平成22年新司法試験民事系第2問(民法・民事訴訟法)

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代理 - 無権代理
代理 - 表見代理
物権変動 - 不動産物権変動
抵当権 - 抵当権の効力等

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[民事系科目]

 

〔第2問〕(配点:200〔〔設問1〕から〔設問5〕までの配点の割合は,3.5:4:3.5:6.5:2.5〕)

  次の文章を読んで,後記の〔設問1〕から〔設問5〕までに答えなさい。

 

【事実】

1.印刷や製版の工場を個人で営むAとその妻であるBとの間には,昭和58年8月20日にC男が生まれた。やがて平成5年にBが病没すると,Aは,平成6年2月にDと婚姻した。この時,Dには子としてE女があり,Eは,昭和60年2月6日生まれである。

  Aには,主な資産として,工場とその敷地のほかに,当面は使用する予定がない甲土地があり,また,甲土地の近くにある乙土地とその上に所在する丙建物も所有しており,丙建物は,事務所を兼ねた商品の一時保管の場所として用いられてきた。これら甲,乙及び丙の各不動産は,いずれもAを所有権登記名義人とする登記がされている。

2.Cは,大学卒業後,いったんは大手の食品メーカーに就職したが,やがて,小さくてもよいから年来の希望であった出版の仕事を自ら手がけたいと考え,就職先を辞め,雑誌出版の事業を始めた。そして,事業が軌道に乗るまで,出版する雑誌の印刷はAの工場で安価に引き受けてもらうことになった。

3.そのころ,Aは,事業を拡張することを考えていた。そこで,Aは,金融の事業を営むFに資金の融資を要請し,両者間で折衝が持たれた結果,平成19年3月1日に,AとFが面談の上,FがAに1500万円を融資することとし,その担保として甲,乙及び丙の各不動産に抵当権を設定するという交渉がほぼまとまり,同月15日に正式な書類を調えることになった。なお,このころになって,Cの出版の事業も本格的に動き出し,そのための資金が不足になりがちであった。

4.ところが,平成19年3月15日にAに所用ができたことから,前日である14日にAはFに電話をし,「自分が行けないことはお詫びするが,息子のCを赴かせる。先日の交渉の経過を話してあり,息子も理解しているから,後は息子との間でよろしく進めてほしい。」と述べ,これをFも了解した。

5.平成19年3月15日午前にFと会ったCは,Fに対し,「父の方で資金の需要が急にできたことから,融資額を2000万円に増やしてほしい。」と述べた。そこで,Fは,一応Aの携帯電話に電話をして確認をしようとしたが,Aの携帯電話がつながらなかったことから,Aの自宅に電話をしたところ,Aは不在であり,電話に出たDは,Fの照会に対し「融資のことはCに任せてあると聞いている。」と答えた。これを受けFは,同日に,融資額を2000万円とし,最終の弁済期を平成22年3月15日として融資をする旨の金銭消費貸借の証書を作成し,また,2000万円を被担保債権の額とし,甲,乙及び丙の各不動産に抵当権を設定する旨の抵当権設定契約の証書が作成され,Cが,これらにAの名を記してAの印鑑を押捺した。

6.この2000万円の貸付けの融資条件は,返済を3度に分けてすることとされ,第1回は平成20年3月15日に500万円を,次いで第2回は平成21年3月15日に1000万円を,そして第3回は平成22年3月15日に500万円を支払うべきものとされた。また,利息は,年365日の日割計算で年1割2分とし,借入日にその翌日から1年分の前払をし,以後も平成20年3月15日及び平成21年3月15日にそれぞれの翌日から1年分の前払をすることとした。なお,遅延損害金については,同じく年365日の日割計算で年2割と定められた。

7.同じ3月15日の午後にAの銀行口座にFから2000万円が振り込まれた。これを受けCは,同日中に,日ごろから銀行口座の管理を任されているAの従業員を促し500万円を引き出させた上で,それを同従業員から受け取った。

  また,甲,乙及び丙の各不動産に係る抵当権の設定の登記も,同日中に申請された。これらの抵当権の設定の登記は,甲土地については,数日後に申請のとおりFを抵当権登記名義人とする登記がされた。しかし,乙及び丙の各不動産については,添付書面に不備があるため登記官から補正を求められたが,その補正はされなかった。その後,【事実】9に記すとおり,AF間に被担保債権をめぐり争いが生じたことから,乙及び丙の各不動産について抵当権の設定の登記の再度の申請がされるには至らなかった。

