平成19年新司法試験公法系第1問(憲法)

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信教の自由及び政教分離 - 信教の自由

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[公法系科目]

 

〔第1問〕(配点:100)

  A教団は,理想の社会を追い求めて集団生活を営む信者のみが救済されるという教義を信奉しつつ活動する宗教団体であった。A教団には,「暗黒」な部分を除去しなければ理想社会は実現できないという信条を強く持つ信者も少なくなく,200X年,一部の過激な信者達が,複数の官庁・企業周辺で同時爆弾テロを実行し,その計画,指示,実行に当たった教団幹部や信者は逮捕された。この同時爆弾テロは,A教団の活動として行われたわけではなかったが,A教団は自発的に解散せざるを得なくなった。その2年後,A教団の元信者達は,同教団の幹部であった甲を代表として,新たにB教団を結成した。B教団は,A教団当時に行われたテロ行為について深い反省の意思を表明し,A教団との決別を宣言している。しかし,同時爆弾テロ事件で逮捕されなかったA教団の元幹部が全員B教団の幹部となっており,B教団の教典もA教団の教典と同一である。

  B教団の教義によると,信者は集団で居住して修行しなければならないことになっており,B教団結成に伴い,集団居住のための新たな施設を建設する必要が生じた。B教団は,かつてA教団の施設があった幾つかの都道府県で本部施設の建設を計画したが,いずれも反対運動が起こり,断念せざるを得なかった。そこで,B教団は,新たに信者となった乙がC市にまとまった土地(敷地面積1200平方メートル)を所有していたことから,同土地の上に本部施設を建設することを計画した。当該施設は,本部機能を有するとともに,信者が集団で居住し,修行する施設となるものである。

  C市は,特例市(地方自治法第252条の26の3第1項に基づき,政令による指定を受けた市)である。C市では,以前から,市民の間に良好な住環境を守ろうとする意識が強く存在し,行政もそれに積極的に対応してきている。C市は,安心して暮らせる安全で快適な住環境の維持に特に注意を払い,独自の「C市まちづくり条例」(以下「条例」と表記)を制定している。この条例は,都市計画法(都市計画法及び都市計画法施行令については,資料1参照)上の許可制とは別に,C市内の「まちづくり推進地区」に指定されている地域における1000平方メートル以上の開発事業(大規模開発事業)について許可制を導入しており,大規模開発事業を行おうとする者に対して,事前手続として,「周辺住民」の過半数が同意する開発事業協定の締結及び市との協議を義務付けている。そして,条例第18条第2項に定める要件に該当する場合には,市長は,当該開発事業を許可しないことができる(条文については,資料2参照)。

  B教団本部施設の建設が計画されているD地区は,都市計画法上は都市計画区域のうちの市街化区域であり,条例上は「まちづくり推進地区」に指定されている。D地区は,C市の中でも住宅地区として人気が高く,常に各種ランキングで住んでみたい街の上位に位置していた。C市の相談窓口には,「周辺住民」ばかりでなく,B教団の本部施設建設計画を知った市民からも,問い合わせや要望が多数寄せられるようになった。

  B教団の本部施設建設計画は,都市計画法上の許可要件を満たしている。B教団は,条例に基づいて「周辺住民」を対象とする事前説明会を開催した。この説明会には該当する住民の90%以上が出席し,出席した住民からは「テロリスト集団を引き継ぐB教団の本部新設は絶対に認められない。」といった趣旨の発言が相次いだ。これに対して,B教団の信者から威圧的な発言があり,出席した住民は一層強い不安をかき立てられた。そして,B教団との間での開発事業協定の締結に同意する「周辺住民」は,一人もいなかった。市長は,B教団との事前協議(その内容については,資料3参照)の結果を踏まえ,条例第17条第2項に基づいて開発事業の中止を勧告した。しかし,B教団は,これに従わず,計画を実施する構えを見せた。そこで,市長は,条例第18条に基づいて,C市まちづくり審議会の意見を聴いた上で,B教団の開発事業計画を不許可とする処分を行った。

  B教団は,C市を相手どって当該不許可処分の取消し等を求める訴えを提起した。

 (出題者注:本問においては,「無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律」(平成11年12月7日法律第147号)については考慮しないこととする。)

 

〔設 問〕

 1. あなたがB教団の訴訟代理人だとすれば,この訴訟において,どのような憲法上の主張を行うか,述べなさい。

 2. 設問1で述べられた教団側の主張に対する市側の反論を想定した上で,憲法上の諸問題を検討し,あなた自身の見解を述べなさい。

 

資料1:都市計画法及び都市計画法施行令

 

 1 【都市計画法(昭和43年6月15日法律第100号)(抜粋)】

 

 (目的)

第1条 この法律は,都市計画の内容及びその決定手続,都市計画制限,都市計画事業その他都市計画に関し必要な事項を定めることにより,都市の健全な発展と秩序ある整備を図り,もつて国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与することを目的とする。

 

 (都市計画の基本理念)

第2条 都市計画は,農林漁業との健全な調和を図りつつ,健康で文化的な都市生活及び機能的な都市活動を確保すべきこと並びにこのためには適正な制限のもとに土地の合理的な利用が図られるべきことを基本理念として定めるものとする。

 

 (定義)

第4条 1 (略)

2 この法律において「都市計画区域」とは次条の規定により指定された区域を…いう。

3~11 (略)

12 この法律において「開発行為」とは,主として建築物の建築又は特定工作物の建設の用に供する目的で行なう土地の区画形質の変更をいう。

13~16 (略)

 

 (都市計画区域)

第5条 1 都道府県は,市…の中心の市街地を含み,かつ,自然的及び社会的条件並びに人口,土地利用,交通量その他国土交通省令で定める事項に関する現況及び推移を勘案して,一体の都市として総合的に整備し,開発し,及び保全する必要がある区域を都市計画区域として指定するものとする。(以下略)

2~6 (略)

 

 (区域区分)

第7条 1 都市計画区域について無秩序な市街化を防止し,計画的な市街化を図るため必要があるときは,都市計画に,市街化区域と市街化調整区域との区分(以下「区域区分」という。)を定めることができる。(以下略)

2 市街化区域は,すでに市街地を形成している区域及びおおむね十年以内に優先的かつ計画的に市街化を図るべき区域とする。

3 (略)

 

 (開発行為の許可)

第29条 1 都市計画区域又は準都市計画区域内において開発行為をしようとする者は,あらかじめ,国土交通省令で定めるところにより,都道府県知事(地方自治法…第252条の19第1項の指定都市,同法第252条の22第1項の中核市又は同法第252条の26の3第1項の特例市(以下「指定都市等」という。)の区域内にあつては,当該指定都市等の長。以下この節において同じ。)の許可を受けなければならない。ただし,次に掲げる開発行為については,この限りではない。

