平成20年新司法試験公法系第2問(行政法)

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行政過程の手続的規律 - 行政手続法
取消訴訟の訴訟要件 - 処分性
義務付け訴訟及び差止訴訟 - 差止訴訟の訴訟要件と本案主張
抗告訴訟における仮の救済 - 執行停止

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〔第2問〕(配点:100)

  医療法人社団であるAは,平成13年1月24日,B県の知事から,介護保険法(以下「法」という。)第94条第1項に基づく開設許可を得て,介護老人保健施設(以下「本件施設」という。)を運営してきた。本件施設は,要介護者を対象に,施設サービス計画に基づき,看護,医学的管理の下における介護及び機能訓練,その他必要な医療や日常生活上の世話を行うことを目的としている。現在,本件施設には60名が入所して利用しており,大半が70歳を超えた高齢者で,長期間の入所者である。

  平成19年10月1日,本件施設を退職して間もない元職員から,B県高齢福祉課に対し,本件施設では法令上必要とされている医師が存在せず,看護師,介護職員の人数が足りていない,との通報が入った。本件施設は,法第97条第2項,第3項により,厚生労働省令(介護老人保健施設の人員,施設及び設備並びに運営に関する基準。以下「省令」という。)の定める基準を満たさなければならないとされている。上記通報を契機に,同月15日,B県高齢福祉課職員(以下「B県職員」という。)が,法第100条に基づき本件施設に立ち入り,質問,報告の聴取等の調査を実施した。Aの理事長は,「ほかの施設では行政指導として実地指導が行われているにもかかわらず,いきなり法律に基づく調査を実施するのは穏当ではない。」と抗議をしたが,B県職員は,これを聞き入れることなく,調査に着手した。B県職員は,本件施設の職員から,身分や調査の趣旨を説明するよう要請されたにもかかわらず,身分証の提示を拒否し,公的な調査であり抵抗すれば罰則の対象になることを繰り返し述べた上,事務机の上にあった帳簿等書類を段ボール箱に詰めて持ち帰った。B県高齢福祉課としては,医師が存在しないという事実は確認できなかったものの,当日の調査に基づき,本件施設では,看護師数,介護職員数が不足しており,さらには,一部入所者に対する身体的拘束が常時行われているなど,法第97条第2項,第3項,省令第2条第1項,第13条第4項違反の状況が継続していると判断するに至った。

  そこで,B県知事は,Aに対し,平成20年1月15日,勧告書を交付し,法第103条第1項に基づく勧告を行った。同勧告書には,同年3月24日を期限として,①省令の定める基準を遵守できるよう常勤の看護師,介護職員の人員を確保すること,②入所者に対する常時の身体的拘束をやめ,定期的に研修等を行い,身体的拘束の廃止に関する普及啓発を図ること,③上記①及び②に関する改善状況を文書で報告することの3点が記載されていた。さらに,勧告に従わない場合には,B県知事が,Aの勧告不服従を公表することがあること,措置命令や業務停止命令を発することがあることも明記されていたが(法第103条第2項,第3項),勧告の基礎となる事実は示されていなかった。

  Aの理事長は,前記調査以来,B県からは,何の連絡もなく,問い合わせに一切応じてこなかった状況の中で,いきなり勧告書が交付された上,内容的にも誤っているとして,激怒した。そこで,Aは,同年3月14日,勧告が違法であると考え,勧告に応ずる意思が無い旨を回答した。

  しかし,Aの理事長は,このままでは,勧告書に書かれていたように公表がされ,市民からの信頼が失われること,Aとしては多くの利用者が本件施設を離れてしまい,経営難に陥ること,仮に施設経営が立ち行かなくなれば,施設変更に伴う環境の変化や別の施設への移動により,高齢の利用者に身体面でも,精神面でも,大きな健康リスクが及ぶこと,入所者の移ることのできる施設が近隣には無いため,自宅待機となれば,入所者家族が大きな負担を負わざるを得ないことなどを懸念した。そこで,Aは,弁護士Cに訴訟提起を依頼することとした。

  【資料1 法律事務所の会議録】を読んだ上で,弁護士Dの立場に立って,Cの指示に応じ,設問に答えなさい。

  なお,介護保険法,介護老人保健施設の人員,施設及び設備並びに運営に関する基準,B県行政手続条例の抜粋は,【資料2 介護保険法等】に掲げてあるので,適宜参照しなさい。

 

〔設 問〕

 1. 勧告に従わなかった旨の公表がされることを阻止するために考えられる法的手段(訴訟とそれに伴う仮の救済措置)を検討し,それを用いる場合の行政事件訴訟法上の問題点を中心に論じなさい。解答に当たっては,複数の法的手段を比較検討した上で,最も適切と考える法的手段について自己の見解を明らかにすること。

 2. 前記1の最も適切と考える法的手段において勧告や調査の適法性を争おうとする場合に,Aはいかなる主張をすべきかについて,考えられる実体上及び手続上の違法事由を挙げて詳細に論じなさい。

 

【資料1 法律事務所の会議録】

弁護士C:本日は,Aの案件の基本処理方針を議論したいと思います。本件では調査のやり方が目を引きますね。

弁護士D:B県の説明では,通報の内容が重大なものであり,証拠隠滅も懸念された結果だということです。

弁護士C:納得できる理屈ではありませんね。Aはいきなり調査が行われたと主張していますが,これはどういった趣旨なのですか。

弁護士D:B県の作成した調査の実施要綱によりますと,実務上は2種類の調査形態が存在するようです。一つは実地指導と呼ばれるもので,行政指導として行われる調査です。もう一つが本件で問題となっている,法律に基づく調査でして,調査に基づき勧告がされると,公表,措置命令,業務停止命令,開設許可取消しがされる可能性があります。

弁護士D:B県の作成した調査の実施要綱によりますと,実務上は2種類の調査形態が存在するようです。一つは実地指導と呼ばれるもので,行政指導として行われる調査です。もう一つが本件で問題となっている,法律に基づく調査でして,調査に基づき勧告がされると,公表,措置命令,業務停止命令,開設許可取消しがされる可能性があります。

