平成22年新司法試験公法系第2問(行政法)

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コアカリ外 - 住民訴訟

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〔第2問〕(配点:100〔〔設問1〕から〔設問3〕までの配点の割合は,2:4.5:3.5〕)

  A村は,人口が昭和30年には約5000人であったが,年々減少し,平成20年には約2400人にまで落ち込んでいる。その間,過疎地域の指定も受け,村の財政は極めて厳しい状況が続いている。こうした状況下で,A村は,人口減少対策・過疎対策として,A村の保有する土地(10区画)(以下「本件土地」という。)を,希望者を募って平成21年4月20日に売却した。本件土地は,近隣市の中心部まで自動車で30分程度の通勤圏に位置している。前年にもA村は売却を試みたが,相場並みに価格を定めたところ,1区画に応募があったのみであり,この1区画についても契約の締結に至らなかった。そこで今回は,下限の価格を定めずに,「分譲価格と条件は購入希望者と直接相談させていただきます」という内容を記載した村民向けチラシ,近隣市町村における折り込みチラシ,新聞広告,現地看板などにより広報を行い,10区画すべてをそのとおりに売却した。成約価格は結果として,最も高い区画で560万円,最も安い区画で400万円,全区画の売却価格の総額は4800万円であった。購入者の中には,側溝部分など,一部の土地対価について支払を免除された者も多数存在する。また,購入者の中には,A村の部長の弟や売却担当部局職員の妻も含まれていた。さらに,村内の利便性を欠く地区に住む者による買換えが,複数見られた。

  ある週刊誌に,本件土地の売買に疑惑があるとする記事が掲載されたことを契機として,村民B及びCは,平成22年3月19日に地方自治法第242条による住民監査請求を行った。B及びCは,本件土地は慎重に時間を掛ければより高価で売却できる物件であったにもかかわらず,性急に破格の安値で売却した村長Eの措置は,村の財政を悪化させ,村の財産を無駄遣いするものであり,また,このような財産の処分のために必要な議会の議決を欠くことのほか,本件土地の売買は村関係者の身内に便宜を図るものであり,売却の方式や相手方の選定に関して公正を欠くことを主張した。しかしA村の監査委員は,B及びCの請求には理由がないと判断し,その旨を同年4月23日にB及びCに通知した。そこでB及びCは,Eによる本件土地の売買契約の締結によって,A村が売却価格と時価との差額分(約3200万円)の損害を被ったとして,Eに損害賠償を求めるための住民訴訟を提起しようとしている。このうちCは,同年5月1日にA村から転出しており,現在は他の市に住んでいる。また,村民Dは,住民監査請求を行っていないが,B及びCが提起を検討している住民訴訟に原告として加わろうとしている。

  他方,A村議会の議員の一部は,Eは,平成19年に村長に就任して以来,厳しい環境の中でA村の財政再建に貢献してきた功労者であるし,必ずしも裕福ではないことから,村がEに損害賠償を請求するのは適切でないと主張して,B,C及びDの3名(以下「Bら」という。)の動きに反発している。これらの議員は,Bらの請求を認容する一審判決が出された場合には,控訴した上で,Eに対する村の損害賠償請求権を放棄する議会の議決を行うことを検討し始めている。A村はこれまで行政訴訟を提起された経験がないことから,Eは,急きょ,そうした訟務に詳しい顧問弁護士Fと同村の総務課職員G,H及びIとで,対応策を検討する会議(以下「検討会議」という。)を平成22年5月6日に開催することとした。検討会議の中では,職員から様々な疑問,質問,課題が提示されたため,弁護士Fが,その整理・検討を任されることとなった。

  【資料1 検討会議の会議録】を読んだ上で,弁護士Fの立場に立って,以下の設問に答えなさい。

  なお,地方自治法施行令の抜粋を【資料2 関係法令】に,また関連する裁判例を【資料3 議会による請求権放棄に関する裁判例】に,それぞれ掲げるので,適宜参照しなさい。

 

〔設問1〕

  Bらが提起することが予想される住民訴訟を具体的に示して,これをBらが適法に提起できるかどうかについて検討しなさい。

 

