

A ポイント

1 地方鉄道維持特措法案における争議行為の禁止規定及び争議行為のあおり、そそのかしの処罰規定は、憲法28条に定める、勤労者の「団体行動をする権利」を制約するものであり、違憲とならないかが問題となる。
憲法28条が定める労働基本権は、歴史的に劣位に立たされてきた労働者の経済的地位を保障することにより、使用者との実質的対等を実現することで、その生活を保障するものであり、極めて重要な権利であるから、容易に制約することは許されない。
一方で、労働基本権の行使が、社会における公共インフラの機能を妨げ、国民に不利益を及ぼす場合には、公共の福祉の観点から一定の制約に服することがあり得る。公務員の労働基本権の一部が制約されるのもその現れの一つといえる。
本件で地方鉄道維持特措法案により労働基本権を制約されるのは、民間会社である私鉄の従業員であり、公務員ではない。しかし、私鉄が地域住民の移動の自由を確保するための重要な公共交通機関であることから、その安定した運行が阻害されることは、地域住民の生活に重大な影響を及ぼす。したがって、私鉄従業員の労働基本権も一定程度の制約をされることがあり得る。
もっとも、前述の通り団体行動権は労働基本権という従業員の経済生活を保障する重要な権利であることから、権利の制約の目的が重要であり、手段が目的達成との間に実質的関連性を有する場合のみ、合憲と判断されると解する。
4 まず、地方鉄道知事特措法案の目的は、経営危機に陥っている私鉄の安定した運行を確保し、利用者の移動の自由を確保する点にある。
人口の都市集中に伴う地方の人口減少により私鉄の多くが経営危機に陥る中、既に利用客離れによる経営危機という悪循環で私鉄に対する国の財政支援を求める要望が続出している実態があることから、立法目的は重要であるといえる。
5⑴ 争議行為の禁止行為について
立案担当者によれば、争議行為を禁止する理由は、①地方鉄道維持税を負担する住民に対し、争議行為によりその生活に重大な悪影響を与えることは不適切であること、②争議行為による利用客減少により私鉄の経営再建に支障が生ずること、③私鉄従業員の基本的労働条件の決定は国交大臣の承認を要するから、争議行為を行うことは筋違いであることによる。
この点、全農林警職法事件判決では、公務員の労働基本権の制約に関し、財政民主主義論、市場の抑制力の欠如、人事院による代替的手続保障を根拠として、労働基本権の制約を合憲としている。
しかし、本件における私鉄従業員は、憲法尊重擁護義務(99条)を負うことを承諾してその職に就いた公務員とは異なり、事後的に決定された自社への公的資金投入を根拠として労働基本権を制約される立場にはない。
また、争議行為の実施が直ちに鉄道会社の経営再建に支障を及ぼすとは言い切れない。
さらに、労働条件について、民主的コントロールの及ばない国土交通大臣の承認を要することを理由として制約を許容される点についても理由がない。
したがって、争議行為の禁止という手段は、目的達成との間に実質的関連性が認められず、憲法28条に適合しない。
⑵ 争議行為のあおり、そそのかしの処罰規定について
争議行為の「あおり」「そそのかし」という処罰要件は、規定が抽象的であり、要件が漠然としているため過度の萎縮効果を及ぼすことにならないか問題となる。
この点、対象行為のうち、特に違法性の強い行為態様に絞って処罰の対象となる「二重の絞り論」があるが、前述判例は、そのような不明確な合憲限定解釈は罪刑法定主義に反するがあり、採用できない旨を明言している。
そうだとすれば、上記の処罰要件は、通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合に、規制の対象となる行為とそうではない行為の区別を可能ならしめる基準を読み取ることができない(徳島市公安条例事件参照)。
したがって、争議行為の「あおり」「そそのかし」の処罰規定は、過度の萎縮効果を及ぼすものであり、目的達成との間の実質的関連性を認めることはできないから、憲法28条に適合しない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

労働基本権が一般的に重要な権利であることを指摘できています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本件法案により労働基本権を制約されるのは、公務員ではなく民間企業の従業員であることから、直ちに公務員と同様に労働基本権の制約が許容されるわけではありません。もっとも、本答案は、私鉄が住民の移動に不可欠な公共交通機関であるという点に着目し、職務の公共性という観点から、公務員との類似性が認め、労働基本権について一定の制約に服さざるを得ない点を指摘できています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

