放火罪 合格答案のこつ たまっち先生の「論文試験の合格答案レクチャー」第 19 回 ~ 平成28年予備試験 刑法 ~

たまっち先生の
「論文試験の合格答案レクチャー
第 19回
「放火罪」合格答案のこつ
平成28年 予備試験の刑法

第1 はじめに

 こんにちは、たまっち先生です。
 今回は、刑法の放火罪について実際のA答案とC答案を比較検討しながらどのような点に気を付ければ、合格答案を書くことができるのかをレクチャーしていきたいと思います。

| 目次

第1 はじめに

第2 A答案とC答案の比較検討
  【A答案とC答案】
  【比較検討】

第3 平成28年予備試験を選んだ理由・・・問題となる論点が多く、正確に理解していなければ他の受験生と大きな差をつけられてしまう分野
  【問題文及び設問】

第4 B E X Aの考える合格答案までのステップとの関連性

第5 本問の考え方
  1 現住建造物等放火罪(108条)・非現住建造物等放火罪の構成要件
    ⑴ 現住建造物放火罪の構成要件
    ⑵ ①客体:現住建造物又は現在建造物
    ⑶ ②実行行為:「放火して」
    ⑷ ③結果:「焼損」
    ⑸ ④故意
  2 本問の当てはめ
    ⑴ 甲宅に対する放火行為
    ⑵ 乙宅に対する放火

第6 最後に
判例が当てはめでどのような要素をどのように評価しているかまで理解しておく

第2 A答案とC答案の比較検討

【A答案とC答案】
では早速、A答案とC答案を2つを見比べてみましょう。

A答案

C答案

第1 甲宅の居間にX発火装置を設置して発火させた行為について

1 上記行為について甲及び乙に厳重建造物等放火罪の共同正犯(刑法60条、108条)は成立するか。

2⑴ 本件において甲及び乙は甲宅及び乙宅に放火し、保険金を詐取することを意図し共謀している。

⑵ 本件において甲宅にはBがおり、甲宅の二階と一階は建造物としての一体性が認められるため「現に人がいる建造物」にあたる。

⑶ 「放火」とは目的物の焼損を惹起させる行為をいう。

本件では、X装置は時刻を設定し、設定した時間には自動で発火することで周辺の物を燃やす性質を有しているため、設置について焼損を惹起させているといえ「放火」にあたる。

⑷ 「焼損」とは108条の保護法益が公共の危険であること、重罰根拠が人に危険を生じせしめる点にあることに鑑みて火が媒介物を離れ目的物が独立に燃焼を続ける状態に至った場合をいうと考える。

本件ではX発火装置から装置の側の木製の床板に燃え移り床板は燃え広がったものの、床板はいわゆる媒介物として使用されていったものであり、その床板が燃える程度にとどまったものであるため目的物たる甲宅は独立に燃焼しているとはいえず、「焼損」には当たらない。

⑸ア もっとも、本件についてはBが甲宅にいることは甲及び乙は認識していなかった。また、「人」(109条)には犯人及び共犯者は含まれない。したがって、109条の故意(38条1項本文)しか有しておらず故意が阻却されないか。いわゆる抽象的事実の錯誤が問題となる。

イ そもそも故意とは構成要件的結果発生の認識認容をいう。とすれば故意は構成要件の程度で抽象化され異なる構成要件間であっても重なる程度で軽い方に甲が認められると解する。

ウ 本件では109条と108条では、放火という態様で重なりがみられる。そのため、軽い方の109条についての故意が認められる。そして本件で甲及び乙は甲宅に火災「保険」がついていることを認識しているため115条により109条1項についての故意が認められる。

したがって、非現住建造物等放火未遂罪についての共同正犯(115条、112条、109条1項、60条)が成立する。

第2 乙宅にY発火装置を設置して発火させた行為について

1 上記行為について甲及び乙に現住建造物等放火罪の共同正犯(108条、60条)は成立するか。

⑴ まず、前述の通り、放火についての共謀は存在する。

⑵ア 「現に人が住居に使用」している「建造物」とは、人が日常起臥寝食の用に供する建造物をいう。「人」とは犯人及びその共犯者は含まれないが、犯人の家族は含まれる。本件において乙の内妻Aは旅行に行っており不在であるが、使用形態に変更はなく、戻ってきたら再び生活の拠点として使用することが予想されるので現住性は失われない。もっとも本件においてY装置をおいたのは乙物置内であり、乙物置内について現住性は認められない。しかし、乙物置について上記現住部分との一体性が認められないか。