〔設問2〕

  Bらによる住民訴訟が適法とされる場合には,Eが本件土地の売買契約を締結したことの適法性が争点になると考えられる。この契約締結の適法性について,詳細に検討しなさい。

 

〔設問3〕

  Bらの請求を認容する一審判決が出されて,A村議会が請求権を放棄する議決を行う場合を想定して,以下の小問に答えなさい。

 ⑴ 【資料3】に挙げた二つの判決の間で,地方議会による請求権放棄の議決の適法性に関して考え方が分かれた点を説明しなさい。

 ⑵ その上で,これらの判決の考え方をそれぞれ当てはめた場合,本件で村議会議員が検討している請求権放棄の議決の適法性についてはどのように判断されることになるか検討して,自らの意見を述べなさい。

 

【資料1 検討会議の会議録】

総務課長G:我が村は本当に小さな所で,これまで村を相手に村民が行政訴訟を起こした例など全くありませんでした。今回のBらの動きは驚きなのですが,聞くところでは,Bらは弁護士にも相談しながら訴訟の準備を進めているようですので,村としても,対応方針を立てておく必要があります。今日は,行政訴訟に通じた顧問弁護士のF先生にも出席いただきました。初回の会合ですので,この際,疑問に思っている点を率直に出してください。

職 員 H:村の行った売買に,それとは関係のないBらが裁判を起こすことなんてできないと考えていました。Bらは売買で損をしたわけでもないし,一体どういった権利や利益を根拠にして訴えを起こすつもりなのでしょうか。聞くところでは,住民訴訟という特別の制度があるようですが,それであれば利用できるのですか。

職 員 I:住民訴訟という特別の制度があるとしても,だれでも無条件に住民訴訟を起こせるわけではないですよね。今回のBらは適法に住民訴訟を起こせるのですか。

職 員 H:BやCの行った監査請求では,違法な契約によって村の土地がたたき売りされて,村が損をした点を問題にしているようですね。住民訴訟ではBらは4号請求で行く意向だといううわさです。

総務課長G:それは,地方自治法第242条の2第1項各号に挙げられた4つの請求のうち,第4号に規定された請求をするという意味ですね。F先生の方で,Bらが今回の売却に対して,どういった訴えを起こしてくるのか,4号請求の具体的な内容を示してもらえると参考になります。その上で,Bらが提起する訴えが適法かを,B,C及びDのそれぞれについて検討していただけますか。

弁 護 士 F:分かりました。それでは,Bらが提起するであろう訴訟について,その具体的内容と適法性を記したペーパーを,早速用意いたします。

総務課長G:よろしくお願いします。次に,裁判になったとして,本件土地の売却のいかなる点が違法になるのか,この点の議論に移りたいと思います。本件土地の時価をどのように計算するかという問題もありますが,村としては,適正な対価を得て本件土地を売却したと考えています。ですから,契約の締結には議会の議決は不要であるという立場です。しかし,この点について,Bらは争っていますので,F先生に御検討をお願いしたいと思います。

弁 護 士 F:議会の議決というのは,地方自治法第96条第1項第6号,第237条第2項に規定された議決のことですね。このほか,第96条第1項第5号も議決を定めていますが,これは請負契約を念頭に置いた規定ですから,本件では考えなくてもよいでしょう。また,第8号の議決の要否については,Bらは今の段階では問題にしていませんので,差し当たり検討の対象から除くことにします。

総務課長G:これ以外に,契約締結の適法性に関して,遠慮なく,疑問点を出してください。

職 員 H:入札手続を採らなかった点など,契約の手続や内容に様々な違法があるとBらは攻撃していますが,村としてはそのようには考えていません。週刊誌には,契約が不透明だと書かれたのですが,一体何が問題なのですか。

職 員 I:職員や議員の中では,過疎に悩む本村で採り得る政策として,やっとのことで買手を見付けて本件土地を売却したのは当然のことではないかとか,現に税収面でも貢献しているではないかという意見が圧倒的です。この売却の何が違法と言われるのか,理解に苦しむところです。

職 員 H:先日来,総務課でも,地方自治法第234条や同条第2項に基づく政令を検討し始めたのですが,今回の事案にどのように関連するのか,うまくまとめ切れていません。村がどのような手続によって,どのような内容の契約を締結するかは,当然に村長の裁量で決められると思うのですが。

