共犯 -
共同正犯
共犯 -
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罪数 -
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各則(個人的法益に対する罪) -
住居侵入罪
財産に対する罪 -
強盗罪
[刑事系科目]
〔第1問〕(配点:100)
以下の事例に基づき,甲及び乙の罪責について,具体的な事実を示して論じなさい(特別法違反の点を除く。)。
1 甲(男性・30歳)は,勤務先会社が倒産して失職し,新たな就職先も見付からず,生活費に窮していた。甲は,同じく失職中の友人の乙(男性・28歳)の家に遊びに行った時,乙に対し,「このままでは家賃も払えないし,食べていけない。何か金を作る方法はないだろうか。泥棒でもするしかないかな。」などと話した。
乙は,3か月前までAが経営する会社に勤務していたが,Aがしばしば自宅で仕事をするため,売上金を届けるなどの用件でAの自宅に何度も行ったことがあり,Aが自宅の書斎にある机の引き出しの中に現金300万円くらいを入れているのを知っていたことから,「前に勤務していた会社の社長Aは,現金300万円くらいをいつも家に置いていた。Aは資産家だから,家にはほかにも金目の物がたくさんあると思う。」と言った。
甲は,それを聞いて,うまくA方に忍び込んで現金を盗むことができれば,当分金に困ることはないと思い,A方に盗みに入ろうと考え,乙に対し,「一緒にその金を盗みに入らないか。」と言ったが,乙は,「俺はそんな危ないことはしたくない。」と言った。そこで,甲は,乙に対し,「それじゃあ,俺が入るから,Aの家の場所と現金の在りかを教えてくれ。300万円手に入れることができたら,お前に100万円やる。」と言った。
乙は,Aの会社に勤務していた時の待遇に不満を持っていた上,乙自身も生活費に窮していたことから,甲が首尾よく現金を盗むことができれば自分もまとまった金を手に入れることができると思い,「分かった。明日Aの家を見に行こう。家の間取り図も作っておくよ。」と答え,さらに,「Aは一人暮らしだ。毎週月曜日には必ず会社に出勤するので,月曜日の日中Aは家にいない。Aは月曜日の午前8時半ころ家を出るが,午前10時ころには通いの家政婦が来るので,やるんだったら月曜日の午前8時半から午前10時前までだ。トイレの窓にはいつも鍵が掛かっていないから,そこから家の中に入れると思う。書斎の机の引き出しには300万円くらいは入っているはずだし,ほかの場所にも金目の物があるはずだ。」と説明した。
2 同日夜,乙は,A方の間取り図面を作成し,トイレの場所,書斎の場所やAがいつも現金を入れていた机の場所等を同図面に書き込んだ。
そして,翌日の昼間,乙は,自分の自動車に甲を乗せてA方付近まで運転し,Aの自宅を指さして,甲に対し,「あれがAの家だ。」と教えるとともに,前記図面を甲に手渡した。
甲は,A方付近が閑静な住宅街で,日中も人通りがほとんどなかったことから,トイレの窓からA方に侵入してもだれにも見られないだろうと安心し,乙に対し,「今度の月曜日にやる。Aが家を出た後すぐに入るから,午前8時過ぎにAの家の近くに着けるように今度の月曜日の朝迎えに来てくれ。」と言った。乙は,これに対して,「分かった。」と答えた。
甲は,帰宅後,乙から受け取った前記図面を再確認するとともに,万一家に人がいた場合に備え,カッターナイフ(刃体の長さ8センチメートル)を準備した。
3 翌週の月曜日,乙は,前記自動車を運転して甲方に行き,甲を同車に乗せて,A方付近に向かい,午前8時過ぎころA方付近に到着した。
乙は,甲がA方から出て来るまで付近道路に同車を停車させたまま待っていようと思い,甲に対し,「ここで待っているよ。」と言ったところ,甲は,乙が何度も同車でA方を訪れた旨聞いていたことから,だれかに乙の自動車を見られるのは絶対に避けたいと考え,「お前は先に帰っていてくれ。車を見られたらまずい。」と言った。そこで,乙は,甲を同車から降ろした後,すぐに同車を運転してその場を去った。
4 甲は,A方付近でA方玄関の様子をうかがっていたが,午前8時半ころ,Aが家を出たのを確認した後,A方に向かい,前記図面に示されていたトイレの窓を探し,無施錠の同窓を開けて屋内に入った。そして,甲は,書斎に行き,机の引き出しを開けて現金300万円を見付け,これを着ていたジャンパーのポケットに入れた。