問題文冒頭に落ちている立法事実を丁寧に分析し目的の重要性を指摘できています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全農林警職法事件とは事案が異なり、同判決の射程が及ばないことを立案担当者の意見と絡めながら検討できています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全農林警職法事件が東京都教祖事件の合憲限定解釈を否定していることを指摘できています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京都教組事件を用いることができないことを踏まえ、徳島市公安条例事件を参考として規範を定立することができています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

C答案

Cポイント

第1 争議行為の禁止規定の合憲性
1 地方鉄道維持特措法案における争議行為の禁止規定は、特別公的管理鉄道会社の従業員の争議行為を行う自由を侵害して、違憲ではないか。
⑴ 憲法28条(以下法令名略)は勤労者の団体行動権を保障しているところ、団体行動には争議を行うことも含まれるから、上記自由は同条により保障される。
⑵ そして、争議行為の禁止規定は、上記自由を制約している。
⑶ それでは、かかる制約は、公共の福祉(12条後段、13条後段)によるものとして正当化されるか。
ア まず、28条は団結権、団体交渉権を保障している。これは、経済的に劣位に立たされる労働者の地位を使用者と対等なものとすることを旨としており、争議行為は、団体交渉を実効性あらしめるために認められるため、上記自由は重要な性質の権利であるとも思える。
もっとも、実力の行使たる争議行為は、一般に、使用者に対してのみならず、取引先や顧客に対しても不利益を及ぼし得るものであり、このことは日常の移動に不可欠で多数の利用者が存在する公共交通機関である鉄道会社においてはよりよく当てはまるものであるから、制約は内在する権利である。
イ そして、制約の態様についてみるに、従業員は一切の争議行為を禁止されるのであるから、規制態様は強度である。一方で、争議行為が禁止されるのは、経営再建のために特別公的管理鉄道会社に指定されている間だけであるから、一時的なものといえる。
ウ そこで、①目的が重要であり、②手段が目的との関係で効果的でないと認められる場合に、制約は正当化されると解する。
⑷ これを本件について検討する。
ア 上記規定の目的は、経営危機に陥った地方の私鉄の経営再建である。地方の人口減少によって私鉄の多くが経営危機に陥っており、運行本数を減らしたり、一部の赤字路線を廃止したりしているところ、私鉄の経営を再建することは、移動の自由(22条1項)や幸福追求権(13条後段)の充足に資するものであるから、上記目的は重要である。
イ そして、私鉄の多くでは、経営難により賃金カット・人員削減をも行っているが、これに伴いストライキが頻発し、そのことが利用客離れを呼び、経営危機が進行するといった悪循環に陥っている。従業員の争議行為を禁止することで、こうした行為を禁止するという手段をとることには適合性がある。
たしかに、経営再建にあたっては、労働者の権利利益を一方的に制約することはむしろ逆効果で当て、使用者と労働者の相互協力が必要不可欠であるため、上記手段は効果的ではないとも思える。しかし、特別公的管理鉄道会社においては、従業員の賃金その他の基本的な労働条件の決定については、国土交通大臣の承認が必要であり、労使だけで決定することができないので、従業員が労働条件をめぐって特別公的管理鉄道会社に対して争議行為を行うのは筋違いである。
したがって、手段は効果的である(①)。
一方で、特別公的管理鉄道会社の従業員は公務員としての身分を有するわけではないのに、争議行為を禁止するのは過度であるとも思える。
判例は、公務員の争議行為の禁止規定を合憲と判断するのに当たって、公務員が国民全体の奉仕者であること(15条2項)を挙げる。たしかに、特別公的管理鉄道会社の従業員は公務員ではない。しかし、特別公的鉄道会社は、国から経営再建のために最大100億円もの巨額の補助金を得ることができるが、補助金の原資の一部には、当該都道府県の住民に対して課される目的税である「地方鉄道維持税」の税収が充てられる。このような使途が明確な税収によって賄われるという点で、特別公的管理鉄道会社の従業員は、当該都道府県における公務員に準ずる地位に立つものとみることができる。そうすると、特別公的管理鉄道会社を財政的に支えるために地方鉄道維持税を負担している住民に対して、争議行為によりその生活に重大な悪影響を与えることは不適切であって、争議行為の禁止はやむを得ない。
したがって、手段は過度でない(②)。
2 よって、上記規定は憲法28条に反せず、合憲である。
第2 争議行為のあおり、そそのかしの処罰規定の合憲性
たしかに、禁止されている争議行為のあおり、又はそそのかしした者は争議行為の開始、遂行の原因を作り、争議行為に対する原動力を与えた者として、単に争議行為を行った者に比べて社会的責任が重い。判例も公務員の争議行為のあおり、そそのかしを処罰することを合憲とする。
しかし、処罰に値するのは、争議行為そのものに重大な違法があり、あおり、そそのかしが通常の争議行為に随伴する態様を超えた違法な態様のものに限られる。
したがって、およそあらゆるあおり、そそのかしを処罰する上記規定は過度である。
2 よって、上記規定は28条に反し、違憲である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