イ そもそも108条の趣旨は前述の通りであり、現住部分との一体性については、物理的一体性から見ると類型的な炎症可能性及び機能的一体性から判断すると考える。

ウ 本件では、乙宅と乙物置は同敷地内にあるが、別個の建物であり、物理的な一体性は認められない。もっとも、乙物置は普段から物置として使用されており、人の通行はあったといえる。また、乙宅と乙物置は長さ3メートルほどの木造の屋根付き渡り廊下でつながっていた。3メートルと非常に近接していることに加えて、木造という非常に燃えやすい素材を用いている。そのため、物置が燃えた場合は乙宅まで炎が燃え広がることは十分にあり得るといえる。したがって、機能的一体性からみる炎症可能性が認められ、物置についても現住部分との一体性が認められる。

⑶ そして、物置内にY発火装置を設置しており、これらは定刻になれば自動で発火し、周囲の物の焼損を惹起させるため「放火」にあたる。

⑷ もっとも、本件では火は乙によって途中で消し止められている。火は発火装置から、媒介物たる段ボール箱の一部、その中の洋服の一部を燃やしたにすぎず、物置自体は何ら燃えていないため、独立に燃焼を継続する状態とは言えない。したがって、「焼損」とは言えない。

したがって、甲及び乙に現住建造物等放火未遂罪の共同正犯(112条、108条、60条)が成立する。

⑸ア また、本件では、乙が自らY発火装置によって発生した火を消し止めている。そのため、中止犯(43条ただし書)が成立し、刑が必要的に減免されないか。「自己の意思により」の意義が問題となる。

イ そもそも中止犯が刑の必要的減免となる根拠は自ら犯罪を止めたことによって責任が減少する点にある。とすれば、「自己の意思により」とは行為者の主観において行為をすることができたにもかかわらず、あえてしなかったことをいうと考える。

ウ 本件において、乙は自ら自宅にY発火装置を設置しておりこのまま放置することができたにもかかわらず近隣の迷惑、Aへの配慮から反省悔悟に基づいて火を消すに至っている。したがって、「自己の意思により」といえる。

⑹ア 「中止した」とは前述の減免の根拠から、結果防止のための真摯な努力、具体的には結果発生の危険が乗じていない場合は不作為、生じている場合は危険を消滅させる行為まで要すると考える。

イ 本件ではY発火装置はすでに発火しており、「焼損」が生じる具体的危険はすでに生じているといえる。そして火が燃えている中、乙は自らの危険も顧みず、消化器を使って適切な消化活動をしており、これを消化することによって「焼損」に至る危険を完全に消滅させているといえる。したがって、乙には真摯な努力が認められ、「中止した」といえる。

したがって、乙に中止犯が成立し、刑は必要的に減免される。

なお、本件では甲及び乙は保険金詐欺についての共謀を行っている。しかし、保険金支払いについての請求をしておらず、「欺」く(246条1項)行為の「実行に着手」(43条本文)すらなかったといえる。したがってこの行為について犯罪は成立しない。

以上より甲及び乙にそれぞれ非現住建造物等放火未遂罪の共同正犯、現住建造物等放火未遂罪の共同正犯が成立し、併合罪(45条前段)となる。なお乙には中止犯が成立し、必要的に減免される。

第1 甲の罪責

1 甲宅を放火した行為につき、現住建造物等放火罪(108条)が成立しないか。

甲宅にはBがいるため、甲宅は「現に人がいる建造物」である。そこに、X発火装置を用いて火をつけており、甲は甲宅「放火」したといえる。

放火罪は公共危険であり、目的物が独立して燃焼を継続する状態に至れば公共の危険の発生が認められる。そこで、目的物が独立して燃焼を継続する状態に至ったときに、「焼損した」といえ、現住建造物等放火罪は既遂となる。本件では、X発火装置そばの床板が燃え、独立して燃焼を継続する状態に至ったから、甲宅を「燃焼した」といえ、同罪は既遂となる。

