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遺産分割
[民事系科目]
〔第1問〕(配点:100〔設問1と設問2の配点の割合は,5.8:4.2〕)
次の文章を読んで,以下の1と2の設問に答えよ。
Ⅰ Xは,Aに対し,Xが所有していたマンション1戸(以下「甲不動産」という。)を1000万円で売った(甲不動産については,専有部分と分離して処分することができない敷地利用権であることが登記されており,分離処分については考慮しなくてよい。)。代金は,契約締結時に600万円,その2か月後に400万円をそれぞれ支払うという約定であった。契約締結時に,AはXに600万円を支払い,甲不動産につきAを名義人とする所有権移転登記がされ,また,Aに対して引渡しがされた。
Aは,Xとの前記売買契約締結の2週間後に,知人のY1に対し,甲不動産を賃貸して引き渡した。賃料は月額8万円,賃貸期間は2年間,目的は居住目的と定められた。Y1は,賃貸借契約を締結する際,Aに対し,権利金として16万円,敷金として20万円を,それぞれ交付した。
Aは,Y1と前記の賃貸借契約を締結するに当たり,Y1に対し,転貸することとペットを飼うことを禁ずる旨口頭で説明し(なお,これらの事項は賃貸借契約書にも不動文字で印刷されていた。),Y1は,Aに対し,それらの点については十分了解した旨伝えた。一方,Y1はAに対し,場合によってはY1の扶養家族(配偶者と小学生の子一人)を呼び寄せて同居する可能性があることを伝え,Aはこれを了解していた。Y1の扶養家族は,Y1の配偶者の親の看病の必要からY1と別居していた。
Y1は,単身で賃貸アパートに居住していたが,交通の便が悪いことから転居することを考えており,Aから甲不動産の話を聞いた際,甲不動産は自分独りで住むには広過ぎるとも考えたが,交通の便が良いことと,賃料がそれほど高くないことから,甲不動産を賃借することとし,前記の賃貸借契約締結に至ったものであった。Y1は,賃貸借契約締結の時点でXA間の売買の代金のうち400万円が未払であることは認識していた。
Y1の叔父であるY2は,配偶者及び子二人(子はいずれも小学生)とともに,甲不動産近くの賃貸住宅で生活していたが,かねてから同住宅の賃料の支払が家計を圧迫しており,賃料が低廉な物件を探していた。そのようなときに,甥のY1が甲不動産を借りたことを聞きつけ,Y1に対し,甲不動産を貸してくれるよう求めた。Y1は,当初は,自分自身が甲不動産で生活したいことと,Aが転貸を嫌がっていたことから,Y2の申出を拒んでいたが,Y2から執ように求められ,結局,これに応ずることとし,自分は従前の賃貸アパートに住み続けることとした。
以上のような経緯で,Y1は,Aから甲不動産の引渡しを受けた3週間後に,Aに無断でY2に甲不動産を賃貸して引き渡し,Y2はその家族とともに甲不動産での生活を始めた。賃料は月額8万円,賃貸期間は2年間,目的は居住目的,権利金は16万円,敷金は20万円と定められ,Y2は,権利金16万円及び敷金20万円をY1に交付した。
Y1は,Y2と賃貸借契約を結ぶ際に,Y2に対し,甲不動産をAに無断で貸すことは,Aから禁じられていることを説明し,あわせて,Aに無断で貸したことが原因でY2が甲不動産から出て行かざるを得なくなったとしても,Y1としては一切責任を負わない旨説明した。Y2は,これらの点について承諾したという趣旨の「承諾書」と題する書面を作成し,署名押印の上,Y1にこれを差し入れた。なお,Y1はY2に対し,甲不動産の購入代金のうち400万円をAがいまだXに支払っていない事実を告げていなかった。
その後,Aは,残代金400万円を約定の期日に支払うことができなかった。Xは,Aが残代金を支払う可能性はないと考え,甲不動産を取り戻すことを弁護士Lに依頼し,これを受任したLは,Xの代理人として,Aに対し,残代金の支払を催告し,その後も残代金の支払がなかったことから甲不動産の売買契約を解除する旨の意思表示をした。
Aは,残代金を支払えなかった以上は,Xから売買契約を解除されたことはやむを得ないと考え,登記に関する必要書類一式をLに交付し,甲不動産のA名義の所有権移転登記については,前記の売買契約の解除を原因として抹消登記がされた。
その後,Lは,Xの代理人として,Y1に対し,仮にXがY1との間の甲不動産の賃貸借契約における賃貸人になるのであれば,同契約を無断転貸を理由に解除する旨の意思表示をした。Lは,Y1とY2に対し,甲不動産の明渡しを求めたが,Y1とY2はこれに応じようとしない。
