こんにちは、たまっち先生です。
今回は、刑法の放火罪について実際のA答案とC答案を比較検討しながらどのような点に気を付ければ、合格答案を書くことができるのかをレクチャーしていきたいと思います。
【A答案とC答案】
では早速、A答案とC答案を2つを見比べてみましょう。
A答案は、C答案に比して問題分に落ちている事実を多く拾っています。司法試験・予備試験は点取りゲームですので、一つでも多くの事実を拾い、評価を加えている答案の方が評価される傾向にあるといえます。A答案もミスがないわけではありませんが、それでも結果として良い評価が得られていることから、問題文の事情を丁寧に拾って、それぞれの事実を丁寧に評価している点が高く評価されたと考えるべきです。A答案がミスのない完璧な答案ではないという点は意外だと感じる方もいるかもしれませんが、試験会場という緊張した場所で初見の問題を完璧に解答するのは現実的に困難であることから、どのような問題でも安定した点数を取るためには、上記A答案のように一定のミスをしつつも総合的には良い評価を得られるような答案を目指すべきです。したがって、上記A答案は受験生のお手本になる答案ということができます。
他方、C答案も気付くべき論点は拾うことができています。そのため、D以下の評価は避けられています。もっとも、論点は拾えているのにC評価にとどまった理由としては、問題文の事実を拾えていなかったり、事実の評価が雑になっていたりする部分があったからだと考えられます。具体例を挙げるとすれば、「乙物置と乙宅は渡り廊下でつながっており、渡り廊下は木造で燃えやすいことから延焼可能性があり、①構造上の一体性が認められる。また、乙物置は普段から物置として利用されており②利用上の一体性も認められる。」という論述についてみると、一見すると物理的一体性と機能的一体性のいずれにも言及ができており、平安神宮事件の要旨を押さえることができているようにも思います。ただ、この論述には「渡り廊下が木造で燃えやすい」という部分以外には、問題文の事実に対する評価が一切なされておりません。そのため、一見書けているように見えても、点数はほとんど入っていないという結果になってしまっているわけです。
また、C答案は共同正犯の認定も要件検討をすることなく、共同正犯が成立することを認定してしまっています。実行共同正犯であっても、共謀、共謀に基づく実行が要件であることに変わりはない(2要件説)ため、簡潔でも構わないですから要件の認定をすべきだったでしょう。
以上からすれば、A答案とC答案に決定的な法的知識の差があるというわけではないということができます。むしろ、抽象的事実の錯誤に関する論述等はC答案の方がA答案よりも書けていると思います。それでも総合的にA答案の方が評価されているのは、一つ一つの論述が丁寧であり、加点事由が多いことが挙げられます。C答案のように論述が雑になったり、時間切れになったりしてしまうと、合格が遠のいてしまう可能性があるので、受験生の皆様には注意してもらいたいです。
今回は平成28年予備試験の刑法を題材としました。放火罪は財産犯に比べれば、司法試験・予備試験での出題頻度が低いものの、問題となる論点が多く、正確に理解していなければ他の受験生と大きな差をつけられてしまう分野ですので要注意です。平成28年の予備試験は、現住建造物放火罪と非現住建造物放火罪のいずれの検討も求められており、放火罪がメインで問われた問題ですから、放火罪の理解を試す問題としてはうってつけだと思います。平安神宮事件等の重要判例の理解を示すことはもちろんのこと、放火行為がどの時点で認められるか、焼損結果が生じたのか、といった個々の論点も丁寧に認定することが求められています。
平成28年予備試験の刑法の問題を読みたい方は、⇩⇩をクリック
https://www.moj.go.jp/content/001198334.pdf
B E X Aの考える合格答案までのステップとの関係では、「7、事実を規範に当てはめできる」との関連性が強いです。
