平成22年新司法試験公法系第1問(憲法)

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基本的人権の保障 - 生存権
基本的人権の保障 - 参政権

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[公法系科目]

 

〔第1問〕(配点:100)

  市町村長は,個人を単位とする住民票を世帯ごとに編成して,住民基本台帳を作成しなければならない【参考資料1】。生活の本拠である住所(民法第22条参照)の有無によって,権利や利益の享受に影響が生じる。国民の重要な基本的権利である選挙権も,住所を有していないと,選挙権を行使する機会自体を奪われる(公職選挙法第21条第1項,第28条第2号,第42条第1項参照)。また,国民健康保険や介護保険等の手続をするためには,住民登録が必要である。ただし,生活保護法は,「住所」という語を用いておらず,「居住地」あるいは「現在地」を基準として保護するか否かを決定し,かつ,これを実施する者を定めている【参考資料2】

  ボランティア活動などの社会貢献活動を行う,営利を目的としない団体(NPO)である団体Aは,ホームレスの人たちなどが最底辺の生活から抜け出すための支援活動を行っている。団体Aは,支援活動の一環として,Y市内に2つのシェルター(総収容人数は100名)を所有している。その2つのシェルターに居住する人たちは,それぞれのシェルターを住所として住民登録を行い,生活保護受給申請や雇用保険手帳の取得,国民健康保険や介護保険等の手続をしている。

  Xは,Y市内にあるB社に正規社員として20年勤めていたが,B社が倒産し,突然職を失った。そして,失職が大きな原因となり,X夫婦は離婚した。その後,Xは,C派遣会社に登録し,紹介されたY市内にあるD社に派遣社員として勤め始め,Y市内にあるD社の寮に入居した。しかし,D社の経営状況が悪化したために,いわゆる「派遣切り」されたXは,寮からも退去させられた。職も住む所も失ってしまったXは,団体Aに支援を求めた。そして,その団体Aのシェルターに入居し,そこを住所として住民登録を行った。不定期のアルバイトをしながら,できる限り自立した生活をしたいと思っているXは,正規社員としての採用を目指して,正規社員募集の情報を知ると応募していたが,すべて不採用であった。その後,厳しい経済不況の中,団体Aの支援を求める人も急増し,2つのシェルターに居住し,そこを住所として住民登録を行う人数が200名を超えるに至った。シェルターが「飽和状態」となって息苦しさを感じたXは,シェルターに帰らなくなり,正規社員への途も得られず,アルバイトで得たお金があるときはY市内のインターネット・カフェを泊まり歩き,所持金がなくなったときにはY市内のビルの軒先で寝た。

  201*年4月に,Y市は,住民の居住実態に関する調査を行った。調査の結果,団体Aのシェルターを住所として住民登録している人のうち,Xを含む60名には当該シェルターでの居住実態がないと判断した。Y市長は,それらの住民登録を抹消した。

  住民登録が抹消されたことを知ったXは,それによって生活上どのようなことになるのかを質問しに,市役所に行ったところ,国民健康保険被保険者証も失効するなどの説明を受けた。Xは,胃弱という持病があるし,最近体調も思わしくなかったが,医療費が全額自己負担になるので,病院に行くに行けなくなった。住民登録を抹消され,貧困ばかりでなく,生命や健康さえも脅かされる状況に追い詰められたXは,生活保護制度に医療扶助もあることを知り,申請日前日に宿泊していたインタ-ネット・カフェを「居住地」として,Y市長から委任(生活保護法第19条第4項参照)を受けている福祉事務所長に生活保護の認定申請を行った。

  Y市は,財政上の問題(生活保護のための財源は,国が4分の3,都道府県や市,特別区が4分の1を負担する。)もあるが,それ以上にホームレス【参考資料3】などが市に増えることで市のイメージが悪くなることを嫌って,インターネット・カフェやビルの軒先を「居住地」あるいは「現在地」とは認めない制度運用を行っている。そこで,Y市福祉事務所長は,Xの申請を却下した。Xは,たまたまインターネット・カフェで見ていたニュースで,自分と全く同じ状況にある人にも生活保護を認める自治体があることを知った。その自治体は,インターネット・カフェやビルの軒先も「居住地」あるいは「現在地」と認めている。そこで,Xは,Y市福祉事務所長の却下処分に対して,自分と同じ状況にある人の保護を認定している自治体もあることなどを理由に,不服申立てを行った。しかし,不服申立ても,棄却された。

  Y市は,衆議院議員総選挙における選挙区を定める公職選挙法別表第1によれば,市全域で1選挙区と定められている。Xは,住民登録が抹消された年の10月に行われた衆議院議員総選挙の際に,選挙人名簿から登録を抹消されたために投票することができなかった。このような事態は,従来から,ホームレスの人たちなどの支援活動を行っているNPOから指摘されていた。そして,それらのNPOは,Xの住民登録が抹消された年の10月に行われた衆議院議員総選挙よりも7年前に行われた200*年8月の衆議院議員総選挙の際に,国政選挙における「住所」要件(公職選挙法第21条第1項,第28条第2号及び第42条第1項のほか,同法第9条,第11条,第12条,第21条,第27条第1項参照)の改正を求める請願書を総務省に提出していた。