しかし、甲乙は甲宅にBがいることに気づいておらず、甲宅が現住建造物であることの認識がない。したがって、同罪の故意がないため、同罪は成立しない。

2 上記行為に、非現住建造物等放火罪(109条1項)が成立しないか。

⑴ 甲乙らの認識では、甲宅は非現住建造物等である。そして、甲宅は甲にとって自己所有であるが、火災保険に付されているため、115条により109条2項ではなく109条1項の適用となる。

前述の通り、甲は甲宅を「放火」し「焼損した」といえるから、同罪の既遂となる。

⑵ 甲は非現住建造物等放火罪の行為で現住建造物等放火罪を実行しているが、両罪の行為態様は放火、保護法益は公共の安全と共通しており、客体が現住か非現住かで異なるに過ぎない。両罪の構成要件は実質的な重なり合いが認められるから、非現住建造物放火罪の構成要件該当性が認められる。

⑶ したがって、上記行為には非現住建造物放火罪が成立する。後述の通り、乙と実行共同正犯(60条)となる。

3 乙宅を放火した行為につき、現住建造物等放火罪の未遂罪(112条、108条)が成立しないか。

⑴ 同罪の「人」には犯人自身は含まれないから、乙は含まれない。乙宅にはAが暮らしているから、乙宅は「現に人が住居に使用し」ている建造物である。Aは旅行に出かけており乙宅を留守にしているが、突然帰宅する可能性もあるため、それだけでは現住性が失われないと解する。

⑵ 焼損結果の現実的危険性が生じたときに、放火罪の実行の着手が認められる。Y発火装置は2時間後に自動的に発火するように設置されており、設置時点で焼損結果の現実的危険性が認められるから、実行の着手が認められる。

⑶ 甲が放火しようとしたのは、乙宅敷地内にある乙物置である。乙物置自体は非現住非現在であるが、甲は現住建造物に放火しようとしたといえるか。現住建造物の一体性が問題となる。

現住建造物等放火罪が重く処罰される根拠は現住建造物に存在可能性がある人の生命身体を保護するためである。したがって、現住建造物の一体性は、①延焼可能性を考慮した構造上の一体性と②利用上の一体性から判断する。

乙物置と乙宅は渡り廊下でつながっており、渡り廊下は木造で燃えやすいことから延焼可能性があり、①構造上の一体性が認められる。また、乙物置は普段から物置として利用されており②利用上の一体性も認められる。

したがって、乙物置も現住建造物の一部であり、甲は現住建造物に放火しようとしたといえる。

⑷ 乙物置の床、壁、天井等には火が燃え移らず、乙宅にも火は燃え移らなかった。現住建造物を焼損したとはいえないから、現住建造物等放火罪は未遂となる。

⑸ 以上より、上記行為に現住建造物等放火罪の未遂犯が成立し、乙と実行共同正犯となる。

第2 乙の罪責

1 甲宅の非現住建造物等放火罪につき、甲と実行共同正犯となる。

2 乙宅の現住建造物等放火罪の未遂罪につき、甲と実行共同正犯となる。

乙は消化活動をしているが、中止犯(43条ただし書)が成立し、刑が必要的に免除されないか。前述の通りY発火装置設置時点で実行の着手が認められる。

「中止した」といえるためには、不作為により結果発生の危険がなくならない時は結果発生防止措置が必要である。本件でも結果発生防止措置が必要であるが、乙は消化活動をしているから、結果発生防止措置をとったといえる。したがって、乙は「中止した」といえる。

