総則 -
法律行為・意思表示総論
物権変動 -
動産物権変動
不当利得 -
個別的な問題
不法行為 -
総論
[民事系科目]
〔第2問〕(配点:200〔〔設問1〕から〔設問6〕までの配点の割合は,1.4:4.8:3.8:3:4:3〕)
以下の【事実】1から9までを読んで〔設問1〕から〔設問3〕までに,【事実】10から14までを読んで〔設問4〕に,【事実】15から20までを読んで〔設問5〕及び〔設問6〕にそれぞれ答えよ。
【事実】
1.X株式会社(以下「X社」という。)は,機械を製造して販売する事業を営む会社である。X社が製造する機械のうち,金属加工機械は,25の機種があり,それぞれの機種に1つの型番が付されていて,その型番はPS101からPS125までである。
Y株式会社(以下「Y社」という。)は,ナイフやフォークなど金属製の食器を製造する事業を営む会社である。Y社が製造する商品の中でも,合金を素材とするコップは,特徴的なデザインと独特の触感が好評を得ていて,人気の商品である。
A株式会社(以下「A社」という。)は,物品を販売する事業を営む会社である。A社は,従来,Y社に物品を納入してきた実績がある。
2.Y社は,数年ぶりに,主力商品のコップを製造するために使用する金属加工機械を更新することを決定し,これをA社から調達する方針を固め,Y社の役員であるBが,その実行に携わることとなった。Bは,これまでA社との折衝に当たってきた従業員のCに対し,A社との交渉においては,Y社の主力商品の製造に使用する高額の機械の調達であるから,諸事について慎重を期するよう指示した。
3.Cは,A社の担当者と相談したところ,X社製の型番PS112という番号で特定される機種の金属加工機械を調達することが適切であると考えるに至った。Cの意向を知ったA社の担当者は,X社に問い合わせをし,型番PS112の機械の在庫があることを確認した。
4.このようにして,YAの両社間で交渉が進められた結果,Y社は,平成20年2月1日,A社との間で,X社製の型番PS112の金属加工機械1台(新品)を代金1050万円(消費税相当額を含む。)で買い受ける旨の契約を締結した。売買代金は,まず,そのうち200万円を契約締結時に,また,残金の850万円は目的物の引渡しを受ける際に,それぞれ支払うこととされた。そして,Y社は,同日,A社に代金の一部として200万円を支払った。
なお,A社は,前記の売買契約を締結する際,型番PS112の機械をX社から近日中に売買により調達することをY社に伝えていた。
5.A社の担当者は,Y社との売買契約が締結された平成20年2月1日の夕刻,改めてX社の担当者に電話をし,Y社に転売する予定であることを告げた上,X社から同社製の型番PS112の金属加工機械1台(新品)を購入するに当たっての契約条件を協議した。この契約条件の中には,AX間の売買代金額(消費税相当額を含む。)を840万円とすること,内金100万円は銀行振込みとし,残金740万円についてはA社が支払のために約束手形1通を振り出して交付すること,引渡しの時期及び場所のほか,次に示す注文書の備考欄①②の内容の条件が含まれていた。契約条件の協議が整った後,A社の担当者はX社の担当者に対し,「後ほど発注権限のある上司の決裁を得て,正式に注文書をお送りしますのでよろしくお願いします。」と述べた。A社の担当者は,発注権限のある上司に対し,Y社に売り渡す型番PS112の機械をX社から調達するための協議が整ったことの報告をし,その上司の決裁を得た上,次の注文書を作成し,これをX社の担当者に送付した。この注文書の記載は,担当者間の前記の協議内容を反映するものであるが,品名欄には,型番の誤記があった。
6.この注文書を受け取ったX社の担当者は,受注を決定する権限のある上司に対し,A社の担当者と協議した契約条件で型番PS112の機械の販売を受注したいと説明し,その決裁を得た上,平成20年2月7日,【事実】5記載の注文書と同一内容である注文請書をA社に送付した。なお,この注文請書においても,「(1) 品 名 弊社製の金属加工機械(型番PS122)」と記載されていた。同月8日,これを受け取ったA社の担当者は,確かに注文請書を受け取った旨をX社に連絡した(以下このXA間の売買契約を「本件売買契約」という。)。そして,A社は,X社に対し,同月12日,代金の一部として100万円をX社の銀行預金口座に振り込んだ。