A答案もC答案も論点に対する理解に関しては、ほとんど差はありません。しかし、自らの立てた規範に事実を当てはめるという姿勢には両答案では大きな差が現れているといえます。この点には十分注意して検討するようにしましょう。
⑵ ①客体:現住建造物又は現在建造物
ア 問題文の事実によれば、「乙物置は、乙宅とは屋根付きの長さ約3メートルの木造の渡り廊下でつながっており、甲と乙は、そのような構造で乙宅と乙物置がつながっていることや、乙物置及び渡り廊下がいずれも木造であることを承知していた。」とあるので、乙物置が108条の客体に該当するか否かを判断するにあたっては、乙物置に現住性が認められるか否かを論じる必要があることになります。
イ 客体の一体性に関する判断基準①―複合的建造物の場合
(ア)基本となる考え方
現住建造物や現在建造物に対する放火は,他の放火に比べても特に重く処罰されています(108条と109条等を比較してみましょう。)。このように現住ないし現在の場合に刑が加重されている根拠は,他の放火罪と同じく不特定多数の生命・身体・財産を脅かす危険を有すると同時に,建物内部の人に対する危険をあわせもつからである。このような加重根拠からすれば,現住性や現在性の有無は建造物内の人に対する危険の有無から判断するのが妥当であり,判例では物理的一体性(構造上の一体性)からみて,現住または現在部分への類型的な延焼可能性があるか否かで判断されています。
以上の考え方は客体の一体性の議論の基本となる考え方なのでしっかりと理解してもらいたいです。
【重要判例〜最決平成元年7月14日〜(平安神宮事件)】
【決定要旨】
「(1)平安神宮社殿は、東西両本殿、祝詞殿、内拝殿、外拝殿(大極殿)、東西両翼舎、神楽殿(結婚儀式場)、参集殿(額殿)、斎館、社務所、守衛詰所、神門(応天門)、蒼竜楼、白虎楼等の建物とこれらを接続する東西の各内廻廊、歩廊、外廻廊とから成り、中央の広場を囲むように方形に配置されており、廻廊、歩廊づたいに各建物を一周しうる構造になつていた、(2)右の各建物は、すべて木造であり、廻廊、歩廊も、その屋根の下地、透壁、柱等に多量の木材が使用されていた、(3)そのため、祭具庫、西翼舎等に放火された場合には、社務所、守衛詰所にも延焼する可能性を否定することができなかつた、(4)外拝殿では一般参拝客の礼拝が行われ、内拝殿では特別参拝客を招じ入れて神職により祭事等が行われていた、(5)夜間には、権禰宜、出仕の地位にある神職各一名と守衛、ガードマンの各一名の計四名が宿直に当たり、社務所又は守衛詰所で執務をするほか、出仕と守衛が午後八時ころから約一時間にわたり東西両本殿、祝詞殿のある区域以外の社殿の建物等を巡回し、ガードマンも閉門時刻から午後一二時までの間に三回と午前五時ころに右と同様の場所を巡回し、神職とガードマンは社務所、守衛は守衛詰所でそれぞれ就寝することになつていたというのである。
以上の事情に照らすと、右社殿は、その一部に放火されることにより全体に危険が及ぶと考えられる一体の構造であり、また、全体が一体として日夜人の起居に利用されていたものと認められる。そうすると、右社殿は、物理的に見ても、機能的に見ても、その全体が一個の現住建造物であつたと認めるのが相当であるから、これと同旨の見解に基づいて現住建造物放火罪の成立を認めた原判決の判断は正当である。」
【判例が重要視したポイント】
・物理的一体性に関する部分
①平安神宮社殿の各建物が廻廊・歩廊づたいに一周しうる構造になっていた
②各建物は、すべて木造であり,廻廊等にも多量の木材が使用されていた
→③:①②から祭具庫等に放火された場合には、神職等が宿直していた社務所にも延焼する可能性が否定できず、一部による放火で全体に危険が及ぶ
・機能的一体性に関する部分
③昼間は拝殿で礼拝や神事がおこなわれていた
④夜間には,神職・守衛らが宿直し、社殿の建造物等を巡回していた
→③④から全体が一体として日夜人の起居に利用されていた