弁護士C:Aは調査について何を主張しているのですか。

弁護士D:調査の手順がひどい上,その中身も誤りだというのです。具体的には,①調査が,一部の出勤簿を対象としていない上,実施された特定曜日以外に週5日働いている看護師2名,介護職員5名を計算に含めていないなど,人員の把握を誤ったものであり,本件施設は看護師数及び介護職員数についての省令の基準を満たしていたこと,②ベッドからの転倒防止を第一に考え,5時間に限って,入所者家族の同意の下に1名のベッドに柵を設置しただけであり,常時の身体的拘束には該当しないことが主張されています。

弁護士C:調査が違法に行われたとして,そのことは勧告にどういった影響を及ぼすのか,両者の関係を整理してください。

弁護士D:分かりました。

弁護士C:それと,勧告についてですが,Aは唐突に出された点が不満のようですね。

弁護士D:そうです。これに対し,B県の側は,手順は行政の自由であるという理解のようです。

弁護士C:それは,勧告をソフトなものととらえているからでしょうか。本件の法的仕組みの中で勧告が占める位置や,その性格からさかのぼって,どのような手続が要求されるのか,もう一度検討してください。Aの言い分からしますと,最も恐れているのは,勧告に続く公表のようですね。

弁護士D:勧告不服従事業者として市民に公表されるのだけは避けたいようです。

弁護士C:D君には,勧告と公表の法的性格を分析した上で,採るべき法的手段について,公表を阻止する観点から検討をお願いします。

 

【資料2 介護保険法等】

 

○ 介護保険法(平成9年12月17日法律第123号)(抜粋)

 

 (帳簿書類の提示等)

第24条 1,2 (略)

3 前2項の規定による質問を行う場合においては,当該職員は,その身分を示す証明書を携帯し,かつ,関係人の請求があるときは,これを提示しなければならない。

4 第1項及び第2項の規定による権限は,犯罪捜査のために認められたものと解釈してはならない。

 (開設許可)

第94条 介護老人保健施設を開設しようとする者は,厚生労働省令で定めるところにより,都道府県知事の許可を受けなければならない。

2~6 (略)

 (介護老人保健施設の基準)

第97条 介護老人保健施設は,厚生労働省令で定めるところにより,療養室,診察室,機能訓練室,談話室その他厚生労働省令で定める施設を有しなければならない。

2 介護老人保健施設は,厚生労働省令で定める員数の医師,看護師,介護支援専門員及び介護その他の業務に従事する従業者を有しなければならない。

3 前2項に規定するもののほか,介護老人保健施設の設備及び運営に関する基準は,厚生労働大臣が定める。

4 厚生労働大臣は,前項に規定する介護老人保健施設の設備及び運営に関する基準(介護保健施設サービスの取扱いに関する部分に限る。)を定めようとするときは,あらかじめ社会保障審議会の意見を聴かなければならない。

5 介護老人保健施設の開設者は,要介護者の人格を尊重するとともに,この法律又はこの法律に基づく命令を遵守し,要介護者のため忠実にその職務を遂行しなければならない。

 (報告等)

第100条 都道府県知事又は市町村長は,必要があると認めるときは,介護老人保健施設の開設者,介護老人保健施設の管理者若しくは医師その他の従業者(以下「介護老人保健施設の開設者等」という。)に対し報告若しくは診療録その他の帳簿書類の提出若しくは提示を命じ,介護老人保健施設の開設者等に対し出頭を求め,又は当該職員に,介護老人保健施設の開設者等に対して質問させ,若しくは介護老人保健施設に立ち入り,その設備若しくは診療録,帳簿書類その他の物件を検査させることができる。

2 第24条第3項の規定は,前項の規定による質問又は立入検査について,同条第4項の規定は,前項の規定による権限について準用する。

3 (略)

 (設備の使用制限等)

第101条 都道府県知事は,介護老人保健施設が,第97条第1項に規定する施設を有しなくなったとき,又は同条第3項に規定する介護老人保健施設の設備及び運営に関する基準(設備に関する部分に限る。)に適合しなくなったときは,当該介護老人保健施設の開設者に対し,期間を定めて,その全部若しくは一部の使用を制限し,若しくは禁止し,又は期限を定めて,修繕若しくは改築を命ずることができる。

 (業務運営の勧告,命令等)

第103条 都道府県知事は,介護老人保健施設が,その業務に従事する従業者の人員について第97条第2項の厚生労働省令で定める員数を満たしておらず,又は同条第3項に規定する介護老人保健施設の設備及び運営に関する基準(運営に関する部分に限る。以下この条において同じ。)に適合していないと認めるときは,当該介護老人保健施設の開設者に対し,期限を定めて,第97条第2項の厚生労働省令で定める員数の従業者を有し,又は同条第3項に規定する介護老人保健施設の設備及び運営に関する基準を遵守すべきことを勧告することができる。

2 都道府県知事は,前項の規定による勧告をした場合において,その勧告を受けた介護老人保健施設の開設者が,同項の期限内にこれに従わなかったときは,その旨を公表することができる。

3 都道府県知事は,第1項の規定による勧告を受けた介護老人保健施設の開設者が,正当な理由がなくてその勧告に係る措置をとらなかったときは,当該介護老人保健施設の開設者に対し,期限を定めて,その勧告に係る措置をとるべきことを命じ,又は期間を定めて,その業務の停止を命ずることができる。

4 都道府県知事は,前項の規定による命令をした場合においては,その旨を公示しなければならない。

5 (略)

 (許可の取消し等)

第104条 都道府県知事は,次の各号のいずれかに該当する場合においては,当該介護老人保健施設に係る第94条第1項の許可を取り消し,又は期間を定めてその許可の全部若しくは一部の効力を停止することができる。

一~八 (略)