8.翌4月になって,甲,乙及び丙の各不動産の登記事項証明書を調べて不審を感じたAは,Cを問いただした。Cは,乙及び丙の各不動産について手続の手違いがあって登記の手続が遅れていると説明し,また,自分の判断で2000万円の借入れを決めたことを認めた。

9.借入れの経過に納得しないAは,弁護士Pに相談した。そして,Aは弁護士Pを訴訟代理人に選任した上で,平成19年6月1日,Fに対し,平成19年3月15日付けの消費貸借契約(以下「本件消費貸借契約」という。)に基づきAがFに対して負う元本返還債務が1500万円を超えては存在しないことの確認を求める訴え(以下「第1訴訟」という。)をJ地方裁判所に提起した。

 

〔設問1〕 【事実】1から9までを前提として,Fが,第1訴訟において,AがCに借入れの代理権でその金額に限度のないものを授与したとする主張,及びAがCに借入れの代理権でその金額の限度を1500万円とするものを授与したとする主張とを選択的にしたとする場合,それぞれの主張にとって,次に掲げる事実①及び事実②は法律上の意義を有するか,また,それを有すると考えられるときに,どのような法律上の意義を有するか,それぞれ理由を付して解答しなさい。

 ① 【事実】4に記す事実のうち,AがFに電話をして,3月15日に赴かせるCには交渉の経過を話してあり,それをCが理解しているから,後はCとの間でよろしく進めてほしい,と述べたこと。

 ② 【事実】5に記す事実のうち,Fが,Aの携帯電話に電話をして融資額の変更を確認しようとしたが,Aの電話がつながらなかったこと。

 

Ⅱ 【事実】1から9までに加え,以下の【事実】10から14までの経緯があった。

【事実】

10.Eは,AとDが婚姻して以来,A,D及びCと同居しており,その後は,Cと年齢が近かったこともあって,お互いに様々な悩みについて相談し合ったり,進路についてアドバイスをし合ったりしていたが,平成19年6月中旬ころ,Cの勧めもあって,Eは,Aらとの同居をやめて独立し,幼なじみのG女を誘って一緒に事業を始めることを決意した。そして,Eは,同月,アパートを借りてGと同居生活を始めた。

11.平成19年7月,Aは,乙土地及び丙建物につきFを抵当権者とする抵当権の設定の登記がされていないことに乗じて,Eに対し,「いつもCの相談相手になり,励ましてくれてありがとう。私としては,今後もCにとって信頼できる友人として付き合ってほしいと願っている。また,独立して自分の道を歩もうとする君を大いに支援したいので,乙土地及び丙建物を君に贈与したい。」と述べた。

12.Eは,AがFから金銭を借り入れた事情や,その担保として甲土地,乙土地及び丙建物にFのための抵当権を設定する契約が結ばれたものの,乙土地及び丙建物については抵当権の設定の登記がされていないことなどについて,平成19年4月ころにAとCが話しているのを耳にしており,同年7月の時点でも,乙土地及び丙建物については抵当権の設定の登記がされていないことを知っていた。

13.しかし,Eは,Aから乙土地及び丙建物の贈与を受けることができれば,丙建物を取り壊して自分の住居を建築することができると算段し,乙土地及び丙建物にFのための抵当権の設定の登記がされていない事情を十分に認識した上で,Aによる乙土地及び丙建物の贈与の申出を受け入れ,平成19年7月27日,乙土地及び丙建物につき,贈与を登記原因としてAからEへの所有権移転登記がされた。

14.平成19年8月19日,Eは,乙土地上に自己の居住用建物を建築するため,同土地上にあった丙建物を取り壊した。これを知ったFは,弁護士Qを訴訟代理人に選任した上で,Eに対し,抵当権の侵害による不法行為に基づく損害賠償を求める訴えを提起することとした。

 

〔設問2〕 【事実】1から14までを前提として,以下の⑴及び⑵に答えなさい。

 ⑴ 【事実】14に記す訴えに係る訴訟においてFの損害をどのようにとらえるべきかを検討するに当たり,留意すべき事項を挙げ,それらの事項についてどのように考えるべきか,想定される反論も考慮しつつ論じなさい。

 ⑵ 弁護士Qは,【事実】14に記す訴えに係る訴訟において,Eから,「丙建物については,Fのために抵当権の設定の登記がされていなかったので,Fは,Eに対し,Eの不法行為を理由とする損害賠償を請求することができない。」と反論されることを想定した。この反論の当否について,どのような再反論をすることができるかを含め,論じなさい。

 