一 市街化区域,区域区分が定められていない都市計画区域又は準都市計画区域内において行う開発行為で,その規模が,それぞれの区域の区分に応じて政令で定める規模未満であるもの

二~十二 (略)

2,3 (略)

 

 (開発許可の基準)

第33条 1 都道府県知事は,開発許可の申請があつた場合において,当該申請に係る開発行為が,次に掲げる基準…に適合しており,かつ,その申請の手続がこの法律又はこの法律に基づく命令の規定に違反していないと認めるときは,開発許可をしなければならない。

一~十四 (略)

2~8 (略)

 

(出題者注:第33条にいう「都道府県知事」には,第29条第1項により「特例市の長」も含む。)

 

 2 【都市計画法施行令(昭和44年6月13日政令第158号)(抜粋)】

 

 (法第29条第1項第1号の政令で定める規模)

第19条 法第29条第1項第1号の政令で定める規模は,次の表の第1欄に掲げる区域ごとに,それぞれ同表の第2欄に掲げる規模とする。(以下略)

第1欄 第2欄 第3欄 第4欄

市街化区域

 

1000平方メートル

 

(略)

 

(略)

 

(略) (略) (略) (略)

 2 (略)

 

資料2:C市まちづくり条例(抜粋)

 

 (目的)

第1条 この条例は,本市のまちづくりについて,その基本理念を定め,市,市民及び事業者の責務を明らかにするとともに,市民参加によるまちづくりを推進するための基本となる事項を定めることにより,市民が安心して生活できる安全で快適な,かつ,環境保護にも配慮したまちづくりを推進し,もって,C市らしい個性豊かで住み良い都市環境の形成に寄与することを目的とする。

 

 (定義)

第2条 この条例において,次の各号に掲げる用語の意義は,当該各号に定めるところによる。

一 開発事業都市計画法第4条第12項に規定する開発行為をいう。

二 大規模開発事業開発事業に係る土地の面積が1000平方メートル以上の開発事業をいう。

三 事業区域開発事業に係る土地の区域をいう。

四 事業者開発事業を行おうとする者をいう。

五 市民C市内に住所を有する者をいう。

六 周辺住民事業区域の境界線からの水平距離が200メートル以内における土地を所有する者又は建築物の全部若しくは一部を所有し,若しくは占有する者をいう。

 

 (市の責務)

第3条 1 市は,まちづくりについての必要な調査を行うとともに,まちづくりのための基本計画(以下「基本計画」という。)を策定し,これを実施しなければならない。

2 市は,前項の基本計画の策定及び実施に当たっては,市民の意見を十分に反映させるよう努めなければならない。

 

 (市民の責務等)

第4条 1 市民は,安全で快適な居住環境の享受を妨げられない。

2 市民は,自らまちづくりに努めるとともに,市が実施する施策に協力しなければならない。

 

 (事業者の責務)

第5条 事業者は,開発事業を行うに当たって,まちづくりに必要な措置を講ずるとともに,市が実施する施策に協力しなければならない。

 

 (推進地区の指定等)

第14条 1 市長は,次の各号のいずれかに該当する地区において,市街地整備を中心としたまちづくりが必要であると認めるときは,当該地区をまちづくり推進地区(以下「推進地区」という。)として指定することができる。

一 基本計画により,重点的なまちづくりを推進することが必要な地区

二 現に市街地が形成されている地区で,安全で快適なまちづくりの実現を図るために,拠点的な市街地整備が必要な地区

2 市長は,推進地区の指定に当たっては,当該地区の住民その他利害関係者の意見を反映させるため,説明会の開催その他必要な措置を講ずるとともに,C市まちづくり審議会(以下「審議会」という。)の意見を聴かなければならない。

3 市長は,推進地区を指定したときは,その旨を告示しなければならない。

 

 (推進地区での開発事業の許可)

第15条 事業者は,推進地区において,大規模開発事業を行おうとするときは,あらかじめ,規則で定める開発事業計画書を市長に提出し,市長の許可を受けなければならない。

 

 (説明会の開催,協定書の締結)

第16条 1 事業者は,前条に定める開発事業計画書を提出したのち,開発事業の内容,工事施工方法等について,周辺住民を対象とする説明会を開催しなければならない。

2 事業者は,前項の説明会を開催したのち,周辺住民との間で開発事業協定を締結しなければならない。開発事業協定の締結には,周辺住民の過半数の同意を必要とする。

 

 (事前協議,改善勧告)

第17条 1 事業者は,前条の説明会等と並行し,又は説明会等ののちに,当該開発事業の内容,工事施工方法等について,市長と協議しなければならない。

2 市長は,前項の協議を踏まえ,事業者に対し当該開発事業計画の変更,中止,その他の必要な勧告を行うことができる。

 

 (開発事業許可の基準)

第18条 1 市長は,次項の規定により許可しない場合を除き,第15条の許可をしなければならない。

2 市長は,第16条の開発事業協定が締結されていない場合,又は事業者が前条第2項の勧告に従わない場合において,当該開発事業が次の各号のいずれかに該当すると認めるときは,当該開発事業を許可しないことができる。

一 本条例に基づくまちづくり基本計画に適合しない場合

二 災害防止に対する支障等,市民生活の安全に支障が生ずるおそれがある場合

3 市長は,前2項の処分をしようとするときは,あらかじめ,審議会の意見を聴かなければならない。

4 市長は,第1項の処分をしたときはその旨を,第2項の処分をしたときはその旨及び理由を,遅滞なく事業者に通知するものとする。

 

 (中止命令等)

第19条 市長は,事業者が第15条の許可を受けないで開発事業に着手したときは,当該事業者若しくは当該事業者から工事を請け負った者又は当該工事の現場を管理する者に対して,当該開発事業の中止を命じ,又は相当の猶予期間を付して,原状の回復,建築物の除却その他の必要な措置を命ずることができる

 

資料3:B教団とC市との事前協議メモ

 

B教団:我々は,本市D地区にある,信者である乙が所有する土地に教団本部施設を建設したい。教団本部施設は,我々の信仰生活の拠点となるものであり,正に我々の信仰を実践する場所である。このことを,市には十分配慮していただきたい。

C 市:市としては,「まちづくり条例」が定める要件を満たすことを求めている。市は,どのような方が開発事業者であっても変わりなく,同じように条例を執行している。

B教団:我々が建設する施設は,教団と信者にとって神聖な場所である。信者は集団で居住し,代表である甲に従って修行に励む。このような形態が,我々B教団の信仰の在り方である。したがって,この施設は,我々教団の信仰にとって絶対に欠くことのできないものである。

C 市:市には,あなた方の信仰自体を否定するつもりなど毛頭ない。ただ,条例が定める条件を満たすことを求めているだけである。問題の一つは,周辺住民の同意が全く得られていないことである。