甲は,簡単に机の引き出し内の現金を手に入れることができ,まだ時間に余裕があったことから,引き続き別の金品を探そうと考え,居間に入った。
ところで,A方には,乙が出入りしなくなった後,Aの父であるB(70歳)が同居していたが,乙はそのことを知らなかった。甲が居間に入った時,Bは同所にいたが,甲が入って来たのを見て,その場に立ちすくんだ。
甲は,Bの姿を見るや,ジャンパーのポケットに入れていた前記カッターナイフを取り出してその刃を約5センチメートル出し,Bに歩み寄り,「金を出せ。」と言いながら,カッターナイフの刃をBの目の前に突き出した。Bが「助けてくれ。」と大声を上げたので,甲は,Bの大声が近所の人に聞こえてしまうと思い,Bを黙らせるため,Bの胸倉を左手でつかみ,右手に持ったカッターナイフの刃先をBの左頬に突き付けながら,「静かにしろ。騒ぐと殺すぞ。」と申し向けた。Bは恐怖の余り大声を出すのをやめ,その場にしゃがみ込んだが,甲は,Bの胸倉をつかみながらカッターナイフの刃先をBの左頬に突き付けたままの体勢で自らもしゃがみ込み,さらに,Bに対し,「金を出せ。」と申し向けた。
同居間のテーブル上には,Aが日常の支払用の現金を入れていた封筒があったので,Bは,やむを得ず,同封筒を甲に渡した。甲は同封筒に入っていた現金2万円を取り出してジャンパーのポケットの中に入れ,さらにBに対し,カッターナイフの刃を突き付けながら,「まだあるだろう。どこにあるんだ。」と申し向けたところ,Bは甲の背後のリビングボードを指さして,「多分あそこにあると思う。」と言った。
そこで,甲は,同リビングボードの方に行き,物色を始めたが,そのすきにBは慌てて居間から逃げ出した。甲は,Bが逃げ出したのに気付き,すぐに「待て。」と怒鳴りながら同人を追った。甲が追って来たのを知ったBは,甲に捕まったら本当に殺されるかもしれないと思い,「どろぼう。」と叫びながら,必死で玄関から外に逃げようとした。
甲は,Bが「どろぼう。」と叫びながら玄関のドアを開けたのを見て,このままではだれかにBの声を聞きつけられ,捕まってしまうと思い,Bを追うのをあきらめて裏口から逃げることにし,裏口を探した。
Bは,玄関の外に出た直後,足がもつれて転倒し,その際加療約1か月を要する右手首骨折の傷害を負った。
5 一方,乙は,甲と別れた後A方付近から離れ,自宅に戻ろうとしていたが,途中,甲のことが気掛かりになり,再びA方付近に向かい,A方付近路上に自動車を止めて,車内からA方の様子を見ていた。
すると,Bが前記のように玄関から走り出て来て,足がもつれて転倒した後すぐに起き上がり,「どろぼう。」と叫びながら,A方前路上に走り出て来たので,乙は,甲が盗みを実行中に居合わせたBに見付かってしまったのだと思い,このままでは,近所の人がBの声を聞きつけて警察に通報すると考え,Bを黙らせるために,すぐに同車から降りてBに駆け寄り,背後から左腕をBの首に回して右手でBの口を塞いだ。
Bは乙の右手に噛みついて抵抗したので,乙は,Bからとっさに手を離した上,その顔面を拳で力一杯殴打したところ,Bはその衝撃で倒れ,その際,ブロック塀の角に後頭部を強打した。Bはよろめきながら立ち上がって,「だれか助けてくれ。」と声を出しながら逃げ出そうとしたので,乙は更にBの背部,腹部を数回蹴ったところ,Bはその場にうつ伏せに倒れ,動かなくなった。
甲は,Bが玄関の外で足がもつれて転倒し右手首骨折の傷害を負ったことを知らず,また,乙が戻って来てBに暴行を加えたことも知らずに裏口から外に出たが,A方付近路上に乙の自動車らしい車両を見付けたため,同車の方に駆け寄った。すると,同車付近に乙がおり,乙の近くにBがうつ伏せに倒れていたので,驚いて,乙に対し,「何をやっているんだ。車を見られたらまずいって言っただろう。」と言うと,乙はすぐに同車に戻り,甲も同車に乗り込んで,両名は直ちに同所から逃走した。
その後,甲は,乙に対し,A方で取得した現金のうち100万円を分け前として渡した。
6 Bは,甲及び乙がA方前路上から逃走した直後,たまたま通り掛かった者に発見されて,救急車で病院に搬送されたが,前記のとおりブロック塀の角に後頭部を強打した際に頭蓋骨を骨折しており,これによる脳内出血によって,同日午後5時ころ死亡した。
本問は,具体的事例に基づいて甲乙の罪責を問うことによって,刑事実体法の理解,具体的事実に法規範を適用する能力,論理的思考力を試すものである。