7.X社の納品作業を担当する従業員は,注文請書の写しを参照しながら納品の準備を進め,平成20年2月15日の午前に,A社との約定により直接にY社の工場に,型番PS122の機械1台を搬入しようとした。しかし,Y社の側から,調達しようとしたのは型番PS112の機械であることが指摘されたため,X社の前記従業員は,X社の受注事務担当者と連絡を取ったところ,Y社の指摘のとおりであることが確認された。そこで,いったん搬入を取りやめ,改めて同日午後に型番PS112の機械1台をY社の工場に運んだ(以下この1台の機械を「動産甲」という。)。Y社の担当者が,間違いなく動産甲が型番PS112の機械であることを確認し,動産甲は,滞りなく同日中にY社の工場に搬入された。
そこで,同日,Y社は,A社に対し,両社間の売買の残代金850万円を支払った。また,A社は,X社に対し,支払期日を平成20年4月30日とするA社振出しの額面額740万円の約束手形を交付した。
8.動産甲の取引を担当したA社の担当者は,平成20年2月20日,Y社を訪ね,搬入の過程で機種の取り違いがあった不手際を詫び,それにもかかわらず一連の取引が無事に終了したことへの謝辞を述べた。応接に当たったCは,取引を慎重に進めるように求めた【事実】2記載のBの指示を踏まえ,XAの両社間の代金決済について特にトラブルが起きていないか,ということを質した。これに対し,A社の担当者は,代金の一部が既に支払われていること,及び残代金の支払のため平成20年4月30日を支払期日とするA社振出しの約束手形を交付したことを説明したが,代金が完済されるまでX社が動産甲の所有権を留保していることは告げなかった。Cは,この説明を受けたことで一応納得し,直接にX社に対し取引経過を照会することはしなかった。
9.その後,A社は,平成20年4月30日に前記約束手形に係る手形金の支払をせず,そのころに事実上倒産した。そこで,X社は,A社に対し,【事実】5記載の注文書の備考欄②の特約に基づき,同年5月2日到達の書面により,本件売買契約を解除する旨の意思表示をし,また,Y社に対し,同年5月7日到達の書面により,動産甲の返還を請求した。しかし,Y社がこれに応じないので,X社は,Y社に対し,所有権に基づき動産甲の返還を請求する訴訟を提起した(以下この訴訟を「本件訴訟」という。)。
〔設問1〕 本件売買契約は,何を目的物として成立したものであると考えられるか,理由を付して結論を述べなさい。その際,【事実】5記載の注文書及び【事実】6記載の注文請書にあった型番誤記が本件売買契約の効力に影響を与えるか,錯誤の成否にも言及しつつ述べなさい。
〔設問2〕
⑴ X社のY社に対する本件訴訟において,Y社が,自己の即時取得によりX社が動産甲の所有権を喪失したことを主張しようとするときに,「A社が,平成20年2月1日,Y社との間で,【事実】4記載の売買契約を締結したこと」のほか,次に掲げる事実①及び事実②を主張立証する必要があると考えられるか。それぞれ理由を付して説明しなさい。
① A社が,Y社に対し,平成20年2月15日,【事実】4記載の売買契約に基づき動産甲を引き渡したこと。
② Y社が,①の引渡しを受ける際,A社がX社に対し代金全額を弁済していない事実を知らなかったこと。
⑵ 本件訴訟においてY社のする即時取得の主張に対し,X社から,それへの反論として「Y社は,A社に動産甲の所有権があると信じたことについて過失がある。」との主張がされた場合において,Y社の過失の有無を認定判断する上で,次に掲げる事実③及び事実④は,どのように評価されるか。それぞれ理由を付して説明しなさい。
③ 【事実】4記載のとおり,Y社が,A社がX社との売買により目的物を調達することを知っていたこと。
④ 【事実】8記載のとおり,Y社が,本件売買契約の残代金が平成20年4月30日を支払期日とする約束手形で支払われることを知っていたこと。
〔設問3〕 X社は,本件訴訟において,Y社に対し,動産甲の使用料相当額の支払も併せて請求したいと考えた。X社は,どのような法的根拠に基づいて,いつからの使用料相当額の請求をすることができるか,考えられる法的根拠を一つ示し,その法的根拠が成り立つ理由及びいつからの請求をすることができるかの理由を付して説明しなさい。
【事実】 以下の10から14までは,【事実】1から9までのX社に関するものである。