〔設問1〕 以下の設問⑴から⑶に答えなさい。
⑴ Xは,甲不動産の明渡しを得るために,Y1に対し,所有権に基づく返還請求をした。これに対し,Y1は次の反論をした。この反論が認められるかどうかを論述しなさい。ただし,Y1に対する賃貸借契約の解除については,論じなくてよい。
(反論①)「Y1は,民法第545条第1項ただし書の第三者に該当し,甲不動産の賃借権につき対抗要件を備えているから,Xの請求には理由がない。」
⑵ Xは,甲不動産の明渡しを得るために,Y1に対し,賃貸借契約終了に基づく返還請求をした。これに対し,Y1は次の反論をした。この反論が認められるかどうかを論述しなさい。
(反論②)「Y1は,甲不動産をAから賃借したのであり,XがAY1間の賃貸借契約を解除することはできないから,Xの請求には理由がない。」
(反論③)「甲不動産は,Y2が使用しているものであり,Y1は甲不動産を占有していないのであるから,Xの請求には理由がない。」
⑶ Xが,甲不動産の明渡しを得るために,Y2に対し,所有権に基づく返還請求をしたところ,Y2は,反論として,「Y2は甲不動産の賃借人であるY1から賃借しているのであり,Y1Y2間の甲不動産の賃貸借は,Y1に対する賃貸人との関係で背信行為と認めるに足りない特段の事情が存在する。」と主張した。この主張のうち,「背信行為と認めるに足りない特段の事情」として,Y2が主張立証すべき具体的事実を指摘し,その理由を簡潔に説明しなさい。
Ⅱ 前記Ⅰの甲不動産については,その後,次のような事実経過があった。
甲不動産の明渡しを求められたY2は,Xと交渉し,何とか甲不動産の使用を続けたいと懇請した。Y1も交えて相談した結果,Y2がY1に支払う賃料及びY1がXに支払う賃料をいずれも月10万円とし,Y2がY1名義で直接Xに支払うことにして,Xは,Y2への転貸を了解することとした。もっとも,X自身及びその配偶者であるBは,このころから加齢のため気力や体力の衰えを感ずるようになり,甲不動産をめぐる事務の処理を億劫に感ずるようになってきた。そこで,このように賃料を改訂してY2への転貸をXが了解したことを機に甲不動産の管理は,事実上,Xの唯一の子であるCが担うようになってきた。Cは,Xとその前の配偶者との間の子である。
そうするうちにXが死亡したが,しばらくの間遺産分割はなされず,また,Y1及びY2がXの死亡を知る機会がないまま,賃料は,Y2がCに支払っていた。BとCの遺産分割協議が成立したのは,Xが死亡してから9か月後のことである。この遺産分割協議において,甲不動産をBが単独で取得するものとすることが定められたことから,Bは,Cに対し,Xの死亡後にY2から収受していた甲不動産の賃料相当額である90万円の支払を求めた。これに対し,Cは,甲不動産自体をBが取得することは遺産分割協議で定めたとおりであるが,遺産分割協議成立までの間に生じた賃料の扱いは別であると主張し,これに応じていない。
〔設問2〕
BがCに対して前記90万円を支払うよう求めることができるかどうかを検討し,その結論及び理由を示しなさい。
この点に関しては,相続財産(遺産)を構成する賃貸不動産について,相続開始から遺産分割までの間にそれを使用管理した結果として生ずる賃料債権は,「各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得するものと解するのが相当である」とする見解(最高裁判所平成17年9月8日第一小法廷判決・最高裁判所民事判例集59巻7号1931頁)がある。本問の検討に当たっては,どのように相続財産の範囲を考えるかという問題や,遺産分割の効力との関係などの問題に言及するとともに,上記の見解に対する評価も示しなさい。
〔第1問〕
本問は,不動産の売買・賃貸借・相続等に関し,財産法と家族法にわたる民法上の様々な問題について,基本的な理解の有無を確認するものである。単に知識の確認をするだけでなく,掘り下げた考察をしそれを明確に表現する能力,論理的に一貫した論述をする能力,具体的事実について法的観点から評価し構成する能力なども評価の対象となる。
設問1は,マンションの1戸の売買をしたが,買主の代金不払により売主が契約を解除したところ,解除前に,買主が目的物を賃貸し,更に賃借人が無断転貸をしていたという事案で,売主が賃借人及び転借人に明渡しを求める場面の問題である。