また、中止行為が乙の「自己の意思」によることも明らかである。

したがって、乙には中止犯が成立し、刑の必要的減免を受ける。

【比較検討】

 A答案は、C答案に比して問題分に落ちている事実を多く拾っています。司法試験・予備試験は点取りゲームですので、一つでも多くの事実を拾い、評価を加えている答案の方が評価される傾向にあるといえます。A答案もミスがないわけではありませんが、それでも結果として良い評価が得られていることから、問題文の事情を丁寧に拾って、それぞれの事実を丁寧に評価している点が高く評価されたと考えるべきです。A答案がミスのない完璧な答案ではないという点は意外だと感じる方もいるかもしれませんが、試験会場という緊張した場所で初見の問題を完璧に解答するのは現実的に困難であることから、どのような問題でも安定した点数を取るためには、上記A答案のように一定のミスをしつつも総合的には良い評価を得られるような答案を目指すべきです。したがって、上記A答案は受験生のお手本になる答案ということができます。

 他方、C答案も気付くべき論点は拾うことができています。そのため、D以下の評価は避けられています。もっとも、論点は拾えているのにC評価にとどまった理由としては、問題文の事実を拾えていなかったり、事実の評価が雑になっていたりする部分があったからだと考えられます。具体例を挙げるとすれば、「乙物置と乙宅は渡り廊下でつながっており、渡り廊下は木造で燃えやすいことから延焼可能性があり、①構造上の一体性が認められる。また、乙物置は普段から物置として利用されており②利用上の一体性も認められる。」という論述についてみると、一見すると物理的一体性と機能的一体性のいずれにも言及ができており、平安神宮事件の要旨を押さえることができているようにも思います。ただ、この論述には「渡り廊下が木造で燃えやすい」という部分以外には、問題文の事実に対する評価が一切なされておりません。そのため、一見書けているように見えても、点数はほとんど入っていないという結果になってしまっているわけです。

 また、C答案は共同正犯の認定も要件検討をすることなく、共同正犯が成立することを認定してしまっています。実行共同正犯であっても、共謀、共謀に基づく実行が要件であることに変わりはない(2要件説)ため、簡潔でも構わないですから要件の認定をすべきだったでしょう。

 以上からすれば、A答案とC答案に決定的な法的知識の差があるというわけではないということができます。むしろ、抽象的事実の錯誤に関する論述等はC答案の方がA答案よりも書けていると思います。それでも総合的にA答案の方が評価されているのは、一つ一つの論述が丁寧であり、加点事由が多いことが挙げられます。C答案のように論述が雑になったり、時間切れになったりしてしまうと、合格が遠のいてしまう可能性があるので、受験生の皆様には注意してもらいたいです。

第3 平成28年予備試験を選んだ理由
  問題となる論点が多く、正確に理解していなければ他の受験生と大きな差をつけられてしまう分野

 今回は平成28年予備試験の刑法を題材としました。放火罪は財産犯に比べれば、司法試験・予備試験での出題頻度が低いものの、問題となる論点が多く、正確に理解していなければ他の受験生と大きな差をつけられてしまう分野ですので要注意です。平成28年の予備試験は、現住建造物放火罪と非現住建造物放火罪のいずれの検討も求められており、放火罪がメインで問われた問題ですから、放火罪の理解を試す問題としてはうってつけだと思います。平安神宮事件等の重要判例の理解を示すことはもちろんのこと、放火行為がどの時点で認められるか、焼損結果が生じたのか、といった個々の論点も丁寧に認定することが求められています。

【問題文及び設問】

平成28年予備試験の刑法の問題を読みたい方は⇩⇩をクリック

https://www.moj.go.jp/content/001198334.pdf

第4 B E X Aの考える合格答案までのステップとの関連性

 B E X Aの考える合格答案までのステップとの関係では、「7、事実を規範に当てはめできる」との関連性が強いです。

 A答案もC答案も論点に対する理解に関しては、ほとんど差はありません。しかし、自らの立てた規範に事実を当てはめるという姿勢には両答案では大きな差が現れているといえます。この点には十分注意して検討するようにしましょう。

 

第5 本問の考え方

1 現住建造物等放火罪(108条)・非現住建造物等放火罪の構成要件

⑴ 現住建造物放火罪の構成要件

【客観面】
  ①「現に人が住居に使用し又は現に人がいる建造物」等(客体)
    (①が否定されれば、非現住建造物等放火罪を検討することになります。)
  ②「放火して」(実行行為)
  ③「焼損」(結果)

【主観面】
  ④故意

 