総務課長G:契約締結の適法性に関する問題,特にH君が挙げていた条文の解釈が,最も重要な課題になりそうですね。まず,これらの法律や政令の規定のうち本件にかかわるものの趣旨を御説明いただけませんか。その上で,Bらが,本件土地の売買契約の締結のどういった点を違法だと主張してくるか,また,村の側では,契約締結を適法というためにどのような主張をすることが考えられるか,F先生の方で具体的に検討いただき,契約締結の適法性に関するF先生の御意見をお聞かせいただけますと助かります。契約締結の適法性は,何といっても村の職員にとって最も関心がある点ですので,できるだけ包括的に検討していただけませんか。

弁 護 士 F:それでは,御質問の点について,次回の会合までに,ここは入念に整理しておくこととします。

総務課長G:お願いいたします。それと,先日もお話ししましたが,議員の間では,Bらの動きに反発する意見が強いのです。週刊誌でたたかれた点が影響しているのかもしれません。

職 員 H:ベテラン議員の中には,どこかの会合で聞いてきたようなのですが,Bらが村長の損害賠償責任を裁判に訴えたとしても,さらに,それを認める判決が出されたとしても,控訴した上で,村の損害賠償請求権を放棄する議決を議会が行えば大丈夫だといった意見を説く者もいます。こうした主張が日増しに強くなっている状況です。議会は,こうした議決を適法に行うことが可能なのですか。この点は,議会事務局も心配しています。

職 員 I:議決というのは,地方自治法第96条第1項に規定されている議決のことですか。

弁 護 士 F:ええ,その第10号ですね。地方議会による請求権放棄に関しては,これまで出された裁判例で,判断が分かれています。手元にある二つの判決【資料3】が,その例です。

総務課長G:村の請求権がどのような手続によって消滅するのかといった点も,議論する必要がありそうですが,今の段階では差し当たり,請求権を放棄する内容の議決を議会は適法に行うことができるのか,という点に絞って検討したいと思います。

職 員 H:それぞれの判決がよって立つ考え方の違いを整理していただけないでしょうか。特に,判決の中で「住民訴訟の制度が設けられた趣旨」といわれているのですが,住民訴訟の制度趣旨と議会による請求権放棄とは,どのように関連するのですか。

職 員 I:私が関心がありますのは,お話のあった二つの判決を本件の事案に当てはめた場合に,どういった判断が予想されるのかという点です。

総務課長G:いろいろと要望や質問が出ましたが,議決の適法性の問題に関しては,本村の議員にも説明する必要があると考えています。H君とI君も申しておりましたが,二つの判決がそれぞれどのような考え方に立っているのか,そしてそれぞれの判決によれば,今回の案件がどのように判断されるか,住民訴訟制度の趣旨を踏まえて分かりやすく整理していただき,本村議会の議員が検討している請求権放棄の議決の適法性について,F先生の御意見をお聞かせいただけませんか。

弁 護 士 F:了解しました。早速,両判決の分析を進めまして,課題について検討結果を送らせていただきます。

総務課長G:お願いばかりで恐縮ですが,よろしくお願いいたします。他に質問がなければ,本日の会議は終了といたします。

 

【資料2 関係法令】

 

 ○ 地方自治法施行令(昭和22年5月3日政令第16号)(抜粋)

 

 (指名競争入札)

第167条 地方自治法第234条第2項の規定により指名競争入札によることができる場合は,次の各号に掲げる場合とする。

一 工事又は製造の請負,物件の売買その他の契約でその性質又は目的が一般競争入札に適しないものをするとき。

二 その性質又は目的により競争に加わるべき者の数が一般競争入札に付する必要がないと認められる程度に少数である契約をするとき。

三 一般競争入札に付することが不利と認められるとき。

 (随意契約)

第167条の2 地方自治法第234条第2項の規定により随意契約によることができる場合は,次に掲げる場合とする。

一 売買,貸借,請負その他の契約でその予定価格(貸借の契約にあつては,予定賃貸借料の年額又は総額)が別表第五上欄(注:左欄)に掲げる契約の種類に応じ同表下欄(注:右欄)に定める額の範囲内において普通地方公共団体の規則で定める額を超えないものをするとき。