小問(1)は,賃借人に対する所有権に基づく返還請求に対し,賃借人の反論(賃借人は売買契約解除前の第三者である。)の当否を問う。民法第545条ただし書の趣旨及び「第三者」の意義,第三者の対抗要件の要否とその意味,賃借人の対抗要件(借地借家法第31条第1項),第三者の善意・悪意など,基本的理解を確認する。「解除と第三者」に関しては,第三者は目的物の譲受人として論じられることが多いが,ここでは目的物の賃借人であるという特色がある。
小問(2)では,賃借人に対する賃貸借契約終了に基づく返還請求について,賃借人の2つの反論の成否を問う。第1の反論(賃借人は買主から賃借したのだから,売主が賃貸借契約を解除することはできない。)に関しては,売買契約の解除に伴う賃貸人の地位の買主から売主への移転,それにより売主が賃貸人として賃貸借契約を解除できるに至ったこと,その前提として売主に目的物の所有権の登記が求められることなど,基本的な理解を確認する。契約解除の場面における「賃貸人たる地位の移転」についての考察や賃貸借契約解除原因の発生時期と賃貸人(売主)による解除権の行使時期との関係についての考察があれば,それも評価する。第2の反論(目的物は現在,転借人が使用しており,賃借人は占有していないので,売主の請求には理由がない。)に関しては,所有権に基づく返還請求ではなく,賃貸借契約終了に基づく返還請求では,相手方の占有の有無は問題とならないという基本的理解を確認する。なお,これは「不動産の間接占有者に対する引渡しないし明渡しの請求」というより高度な問題にもかかわるが,そこまでの叙述を不可欠とするものではない。
小問(3)は,無断転貸を理由とする解除における「背信行為と認めるに足りない特段の事情」となるべき具体的事実の指摘とその理由の説明を求める。賃貸借と転貸借との利用形態がほぼ同様で賃貸人の許諾した範囲内にあるといえること,両者の契約内容が同じであること(特に転貸人に差額による利益を取得する意図がないこと),転貸人の主観的悪性が低いことなどを示す事実を挙げ,整理して理由付けることが求められる。背信行為論の抽象的説明のみをするのではなく,具体的事実との関係で説得的な論述ができるかを問うている。
設問2は,マンションの1戸の賃貸人が死亡し,その9か月後に遺産分割がされた場合について,相続開始時から遺産分割時までの間に支払われた賃料の帰属を問うものである。関連する近時の最高裁判決の判旨を問題中で示した上,その評価も求めている。賃料債権が相続財産(遺産)の範囲に含まれるかどうか(民法第896条),及び,遺産分割の遡及効との関係(同第909条)を明確にした上,判例の見解に対する評価を述べ,自らの見解に基づく具体的結論とその法的構成を示すことが求められる。本問の賃料の性質(法定果実であること,相続開始後に発生した分であること,金銭債権であることなど)のどこを重視するかなどにより,複数の考え方があり得るが,それぞれの問題点についての基本的な説明と説得的な理由付けのほか,論述全体としての論理的整合性が求められる。
平成20年新司法試験の採点実感等に関する意見(民法)
1 出題の趣旨,ねらい等
本問は,不動産の売買・賃貸借・相続等に関し,財産法と家族法にわたる民法上の様々な問題について,基本的な理解の有無を確認するものである。
設問1は,マンションの1戸の売買をしたが,買主の代金不払により売主が契約を解除したところ,解除前に,買主が目的物を賃貸し,さらに賃借人が無断転貸をしていたという事案で,売主が賃借人及び転借人に明渡しを求める場面の問題である。
小問(1)は,賃借人に対する所有権に基づく返還請求に対し,賃借人の反論(賃借人は売買契約解除前の第三者である。)の当否を問うものである。民法第545条ただし書の趣旨及び「第三者」の意義,第三者の対抗要件の要否とその意味,賃借人の対抗要件(借地借家法第31条第1項),第三者の善意・悪意など,基本的な理解を確認する。なお,「解除と第三者」に関しては,第三者は目的物の譲受人として論じられることが多いが,ここでは目的物の賃借人であるという特色がある。