B教団:周辺住民は,我々の教団とA教団との関係を疑い,A教団当時の事件と同じようなことが起きるのではないかと思っているようである。それは,根拠のない憶測である。根拠のない憶測によって,住民は我々を危険視し,敵視している。そのような状況で,周辺住民の過半数から同意を取りつけることは,極めて困難である。

C 市:C市では,古くから,宅地乱開発問題やマンション建設問題等から住民による景観論争や環境保全のための開発反対運動が展開されてきた。そのような住民による運動から,良好な住環境を守ろうとする住民の高い意識が醸成されてきたし,行政もそれに積極的に対応してきた。安心して暮らせる,良好な住環境を守ろうとする市民のコンセンサスが,「まちづくり条例」を制定させた。そのような歴史から,C市は住民の意向を尊重している。周辺住民が抱く不安は,あなた方自らが払拭すべき問題であって,市が周辺住民を説得する問題ではない。条例の要求する条件を満たすことは,あなた方の主体的な努力にかかっている。

B教団:そもそも,周辺住民の同意がなければ,我々が真摯な信仰の実践活動をできないということに,問題がある。

C 市:既に述べたように,住民の意思の尊重は,C市における良好な住環境を求める運動の歴史の反映である。

B教団:我々は,A教団とは別個の,独立した宗教団体である。A教団当時に起きた爆弾テロ行為は,A教団の活動として行われたものではなく,A教団の教典や教義から逸脱した一部の者が実行したにすぎない。我々の教団は,A教団の一部の信者が犯した重大な犯罪行為を真摯に反省し,A教団と決別して結成された,新たな宗教団体である。教団代表である甲は,A教団当時の犯罪行為には一切かかわっていない。甲は,この2年間真摯に修行に励み,新たな悟りを開いた。悟りの境地に達した甲代表のもとで,我々信者は真面目に信仰生活を送りたいだけである。我々の教義は,信者の内面的救済のみを求めるものである。現在のB教団が周辺住民に危害を与える危険性など,全くない。

C 市:市としては,A教団の幹部らが2年前に起こした同時爆弾テロ事件を無視することはできない。あなた方の教典はA教団と同一であり,A教団の元幹部があなた方の教団の幹部になっている。したがって,A教団があなた方の教団の母体といえる。そして,あなた方は,A教団と同様に,集団で居住する。A教団当時,集団居住施設の中で爆弾が製造されていた。A教団は各地の教団施設の近隣に住む住民と様々なトラブルを起こしていたし,多くの訴訟も提起されている。集団居住の実態が分からない。集団居住施設の中で何をしているか,見えない。仮に教典自体は平和的なものであるとしても,教典から再び逸脱しないという保証はどこにもない。

    あなた方が,他の都市で本部施設を建設しようとしたときも,住民の反対運動にあって断念せざるを得なかったではないか。本市における事前説明会でも,あなた方の信者が威圧的な発言をしている。このような事実が,あなた方への周辺住民の不安を高めている。この不安は,周辺住民だけのものではない。それは,市の相談窓口に多くの市民から不安の声が寄せられていることにも示されている。

    A教団当時の同時爆弾テロ事件から得た一つの教訓は,近隣住民との間でトラブルが発生したときに,市がきちんと対応することである。市としては,あなた方の教団に関する諸々の事実を踏まえて,あなた方の開発事業計画には,条例第18条第2項が定める「市民生活の安全に支障が生ずるおそれ」があると判断している。

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〔第1問〕

 本問は人権と統治を組み合わせた問題となっており,仮想的な事案をめぐって3つのテーマが問われている。それは,法律と条例の関係,人権の保障と民主主義の関係,そして人権の保障と安全・安心の確保の関係である。

 本事案で問題となっている「まちづくり」条例は,市の処分に関して,いわば2段階構造を採っている。第1段階では,住民自治を具体化するものとして,「周辺住民の過半数の同意」による開発事業協定の締結等の条件が課せられている。このような条件が満たされていない場合,第2段階として,市は,条例第18条第2項各号のいずれかに該当すると認めるときには,当該開発事業を許可しないことができる。

 本事案では,こういった条例の仕組みをきちんと理解した上で,条例自体の合憲性と不許可処分の合憲性について論ずることが求められている。

 条例自体の合憲性に関する主要な問題は,「法律と条例の関係」である。徳島市公安事件上告審判決がポイントとなるが,まず,当該判決を正確に理解していることが求められる。その上で,法律と条例の目的・趣旨・効果をどのように比較するのか,どのような点で法律の範囲内である/ない,という結論を導くのかについて論じることが,必要である。

 さらに,人権の保障と民主主義の関係というテーマにかかわるが,第1段階での「周辺住民の過半数の同意」要件が,実際上,いわゆる禁忌施設への拒否として機能することも,問題となる。つまり,このような要件を置くことの合憲性である。

 不許可処分の違憲性に関しては,安全・安心の確保と人権の保障との兼ね合いが問題となる。ここでは,B教団の「危険性」に関する評価が焦点となるが,資料に掲げられた事実の一面だけをとらえて,危険だから不許可は合憲,危険でないから不許可は違憲といった資料の読み方では不十分である。本問で前提となっているのは,教団の「危険性」への懸念にも一定の理由があるが,その有無・程度等には不確実な面もあるといった状況である。この文脈で,審査基準論が意味を持つ。審査基準論が用いられる文脈,意義・内容を正確に把握した上で検討することが求められる。

 条例自体の違憲性及び不許可処分の違憲性に関しては,どの人権が侵害されているのかが問題となる。本事案において専ら問題になるのは,宗教的行為の自由である。ここでも,熟慮した主張と検討が求められる。本事案の条例や不許可処分において,居住の自由そのものが制限されているわけではない。都市計画法や「まちづくり条例」一般が示しているように,自己の所有する土地に関してその利用形態が制限されることはあり得る。居住・移転の自由や財産権への侵害であるゆえに違憲であると主張するためには,更に広く深い説得力のある論述が必要となる。

 まず設問1においては,これらの問題に関して,判例・学説を正確に理解した上検討し,適切な結論を導くとともに,説得力のある理由を示すことが求められている。法律との抵触や,宗教的行為の自由の侵害を抽象的に指摘しただけで,直ちに審査基準論を展開するというのでは,不十分である。まず,どのような点で,どのような抵触や侵害が生じているのかを,B教団の立場から具体的に論じることが必要である。

 設問2におけるC市側の主張では,設問1におけるほど詳細な論述までを求めているわけではない。その主張の理由付けの詳細が設問2での自説の検討において述べられていれば,それでもよい。