A答案と同様、本件鉄道会社の従業員の職務の公共性を踏まえ、労働基本権は制約されうる立場にあることを指摘できています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

立法事実を踏まえて目的の重要性を論証できています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一見説得的であるように思えますが、立案担当者の意見をほぼそのまま書き写しているに過ぎず、加点は少ないと思われます。仮に立案担当者の意見に賛同するとしても、そのように考える自分なりの理由を示す必要があることは言うまでもありません。
また、そもそも、国土交通大臣が賃金その他の基本的な労働条件の最終的な決定権限を有しているからといって、使用者に対して争議行為を認めることが一切無意味であるとする主張の妥当性について、もっと慎重に検討する必要があったと考えられます。

 

 

 

 

 

 

 

 

判例の理解を誤っています。全体の奉仕者論を根拠に公務員の労働基本権の制約を簡単に認めていたのは、昭和20年代の判例です。

 

 

 

 

 

 

 

補助金を得ていることのみをもって、公務員に準ずる地位にあることを認定していますが、立案担当者の意見には一切触れられていない点で印象を悪くしてしまっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京都教祖事件の合憲限定解釈を指していると考えられますが、同判決のロジックを直ちに用いることができるかについては慎重な検討をする必要があります。

 

 

 

 

 

第3 B E X Aの考える合格答案までのステップ「6.条文・判例の趣旨から考える」と「7、事実を規範に当てはめできる」との関連性

  BEXAの考える合格答案までのステップとの関係では、「6.条文・判例の趣旨から考える」、「7.事実を規範に当てはめできる」との関連性が強いと考えられます。

 

 予備試験、司法試験の問題では、判例の事案がそのまま出題されることは考えづらく、最高裁判例をモデルとした類似の事案が問われることが多く、令和4年予備試験の問題もまさにその一つであるといえます。そこでは、当該モデルとなっている最高裁判例の知識が重要であることはもちろん、判例のロジックを本問にもそのまま用いることができるのか否か、また、仮に用いることができるとしてそれがなぜかを説明できるかという点が非常に重要になってきます。これは、判例を単なる記憶・知識として押さえるだけでは養うことができないため、過去問演習を通して、常日頃から判例の射程を意識し、判例の射程を答案に示すトレーニングを積んでおくことがポイントになってきます。

 また、上位答案の書き方を真似して、判例の射程の論じ方をマスターするという方法も良いでしょう。本記事では、冒頭の通り実際のA答案とC答案の比較検討をしておりますが、やはり判例の射程を丁寧に検討できている答案がA答案となっており、他方、判例の射程を意識できていない答案はC評価にとどまっていることがわかります。皆様には、本記事を通して、少しでも判例の射程の考え方を学んでいただければと思います。

第4 本問に関連する論点

【問題文及び設問】

令和4年予備試験憲法の問題を読みたい方は、⇩⇩をクリック

https://www.moj.go.jp/content/001376759.pdf

 

1 労働基本権の意義と内容

 憲法28条は、「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動」を保障しています。かかる趣旨は、経済的弱者である勤労者が、その生存やより良い労働環境の確保のために使用者と対等の立場に立つことが必要とされ、一般には労働組合として結集し(団結権)、それを中心として使用者側と交渉し(団体交渉権)、決裂したことには団体行動、すなわちストライキ等をする(団体行動権)、これらの権利をもって対抗しようとすることを保障するものと解されています。

 上記のような労働基本権が憲法に明定されたことの意義は次のようにまとめることができます。
① 国に対して勤労者の労働基本権を保障する措置を要求し、国はその施策を実施すべきこと(社会権的側面)
② 労働基本権を制限するような立法その他の国家行為を国に対して禁止すること(自由権的側面)
③ 使用者対労働者という関係において、労働者の権利を保護するこ