10.X社は,監査役会設置会社であり,発行済株式総数(普通株式のみ)10万株,株主数5000人の上場企業である(単元株制度は採用していない。)。X社は,財務状況が悪化したため,同じ機械メーカーであり,X社の発行済株式の5%を長年保有して友好関係にあるZ株式会社(以下「Z社」という。)に対し,事業の柱の一つである精密機械製造事業を譲渡するとともに,同社との間に研究,開発,販売等の面における協同関係を築くことにより,この苦境を乗り切ろうと考えた。そして,X社は,平成20年6月2日,Z社との間で,事業の譲渡及び協同関係の構築に向けた交渉を始めるための基本合意を締結した(以下この合意を「本件基本合意」という。)。
11.ところが,本件基本合意の締結後,X社は,財務状況の悪化が急速に進み,キャッシュフローの確保も難しくなったため,本件基本合意に基づくZ社への事業の譲渡によって得ることができる対価による収入や,同社との協同関係の構築だけでは,企業としての存続が危うくなってきた。
12.そのような折,Z社のライバル企業である機械メーカーのD株式会社(以下「D社」という。)がX社に対して合併を申し入れてきた。合併の条件は,X社の普通株式4株にD社の普通株式1株を交付するという合併比率によって,D社を吸収合併存続株式会社とし,X社を吸収合併消滅株式会社とする吸収合併を行うというものであり,D社は,X社の精密機械製造事業に魅力を感じ,同事業を含めてX社の事業全部を吸収合併により取得することを申し入れてきたものであった。
13.X社の取締役会は,Z社よりも企業体力に優るD社に吸収合併されれば,X社は独立した企業ではなくなるものの,同社の財務状況の悪化やキャッシュフロー不足の問題が解決され,事業全体の存続や従業員の雇用の確保につながると考え,平成20年10月8日,Z社との本件基本合意を白紙撤回した上,D社から申入れのあったとおりの合併条件により,X社がD社に吸収合併されることを受け入れることを決めた。
14.これに対し,Z社は,X社の精密機械製造事業を何としても手に入れたいと考え,X社に対し,本件基本合意に基づく事業の譲渡及び協同関係の構築の実現を迫り,D社との合併に反対した。Z社は,本件基本合意に基づき,X社を債務者として,D社との合併の交渉の差止めの仮処分命令の申立てを行ったが,当該申立てが却下されたため,X社に対する本件基本合意違反を理由とする損害賠償請求の訴えの提起を準備している。また,Z社は,X社とD社の合併は,両社の企業規模や1株当たり純資産の比較,X社の培ってきた取引関係や評判等からすれば,その合併比率がX社の株主にとって不当に不利益なものとなっており,また,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」という。)第15条第1項第1号に規定する「当該合併によって一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなる場合」に当たり,同法に違反するものであると主張し(独禁法違反の点は,実際に認定され得るものであった。),合併に反対している。
〔設問4〕 Z社は,X社の株主としての権利を行使し,合併契約の締結や当該合併契約の承認を目的とする株主総会の招集を阻止したいと考えている。Z社は,X社の株主として,どのような会社法上の手段を採ることができるか。理由を付して説明しなさい。
【事実】 【事実】10から14までのX社については,その後,以下の15から20までの経過があった。
15.X社は,Z社の反対にもかかわらず,D社との間で合併契約を平成20年10月15日に締結し,X社取締役会は,当該合併契約の承認を目的とする臨時株主総会を同年12月1日に開催することを決定したことから,同社取締役は,その招集通知を発するとともに,株主総会参考書類及び次の議決権行使書面を株主に交付した
16.これに対し,Z社は,合併条件がX社の株主にとって不利益であるとして,X社の株主に対し,合併契約の承認に反対する内容の委任状勧誘を行った。このZ社による委任状勧誘は,次の委任状用紙に基づいて行われており,金融商品取引法に従って行われたものであった。
