取消訴訟の訴訟要件 -
原告適格
取消訴訟の訴訟要件 -
狭義の訴えの利益
〔第2問〕(配点:100)
建設会社Aは,B県C市内に所在するA所有地(以下「本件土地」という。)において,鉄筋コンクリート造,地上9階,地下2階で,住戸100戸のほか,135台収容の地下駐車場を備えるマンション(以下「本件建築物」という。)の建築を計画した。本件建築物は,高さ30メートル,敷地面積5988平方メートル,建築面積3321平方メートル,延べ面積2万1643平方メートルである。本件土地は,都市計画法上の第二種中高層住居専用地域に位置している。
Aは,平成20年7月23日,本件土地の周辺住民からの申出に基づき,本件建築物の建築計画に関する説明会を開催した。本件土地の周辺住民で構成する「D地域の生活環境を守る会」は,B県建築主事E(C市には建築主事が置かれていない。)に対し,同年9月26日付け申入書をもって,周辺住民とAとの協議が整うまで,Aに対し,本件建築物に係る建築計画について建築基準法第6条第1項に基づく確認をしないこと,また,同計画については,建築基準法等に違反している疑いがあり,周辺住民の反対も強いので,公聴会を開催することを求める申入れをした。
その後,Aと周辺住民の間で何度か協議が行われたが,話合いはまとまらなかった。同年12月12日,Aは,Eに対し,建築基準法第6条第1項により建築確認の申請を行った。Eは,公聴会を開催することなく,Aに対し,平成21年1月8日付けで建築確認(以下「本件確認」という。)をした。
本件土地の周辺住民であるF,G,H,Iの4名(以下「Fら」という。)は,同年1月22日,B県建築審査会に対し,本件確認の取消しを求める審査請求をしたが,同年4月8日,B県建築審査会は,これを棄却する裁決を行った。
そこで,Fらは,訴訟の提起を決意し,同年4月14日,弁護士Jの事務所を訪問して,同事務所に所属する弁護士Kと面談した。これを受けて,同月下旬,本件に関し,弁護士Jと弁護士Kが会議を行った。
【資料1 法律事務所の会議録】を読んだ上で,弁護士Kの立場に立って,弁護士Jの指示に応じ,設問に答えなさい。
なお,本件土地等の位置関係は【資料2 説明図】に示してあり,また,建築基準法,B県建築安全条例,B県中高層建築物の建築に係る紛争の予防と調整に関する条例(以下「本件紛争予防条例」という。)の抜粋は,【資料3 関係法令】に掲げてあるので,適宜参照しなさい。
〔設 問〕
1.Fらが本件建築物の建築を阻止するために考えられる法的手段(訴訟とそれに伴う仮の救済措置)を挙げた上で,それを用いる場合の行政事件訴訟法上の問題点を中心に論じなさい。
2.考え得る本件確認の違法事由について詳細に検討し,当該違法事由の主張が認められ得るかを論じなさい。また,原告Fがいかなる違法事由を主張できるかを論じなさい。
【資料1 法律事務所の会議録】
弁護士J:本日はFらの案件について基本的な処理方針を議論したいと思います。Fらは,本件建築物が違法であると主張しているようですが,その理由はどのようなものですか。
弁護士K:本件土地は,幅員6メートルの道路(以下「本件道路」という。)に約30メートルにわたって接しているのですが,Fらは,本件建築物のような大きなマンションを建築する場合,この程度の道路では道路幅が不十分だと主張しています。また,本件道路が公道に接する部分にゲート施設として遮断機が設置されているため,遮断機が下りた状態では車の通行が不可能であり,遮断機を上げた状態でも実際に車が通行できる道路幅は3メートル弱しかないそうです。さらに,Aの説明では,遮断機の横にインターホンが設置されており,非常時には遮断機の設置者であるL神社の事務所に連絡して遮断機を上げることができるそうですが,Fらは,常に連絡が取れて遮断機を上げることができるか心配であると話しています。つまり,火災時などに消防車等が進入することが困難で,防災上問題があると述べております。
弁護士J:どうして,道路に遮断機が設置されているのですか。
弁護士K:本件道路は,L神社の参道なのですが,B県知事から幅員6メートルの道路として位置指定を受けており,いわゆる位置指定道路に当たるそうです。L神社では,参道への違法駐車が後を絶たないことから,本件道路が公道に接する部分に遮断機を設置しているとのことです。
弁護士J:なるほど,位置指定道路ですか。宅地造成等の際に,新たに開発される敷地予定地が接道義務を満たすようにするため,位置の指定を受けた私道を建築基準法上の道路として扱う制度ですね(建築基準法第42条第1項第5号)。まず,本件土地については,幅員がどれだけの道路に,どれだけの長さが接していなければならないか調べてください。その上で,本件道路との関係で,本件建築物の建築に違法な点がないかを検討してください。
弁護士K:分かりました。このほか,本件建築物の地下駐車場出入口から約10メートルのところに,市立図書館(以下「本件図書館」という。)に設置されている児童室(以下「本件児童室」という。)の専用出入口があります。Fらは,地下駐車場の収容台数が135台とかなり大規模なものなので,本件児童室を利用する子供の安全性に問題がある,と主張しています。
弁護士J:本件児童室は一体どのようなものですか。