⑵ ①客体:現住建造物又は現在建造物
ア 問題文の事実によれば、「乙物置は、乙宅とは屋根付きの長さ約3メートルの木造の渡り廊下でつながっており、甲と乙は、そのような構造で乙宅と乙物置がつながっていることや、乙物置及び渡り廊下がいずれも木造であることを承知していた。」とあるので、乙物置が108条の客体に該当するか否かを判断するにあたっては、乙物置に現住性が認められるか否かを論じる必要があることになります。

イ 客体の一体性に関する判断基準①―複合的建造物の場合
(ア)基本となる考え方
現住建造物や現在建造物に対する放火は,他の放火に比べても特に重く処罰されています(108条と109条等を比較してみましょう。)。このように現住ないし現在の場合に刑が加重されている根拠は,他の放火罪と同じく不特定多数の生命・身体・財産を脅かす危険を有すると同時に,建物内部の人に対する危険をあわせもつからである。このような加重根拠からすれば,現住性や現在性の有無は建造物内の人に対する危険の有無から判断するのが妥当であり,判例では物理的一体性(構造上の一体性)からみて,現住または現在部分への類型的な延焼可能性があるか否かで判断されています。

 以上の考え方は客体の一体性の議論の基本となる考え方なのでしっかりと理解してもらいたいです。

【重要判例〜最決平成元年7月14日〜(平安神宮事件)】
【決定要旨】
「(1)平安神宮社殿は、東西両本殿、祝詞殿、内拝殿、外拝殿(大極殿)、東西両翼舎、神楽殿(結婚儀式場)、参集殿(額殿)、斎館、社務所、守衛詰所、神門(応天門)、蒼竜楼、白虎楼等の建物とこれらを接続する東西の各内廻廊、歩廊、外廻廊とから成り、中央の広場を囲むように方形に配置されており、廻廊、歩廊づたいに各建物を一周しうる構造になつていた、(2)右の各建物は、すべて木造であり、廻廊、歩廊も、その屋根の下地、透壁、柱等に多量の木材が使用されていた、(3)そのため、祭具庫、西翼舎等に放火された場合には、社務所、守衛詰所にも延焼する可能性を否定することができなかつた、(4)外拝殿では一般参拝客の礼拝が行われ、内拝殿では特別参拝客を招じ入れて神職により祭事等が行われていた、(5)夜間には、権禰宜、出仕の地位にある神職各一名と守衛、ガードマンの各一名の計四名が宿直に当たり、社務所又は守衛詰所で執務をするほか、出仕と守衛が午後八時ころから約一時間にわたり東西両本殿、祝詞殿のある区域以外の社殿の建物等を巡回し、ガードマンも閉門時刻から午後一二時までの間に三回と午前五時ころに右と同様の場所を巡回し、神職とガードマンは社務所、守衛は守衛詰所でそれぞれ就寝することになつていたというのである。

 以上の事情に照らすと、右社殿は、その一部に放火されることにより全体に危険が及ぶと考えられる一体の構造であり、また、全体が一体として日夜人の起居に利用されていたものと認められる。そうすると、右社殿は、物理的に見ても、機能的に見ても、その全体が一個の現住建造物であつたと認めるのが相当であるから、これと同旨の見解に基づいて現住建造物放火罪の成立を認めた原判決の判断は正当である。」

【判例が重要視したポイント】
・物理的一体性に関する部分
①平安神宮社殿の各建物が廻廊・歩廊づたいに一周しうる構造になっていた
②各建物は、すべて木造であり,廻廊等にも多量の木材が使用されていた
→③:①②から祭具庫等に放火された場合には、神職等が宿直していた社務所にも延焼する可能性が否定できず、一部による放火で全体に危険が及ぶ
・機能的一体性に関する部分
③昼間は拝殿で礼拝や神事がおこなわれていた
④夜間には,神職・守衛らが宿直し、社殿の建造物等を巡回していた
→③④から全体が一体として日夜人の起居に利用されていた
⇒以上を総合的に考えると,最高裁は物理的観点(物理的一体性)および機能的観点(機能的一体性)を総合して建造物の一体性を判断していると考えられます。