Ⅲ 【事実】1から14までに加え,以下の【事実】15から17までの経緯があった。

【事実】

15.平成19年9月10日,Fは「被告E」と訴状に記載して,【事実】14に記す訴え(以下「第2訴訟」という。)をJ地方裁判所に提起した。第2訴訟は,被告側に訴訟代理人が選任されないまま進行した。第1回口頭弁論期日が開かれた後,口頭弁論が続行され,第3回口頭弁論期日までの間に,双方から事実に関する主張及びそれに対する認否が行われた。

16.弁護士Qは,第4回口頭弁論期日にこれまでどおり出頭し,J地方裁判所の法廷入口に用意された期日の出頭票の原告訴訟代理人氏名欄に自らの名前をボールペンで書き入れようとした際,これまでの口頭弁論期日にEとして出頭していた人物が,同じく出頭票の被告氏名欄にボールペンで「G」という氏名を記載した後に,慌ててその名前を塗りつぶして,「E」と記載したところを目撃した。

  そこで,弁護士Qは,不審に思い,第4回口頭弁論期日の冒頭において,Eとして出頭した人物に対し,「あなたは,先ほど,出頭票に「G」という今まで見たことがない名前を書いていませんでしたか。訴状には,「被告E」と記載されています。あなたは,本当にEさんですか。」と問いただした。すると,Eとして出頭した人物は,「実は,私は,Eと同居しているGです。」と述べ,次回期日には,Eを連れてくる旨を確約した。裁判所は,口頭弁論を続行することとし,第5回口頭弁論期日が指定された。

17.その後,第2訴訟に係る経緯をGから聞いたEは,訴訟代理人として弁護士Rを選任した。そして,第5回口頭弁論期日には,弁護士Q並びにE,G及び弁護士Rが出頭した。

  第5回口頭弁論期日においては,E本人が訴状の送達を受け,Gに対応を相談したところ,Gが,「この裁判は,あなたの身代わりとして私がするから任せてほしい。」と申し出たので,EがGに対し「任せる。」とこたえた,という事実が確認された。

  そして,弁護士Rは,「これまでにGがした訴訟行為は,すべて無効である。」と主張し,裁判所に対し,これを前提として手続を進めることを求めた。

  これに対し,弁護士Qは,「弁護士Rの主張は認められない。Gがした訴訟行為の効力はEに及ぶ。」と主張した。

 

〔設問3〕 【事実】1から17までを前提として,第2訴訟において,訴状の送達後,Gが第3回口頭弁論期日までの間にした訴訟行為の効力がEに及ぶかどうかについて,理由を付して論じなさい。

 

Ⅳ 【事実】1から9までに加え,以下の【事実】18から20までの経緯があった。

【事実】

18.第1訴訟の第1回口頭弁論期日は,平成19年7月27日に開かれ,訴状の陳述などが行われた。その後数回の期日を経て,平成20年4月11日に口頭弁論が終結し,同年6月2日にAの請求を全部認容する旨の終局判決が言い渡され,この判決が確定した。

19.平成21年4月23日に,Aは,弁護士Pを訴訟代理人に選任した上で,Fに対し,被担保債権(被担保債権は,【事実】9に記した本件消費貸借契約上の貸金返還請求権のみであるとする。)の全額が弁済により消滅したことを理由として,J地方裁判所に,甲土地の所有権に基づき甲土地に係る抵当権の設定の登記の抹消登記手続を求める訴え(以下「第3訴訟」という。)を提起した。

20.第3訴訟の第1回口頭弁論期日において,弁護士Pは,被担保債権に関し,「本件消費貸借契約に基づきAがFに対して負う元本返還債務の金額は1500万円であるところ,AはFに対し,平成20年3月15日に500万円,平成21年3月15日に1000万円をそれぞれ弁済した。」と主張した。

  この期日において,弁護士Pは,裁判長の釈明に対し,「平成20年3月15日にされた弁済が第1訴訟において主張されなかったのは,Aが,同弁済が第1訴訟において意味がある事実だとは思わなかったので,私に連絡を怠ったためである。」と陳述した。

  これに対し,Fの訴訟代理人である弁護士Qは,弁護士Pの被担保債権に関する主張のうち,平成20年3月15日の弁済については次回の口頭弁論期日まで認否を留保し,その余は認める旨の陳述をした。

 

〔設問4〕 【事実】1から9まで及び18から20までを前提として,第3訴訟に関する次の⑴及び⑵に答えなさい。

 ⑴ 第3訴訟の第1回口頭弁論期日後数日してされた次の弁護士Qと司法修習生Sの会話を読んだ上で,あなたが司法修習生Sであるとして,弁護士Qが示した課題(会話中の下線を引いた部分)を検討した結果を理由を付して述べなさい。