弁護士K:本件図書館内にあって,児童関係の図書を一箇所に集め,一般の利用者とは別に閲覧場所等を設けたもので,児童用の座席が10人分程度用意されています。本件児童室には,本件図書館の出入口とは別に,先ほど触れた専用出入口が設けられ,専用出入口は午後5時に閉鎖されますが,本件図書館の他の部分とは内部の出入口でつながっており,本件図書館の利用者はだれでも自由に行き来できるようです。本件児童室内には,児童用のサンダルが置かれたトイレがあり,また,幼児の遊び場コーナーがあるなど,児童の利用しやすい設備が整っています。本件図書館は,総床面積3440平方メートル,地下1階,地上4階ですが,本件児童室は,1階部分のうち約100平方メートルを占めています。
弁護士J:なるほど。本件児童室との関係で,本件建築物の建築に違法な点がないかを検討してください。確認ですが,本件建築物は,容積率,高さ,建ぺい率の点では法令に合致しているのですね。
弁護士K:はい,そのようです。
弁護士J:Fらの主張はそれだけですか。
弁護士K:Aは,本件建築物の建築について一応説明会を開催したのですが,情報の開示が不十分で,住民に質問の機会を与えず,一方的に終了を宣言するなど,形ばかりのものだったそうです。
弁護士J:そもそもAには説明会の開催義務があるのですか。
弁護士K:本件紛争予防条例には,説明会の開催についての規定があり,Fらは,Aの行為は条例違反に当たると主張しております。
弁護士J:そうですか。本件において当該条例違反が認められるか,仮に認められるとして,それが本件確認との関係でどのような意味を持つのか,それぞれについて検討してください。
弁護士K:分かりました。最後になりますが,Fらは,本件確認を行う際には,公聴会を開催する必要があったにもかかわらず,建築主事Eはこれを行っていない,という点も強調しておりました。
弁護士J:なるほど。それでは,以上のFらの主張について,その当否も含めて検討しておいてください。
弁護士K:はい,分かりました。
弁護士J:次に,訴訟手段についてですが,本件建築物の建築を阻止するためには,どのような方法が考えられるか検討してください。建築基準法第9条第1項に基づく措置命令をめぐる行政訴訟も考えられますが,これについては後日議論することとして,今回は検討の対象から外してください。また,検査済証の交付を争っても建築の阻止には役立ちませんから,これも除外してください。
弁護士K:了解しました。それでは,本件確認を争う手段を検討してみます。
弁護士J:本件確認が処分に当たることは疑いありませんし,審査請求も既に行われています。出訴期間も現時点では問題ないようですね。訴訟を提起するとして,Fらは本件建築物とどのような関係にあるのですか。
弁護士K:Fは,本件土地から10メートルの地点にあるマンションの一室に居住しています。Gは,Fの居住するマンションの所有者ですが,そこには住んでおりません。したがって,FとGは,本件建築物から至近距離に居住するか,建築物を所有しているといえます。
弁護士J:HとIはどうですか。
弁護士K:Hは,小学2年生で,本件児童室に毎週通っており,Iはその父親です。二人は,本件土地から500メートル離れたマンションに住んでいます。
弁護士J:そうですか。全員が訴訟を提起する資格があるのか,ここは今回の案件で特に重要だと思いますので,個別具体的に丁寧に検討してください。
弁護士K:はい,分かりました。
弁護士J:訴訟を適法に提起できるとして,自らの法律上の利益との関係で,本案においていかなる違法事由を主張できるのでしょうか。まず,Fについて検討してみてください。
弁護士K:分かりました。
弁護士J:建築工事の進ちょく状況はどうですか。
弁護士K:急ピッチで進められており,この調子でいくと,余り遠くない時期に完成に至りそうです。
弁護士J:Fらが望んでいるのは建築を阻止することですし,本件建築物が完成してしまうと訴訟手続上不利になる可能性もありますね。本件建築物が完成した場合,どのような法的問題が生じるかを整理した上で,訴訟係属中の工事の進行を止めるための法的手段について,それが認容される見込みがあるかどうかも含めて検討してください。
弁護士K:そうですね。よく調べてみます。
【資料2 説明図】
【資料3関係法令】
○ 建築基準法(昭和25年5月24日法律第201号)(抜粋)
(目的)
第1条 この法律は,建築物の敷地,構造,設備及び用途に関する最低の基準を定めて,国民の生命,健康及び財産の保護を図り,もつて公共の福祉の増進に資することを目的とする。
(用語の定義)
第2条 この法律において次の各号に掲げる用語の意義は,それぞれ当該各号に定めるところによる。
一~九 (略)
九の二 耐火建築物次に掲げる基準に適合する建築物をいう。
イ その主要構造部が(1)又は(2)のいずれかに該当すること。
(1) 耐火構造であること。
(2) 次に掲げる性能(外壁以外の主要構造部にあつては,(ⅰ)に掲げる性能に限る。)に関して政令で定める技術的基準に適合するものであること。
(ⅰ) 当該建築物の構造,建築設備及び用途に応じて屋内において発生が予測される火災による火熱に当該火災が終了するまで耐えること。
(ⅱ) 当該建築物の周囲において発生する通常の火災による火熱に当該火災が終了するまで耐えること。
ロ (略)
九の三~三十五 (略)
(建築物の建築等に関する申請及び確認)