 その上で,設問2では,設問1でのB教団側の主張と設問2でのC市側の主張を踏まえた上で,「あなた」の見解を展開することが求められている。「あなた」の見解は,必ずしも,B教団側の主張かC市側の主張か,という二者択一であるとは限らない。「あなた」の見解は,それらとは異なる「第3の道」となることもあり得る。例えば,徳島市公安事件上告審判決の判断には問題もある。同判決の判断が公安条例の場合を超えて,他の条例の場合にどこまで妥当するのかは,必ずしも明確ではない。ここで,この問題が論じられ,判例とは異なる「あなた」の見解が主張されることもあり得よう。また,B教団側の主張あるいはC市側の主張と「同じである」という答えでは,不十分である。なぜ,一方の主張に賛成するのかについての説得力のある理由が述べられていなければならない。

ヒアリング

(◎委員長,○委員,□考査委員)

 

◎ 考査委員の先生方に,新司法試験の採点を終えられた段階での率直な実感等々をお話しいただければと思っている。

 それでは,憲法の方からお願いしたい。

 

□ 憲法からは,論文式試験に関する採点実感等を中心に御報告したい。

 まず,論文式試験の出題の趣旨については,別途取りまとめたとおりであるが,補足して三点ほど追加したい。

 これまで,サンプルテスト,プレテスト,昨年の本番の一年目と出題をしてきたが,本年の出題に当たり,一つの考え方として,統治機構に関する論点を盛り込む問題を出題したいということがあった。御承知のように,憲法の判例は人権の分野が多いわけで,裁判実務ということを念頭に置くと,どうしても,人権の部分から出題されるのではないかという先入観をもたれる可能性があると思われる。しかし,憲法論からすると,統治機構というのは非常に重要な分野である。今年は,そういった先入観を払しょくするということもあって,統治機構の論点を含めた問題を出題するのが適当と考え,そういった観点で問題の作成をした。今後も,特定の分野に偏らないように出題していくということになろうかと思う。

 次に,憲法は公法系科目のうちの一つであるので,行政法にも関連する分野を取り上げるということも一つ考えられるところであると思う。公法系の中で,行政法と憲法の問題をどのように調整するか,どのような関係にするかということについては,いろいろ議論があるところかと思うが,今年の問題としては,行政法の分野でも取り上げられそうな分野から出題してはどうかと考え,条例に関する問題を含む問題を取り上げることにした。飽くまで今年の出題は,憲法論を論ずるものであり,分野は行政法にもかかわる分野ではあるが,それを素材として,憲法上の論点について論述してもらう問題を出題することにした。

 それから,出題形式に関する点であるが,昨年の出題形式は,原告の訴訟代理人,国側の訴訟代理人,それから回答者の三つの立場,三様の立場からそれぞれ論述させる出題形式になっていた。こういった出題形式は,実務家となるための試験にふさわしいものと考えているが,昨年のような形で出題すると,それぞれ三様の立場で,いわばフルスケールで論述をしなければいけないようになってしまう。例えば,国側の主張に沿ったような考え方を自分も採るという場合には,どうしても重複した部分が出てくる可能性があり,それをどこまで書き込むかということもあるが,書き方によっては受験生の負担も大きくなってしまうのではないかと考えた。そして,もう少し簡略にというか,コンパクトな形にした方がいいのではないかということを,考査委員の中で議論した。それで,今年は,教団の訴訟代理人の主張についてはフルスケールで述べさせることを前提にして,教団と反対側になる市側の主張については,自分の見解を展開する前提として踏まえればいいという形にし,そこはよりコンパクトで,ポイントを絞った形で記載してもいいという形にした。どこまでそれが伝わったかという問題はまた別にあると思われるが,出題者の意図としては,そういった観点で昨年とは違った形での出題形式を試みたものである。

 次に,採点実感についてである。この問題には,主な論点が三つあった。そのうちの二つ,法律と条例の関係という論点と,住民の安全と信教の自由との人権相互の関係という二つの論点については,ほぼ多くの答案が論点として取り上げており,何らかの記述はしていた。もっとも,法律と条例の関係の論点に触れていない答案も,私が採点した中でもある程度あり,基本的な論点を落としている答案も,ある程度目に付いた。

 この点について,ほかの考査委員からも,こういった基礎的な論点を落としているのは予想以上であり,もう少し基礎的な理解と論述の重要性について再認識してもらう必要があるのではないかという指摘もあった。ただ,全体としてみれば,基本的な論点については,問題文からこれを発見して,それに関連した論述をする程度の能力は備わっているのではないかと感じられた。

 他方,三つ目の論点である,住民の同意を得るということと人権保障との関係については,逆に論点の所在に気が付いた答案が極めて少なかったのが非常に残念であった。また,これに触れた答案も,期待したほどの論理を展開したものは非常に少なく,印象的には数パーセントという感じであった。その理由であるが,本件の出題した条例の仕組みには若干特殊な面があって,二段階構成になっている。すなわち,第一段階で,周辺住民の過半数同意を求めるということにしつつ,これが得られなかった場合にすぐに不許可にするというわけではなく,第二段階で,過半数同意を得ていない開発行為で市民生活の安全に支障が生ずるおそれがある場合には不許可にできるということになっており,その二段階の構成,組立てをきちんと読み込んでいないと,一段階目の論点が出てこないということになってしまう。多くの答案は,二段階目の,市民生活の安全との関係に目を奪われてしまって,実は,その前提として過半数同意が求められていることとか,それが前提要件になるんだということについて意識しておらず,その点についての分析がなかったと考えている。これは,個々の問題について,資料をきちんと読み込んで,それに即して分析をしていくという能力が,まだまだ受験生に十分ではないのではないかと考えているところである。ケーススタディ的な訓練については,既に法科大学院でもある程度やっているとは思うが,そういった訓練がもっとなされてしかるべきではないかと感じた。

 次の印象は,判例の理解ということであるが,法律と条令の関係については,最高裁判所のリーディングケースの判例があるため,これをきちんと理解しているかどうか,これを利用して論述できるかどうかが出発点になるわけである。もちろん,この判決の基準らしきものに触れた答案は多かったわけであるが,意外に,きちんと理解できているものは少なかった。印象的に言うと,理解がきちんとできていた答案は1割とか2割といった程度ではないかと思う。理解がもともと不正確,あるいは間違っているために,その判例を使っているつもりでも,誤った当てはめをしているという答案もかなり多かったように思われる。抽象的に判決を暗記,記憶するというような勉強をしていると間違ってしまう可能性があるが,具体的なケースに当てはめて習得をしていけばそのような間違いは避けられるはずであり,そういった学習が十分ではないのかもしれないと感じた。