   ただし,信義則違反については論ずる必要がない。

   なお,貸金返還請求権については,利息及び遅延損害金を考慮に入れないものとする。

 

Q:第1訴訟の確定判決の既判力が第3訴訟で作用することは理解できますか。

S:第3訴訟の訴訟物は,所有権に基づく妨害排除請求権としての抵当権設定登記抹消登記請求権ですから,抵当権が消滅したかどうかが争点になります。そして,抵当権が消滅したかどうかを判断するためには,抵当権の付従性から,被担保債権が消滅したかどうかを判断しなければなりません。つまり,被担保債権である本件消費貸借契約上の貸金返還請求権の存否が,訴訟物である抵当権設定登記抹消登記請求権の存否にとって,いわゆる先決関係にあるということになります。

Q:そのとおりです。ですから,第1訴訟の確定判決の既判力の作用によって,私たちは,第3訴訟で,第1訴訟の口頭弁論が終結した平成20年4月11日の時点で,本件消費貸借契約上の元本返還請求権の金額が1500万円を超えていたことを主張できなくなります。この点は分かりますか。

S:はい。

Q:ところが,Aは,第3訴訟で,第1訴訟の口頭弁論終結前の平成20年3月15日にされた弁済を主張してきましたね。このような主張は許されてよいものでしょうか。

S:確かにそうですね。信義則に反すると思います。

Q:いきなり信義則違反に飛び付くのは,いかがなものでしょうか。最終的には,信義則違反の主張をすることになるかもしれませんが,その前に,Aの弁済の主張が第1訴訟で生じた既判力によって遮断されるかどうかを検討すべきではないでしょうか。

S:すみません。先走り過ぎました。

Q:第1回口頭弁論期日が終わってから,私なりに既判力について考えてみました。その結果,二つの法律構成が残ったのですが,そこから先の検討がまだ済んでいないのです。第2回口頭弁論期日のための準備書面をそろそろ書き始めなければなりませんので,あなたにも協力してほしいのです。

S:分かりました。

Q:では,二つの法律構成を説明します。

  第1の法律構成(法律構成①)は,第1訴訟の訴訟物は元本返還債務の全体であって,Aの「1500万円を超えては存在しない」ことの確認を求めるという請求の趣旨は,例えば「1200万円を超えては存在しない」というような,より原告に有利な判決を求めないという意味において,原告が自ら,請求の認容の範囲を限定したものにすぎない,というものです。このように考えると,既判力の対象はあくまでも,元本返還債務の全体ですから,第1訴訟の確定判決の既判力によって,「平成20年4月11日の時点で元本債務は1500万円であった」ということが確定されることになります。

  第2の法律構成(法律構成②)も,やはり第1訴訟の訴訟物は元本返還債務の全体であるとするのですが,同債務のうち1500万円についてはAが請求を放棄したために,実際に審判対象となったのは1500万円を超える部分だというものです。このように考える場合には,第1訴訟の確定判決の既判力の客観的範囲は元本返還債務のうち1500万円を超える部分だけになりますが,請求の放棄,正確には請求の一部放棄の既判力により,元本債務の金額が1500万円であったことが確定されることになります。

 理解できましたか。

S:はい。

Q:それでは,これから,あなたにお願いする課題を説明します。法律構成①と法律構成②のそれぞれについて,長所と短所を検討してください。ただし,最高裁判所の判例に適合的であるから良い,あるいは,最高裁判所の判例に反するから駄目だ,というような紋切り型の答えでは困ります。

S:分かりました。頑張ってみます。

 

 ⑵ 審理の結果,被担保債権の元本が500万円残っているとの結論に至った場合,裁判所は,Fに対し,AがFに500万円を支払うことを条件として,抵当権の設定の登記の抹消登記手続をすることを命ずる判決をすることができるか,Aの請求を全部棄却することと比較しながら,論じなさい。

   なお,貸金返還請求権については,利息及び遅延損害金を考慮に入れないものとする。

 

Ⅴ 【事実】1から9までに加え,以下の【事実】21から25までの経緯があった。

【事実】

21.Dは平成20年2月16日に病没した。

22.Aは,外国に住んでいる親族の結婚式に出席するため,5日間の外国旅行に出ることとなった。Aは,出発前夜である平成22年1月12日に,CとEを呼び,「今まで隠していたが,実はEは私とDとの間にできた子で,私はEを認知することにした。認知届の書類にもすべて私が必要な項目を埋めて署名押印しておいたから,Eは,私が旅行に出ている間に,認知届の日付を埋めた上で必ず市役所に提出しておいてほしい。」と告げた。突然の話にEは驚いたものの,了解し,認知届の提出に必要な書類一式をAから受け取った。

