令状による捜索・差押え -
実体的要件
令状による捜索・差押え -
捜索・差押えの実施
令状による捜索・差押え -
捜索・差押えの範囲
令状によらない捜索・差押え -
逮捕に伴う捜索・差押えの実質的根拠
令状によらない捜索・差押え -
逮捕に伴う捜索・差押えの対象物
令状によらない捜索・差押え -
逮捕に伴う捜索・差押えの範囲
その他の捜査手段 -
写真撮影・ビデオ撮影
伝聞証拠 -
伝聞証拠の意義
伝聞例外 -
供述代用書面
[刑事系科目]
〔第2問〕(配点:100)
次の【事例】を読んで,後記〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。なお,【資料1】の供述内容は信用できるものとし,【資料2】の捜索差押許可状は適法に発付されたものとする。
【事 例】
1 警察は,平成21年1月17日,軽自動車(以下「本件車両」という。)がM埠頭の海中に沈んでいるとの通報を受け,海中から本件車両を引き上げたところ,その運転席からシートベルトをした状態のVの死体が発見された。司法解剖の結果,Vの死因は溺死ではなく,頸部圧迫による窒息死であると判明した。警察が捜査すると,埠頭付近に設置された防犯カメラに本件車両を運転している甲野太郎(以下「甲」という。)と助手席にいるVの姿が写っており,その日時が同年1月13日午前3時5分であった。同年1月19日,警察が甲を取り調べると,甲は,Vの頸部をロープで絞めて殺害し,死体を海中に捨てた旨供述したことから,警察は,同日,甲を殺人罪及び死体遺棄罪で逮捕した。勾留後の取調べで,甲は,Vの別居中の妻である乙野花子(以下「乙」という。)から依頼されてVを殺害したなどと供述したため,司法警察員警部補Pは,その供述を調書に録取し,【資料1】の供述調書(本問題集8ページ参照)を作成した。
2 警察は,前記供述調書等を疎明資料として,殺人,死体遺棄の犯罪事実で,捜索すべき場所をT化粧品販売株式会社(以下「T社」という。)事務所とする捜索差押許可状の発付を請求し,裁判官から【資料2】の捜索差押許可状(本問題集9ページ参照)の発付を受けた。なお,同事務所では,T社の代表取締役である乙のほか,A及びBら7名が従業員として働いている。
Pは,5名の部下とともに,同年1月26日午前9時,同事務所に赴き,同事務所にいたBと応対した。乙及びAらは不在であり,Pは,Bを介して乙に連絡を取ろうとしたが,連絡を取ることができなかったため,同日午前9時15分,Bに前記捜索差押許可状を示して捜索を開始した。Pらが同事務所内を捜索したところ,電話台の上の壁にあるフックにカレンダーが掛けられており,そのカレンダーを外すと,そのコンクリートの壁にボールペンで書かれた文字を消した跡があった。Pらがその跡をよく見ると,「1/12△フトウ」となっており,「1/12」と「フトウ」という文字までは読み取ることができたが,「△」の一文字分については読み取ることができなかった。そこで,Pらは,壁から約30センチメートル離れた位置から,その記載部分を写真撮影した[写真①]。
3 同事務所内には,事務机等のほかに引き出し部分が5段あるレターケースがあり,Pらがそのレターケースを捜索すると,その3段目の引き出し内に預金通帳2冊,パスポート1通,名刺10枚,印鑑2個,はがき3枚が入っていた。Pが,Bに対し,その引き出しの使用者を尋ねたところ,Bは,「だれが使っているのか分かりません。」と答えた。そこで,Pらがその預金通帳2冊を取り出して確認すると,1冊目はX銀行の普通預金の通帳で,その名義人はAとなっていて,取引期間が平成20年6月6日からであり,現在も使われているものであった。2冊目はY銀行の普通預金の通帳で,その名義人はAとなっていて,取引期間が平成20年10月10日からであり,現在も使われているものであった。X銀行の預金口座には,不定期の入出金が多数回あり,その通帳の平成21年1月14日の取引日欄に,カードによる現金30万円の出金が印字されていて,その部分の右横に「→T.K」と鉛筆で書き込まれていたが,そのほかのページには書き込みがなかった。