17.X社に議決権行使書面を提出して行使された議決権の数は,合計3万6000個であった。そのうち,合併契約の承認議案に賛成と記載されていた数は5000個で,同議案に反対と記載されていた数は2000個,さらに,同議案に対する賛否の記載がされていない数は2万9000個であった。これに対し,Z社に委任状を交付した株主の議決権の数は,合計1万2050個であった。そのうち,会社提案の合併契約の承認議案に反対と記載されている委任状の議決権の数は2000個で,同議案に賛成と記載されている委任状の議決権の数は50個,さらに,同議案に対する賛否の記載がされていない委任状の議決権の数は1万個であった。
18.平成20年12月1日,X社の臨時株主総会が開催された。この臨時株主総会において議決権を行使することができる者を定める基準日現在において,X社は自己株式を保有しておらず,また,相互保有株式も存在しなかった。
19.Z社は,X社の臨時株主総会の議場に1万2050株分のすべての委任状を持参し,自ら保有する5000株分と合わせて,特に留保なしに,合併契約の承認議案につき,議決権を行使して反対の意思表示を行った。当該臨時株主総会におけるZ社以外のX社株主による議決権行使(議決権行使書面によるものを除く。)は,合併契約の承認議案への賛成が6000個で,反対が1000個であった。議場においては,X社とZ社が議案の当否及び投票内容の賛否への算入方法をめぐって激しく対立し,混乱したが,定款の定めにより議長とされているX社の代表取締役社長Eは,Z社の提出した議長不信任動議や,投票数の算入方法に対する抗議を無視し,合併契約の承認決議の成立を宣言した。
20.その後,X社は,平成21年4月1日を合併の効力発生日とする合併の登記を行うこととしている。
〔設問5〕 X社の臨時株主総会において,合併契約の承認議案に対し,賛否それぞれどれだけの数の議決権の行使があったと考えるべきか。次の①及び②の場合に分け,それぞれ理由を付して説明しなさい。
① X社株主には,X社に議決権行使書面を提出しつつ,Z社に委任状を交付した者はいなかった場合
② X社株主には,X社に議決権行使書面を提出するとともに,Z社に委任状も交付し,いずれにおいても合併契約の承認議案に対する賛否の欄に賛否を記載しなかったFがおり,同人の有する議決権が100個含まれていた場合
〔設問6〕 X社の臨時株主総会の終了後,Z社が合併の実現を阻止するためには,会社法に基づき,どのような手段を採ることができるか(〔設問4〕で解答した手段を除く。)。合併の効力が発生する前と後とで分け,それぞれ理由を付して説明しなさい。
本問は,機械の製造販売事業を営む株式会社の取引及び合併をめぐる事例に関し,様々な角度から,民法上及び会社法上の問題点等についての基礎的な理解の有無を問う総合問題である。単に知識の有無の確認をするだけではなく,具体的な事実関係に即して基本的問題を掘り下げて考察する能力,具体的事実を法的観点から評価し構成する能力,法律上の権利を具体的場面で活用する能力,論理的に一貫した論述をする能力の有無などを試すものである。
設問1から設問3までは,会社間の売買契約に関する問題である。X社がA社に金属加工機械1台を所有権留保特約付きで売却し,A社がこれをY社に転売し,X社からY社に直接納品されたが,A社のX社に対する代金債務が履行されなかったため,X社がA社との売買契約を解除した上,Y社に対し目的物の返還を求めて提訴したという事案について,多面的な検討を求めることにより,種々の能力の程度を測るものである。
設問1は,X社とA社との間の売買契約について,注文書及び注文請書に誤記があり,両当事者が一致して意図していた目的物の型番とは異なる型番がこれらの書面に記載されたという場合において,売買契約の目的物,誤記が契約の効力に与える影響,錯誤の成否について問うものである。契約当事者の真意は合致しているものの,物理的な表示がそれとは異なっている場合の処理という基礎的な問題ではあるが,結論に至る理由付けを具体的事案に即して述べるためには,理論的考察と事実の評価との両面にわたる能力が求められる。なお,本件では,種類物売買であるという特徴もある。