23.翌朝,Aは旅行に出発した。同月14日,Aは事故に巻き込まれ,死亡した。Eは,この件の事後処理に忙殺され,認知届を提出しないままになっている。

24.Aの遺品を整理していたCは,同年2月3日に,Aの愛用していた机の引出しの奥に,「遺言」と表面に書かれた1通の封書を見つけた。この封書には自筆証書遺言として適式な証書が入っていて,そこには,「私が死亡したときは,私の遺産はCを2,Eを1とする割合で分けること。」とAの筆跡で記されていた。遺言の日付は平成20年4月6日となっていた。

25.Hは生前のAに対し600万円を貸し付けており,平成22年4月現在,この貸金債権の弁済期は既に到来している。平成22年5月になって,Hが,前記貸金債権に係る元本の返済をC及びEに対し請求してきた。

 

〔設問5〕 【事実】1から9まで及び21から25までを前提として,C及びEはHに対し元本の支払義務を負うか,支払義務を負うとした場合,いくらの支払義務を負うか,これらについて,EがAの子であるかどうかにも言及しつつ論じなさい。

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民事系科目(第2問)は,工場を個人で営むAとその家族らの取引と民事訴訟をめぐる事例に関して,民法上及び民事訴訟法上の問題点についての基礎的な理解を問う総合問題である。具体的事実を法的な観点から評価し構成する能力,具体的な事実関係に即して基本問題を考察する能力及び論理的に一貫した論述をする能力などを試すものである。

 設問1は,第1に,Fが第1訴訟において選択的にする二つの主張の法的構成が,有権代理構成と権限外の行為の表見代理構成(民法第110条)であることを理解した上で,二つの法的構成を区別することができるかどうか,第2に,各法的構成において,事実①及び事実②の性質を的確に把握することができるかどうかを問うものである。まず,有権代理構成において,事実①はAがCに代理権を授与したことを推認させる間接事実である意義を有すると考えられ,これに対し,事実②は特段の意義を有しない。次に,権限外の行為の表見代理構成においては,事実①は2000万円の融資についてCに代理権があるものと信ずる正当な理由があるとする評価を根拠付ける事実である意義を有し,それとともに,事実①はAがCに1500万円の限度における代理権を授与したことを推認させる間接事実である意義を有するとも考えられる。また,事実②はCに2000万円の借入れの権限があるかどうかをFが調査しようと試みたことを意味するものであるから,他の事情とあいまって,正当理由を根拠付ける一つの事実である意義を有するものとも考えられる。反対に,事実②のうち携帯電話がつながらないことは,Cの不審な挙動を示唆するものとみることができないものではないから,それにもかかわらずA本人との接触に成功しないまま融資を敢行したこととあいまって,正当理由の評価障害事実になるとする性質把握も一定の説得力を持つ。そこで,適切な理由が付されて解答されているかが問われることになる。

 設問2は,抵当不動産の第三取得者が抵当目的物件を故意に滅失させた事案について,抵当権侵害による不法行為に基づく損害賠償の成否を問うものである。

 小問(1)の考察においては,Eによる丙建物の取壊し後におけるFの被担保債権額と甲乙土地の価額との関係を考慮しつつ,抵当権侵害における損害の発生について,抵当権の担保権的性質の基本的理解との関連を意識しつつ論ずることが望まれる。ここでは,【事実】及び〔設問〕のいずれにおいても,甲乙土地及び丙建物の価額は示されていないので,解答は抽象的な理論操作に基づく記述で足りる。加えて,抵当権侵害における損害はどの時点で確定することができるかについて論ずることが望まれる。この点については,【事実】に基づくと,Eによる丙建物の取壊しは平成19年8月19日であり,Fに対するAの債務の第1回弁済期は平成20年3月15日であるため,Eの行為が抵当権の被担保債権の弁済期前であることをどのように評価するかが問われることになる。

 小問(2)の考察では,民法第177条の第三者からはどのようなものが排除されるべきか,その上で,【事実】に示された法律上有意な事実を過不足なく指摘しながら,EがFとの関係で,民法第177条の第三者から排除すべき者に当たるかを論ずることが求められる。加えてその前提として,不動産物権変動の第三者対抗の問題が,不法行為の成立要件との関係でどのように位置付けられるかを論ずることが求められる。すなわち,不法行為の成立要件との関係において,抵当権者Fのために抵当権の設定の登記が行われていないことをどのように評価するか,また,丙建物の所有者Eによる取壊しが抵当権を侵害する行為に該当するか否かについての考察が必要となる。