第6条 建築主は,第1号から第3号までに掲げる建築物を建築しようとする場合(中略),これらの建築物の大規模の修繕若しくは大規模の模様替をしようとする場合又は第4号に掲げる建築物を建築しようとする場合においては,当該工事に着手する前に,その計画が建築基準関係規定(この法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定(以下「建築基準法令の規定」という。)その他建築物の敷地,構造又は建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定で政令で定めるものをいう。以下同じ。)に適合するものであることについて,確認の申請書を提出して建築主事の確認を受け,確認済証の交付を受けなければならない。(以下略)
一~四 (略)
2,3 (略)
4 建築主事は,第1項の申請書を受理した場合においては,同項第1号から第3号までに係るものにあつてはその受理した日から35日以内に,同項第4号に係るものにあつてはその受理した日から7日以内に,申請に係る建築物の計画が建築基準関係規定に適合するかどうかを審査し,審査の結果に基づいて建築基準関係規定に適合することを確認したときは,当該申請者に確認済証を交付しなければならない。
5~15 (略)
(建築物に関する完了検査)
第7条 建築主は,第6条第1項の規定による工事を完了したときは,国土交通省令で定めるところにより,建築主事の検査を申請しなければならない。
2,3 (略)
4 建築主事が第1項の規定による申請を受理した場合においては,建築主事又はその委任を受けた当該市町村若しくは都道府県の職員(以下この章において「建築主事等」という。)は,その申請を受理した日から7日以内に,当該工事に係る建築物及びその敷地が建築基準関係規定に適合しているかどうかを検査しなければならない。
5 建築主事等は,前項の規定による検査をした場合において,当該建築物及びその敷地が建築基準関係規定に適合していることを認めたときは,国土交通省令で定めるところにより,当該建築物の建築主に対して検査済証を交付しなければならない。
(違反建築物に対する措置)
第9条 特定行政庁は,建築基準法令の規定又はこの法律の規定に基づく許可に付した条件に違反した建築物又は建築物の敷地については,当該建築物の建築主,当該建築物に関する工事の請負人(請負工事の下請人を含む。)若しくは現場管理者又は当該建築物若しくは建築物の敷地の所有者,管理者若しくは占有者に対して,当該工事の施工の停止を命じ,又は,相当の猶予期限を付けて,当該建築物の除却,移転,改築,増築,修繕,模様替,使用禁止,使用制限その他これらの規定又は条件に対する違反を是正するために必要な措置をとることを命ずることができる。
2~15 (略)
(大規模の建築物の主要構造部)
第21条 高さが13メートル又は軒の高さが9メートルを超える建築物(その主要構造部(床,屋根及び階段を除く。)の政令で定める部分の全部又は一部に木材,プラスチックその他の可燃材料を用いたものに限る。)は,第2条第9号の2イに掲げる基準に適合するものとしなければならない。ただし,構造方法,主要構造部の防火の措置その他の事項について防火上必要な政令で定める技術的基準に適合する建築物(政令で定める用途に供するものを除く。)は,この限りでない。
2 延べ面積が3000平方メートルを超える建築物(その主要構造部(床,屋根及び階段を除く。)の前項の政令で定める部分の全部又は一部に木材,プラスチックその他の可燃材料を用いたものに限る。)は,第2条第9号の2イに掲げる基準に適合するものとしなければならない。
(道路の定義)
第42条 この章の規定において「道路」とは,次の各号の一に該当する幅員4メートル(特定行政庁がその地方の気候若しくは風土の特殊性又は土地の状況により必要と認めて都道府県都市計画審議会の議を経て指定する区域内においては,6メートル。次項及び第3項において同じ。)以上のもの(地下におけるものを除く。)をいう。
一 道路法(昭和27年法律第180号)による道路
二~四 (略)
五 土地を建築物の敷地として利用するため,道路法(中略)によらないで築造する政令で定める基準に適合する道で,これを築造しようとする者が特定行政庁からその位置の指定を受けたもの
2~6 (略)
(敷地等と道路との関係)
第43条 建築物の敷地は,道路(中略)に2メートル以上接しなければならない。(以下略)
一,二 (略)
2 地方公共団体は,特殊建築物,階数が3以上である建築物,政令で定める窓その他の開口部を有しない居室を有する建築物又は延べ面積(中略)が1000平方メートルを超える建築物の敷地が接しなければならない道路の幅員,その敷地が道路に接する部分の長さその他その敷地又は建築物と道路との関係についてこれらの建築物の用途又は規模の特殊性により,前項の規定によつては避難又は通行の安全の目的を充分に達し難いと認める場合においては,条例で,必要な制限を付加することができる。
(容積率)
第52条 建築物の延べ面積の敷地面積に対する割合(以下「容積率」という。)は,次の各号に掲げる区分に従い,当該各号に定める数値以下でなければならない。(以下略)
一 (略)