また,Y銀行の預金口座には,T社からの入金が定期的にあり,電気代や水道代などが定期的に出金されているほか,カードによる不定期の現金出金が多数回あった。その通帳には書き込みはなかった。次に,Pらがその引き出し内にあるパスポートなどを取り出し,それらの内容を確認すると,パスポートの名義が「乙野花子」で,名刺10枚は「乙野花子」と印刷されており,はがき3枚のあて名は「乙野花子」となっていた。印鑑2個は,いずれも「A」と刻印されていて,X銀行及びY銀行への届出印と似ていた。Pらは,その引き出し内にあったものをいずれも元の位置に戻した上,その引き出し内を写真撮影した。
4 引き続き,Pらは,X銀行の預金通帳を事務机の上に置き,それを写真撮影しようとすると,Bは,「それはAさんの通帳なので写真を撮らないでください。」と述べ,その写真撮影に抗議した。しかし,Pらは,「捜査に必要である。」と答え,その場で,その表紙及び印字されているすべてのページを写真撮影した[写真②]。さらに,Pらは,Y銀行の預金通帳を事務机の上に置き,同様に,その表紙及び印字されているすべてのページを写真撮影した[写真③]。なお,Pらは,X銀行の預金通帳を差し押さえたが,Y銀行の預金通帳は差し押さえなかった。
5 次に,Pらは,パスポート,名刺,はがき及び印鑑を事務机の上に置き,パスポートの名義の記載があるページを開いた上,そのページ,名刺10枚,はがき3枚のあて名部分及び印鑑2個の刻印部分を順次写真撮影した[写真④]。なお,Pらは,そのパスポート,名刺,はがき及び印鑑をいずれも差し押さえず,捜索差押えを終了した。
6 その後,捜査を継続していたPらは,平成21年2月3日,甲の立会いの下,M埠頭において,海中に転落した本件車両と同一型式の実験車両及びVと同じ重量の人形を用い,本件車両を海中に転落させた状況を再現する実験を行った。なお,実験車両は,本件車両と同じオートマチック仕様の軽自動車であり,現場は,岸壁に向かって約1度から2度の下り勾配になっていた。
Pらは,甲に対し,犯行当時と同じ方法で実験車両を海中に転落させるよう求めると,甲は,本件車両を岸壁から約5メートル離れた地点に停車させたと説明してから,その地点に停車した実験車両の助手席にある人形を両手で抱えて車外に持ち出した。甲は,その人形を運転席側ドアまで移動させてから車内の運転席に押し込み,その人形にシートベルトを締めた。そして,甲は,運転席側ドアから車内に上半身を入れ,サイドブレーキを解除した上,セレクトレバーをドライブレンジにして運転席側ドアを閉めた。すると,同車両は,岸壁に向けて徐々に動き出し,前輪が岸壁から落ちたものの,車底部が岸壁にぶつかったため,その上で止まり,海中に転落しなかった。甲は,同車両の後方に移動し,後部バンパーを両手で持ち上げ,前方に重心を移動させると,同車両が海中に転落して沈んでいった。その後,Pらが海中から同車両を引き上げ,その車底部を確認したところ,車底部の損傷箇所が同年1月17日に発見された本件車両と同じ位置にあった。
7 Pは,この実験結果につき,実況見分調書を作成した。同調書には,作成名義人であるPの署名押印があるほか,実況見分の日時,場所及び立会人についての記載があり,実況見分の目的として「死体遺棄の手段方法を明らかにして,証拠を保全するため」との記載がある。加えて,実況見分の経過として,写真が添付され,その写真の下に甲の説明が記載されている。
具体的には,岸壁から約5メートル離れた地点に停止している実験車両を甲が指さしている場面の写真,甲が両手で抱えた人形を運転席に向けて引きずっている場面の写真,甲が運転席に上半身を入れて,サイドブレーキを解除し,セレクトレバーをドライブレンジにした場面の写真,同車両の前輪が岸壁から落ちたものの車底部が岸壁にぶつかってその上で同車両が止まっている場面の写真,甲が同車両の後部バンパーを両手で持ち上げている場面の写真,同車両が岸壁から海中に転落した場面の写真,同車両底部の損傷箇所の位置が分かる写真が添付されている。そして,各写真の下に「私は,車をこのように停止させました。」,「私は,助手席の被害者をこのように運転席に移動させました。」,「私は,このようにサイドブレーキを解除してセレクトレバーをドライブレンジにしました。」,「車は,このように岸壁の上で止まりました。」,「私は,このように車の後部バンパーを持ち上げました。」,「車は,このように海に転落しました。」,「車の底には傷が付いています。」との記載がある。