 設問3は,訴状に被告として記載されていた人物Eとは異なる人物Gが,被告本人として訴訟(第2訴訟)の手続に関与していたという事例について,Gが行った行為の効力がEに及ぶかを論じさせるものである。

 ここでは,Gの行為の効力が問われているから,そもそもGの行為は,訴訟法上どのようなものとして位置付け評価され得るのかという点について,いわゆる当事者確定の基準論の理解を前提に,自説の考え方(ないし問題となる点)を明らかにしつつ,論理を展開することが求められる。特に,設問3の事例では,Gは被告Eとして行為しており,その行為が外形的には訴訟代理の形式をとっていないことをどのように評価するのか,仮に,Gの行為を,Eを本人とする訴訟代理行為(ないしその類似行為)ととらえようとするのであれば,その効力を,弁護士代理の原則ないしその趣旨との関係でどのように考えるべきかなどといったことが問題となろう。そして,その検討過程においては,既にEになりすましているGの行為を前提として複数回の期日が重ねられてしまっていることへの配慮の要否という実質的な問題もある。

 設問4は,抵当権設定登記抹消請求訴訟(第3訴訟)を題材として,被担保債権に係る債務の不存在確認請求について審理・判断された前訴(第1訴訟)確定判決の既判力がどのように作用するかという問題点及び質的一部認容判決である条件付給付判決をすることができるかどうかという問題点について,考えさせる問題である。

 前訴における請求は,いわゆる自認部分がある債務不存在確認請求であったが,最高裁の判例は,自認部分は訴訟物とならず,自認部分の存否は既判力によって確定されないとの立場を採用している。小問(1)は,第3訴訟の被告Fの訴訟代理人弁護士Qが提示した最高裁判例とは異なる内容の法律構成①と法律構成②のそれぞれについて,被告側の法律主張(つまり,党派的な主張)としての適否を検討することを求めている。そこでは,最高裁判例の立場を確認した上で,法律構成①については,量的に可分な給付請求権に関する一部請求後の残部請求をめぐる議論状況との対比の下に,全部認容判決である前訴確定判決が自認部分についても判断を下しているといえるかどうかを検討することが求められ,法律構成②については,請求の放棄構成の技巧性について検討するほか,請求の放棄について既判力が認められるかどうかを,そこで問題となる既判力の概念と絡めながら検討する(その際,調書の作成がないことや既判力の基準時についても検討する)ことが求められている。

 小問(2)では,条件付給付判決ができるかどうかを論ずるに際して,少なくとも以下の三つの論点を検討することが必要である。まず,①原告Aが無条件の給付判決を求めているのに対し,質的一部認容判決である条件付給付判決をすることが,民事訴訟法第246条との関係で許容されるかどうかを検討すべきである。その際,②現在の給付を命じることを内容とする引換給付判決とは異なり,条件付給付判決が将来の給付を命ずる判決であることとの関係で,同法第135条の要件を検討し,また,③条件付給付判決と全部棄却判決のそれぞれの既判力の客観的範囲(裁判所が認定した残債務額が既判力の対象になるかどうかという問題点を含む。)を比較検討することも求められる。

 設問5は,次のような三つの法律問題についての考察を順に求めるものである。第1に,認知者が認知の意思を表示し認知届を作成して使者に届出を委託した後に死亡し,この間に認知届が提出されていない場合,認知の効力は生じるかを問うものである。認知届の提出が身分変動の効果が発生するための要件であるため,父の認知の意思が確認できたとしても,認知届が提出されていない以上,認知の効力は発生しない。第2に,自筆証書遺言の解釈として,遺言者の子ではない者に遺言者の遺産の3分の1を分けるということが何を意味するか,その場合に遺言者の相続人の法的地位はどのようなものかを問うものである。平成20年4月6日付のAの遺言に記載されている内容は,Eに対しては割合的包括遺贈であり,唯一の相続人であるCに対しては遺産の残余部分が相続により帰属することの確認となる。第3に,割合的包括遺贈が行われた場合,受遺者は相続人として扱われ被相続人の債務も承継するところ,被相続人が負っていた金銭債務は相続人と受遺者にどのように承継されるかを問うものである。割合的包括遺贈における金銭債務の承継については,金銭債務について共同相続が生じた場合の規律を参照しつつ,金銭債務の債権者はだれに対してどのように履行請求をすることができるのかについて考察することが望まれる。

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平成22年新司法試験の採点実感等に関する意見(民事訴訟法)

 