2 公務員の労働基本権に関する判例の状況

⑴ 政令201号事件判決(最大判昭和28年4月8日刑集7巻4号775頁)
 先例として使えるかどうか怪しく、重要度が低いと考えられるため、事案及び判旨は省略しますが、全逓東京中郵事件に至るまでの判例は、「公共の福祉」論と「全体の奉仕者」論を根拠として、簡単に公務員の労働基本権の制限を肯定していました。

⑵ 全逓東京中郵事件(最大判昭和41年10月26日刑集20巻8号901頁)

【事案の概要】
 郵便職員の組合であった全逓信労働組合の役員が、東京中央郵便局に対する争議行為のそそのかし行為を理由に起訴され、こうした争議行為を禁止する当時の公共企業体等労働関係法17条が合憲かどうか、また、郵便法79条1項前段違反をしたとされる被告人に、正当な争議行為を理由とする刑事面積は及ぶかどうかが問題となりました。

全逓【判決の要旨】
① 労働基本権も「国民生活全体の利益の保障という見地からの制約を当然の内在的制約として内在している」。具体的には、(a)労働基本権の制限は、労働基本権を尊重確保する必要と国民全体の共同利益を維持増進する必要とを比較衡量して、両者が適正な均衡を保つことを目処として決定すべきであり、合理性の認められる必要最小限度のものにとどめなければならない。(b)労働基本権の制限は、職務または業務の性質が強い公共性を持ち、その停廃が国民生活前提の利益を害し、国民生活に重大な障害をもたらすおそれのあるものについて、これを避けるために必要やむをえない場合に考慮されるべきである。(c)労働基本権の制限違反に対して課される不利益は、必要な限度を超えないように、十分な配慮がなされなければならない。特に、勤労者の争議行為等に対して刑事制裁を科すことは、必要やむを得ない場合に限られるべきである。(d)労働基本権を制限することがやむをえない場合には、これに見合う代償措置が講ぜられなければならない。争議行為の禁止を定める公労法17条1項は憲法に違反するものではない。

「…労働基本権は、たんに私企業の労働者だけについて保障されるのではなく、公共企業体の職員はもとよりのこと、国家公務員や地方公務員も、憲法二八条にいう勤労者にほかならない以上、原則的には、その保障を受けるべきものと解される。「公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない」とする憲法一五条を根拠として、公務員に対して右の労働基本権をすべて否定するようなことは許されない。ただ、公務員またはこれに準ずる者については、後に述べるように、その担当する職務の内容に応じて、私企業における労働者と異なる制約を内包しているにとどまると解すべきである」とした上で、「全体の奉仕者」論を否定した上で、原則として公務員に対しても憲法28条の労働基本権の保障が及ぶ旨を述べています

 その上で、「労働基本権の制限は、労働基本権を尊重確保する必要と国民生活全体の利益を維持増進する必要とを比較衡量して、両者が適正な均衡を保つことを目途として決定すべきであるが、労働基本権が勤労者の生存権に直結し、それを保障するための重要な手段である点を考慮すれば、その制限は、合理性の認められる必要最小限度のものにとどめなければならない。」と厳格に審査すべきであるようにも読める規範を定立はしましたが、結論として同法17条を合憲とした上で、被告人を無罪としました。

⑶ 東京都教祖事件(最大判昭和44年4月2日刑集23巻5号305頁)
 東京都教職員組合の役員が都教育委員会が実施する勤務評定に反対するため、同組合に所属する教職員にストライキを行わせようと指令の配布等を行ったことが、地方公務員法37条1項が禁止するあおり行為に該当するとして、起訴された事件です。
最高裁は、法令自体は合憲としつつも、これを合憲とするには限定的な解釈をしなければならないとし、対象となる争議行為の範囲を限定しつつ、さらに処罰対象となるべきあおり行為の範囲も限定し(いわゆる「二重の絞り論」))、被告人を無罪としました。

⑷ 全農林警職法事件(最大判昭和48年4月25日刑集4号547頁)

全農【判決の要旨】
①「労働基本権は…は勤労者の経済的地位の向上のための手段として認められたものであって、それ自体が目的とされる絶対的なものではないから、おのずから勤労者を含めた国民全体の共同利益の見地からする制約を免れない。」