二 第一種中高層住居専用地域若しくは第二種中高層住居専用地域内の建築物又は第一種住居地域,第二種住居地域,準住居地域,近隣商業地域若しくは準工業地域内の建築物(中略)10分の10,10分の15,10分の20,10分の30,10分の40又は10分の50のうち当該地域に関する都市計画において定められたもの
三~六 (略)
2~15 (略)
(建築物の各部分の高さ)
第56条 建築物の各部分の高さは,次に掲げるもの以下としなければならない。
一,二 (略)
三 第一種低層住居専用地域若しくは第二種低層住居専用地域内又は第一種中高層住居専用地域若しくは第二種中高層住居専用地域(中略)内においては,当該部分から前面道路の反対側の境界線又は隣地境界線までの真北方向の水平距離に1.25を乗じて得たものに,第一種低層住居専用地域又は第二種低層住居専用地域内の建築物にあつては5メートルを,第一種中高層住居専用地域又は第二種中高層住居専用地域内の建築物にあつては10メートルを加えたもの
2~7 (略)
○ B県建築安全条例(昭和25年B県条例第11号)(抜粋)
(趣旨)
第1条 建築基準法(以下「法」という。)(中略)第43条第2項による建築物の敷地及び建築物と道路との関係についての制限の付加(中略)については,この条例の定めるところによる。
(建築物の敷地と道路との関係)
第4条 延べ面積(同一敷地内に2以上の建築物がある場合は,その延べ面積の合計とする。)が1000平方メートルを超える建築物の敷地は,その延べ面積に応じて,次の表に掲げる長さ以上道路に接しなければならない。
延べ面積 | 長さ |
1000平方メートルを超え,2000平方メートル以下のもの | 6メートル |
2000平方メートルを超え,3000平方メートル以下のもの | 8メートル |
3000平方メートルを超えるもの | 10メートル |
2 延べ面積が3000平方メートルを超え,かつ,建築物の高さが15メートルを超える建築物の敷地に対する前項の規定の適用については,同項中「道路」とあるのは,「幅員6メートル以上の道路」とする。
3 前二項の規定は,建築物の周囲の空地の状況その他土地及び周囲の状況により知事が安全上支障がないと認める場合においては,適用しない。
(敷地から道路への自動車の出入口)
第27条 自動車車庫等の用途に供する建築物の敷地には,自動車の出入口を次に掲げる道路のいずれかに面して設けてはならない。ただし,交通の安全上支障がない場合は,第5号を除き,この限りでない。
一 道路の交差点若しくは曲がり角,横断歩道又は横断歩道橋(地下横断歩道を含む。)の昇降口から5メートル以内の道路
二 勾配が8分の1を超える道路
三 道路上に設ける電車停留場,安全地帯,橋詰め又は踏切から10メートル以内の道路
四 児童公園,小学校,幼稚園,盲学校,ろう学校,養護学校,児童福祉施設,老人ホームその他これらに類するものの出入口から20メートル以内の道路
五 前各号に掲げるもののほか,知事が交通上支障があると認めて指定した道路
○ B県中高層建築物の建築に係る紛争の予防と調整に関する条例(昭和53年B県条例第64号)(抜粋)
(目的)
第1条 この条例は,中高層建築物の建築に係る計画の事前公開並びに紛争のあつせん及び調停に関し必要な事項を定めることにより,良好な近隣関係を保持し,もつて地域における健全な生活環境の維持及び向上に資することを目的とする。
(定義)
第2条 この条例において,次の各号に掲げる用語の意義は,それぞれ当該各号に定めるところによる。
一 中高層建築物高さが10メートルを超える建築物(第一種低層住居専用地域及び第二種低層住居専用地域(都市計画法(昭和43年法律第100号)第8条第1項第1号に掲げる第一種低層住居専用地域及び第二種低層住居専用地域をいう。)にあつては,軒の高さが7メートルを超える建築物又は地階を除く階数が3以上の建築物)をいう。
二 紛争中高層建築物の建築に伴つて生ずる日照,通風及び採光の阻害,風害,電波障害等並びに工事中の騒音,振動等の周辺の生活環境に及ぼす影響に関する近隣関係住民と建築主との間の紛争をいう。
三 建築主中高層建築物に関する工事の請負契約の注文者又は請負契約によらないで自らその工事をする者をいう。
四 近隣関係住民次のイ又はロに掲げる者をいう。
イ 中高層建築物の敷地境界線からその高さの2倍の水平距離の範囲内にある土地又は建築物に関して権利を有する者及び当該範囲内に居住する者
ロ 中高層建築物による電波障害の影響を著しく受けると認められる者
(知事の責務)
第3条 知事は,紛争を未然に防止するよう努めるとともに,紛争が生じたときは,迅速かつ適正に調整するよう努めなければならない。
(当事者の責務)
第4条 建築主は,紛争を未然に防止するため,中高層建築物の建築を計画するに当たつては,周辺の生活環境に及ぼす影響に十分配慮するとともに,良好な近隣関係を損なわないよう努めなければならない。
2 建築主及び近隣関係住民は,紛争が生じたときは,相互の立場を尊重し,互譲の精神をもつて,自主的に解決するよう努めなければならない。
(説明会の開催等)
第6条 建築主は,中高層建築物を建築しようとする場合において,近隣関係住民からの申出があつたときは,建築に係る計画の内容について,説明会等の方法により,近隣関係住民に説明しなければならない。