九 前各号に掲げる場合のほか,介護老人保健施設の開設者が,この法律その他国民の保健医療若しくは福祉に関する法律で政令で定めるもの又はこれらの法律に基づく命令若しくは処分に違反したとき。

十~十二 (略)

2,3 (略)

  第14章 罰則

第209条 次の各号のいずれかに該当する場合には,その違反行為をした者は,30万円以下の罰金に処する。

一 (略)

二 第42条第3項,第42条の3第3項,第45条第8項,第47条第3項,第49条第3項,第54条第3項,第54条の3第3項,第57条第8項,第59条第3項,第76条第1項,第78条の6第1項,第83条第1項,第90条第1項,第100条第1項,第112条第1項,第115条の6第1項,第115条の15第1項又は第115条の24第1項の規定による報告若しくは帳簿書類の提出若しくは提示をせず,若しくは虚偽の報告若しくは虚偽の帳簿書類の提出若しくは提示をし,又はこれらの規定による質問に対して答弁をせず,若しくは虚偽の答弁をし,若しくはこれらの規定による検査を拒み,妨げ,若しくは忌避したとき。

三 (略)

 

 ○ 介護老人保健施設の人員,施設及び設備並びに運営に関する基準(平成11年3月31日厚生省令第40号)(抜粋)

 

   第2章 人員に関する基準

 (従業者の員数)

第2条 介護保険法(略)第97条第2項の規定による介護老人保健施設に置くべき医師,看護師,介護支援専門員及び介護その他の業務に従事する従業者の員数は,次のとおりとする。

一 医師常勤換算方法で,入所者の数を100で除して得た数以上

二 薬剤師介護老人保健施設の実情に応じた適当数

三 看護師若しくは准看護師(以下「看護職員」という。)又は介護職員(以下「看護・介護職員」という。)常勤換算方法で,入所者の数が3又はその端数を増すごとに1以上(看護職員の員数は看護・介護職員の総数の7分の2程度を,介護職員の員数は看護・介護職員の総数の7分の5程度をそれぞれ標準とする。)

四 支援相談員入所者の数が100又はその端数を増すごとに1以上

五 理学療法士又は作業療法士常勤換算方法で,入所者の数を100で除して得た数以上

六 栄養士入所定員100以上の介護老人保健施設にあっては,1以上

七 介護支援専門員1以上(入所者の数が100又はその端数を増すごとに1を標準とする。)

八 調理員,事務員その他の従業者介護老人保健施設の実情に応じた適当数

2 前項の入所者の数は,前年度の平均値とする。ただし,新規に許可を受ける場合は,推定数による。

3 第1項の常勤換算方法は,当該従業者のそれぞれの勤務延時間数の総数を当該介護老人保健施設において常勤の従業者が勤務すべき時間数で除することにより常勤の従業者の員数に換算する方法をいう。

4 介護老人保健施設の従業者は,専ら当該介護老人保健施設の職務に従事する者でなければならない。ただし,入所者の処遇に支障がない場合には,この限りでない。

5~7 (略)

   第4章 運営に関する基準

 (介護保健施設サービスの取扱方針)

第13条 1~3 (略)

4 介護老人保健施設は,介護保健施設サービスの提供に当たっては,当該入所者又は他の入所者等の生命又は身体を保護するため緊急やむを得ない場合を除き,身体的拘束その他入所者の行動を制限する行為(以下「身体的拘束等」という。)を行ってはならない。

5,6 (略)

 

 ○ B県行政手続条例(抜粋)

 (定義)

第2条 この条例において,次の各号に掲げる用語の意義は,当該各号に定めるところによる。

一~六 (略)

七 行政指導県の機関がその任務又は所掌事務の範囲内において一定の行政目的を実現するため特定の者に一定の作為又は不作為を求める指導,勧告,助言その他の行為であって処分に該当しないものをいう。

八 (略)

   第4章 行政指導

 (行政指導の一般原則)

第30条 行政指導にあっては,行政指導に携わる者は,当該県の機関の任務又は所掌事務の範囲を逸脱してはならないこと及び行政指導の内容が相手方の任意の協力によって実現されるものであることに留意しなければならない。

2 行政指導に携わる者は,その相手方が行政指導に従わなかったことを理由として,不利益な取扱いをしてはならない。

3 前項の規定は,公益の確保その他正当な理由がある場合において,県の機関が行政指導の事実その他必要な事項を公表することを妨げない。

 (申請に関連する行政指導)

第31条 申請の取下げ又は内容の変更を求める行政指導にあっては,行政指導に携わる者は,申請者が当該行政指導に従う意思がない旨を明確に表明したにもかかわらず当該行政指導を継続すること等により当該申請者の権利の行使を妨げるようなことをしてはならない。

2 前項の規定は,申請者が行政指導に従わないことにより公益が著しく害されるおそれがある場合に,当該行政指導を継続することを妨げない。

 (許認可等の権限に関連する行政指導)

第32条 許認可等をする権限又は許認可等に基づく処分をする権限を有する県の機関が,当該権限を行使することができない場合又は行使する意思がない場合においてする行政指導にあっては,行政指導に携わる者は,当該権限を行使し得る旨を殊更に示すことにより相手方に当該行政指導に従うことを余儀なくさせるようなことをしてはならない。

 (行政指導の方式)

第33条 行政指導に携わる者は,その相手方に対して,当該行政指導の趣旨及び内容並びに責任者を明確に示さなければならない。

2 行政指導が口頭でされた場合において,その相手方から前項に規定する事項を記載した書面の交付を求められたときは,当該行政指導に携わる者は,行政上特別の支障がない限り,これを交付しなければならない。

3 (略)

 (複数の者を対象とする行政指導)

第34条 同一の行政目的を実現するため一定の条件に該当する複数の者に対し行政指導をしようとするときは,県の機関は,あらかじめ,事案に応じ,これらの行政指導に共通してその内容となるべき事項を定め,かつ,行政上特別の支障がない限り,これを公表しなければならない。

 (この章の解釈)