設問2は,Y社による上記機械の即時取得の要件に関する問題である。(1)①は,「A社とY社との間の売買契約に基づく引渡しがされたこと」という事実をY社が主張立証する必要があるかどうかを問う。取引行為に基づく占有取得の要件について,その意義(占有取得の意義,それが取引行為に「基づく」ものであることの意味)を問うものである。なお,この事実は,種類物の特定にもかかわるものである。(1)②は,「Y社が引渡しを受ける際,A社がX社に代金全額を弁済していない事実を知らなかったこと」という事実をY社が主張立証する必要があるかどうかを問う。ここでは,即時取得の要件である「善意」又は「無過失」に関する一般的な論述よりも,上記事実が即時取得の要件である「善意」とは異なるものであることを正確に指摘した上,その評価をすることが求められる。(2)③及び④は,即時取得における過失の評価に関する問題であるが,それぞれの性格は異なる。(2)③は,具体的事実が過失の認定判断に働くかどうか,その理由は何かの説明を求めるものであり,事実の分析及び評価に係るものである。他方,(2)④は,過失の有無の判断が占有取得時にされるべきであるという理論的性格を持つものである。以上のように,設問2は,要件事実の基本的知識を確認するだけではなく,実体法上の理論的問題の検討及び具体的事実の慎重な分析と評価を求めるという,多面的な性格を持つ問題である。
設問3は,X社がY社に対し,引き渡された機械の返還とともに,その使用料相当額をも請求しようとする場合について,その法的根拠を1つ示した上,いつから請求することができるかの説明を求めるものである。法的根拠(不当利得返還請求権,悪意占有者の果実返還義務,不法行為に基づく損害賠償請求権が考えられる。)といつから請求することができるか(引渡時,解除時,返還請求時,返還請求訴訟提起時が考えられる。)との組合せと理由付けが整合的なものとして示されていること,その前提として所有権留保売買の法的構成及びそこでの買主又は転得者の使用権限に関する分析がされていることが求められる。この問題は,他人の物を権原なく使用する場合の清算関係及び所有権留保売買における売主と転得者との関係という民法上の重要問題に関する基本的理解と,具体的事実を法的観点から評価し構成する能力を問うものである。
設問4から設問6までは,株式会社の合併に関する問題である。X社がZ社との間の事業の譲渡等に関する基本合意を白紙撤回した上,D社からの吸収合併の申入れを受け入れ,合併契約承認の株主総会を開催し,決議をしたという事案について,合併に関する一連の手続の進行の過程に応じて,それに係る法的諸問題につき多面的な検討を求めることにより,種々の能力の程度を測ろうとするものである。
設問4は,合併契約の締結や当該合併契約の承認を目的とする株主総会の招集を阻止するための手段となる会社法上の株主の権利について問うものである。その最も有効な権利として考えられるものは,株主による取締役の行為の差止め(会社法第360条)であるが,その要件の充足の検討に当たり,様々な法的論点の分析が求められる。第1に問題となるのは,同条第1項に規定する「法令」の意義であり,善管注意義務や忠実義務(同法第330条,民法第644条,会社法第355条),さらに,独禁法などの公益を守るための法令も含まれるのかが問題となり,善管注意義務ないし忠実義務については,基本合意違反による損害賠償債務の発生と合併によってもたらされるX社の利益との比較や,合併比率の不公正という問題がX社自身にどのような損害をもたらし得るのか等の分析を行うことが期待される。第2に問題となるのは,会社法第360条第3項に規定する「回復することのできない損害」がX社に生ずるおそれの有無であり,本問の事案に即して,丁寧に具体的な当てはめをする必要がある。
設問5は,株主総会における議決権行使書面による議決権行使や委任状に基づく議決権の代理行使をめぐる法律問題をきちんと理解することができているかどうかについて試すものである。議決権行使書面による議決権行使の場合,書面に記載されたとおりの議決権行使がされたものとして取り扱われるが(会社法第311条第1項,第2項),委任状に基づく議決権の代理行使は,代理人による投票をもって議決権行使として取り扱われるのであり,このような両制度の趣旨・意義,法的構造の違い等についての基本認識が問われている。①において問題となるのは,まず,賛否の記載のない議決権行使書面について各議案につき賛成又は反対とみなす旨を記載することであるが,これは会社法施行規則第66条第1項第2号により認められており,その有効性を肯定した下級審裁判例も存在する。これに対し,委任状については,そもそも白紙委任が認められるのか,また,代理人が委任状の指示に反したときに代理人による議決権行使の効果はそのまま認められるのかが問われる。