横領罪の成立には、所有権侵害の実質が必要ですから、ある行為が不法領得の意思の発現であるかどうかは、所有権侵害も考慮する必要があります。ただ、所有権侵害の結果が厳密に要求されるわけではありません。
おそらく、甲が乙に振り込みを指示した時点で横領を認めているのは、二重売買の事案で売買契約申込みの意思表示をした時点で横領既遂を認める判例の立場を意識したものであると考えられます。
しかし、売買契約の申込みの意思表示は、相手方の承諾があれば直ちに所有権移転が生じ得る性質のものであるからこそ、それ自体を不法領得の意思の発現行為と言えるのです。
これに対し、甲の乙への振り込み指示は、それ自体が預金の移動を生じさせ得る性質のものではなく、乙による振り込みが現実に行われることをもってはじめて預金の移転が生じるという性質のものですので、指示の時点で所有権侵害の実質があるとはいい難いです。
なお、採点実感では、「甲の乙に対する指示時点で預金の横領が既遂に達するとする答案」が問題のある答案の例として挙げられています。
2016年4月7日