8 その後,同年2月9日,検察官は,被告人甲が乙と共謀の上,Vを殺害してその死体を遺棄した旨の公訴事実で,甲を殺人罪及び死体遺棄罪により起訴した。被告人甲は,第一回公判期日において,「自分は,殺人,死体遺棄の犯人ではない。」旨述べた。その後の証拠調べ手続において,検察官が,前記実況見分調書につき,「被告人が本件車両を海中に沈めることができたこと」という立証趣旨で証拠調べ請求したところ,弁護人は,その立証趣旨を「被告人が本件車両を海中に沈めて死体遺棄したこと」であると考え,証拠とすることに不同意の意見を述べた。
〔設問1〕 [写真①]から[写真④]の写真撮影の適法性について,具体的事実を摘示しつつ論じなさい。
〔設問2〕 【事例】中の実況見分調書の証拠能力について論じなさい。
【資料1】
供 述 調 書
本籍,住居,職業,生年月日省略
甲 野 太 郎
上記の者に対する殺人,死体遺棄被疑事件につき,平成21年1月24日○○県□□警察署において,本職は,あらかじめ被疑者に対し,自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げて取り調べたところ,任意次のとおり供述した。
1 私は,平成21年1月13日午前2時ころ,V方前の道で,Vの首をロープで絞めて殺し,その死体を海に捨てましたが,私がそのようなことをしたのは,乙からVを殺すように頼まれたからでした。
2 私は,約2年前に,クリーニング店で働いており,その取引先に乙が経営していたT化粧品販売という会社があったため,乙と知り合いました。私は,次第に乙に惹かれるようになり,平成19年12月ころから,乙と付き合うようになりました。乙の話では,乙にはVという夫がいるものの,別居しているということでした。
3 平成20年11月中旬ころ,私は,乙から「Vに3000万円の生命保険を掛けている。Vが死ねば約2000万円ある借金を返すことができる。報酬として300万円をあげるからVを殺して。」と言われました。私は,最初,乙の冗談であると思いましたが,その後,乙と話をするたびに何回も同じ話をされたので,乙が本気であることが分かりました。そのころ,私にも約300万円の借金があったため,報酬の金が手に入ればその借金を返すことができると思い,Vを殺すことに決めました。そこで,平成21年1月11日午後9時ころ,乙から私に電話があったとき,私は,乙に「明日の夜,M埠頭で車の転落事故を装ってVを殺す。」と言うと,乙から「お願い。」と言われました。
4 1月12日の夜,私がV方前の道でVを待ち伏せしていると,翌日の午前2時ころ,酔っ払った様子のVが歩いて帰ってきました。私は,Vを殺すため,その後ろから首にロープを巻き付け,思い切りそのロープの端を両手で引っ張りました。Vは,手足をばたつかせましたが,しばらくすると,動かなくなりました。私が手をVの口に当てると,Vは,息をしていませんでした。
5 私は,Vの服のポケットから車の鍵を取り出し,その鍵でV方にあった軽自動車のドアを開け,Vの死体を助手席に乗せました。そして,私は,Vが運転中に誤って岸壁から転落したという事故を装うため,その車を運転してM埠頭に向かいました。私は,午前3時過ぎころ,M埠頭の岸壁から少し離れたところに車を止め,助手席の死体を両手で抱えて車外に持ち出し,運転席側ドアまで移動して,その死体を運転席に押し込み,その上半身にシートベルトを締めました。そして,私は,運転席側ドアから車内に上半身を入れ,サイドブレーキを解除し,セレクトレバーをドライブレンジにしてからそのドアを閉めました。すると,その車は,岸壁に向けて少しずつ動き出し,前輪が岸壁から落ちたものの,車の底が岸壁にぶつかってしまい,車がその上で止まってしまいました。そこで,私は,車の後ろに移動し,思い切り力を入れて後ろのバンパーを両手で持ち上げ,前方に重心を移動させると,軽自動車であったため,車が少し動き,そのままザッブーンという大きな音を立てて海の中に落ちました。私は,だれかに見られていないかとドキドキしながらすぐに走って逃げました。