小問(2)は,賃借人に対する賃貸借契約終了に基づく返還請求について,賃借人の2つの反論の成否を問うものである。第1の反論は,賃借人は買主から賃借したのだから,売主が賃貸借契約を解除することはできないというものである。ここでは,売買契約の解除に伴い賃貸人の地位が買主から売主に移転すること,それに伴い売主が賃貸人として賃貸借契約を解除できるに至ったこと,その前提として売主に目的物の所有権の登記が求められることなど,基本的な理解を確認する。契約解除の場面における「賃貸人たる地位の移転」についての考察や賃貸借契約解除原因の発生時期と賃貸人(売主)による解除権の行使時期との関係についての考察があれば,それも評価する。第2の反論は,目的物は現在,転借人が使用しており,賃借人は占有していないので,売主の請求には理由がないというものである。ここでは,所有権に基づく返還請求ではなく,賃貸借契約終了に基づく返還請求では,相手方の占有の有無は問題とならないという基本的理解を確認する。なお,これは「不動産の間接占有者に対する引渡しないし明渡しの請求」という,より高度な問題にも関わるが,そこまでの叙述を不可欠とするものではない。
小問(3)は,無断転貸を理由とする解除における「背信行為と認めるに足りない特段の事情」となるべき具体的事実の指摘とその理由の説明を求めるものである。賃貸借と転貸借との利用形態がほぼ同様で賃貸人の許諾した範囲内にあるといえること,両者の契約内容が同じであること(特に転貸人に差額による利益を取得する意図がないこと),転貸人の主観的悪性が低いことなどを示す事実を挙げ,整理して理由付けることが求められる。背信行為論の抽象的説明のみをするのではなく,具体的事実との関係で説得的な論述ができるかどうかを問うている。
設問2は,マンションの1戸の賃貸人が死亡し,その9か月後に遺産分割がされた場合について,相続開始時から遺産分割時までの間に支払われた賃料の帰属を問うものである。関連する近時の最高裁判決の判旨を問題中で示した上,その評価も求めている。賃料債権が相続財産(遺産)の範囲に含まれるかどうか(民法第896条),及び,遺産分割の遡及効との関係(同第909条)を明確にした上,判例の見解に対する評価を述べ,自らの見解に基づく具体的結論とその法的構成を示すことが求められる。本問の賃料の性質(法定果実であること,相続開始後に発生した分であること,金銭債権であることなど)のどこを重視するかなどにより,複数の考え方があり得るが,それぞれの問題点についての基本的な説明と説得的な理由付けのほか,論述全体としての論理的整合性が求められる。
2 採点方針
今回の論文式試験においては,新司法試験開始以来,初めて民法の単独での出題となったことから,受験者の能力を多面的に測ることを目指した。すなわち,第1に,民法上の基本的な問題についての理解が着実にできているかどうかを確かめることにした。第2に,単に知識の確認をするだけでなく,掘り下げた考察をしそれを明確に表現する能力,論理的に一貫した叙述をする能力,及び,具体的事実について法的観点から評価し構成する能力を確めることにした。第3に,基本的な問題の奥に存在する,より高度な問題に気が付いて,それに取り組む答案があれば,これを積極的に評価することにした。
採点の基本方針としては,新司法試験の制度理念が遺憾なく発揮されるようにするという観点から,総花式に諸論点に浅く言及する答案よりも,ある論点についての考察の要所において周到堅実や創意工夫に富む答案には高い評価を与えるようにする反面,論理的に矛盾した構成やあり得ない法的解釈をするなど積極的な誤りが著しい答案には低い評価を与えるようにし,しかも全体として適切な得点分布が実現されるようにした。
3 採点実感等
採点実感等については,各委員の感想を総合すると以下のとおりとなる。
(1) 概観
出題の意図に即した答案の存否及び多寡については,設問1については,出題の意図に即した答案が比較的多かったが,設問2については,出題の意図に対応できていない答案が相当数あった。
出題時に予定していた解答水準と実際の解答水準についても,設問1においては,おおむね予想されたとおり,一応の水準に達するものが比較的多かったが,設問2においては,ある程度は予想されたことではあるが,水準に達しない答案がかなりあった。なお,答案の水準の絶対的評価については,特に設問1については,おおむね良好な出来具合であったと評価するものが少なくなかったが,そのような評価をする委員においても,下位の答案には非常に低い質のものがあることを指摘する意見もあり,また,全体としての出来具合について,厳しい評価をする意見も相当数あった。
(2) 設問1について
