こんにちは、たまっち先生です。今回は、令和元年予備試験刑法を題材として遅すぎた構成要件の実現について実際のA答案とC答案の比較検討を通して、合格答案のコツをレクチャーしていきたいと思います。
【A答案とC答案】
では早速、A答案とC答案を2つを見比べてみましょう。
⑴ A答案について
A答案は、遅すぎた構成要件の実現に関し、甲がVの背後からロープで力いっぱいVの首を絞めた行為(第1行為)と甲が失神しているVを海に落とした行為(第2行為)とをそれぞれ分けて構成要件該当性を検討することができています。
後述するように、遅すぎた構成要件の実現の事例では、第1行為と第2行為が同一法益を侵害しており、かつ、時間的・場所的にも接着している場合が多いため、一見すると第1行為と第2行為を一体のものとして検討するのが合理的にも思えます。しかし、本件について見ると、甲は第1行為の時点では殺意を有していますが、第2行為の時点では死体遺棄罪の故意しか有していません。したがって、甲は意思の連続性を欠きますから、第1行為と第2行為は別個の行為として検討すべきといえでしょう。この点、A答案は行為の一体性を答案上に示すことはできていないものの、第1行為と第2行為を別個の行為としてそれぞれについて構成要件該当性を検討することができていたので、結果として高く評価されたのだと考えられます。
では次に第1行為の構成要件該当性を見てみましょう。まず、A答案は強盗殺人罪(240条後段、236条2項)該当性に関し、通報や逮捕を避けるために行った殺人行為は、「財産上の利益」の移転に向けられたものとはいえないことから、強盗殺人罪の成立は認められないことを簡潔に指摘できています。そして、第1行為はVの背後からロープを用いて同人の首を力いっぱい締めるというものであって、窒息死の危険が生じることから殺人罪の実行行為性が肯定されることを指摘できています。次に、Vの死因は第2行為が行われたことによる溺死であることから第1行為とVの死亡結果との因果関係が認められるか否かが問題となります。この点については、殺人犯が証拠を隠滅するため、死体を投棄する行為は自然なものであることから、第2行為は第1行為により誘発されたものであることを指摘できています。これは、高速道路侵入事件等の判例の理解に従ったものであり、高く評価されたと考えられます。他方で、甲には因果関係の錯誤がありますが、A答案は因果関係の錯誤については触れられておらず、この点は若干の減点がされていると考えられるでしょう。
次に、第2行為の構成要件該当性を見てみましょう。甲は死体遺棄罪の故意で客観的には殺人罪を実現しているため、軽い罪の故意で重い罪を実現した場合に該当します。この場合、存在しないはずの軽い構成要件が実現されたとみなすことができるかという刑法38条2項の解釈の問題となりますが、A答案は刑法38条2項という条文の指摘はできていないものの、死体遺棄罪の構成要件が実現されたとみなすことができるか否かについては検討できており、内容的には正確な論述ができているため高く評価されたと考えられます。
⑵ C答案について
次にC答案を見てみましょう。C答案についても、A答案と同様、第1行為と第2行為が存在するという点には気づけているものの、C答案は第1行為と第2行為を一体のものと検討してしまっています。しかし、前述の通り、第1行為時点では殺意を有していますが、第2行為の時点では殺意を有していませんから、第1行為と第2行為が一体のものということはできないでしょう。仮に第1行為と第2行為を一体のものと考えるのであればその理由を示すことが必要ですから(出題趣旨参照)、それができていない点で減点があったと考えられます。
第1行為の構成要件該当性についてはA答案と遜色ない論述ができていると思います。ただ、第1行為と第2行為を一体のものとして論述したため、第2行為の構成要件該当性に一切触れられておりません。この点で、死体遺棄罪ないし過失致死罪の検討に振られている点数が一切入っておらず、結果として低い評価にとどまったのだと考えられます。
B E X Aの考える合格答案までのステップとの関係では、「6、条文・判例の趣旨から考える」との関連性が強いと考えています。
なぜなら、遅すぎた構成要件の実現についての重要判例が存在するため、判例を適切に理解できていれば、処理に困ることはないはずだからです。そのため、受験生の皆様には、単に予備校の論証パターンを暗記するだけではなく、実際の事案がどのようなものであり、どのような処理がされているのかという点まで入念に学習してほしいと思います。
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https://www.moj.go.jp/content/001299738.pdf
1 遅すぎた構成要件の実現
⑴ 総論