第35条 この章の規定は,県の機関が公益上必要な行政指導を行うことを妨げるものと解釈してはならない。

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 本問は,県知事が介護老人保健施設に対して勧告をした事案について,勧告を違法と考え従わなかった施設の代理人弁護士という立場から論じさせるものである。問題文と資料から基本的な事実関係を把握した上で,介護保険法や関連法令の趣旨を読み解き,適切な救済手段を選択し,それと結び付いた本案の主張を展開する力を試すものである。

 設問1は,勧告不服従の公表を阻止するための法的手段(訴訟とそれに伴う仮の救済措置)に関して,基本的理解を問う問題である。勧告や公表が処分に当たるのかといった検討を,介護保険法に即して行うことが前提となる。勧告に従わない場合には,公表や措置命令,業務停止命令,開設許可取消などがなされ得る法的仕組みを正確に把握した上で,勧告や公表の法的性格を分析することが求められている。

 例えば,処分性の定義を前提として,勧告が処分に当たることを具体的に説明した上で,その執行停止を解答する場合には,勧告の取消訴訟を論じることに加えて,行政事件訴訟法第25条所定の要件について検討する必要があろう。勧告の処分性を否定する場合には,勧告に対して公法上の当事者訴訟を提起するとともに,仮の権利救済手段として仮処分を検討することが考えられる。確認訴訟を利用する場合には,確認の利益を中心に詳細な検討が期待される。また,公表の処分性を肯定した上で,その差止め訴訟,仮の差止めを提案する解答もあり得る。この場合には,差止め訴訟の要件(行政事件訴訟法第37条の4)や仮の差止めの要件(特に,同法第37条の5第2項,第3項)について,法文の解釈や当てはめが的確になされていることが必要となる。さらに,公表の処分性を否定し,公表に対する民事の差止め訴訟ないし公法上の当事者訴訟を提案し,仮処分の可能性を検討することも考えられる。民事の差止め訴訟を選択する場合には,差止めを根拠付ける権利について詳細な言及が望まれよう。このように,様々な法的手段が考えられる中で,複数の法的手段を提案し,それらの比較を通じて最も適切と考える法的手段を提示しなければならない。

 設問2は,調査,勧告の適法性を論ずる問題である。調査については,帳簿書類等を段ボール箱に詰めて持ち帰った行為が強制力の行使に当たるとすれば,介護保険法第100条の解釈として許容されるのかを検討する必要がある。また,調査に当たりB県職員が身分証を提示しなかった点について,同法第100条第2項,第24条第3項に違反するのかが論じられなければならない。このほか,行政指導として行われる調査を同法第100条の調査に先行させる義務を知事は負っているのかという問題も,検討すべき対象である。

 上記の検討を通じて,調査の違法が認められる場合に,それが勧告にどのような影響を及ぼすのかを検討することも,本問では要求されている。

 勧告の違法性に関しては,基準違反を内容とする県の指摘について,事実誤認を主張することが考えられる。このほか,勧告に関しては,勧告の手続法的違法が問題となろう。その前提として,勧告にはどのような行政手続が要請されるのかが論じられなければならない。例えば,勧告を不利益処分ととらえる場合には,行政手続法の不利益処分手続が適用される。この場合には具体的にどのような手続規制が要求されるのかを明らかにした上で,本件事案でそうした手続が踏まれていたのかを検討することとなろう。これに対し,勧告を行政指導と解する場合には,知事の行う行政指導については,行政手続法は適用除外となり,B県行政手続条例の定める行政指導手続が要求される。この点を指摘した上で,本件で手続に関する違法が認められるのかを同条例に即して検討することが求められる。

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1 出題の趣旨等(公表版の補足)

  •  問題文,添付資料ともに,できるだけ簡潔にすることを心掛けた。これは,従来,時間不足により中途半端な解答に終わっている答案が少なからず見られたことにも配慮したものである。
  •  単に「考えられる法的手段」を解答させるにとどめず,「複数の法的手段を比較検討した上で,最も適切と考える法的手段について自己の見解を明らかにする」ことを求めることにより,解答者の訴訟制度(仮の救済手段を含む。)に関する理解力と応用力を,一歩踏み込んで探ろうとした。

 

2 採点方針

  •  救済手段の選択については,評論家風な解答ではなく,「自己の見解」が示されていか否かを採点に当たって重視することとした。
  •  答案の構成が優れていたり,文章表現が優れ論理性の高い答案など,特に優れている答案には,とりわけ高い評価を与えることとした。
  •  条文の引用が正確にされているか否かも採点に当たって考慮することとした。

 

3 採点実感

 以下は,採点委員から寄せられた感想のうち主要なものをまとめたものである。

○ 基礎的知識はそれなりに身に付いてきていると感じた。

○ 飛び抜けて良い答案・悪い答案は少なく,全体としてまずまずの出来だった。

● 処分性の定義が不正確なものが少なくなかった。

● 処分性の定義の形式的当てはめに終始し,問題事案における行政活動の性質の分析と必ずしもかみ合っていない答案が目に付いた。

● 当事者訴訟に仮の救済なしとするもの,または,行政事件訴訟法第44条によって仮処分が排除されているとするものが少なからず見られた。

● 調査における強制・押収の違法について指摘する答案が極めて少なかった。

● 調査の違法が勧告に及ぼす影響について,専ら「違法性の承継」の問題として解答をしている答案が少なくなかった。

● 問題文・設問・資料で明記・誘導されているにもかかわらず,記述の及んでいない事項(仮の救済・強制調査の問題点など)がある答案も少なからず見られた。問題文や設問等を十分に読んでいないと思わざるを得ない。

● 訴訟形式の選択について,比較の視点が希薄であり,実質的な検討が適切になされている答案は多くなかった。

● 差止め訴訟について,取消訴訟が可能であれば駄目とするなど,補充性の理解が不正確であった。

● 行政手続法と行政手続条例との適用区分について,正確な理解ができていない答案が少なからずあった。

● 勧告の違法について,安易に行政裁量の問題として論じているものが目立った。

● 取消訴訟の訴訟要件について,処分性の問題のみにしか触れていないものが少なくなかった。

 