6 その後,私は,乙にVを殺したことを告げ,1月15日の夕方,乙と待ち合わせた喫茶店で,乙から報酬の一部として現金30万円を受け取り,その翌日の夕方,同じ喫茶店で,乙から報酬の一部として現金20万円を受け取りました。
甲 野 太 郎 指印
以上のとおり録取して読み聞かせた上,閲覧させたところ,誤りのないことを申し立て,欄外に指印した上,末尾に署名指印した。(欄外の指印省略)
前 同 日
○○県□□警察署
司法警察員 警部補 P ㊞
本問は,捜査・公判に関する具体的事例を示して,そこに生起する刑事手続上の問題点の解決に必要な法解釈,法適用にとって重要な具体的事実の分析・評価及び具体的帰結に至る過程を論述させることにより,刑事訴訟法等の解釈に関する学識と適用能力及び論理的思考力を試すものである。
設問1は,殺人及び死体遺棄事件を素材として,被疑者甲の共犯者乙が経営するT化粧品販売株式会社を適法に発付された捜索差押許可状に基づいて捜索した際に行われた様々な写真撮影について,その適法性を論じさせることにより,捜索差押えという強制処分の過程における写真撮影の法的性質についての考え方,ひいては令状主義及び刑事訴訟法第218条第1項の定める捜索,差押え及び検証についての正確な理解と具体的事実への適用能力を試すものである。
捜索差押時に行われる写真撮影の適法性については,当該写真撮影が捜索差押えに付随する処分として許される場合があるとの見解や捜索差押えの意義・内容からその本来的効力として写真撮影が許されるとする見解などがあり得るが,いずれにせよ,まず,令状主義の意義と趣旨に立ち帰ってこの問題に関する各自の基本的な立場を刑事訴訟法の解釈として論ずる必要がある。その上で,例えば,捜索差押えに付随する処分として許されるとする見解からは,証拠物の証拠価値を保存するため,あるいは手続の適法性の担保のため写真撮影が許されるとの規範を定立することになろう。
事例への法適用の部分では,具体的事例の写真①から④のいずれについても,写真撮影の対象が本件捜索差押許可状の差押対象物,すなわち令状の本来的効力の対象である「本件に関連する保険証書,借用証書,預金通帳,金銭出納帳,手帳,メモ,ノート」に該当するか否かをまず検討し,その上で,当該写真撮影が証拠物の証拠価値を保存するためなどに必要であるか否かを検討してその適法性を論ずることになろうが,いずれも事例中に現れた具体的事実を的確に抽出,分析しながら論証すべきである。個々の適法又は違法の結論はともかく,具体的事実を事例中からただ書き写して羅列すればよいというものではなく,それぞれの事実が持つ法的な意味を的確に分析して論じなければならない。例えば,写真①については,白壁に書かれた記載の意味について甲の供述調書の記載から,本件との関連性を認定し,差押対象物である「本件に関連するメモ」として,白壁の一部を破壊し取り外して差し押さえるよりも写真撮影にとどめる方が処分を受ける者にとって不利益がより小さいため適法であるなどとの分析が可能であるし,写真②及び③については,通帳はいずれもA名義であるが,乙名義のパスポートやA名義の印鑑などと同じ引き出し内に入っていたことから乙が実質的に管理・使用していた通帳であることを論じたり,X銀行の通帳にある「→T.K」との鉛筆での書き込みの意味を検討し,通帳が発見された時点からその書き込みがあったことを明らかにする必要性を論じることなどが求められよう。また,写真④については,撮影されたパスポート,名刺等は令状記載の差押対象物ではないが,乙による通帳の管理・使用すなわち,引き出し内にあった預金通帳が本件に関連する通帳に該当する点を明らかにするため,同じ引き出し内にあったパスポート等の乙の名義部分だけを写真撮影するという行為が,差押手続の適法性担保の観点から許されないか等を論じる必要があろう。