遅すぎた構成要件の実現(遅すぎた結果発生)とは、行為者が第1行為によって結果を実現した思い第2行為を行ったところ、その第2行為によりはじめて結果が実現された場合をいいます。この論点の有名判例としては砂末吸引事件(大判大12年4月30日刑集2巻378頁)があります。同判決は、甲がVの頸部を麻縄で締めたところ(第1行為)、Vが動かなくなったために甲は同人が死亡したと思い、Vを砂浜に放置したところ、Vがそこで砂末を吸引し、砂末吸引が原因で死亡したという事例です。これについて判例は、第1行為と死亡結果との因果関係を肯定することによって甲に殺人罪が成立すると述べています。
遅すぎた構成要件の実現では主に、第1行為と第2行為の一体性、因果関係、因果関係の錯誤、抽象的事実の錯誤、という論点が問題になります。本問を参考としつつ、それぞれの論点についてみていきましょう。
⑵ 一連の行為として処理することは可能か(行為の一体性)
行為は客観面と主観面の統合体であるといわれますから、ある2つの行為が一体のものといえるためには、客観的な関連性及び主観的な関連性が認められなければなりません。
そのメルクマールとしては、主に3つが考えられます。まずは、それぞれの行為が同一の法益に対して向けられたものであるかどうかという点です(法益侵害の同一性)。例えば、住居侵入罪と窃盗罪を連続して行ったとしても、保護法益が異なることから行為の一体性は否定されるでしょう。
次に、それぞれの行為が時間的・場所的に接着したものでなければなりません(時間的・場所的接着性)。例えば、5月1日に行われたV方に対する窃盗と6月1日に行われたV方に対する窃盗は例え法益侵害の対象が同一であっても、行為の一体性は否定されるでしょう。
以上2点は行為の客観面の関連性に関するものです。最後は主観面の関連性についてですが、そのメルクマールはそれぞれの行為が連続した意思に基づいているかどうかです(意思の連続性)。例えば、正当防衛の意思で反撃行為を行った者が急迫不正の侵害がなくなった後もそのことを認識した上で傷害行為を行った場合には、行為の一体性は否定されるでしょう。
⑶ 本問における考え方
本件で甲はVの首を背後からロープを用いて力いっぱい絞めた上(第1行為)、同人を失神させ、同人が失神している状態で同人を海に落として同人を溺死させています(第2行為)。
上記のメルクマールに沿って考えてみると、まず法益侵害が同一のものに向けられているかについては、第1行為がVの生命身体という利益に向けられていることは明らかです。次に、客観的にはVは第1行為の時点で死亡していませんので、第2行為は客観的に見ればVの生命身体という利益に向けられたものであると評価することができます。したがって、第1行為と第2行為はVの生命身体という同一の利益に向けられたものであるということができるわけです(法益侵害の同一性)。
次に、第1行為と第2行為の時間的・場所的接着性について見てみると、第1行為を行った場所から1キロメートル移動した港において、第1行為から約30分後に第2行為が行われていることからすれば、第1行為と第2行為の時間的・場所的接着性も認められることになるでしょう(時間的場所的接着性)。
最後に意思の連続性です。この点については、第1行為の時点では甲はVを殺害する意図を有しており殺意が認められる。これが第2行為の時点まで継続しているかをみるに、甲はVの様子を見て第1行為により死亡したと思っているので、甲の主観としては第2行為は死体遺棄罪の故意ということになります。そうすると、第1行為時点で有していた殺意が第2行為時点まで継続しているとは言い難いため、意思の連続性が否定されるでしょう(意思の連続性)。
以上から、第1行為と第2行為は別個のものであるから、それぞれ分けて構成要件該当性を検討することになります。
あとは、第1行為について殺人罪の成否、第2行為について死体遺棄罪あるいは過失致死罪の成否を検討してことになります。以下、それぞれの行為について検討していきましょう。
2 第1行為について殺人罪の成否
⑴ 実行行為性
殺人罪の実行行為とは人を死に至らしめる現実的危険性を有する行為といいます。この点、甲はVの背後から同人の首をロープを用いて力いっぱい締めています。人が背後から首を絞められれば、容易には抵抗できないことに加え、素手ではなくロープを用いて力いっぱい首を絞められているためVは呼吸が困難になっているといえるでしょう。これらのことからすれば、甲の行為は窒息死によりVを死亡させる現実的な危険性を有する行為であると評価することができるので、殺人罪の実行行為に当たるということができます。
⑵ 死亡結果
Vは溺死により死亡していますから、死亡結果が生じていることは明らかです。
⑶ 因果関係
因果関係は当該行為の危険が結果として現実化したか否かで判断することになります。具体的には、①当該行為の危険性、②介在事情の結果への寄与度、③介在事情の異常性を考慮することになります。