4 今後の出題の在り方

 これまでのような基本的・全体的知識を試す方向と,一定の重要論点について深く論じさせたり,証拠の評価・事実認定をさせることによって,より高度な思考能力・文章表現力を試す方向との両者の要請を満たすような問題を工夫・検討すべき,との意見があった。

 

5 法科大学院に求めるもの

  •  全体として見ると,行政法の理解度は着実に上がっており,法科大学院における教育の成果と見ることができる。ただし,行政救済法と行政作用法(総論)とに分けた場合,後者の分野での理解になお不足が感じられる。個別法・個別事案を素材として,行政活動の適法・違法を具体的かつ的確に判断する力を養うことが求められ,その意味で,より実践的・実務的教育が行われることが期待される。
  •  法令の条文を適切に理解して当てはめることができず,論点を見つけると憲法や行政手続法(条例)を安易に援用して論ずる例が目立った。論点主義ではなく,基本的な法制度の仕組みを条文と照らし合わせながら理解する地道な学習が求められる。
  •  結論のみを述べることに急な答案が目に付いた。結論を導く思考過程や論理過程を重視して,これを適切に表現する能力を磨く訓練を行うことを一層重視すべきである。

ヒアリング

新司法試験考査委員(公法系科目)に対するヒアリングの概要

 

(◎委員長,○委員,□考査委員)

 

◎ 採点実感等についての御意見は,従前から公表しており,法科大学院の教員や学生から,重要な情報として受け止められている。今回は,あらかじめ御意見を書面の形で頂いているので,それを補充する形で御意見を頂ければ幸いである。まず,憲法の先生から伺いたい。

□ 憲法の出題の意図としては,仮想的な事案を設定し,その中で具体的に問題点を発見し,それを広く多面的・多元的に検討して,筋道の通った理由付けをして結論をどう導き出せるかということが法科大学院で学ぶべき根本ではないかと考え,その趣旨で出題した。

  今年は,表現の自由をテーマとして出題した。法科大学院では多く,必ず学習しているテーマで,学生にもなじみがあるはず,ということで出題した。しかし,それが,かえって逆の方向で出た部分もあり,パターン化された答案が目につき,型にはまった論述がかなり見られた。また,答案を見ていると,例えば,「当てはめ」という言葉がよく出てくるが,この言葉が本来の意味とは違った形で使われていることが多いように思われる。暗記している抽象的理論の方を絶対視してしまい,事案を形式的にそのまま当てはめれば,自動的に答えが出るというようなイメージで「当てはめ」という言葉が使われているきらいがある。仮に,判断枠組みが定立できたとしても,個別具体的な事案の内容に即した検討をしなければ答えが出ないはずであり,そこをどれだけ考えてくれるか,ということを期待しているが,その期待にこたえる答案が数多くあるわけではない。

 もとより,実務と理論の架橋という視点で言えば,実務,判例がこうなっているからこうだ,ということを求めているわけではなく,その架橋の中でどう検討するかということを求めているわけである。例えば,最初に弁護人としてどのような主張をするか,という問いに対し,判例やどの主要な学説によっても全く筋の通らない主張や,認められる可能性がほとんどない主張にウエイトを置いて書くというのは,やはりいかがなものかと思う。実務と理論の架橋という視点からは,思い付いたことを何でも言えばよいというわけではないと考えている。そういう意味では,今年の問題でも,検閲に当たるかどうかということ(既存の概念の下では検閲に当たるということにはならないのであるが)をとにかく最初に主張するという答案が多く見られ,この点は,首をひねらざるを得ない部分であった。今回の事例について,表現の自由を規制するからといって,いわば条件反射的に「検閲」だという主張を提起するとすれば誤りであり,問題文をよく読み,「検閲」に関する判例,そして主要な学説を思い起こし,冷静に考えてみる必要がある。

 また,最終的に検閲性を否定している場合でも,実際の答案に記載された理由を見てみると,その概念の不正確な理解が目に付いた。例えば,「インターネットのみの規制であって印刷物での発表はできるから検閲ではない。」という理由や,「法律に基づいているから,行政権による事前抑制にはならない。」という理由を書いているものがあった。既存の概念の下で検討をする際には,おかしなことを書いていないか注意すべきであると思う。

 ただ,他方で,きちんと出題の趣旨,意図や出題者側が想定しているような問題点を的確にとらえ,資料も的確に分析して,筋道を通して考えているという答案もあった(例えば,先に述べた「検閲」に関してであるが,少数であるが,現在の判例学説の検閲概念には当たらないとした上で,今回の事例を分析し,新たな検閲概念を模索する必要がある,と論述を進めるものもあった。)。その意味では,法科大学院における実務を見据えた理論教育が効果を現していると考えられるが,残念ながら,そのような答案は1割程度にとどまった。

 したがって,全体的な印象として,憲法に関しては,法科大学院における教育成果というのは,まだ生みの苦しみの段階にあるのではないか,と考えている。善き法曹の育成という目標を実現するためには,法科大学院における教育の質の向上が必要不可欠であるが,法科大学院で身に付けておくべきことは何か,新司法試験の試験科目の再検討など,全体的に考える必要があると思われる。さらには,学生に問題を発見し,広く深く考え,そして筋の通った理由を付して結論を導き出す力を養成するためには,日本における学校教育の根本にまでかかわり得る問題でもあり,法科大学院での2年間ないし3年間の授業で「考える」ことを求めても,それまで詰め込み教育を受けてきている中では,2年間あるいは3年間では「考える」力を十分に身に付けるのはそれほど容易ではないように思われる。憲法の問題を作題するに当たっては,どのような問題を出題すれば法曹家にふさわしい能力を的確に評価できるのかということについて,不断の工夫をし,知恵を絞っていきたいと思う。