②国家公務員法98条5項(現2項)が公務員の争議行為等を禁止することは憲法28条に違反するものではない。

    (1)公務員の争議行為は、その地位の特殊性および職務の公共性と相容れないばかりでなく、多かれ少なかれ公務の停滞をもたらし、勤労者を含めた国民全体の共同利益に重大な影響を及ぼすか、そのおそれがある。
(2)公務員の勤務条件は予算と法律で決定されるものであるから、争議行為は民主的な決定過程を歪曲し、議会制民主主義に背馳する。
(3)使用者には作業所閉鎖の対抗手段が認められず、公務員の争議行為には市場の抑制力が働かない。
(4)人事院勧告等の適切な代償措置が講じられている。


③ 「不明確な限定解釈は、かえって反愛構成要件の保障的機能を失わせることとなり、その明確性を要請する憲法31条に違反する疑いすら存する。」

     全農林警職法事件は、判例変更をしたものではありませんでしたが、同判決後の、岩手県教祖学テ事件(最大判昭和51年5月21日刑集30巻5号1178頁)が東京都教祖事件判決を、全逓名古屋中郵事件(最大判昭和52年5月4日刑集31巻3号182頁)が全逓東京中郵事件を変更し、再度の判例変更は完成する形となりました。なお、前掲全逓名古屋中郵事件は、公務員は、「私企業の労働者の場合のような労使による勤務条件の共同決定を内容とする団体交渉権の保障はなく、右の共同決定のための団体交渉過程の一環として予定されている争議権もまた、憲法上、当然に保障されるものとはいえない」と述べており、現在の判例は公務員の労働基本権の全面的な制約すらも許容する立場をとっていると考えられています。

3 本問の考え方

⑴ 検討の方針
 設問の中で「必要に応じて判例に触れつつ」と指示がありますので、労働基本権の判例として想起される全農林警職法事件(最大判昭和48年4月25日)をはじめとして、全逓東京中郵事件(最大判昭和41年10月26日)や全逓名古屋中郵事件判決(最大判昭和52年5月4日)などの公務員の労働基本権に関する判例を参考としつつ、本問の事情を踏まえて審査基準を設定することになりそうです。
その際留意すべき点としては、上記の判例はいずれも公務員の労働基本権が問題となった事案であるのに対して、本問は特別公的管理鉄道会社という一民間企業の労働基本権が問題となっている点です。かかる点からすれば、直ちに上記判例のロジックが妥当するわけではないことは明白ですから、上記判例のロジックを用いるにしても、なぜ民間企業に対しても上記の判例のロジックを用いることができるのかを説明する必要があるでしょう。

⑵ 争議行為の禁止規定についての具体的検討

ア 権利保障
本件で問題となっているのは、民間企業たる特別公的管理鉄道会社の従業員の労働基本権のうち「団体行動をする権利」であるため、当該権利が憲法28条によって保障されることに問題はないでしょう。

イ 権利制約
法案は、特別公的管理鉄道会社の従業員のストライキ等の争議行為を禁止しているため、特別会社の従業員の争議権を制約しているといえます。

ウ 実質的正当化

(ア)権利の重要性+制約の強度性
 争議権は、経済的地位に立つ労働者に対して実質的な自由と平等を確保するための手段として、使用者との関係において労働条件その他の待遇の維持・改善の実現を図るために保障された権利であり、労働者の地位の確保のために重要な権利であるといえます。
また、争議行為の禁止規定は、特別公的管理鉄道会社の従業員の争議権を一律かつ全面的に禁止するものであって、非常に強度な制約ということができます。
 このように考えれば、LRA等の比較的厳格な違憲審査基準を用いて違憲審査を行うことができるように思えます。