【論証例】建造物の一体性の判断基準

 現住建造物等放火罪の法定刑が重いのは,同罪が公共の危険とともに放火の客体となった建造物等内の人に対する危険をあわせもつからである。
 かかる加重根拠からすれば,現住性の有無の判断は,物理的に一体性があるかどうか,すなわち構造上一体性を有し,類型的に現住部分への延焼可能性があるかどうかという観点から検討するべきである。
 また,物理的一体性が弱い場合であっても,機能的一体性が認められる場合には,上記加重根拠が妥当するため,現住性を肯定してよいと解する。

⑶ ②実行行為:「放火して」
「放火」とは目的物(客体)の焼損を惹起させる行為をいい、その典型例は目的物に点火する行為、媒介物に点火する行為である。媒介物に点火する行為の具体例としては,手に持った新聞紙にライターで点火する行為や現在建造物を燃やすべくその建造物の軒先に積んであった古新聞へ点火する行為などがある。

【「放火」の実行の着手時期】
 ガソリンのように引火性の強い物質を散布する場合には,散布の時点で実行の着手が認められます(横浜地判昭和58年7月20日)。なぜなら,この時点で「焼損」結果発生の現実的危険性が認められるからです。

【重要裁判例〜横浜地判昭和58年7月20日〜】
「しかしながら、関係各証拠によれば、本件家屋は木造平家建であり、内部も特に不燃性の材料が用いられているとは見受けられず、和室にはカーペットが敷かれていたこと、本件犯行当時、本件家屋は雨戸や窓が全部閉められ密閉された状態にあったこと、被告人によって撒布されたガソリンの量は、約六・四リットルに達し、しかも六畳及び四畳半の各和室、廊下、台所、便所など本件家屋の床面の大部分に満遍無く撒布されたこと、右撒布の結果、ガソリンの臭気が室内に充満し、被告人は鼻が痛くなり、目もまばたきしなければ開けていられないほどであったことが認められるのであり、ガソリンの強い引火性を考慮すると、そこに何らかの火気が発すれば本件家屋に撒布されたガソリンに引火し、火災が起こることは必定の状況にあったのであるから、被告人はガソリンを撒布することによって放火について企図したところの大半を終えたものといってよく、この段階において法益の侵害即ち本件家屋の焼燬を惹起する切迫した危険が生じるに至ったものと認められるから、右行為により放火罪の実行の着手があったものと解するのが相当である」
本裁判例では,上記のような事実のもとでガソリン散布時に実行の着手を肯定したのであり,ガソリンを散布したからといって当然に着手が肯定されるわけではない点には注意しておく必要があります。

⑷ ③結果:「焼損」
焼損」とは火が媒介物を離れて目的物が独立に燃焼を継続しうる状態になったことをいいます(独立燃焼説)。「燃焼」の認定には、燃えた面積の広狭が重要な資料とされます。

⑸ ④故意
故意とは客観的構成要件を認識し、認容することをいいます。したがって、現住建造物等放火罪の故意としては、現に住居として使用し又は現に人がいる建造物であることの認識・認容、放火によってその客体を焼損せしめることの認識・認容が必要ということになります。