 答案の書き方について,採点に当たった委員から問題が指摘されているので,受験生に注意を促す意味で,若干述べておきたい。答案用紙の左側,行頭を4分の1ほども空けて記載している答案がある。多くの字数分を空ける書き方は,場合によっては奇異な印象を与え,特定答案とみなされる可能性もあるということに留意すべきである。また,誤字,脱字,判読不能な文字,意味の分からない文章などが多く見られた。法的な能力以前の問題として,他人に読まれる文章であることを意識して,客観的な立場で自分の文章を見て修正する習慣を身に付ける必要があると思う。

□ 答案を採点して気が付いたのは,第一に,法的三段論法が身に付いていないと言わざるを得ない答案が余りにも多かったことである。こういう事案であるから,この規範が問題になり,この規範はこのような理由でこんな内容になっている。そして,この規範を事案に当てはめてみると,この事実があるからこの規範が適用できてこの効果が出てくるという形が整っていない,というか,意識していないような答案が多い。思い付いた規範から書きなぐったり,重要な事実の検討・当てはめを飛ばしたまま,全体として何の論理も理由もなく,あるいは淡白な理由で結論を導いている答案が多かった。もしかすると,時間がなくて省略したのかもしれないが,それが非常に気になった点である。

 この点は,法律家・実務家として命の部分であり,そこがなぜできていないのか,ということを考えさせられた。こういった能力のかん養を限られた法科大学院の憲法の講義の時間だけでやるべきだということはできない。しかし,何らかの方法でこれを強化しないと,なかなか法的に物事を考えるということ,法律家に求められる切り口で物を分析するということができないままになってしまうのではないかと思う。そこに危惧の念を抱いた。したがって,そこが法科大学院に望むことの一つにもなる。

 第二に,先ほども指摘があったが,基準,あるいは規範というものを,余りにも硬直的にとらえているということがある。事案がある規範に合わないような場合に,それでもその規範を形式的に当てはめていいのかどうか,修正がきくか,修正をするとしてどういう修正が妥当かを考えなくてはならないはずである。今年の出題でいえば,「残虐性」という要素がある点で普通の言論とは異なるのではないかとか,子供などをどう守るかなどという要素を盛り込んで,表現の自由を制約する場合の原則的な規範について,修正がきくかというのを問うているのに,自分の覚えている規範と合っていないときに,事実の方を切り捨てたり,無視してしまっている。これでは,事案に対応する能力という面では難があると言わざるを得ない。

 第三に,今回の憲法の問題は適用違憲,法令違憲が問題となってくるが,法令違憲と適用違憲のそれぞれの概念の理解ができていないという答案が多かった。これはかなり基本的な概念であるにもかかわらず,例えば,問題に挙がっている個別的な事情,事実だけを取り上げて法令違憲だという形の論述をするということは,本当に基本的な概念を理解できているのか疑問に思わざるを得ない。何となく知っている「法令違憲」「適用違憲」といった言葉を振り回しているだけではないかと受け取られても仕方ないのではなかろうか。

 そういう面で,まだまだ,法科大学院の教育を改善・向上していただく必要があるのではないかと感じた。

 実務家になれば,もともとある規範では解決できない事案にも出会っていくわけで,そこで安易に事実の方を切り捨てて規範を適用するのではなく,もう一度原点から柔軟に考えていく思考力を身に付けておく必要があり,是非そのようにしていただきたい。こういった思考力を育てることこそ,新たな法曹養成制度において法科大学院を中核的機関として置いた理念を実現するものであろうし,そのような柔軟な思考力を展開する前提として,少なくとも適用違憲と法令違憲のような基本的な法的概念はきちんとマスターしていただかねば困る。

 法科大学院の授業の単位数等に制約がある中で,なかなか一朝一夕には解決できないと思うが,だからといって,これを放置・放棄していい,現状であきらめてしまっていいとなってしまっては,憲法学という研究分野の問題からしても,あるいは法曹の活動という面からしても将来的にどうだろうかという気がするのと,やはり,法科大学院の設立の理念ということからすれば,安易な妥協をしてはならないのではないかと思う。

 なお,今回の憲法の問題について書かれたものをいろいろ拝見したが,中には,論点が多すぎるという指摘もあった。しかし,理論的に考えられる論点全部を拾わないと答案の評価が低くなるものとは,毛頭考えていない。自分の視点に基づいて,幾つかの重要なものを取り上げて,自分なりに論じてあればよいのであって,あらゆる論点全部について均等に少しずつ触れてほしいなどとは全く考えていない。論点を考えられる限りたくさん挙げれば良い評価になると思っているのか,重要でないものも含めて思い付く限りのあらゆる論点を挙げて,その結果,どれもこれも希薄に書いてしまっている答案も相当な数あった。もっとも,幾つかの些末な問題点を挙げるだけで,重要な問題点を指摘していないものもあった。この事案で何を議論の中心に持っていくかの判断も,実務家として重要なセンスの一つであると思う。

◎ 続けて行政法からもお願いしたい。

□ まず,採点実感については,昨年度に比べて全体として,基本的知識の理解度が上がってきているという印象を持った。昨年度の場合,著しく得点の低い答案が相当数見られたが,今年度はそれほどでもなかったと感じている。飛び抜けて良い答案と悪い答案が少ないということで,全体としてはまずまずの出来であった。

 それから,提出した書面の「3採点実感」の中で,●印は問題点ということで記載させていただいているが,上から3つ目の●に記載している当事者訴訟に関する仮の救済について,相当数の答案に誤解が見られた。ここに記載したように「仮の救済がない」とか,あるいは「行政事件訴訟法第44条によって仮処分が排除されている」という理解をしている答案が相当数見られた。この行政事件訴訟法第44条は「公権力の行使」に関する排除についての規定であり,一般的に排除されているわけではない。我々考査委員からすると,そのような答案がかなりの数見られたので,なぜこういう誤解が生まれたのかが不思議でならない。