 それから分析の仕方であるが,この判決の基準からすると法律と条例の趣旨・目的を比較検討していくことになり,こういった比較を行っている答案は多かったわけであるが,内容的には非常に表面的と言うか,資料に書いてある法律と条例の目的の部分を並べて,若干言葉が違っていることだけをとらえて,言葉が違っているから趣旨が違うとか,違っているけれどもこれは基本的に一緒なんだというふうな書きぶりにとどまり,余り深い分析がなくて,表面的な結論だけを示している答案が多かったというふうに思われる。

 その次に印象として申し上げたいのは,人権保障との関係についてである。これについては,本件では宗教的行為の自由との関係が一番大きな問題であり,これにポイントを絞った掘り下げた論述を期待していたわけであるが,意外とそれがなく,例えば,居住移転の自由だとか財産権の保障といったほかの論点を並べて,問題点としては幅を広げた上で,逆に,それぞれについて底の低い,散漫な記述をしている者がかなり多かったというふうに思う。こういう副次的な論点を挙げることは,もちろん間違いとは言えないものの,実際の裁判に当たって,より効果の少ない主張をしても有益性はないわけで,むしろ,考えられる論点は挙げておかないと減点されるのではないかというような論点主義的な感覚が強すぎるのではないかと感じた。

 それから,先ほどの出題形式で工夫した点に関するところであるが,教団の主張を論じなさいという1問のところで,十分に教団の主張を展開しないで,見出し程度や問題提起程度の論述に終わっているものがかなりあった。他方,「市側の反論も想定した上で」と書いてあるにもかかわらず市側の反論に全く触れていないものもあり,それぞれの設問に対して,期待される程度の記述がなかったことから,全体として見ると,低い点数にしかならないという答案も多かった。どの程度の記述を求めているかが伝わるように,出題者の方でも苦心して出題形式を考えているが,書き方,あるいは書き方の構成で,点数が伸びないという答案もあった。今後も,出題形式について,更に検討の余地はあるものの,こういった出題の意図,考え方というものは,出題の趣旨でも具体的に説明しており,例えば前年の問題と前年の出題の趣旨を見れば,受験生にも十分理解できるはずであり,そのような情報はきちん熟読して把握しておいていただきたい。

 それから,もう一つ,教団側,市側,あるいは住民の観点ということで,それぞれの立場から複眼的に論述するという点に関してであるが,比較的多くあったのは,教団側に都合のいい要素,あるいは市側に都合のいい要素を資料から抜き出して,教団としては,例えば教団の危険性はないんだということを,市側からは危険性があるんだということを述べる,つまり,それぞれ違った事実をベースにして,それをお互いの主張として論述する答案が少なくなかった。しかしながら,飽くまでこの新司法試験は,法的な知識と能力を測るものであるので,もともとの事実認定レベルで水掛け論の話をしても仕方がないわけで,むしろ,危険性が明確にあるわけでもないけれども明確にないわけでもないという,そういう状況の下でどういう主張ができるのか,原告として,教団側としてどういう主張があり得て,市側としてどういう反論があり得るのか,また,そのような,ある意味中途半端な,どちらとも断定し難いような状況の下で客観的にどう判断するのかということについて,法令を活用した上での意見を論述してもらいたかったところであり,若干,その辺が出題者の意図に応じているとは言い難いと思われた。こういった一定の危険性がある状況でどのように考えるかということは,ケーススタディの材料等にもなると思うので,そういう題材を使う際には,法律的にかみ合った議論になるように法科大学院には教育してもらう必要があるのではないかと感じた。

 採点実感等は以上である。

 

□ 採点に当たった考査委員の全般的な感想が伝えられたわけだが,私も同様の印象をもっている。一言でいえば,答案の内容の薄さである。ここで指摘したいのは,そのような薄さの原因である。

 まず第一に,出題の適切性を検討する必要がある。今年は,論文で,統治と人権の融合問題を出題したわけであるが,法律と条例の関係にかかわる問題,人権と民主主義に関する問題,人権の保障と安全の確保に関する問題がテーマとなっている。人権に関しては,20条に関する,最終的には宗教団体の危険性に関する判断が鍵を握る問題である。いずれも,法科大学院の授業で当然に教えられている事柄である。それにもかかわらず,答案の内容が薄かった。さらに,短答問題について一言すれば,20問で45の肢があったが,45肢全体の正答率の平均は7割近かった。私は,この7割近い正答率というのは,難易度として不適切とはいえないと思っている。ただ憲法の場合,正答率と点数の平均点とにズレがあった。このことは,検討する余地があると思っている。それは,部分点の与え方ともかかわってくる。

 そのほかの答案の内容の薄さの原因として,個人的には,制度自体にも問題があるのではないか,と感じている。その一つは,新司法試験科目の多さである。法科大学院での授業で多くのメニューを提供しなければならなくて,それによって,基本的・基礎的な科目に十分な時間が使えなくなっているという現実がある。時間の不足が教える内容の薄さにも,かかわってくる。先ほどの話にもあったが,法科大学院での授業の内容であるとか,教える側の能力の問題ということもあると思うが,その意味で,試験の科目数については再考の余地があるのではないかと思う。

 さらに感じることとして,学生への「責任」の負わせ方を挙げておきたい。勿論学生の能力不足もあるであろうが,先ほどの話にもあったが,法科大学院や教える側の能力の問題もあり得るとすると,学生だけが,いわゆる三振制度の下におかれているのは酷であるように感じる。

 

◎ 引き続き行政法の先生にお願いしたい。

 

□ 私の方から,出題の趣旨から採点の実感などについて,他の考査委員の方からの意見も含めて申し上げたい。

 公法系第2問,行政法からの出題であるが,この出題の趣旨については既に提出したとおりである。要するに,留学の在留資格に基づいて日本に在留し,大学に在学している外国人が,いろいろな事情があって風営店でのアルバイトをし,それを理由として退去強制令書が発付されて収容された。そういう時点で相談を受けた,その当該外国人の弁護士としての立場に立って,収容の継続,それから送還を停止するための救済手段は何か,退去強制事由該当という行政判断を直接に争うための訴訟方法についてはどう考えるか,それから,実体法上,退去強制事由非該当の主張をどのようにすればいいかという,三つの小問を含むものである。

 回答に当たっては,問題文,それから資料の記載から,事実関係や法令の趣旨,そして入管実務の運用の考え方についてよく理解した上で,説得力のある理由と適切な結論を導くということを期待したわけである。その趣旨で,昨年もそうであったが,出題する側としては,かなり親切に資料を出すという方針をとった。そこでは,入管側の考え方についても,登場する弁護士の口を通して説明をし,その上で,外国人側の立場で主張すべきポイントを示唆するような手掛かりも,会話の中に入れ込んでいる。それをそのほかの資料と結び付けてみれば,かなりの部分を書けるわけであり,相当親切な材料の提供をしていたつもりであった。