これらは下級審裁判例・学説で議論された問題ではあるものの,本問の事例は,かつての多くの例とは異なり,会社経営陣に反対する株主側が委任状を勧誘したという最近の事例を踏まえたものとなっており,従来の議論をどこまで応用できるかという柔軟な法的推論を行う能力も試されている。②において問題となるのは,議決権行使書面と委任状により矛盾する内容の権利の行使を株主が行った場合の効力をどのように考えるかという論点であり,従来,余り論じられていないものである。考え方としては,議決権行使書面の送付と委任状の交付の時点を比較して後のものを優先する考え方,代理人による議決権行使を本人による議決権行使と同視して優先する考え方,矛盾した議決権行使としていずれも無効とする考え方等があり得るが,いずれにしても,自分なりの法律構成を行った上で結論を導く応用能力が必要とされている。
設問6は,合併承認総会の後の段階において,合併の効力が発生する前と後とに分けた上,合併の実現を阻止するための手段としての会社法上の権利(設問4で解答した手段を除く。)について問うものである。合併の効力発生の前においては,合併を承認した株主総会の決議について,取消しの訴えや無効確認の訴えを提起するとともに,それらを本案とする仮処分命令の申立てを行うことにより,合併の実現を阻止することが考えられるが,そのような決議の効力を争う根拠として,設問5における自らの解答を前提として特別決議が成立しているかどうか,議長不信任動議や投票数の算入方法に関する抗議を議長が無視して決議の成立を宣言したことが決議の方法の法令違反等となるかどうか,当該合併が独禁法第15条第1項第1号に違反するとした場合にそれが決議の無効事由となるかどうか等が,検討される必要がある。合併の効力発生の後においては,合併無効の訴えによらなければ,合併の無効は主張できなくなるが,合併条件の不公正,独禁法違反等が合併無効事由になるかが,前記の会社法上の効力等の問題を踏まえて論じられる必要がある。
平成21年新司法試験の採点実感等に関する意見(商法)
1 出題の趣旨,ねらい等
既に「平成21年新司法試験論文式試験問題出題趣旨」(以下「出題趣旨」という。)において説明しているとおりであり,特に補足すべき点はない。
2 採点方針,採点実感等
民事系科目第2問の設問4から設問6までが商法からの出題であるが,これらは,いずれも,問題文に示された比較的詳細な事実や議決権行使書面及び委任状といった法的文書を読み解き,分析して,商法上の論点を的確に抽出した上,民事訴訟や民事保全の手続をも活用しつつ,事案に即した有効な法的対応を行うことができるかという,法曹に求められる基本的な知識と能力を試すものである。
設問4については,ほとんどの答案が会社法第360条の差止請求権の問題として検討することができていた。同条の適用に当たっては,X社の取締役の行為が法令違反の行為になるかという問題と,同社に回復することができない損害が生ずるおそれがあるかという問題を検討することとなるが,これらの双方の論点につき,多くの答案が取り上げていたものの,「法令」違反の意義をきちんと論じていた答案は,多くはなかった。例えば,かなりの割合の答案は,独占禁止法違反の行為が当然に会社法第360条に規定する法令に違反する行為に当たると単純に記述していたが,裁判例・学説上重要な問題として論じられている会社法第423条における任務懈怠としての「法令」違反(善管注意義務違反,忠実義務違反)と同様の議論が会社法第360条についても問題になり得ることを意識した答案は少なかったし,合併比率の不公正の点を論じた答案も少なく,応用力が十分でないことがうかがわれた。また,問題文においては,Z社との基本合意をX社が白紙撤回し,それに対し,Z社がX社に対する損害賠償請求の提訴を準備していることを詳しく記述している。この損害賠償が認められれば,X社に損害が発生することから,基本合意を破棄してD社との合併を行おうとしているX社の取締役の行為は,取締役の善管注意義務違反という違法性の問題としても,「当該株式会社に回復することができない損害が生ずるおそれがあるとき」の問題としても,論じられるべきものであることが分かるはずであるが,これを指摘して論じている答案は極めて少なかった。問題文をよく読んでそこに書かれている事実の法的意義を読み解くという姿勢ないし能力の欠如を示すものであろう。