(イ)判例の事案との相違
 もっとも、ここで本件の特別公的管理鉄道会社の従業員は公務員っぽい性質を有している点に留意する必要があります。
本問の出題趣旨では、「特別公的管理鉄道会社の従業員が争議行為を禁止される理由が3つ挙げられているので、その3点が争議行為を禁止することを正当化できるものであるかどうか、前記の2判決のほか全逓名古屋中郵事件判決(最大判昭和52年5月4日、刑集3 1巻3号182頁)も参考にしながら、検討しなければならない。」とあるため、かかる3つの理由が特別公的管理鉄道会社の従業員の争議行為が制約される根拠として妥当性を有するかを検討する必要があります。
 この点、出題趣旨でも指摘されているとおり、「理由1を認めるならば、結局、公的な財政支援を受けている事業については全て争議行為を禁止できることになってしまわない」ため、理由1については明らかに妥当性を欠くと指摘することになりそうです。
また、「理由2については、争議行為により経営再建に支障を及ぼすほど利用者が減少するかどうかは、争議行為の内容、規模、 頻度によるのではないか」と指摘があり、争議行為を全面的に禁止せずとも、時間帯や規模等を規制すれば足りると考えられるため、こちらも全面的に特別公的管理鉄道会社の従業員の争議行為を禁止する理由としては不十分なものでしょう。最後に、「理由3は、全農林警職法事件判決の勤務条件 法定主義を根拠とした議会制民主主義論に類似したものであるが、これに対しては、労働条件を労使だけで決定できなくても、争議権を行使する余地があるという反論、具体的には、本問の法律案の下でも、従業員は、賃金などの基本的な労働条件の案を国土交通大臣に示すよう会社に求めて争議行為をする余地がある」と指摘されており、一次的に労働条件を決定するのは使用者であることに変わりはないため、使用者に対して争議行為を行うことが無意味であるとまではいえないと考えられるでしょう。
 これらの点を踏まえれば、受験生としては、本問の特別公的管理鉄道会社の従業員の争議行為を禁止する理由は妥当性を有しない方向(つまり、全農林警職法事件判決等の射程を否定する方向)で検討することが望ましいように思われます。
以上からすれば、違憲審査基準としては、中間審査基準(実質的関連性の基準)程度の基準を定立することになるでしょう。

エ あてはめ

(ア)目的
 争議行為の禁止規定の目的は、一つ目が地方鉄道維持税を負担する住民の生活に悪影響を与えることの防止、二つ目が特別会社の経営再建に支障が生じることの防止にあります。
 私鉄の多くが経営危機に陥っており、路線廃止や賃金カット・人員削減が生じている中で、国が私鉄の経営再建を行うことが急務となっていたという立法事実があります。そして、私鉄は国民の移動手段として必要不可欠なものであり、非常に公共性の高いものであるため、鉄道会社が経営破綻をすれば、国民の自由な移動が妨げられ、重大な損害が生じかねないといえるでしょう。また、鉄道会社の従業員による争議行為が行われれば、鉄道の運行が困難となり、利用客が減少する恐れがあると考えられます。以上を踏まえれば、いずれの目的に関しても、本件職員のような者の労働基本権を制約してでも達成すべき合理性が認められる目的であるといえ、重要であると評価できるでしょう。

(イ)手段
 実質的関連性の判断については、目的との間で適合性、必要性、相当性が認められるかという観点から検討すれば、ある程度の分量を書くことができますし、迷うことが少ないのでおすすめです。ではあてはめを行っていきましょう。
本件では、争議行為を一律に禁止することで、最大100億円の補助金を支給すれば、私鉄の経営を維持できるため、目的との関係で適合性が認められると考えられます。
 他方で、争議行為の規模、頻度、回数等を設けることによって、争議行為の規模等を調整すれば、鉄道の利用者に迷惑のかからないように争議行為を行うことは可能であるため、本件規制をする必要性を欠くといえるでしょう。そして、争議行為の一切を禁止すれば、労働者が使用者に対して労働条件の改善を求めたくても、そのような要求が一切認められないことになり、手段として行きすぎているといえると考えられます。
また、違反した者に刑罰を科している点も、争議行為に対する委縮効果を生じさせているから、相当性を欠くと指摘することが考えられます。加えて、国からの財政的支援を受けていることを根拠に争議行為を禁止できてしまえば、国の判断で自由に争議行為を認める組織と認めない組織を選ぶことができてしまい、平等原則に反する恐れすら認められます。

 以上からすれば、本件の手段は適合性は有するものの、必要性、相当性をいずれも欠いていると考えられるため、実質的関連性を欠くといえるでしょう。

⑶ あおり、そそのかし行為の禁止規定についての具体的検討
 あおり、そそのかし行為の禁止規定については、東京都教祖事件を前提とすれば、違法性の高いあおり又はそそのかし行為のみ禁止の対象とすれば足りると考えられることができます。
そうすると、本件処罰規定が争議行為のあおり又はそそのかし行為を何らの限定も付さずに一律的に処罰対象としていることは相当性を欠いていると指摘することが考えられると思います。

 いつもBEXA記事「たまっち先生の論文試験の合格答案レクチャー」をお読みくださり、誠にありがとうございます。
 第39回は令和4
年 予備試験 憲法から「労働基本権」 合格答案のこつ について解説いたしました。次回以降も、たまっち先生がどのような点に気をつけて答案を書けば合格答案を書くことができるようになるかについて連載してまいります。ご期待ください。

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2023年9月30日   たまっち先生 

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