 採点した結果について,項目ごとに申し上げる。出題の意図に答案が合致していたかどうかという点であるが,これは資料の中で,法律事務所での弁護士B,Cの会話を掲げ,この会議録を読んだ上で,その指示を受けた弁護士Cの立場に立って,Bの指示に応じた考えを展開せよという,そういう形式である。したがって,問題文とこの会議録での両弁護士のやり取りの内容をよく理解して回答するということが期待されていたわけである。

 総体的な感覚で申し上げると,全体の答案の四分の三程度は,結果的な出来不出来は別として,おおむね出題の意図を受け止めて,それに即した答案にはなっていたと思われる。

 設問1の(1)。これは,退去強制令書発付に着目してその法的性格を考えよと,要するに処分性があるかどうかということであるが,それを解明した上で,当該外国人の収容継続,送還を避けるための法的手段を検討するわけで,そういった検討が,答案の中でかなりなされてはいたと思われる。それから,設問2は実体法であるが,入管法の条文構造や入管実務の見解を念頭に置いた上で,退去強制事由の該当の有無について検討をするということで,多くの答案は,ともかくもこういう点についての検討はなされていた。もう一つの設問1の(2)であるが,これは,退去強制事由該当性を行政側が判断するという行為の中で,審査官の認定と,それから法務大臣,具体的には入管局長であるが,その裁決という二つを取り上げて,そのどちらがよいかということを聞いたわけである。出題の意図としては,これを,原処分主義が行政事件訴訟法第10条第2項の原則であるので素直にそのようなものとしてとるのか,それとも,例外としての裁決主義がこの入管法でとられているというふうに解するのか,例外を認めるだけの根拠があるかという,そういう問いかけをしたわけである。そこは,会話の中でも,いろいろ問題点や見解はあるが差し当たりこういう枠で考えてみようということで,問いかけをしているわけであるが,その問いかけを的確に受け止めることができていない答案がかなりあったように思われる。これは結局,原処分主義と裁決主義ということについての基本的な理解が十分でないために,弁護士の言っている方向付けを読み取れなかったのではないかというふうに思われるところである。

 それから,設問1と設問2は,前者が主として訴訟法,後者が実体法となるが,その両者の出来を見ると,必ずしもぴたりと相関しているわけではないという印象である。前者はよくできているけれども後者はできていない,あるいは逆という答案がある程度あった。これは,一般に行政法の場合,そういう傾向になるのかもしれないが,手続法,訴訟法だと,行政事件訴訟法についての勉強を一通りしていれば一通りの筋道が考えられる。それに対して,設問2の方は,入管法という特定の分野を題材にしてそこで考えるという点で,設問1とは違う。ただ,先ほどから申し上げているように,入管法上どういうことになるのかという点については,資料の会議録の内容をよく理解し,整理して回答すれば十分な正解に至るというところであり,そういうことができた受験者とそうでない受験者の違いがあったのかなということも考えられる。結局,第1問ができた受験者と,第2問の方ができた受験者について,やや比喩的に申し上げるとすれば,それぞれの勉強の仕方,あるいはそこで培った,身に付けた能力のベクトルの方向が違っていたのかなという感じもするところである。

 先ほど,四分の三程度と申し上げたが,四分の一程度は,出題の意図を正しく理解できていないもののように見えた。設問1については,弁護士としてとるべき救済手段を選択して回答すべきところであるが,解答の中には,様々な,しかも相互に矛盾する複数の手段を羅列しているもの,あるいは重複して提起することに意味のないような訴訟手段を羅列するものもかなりあった。また,行政事件訴訟法の各訴訟手段の要件を挙げるだけで,事案に即した当てはめを全くしていないというものもあった。それから,実務上は仮の救済がもちろん重要なわけであるが,本案訴訟を記載したのみで,仮の救済に全く触れていないというものもあった。先ほど,行政事件訴訟法について一応一通りはやっており,ある程度分かっているようであるという趣旨のことを申し上げたが,勉強の仕方にやや問題があるかなというところがある。

 設問2の方についても,実体法,本案の問題ということになるが,出題者としては意図していなかった点,すなわち,例えば裁量統制の議論とか複数の行政処分の連鎖における違法性の承継の議論などを,ここでは論じなくていいように問題を作ったはずであったが,それにもかかわらず,これらを延々と論じているものもあった。また,設問1と同様に,事案への当てはめが不十分であるというものもあった。

 次に,解答の水準であるが,期待していたところと比べてどうかというところである。入管法というやや特殊な分野からの出題であったが,先ほどの話とやや重複するが,全体のおおむね半数程度は予定していた解答の基準に達していたように思われる。問題文及び資料の記載をよく理解した上で,それについて行政法の,それほど高度ではない基本的な考え方をそこに当てはめて整理・再構成して解答すればある程度の答えになるわけで,そういったレベルのものが約半数程度あったかなという印象である。

 出題の意図と実際の解答水準に差異がある場合にその原因として何が考えられるか,ということであるが,これについては,個別に,特に気になった点を具体的に挙げたい。先ほども述べたとおり,資料のヒントがあったために,四分の三程度は,出来不出来はともかくとして,出題の意図には対応していると思われた。ただ,細かい話になるが,採点をしていて特に感じたことを若干申し上げると,一つは,例えば設問1の(1)で,行政事件訴訟法上の手段を論ぜよと言っているわけであるが,取消訴訟といいながら,どの処分を対象にする取消訴訟なのかということを全然書いていないというものがあったりして,これでは採点する方も困るわけである。一体何を念頭に置いて書いているんだろうかということが分からない,理解に苦しむところである。それから設問1の(2)では,10条第2項の原処分主義の原則なのか,それとも例外としての裁決主義なのかということを聞いているわけであるが,10条第2項のみを挙げて解答するというのが多かった。これは,先ほど申し上げたように,裁決主義なるものの意味,位置付けを理解していなかったということだと思う。同じように,その問題で違法性の承継の問題に入り込んでしまっているものもあった。また,設問2で,裁量統制論を延々と論じるものがあった。

 今のうちの最初の問題で言うと,資料の中で,「退去強制令書発付の法的性格を解明した上で,争い方を考えてください。」というように記述しているが,そこを見落としてしまっている。そこで,何だかわからないがとにかく取消訴訟をというような,そういう記述になってしまっているということである。それから,第二の点についても,資料の中で,先ほど申し上げたように,弁護士の方から触れるべき論点にかなり言及しているのであるが,その趣旨をしっかりとらえるに至らずに的を外してしまっているということだと思われた。