二 不動産の買入れ又は借入れ,普通地方公共団体が必要とする物品の製造,修理,加工又は納入に使用させるため必要な物品の売払いその他の契約でその性質又は目的が競争入札に適しないものをするとき。

三,四 (略)

五 緊急の必要により競争入札に付することができないとき。

六 競争入札に付することが不利と認められるとき。

七 時価に比して著しく有利な価格で契約を締結することができる見込みのあるとき。

八 競争入札に付し入札者がないとき,又は再度の入札に付し落札者がないとき。

九 落札者が契約を締結しないとき。

2 前項第8号の規定により随意契約による場合は,契約保証金及び履行期限を除くほか,最初競争入札に付するときに定めた予定価格その他の条件を変更することができない。

3 第1項第9号の規定により随意契約による場合は,落札金額の制限内でこれを行うものとし,かつ,履行期限を除くほか,最初競争入札に付するときに定めた条件を変更することができない。

4 前二項の場合においては,予定価格又は落札金額を分割して計算することができるときに限り,当該価格又は金額の制限内で数人に分割して契約を締結することができる。

 (せり売り)

第167条の3 地方自治法第234条第2項の規定によりせり売りによることができる場合は,動産の売払いで当該契約の性質がせり売りに適しているものをする場合とする。

 

別表第五(第167条の2関係)

 

【資料3 議会による請求権放棄に関する裁判例】

 

○ 適法とする判決:東京高等裁判所平成18年7月20日判決(抜粋)

  「住民訴訟が提起されたからといって,住民の代表である地方公共団体の議会がその本来の権限に基づいて住民訴訟における個別的な請求に反した議決に出ることまで妨げられるべきものではない。本件は,(略)損害賠償請求権(注:長に対する地方公共団体の損害賠償請求権)の発生原因のいかんによって放棄の可否を定めた法令はなく,その放棄の可否は,住民の代表である議会が,損害賠償請求権の発生原因,賠償額,債務者の状況,放棄することによる影響・効果等を総合考慮した上で行う良識ある合理的判断にゆだねられているというほかないのであって,(略)甲町の住民の代表で構成される甲町議会は,本件議案について質疑,討論を行い,民主主義の原則にのっとり,多数決で本件損害賠償請求権を放棄する旨議決したのであるから,本件議決によって本件損害賠償請求権は消滅しており,そのことによって『法治主義に反する状態が続く』ことになるものでもない。」

 

○ 違法とする判決:大阪高等裁判所平成21年11月27日判決(抜粋)

  「控訴人(注:乙市長)は,地自法(注:地方自治法)96条1項10号により,権利の放棄が議会の議決事項とされている以上,乙市議会がした本件権利の放棄の議決は当然有効であると主張する。しかし,(略)①(略),②控訴人は上記財務会計行為(注:乙市による乙市の外郭団体(以下「本件各団体」という。)への補助金等の支出)は適法であるとして争っていたところ,原審は,上記財務会計行為の一部は違法であると認定し,乙市の本件各団体に対する不当利得返還請求権,乙市長に対する損害賠償請求権をそれぞれ一部認めたこと(本件権利),③控訴人は,この判決に対して控訴し,控訴審において引き続き上記財務会計上の行為は適法であると主張して争ったところ,当裁判所は平成21年1月21日弁論を終結し,判決言渡期日を同年3月18日と指定したこと,④控訴人は,平成21年2月20日,本件権利の放棄を含む(略)条例を提出し,議会は後記のとおり合理的な理由もないまま本件権利を放棄する旨の決議をなしたこと,⑤控訴人は,平成21年3月4日,弁論再開の申立てをし,当裁判所は,同月11日弁論を再開する旨の決定をしたこと,⑥本件権利は,乙市の執行機関(市長)が行った違法な財務会計上の行為によって乙市が取得した多額の不当利得返還請求権ないし損害賠償請求権であり,この権利の放棄が乙市の財政に与える影響は極めて大きいと考えられること,⑦議会は,上記権利を放棄する旨の決議をした際,本件と同種の事案(略)等についても,不当利得返還請求権及び損害賠償請求権をいずれも放棄する旨の決議をしたこと,⑧本件権利及び上記⑦の権利を放棄するについて,請求を受けることとなる者の資力等の個別的・具体的な事情について検討された形跡は窺えないことが認められる。