設問2は,被疑者甲による犯行再現実験の結果を記録した実況見分調書について,その要証事実との関係での証拠能力を問うことにより,伝聞法則の正確な理解と具体的な事実への適用能力を試すものである。
本問では,検察官は「被告人が本件車両を海中に沈めることができたこと」という立証趣旨を設定したが,弁護人は,その立証趣旨を「被告人が本件車両を海中に沈めて死体遺棄したこと」であると考え,本件実況見分調書の証拠調べ請求に対し,不同意の意見を述べている。犯行再現行為が問題となった判例によれば,弁護人が考えるように犯罪事実の存在が要証事実になると見るべき場合には,刑事訴訟法第321条第3項所定の要件を満たす必要があるだけではなく,再現者が被告人である場合には同法第322条第1項所定の要件をも満たす必要があるとされていることから,果たして本件における要証事実をどのようにとらえるべきか,事例中に現れた具体的事実関係を前提にして,的確な分析が求められる。
事案に則した前記判例の正確な理解を踏まえつつ,本件の具体的事実関係を的確に把握すれば,本件は,判例の見解が前提としていた事案とは異なり,検察官が設定した立証趣旨をそのまま前提にするとおよそ証拠としては無意味になるような例外的な場合などではなく,甲が供述しているような犯行態様が現場の客観的な環境との関係で物理的に可能であるか否かが正に問題になる事案であるとの理解が可能である。
いずれの設問についても,法解釈論や要件について抽象的に論じるにとどまったり,判例の見解をそのまま書き写すのではなく,事例中に現れた具体的事実関係を前提に,法的に意味のある事実の的確な把握と要件への当てはめを行うことが要請されている。
平成21年新司法試験の採点実感等に関する意見(刑事訴訟法)
1 採点方針等
本年の問題も,過去3回の試験と同様,比較的長文の事実関係を記載した事例を設定し,そこに生起している刑事訴訟法上の問題点につき,問題解決に必要な法解釈をした上で,法解釈・適用に必要不可欠な具体的事実を抽出・分析し,これに法解釈により導かれた規範の当てはめを行い,一定の結論を筋道立てて説得的に論述することを求めており,法律家になるための学識・法解釈適用能力・論理的思考力・論述能力等を試すものである。
出題に当たっては,刑事訴訟法の中でも重要であり,法律家になるために理解しておかなければならない犯罪捜査に関する基本的な問題と証拠法に関する伝聞法則を選定した上,設問において,答案で論じてほしい事項を画定明示することにより,受験者が,一定の時間内に,法解釈と事実の分析等の双方について,必要十分な論述を行うことができるように配慮した。
具体的な出題の趣旨については,公表されているとおりである。設問1では,殺人及び死体遺棄事件を素材として,被疑者の共犯者が経営する会社を適法に発付された捜索差押許可状に基づいて捜索した際に行われた様々な写真撮影について,その適法性を問い,捜索差押えという強制処分の過程における写真撮影についての考え方を示した上,事例への法適用の部分では事実が持つ意味を的確に位置付けて論じることを求めている。設問2では,被疑者による犯行再現実験の結果を記載した実況見分調書について,その要証事実との関係で証拠能力を問い,本件の具体的事実関係を的確に把握・分析した上で,適用可能性のある伝聞例外規定に係る要件等の法解釈とその要件への当てはめについて論じることを求めている。採点に当たっては,このような出題の趣旨に沿った論述が的確になされているかに留意した。設問1は,法科大学院の授業で直接扱う事例ではないかもしれないが,令状に基づく強制処分の制度趣旨という基本に立ち帰って考える能力を体得していれば,筋道だった論述ができるはずである。また,設問2は,法科大学院で刑事訴訟法をまじめに学習した者であれば,何を論じなければならないかは明白であり,その素材となる判例や学説等も容易に思い浮かぶような事例である。
2 採点実感