 また,裁量統制を論じている者が非常に多かったが,法科大学院で必ず教えるのがマクリーン判決であるため,外国人,入管法というと,もうこれは裁量の問題だというふうに思い込んでしまう者が多かったのだと思われる。しかし,本問はそうではなく,問題となっているのは退去強制事由の有無であり,しかもそれが,この本問の事案で言うと,留学生の資格外活動という,それ自体かなり客観的法則性の強い事由にかかわるもので,法律はそれについて刑罰の対象にまでしているというものであるから,およそ行政庁の裁量を論ずるような話ではないはずで,そのようなことを看過していると思われる。この点は,作題のときから,裁量統制の答案が出てくるであろうということは予想されていたし,法科大学院でこの条文そのものについて必ずしも教えているわけではないため,それを裁量処分だとする記載があっても,それだけでは減点の対象とはしないことにしようということは,考査委員の間で申合せをしていた。

 今回の結果を受けて,今後の法科大学院の教育についてどう考えるかということであるが,最初の,救済手段の検討の中でも申し上げたように,相互に矛盾・重複するような訴訟方法を羅列する,そういう答案があるとか,設問1の(2)で言うと,どちらを訴訟の対象にするのかと聞いているのに自分の立場を示さないという答案が多少あった。いずれにしても,実務で現実に選択する救済手段は一つであるはずで,いろいろ検討した中からベストなものを選択・判断する能力,そして,自分の見解はこうだというふうに決断をする能力を養ってほしいという感じがした。それから,事案への当てはめがない答案などもあったが,そこはやはり,具体的な事案を念頭に置いた勉強を心がけるように適切な指導をしていただきたいと思った次第である。

 先ほど憲法の方からも指摘があったが,基礎的なレベルを疑うような答案も,かなりあることはあった。これでよく論文まで来たなというのがあって,それは短答式試験との関係もあるが,まあ,何よりも法科大学院の修了認定について厳格さを求めたいと感じた次第である。

 最後に,出題に当たって今後注意すべき点について若干述べる。設問1の(1)と(2)の関係について。(2)では,特殊な角度から,認定と裁決のどちらかを選択するとしたらどちらにしますか,という問いだったのであるが,それを逆にヒントと勘違いしたのか,(1)の最初の設問のところで,その二つしか考えないというのが一部あった。そこは,出題に当たり,問題文を誤解のないように更にていねいに書くということもあるいは考えられたのかなという気もしている。

 補足的な感想として出たのは,誤字が多い。それから,構文が悪いと言うか,あるいはそれをどんどん直して非常に読みにくくなっている,よく考えて,落ち着いて構成をし,答案を書いてほしいという意見があった。

 

□ 実務家の立場から,重複するが,印象を二点だけ申し上げさせていただくと,まず第一点は,設問1の(1)についてであるが,とるべき救済手段について,先ほども話にあったように,複数の手段を相互の関係の検討もしないままに,ただたくさん掲げている。すごい答案になると,五つか六つくらい羅列して書いているという答案があり,このような答案は少なからず見受けられたというところが,残念だった。ベストの方策は何なのか,せいぜい,予備的にどうするか,ぐらいまでだと思うところであるが,ただたくさん羅列しているというところが,実務家としては残念だなと思った。もう一点は事実への当てはめが十分できていない答案があったことである。例えば執行停止の要件も,法律の条文の要件を挙げるだけで,全く本件事案への当てはめをしていないといったものも散見された。この辺はやはり,実務家になるための試験ということを考えると,少し残念だなという印象を持ったところである。

 

□ 今,補足された点について,さらに,ややしつこいとも思うが,申し上げる。いろいろな訴訟方法を羅列するという点について,今回の設問1の(1)で言うと,普通,行政訴訟であれば,行政処分をつかまえて取消訴訟を起こし執行停止を求めるというのが,実務家的,実務的には当たり前の話である。ただ,それが行き過ぎている面もあって,行政訴訟はもっと多様であるべきではないかと学者は指摘しているところであるし,また,先般の行政訴訟法改正もその方向であった。とはいえ,基本は取消訴訟である。とにかく基本は取消訴訟であるということが分かっておらず,いろいろ新しい,改正行政訴訟法でもって新しく付け加わったものを一つ一つ全部吟味するという,そういったタイプの答案が相当程度あり,これもやはり法科大学院での教え方の一つの問題かなという気がした。

 

○ あるいは誤解かもしれないが,先ほど,全体の四分の三はおおむね出題の意図を分かっている,そして解答の水準も,半分くらいは想定水準に到達しているというふうにおっしゃったのであるが,その後で,ロースクールへの要望として,基礎的な理解が欠けている者が多いので修了認定の厳格さが求められるというふうにおっしゃったように思うが,この関係はどのように理解すればよいのか。

 

□ そこは,行政法という科目の特質もあるかと思う。昨年度も,それからその前のプレテストでも,出題の際に,とにかく行政法は不安がられる科目であるので,できるだけ手掛かりを与えて,それをきちんと読み取って自分なりにもう一度組み立てなおして答案を作る,そういうやり方でかなり点数が取れるようなものを出そうと常に心がけてきたところである。四分の三くらいは出題の意図に対応してくれたというのはそういうことで,四分の三くらいは,出された内容を一応読んで,それを使って答案を作るということができている。そうであれば一応点数を与えられるわけであるが,ただ,その出されたものの基本的な意味や位置づけがきちんと分かっているかというと,そこはかなり怪しげであるということである。先ほど最後に付け加えたように,行政訴訟の体系では取消訴訟というのがスタンダードなものだといういわば原則があるわけで,それと違うことをあえて言うのであれば,かなりシビアな議論を経る必要があるということが分かっていない。したがって,いわば,こちらが出した船には一応乗ってくれているけれども,それをうまくこいでいくというところまでは行っていないというのが気になるところである。

 

□ 採点した場合に,かなり点数に開きがあり,私が採点した中で言えば,成績の良い人は80点以上の人もいる一方で,20点台,10点台,あるいはそれ以下といった点数のかなり悪い人もいたわけであり,同様に法科大学院を修了したということを前提に考えるとどうなのかなと思ったところである。実際にそのようにかなり点数の悪い答案もあったということである。

 

○ 時間切れと思われるような答案というのはなかったか。

 

□ 昨年はそれがあり,皆さん,憲法の方から解答するのだなという印象で,特に行政法の第2問の後半では惨たんたるものになってしまっている答案もあったが,今年はそういうことはなかった。今年については,行政法の第2問の,前半が訴訟法問題,後半が実体法問題というふうに,はっきり見えていることもあったと思われる。昨年は,後半国家賠償を出題したが,これと取消訴訟との関係がよく分からなかったのか,それとも,後半の方は大したことはないだろうと受けとられたのかもしれないが,今年は,やはり,設問2まできちんと答えないといけないということは分かってもらえたのだろうと思っている。

 

