表現内容規制と内容中立規制について

内容規制、内容中立規制は①規制の恣意性②思想の自由市場を大きく歪曲するという2点の根拠から論じられると整理しています。
そこで質問なのですが、仮に①②の片方しか妥当しない場合は厳格基準とLRAのどちらを適用すべきなのでしょうか。
というのも、一般には
①②が両方妥当する→厳格基準
①②が両方妥当しない→LRA
と解されているので、片方しか妥当しない場合にどちらの基準に寄る(?)べきかが自分の中で整理しきれていないのです。
不勉強な私が些末な質問をしているだけかもしれませんが、御教授頂けたら幸いです。宜しくお願い致します。
未設定さん
2016年12月11日
公法系 - 憲法
回答希望講師:伊藤たける
回答:1

ベストアンサー ファーストアンサー
伊藤たけるの回答

ご指名ありがとうございます。
具体的にはどのような事例を想定されているかが想像がつかないのですが、基本的には、①国家による不当な動機のおそれ、②思想の自由市場のゆがみは、要件というよりも、違憲の強い推定を導くための要素であると理解しています。
そのため、要となるのは、①と②を「形式的に」満たすかという判定よりも、それらの要素を総合して、いわゆる表現内容規制の典型例と「区別」できるのかが問われます。
他方、表現内容中立規制であっても、②についてはあてはめで考慮することになるのが、通常の考え方です。
LRAの基準のような死んだ基準よりも、代替的伝達経路の基準として、②をあてはめで考慮する(十分な他の伝達経路が確保されていることを合憲の要件とする)ことは、裏返して言えば、②のゆがみがないことの確認になるのです。

2016年12月14日


未設定さん
返信が遅くなり申し訳ございません。
御回答ありがとうございます!先生に御指摘を頂くまで①②は要件だと考えていたので、まずその認識を改めようと思います。
頂いた回答を読んで、以下の疑問が生じました。御回答頂ければ幸いです。
①要が表現内容規制の典型例と区別できるかにあるということは、総合的に考えて内容規制(の典型例)と同程度に違憲の推定が強ければ厳格基準、同程度に違憲の推定が強いわけではなければ(先生のおっしゃる)代替的伝達経路の基準を用いるという理解で合っているでしょうか。
②内容中立規制において、思想の自由市場のゆがみについてあてはめで考慮するとなると、違憲の推定の考慮要素としては主に「国家による不当な動機のおそれ」を見ることになるのでしょうか。

2016年12月18日

早速のご返答ありがとうございます。
鋭い指摘ですね。

まず、表現内容規制(の典型例)と同程度に違憲の推定が強ければ厳格基準が適用できるのかという点については、立場によるとしかいえません。
たとえば、ある論者は、デモ行進が一部の人にとって重要な表現チャンネルであることを理由として、その歪曲効果が大きいとして、厳格審査基準の適用を肯定しています。
他方、あくまでも表現チャンネルの話は、代替的伝達経路の基準で考慮されるので、あえて厳格審査基準の発動をするべきであるとまではいえないという立場が一般的でしょう。

次に、表現内容規制と程度に違憲の推定が強いといえなければ、代替的伝達経路の基準を用いることがあるかについても、見解によるとしかいえません。
たとえば、ある論者は、アメリカの判例を参考にして、性表現の与える害悪を除去するために、小学校の付近での性表現を禁止するような法令については、間接的・付随的規制(単純な付随的規制とは異なります)を適用して、代替的伝達経路の基準の適用を肯定します。
ただし、間接的・付随的規制というロジックの適用範囲は、性表現などのようなものに限定するべきであって、政治的表現には適用するべきではないとされています。

最後に、内容中立規制において、思想の自由市場のゆがみについてあてはめで考慮するとなると、違憲の推定の考慮要素としては、主として「国家による不当な動機のおそれ」を見ることになるのかについてですが、やや異なります。
不当な動機の恐れは、表現内容規制特有の問題であり、表現内容中立規制では、その恐れは乏しいと考えられています。
表現内容中立規制に違憲性の推定が及ぶのは、あくまでも表現の自由のもろさが根拠となります。簡単に言うと、議会制を動かすためのインフラなので、これが害されているならば立法裁量を認めるべきはないから、裁判所が違憲の疑いをもって審査するべきであるとする、ジョン・ハート・イリィなどの考え方が基礎にあります。

2016年12月19日