 ただ,法科大学院の授業を通して見た場合,当事者訴訟の活用ということは,2004年の行政事件訴訟法の改正があり,学習すべき対象となっているが,仮の救済にまでは言及されていなかったのではないか,ある意味ではそこが抜け落ちていたのかもしれないと思う。今回出題・採点して改めてそう感じており,今後の法科大学院での教育に生かしていただきたいと思う。

 それから,訴訟形式の選択について,上から7つ目の●に,「比較の視点が希薄であり,実質的な検討が適切になされている答案は多くなかった。」と書いた点について,今回の問題に即して申し上げると,勧告の取消訴訟+執行停止と公表の差止め,仮の差止めを可能性として挙げた上で,例えば,公表の方は処分性を否定し,前者の勧告の取消訴訟+執行停止が最も適切であるとする解答,あるいは,公表に対する当事者訴訟を候補として挙げた上で,仮の救済がないから駄目ということで,勧告の取消訴訟を選択するという解答などが多かった。もっと両者につき,可能性を詰めて比較した上で,果たしてどちらが適切なのか,という十分な検討をしてほしかったところであるが,それがなされていない。

 それから,上から5つ目の●で,「調査の違法が勧告に及ぼす影響について,専ら『違法性の承継』の問題として解答をしているという答案が少なくなかった。」と書いているが,これは,調査と勧告の関係について,先行処分と後行処分の関係として論じて,原則として違法性の承継は認められないから違法性は及ばない,と結論付けた答案のことを指摘している。つまり,形式的に,先行処分と後行処分との関係における違法性の承継の問題として論じているようなものを指しているのである。中には,調査と勧告の密接な関係を具体的に検討・指摘した上で,調査の重大な違法が勧告の違法を帰結するという判断の結論部分で,「だから違法性は承継される。」という表現を用いている答案もあったが,そのようなタイプの答案については,実質的な分析はされているので,必ずしもマイナスの評価をしているわけではない。

 それから,法科大学院に求めるものとして,「個別法・個別事案を素材として,行政活動の適法・違法を具体的かつ的確に判断する力を養うことが求められ,その意味でより実践的・実務的な教育が行われることが期待される。」と記載しているが,これは,個別法についての知識の習得そのものを求めるものではなく,実体法と手続法の両面における違法性判断の,いわばセンスを磨くための学習を期待しているという趣旨である。

 なお,補充的に申し上げると,憲法でも指摘されたところであるが,法律文書の書き方が分かっていない,と思われる答案も散見されたところである。例えば,根拠を挙げないで結論だけ述べるものとか,条項を挙げるだけで実際にその要件の該当性について十分に検討していないもの,あるいは結論として自分の意見を明確に述べるのではなく,「可能性が高い」といったように評論家風のまとめ方をしているものが目に付いた。

 最後に,今まで述べたこととは異なったことになるが,今回問題文や添付資料等を簡潔にしたが,設問が2つある中で2番目の設問を中心に時間配分に失敗したのではないか,と思う答案が相当あった。第1回目,第2回目,第3回目と回を重ねるにしたがって減ってきてはいるが,依然としてそのような答案が見られた。

□ 採点をしていて一番残念だと思ったのは,既に御指摘があったことであるが,訴訟形式の選択についての比較の視点がほとんど出ていないということであった。今回の行政法の問題の特徴というのは,複数の法的手段をまず考えた上で,それらを比較して,その中で最も適切な法的手段を選び出す,というところにあった。これは,通常の実務で行われる思考の方法,つまり,法的に幾つか考えられる手段について,それぞれのメリットやデメリットを考えて,適切な手段を選び出すというもので,まさに実務家の基本的な能力を試す,良い問題ではないかと思って見ていた。しかし,実際の答案は,そのような視点が出ているものは,ごく少数であり,多くの答案では,攻撃対象となる2つの公表と勧告というものがあるが,勧告には処分性がある,公表には処分性がない,だから勧告の取消訴訟だという,その程度のことしか書けていなかった。出題のねらいとしていた,理論的に考えられるものを選び出して,その中からメリット・デメリットを考えて,適切なものを選択していくという思想とは全く異なる答案がかなりの部分を占めており,その点が一番残念だった。やはり,まだ,個別事案を素材にして,そこに含まれる問題点を検討していくという実務的なあるいは実践的な教育というものが必ずしも十分にされていないということではないか,との感想を持った。

◎ それでは質疑応答に入りたい。

○ 筋をしっかり見極めて,自分で取捨選択する必要があるということや,全部の論点を網羅する必要はなく,何が重要なところかを考えるというセンスを見たい,というのは大事な指摘だと思う。確かに学生らは,論点すべてをピックアップしなければいけないと思ったり,些細な技術的な書き方を気にする人が多い傾向にある。そうではなく,法曹としての解決の在り方をしっかり自分なりに考えて提示してくれればよいというメッセージは,今後学生たちの迷いを断ち切るためにも大変大事な指摘だと思う。教育の現場でも,的確にその点をとらえた教育をする教員もいるとは思うが,多くの学生はまだ怖がっている,あるいは迷っている状態にあるのではないか。

□ まさに御指摘のように,何が今回の問題で何が議論の中核になるのか,ということを考えて,それをピックアップして,しっかり書ける力がなければ,やはり実務家になるための資質としては問題だと思う。例えば,検閲については,既存の概念には当てはまらず,本人もそれが分かっているから,最後には,検閲に当たらないと書いている。それだけというか,そういうものを幾ら並べても,事案の解決という視点から見ると,何のために問題提起して筆を進めているのかということになるし,答案の焦点がぼやけるばかりである。書くのであれば,今回の事案が,従来の検閲概念には当たらないが,それでは事案の適切な解決に不都合があるので,新しい検閲概念を探求しなければならない,というところまで行くのでなければと思う。