まず,甲乙の共犯関係については,甲が乙に一緒にA方に盗みに入ろうと誘ったのに対し,乙が「俺はそんな危ないことはしたくない。」と言った上,実際に乙は自らはA方に盗みに入らなかったことに着目し,共謀共同正犯の成立要件ないし共同正犯と幇助犯の区別の判断基準等を念頭に置いて,本問の具体的事実関係の中から評価に値する事実を抽出し,要件に当てはめることが求められる。その際,事実を事例中からただ書き写して羅列するのではなく,犯行に至る経緯,乙が甲に提供した情報の具体的内容,犯行当日の甲乙の行動及び甲乙間の金銭の分配状況等について,これらの事実が持つ意味を的確に評価し,上記要件ないし判断基準に当てはめて結論に至る思考過程を論述する必要がある。また,その際には,(共謀)共同正犯の成否のみの論述にとどまらず,甲乙間の共謀ないし共同実行の意思の内容にも留意し,甲乙が想定していた金品奪取の態様や奪取対象となる金品の範囲を明確に意識しておく必要がある。
甲の罪責については,甲乙の共犯関係を前提として,まずはA方に入った行為及び書斎の机の引き出しから300万円を取り出してジャンパーのポケットに入れた行為について構成要件への当てはめを行うことが求められる。そして,甲が,Bにカッターナイフを示すなどした上,現金2万円を奪った行為については,反抗を抑圧するに足りる程度の暴行・脅迫の有無等を中心に,必要かつ十分な具体的事実を抽出して法的評価を示す必要がある。また,Bが居間から逃げ出し,玄関を出た直後に転倒して怪我をしたことについては,強盗の機会性の有無や因果関係の有無等に留意しつつ,具体的事実を示しながら強盗致傷罪の成否を検討する必要がある。さらに,その後,A方前路上でBが乙から殴る・蹴るなどされて死亡したことに関し,甲が罪責を負うか否かについては,乙との共犯関係に基づく帰責の可否及び甲に成立する強盗罪固有の枠組み(強盗の機会性ないし因果関係等)による帰責の可否を本問の事実関係に即して論ずることが必要である。
乙の罪責については,甲乙間の共犯関係を前提として,甲によるA方への侵入と300万円の窃取に関する罪責を示すほか,甲がBにカッターナイフを示すなどして2万円を奪った行為等については,甲乙間の共犯関係の内容を踏まえ,乙が予見していた事情と実際に甲が行ったことの間のずれの有無とその内容を的確に示した上,予見と異なる事態が生じた場合における乙の罪責を本件に即して具体的に論ずることが必要である。また,乙がA方前路上でBを殴る・蹴るなどして死亡させたことについても,その段階において乙に成立する犯罪を念頭に置きながら,適切な犯罪を選択した上,その犯罪の構成要件要素を示しつつ,設問から抽出した具体的事実をこれに当てはめることが必要である。
なお,甲乙に成立する個々の犯罪を前提に,これらに関する罪数評価及び共犯の成立範囲を的確に示すことが必要であることは言うまでもない。
いずれの問題点についても,論点に関する法解釈論を抽象的に論ずるにとどまることなく,事例に示された具体的な事実関係を分析し,論点の解決にとって必要な事実を抽出し,的確に法的評価をすることが求められている。
平成20年新司法試験の採点実感等に関する意見(刑法)
1 採点方針
本年の刑事系第1問(刑法)は,出題の趣旨において既に明らかにしたように,具体的事例に基づいて,刑事実体法の理解,具体的事実に法規範を適用する能力,論理的思考力を試すものである。採点に当たっては,こうした出題の趣旨に従い,甲乙の罪責に関する結論部分だけではなく,その結論に至る思考過程の論述を重視するものとし,事例に基づいて,甲乙の共犯関係(共謀ないし共同実行の意思の有無・内容)を的確に把握することを前提に,甲乙の罪責について,成立し得る犯罪の構成要件要素の解釈を踏まえ,具体的事実を示して当てはめ判断を行う論述が的確になされているかに留意した。
2 採点実感
以下,採点終了後に考査委員間で行った意見交換の結果を踏まえ,大論点ごとに,採点実感の概要を示すこととしたい。
まず,甲乙の共犯関係については,ほぼすべての答案が共謀共同正犯の成否ないし共同正犯と幇助犯の区別という視点に立って検討を行っていた。ただ,理論的な根拠や検討すべき要素を具体的に示しつつ,必要かつ十分な事実を抽出して当てはめるという論述をバランス良くかつ的確に行っている答案は必ずしも多くはなかった。例えば,法律論をほとんど示すことなく,単に問題文に記載された事実を羅列しただけで,事実の持つ意味やその評価に触れることなく,「以上の事実からすれば,共謀共同正犯が成立する。」等の結論を示す答案,逆に,法律論の論述のみに終始して,問題文に示された乙の関与に関する具体的事実の検討が不十分な答案が散見され,こうした答案は高い評価をするには至らなかった。その他,甲が現実にA方において強盗に及んでいる点をとらえて甲乙間には強盗の事前共謀があったと認定するなど,事実関係のとらえ方が強引な答案,(共謀)共同正犯を認定する積極的な事情を多く取り上げて論述しながら,乙の分け前が少ない点のみを論拠として乙は幇助犯にとどまるとの結論を導き出すなど,説得力を欠く論述の答案も見られたが,こうした答案は低い評価とならざるを得なかった。