  (略)住民訴訟の制度が設けられた趣旨,一審で控訴人が敗訴し,これに対する控訴審の判決が予定されていた直前に本件権利の放棄がなされたこと,本件権利の内容・認容額,同種の事件を含めて不当利得返還請求権及び損害賠償請求権を放棄する旨の決議の乙市の財政に対する影響の大きさ,議会が本件権利を放棄する旨の決議をする合理的な理由はなく,放棄の相手方の個別的・具体的な事情の検討もなされていないこと等の事情に照らせば,本件権利を放棄する議会の決議は,地方公共団体の執行機関(市長)が行った違法な財務会計上の行為を放置し,損害の回復を含め,その是正の機会を放棄するに等しく,また,本件住民訴訟を無に帰せしめるものであって,地自法に定める住民訴訟の制度を根底から否定するものといわざるを得ず,上記議会の本件権利を放棄する旨の決議は,議決権の濫用に当たり,その効力を有しないものというべきである。」

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 本問は,A村の村長Eが行った村有土地の安値売却に対して,村民Bらが提起することが予想される訴訟について,A村の顧問弁護士の立場から論じさせるものである。問題文と資料から基本的な事実関係を把握し,地方自治法や同法施行令の趣旨を読み解いた上で,住民訴訟の訴訟要件等を検討するとともに,本案における違法事由,つまり本件土地売買契約の適法性を論じる力を試すものである。住民訴訟及び財務会計法規にかかわる細かい知識を問う趣旨ではなく,住民訴訟による住民参政及び財政統制,行政契約の公正性及び透明性,地方公共団体の財務の経済性,地方議会の議決の民主性といった基本的な考え方を,条文や与えられた判決から読み取り,事案に即した具体的な解釈論として展開する力を試すものである。

 設問1は,住民訴訟の基本的な利用条件について,具体的に 検討させる趣旨の問題である。住民訴訟,特に,いわゆる4号請求に関して,基本的な理解を確認するものである。住民訴訟の利用条件のうち,例えば,監査請求前置という要件に関しては,住民監査請求を行っていない村民Dが本件で住民訴訟の原告になることができるのかを検討する必要がある。また,住民訴訟は当該地方公共団体における住民による提起が要求されるが,この点で,他の市に転出したCによる住民訴訟の提起について,具体的に論じなければならない。さらに,村民Bがこれから住民訴訟を提起する場合に遵守すべき出訴期間についても,言及することが求められる。このほかにも,4号請求として,違法な契約の締結によって村に損害を与えた村長Eに対して損害賠償請求を行うよう,A村の執行機関に求める訴訟が考えられる点も,説明することが求められている。このように,本問においては,具体的な事案に即して住民訴訟を利用することができるのか,基礎的な理解を確認することに主眼を置いている。住民訴訟にかかわる細かな解釈を要求する趣旨では決してなく,現在数多く提起されている住民訴訟制度の基本について,理解を問うものである。

 設問2は,本件土地売買契約の適法性を地方自治法や同法施行令に則して検討させるものである。まず,同法第96条第1項第6号等の解釈として,議会の議決が存在しない本件において,「適正な対価」が認められるのかを論じなければならない。さらに,同法第234条等の解釈を通じて,本件事案における随意契約の許容性を「条文の解釈を踏まえて」詳細に検討することが求められる。随意契約を用いたことの適法性について検討する際には,地方自治法上,競争入札が要求されている趣旨に言及することや,随意契約が例外とされる趣旨を前提として解釈を行うことが求められる。本問では,Bらによる契約の違法性の主張に加えて,村の立場に立った反論など,双方の立場から,契約の適法性を具体的に検討することが必要である。例えば,本件土地売買契約を適法と解釈するのに適した事由として,過疎対策,人口確保対策,税収対策としての本件土地売買の必要性,前年度の売却失敗という経緯,簡単に売却ができない(過疎に悩む)A村の特殊事情,適正な対価の存在などに具体的に言及して,法的評価を行うことが考えられる。他方,本件土地売買契約を違法とする可能性のある事由としては,同法施行令第167条の2第1項第2号等の解釈を通じた,本件事案における随意契約の法的評価,村の幹部関係者や担当部局職員の家族が購入している点での公正性の問題,A村の村民が購入している点での過疎対策としての有用性に係る法的評価,下限の価格を定めていない点(つまり,基準設定をしていない点)での透明性の問題,一部対価免除,対価の適正に関する解釈などについて,具体的に検討することが求められる。