 ふだんから,何が本当に相手を説得するときの勝負どころになるのか,ということを考えながら学習していないと,いきなり本番で何とかしようというのでは難しいと思う。

○ 今回の出題は,法科大学院の教員レベルでは,よくできた問題であると評価が高いが,採点実感として,出題の趣旨が分かっているものは,どの程度あるのか。

□ 本当によく書けているというものは,やはり少数にとどまる。

□ 少数にとどまるという点については,考査委員の実感はおおむね共通している。

○ 認証評価で法科大学院を見た感想を率直に申し上げると,憲法訴訟でこういう事例が出たときに対応できるような講義には到達していないという印象を受けた。法科大学院において,こういう問題に対して適切に考え,答えを出せるような教育のシステムがまだできていないと感じている。

□ 法科大学院の第三者評価のために実地調査に行って感じることは,システムの問題と同時に,個々の教員の側の問題である。今回の問題も,素材はインターネットという新しい問題だが,そこで問われている問題を考えるに当たっては,基本的な先例はあり,学説でも議論されている。重要な問題点を発見し,それを考えるための材料は存在するわけである。それを勉強していれば,全くお手上げということはなく,まさにそれを理解した上での応用力が試されている。法科大学院において,判例と主要な学説との相違,主要な学説の間の相違等について,どこが対立し,なぜ対立するのか,それぞれの見解で結論がどのように異なるのかを正確に説明でき,学生に考える筋道を提示する授業がどれだけ行われているか,認証評価を行われた実感として指摘されたように,そのような授業になっていないものもあるように思われる。

○ 御指摘の趣旨は非常によく分かる。考える作業ができていないというのはあると思う。ただ,今回,検閲の問題を論ずることの当否については,出題の工夫によって,そういう問題を取り上げる必要はないと気付かせることができたのではないか。例えば,「弁論要旨を書きなさい。」という問題ならば,検閲のような実際に主張しないことは書かないということになったのではないか。

□ 旧司法試験の場合だと,長くはない行数の問題文で,「ここに含まれる憲法上の問題について論じなさい」という形式なので,それこそ想定されるものをすべて書くという方策が採られている。これが,「悪しき論点主義」にもつながる。新司法試験は,先ほども申し上げたように,実務における訴訟という形で問題提起をするということが前提であるので,およそ考えられること,机上で予想されるようなことを全部書けということはそもそもないと思って問題を作っている。何が重要で決定的な問題であるのかを発見する能力のかん養も,新司法試験では問うている。どのような憲法上の主張をするのかという問いかけが,もし誤解を与えたのなら,そのような誤解を生じさせない問いかけにしていきたい。

○ もちろん,それは問題の出し方のテクニカルな問題だけではないと思う。

○ 出題の趣旨はできるだけ問題文自体で明らかになるようにした上で,本来の土俵の中で勝負させる工夫が必要であると思う。ところで,与えられた事実を自分の見解に都合の良いようにだけ取り上げるとか,あるいは自分の見解と合致するような事実だけを取り上げて,それ以外の事実には言及せず,切り捨ててしまうというような答案でも合格ラインに達しており,また,直近の先輩受験生がそのような答案でも合格したとなると,法科大学院の学生の勉強方法がそのような方向に流れてしまうのは避けられないという懸念も考えられるがどうか。

□ その点は,初年度から申し上げてきた危惧である。受験雑誌などで,実は「優秀答案」とも「模範答案」とも言えない答案が,「優秀答案」・「模範答案」として流布し,後輩がそれを覚えるという形になってしまうことに,大きな問題を感じている。

□ 問題のある答案における具体的な問題点ということであるが,目に付いたのは,表現の自由の制約基準について,いきなり緩和した基準を持ち出す点である。原則がどうで,どのように緩和するのか,あるいは緩和できるのか,という説明がない。また,何か問題があると気付きながら,どう緩和していいか分からない人は,事実にあまり触れずにそのまま逃げる,といった印象である。

 それから,受験雑誌を見ると,余り評価できないような答案も高い評価の答案として掲載されていた。

○ よく書けているという評価を受けられるものが少数にとどまるとしても,大事なのはベクトルで,これを成長の証と見ることができるのかどうかが大事ではないか。採点実感として,このようなベクトルとして見た場合はどうか。

□ 1回目,2回目,3回目という中で見ると,言われたベクトルということで言うならば,少しずつは良くなっている。こちらの希望としては,もう少し上がっていてほしい。少なくとも全答案の半数程度がそういう水準に達してくれれば,と思う。その「願い」からするとまだ低いという印象ではあるが,上がってはきている。

○ 行政法の論文式試験の問題は,かなり良い問題であると思う。恐らく,当事者訴訟はやっと活用されてきたところであり,いわば生成過程であるという感じがしており,そういう意味での限界はあったのかもしれないと思う。法科大学院の教育では,仮処分について,当事者訴訟ではどうかということは,多分授業で直接は教えない。仮に出題されるとしても,短答式試験のレベルの問題として当然自分で勉強するもので,法科大学院においては,先生が教えるというよりも,自習領域になるのではないだろうか。ただ,学生の自習領域であると考えても,当事者訴訟のような新しいものについては,各自の取組が不十分だったのではないかという印象も聞いているが,いかがか。

□ そのとおりではないかと思う。ただ,仮の救済がないということ自体は,おかしいと考えてほしい。それを,当然のように当事者訴訟だから仮の救済はないから機能しないという書き方をされるのはどうかと感じている。行政事件訴訟法第44条の仮処分の排除についても,確かにそこまで十分に教えられていないという実情ではあるが,法文を見れば該当条文が存在しており,44条を読めば,公権力の行使と書いてある。処分性を否定した上で当事者訴訟を選んでいるにもかかわらず,なぜまた公権力の行使でひっかかるのか,やはり我々考査委員としてはショックであった。

 行政法については,全体としてみると,3回目で大分慣れてきたのではないか。逆に言うと,1回目が余りにもできていないという評価であり,出発点が憲法と比べて行政法は低かったということがあるのではないかと思う。これからが本格的に教育の真価が問われるということになるのではないかと思う。

以   上