設問1の小問(1)と小問(2)は,一応の水準に達している答案が多かったが,次のような不適切な答案もあった。第1に,小問(1)では,「解除と第三者」という基本的な問題について,理解ができていない答案が散見された。第2に,小問(2)の前半で,題意を無視して債権者代位権の転用を持ち出すものが若干あり,(2)の後半で,賃貸借契約終了による返還請求であるにもかかわらず,賃借人には間接占有があるから請求が認められないと答えるものが相当数あった。第3に,小問(1)で,問われていることに答えず,要件事実論を長々と記述する答案が目に付いた。それらの答案は,概して要件事実論としても不正確であり,しかも,要件事実的思考が発揮され得るはずの小問(2)の後半で誤っているものが目立った。実体法の理解が不十分なまま,中途半端な要件事実論を振り回そうとする答案であり,少数とはいえ,懸念される。第4に,小問(1)と(2)とで,論理的一貫性を欠いている答案も,少数ではあるが,見られた。それは,いわゆる「論点」についての定型的な叙述をするものにおいて,特に目に付いた。これらに対し,水準以上に優れた答案も一定数あった。もっとも,小問(1)(2)には,それぞれ発展的な問題が含まれているところ,それに気付き,取り組んだ答案は,ごく少数にとどまった。
設問2の小問(3)も,一応の水準に達している答案が多かったが,その割合は,小問(1)(2)よりも幾分か少な目であった。本問では,具体的事実を拾い出し,それを整序して,「背信行為と認めるに足りない特段の事情」を構成するものとするという作業が求められるが,事実の評価が不適切なものが少なくなく,特に,「正当事由」と混同しているものが目立った。また,背信行為論ないし信頼関係破壊理論について,基本的理解を欠くものも散見された。
(3) 設問2について
設問2は,設問1に比べると,余り出来が良くなかった。本問では,判例の見解を示した上,検討すべき点をあらかじめ示しているので,それに対応すれば,おのずと問題の所在が理解できるはずであり,それについての論理的一貫性のある論述がなされることが期待されている。具体的には,賃料債権を賃貸不動産の果実と考えた上,民法第896条・同第909条を単純に適用すると,示された判例の見解との間に齟齬が生じるように見えるが,それをどう考えるかである。この「齟齬」に気付かないもの,判例の結論を正当化できないまま,しかしこれを支持するもの,論理的な整合性がとれていないもの,結論を示していないものなど,論理的一貫性の有無を判定する以前の段階にとどまっている答案が少なくなかった。その原因として,相続法についての理解が不足しているために自信を持った論述ができないこと,判例の結論を所与のものとして絶対視し,論理的一貫性や,問題点についての理由付けに顧慮することなく,ともかくも判例の結論にたどり着こうとする傾向を持つ者がいることが挙げられよう。もっとも,上位の答案には,よく考えた上,一貫した論述をするものも多くあった。なお,当然のことながら,本問において,判例の見解に対する賛否それ自体によって答案の評価が左右されるものではない。
(4) 全体を通じて
設問(1)と(2)の前半で,いわゆる「論点」についての画一的な解答をするにとどまる答案の中に,論理的不整合に気付かないもの,その他の問題で実力が十分でないことを露呈したものが目に付いた。逆に,ある部分では独創的な考察をしつつも,基本的な理解が不足していると見られる答案もあった。他方で,基本的な理解を基盤として,自らの考察を展開している優れた答案も見られた。法律家として求められる能力を多面的に測るという観点からは,今回の出題は,一定の成果があったように思われる。
4 今後の出題について
民法としては,今回初めて,単独の大問方式の出題となったが,受験生の能力を多面的に測るという面で,おおむね成果を挙げられたと考える。旧司法試験において指摘された問題点を克服するという意味において,プレテスト以来の大大問方式の意義が大きいことは明らかであるが,民法については,そのことは大問方式であっても実現することが可能であるように思われた。
民事系科目として,大大問という出題形式を今後も維持すべきであるかどうかについては,委員の間でも多様な意見があるが,新司法試験の理念を実現し,旧司法試験において指摘された問題を再現させないよう努めるべきであるという点では,一致している。
5 今後の法科大学院教育に求めるもの
前記「2採点方針」に記載した諸点,すなわち,民法上の基本的な問題についての着実な理解,掘り下げた考察をしそれを明確に表現する能力,論理的に一貫した叙述をする能力,具体的事実について法的観点から評価し構成する能力,より高度な問題にも取り組もうとする姿勢は,いずれも法律家になろうとする者に今後とも求められるものであると考える。なお,前述のとおり,下位の答案に非常に質の低いものも見られるとの指摘などもあったことから,とりわけそのような者については,まずは基本的な理解を着実に習得することが必要とされよう。