設問5については,出題趣旨で説明しているように,議決権行使書面と委任状,それぞれに関する法制の違いをどこまで理解しているかを試す問題であったが,ほとんどの答案は,これをきちんと理解していなかった。このことは,委任状の受任者であるZ社が会社提案議案に反対の議決権行使をしているにもかかわらず,同議案に賛成との記載のある委任状を特段の根拠を示すことなく同議案への賛成票に算入してしまっている答案がほとんどであったことに端的に示されている。また,賛否の記載のない議決権行使書面の効力については,会社法施行規則第66条第1項第2号という明文の規定があるのに,これに言及する答案はほとんどなく,かえって同号の規定に反する内容を漫然と記述している答案も相当数あったところであり,規則のレベルまで学習が及んでいないことがうかがわれた。
設問6については,出題趣旨で説明しているように,設問5における検討結果を踏まえ,合併承認の総会決議が成立していないことを論じて,そこから当該総会決議の取消しの訴えを提起するとともに,それを本案とする実効的な仮の地位を定める仮処分命令の申立ての検討を論じることが期待された。しかし,設問5に対するほとんどの答案の内容が上記のようなものとなっていたため,合併承認の総会決議が当然に成立したということを前提とする答案が多く,そもそも,このような期待される論点に入らない答案が多かった。多くの答案は,独占禁止法違反や議長の議事運営の不公正さ(答案によっては,これらに加えて合併比率の不公正さ)による株主総会決議の無効や取消しの問題のみを論じるにとどまっていたが,このような答案も,設問4における検討と同様,独占禁止法違反や合併比率の不公正さが決議無効原因になるかという問題点をきちんと論じているものは,ほとんどなかった。これらの瑕疵につき,合併の効力発生後は合併無効の訴えによらなければ争うことができないことは,多くの答案で触れられていたが,株主総会の決議の無効の確認又は取消しの訴えと合併の無効の訴えとの関係まで論じたものは,少なかったし,独占禁止法違反や合併比率の不公正が合併無効の原因となるかという問題点についても,検討を行っていない答案が多かった。
全般的に言うことができるのは,例年指摘されていることではあるが,問題文に記載されている事実関係の法的意義を読み解くこと(事実関係への当てはめ)が不十分であり,その結果,法的論点についての理解に基づく踏み込んだ議論ができず,また,その前提として,当該論点に関する法令の規定や裁判例への言及もほとんどされていないということである。条文や裁判例を出発点として議論をするという法律実務家に最も必要な姿勢に欠けていると言わざるを得ないであろう。上述したように,議決権行使書面と委任状の違いといった実務的にも重要な基本的制度の理解が不十分であるし,実務的には極めて重要となる仮処分命令について触れている答案も,極めて少なかった。加えて,票数の数え間違い等,法律実務家としての能力以前の初歩的なミスも目立った。
3 今後の出題
本年の出題における試みとして,裁判例・学説等が余りなく,一義的な答えを知識として有していないであろう問題(設問5の②)を出題し,受験者がそのような問題についても自分なりに考え,解答を導く能力を有しているかどうかを問うこととした。各自で考えたそれなりの解答が得られ,有益な試みであったと考えられるが,採点方法が難しくなったことは事実であり,出題形式等における更なる工夫を考えることも必要であろう。なお,独占禁止法違反が取締役の行為の差止め,株主総会の決議の無効,合併の無効等の原因になるかという問題は,会社法の問題であるとともに,独占禁止法の解釈問題としての面も有しているため,他法との境界領域にかかわる出題をする際の課題も感じられた。
4 今後の法科大学院教育に求めるもの
受験生には,議決権行使書面と委任状の問題,民事保全の手続による救済等のように,基本的であり,かつ,実務的にも非常に重要な制度に関する理解ができていない傾向が見られる。これは,法科大学院における商法教育の重点の置き方にも,問題が存在する可能性があるのではなかろうか。また,事実関係を正確に読み解き,そこに含まれている法的問題を抽出する能力,理論を深く理解して,それを応用する能力等も,不十分である。今後とも,これらの法曹に求められる基本的能力を涵養する教育が求められるであろう。