本件では、甲がVの背後から力一杯ロープで同人の首を締める行為は呼吸困難による窒息死を生じさせる現実的な危険性を有する行為といえます。そして、甲が失神したVを夜の海に落とす行為はVを溺死させる危険性を有するものであり、Vの死因が溺死であることからも結果への寄与度は大きいと言わざるを得ません。このように当該行為の危険性が高度かつ介在事情の結果への寄与度が大きい場合には③介在事情の異常性によって因果関係の存否を決することになります。本件では、甲がVを死亡したとして誤信して、Vを海に落としているところ、殺人犯が死体を遺棄することは通常あり得るものであって、介在事情は甲がVの首を絞めた行為に誘発されたものに過ぎないことからすれば、介在事情の異常性は小さいということができます。
以上からすれば、甲の第1行為の危険がVの死亡結果として現実化したと評価することができるでしょう。
⑷ 故意(因果関係の錯誤)
因果関係の錯誤とは、行為者が認識した客体に結果が発生しているものの、結果に至院が経過が行為者の認識した因果経過とは異なる場合をいいます。甲は第1行為によってVが死亡したと考えていますが、実際は第2行為によってVは死亡していることから、因果関係の錯誤が問題となります。
判例は、行為者の認識した因果経過と現実の因果経過が食い違っていたとしても、そのどちらも法的因果関係の範囲内であれば、その食い違いは重要ではなく故意は阻却されないと解しています。
本件では、甲はVを窒息死させようとして実際は同人を溺死させているので、主観と客観が危険の現実化の範囲内で一致していることは明らかです。
以上より、甲の故意は阻却されないことになります。
3 第2行為について死体遺棄罪ないし(重)過失致死罪の成否
⑴ 死体遺棄罪の成否
ア 問題の所在
甲は死体遺棄罪の故意で客観的には殺人罪を実現しているので、軽い罪の故意で重い罪を実現した場合に該当します。いわゆる抽象的錯誤の問題となります。この場合には、客観的に存在しないはずの軽い死体遺棄罪が実現されたとみなすことができるか否かが問題となります。
イ 軽い犯罪の故意で重い罪を実現した場合
この場合、軽い罪の認識しかないのに重い罪の故意があったことにするのは責任主義に反することになりますから、刑法38条2項の「重い罪によって処断することはできない」は重い罪は成立しないという意味であると解することになります。
ただ、このような場合でも判例は軽い犯罪の成立を認めています(最決昭和54年4月13日刑集33巻179頁)。そして、このような評価をすることが認められているのは、2つの構成要件が重なる場合には、重い構成要件の中に、軽い構成要件が含まれているとみなしてよいからです。このように、刑法38条2項は「重い罪によって処断することはできない(が軽い犯罪によって処断することはできる)」と規定していると解することになります。
以上のように、軽い罪の故意で重い犯罪を実現した場合には、客観的に軽い罪の構成要件該当性が認められるかが問題となっているのであって、故意の有無が問題となっているわけではない点に注意してください。
ウ 本件の当てはめ
構成要件の重なり合いは法定的符合説に従って判断することになります。この点、死体遺棄罪の保護法益は死者に対する宗教感情にありますが、殺人罪の保護法益は人の生命身体にありますから、両罪の構成要件は重なり合わないことになります。
したがって、客観的に死体損壊罪が実現されたとはいえず、同罪は成立しないことになります。
⑵ (重)過失致死罪の成否
もっとも、故意犯が成立しないとしても、過失犯の成否の検討を忘れてはなりません。本件では、甲は失神しているVを海に落としてはならないという注意義務に反して、同人を夜の海に落とし溺死させていることからすれば、(重(過失によって人を死亡させたといえ、(重)過失致死罪が成立することになるでしょう。
4 罪数関係
以上からすれば、甲の第1行為には殺人罪が成立し、第2行為には(重)過失致死罪が成立することになります。ここで、死亡結果を二重評価してよいのかと疑問に思う受験生の方もいるかもしれません。
しかし、結果として甲には殺人罪のみが成立するので問題ないことになります。甲はVの生命という1個の法益しか侵害していないため、殺人罪と過失致死罪は包括一罪の関係にあるからです。
以上より、甲には殺人罪一罪が成立するという処理になります。
以上
今回もBEXA記事「たまっち先生の論文試験の合格答案レクチャー」をお読みくださり、誠にありがとうございます。
今回は令和元年予備試験刑法から「遅すぎた構成要件の実現」合格答案のこつ について解説いたしました。次回以降も、たまっち先生がどのような点に気をつけて答案を書けば合格答案を書くことができるようになるかについて連載してまいります。ご期待ください。
必要なのは「短答の知識を論文に活かせるようにすること」
2022年11月30日 たまっち先生
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