2 本問の当てはめ

⑴ 甲宅に対する放火行為
ア 客体
 犯人は、現住性や現在性の判断には影響を与えません。そのため、甲が居住していただけでは、現住建造物に当たるとはいえません。もっとも、X発火装置が発火した時点で、甲宅にはBがいましたから、現在建造物に該当することになります。
イ 実行行為
 未遂犯の処罰根拠は結果発生の現実的危険性にあることから、「実行に着手」したといえるかどうかは結果発生の現実的危険性があるか否かによって判断すべきことになります。
 本件ではX発火装置が発火したのは午後9時時点であるものの、特段の操作を要することなくX発火装置は設定した時間に発火するため、同装置が設置された時点で周囲の物に火を燃え移らせる危険性が具体的に生じていたということができます。したがって、同装置を設置した午後7時の時点ですでに、「放火」行為を認めることが可能であるといえます。
ウ 焼損結果
「焼損」の解釈には争いがありますが、火が媒介物を離れて独立して燃焼しうる状態に達すれば焼損があったと考える立場が有力ですので、こちらの立場で答案は作成するべきでしょう(独立燃焼説)。独立燃焼説は比較的早い時点で焼損を認定する立場になります。
 本件では、独立燃焼説は早い段階で焼損を認める立場なので、甲宅の一部である木製で燃えやすい床板に燃え移り、その表面の約10センチメートル四方まで燃え広がっています。したがって、この時点で、火が媒介物を離れ独立して燃焼するに至ったと評価することが可能でしょう。そのため、上記時点で「焼損」したと認めることができます。
エ 故意
本件で甲は現住性ないし現在性の認識を欠いていますが、上記の通り客観的には重い現住建造物等放火罪を実現しています。そのため、主観的には軽い非現住建造物等放火罪を実現しているのに、客観的には重い現住建造物等放火罪が実現されていることになります(抽象的事実の錯誤)。この場合には、刑法38条2項の解釈として、客観的には存在しなかったはずの軽い非現住建造物等放火罪が存在したものとみなしていいかを論証することになります。ここでの問題は、故意があるかどうかではなくて、客観的に存在しないはずの構成要件をそれが実現されたものとみなしてよいのかどうかという点にあることに注意してください(なぜなら、甲に軽い非現住建造物等放火罪の故意があることは明らかだからです)。多くの受験生が誤って理解している点なので、間違えないようにしてもらいたいです。

⑵ 乙宅に対する放火
ア 客体
 乙宅は甲宅とは異なり、犯人である乙以外にもAが居住しています。そして、Aが旅行に出ていますが、その程度では現住性が否定されることはありません。したがって、乙宅は「現に人がいる住居に使用し」に当たることになります。
 次に乙がY発火装置を置いたのは乙宅の中ではなくて、乙宅の近くに置かれた乙物置であったことから、乙物置が乙宅と一体のものとして現住建造物といえるかどうかが問題となります。この点、乙物置は乙宅とは屋根付きで長さ約3メートルの木造の渡り廊下で繋がっているため、乙物置と乙宅の間には物理的な一体性が認められます。そして、乙物置と乙宅とを繋いでいる渡り廊下は木造であり燃えやすいですし、さらに、同渡り廊下の長さは3メートルほどしかないので一旦火が燃え移れば直ちに乙宅へと延焼する危険性が高いということができるでしょう。また、乙物置は、乙宅の敷地内にあって日常的に人の往来があったことから、機能的な一体性も肯定することが可能です。これらの事情からすれば、乙物置は乙建物との一体性を肯定することができることになります。
イ 実行行為
 X発火装置と同様、Y発火装置も設定した時間に自動的に発火する仕組みですから、Y発火装置を設置した午後7時30分の時点で焼損結果の現実的危険性が生じたといえ、「放火」の実行行為性を認めることができます。
ウ 結果
 Y発火装置から発生した火は、同装置が置いてあった燃えやすい洋服が入った段ボール箱の一部と同箱内の洋服の一部のみにしか燃え移っておらず、乙物置の床や壁等に燃え移っていないことから、媒介物を離れて独立して燃焼するに至ったとは評価することができず、「焼損」したとはいえません。
エ 故意
 甲と乙は、乙宅に乙以外にAが居住していることを認識し、認容していることから現住建造物等放火罪の故意は問題なく肯定することができます。

第6  最後に
   判例が当てはめでどのような要素をどのように評価しているかまで理解しておく

 いかがでしたでしょうか。放火罪は出題頻度が高くはないものの、平成28年予備試験のように再度メイン論点として問われる可能性がないとはいえません。そのため、論証を覚えておくことはもちろん、重要判例を踏まえ、判例が当てはめでどのような要素をどのように評価しているかまで理解しておく必要があります。
 本記事が受験生の皆様の学習に少しでも役立てば幸いです。

 今回もBEXA記事「たまっち先生の論文試験の合格答案レクチャー」をお読みくださり、誠にありがとうございます。
 今回は
成28年 予備試験の刑法から「放火罪」合格答案のこつについて解説いたしました。次回以降も、たまっち先生がどのような点に気をつけて答案を書けば合格答案を書くことができるようになるかについて連載してまいります。ご期待ください。

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2022年10月25日   たまっち先生 

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