2 知事は,必要があると認めるときは,建築主に対し,前項の規定により行つた説明会等の内容について報告を求めることができる。
本問は,建築主事がマンションの建築確認を行ったのに対し,当該マンションの建築に反対する周辺住民Fらが採るべき救済手段について論じさせるものである。問題文と資料から基本的な事実関係を把握し,建築基準法や関連条例の趣旨を読み解いた上で,採るべき救済手段の訴訟要件等を検討するとともに,本案における違法事由を論じる力を試すものである。
設問1は,建築確認に基づく建築を阻止するために考えられる法的手段(訴訟とそれに伴う仮の救済措置)に関して,基本的な理解を問う問題である。資料1において,措置命令や検査済証交付をめぐる行政訴訟は検討の対象から除外されているので,本件確認の取消訴訟を論じることが考えられる。さらに,資料1では,本件確認の処分性,審査請求前置,出訴期間には問題がないとされているので,主として原告適格と狭義の訴えの利益を検討すべきことになる。
原告適格については,行政事件訴訟法の条文と判例を踏まえ,いかなる判断枠組みにより,いかなる点に着目して判断すべきかを明らかにした上で,建築基準法及び関連条例の趣旨目的や,本件においてFらが主張する利益の内容性質に即して,原告適格の有無を論じることが必要である。取り分け,本件では,Fが本件土地から至近距離にあるマンションに居住し,Gが当該マンションを所有し,Hが本件児童室に毎週通っており,Iがその父親であるなど,それぞれ法的地位が異なっていることから,個別具体的に検討を加えることが求められる。
狭義の訴えの利益については,資料1の指示に従い,建築物が完成した場合の問題点を検討することが要求されている。判例を踏まえた上で,説得力のある立論を行うことが期待される。
仮の救済措置としては,本件確認の執行停止が考えられる。行政事件訴訟法に定める要件の該当性について,本件事案でFらが主張し得る利益に即し,「重大な損害」の要件を中心に,具体的に論じることが必要である。
設問2は,上記法的手段の本案で主張すべき本件確認の適法性を検討させる問題であり,実体上及び手続上の違法事由が考えられる。
実体上の違法事由として,まず,接道義務違反が問題となる。建築基準法及び本件建築安全条例から,本件建築物についていかなる内容の接道義務が課せられているかを読み取った上で,本件道路がこの要件を満たしているかを検討しなければならない。特に,本件道路に遮断ゲートが設置されている点について,接道義務が設けられている趣旨に照らし,適切な解釈を行うことが求められる。
次に,本件建築物の地下駐車場と本件児童室の出入口間の距離が問題となる。本件建築安全条例によっていかなる規制がなされているかを指摘した上で,その趣旨に照らし,本件児童室が規制対象に当たるかを論じなければならない。
手続面では,本件紛争防止条例に定める説明会の開催と,行政手続法に定める公聴会の開催が問題となる。それぞれの根拠規定の趣旨を明らかにした上で,本件において義務違反があると認められるか,認められるとして,それが本件確認にいかなる意味を持つかを検討することが必要である。
最後に,本問では,Fが以上の違法事由をすべて主張できるか検討することも求められている。行政事件訴訟法の条文を踏まえ,違法事由ごとに検討を加える必要がある。
1 出題の趣旨等
別途公表している「出題の趣旨」も合わせて,参照いただきたい。
2 採点方針
Fらに原告適格が認められるか,個別の違法事由の主張が認められるかといった個々の結論よりも,結論に至る過程でどれだけ説得力のある論述をしているかを重要視した。したがって,結論それ自体の記載では解答したことにはならず,結論に至る思考過程を説得的に論証することが求められる。
建築確認の根拠法令である建築基準法及び関連条例の抜粋から,その目的と各種規制の内容を理解し,根拠法令が建築確認を通してどのような利益を保護しようとしているのかをよく考え,趣旨に基づいた論述をした答案が高く評価された。
基本的理解が現れている答案が高い評価を受けた一方で,一知半解の知識のみに基づいて書いた答案は低い評価に止まった。
条文を条・項・号まで的確に挙げているか,すなわち法文を踏まえているか否かも,評価に当たって考慮した。
3 採点実感
4 今後の出題の在り方
5 今後の法科大学院教育に求めるもの
平成21年新司法試験考査委員(公法系科目)に対するヒアリングの概要
(◎委員長,○委員,□考査委員)
◎ 考査委員の先生方におかれては,御多用にもかかわらず,御出席いただき感謝申し上げる。本日は,率直な御意見,御感想を伺いたい。各科目からは,先に書面で御意見を提出していただいているが,それに補足することがあれば,簡潔に御発言いただきたい。
□(憲法) 憲法では,毎年,現実に起こりそうな事案や訴訟にはなってはいないが現実に起きている事案からヒントを得て,出題をしている。今回は,先端的医療にかかわる問題を出題した。今回の問題の基礎になるのは,難病に罹患した人が実験的治療を受けること,そしてそれが成功しなかった場合の研究中止という措置に関してどのように考えるのか,家族間の遺伝子情報という極めて微妙な情報を家族間で知らせる,あるいは,知らせないことをどのように考えるのか,という問題である。このような問題の存在を感じることは,憲法に関する専門的な知識を抜きにしても理解できることと思われ,純粋未修者にとっても問題の所在の把握は難しくないのではないかと思い,作成した。他方で,法科大学院には医学部等の出身者もいることを考慮し,遺伝子治療に関する専門知識の有無で答案の評価に差が出ないように,問題文中に遺伝子治療の内容を記し,かつ,問題を解くに当たってはそれだけが前提知識であることを明記し,憲法にかかわらない専門的知識の有無によって評価に差異が生じないように注意した。