新司法試験考査委員(民事系科目(民法))に対するヒアリングの概要
(◎委員長,○委員,□考査委員)
◎ 昨年行われた新司法試験に関する感想・御意見については,あらかじめ書面で御提出いただいているので,今回は,それに補充する形で若干御意見を頂き,その後,質疑応答を行いたい。
□ 民事系科目第1問の出題趣旨・採点実感等について申し上げる。まず,出題の趣旨・ねらいであるが,今回初めて民法単独で大問を出題することになった。そこで,不動産の売買・賃貸借・相続といった民法の中でも最も基本的な領域の問題に絡めて,財産法と家族法における基本的理解を確認することを考えた。
設問1は,マンションの一室の売買と賃貸借のケースである。マンションの買主が代金を支払わなかったので,売主が契約を解除したところ,解除前に買主が目的物を賃貸し,更に賃借人が無断転貸をしていたという設定で,売主が賃借人・転借人に明渡しを求めるという場面の問題である。設問2は,そのマンションが売主の元に戻ったが,結局賃貸借を継続することにしたところ,その後賃貸人が死亡して,9か月後に遺産分割がされたという設定である。相続開始の時から遺産分割の時までの間に,相続人の一人が受け取っていた賃料が共同相続人の間でどのように帰属するのかを問うている。関連する近時の最高裁判決の判旨を問題文中で示した上で,その評価を求めた。複数の考え方があり得るが,幾つかの問題点についての基本的な説明と説得的な理由付け,論述全体としての論理的整合性を求めている。
次に,採点方針であるが,書面にも書いたとおり,受験者の能力を多面的に測ることを目指した。その中身としては,第一には,民法上の基本的な問題についての理解が着実にできているかどうかということである。第二に,単に知識の確認をするだけではなく,掘り下げた考察をし,それを明確に表現する能力,論理的に一貫した叙述をする能力,具体的事実について法的観点から評価し構成する能力を確かめる,ということである。第三に,基本的な問題の奥に存在する,より高度な問題に気が付いて,それに取り組む答案があれば,それを積極的に評価するということにした。
続いて,採点実感について述べる。設問1については,出題の意図に即した答案が比較的多く,おおむね予想されたとおり,一応の水準に達するものが比較的多くあった。これに対して,設問2については,出題の意図に対応できていない答案が相当数あり,水準に達しない答案がかなりあった。なお,答案の水準の絶対的評価に関し,設問1については,おおむね良好な出来具合であったと評価する委員が少なくなかったものの,そのような評価をする委員の中でも,下位の答案には非常に低い質のものがあるということを指摘する意見もあった。また,全体としての出来具合について,厳しい評価をする意見も相当数あった。このような結果の理由の分析については,既に提出済みの書面の(2),(3)に記載したとおりである。
全体を通じて,設問1と設問2の前半で,いわゆる論点についての画一的な解答をするにとどまっている答案の中に,論理的不整合に気が付かないもの,あるいはその他の問題で実力が十分でないことを露呈したものが目に付いた。逆に,ある部分では独創的な答案を書きつつも,基本的な理解が不足していると見られる答案もあった。他方で基本的な理解を基盤として,自らの考察を展開している優れた答案も見られた。法律家として求められる能力を,多面的に測るという観点からは,今回の出題は一定の成果が挙がったのではないかと思われる。
次に,今後の出題について,書面に記載したことに若干補足したい。大大問という出題形式の課題については,これまでも指摘されてきたところである。今回,初めて民法として大問を実施したのであるが,受験生の能力を多面的に測るという点で,十分成果を挙げられたのではないかと思う。大大問の方式は,サンプル問題・プレテスト以来のもので,旧司法試験において指摘された問題点を克服するという意味でその意義は大きいことは明らかであるが,民法については,そのことは大問方式であっても実現することが可能であると思われた。大大問については,消極的な意見もあるが,他方で当面は当初の方針を維持すべきであるという意見もあった。
最後に,今後の法科大学院教育に求めることであるが,これは書面の「2採点方針」に記載した点に尽きるわけで,これらの能力がいずれも法律家になろうとする者に今後とも求められるものであると考えている。