 設問3は,関連する判決の読解能力を問うものである。本問では,住民訴訟でBらが第一審で勝訴した場合であっても,議会関係者はその後の段階で,村長Eに対する請求権放棄の議決を行うことを検討していることから,A村の顧問弁護士として,議決の適法性に関して評価を行うことが求められている。特に,この問題に関連する裁判例を比較し,分析する能力が試されている。換言すれば,二つの判決を読み比べて,その背景にある考え方を読み取り,説明できるかを問うものである。一方では,議会議決に限定を付していない地方自治法の規定(例えば,同法第96条第1項第10号)や,議会議決を尊重するという民主主義の視点に着目して,議会が請求権の放棄を議決できると説く立場が考えられる。他方で,こうした議会議決の裁量判断にも限界が存在する点,請求権放棄の議決は総合的な判断に基づいてなされるべき点を重視する見解も考えられる。例えば,住民訴訟制度の趣旨,第一審の判決が下されている事情,請求権の放棄が地方公共団体の財政に与える影響,相手方の事情などから,議会による請求権放棄を議決権の濫用ととらえる見解も成立し得る。こうした考え方の対立点を踏まえた上で,本件事案に即した解答者の判断を問うものである。議会議決の適法性に関する解釈は,詳細な理由付けとともに行われる必要がある。

 なお,三つの設問のうち,設問1は住民訴訟に関する基本的理解を問う趣旨であるのに対し,設問2及び設問3は複数の法令や裁判例を素材にして解答すべき内容を多く含むことから,設問2及び設問3の配点割合が高いものとなっている。こうした出題の趣旨を十分に理解して受験者が実力を発揮できるよう配慮して,本年は各設問の配点割合を明示することとした。

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1 出題の趣旨

 別途公表している「出題の趣旨」を,参照いただきたい。

 

2 採点方針

 採点に当たり重視していることは,法的な論述に慣れ,分かりやすく,かつ,受験生の思考の跡を採点者が追うことができるような文章を書いているか,という点である。決して知識の量に重点を置いているわけではない。

 

3 答案に求められる水準

 (1) 設問1

 本件において提起されることが見込まれる住民訴訟に関し,①村長Eが地方自治法第242条第1項にいう「普通地方公共団体の長」として「違法」な「財産の…処分」(又は「契約の締結」)をしたとされることについて,A村の「執行機関又は職員」(本件ではE)を被告として,この者においてA村がEに対して有する損害賠償請求権の行使をすることを求める内容のもの(義務付け訴訟)であることが押さえられているかどうかを,②他の主要な論点(Bについての出訴期間の遵守,Cについての「住民」要件の充足,Dについての「住民監査請求前置」の充足)への解答とあいまって,優秀な答案であるかどうかを判定する際の目安とした。住民訴訟制度についての受験者の一般的な習得の程度を考慮し,上記の①の点については,上記の全ての要素に明示的に触れていなくても,おおよその理解ができていることがうかがわれれば,優秀又は良好な答案と判定し,一部の理解に誤りがあることがうかがわれる場合にも一応の水準の答案と判定した。

 (2) 設問2

 普通地方公共団体による契約の締結においては一般競争入札が原則とされ,随意契約は例外とされている趣旨(地方自治法第234条等関係)については,一般に,契約の締結に当たっての機会の均等,手続の透明さ,合意に係る金額の適正さ等の確保が挙げられるところ,これらの点におおむね触れられていれば優秀な答案と,半分以上程度に触れられていれば良好な答案と判定した。地方自治法施行令第167条の2第1項第2号を適切に適用し,あるいは,価格の下限の不設定,側溝部分等の対価免除,関係職員の親類への売却,村民による買換えといった事実から,Bが主張すると考えられる違法事由について,村の側の主張やFの立場に立った見解を明確に示していれば,優秀な答案と判定した。