⇒以上を総合的に考えると,最高裁は物理的観点(物理的一体性)および機能的観点(機能的一体性)を総合して建造物の一体性を判断していると考えられます。
【論証例】建造物の一体性の判断基準
⑶ ②実行行為:「放火して」
「放火」とは目的物(客体)の焼損を惹起させる行為をいい、その典型例は目的物に点火する行為、媒介物に点火する行為である。媒介物に点火する行為の具体例としては,手に持った新聞紙にライターで点火する行為や現在建造物を燃やすべくその建造物の軒先に積んであった古新聞へ点火する行為などがある。
【「放火」の実行の着手時期】
ガソリンのように引火性の強い物質を散布する場合には,散布の時点で実行の着手が認められます(横浜地判昭和58年7月20日)。なぜなら,この時点で「焼損」結果発生の現実的危険性が認められるからです。
【重要裁判例〜横浜地判昭和58年7月20日〜】
「しかしながら、関係各証拠によれば、本件家屋は木造平家建であり、内部も特に不燃性の材料が用いられているとは見受けられず、和室にはカーペットが敷かれていたこと、本件犯行当時、本件家屋は雨戸や窓が全部閉められ密閉された状態にあったこと、被告人によって撒布されたガソリンの量は、約六・四リットルに達し、しかも六畳及び四畳半の各和室、廊下、台所、便所など本件家屋の床面の大部分に満遍無く撒布されたこと、右撒布の結果、ガソリンの臭気が室内に充満し、被告人は鼻が痛くなり、目もまばたきしなければ開けていられないほどであったことが認められるのであり、ガソリンの強い引火性を考慮すると、そこに何らかの火気が発すれば本件家屋に撒布されたガソリンに引火し、火災が起こることは必定の状況にあったのであるから、被告人はガソリンを撒布することによって放火について企図したところの大半を終えたものといってよく、この段階において法益の侵害即ち本件家屋の焼燬を惹起する切迫した危険が生じるに至ったものと認められるから、右行為により放火罪の実行の着手があったものと解するのが相当である」
本裁判例では,上記のような事実のもとでガソリン散布時に実行の着手を肯定したのであり,ガソリンを散布したからといって当然に着手が肯定されるわけではない点には注意しておく必要があります。
⑷ ③結果:「焼損」
「焼損」とは火が媒介物を離れて目的物が独立に燃焼を継続しうる状態になったことをいいます(独立燃焼説)。「燃焼」の認定には、燃えた面積の広狭が重要な資料とされます。
⑸ ④故意
故意とは客観的構成要件を認識し、認容することをいいます。したがって、現住建造物等放火罪の故意としては、現に住居として使用し又は現に人がいる建造物であることの認識・認容、放火によってその客体を焼損せしめることの認識・認容が必要ということになります。
⑴ 甲宅に対する放火行為
ア 客体
犯人は、現住性や現在性の判断には影響を与えません。そのため、甲が居住していただけでは、現住建造物に当たるとはいえません。もっとも、X発火装置が発火した時点で、甲宅にはBがいましたから、現在建造物に該当することになります。
イ 実行行為
未遂犯の処罰根拠は結果発生の現実的危険性にあることから、「実行に着手」したといえるかどうかは結果発生の現実的危険性があるか否かによって判断すべきことになります。
本件ではX発火装置が発火したのは午後9時時点であるものの、特段の操作を要することなくX発火装置は設定した時間に発火するため、同装置が設置された時点で周囲の物に火を燃え移らせる危険性が具体的に生じていたということができます。したがって、同装置を設置した午後7時の時点ですでに、「放火」行為を認めることが可能であるといえます。
ウ 焼損結果
「焼損」の解釈には争いがありますが、火が媒介物を離れて独立して燃焼しうる状態に達すれば焼損があったと考える立場が有力ですので、こちらの立場で答案は作成するべきでしょう(独立燃焼説)。独立燃焼説は比較的早い時点で焼損を認定する立場になります。