1 出題の趣旨,ねらい

 「出題の趣旨」に記載したとおりであるが,今年も,法律知識や判例の内容を直接問うのではなく,具体的な事例の検討を通じて,法律制度や判例についての基本的な理解を問う問題であった。ある程度のボリュームのある事例を前にその場で基本から考える姿勢が求められているのであり,単に事案に関係する知識を答案上に吐き出すように記載するような姿勢では通用しない。

 

2 採点方針

 設問で問われている内容をきちんと理解し,問題に正面から取り組んで,検討した結果を的確に表現できることが重要であるとの認識の下で,採点をしている。

 

3 採点実感等

 民事訴訟法について,どのような答案が4つの水準のいずれに相当するかについては,評価が合計点でされるものであること,同じ受験生でも設問によって出来栄えにバラつきがあること,同じ水準の中に含まれていたとしても点数には相当の差が生じ得ること等の諸要因により,具体的に示すことは困難である。

 そこで,以下では,多少ともイメージが持つことができるように,問題ごとに,どのような内容の答案がどの程度の水準の評価を得られるのかを示すこととしたい。

 したがって,合計点の評価がどのようになるかについては,飽くまで一般論でしかないが,全ての設問に「優秀」レベルの評価が得られなくとも全体として「優秀」と評価されることはあろうし,全ての設問について「一応の水準」であれば「良好」との評価が得られることもあると思われる。逆に,ある部分で「良好」以上の評価を受けたとしても,他の部分が全くできていなければ,一応の水準にも達しないということもあり得る。

 なお,優秀又は良好とされるべき答案の割合は,出題者の想定をかなり下回った。

 (1) 全体について

 「手続保障」,「信義則」,「紛争の一回的解決」,「訴訟経済」,「不意打ち防止」などといった抽象的な用語のみによる説明に終始している答案が少なからず見られた。しかし,そのような論述に止まることなく,各用語の意味内容を理解して,それを具現化している制度や条文により具体的に表現する努力が必要である。

 (2) 設問3について

 ①当事者の確定の問題があることを踏まえた上で(何の理論的説明もなく,当事者適格の問題と考えている受験生もあったが理解が不十分である。),②GがEになりすましていること(Gは,Eの代理人と称しているのではない。)の法的評価(例えば,顕名なき代理類似のものと考えるなど)についての指摘があり,③弁護士代理の原則(民事訴訟法第54条)の趣旨を論じた上で,同原則の趣旨からして事案によって適用が制限される余地があるのかなど,本事例に適用した場合の具体的妥当性を意識しつつ,結論が導かれていれば,その論述内容の厚みに応じて,「優秀」又は「良好」と評価されよう。

 他方,このような考察なしに,「なりすましを了承しているEには手続保障を及ぼす必要はない」とか,「信義則上EはそれまでのGの行為を無効であると主張できない(追認を拒絶できない又は追認拒絶は無効である)」といった答案,訴訟経済や相手方保護の要請から直ちにGの行為の効力がEに及ぶとするような内容の答案では「一応の水準」に達することは難しい。

 また,訴訟行為を行った者以外の者に効果が及ぶ例として,任意的訴訟担当について論じている答案もあった。しかし,GがE本人であるとして訴訟行為を行っていることと任意的訴訟担当の関係,任意的訴訟担当となるとGが当事者になるが,当事者確定の場面でEを当事者とした場合には,これとの関係等が意識されるべきである。そのような点について検討することなく,明文なき任意的訴訟担当が認められるための要件を羅列して本件への当てはめを検討している答案は,論理的整合性や任意的訴訟担当の理解において,疑問を抱かせた。

 (3) 設問4(1)について

 出題者は,Fの訴訟代理人弁護士Qと修習生Sとの間の会話を示し,Qが準備書面を作成するに当たって,法律上の主張として二つの法律構成を挙げ,それらの「長所」「短所」を修習生Sに検討させるという設定である以上,問われている「長所」「短所」とは,Fの法律上の主張として裁判所に認められるかどうかという意味での「長所」「短所」であることは明らかであると考えていた。しかし,必ずしもそのように理解しない答案が相当数見られた。

 次のような答案は高い評価につながる。

ア 債務不存在確認請求についての最高裁判例(最高裁昭和40年9月17日第二小法廷判決民集第19巻6号第1533頁など)を踏まえつつ,1500万円の自認部分の存否について,既判力が生じるかという問題について,法律構成①及び法律構成②が,判例と異なり積極説に立つものであることを位置付けた上で,その説の適否を,前訴で十分な攻撃防御の機会が与えられていると評価できるかといった観点から論じられているもの。