なお,先ほども申し上げたが,下位の答案に非常に質の低いものが見られるという指摘もあったので,とりわけそういった人たちについては,まずは基本的な理解を着実に習得することが求められると思う。ただ,基本的な理解というと誤解され,判例や論点の暗記に走ってしまうおそれもある。そうではなく,現実の問題を解決できるための基本的な理解,つまり基本的な知識だけではなくて,「理解」という点が重要であると,改めて強調したいと思う。
◎ それでは質疑応答に入りたい。
○ 大大問という出題形式について消極的な意見があるとのことだが,例えばどういう御意見があったのか教えていただきたい。
□ 大大問について,新司法試験の理念を生かすために,単なる暗記や個別の知識を問うのではなくて,問題を実際に世の中に存在する問題に近い問題にして,多面的な観点から検討するという意味で設定されたものであると思う。それ自体が非常に良いことだということは,全考査委員で共有されていると思う。ただ,大大問の作成のために,複数の科目の委員が一つの問題を検討しなければならないことからの制約を受け,また,問題作成等の負担が大きくなるということである。
○ 提出された書面の「採点実感」の(1)のところで,下位の答案には非常に低い質のものがあったという意見が述べられているが,「非常に質の低いもの」にもいろいろな種類があると思う。例えば,基本的な知識がないのか,あるいは,論述する力,文章表現力がないのか,それとも,論理的思考力がないのか。
□ 今,委員が指摘されたとおり悪い答案には幾つかの例があると思われる。まず,設問1では,比較的基本的な問題点が問われているが,この基本的な問題点についての理解がそもそもできていない,というものがあった。それが,質の低い答案の典型として見られるものであった。設問2については,論理的思考能力を試す問題であるが,設問1で,個別の問題については非常に型にはまったような解答ではあるもののそれなりに書けているものが,設問2で論理的に述べるということになると,もうできなくなってしまっている,そういう意味での質の低さというものもあった。また,設問1だけを見るとある程度できているように見えるが,設問2になると急に実力のなさを露呈しているものもあった。質の低さというものにも何種類かあるが,残念ながら,こちらの想定よりも質の低いものも一部に見られたということである。
○ そうだとすると,今回出題された問題は,受験者の能力を違う角度から上手く照射したということになる。
□ 私どもは,そのような印象を受けており,受験者の能力を多面的に測ることができたと考えている。
○ 最初の方は,民法の基本的理解をきちんと付けているのか,というレベルの話であったが,2つ目では,更に言うと,どういう能力の欠如をお感じになるのか。
□ 基本的な理解ができているかどうかについて,答案に書けるということと,理解できているということとがずれている可能性がある。答案だけを見ると,その問題点については,あたかも理解しているかのように見えるが,実は,自分の頭でよく理解して書いているのではないということが,設問2になるとはっきりする。つまり,1個1個のことについては正しい答えをするけれども,論理的におよそつながらないはずのものをつなげてしまうとか,あるいは,今回判例のある部分を引用しているが,それが常に正しいものだとまず前提にした上で,それに合うようにと,論理的な整合性を無視してでも,とにかく判例の意見に乗ろうとする,そういう力不足が見られたということである。
◎ 判例の結論を所与のものとして絶対視するという傾向は一般的に法科大学院の学生の中にある。教員の方がそうでなくても,学生がそう流れる傾向にある。今回の書面の内容は,良いメッセージになると期待している。今の法科大学院の現状からいくと,親族法よりはいいかもしれないが,相続法も十分時間を掛けていないのではないかという気もするが,いかがか。
□ 今回は相続法の問題を出したが,相続法プロパーの細かいことではなく,財産法と関係する領域のことであり,しかも,知識を要求しているのではなく,論理的に述べられているかという点を問うている。相続法でも最も基本的な部分について聞いているので,特殊な問題を出したということではないと考えている。
◎ 法科大学院の側の問題として,もう少し家族法や相続法もやるべきなのであろうと思う。
○ この問題は,非常に良い問題だったのではないかと思う。
○ 私は法律家ではないが,測れる能力が多様で多面的であると思われる点で,良い問題だと思う。
以 上