□ 憲法は,時間切れということはなかったように思われる。3頁に満たない答案も,私が採点したうち2,3通あったが,時間切れというよりも「お手上げ」という印象であった。○先ほど,短答式試験の部分点の与え方などについて御指摘があったが,どのような趣旨か。□先ほど述べたように,正答率は7割くらいであるが,平均点が,100点満点に換算して53点であった。3点問題の場合,通常,一つの問題で四つの記述に関してすべて解答させるという形式である。その出題形式の場合,全部正解ならば3点,一つだけ間違えた場合は1点の部分点を与える。このような出題形式における正答率が,余り良くなかった。そうすると,3点をとる人が少なく,また,二つ間違えて0点となる人が少なくない。部分点の与え方を検討する必要があるのではないか,と思っている。そういう趣旨である。

 

○ 御意見のあった司法試験科目数の問題,これは非常に難しい問題だと思うが,問題の所在は,多分二つあるのだろうと思っている。

 一つは,法科大学院のカリキュラムが,ある意味で非常に欲張ったものになっていて,展開先端科目なども多様にしないといけない。しかし,多くの基幹科目の先生方からは,必要なことを,きちんと,全部でないにしても,少なくとも基本的なことを教えるのに,どうしても時間が足りないというような声をお聞きするところである。問題の所在が,そもそも,法科大学院のカリキュラムの単位数が基幹科目について不足しているというところにあるのかどうかというのが一つ。もう一つの問題は,司法試験科目の問題,科目数の問題にかかってくると考える。司法試験科目数を仮に減らすとすると,イメージとしてどういうことが考えられるのだろうか。今でも,公法系,民事系,刑事系と選択科目であり,これを更に減らすということは,ちょっとイメージがつかめないところである。選択科目はいらないと言ってしまえるのかと思うし,それと,司法試験科目を仮に減らすとなると,やはり,どうしても,学生の傾向としては,司法試験の科目のみの勉強に集中して,あとは比重をかけなくなり,学生,教員両方のインセンティブが損なわれるのではないかと。

 その点は先生はどのようなイメージをお持ちか。

 

□ 展開先端科目を担当している教授から意見を聞いたところ,ロースクールである展開先端科目を2単位程度やったからといって,エキスパートになれるわけではなく,単に,その専門領域に関する取っ掛かりを勉強したにすぎない,と。もちろん,それらを勉強することは意義のあることであるが,展開先端科目の充実ということが本当に機能しているのかどうか。逆に,基幹科目が,授業時間が十分に確保できていないことによって,基本的で,基礎的な物事を理解し,考えることさえ十分に培われていないように思われる。そのようなことも,答案の内容の薄さをもたらしているのではなかろうか。

 

○ 私は,この問題は,やはり,5年,10年くらい,ある程度のスパンの中で考えるべきところがあり,最終的に理想形に近づくための,今は産みの苦しみの時期じゃないかと見ている。今,即効的な名案はないが,ただ,現時点で恐れるのは,法科大学院が合格率を意識しすぎて予備校的な指導に走るのではないかということである。答案練習会的なものばかりをしたり,試験に出そうな範囲といったことだけを意識して指導するといったことが起こってはならないと思う。そのことを一番危ぐするところである。

 

□ 授業で答案練習会的なものを行ったり,試験に出そうな範囲だけを意識して指導するといったことは,勿論,あってはならない。基本的なことや基礎的なことをきちんと理解し,考える力を見につけさせる授業が目指しているのは,「ほんもの」の力の養成である。私としては,新司法試験の出題に当たって,表面的な勉強や受験技術の習得によって解答可能な,安易な問題ではなく,真剣に考えることを求める問題を出したい。そうすることで,法科大学院で何を教えなくてはならないかというメッセージを出していきたいと思っている。

 

○ 憲法の問題で,論点が三つあって,そのうちの二つにしか触れられていないものが多かったとの御指摘があったが,この理由は,何か心当たりはあるのか。

 

□ 先ほども申し上げたが,条例が二段構えの若干複雑な形をとっており,それをきちんと理解しておけば,そういった論点が出てくるはずなのであるが,多分,多くの受験生は,住民投票の要件はあるが,住民投票を取れなかったときに自動的に不可になるわけではなく,住民投票が取れなかった場合で,住民の安全に危険が予想される場合に,市長は不許可にできるという条例にしているものであるため,そこだけ取り上げればいい,そこが最終的な許可と不許可の分かれ目だというふうに考えたのではないかと思う。そのため,裁量なのかどうかはともかくとして,市長の権限で不許可にできることについての憲法論,人権との関係ということだけに焦点を当ててしまっている。ところが,その前提として,住民投票を取れていればそこまでは行かないわけで,住民投票を取れるかどうかというが一つの前提の要件になるわけである。であるから,正にそういったことを条例で第一段階として要求すること自体も,宗教行為の自由との関係でどうなのかという論点は当然存在しているはずであるが,そこまで考えが及んでいないのではないかということである。

 

○ 私が伺いたかったのはむしろそこで,「考えが及ばなかった」ということについては,法科大学院の教育と結びつけた場合に,どのような点を法科大学院側は留意すべきかということであるが。

 

□ 非常に抽象的な言い方になるが,教科書的な法解釈とか,条文解釈とかを抽象的に勉強する,あるいは頭にたたき込むだけでは,そういった分析力というものはもちろん出てこないわけで,やはり,生の事実,問題となり得る法律,条令等,素材はいろいろあると思うが,まず,生の前提事実から何が問題なのかということを読み解く能力と言うか,導き出す能力というものを養成しなければいけないのだと思う。時間数も限られているということであるので,そこまでの突っ込んだ議論になっていかないのかもしれないが,いろいろな生の事実なり生の情報からどういう法律上の問題点があるのか,それは,必ずしも,教科書に類型的に載っている論点ばかりではなく,書いていないような新しい論点というものも当然あり得るわけであるが,そういったものを発見する能力といった基本的な力の養成がまだ十分にできていないのではないかというのが私の考えである。

 

□ 私は,その問題は感性の問題だと思っている。つまり,問題を発見する感性がどれだけ研ぎ澄まされているか,である。人権と民主主義をめぐる問題は,一般に,禁忌施設に対して周辺住民がNOという社会問題が新聞等でも取り上げられているように,身近にある問題である。机の上の勉強だけではなくて,社会で生起している出来事にも関心をもって見ていれば,この問題に気付くことが困難であるとは思わない。ただし,それには気付いたとしても,それが憲法論としてどういう問題なのかを論ずるのは難しかったのではないか,と思っている。その点は,採点において考慮している。

 

□ 行政法から口を出すが,ひょっとして,受験者たちはその論点には気付きながらも,これは憲法問題ではないよね,とか,憲法で聞かれる問題では多分ないのではないか,と思った可能性もあるように思うが。

 

□ 憲法では,法律上の差別ではないが,事実上の差別が存在しているという問題は,平等に関する重要な問題である。事実上の差別に関してどのように考えるか,重要な問題であることは間違いないが,そこまで教えていない法科大学院もあるのかもしれない。