ご指摘の通り、一般的には、懲戒事由の限定解釈は、企業秩序侵害・危険の観点から行われるべきものです。
学説の主流は、①客観的合理的理由が就業規則の懲戒事由該当性に判断するものであると位置づけた上で、懲戒事由について、企業秩序侵害・危険の観点から、客観的合理的理由のレベルにまで限定解釈し、②使用者側の対応については、処分の相当性の一要素として、社会通念上の相当性において判断しています。
したがって、本来であれば、懲戒事由の限定解釈の際に、客観的な企業秩序侵害・危険とは直接の関係を有しない、「精神科医による健康診断を実施するなどした上で、その診断結果等に応じて、必要な場合は治療を勧めた上で休職等の処分を検討し、その後の経過を見るなどの・・・適切な対応」という要素は取り込まれないはずです。
ただし、就業規則の懲戒事由が、企業秩序侵害・危険に限らず、それ以外の要素も取り込んだ(あるいは、取り込み得るような)規定ぶりである場合には、本来であれば社会通念上の相当性で考慮されるべき使用者側の対応の一部について、懲戒事由の限定解釈の際に取り込むということができると考えます。
特に、判例・裁判例は、懲戒権濫用については、懲戒事由該当性だけでほとんど判断し、社会通念上の相当性について別途検討するという検討過程は辿りません。
なお、懲戒権行使が長期間留保されたネスレ事件においては、処分留保の点について、懲戒事由とは別に検討されていますが、結論において、「客観的合理的理由を欠くものといわざるを得ず、社会通念上相当なものと是認することはできない」としているので、社会通念上の相当性プロパーの検討はしていません。
このような判例・裁判例の判断の傾向からすれば、「正当な理由なしに無断欠勤が引き続き14日以上に及ぶとき」という、使用者側の対応も取り込んだ(あるいは、取り込み得るような)規定ぶりの懲戒事由について、使用者側の対応の一部をも取り込んだ形で限定解釈することは、可能であるといえます。
したがって、ご指摘の通り、日本ヒューレット・パッカード事件最高裁判決は、解雇事由について、企業秩序侵害・危険という観点からだけで限定解釈するという判断枠組みから逸脱しています。
ただ、司法試験との関係では、懲戒事由を限定解釈する際には、企業秩序侵害・危険の観点のみを取り込み、使用者側の対応については、処分の相当性として、社会通念上の相当性で取り上げるべきです。
懲戒事由該当性・客観的合理的理由・社会通念上の相当性の関係については、判例・裁判例と司法試験委員会の理解とが食い違っている箇所ですので(例えば、解雇権濫用法理についての平成23年第1問の出題の趣旨・採点実感参照)、判例・裁判例の判断内容について、司法試験委員会の理解に沿った判断枠組みに落とし込む必要があります。
2015年8月18日