次に,甲の罪責については,成立する犯罪の構成要件要素への当てはめ以前の問題として,甲の行為を余りに分断的で細切れにとらえ,刑法的評価の前提となる甲の行為を的確に把握できていない答案が散見された。例えば,甲のA方内での行動について,甲がカッターナイフの刃をBの目の前に突き出した行為は脅迫罪,甲がBに「静かにしろ。」等と言った行為は強要罪,甲がリビングボードに近づいた行為は,新たな別個の強盗(未遂)罪のように,事実のとらえ方が不適切な答案が目に付いた。また,甲のBに対する強盗の成否については,多くの答案が強盗罪の成立要件に問題文の事実関係を示して当てはめるという論述を行っていたが,ここでも問題文に記載された事実を書き写しただけで,「以上からすれば,強盗罪が成立する。」等と結論を示し,構成要件要素の法的な説明や挙示した事実の評価が抜け落ちているため,結論に至る筋道ないし思考過程が十分に読み取れず,高い評価を与えられない答案が相当数あった。その一方,「反抗を抑圧するに足りる程度の暴行・脅迫」に関して,甲のBに対する犯行が行われた状況のうち,A方の屋内でBが容易に助けを求められる状況にないこと等にも触れるなど,幅広い事情について目配りして結論を導いた答案があった。その他,屋外に逃げたBを乙が死亡させたことに関する甲の罪責については大半の答案が触れていたものの,甲乙間の共謀内容及び甲に成立する強盗罪の枠組み(強盗の機会性ないし因果関係等)の両方の観点で問題となり得ることを論じたものは少数であった。この点については,甲乙の事前共謀の内容は窃盗であるとしても,結論的には,甲にも乙にも強盗罪ないし事後強盗罪が成立するのであるから,Bの死の責任を甲に負わせられないのは不当ではないかという問題意識を示しながら,甲乙間には強盗の共謀がない以上,強盗罪の共犯として責任を負わせることはできず,また,甲に成立する強盗罪との関係でも因果関係等を認定できない旨事実を示しつつ検討した秀逸な答案があった。
さらに,乙の罪責については,まず,甲との共犯関係の内容を前提に,A方内での甲の強盗行為に関する乙の罪責を論ずることになるが,大半の答案は,「乙に強盗(致傷)罪は成立しない。」あるいは「乙には窃盗罪の限度で共同正犯が成立する。」と論ずるのみであった。前者のように,錯誤論を前提とした場合における乙の具体的な罪責を示さない答案が不十分であることはもとより,後者のように,「窃盗罪の限度」と抽象的に示したのみではこの事例における乙の罪責を的確に示したこととはならず,そこでいう「窃盗罪」とは300万円の窃盗であり,2万円に関しては責任を負わないという趣旨なのか,それとも,302万円の窃盗の限度では責任を負うという趣旨なのかを明らかにしなければ乙の罪責を正確に認定したとはいえない。この点については,多くの受験生が罪名を決めただけで安心してしまったものと思われた。また,乙に事後強盗(致死)罪が成立し得ることについては多数の答案が指摘していたものの,反抗抑圧に足りる程度の暴行といえるか,財物奪取と暴行との関連性は認められるかという点にまで目を行き渡らせて具体的に論じている答案は多くはなかった。その他,乙のBに対する殺意を無理に認定していると思われる答案が散見されたほか,乙の罪責を認定するに当たって,理解不十分なまま,承継的共犯や片面的共犯等の概念を用いている答案もあったが,これらは的確な事実認定・法律適用を誤ったものとして低い評価とならざるを得なかった。
3 法科大学院教育に求めるもの
新司法試験・刑法に関しては,本年はもとより過去の出題においても,比較的長文の事例を前提として,法解釈,法の適用に必要な事実関係の抽出と当てはめを行って説得的な論述を求める出題がなされているが,抽象的な法概念の理解にとどまらず,事実関係を踏まえて考えることの重要性を十分に理解することが大切である。法科大学院教育においても,これまでに引き続き,刑法の解釈論の正確な理解はもとより,具体的な事実関係を前提とした法の適用能力の涵養に努めていただきたいと考えている。