 適正な対価なくしてされる財産の譲渡につき議会の議決が必要とされる趣旨(地方自治法第96条第1項第6号等関係)については,一般に,普通地方公共団体に損失が生ずること及び財政運営にゆがみが生ずることを回避することが挙げられているところ,これらの点に触れられていれば優秀又は良好な答案と判定した。また,上記の観点から,「適正な対価」とは,一般に,当該財産の時価がこれに当たると解されているところ,このことが基本とされていれば,当該答案は一応の水準にあると判定し,その上で,そのことを踏まえつつ,本件のような事情の下では時価の把握が困難で政策的配慮も関係し判断に幅が生じ得ることを意識して論じてあれば,優秀度ないしは良好度の高いものとして評価した。

 (3) 設問3

 問題文に掲げられた裁判例が,いずれも,違法な財産の処分をした長に対する損害賠償請求権を放棄するか否かの判断につき,議会に裁量を認めていることが理解されていれば,一応の水準に達しているものとした上で,各裁判例にあっては,それぞれの事案における事実関係に由来するもののみならず,上記のような請求権に係るものを含めて住民により選挙された議員で構成される議会の判断は原則として尊重されるべきものとするか,住民訴訟において第1審でのものといえども違法とする判決が言い渡された場合には,そのことを重視して慎重に判断することが要請されるものとするかの点をめぐって,基本的な考え方の傾向に違いがあることを理解しているかどうかで,優秀度ないしは良好度の高さを判定した。

 

4 採点実感

 以下は,採点委員から寄せられた主要な意見をまとめたものである。

 (1) 全体的印象

  •  住民訴訟を素材とした出題であったが,時間切れとおぼしき答案を除き,いずれの答案も,何とか設問に食らいつき,解答しようとする姿勢が現れており,好感が持てた。
  •  各当事者の主張を客観的にまとめた答案が意外に少なかった。原告側,被告側,F弁護士の所見・解答者自身の意見が混然一体となっていた答案が多かった。
  •  今回の出題においては,行政訴訟の訴訟要件の判断,行政法規の条文及び事実関係に照らした行政活動の違法性判断,裁判例の比較と事案への当てはめという,3つの異なった角度からの設問が用意されており,それぞれの設問の出来具合が必ずしも比例していない受験者もかなり見られたことからしても,受験者の総合的な力量を問うことができた。
  •  住民訴訟を出題したことに対しては,法科大学院での行政法分野の中での比重や地方自治法科目の有無との関連で批判があるかもしれないが,採点してみての実感としては,受験生の実力差がきちんと測れたと思われる。

 (2) 条文の解釈,当てはめが欠けている答案について

  •  添付資料として関係法令が付されているのに,何号によって随意契約が許されるかという当てはめをせず,生の事実だけを書いている例もある程度あり,条文を重視する姿勢が欠けていると思われた。
  •  法的三段論法を習得していない答案が多い。
  •  関係法令の趣旨を記述したものが余り多くなかった。また,記述されている場合でも,記述量が乏しく,さらに,趣旨の記述を条文解釈に関連付けた答案はごく少数であった。問題文で示されている諸事実が,条文解釈を通じた主張として用いられていない答案も目立った。
  •  問題の売買契約の適法・違法を論じるに当たり,法令の解釈・適用よりもむしろ各人の一般常識に依拠した判断を示す例が少なくない。
  •  【資料1】及び【資料2】において,検討すべき法令が具体的に示されており,法令解釈の検討対象が明らかであるにもかかわらず,当該各法令につきその立法趣旨にさかのぼった骨太な立論が展開された答案は少なかった。総じて,一定の視点から事案を分析・整理した上で,法令の解釈・適用を行うという法実務家に求められる基本的素養が欠如していると言わざるを得ない答案が多かったのは,残念である。