本件では、独立燃焼説は早い段階で焼損を認める立場なので、甲宅の一部である木製で燃えやすい床板に燃え移り、その表面の約10センチメートル四方まで燃え広がっています。したがって、この時点で、火が媒介物を離れ独立して燃焼するに至ったと評価することが可能でしょう。そのため、上記時点で「焼損」したと認めることができます。
エ 故意
本件で甲は現住性ないし現在性の認識を欠いていますが、上記の通り客観的には重い現住建造物等放火罪を実現しています。そのため、主観的には軽い非現住建造物等放火罪を実現しているのに、客観的には重い現住建造物等放火罪が実現されていることになります(抽象的事実の錯誤)。この場合には、刑法38条2項の解釈として、客観的には存在しなかったはずの軽い非現住建造物等放火罪が存在したものとみなしていいかを論証することになります。ここでの問題は、故意があるかどうかではなくて、客観的に存在しないはずの構成要件をそれが実現されたものとみなしてよいのかどうかという点にあることに注意してください(なぜなら、甲に軽い非現住建造物等放火罪の故意があることは明らかだからです)。多くの受験生が誤って理解している点なので、間違えないようにしてもらいたいです。
⑵ 乙宅に対する放火
ア 客体
乙宅は甲宅とは異なり、犯人である乙以外にもAが居住しています。そして、Aが旅行に出ていますが、その程度では現住性が否定されることはありません。したがって、乙宅は「現に人がいる住居に使用し」に当たることになります。
次に乙がY発火装置を置いたのは乙宅の中ではなくて、乙宅の近くに置かれた乙物置であったことから、乙物置が乙宅と一体のものとして現住建造物といえるかどうかが問題となります。この点、乙物置は乙宅とは屋根付きで長さ約3メートルの木造の渡り廊下で繋がっているため、乙物置と乙宅の間には物理的な一体性が認められます。そして、乙物置と乙宅とを繋いでいる渡り廊下は木造であり燃えやすいですし、さらに、同渡り廊下の長さは3メートルほどしかないので一旦火が燃え移れば直ちに乙宅へと延焼する危険性が高いということができるでしょう。また、乙物置は、乙宅の敷地内にあって日常的に人の往来があったことから、機能的な一体性も肯定することが可能です。これらの事情からすれば、乙物置は乙建物との一体性を肯定することができることになります。
イ 実行行為
X発火装置と同様、Y発火装置も設定した時間に自動的に発火する仕組みですから、Y発火装置を設置した午後7時30分の時点で焼損結果の現実的危険性が生じたといえ、「放火」の実行行為性を認めることができます。
ウ 結果
Y発火装置から発生した火は、同装置が置いてあった燃えやすい洋服が入った段ボール箱の一部と同箱内の洋服の一部のみにしか燃え移っておらず、乙物置の床や壁等に燃え移っていないことから、媒介物を離れて独立して燃焼するに至ったとは評価することができず、「焼損」したとはいえません。
エ 故意
甲と乙は、乙宅に乙以外にAが居住していることを認識し、認容していることから現住建造物等放火罪の故意は問題なく肯定することができます。
いかがでしたでしょうか。放火罪は出題頻度が高くはないものの、平成28年予備試験のように再度メイン論点として問われる可能性がないとはいえません。そのため、論証を覚えておくことはもちろん、重要判例を踏まえ、判例が当てはめでどのような要素をどのように評価しているかまで理解しておく必要があります。
本記事が受験生の皆様の学習に少しでも役立てば幸いです。
今回もBEXA記事「たまっち先生の論文試験の合格答案レクチャー」をお読みくださり、誠にありがとうございます。
今回は成28年 予備試験の刑法から「放火罪」合格答案のこつについて解説いたしました。次回以降も、たまっち先生がどのような点に気をつけて答案を書けば合格答案を書くことができるようになるかについて連載してまいります。ご期待ください。
必要なのは「短答の知識を論文に活かせるようにすること」
2022年10月25日 たまっち先生
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