次に,採点実感についてであるが,合格判定会議後に各考査委員から様々な意見を聴いているので,そのような意見をも踏まえた感想を述べる。全般的には,新司法試験が志向している法解釈とこれに則して具体的な事実関係を分析した論述がなされている答案が少なからず見られ,これは法科大学院における刑事実務を意識した理論教育が定着の方向にある成果と感じられた。設問1については,強制処分の過程における写真撮影の法的性質について的確に論じた上で,各写真撮影ごとに個々の事例中に現れた具体的事実を的確に抽出,分析しながら論じられた答案が見受けられ,また,設問2については,本件での要証事実を的確に理解した上で,最高裁判所の判例法理等の理解をも踏まえて的確な論述ができている答案も見られた。他方,昨年までと同様に,不正確な抽象的法解釈や判例の表現の意味を真に理解することなく機械的に暗記して,これを断片的に記述しているかのような答案も相当数見受けられたほか,関連条文から解釈論を論述・展開することなく,問題文中の事実をただ書き写しているかのような解答もあり,法律試験答案の体をなしていないものも見られた。
以下,法科大学院における教育と学習の指針に資するため,理解が不十分と思われた点を具体的に述べる。
設問1については,適法に発付された捜索差押許可状に基づいて,憲法第35条の保障が及ぶ屋内を捜索する際に行われた対象者の意に反する様々な写真撮影についてその適法性を問うているにもかかわらず,これを単に任意捜査として許されるか否かという観点からのみ論じている答案や,各写真撮影を刑事訴訟法第111条にいう「必要な処分」として当然のように許されるとのみ論じている答案が見受けられた。また,各写真撮影については,個々の具体的な事実関係(特に撮影対象と被疑事実との関連性を検討する素材になる事実)が被疑者の供述調書など問題文中に現れているにもかかわらず,これを的確に抽出,分析できていない答案もあった。
法適用に関しては,事例に含まれている具体的事実を抽出・分析することが肝要であり,相当数の答案が問題文にある必要かつ十分な具体的事実を抽出できていた。しかし,更に踏み込んで個々の事実が持つ意味を深く考えることが望まれる。例えば,通帳に手書きで記載されていた「→T.K」の意味について,被疑者甲野太郎への殺害報酬の原資となっている可能性があるとの通帳の本件との関連性については論じている答案が少なからずあったものの,さらに,鉛筆での書き込みであって,捜査機関が後に書き込んだものではなく,捜索差押え時からこの書き込みが存在したことを明らかにする必要があるなどとの写真撮影の必要性についても検討している答案は少数であった。学習に際しては,具体的事実の抽出能力に加えて,その事実が持つ法的意味を意識して分析する能力の体得が望まれるところである。
設問2については,本件での具体的な事実関係を前提に,要証事実を的確にとらえ,最高裁判所の判例法理等の理解を踏まえた的確な論述ができている答案は比較的少数にとどまった。本件では正に検察官が設定した立証趣旨が意味を持つ場合であるのに,何らの説明もなく検察官の立証趣旨に拘束される必要がない,あるいは検察官の立証趣旨には意味がないとだけ断じ,最高裁判所の判例の見解が前提としていた事案とは異なるにもかかわらず,刑事訴訟法第321条第3項所定の要件を満たすだけでなく,同法第322条第1項所定の要件をも満たす必要があるとした答案が多数あった。法律家は常に結論に至る理由を示し説明しなければならない。このような答案について,あえて厳しい評価をすれば,事案分析能力・思考能力の不備・欠如を露呈するものと言わざるを得ない。
3 今後の法科大学院教育に求めるもの
このような結果を踏まえて,今後の法科大学院教育においては,手続を構成する制度の趣旨・目的を基本から正確に理解し,これを具体的事例について適用できる能力を身に付けること,筋道立った論理的文章を書く能力を身に付けること,重要な判例法理を正確に理解し,具体的事実関係を前提としている判例の射程範囲を正確にとらえることなどが要請される。特に,実務教育の更なる充実の観点から基本に立ち返り,通常の刑事手続,すなわち当たり前の手続の流れを正確に理解しておくことが,当然の前提として求められよう。