 (3) 安易に行政裁量の逸脱・濫用を説く答案について

  •  全体として気になったのは,行政裁量の扱いである。設問2で,「適正な対価」の判断について,政策を実現する目的を考慮して廉価と認定する行政裁量を容易に認める答案が目立ち,また,法令の個々の規定から離れて随意契約を締結する行政裁量を認めるかのような答案も散見された。まずは法令を綿密に解釈し,それを前提及び基礎にして,行政機関に求められる判断のうち裁量が認められる部分を特定する必要がある。

 (4) 設問に答えていない答案について

 問題文をきちんと読まず,設問に答えていない答案が多い。

 問題文の設定に対応した解答の筋書を立てることが,多くの答案では,なおできていない。

 (5) 字が乱雑で判読不能な答案について

  •  字が汚い答案(字を崩す)が多い。時間がないことも十分に理解できるが,かい書で読みやすく書かれている答案も多く,合理的な理由とはならないであろう。例えば,「適法」「違法」のいずれかであることまでは判別できるが,それ以上判別する手掛かりがなく,一番肝心な最終結論が分からないという答案も散見された。
  •  字を判読できない答案には閉口した。字の上手下手があるのは当然であるが,そうではなく,読まれることを前提としないかのような殴り書きの答案が相当数あった。時間が足りなくなって分かっていることを全て記載したいという気持ちは理解できるが,自分の考えを相手に理解させるのが法曹にとって必須の要素と思われ,その資質に疑問を感じざるを得ないように思った。

 (6) 答案における文章表現について

  •  一文一段落という,実質的に箇条書に等しい書き方をする等,小論文の文章としての体裁をなしていない例が少なくない。
  •  「この点」を濫発する答案が少なからずあったが,「この」が何を指示しているのが不明な場合が多く,日本語の文章としても,極めて不自然なものとなっている。

 (7) 設問1について

  •  全体的におおむね出来は良く,住民訴訟の訴訟要件については,受験生は総じて,一応の知識は持っていると感じた。
  •  4号請求の内容を正しく答えられない答案(被告を書いていないもの,議会,監査委員などとするもの,Eに対して直接損害賠償請求をするというもの,「怠る事実」の相手方としてEを位置付けるもの,Eに対する賠償命令の義務付けを請求内容とするものなど)が見られた。
  •  出訴期間について触れているものが少なかった。また,出訴期間ではなく,監査請求期間について触れているものが相当数あった。

 (8) 設問2について

  •  実体法の解釈・適用に弱いとの傾向は,今回も見られた。
  •  「Fの立場に立って」,「契約の適法性について,詳細に検討しなさい。」という設問にもかかわらず,住民側の主張と村側の主張を,平板に並べるだけで,契約の適法性を検討することができていないものが意外に多かった。
  •  随意契約によることができるかどうかについては,地方自治法第234条第2項を受けた地方自治法施行令第167条の2第1項各号の該当性を具体的に検討すべきところ,どの号に該当するかを論じないで,一般的に,不公正であるか,あるいは,村長の裁量の範囲を逸脱しているかといった点を論じたものも目立った。
  •  前年の売却が競争入札であると決めつけた上で8,9号該当性を論じたり,本件の契約が競争入札であることを論じるなど,問題文の読解に難があるものも少なからずあった。

 (9) 設問3について

  •  一刀両断に「事案が異なるから」とした答案は,問題文を読む素直さに欠けているように思われた。判決の論理や背景にある制度理解を対比した上で分析できるようにするためのトレーニングも必要であると感じた。
  •  判例解釈については,大きく分けて,①住民代表である議会を尊重する立場と住民訴訟による違法の是正を尊重する立場の違いとするもの,②両者は矛盾するものではなく議会の裁量にも限界があるから種々の事情を合理的に検討しなければならないとするもの,③事案の違いとのみ述べるものに分かれ,①と②を統合して,住民訴訟の趣旨との関係で議決権の裁量の限界を述べ,議決権濫用の有無をどのように審査するのかについてまで述べられたものは少なかった。

 

5 今後の法科大学院教育に求めるもの

 法律実務家に求められる基本的素養を涵養するという原点に立ち返りつつ,初見の法令に関しても,その趣旨,目的,条文構造等を分析・検討し,説得力のある結論を導くといった訓練が行われることを期待したい。