憲法の論文式問題では,これまで,特定の判例や特定の学説を知っているだけでは解けないような,考えさせる問題を出題し,思考する力を見ようとしており,そのことを出題趣旨,採点実感等に関する意見,あるいは,ヒアリングで強調してきた。その良い影響だと思うが,今回は,従来に比べると,「考える」答案が増えてきていると感じた。「考える」ことを学び,答案にもそれが現れるような勉強の仕方を,法科大学院でより充実した授業内容で教えてくれればと,期待している。
◎ どの科目にもお尋ねしているが,採点基準に関する考査委員会議申合せ事項にいう「優秀」,「良好」,「一応の水準」,「不良」の4つの水準について,今回の採点実感に照らすと,例えば,どのような答案がそれぞれの水準に該当するのかをお伺いしたい。
□(憲法) 限られた時間の中で答案の水準のすべてについてお話しすることは困難であるが,初めに二,三お断りしておきたい。各水準の答案内容について述べるに当たり,設問1と設問2の各問題に分けて指摘することになるが,実際には,設問1と設問2が総合的に評価される。そして,各ランクに属する答案といっても,設問1と設問2でそれぞれ出来映えが違うなど,内容にはばらつきがある。また,答案によって,事案のとらえ方にも,論述する内容にも,ばらつきがある。したがって,これから挙げる各水準に属する答案の内容は,それだけに限られるというわけではない。さらに,あくまで相対的な評価であるということを断っておきたい。受験雑誌等で成績上位者が再現した答案が「模範答案」とか「優秀答案」として掲載されているが,そのような答案の内容が,真の意味で優秀あるいは模範であるわけではない。実際の採点においては,「考える」力が現れている部分に高い評価を与えるように,いわばメリハリをつけて評価するように努めている。
その上で申し上げると,まず,憲法違反の問題としては,大きな枠として,法令自体が憲法に反するという法令違憲のレベルの問題と適用違憲,処分違憲のレベルの問題とがあり,さらに,法令違憲は,文面上の違憲性の問題と実体的な内容面の違憲性の問題の2つに分かれる。まず,「優秀」な答案は,これをきちんと区別をして論じている答案である。実体的な憲法問題については,判例や学説を踏まえて適切に構築される判断枠組みと,問題の事実に関する認定・評価という2つのパートから検討することになるが,これがきちんと区別され,それぞれが十分に出来ていれば「優秀」な答案と言える。設問1に関して申し上げると,例えば,文面上の違憲性の問題として,全国的に制定された指針と当該大学が制定した規則とのずれが問題になる。つまり,指針には制裁規定がないのに,大学の規則には制裁規定があることの合憲性である。これに関して,もし大学側の主張として大学の自治を挙げたときには,大学の自治というのは,従来は学問の自由を保障する制度的保障として考えられており,学問の自由と同じ方向を向いているにもかかわらず,ここでは大学の自治を理由として,構成員の研究を中止することができるということになるので,大学の自治と研究の自由とが対立することになる。「あなた自身」の見解のところで,大学の自治について従来一般的に言われていたことと違う面が出てくることを踏まえた論述がなされていると,非常に良い答案ということになる。設問2について申し上げると,例えば,ここでは違憲性の問題として,実体的な法令違憲の主張に関し,憲法訴訟上の問題も出てくる。大学教授のXが処分された理由は,規則に反して,被験者であるCに対し,本人のすべての遺伝子情報と家族の遺伝子情報を教えたということにある。そこで憲法上問題になるのは,直接的にはX教授の研究の自由の問題ではなく,Cの自己情報コントロール権や家族のプライバシー権であるということになる。そうすると,憲法訴訟上,第三者の権利侵害を理由として違憲主張をすることの可否,つまり違憲主張適格が問題となるので,これを適切に論じている答案は,良い答案ということになる。さらに,設問2において,規則では,被験者本人に対してもすべての情報を教えてはならず,第三者には一切の情報を教えてはならないと規定しているが,その実体的な内容の点での合憲性が問題となる。そこでは,そのような規定の根拠,すなわち,パターナリズムに基づく規制であるということに気付き,憲法13条の公共の福祉論という誰でも必ず学習する基本的な議論の中でそれがどのように位置付けられるのかということを考える答案は,「優秀」な答案である。