イ 法律構成①について,量的に可分な給付請求についての一部請求後の残部請求の裏返しの問題であることを認識した上で,論理を展開しているもの。

ウ 法律構成②については,1500万円の自認部分について請求の放棄と構成することの合理性(Aの合理的な意思解釈として技巧的にすぎないか,調書の記載がないなど通常の手続を踏んでいないことの問題)や請求の放棄に既判力が認められるのかという点が検討されているもの。

 なお,請求の放棄と構成した場合の基準時についても言及しているものがあったが,このような答案は高い評価につながる。

 本人の意思に合致しているか否かということのみを考察している答案は,それが債務全体を訴訟物であるととらえることについての合理性という観点から法律論として構成されていればよいが,「通常の意思」から請求の放棄とは認められないとの説明だけでは,「良好」という評価に達することは難しい。

 他方で,法律構成①及び法律構成②が,1500万円部分について既判力を認める見解であることが理解できていない答案,既判力を認めれば,長所として紛争の一回的解決に資すること,短所として柔軟な解決ができなくなることを指摘するのみに止まるような答案は,法律構成①及び法律構成②の内容を言い換えているに等しく,問われたことに解答しているものとはいえず,「一応の水準」に達することは難しい。

 (4) 設問4(2)について

 処分権主義の問題であることの理解がうかがわれない答案(例えば,紛争の一回的解決に資することのみから条件付判決を肯定しているようなもの)は,「一応の水準」に達することは難しい。

 また,処分権主義の問題であることの指摘があったとしても,単に,Aにとって全部棄却判決よりは有利(全部認容判決よりはFに有利)であるから,原告の意思に反せず,かつ,被告の不意打ちにならないとして結論を導くのみで,500万円の支払を条件とする判決について,分析的な検討ができていない答案は,「優秀」又は「良好」との評価を得ることはできない。

 これに対し,Aは,全部棄却判決を受けたとしても,その後に残債務額を弁済した上で改めて抵当権設定登記抹消登記手続を求めることができるということをきちんと理解した上で,先決問題である被担保債権の存否・数額についての審理の在り方(1円でも残っているかという限度で審理するのか,具体的に幾ら残っているかについても審理が及ぶのか)を踏まえて,500万円の支払を条件とした場合にその部分に既判力が生じるのかなどを検討した上で,不意打ちになるかどうかを論じている答案は,高い評価につながる。

 なお,設問において問われている「条件付判決」が受験生にとって少々細かい事項に属することから,将来の給付判決になることに気付かず,引換給付判決として,その可能性を検討している答案が多く見られたが,同時履行の抗弁との関係など引換給付判決についての理解が不十分であると思われる。「条件付判決」が将来の給付判決になることを理解し,その要件に論及している答案については,高い評価につながる。

 

4 今後の法科大学院教育に求めるものなど

 前記のように,手続保障や信義則など抽象的な規範のみから結論を導く答案,題意をきちんと把握せず,定義や制度趣旨など自分の知っていることを書き連ねている答案,問題を正面から受け止めることをあえて避け,自分の知っていることに無理やり当てはめようとする答案が目立った。

 このような傾向が見受けられるのは,題意をきちんと把握するだけの基礎学力の不足に起因するところが多いように思われる。特に,基本的な制度や判例について,自らその意味を掘り下げて考えるという作業を怠り,定義,要件,結論を覚えて,それを具体的な事案に当てはめるということだけを学習しているのではないかが懸念される。判例について言えば,基本判例は,学説上有力な反対説があったり,下級審で異なる考え方をとっていたりするものが多く,制度を基本から理解をするのに格好の素材である。ところが,試験において,判例が扱っている問題について判例とは別の角度から検討を求めたり,判例に反する立場からの立論を試みることを求めたりすると,全く歯が立たない受験生が多く認められる。察するに,判例についての表面的な理解を前提に,その結論を覚えて事例に当てはめるということはできても,その判例がそのような結論に至る論拠はどこにあるか,反対説の根拠は何か,その違いはどこからくるのかといったより根本的なことが理解されていないように思われる。基本的な制度や判例の根拠をきちんと考えることを習慣づける教育が求められる。

 

5 その他

 毎年のように指摘していることであるが,答案は,読み手が理解できて初めて評価されるものである。受験生は,答案の読み手の立場に立って,分かりやすく記載することを肝に銘じることが必要であり,文脈から記載内容を推測することを読み手に期待することは許されない。字の巧拙は別として,「蓋し」,「思うに」など一般に使われていない用語や略字,容易に判読できない悪字,筆圧が弱く薄すぎる字などが散見される点については,大いなる反省を求めたい。