精神的自由の直接的制約

お忙しいところ失礼いたします。

違憲審査基準を決める要素として挙げられる直接規制(憲法上の権利の行使を規制することを目的とする規制)は、規制の目的という観点から規制を区別するもの、内容着目・中立規制は、規制が特定の(表現等の)内容に限定されているか否かという観点から規制を区別するものだと理解しています。
「基本憲法Ⅰ基本的人権」において、精神的自由に関する講で、「思想及び良心の自由に対する直接的制約」など「直接的制約」という言葉が用いられていますが、この「直接的制約」はどのように理解すれば良いのでしょうか。
直接かつ内容着目規制に該当するようなものと考えて良いのでしょうか。
2017年2月20日
公法系 - 憲法
回答希望講師:伊藤たける
回答:1

ベストアンサー ファーストアンサー
伊藤たけるの回答

直接規制とは、私の定義では、規制の目的ではなく、憲法上の権利として保障された行為に対する制約を指している概念です。
他方、その周辺に対する制約であれば、憲法上の権利に対する直接の制約はなく、ある行為を媒介して間接的に制約されることになります。
これとは別に付随的規制の抗弁がありますが、これは権利の側から一見すると直接規制にあたりそうですが、実際には他の行為も規制対象に含まれるため、他の行為を包含した規制が付随的に憲法上の権利に対する制約となった場合をいいます。
これは規制目的の中に許されない動機をあぶり出す効果を持ちますが、規制目的それ自体で区別する概念ではありません。
基本憲法の思想・良心の自由のところでは、判例の用いている直接的な制約が、いわゆるアの思想排除強制類型とイの意見表明強制類型があるかのような説示があるという説明ですね。
これらも、目的の話ではなく、単に憲法上の権利として保障されるアとイの類型に対する制約だから直接規制と述べているにすぎないといえるでしょう。
直接規制は論者によって定義が異なりますので、整理したものとして、こちらの拙稿をあげておきます。
http://ci.nii.ac.jp/naid/40020414717

2017年2月20日


匿名さん
丁寧なご回答ありがとうございました。
勉強不足で申し訳ありません。重ねての質問失礼いたします。

「憲法上の権利として保障された行為に対する制約」と「その周辺に対する制約」というのはどのようなものを言うのでしょうか。
内心における思想の自由に対する制約とその思想に由来する外部的行為に対する制約や信仰の自由に対する制約と宗教的行為の自由に対する制約というイメージで良いのでしょうか。

また、そうであるとすれば、精神的自由に対する直接規制は、絶対的に禁止されるという理解で良いでしょうか。

2017年2月21日

例えば、判例によれば、思想・良心の自由の保障内容として、思想に反する行為の強制は原則として含まれませんよね。例外として、類型アやイに該当する時には直接制約とされます。
これに対し、ピアノ事件の藤田反対意見は、保護範囲を良心まで広げることで制約を認めましたが、このように広く保障してしまうと、絶対的保障という枠組みは崩れます。
このように、保護範囲をどう考えるかによって、直接規制の概念は変わりますが、拡張すればインフレするので、保護の程度がバーターとなります。

信教の自由の場合は宗教的行為まで保護範囲が拡張されますが、その分、絶対的保障と解されていませんよね。
オウム真理教解散命令は、いずれの権利も直接の抵触がないので、事実上の制約として処理されていますね。

保護の程度についても、直接規制ならば絶対的禁止とはならず、各権利ごとに異なるとして、それぞれ個別で理解すべきです。
学説は19条の内心のみを絶対的保障としていますが、判例の立場は不明です。

以上の点も含め、この前の回答で示した拙稿や受験新報の思想・良心の自由のところで詳しく書いていますから、まずはそちらをご覧ください。

2017年2月21日


匿名さん
ご回答ありがとうございました。
ご紹介いただいた文献を読ませていただきたいと思います。

2017年2月21日