「良好」な答案や「一応の水準」の答案というのは,まさに相対的な問題であるので,「優秀」といえる答案と比べたときに,検討の深さや問題点の把握の程度がやや不十分であるようなものは「良好」に当たるであろうし,比喩的に言うと,「優秀」に属する答案と比べたときに半分程度の出来であれば,「一応の水準」に当たることになるであろう。「不良」な答案の内容については,より明確に指摘できる。例えば,文面上の違憲性の問題として,規則の「被験者の死亡その他…重大な事態」との文言の明確性が問題になり,これは必ずと言って良いほど受験者が書く論点だが,今回の問題の事例は,専門家である大学教授の間での基準であるので,いわゆる徳島市公安条例事件判決に言う「通常の判断能力を持つ一般人」の基準をそのまま適用するのは適切ではない。判決の事例との違いを意識せずに,機械的にそのまま判例の基準を書いて結論を出してあるようなものは,「不良」ということになる。また,例えば,受験者が書きたがる二重の基準とか優越的自由とか自己統治とかいうことを定型的に書いただけで結論を述べる答案は,「不良」な答案である。本件の場合には,机の上の思索による研究ではなく,実験を伴うものであって,当然に被験者がいて,その生命や健康が害されることがあり得るわけであるから,精神的自由が絶対的に保障されるとは言えない事案であるにもかかわらず,事案に即して検討することもなく,単なるパターンに基づいた答案は,「不良」である。さらに,具体的な事案を無視している答案も,「不良」である。例えば,遺伝子治療に関する受験者の知識によって解答が左右されないよう,問題文の本文中に遺伝子治療の内容を示し,それを前提として解答を求めることとしたし,県立大学であると明記し,処分に関する手続に関しても「定められた手続に従い慎重に審査した」と記載してある。それは,私人間効力論を論ずる必要も,適性手続論を論ずる必要もないということを示しているが,問題文を無視してそれらを論じているようなものは,「不良」ということになる。もっとも,必ずしもこのような部分が一つあったら直ちに答案全体として「不良」と評価されるということではない。「不良」と評価される答案は,このような部分がいくつも重なっているものである。
最後に解答の体裁に関して申し上げておきたいことは,フェア・チャレンジの精神を忘れないで欲しい,ということである。具体的には,毎行必ず行の頭を大幅に空けて書き,例えば,一行の3分の2ぐらいしか書いていない答案がある。採点実感等で注意をしてきているので,その数は減ってきており,良い傾向であると思っているが,なお散見される。「枚数稼ぎ」などせず,答案用紙に思う存分に自己の力を示して欲しい。
□(憲法) ただ今の御発言に付け加えて,採点を担当した実感を率直に申し上げたいと思う。採点して率直に思ったのは,受験者の能力差が非常に大きいということである。法科大学院で良く勉強しているなと思わせる優れた答案は確かにあるが,下位答案が非常に多い。そのため,採点結果としては,先ほど言及されたような「不良」な点が一つ二つあっても,答案全体として見ると,なかなか「不良」の部類には入らず,「一応の水準」に入っているのではないかと感じる。実際に「不良」の評価とされた答案は,違憲審査基準を用いるという形式すら備えていないもの,憲法上の問題点に全く触れずに規則違反かどうかという問題のみを論じているものなど,明らかに内容的に不十分な答案が専らではないかと思う。例えば,設問2では,家族の遺伝子情報が同意のないままCに開示されたことに全く触れていない答案が予想以上に多かったが,私の感覚では,その半分程度は「一応の水準」ないしは「良好」な答案の中に入ってしまっていると思う。
◎ では,行政法の先生方は,いかがか。
□(行政法) 行政法は,新司法試験で新しく入った科目であるので,当初は,受験者も教える側も戸惑いがあったと思うが,今回は,基本的な問題であったということもあり,実力差がそのまま評価に反映されたと言えると思う。そういう点では,受験する方と教える方のそれ相応の努力が見られるようになったと思う。行政法として最も重視しているのは,行政法規は非常に多いので,新規の行政法規にぶつかった時に,決してめげることなく,それを読み解き,目の前にある事実に当てはめて結論を出すということを自力で出来るようになって,法曹界に出て行っていただきたい,そのような能力を見たいということが主眼である。そのような力があるかどうかによって,結局,答案の内容が分かれているということであって,つまり,法的な三段論法がきちんとできるいわば基礎体力があるかどうかということが基本的な分かれ道だと感じる。それが全体的な採点の実感である。
◎ 引き続き,考査委員会議申合せ事項にいう「優秀」,「良好」,「一応の水準」,「不良」の4つの水準について,今回の採点実感に照らすと,例えば,どのような答案がそれぞれの水準に該当するのかをお伺いしたい。
□(行政法) 「優秀」に属する答案としては,第一に,事実の分析が的確であるもの,例えば,原告適格を判断する場面であれば,当事者が原告としてどのような利害を主張しようとしているのかを具体的な事案に即してきちんと書き分けてあるようなものである。第二に,法文の理解が正確であるもの,例えば,建築基準法や条例がそれぞれどのような利益を保護しようとしているのかということを,まず自分で確定し,こなれた論述で事実を法文に当てはめて,自分なりの答えを出しているというものである。要するに,日々の地道な学習の成果が自然に現れているものである。例えば,原告適格の問題について言うと,建築確認の根拠法令である建築基準法や関連条例を的確に理解している,あるいは,建物完成後の訴えの利益の問題にも言及し,実体法上の問題としては,接道義務違反や距離制限違反について落とさずに解釈を示せているようなものが,これに当たる。「良好」と言えるものは,相対的に「優秀」に準ずるものであるが,あえて少し誇張して申し上げると,傾向として,設問1の行政事件訴訟法プロパーの問題の方は,多くの受験生がそこそこ出来ているが,設問2の実体法の問題になると,同じ人が書いたと思えないほど,がくっと力が落ちてしまっていて,本当に基礎体力があるのだろうかと感じさせるような答案が相当数ある。どれだけ日ごろの学習の中で行政法規に親しんで実際に自分でチャレンジして読み込んできたかということが,結局は「優秀」と「良好」を分けるというような気がする。非常に雑ぱくに申し上げると,「一応の水準」に当たる答案は,言及すべき問題点が欠けている,論述が不十分である,あるいは,誤った論述が含まれているというようなことであるが,全体としては,自分の頭で一応問題を発見して,それなりに事案に答えを出しているというものになると思う。「不良」と言うのは,例えば,具体的な事実を見ないで書いているとしか思えないようなもの,目の前にある事実との関係は一切無く,自分が教わってきた抽象的な原告適格の最高裁判決のテーゼのみを書いて,原告適格が認められるとしているようなたぐいのものが多い。勉強した形跡はあるが,事実の分析がなく,根本的な能力が身に付いているかが疑問に思われるようなものである。また,当たり前のことのようだが,実体法の解釈を的確に行える能力があるのかが疑問に思われるようなものも挙げられる。例えば,今回の出題では,児童公園から一定距離を置かなければならないと法文に書かれていたときに,それは別に児童公園自体が大事なのではなく,そこに出入りする児童の安全のことを考えたという趣旨であれば,児童公園に類するような他の施設があれば,やはり同じような考慮が必要なのではないかというところから説き起こして,目の前にある事例に答えを出すことを予定しているが,その条文が何を考えて何を守ろうとしているのかということについて踏み込まないまま,ただ子供の安全が脅かされるからとして結論を出したり,更にひどいものは,原告適格が認められるべきだという結論だけで,その間の思考の過程が全く追えないような答案である。そういった答案については,多くの考査委員が不良だとして挙げており,実務家の考査委員からも,せめて基礎体力は早いうちにしっかり養ってもらいたいということを言われている。行政法としては,そのような基本的な能力の見極めをすることに主眼を置いた。あとは,こなれた分かりやすい文章を書けるかどうかというのが基礎になり,それが答案全体の出来にも影響しているのではないかと考える。
○ 憲法の先生方にお伺いしたい。下位答案が多いということであるが,法科大学院で学習することよりも司法試験で求められている課題が高いのではないかという指摘をする者もいると思うが,その辺りについてどのようにお考えになっているか。
□(憲法) 先ほどの説明をお聞きになると,非常に高度なことが求められていると感じるかもしれないが,採点に当たっては,良いところを見付けて高く評価するという,温かい目で見ていると私どもは思っている。この問題は,一見すると非常に難しく見えるかもしれないが,きちんと問題文を読んでいけば,必ずそれなりの答えが出てくる問題ではないかと思う。憲法や人権というものの考え方を真に理解しているとは思えないような答案があるのは事実であり,そのような答案には低い評価を与えざるを得ない。例えば,学問の自由は精神的自由権であるから絶対不可侵であるということで,被験者が重体になろうがなんだろうが構わないというような答案がある。そのような答案しか書けないのに実務家になれるということには非常に不安を覚えるが,それでも最低ライン点以下とはならない場合もあろう。
○ 行政法で,設問1と設問2とで同じ人が書いたとは思われないような答案が相当数あったという説明であったが,設問2というのは,まさに行政実体法における法的思考力を問うという観点で,非常に良い問題であると思う。そうすると,第1問の方は,逆にそれほど思考力を要しなかったということになるのだろうか。
□(行政法) 行政事件訴訟法に規定されている訴訟類型は限定されており,訴訟要件に関する判決もある程度限定されるので,おそらく法科大学院でもそういったことはしっかり力を入れて教えていると思うし,ある程度集中的に訓練すれば,一定程度の点数は取れるようになると思う。ただ,実体法の方は,目先が変わると実際には問題の本質は何も変わっていなくても,それを見抜けずに,その前で立ち止まってしまう。だから本当には理解していなかったというところがそこで露呈するというのが,毎年見られる傾向である。
○ 実体法に関する法的思考力が一番大事なところであるし,それこそ問いたいところであるように思われる。しかし,その部分では多くの受験者が低いレベルで競っているとするならば,結局のところは,行政法で言うと,設問1でどれだけ得点を稼いだかが合否のポイントになってきてしまうのではないか。
□(行政法) 実体法のところできっちりと実力を示した人は,非常に大きなアドバンテージを持つことになると思うが,他方で,実体法で差が付かないと訴訟法の基本的な知識の有無で差が付いてしまうこともあり得るので,出題に当たっては,更に工夫をしたいと考える。