  Xは,無料法律相談に行き,生活保護と選挙権について弁護士に相談した。

 

〔設問1〕

   あなたがXの訴訟代理人として訴訟を提起するとした場合,訴訟においてどのような憲法上の主張を行うか。憲法上の問題ごとに,その主張内容を書きなさい。

 

〔設問2〕

   設問1における憲法上の主張に関するあなた自身の見解を,被告側の反論を想定しつつ,述べなさい。

 

【参考資料1】住民基本台帳法(昭和42年7月25日法律第81号)(抄録)

 

 (目的)

第1条 この法律は,市町村(特別区を含む。以下同じ。)において,住民の居住関係の公証,選挙人名簿の登録その他の住民に関する事務の処理の基礎とするとともに住民の住所に関する届出等の簡素化を図り,あわせて住民に関する記録の適正な管理を図るため,住民に関する記録を正確かつ統一的に行う住民基本台帳の制度を定め,もつて住民の利便を増進するとともに,国及び地方公共団体の行政の合理化に資することを目的とする。

 (国及び都道府県の責務)

第2条 国及び都道府県は,市町村の住民の住所又は世帯若しくは世帯主の変更及びこれらに伴う住民の権利又は義務の異動その他の住民としての地位の変更に関する市町村長(特別区の区長を含む。以下同じ。)その他の市町村の執行機関に対する届出その他の行為(次条第3項及び第21条において「住民としての地位の変更に関する届出」と総称する。)がすべて一の行為により行われ,かつ,住民に関する事務の処理がすべて住民基本台帳に基づいて行われるように,法制上その他必要な措置を講じなければならない。

 (市町村長等の責務)

第3条 市町村長は,常に,住民基本台帳を整備し,住民に関する正確な記録が行われるように努めるとともに,住民に関する記録の管理が適正に行われるように必要な措置を講ずるよう努めなければならない。

2 市町村長その他の市町村の執行機関は,住民基本台帳に基づいて住民に関する事務を管理し,又は執行するとともに,住民からの届出その他の行為に関する事務の処理の合理化に努めなければならない。

3 住民は,常に,住民としての地位の変更に関する届出を正確に行なうように努めなければならず,虚偽の届出その他住民基本台帳の正確性を阻害するような行為をしてはならない。

4 (略)

 (住民の住所に関する法令の規定の解釈)

第4条 住民の住所に関する法令の規定は,地方自治法(昭和22年法律第67号)第10条第1項に規定する住民の住所と異なる意義の住所を定めるものと解釈してはならない。(住民基本台帳の備付け)第5条市町村は,住民基本台帳を備え,その住民につき,第7条に規定する事項を記録するものとする。

 (住民基本台帳の作成)

第6条 市町村長は,個人を単位とする住民票を世帯ごとに編成して,住民基本台帳を作成しなければならない。

2,3 (略)

 (住民票の記載事項)

第7条 住民票には,次に掲げる事項について記載(前条第3項の規定により磁気ディスクをもつて調製する住民票にあつては,記録。以下同じ。)をする。

一 氏名

二 出生の年月日

三 男女の別

四 世帯主についてはその旨,世帯主でない者については世帯主の氏名及び世帯主との続柄

五 戸籍の表示。ただし,本籍のない者及び本籍の明らかでない者については,その旨

六 住民となつた年月日

七 住所及び一の市町村の区域内において新たに住所を変更した者については,その住所を定めた年月日

八 新たに市町村の区域内に住所を定めた者については,その住所を定めた旨の届出の年月日(職権で住民票の記載をした者については,その年月日)及び従前の住所

九 選挙人名簿に登録された者については,その旨

十~十四 (略)

 (選挙人名簿の登録等に関する選挙管理委員会の通知)

第10条 市町村の選挙管理委員会は,公職選挙法(昭和25年法律第100号)第22条第1項若しくは第2項若しくは第26条の規定により選挙人名簿に登録したとき,又は同法第28条の規定により選挙人名簿から抹消したときは,遅滞なく,その旨を当該市町村の市町村長に通知しなければならない。

 (選挙人名簿との関係)

第15条 選挙人名簿の登録は,住民基本台帳に記録されている者で選挙権を有するものについて行なうものとする。

2 市町村長は,第8条の規定により住民票の記載等をしたときは,遅滞なく,当該記載等で選挙人名簿の登録に関係がある事項を当該市町村の選挙管理委員会に通知しなければならない。

3 市町村の選挙管理委員会は,前項の規定により通知された事項を不当な目的に使用されることがないよう努めなければならない。

 

【参考資料2】生活保護法(昭和25年5月4日法律第144号)(抄録)

 

 (この法律の目的)

第1条 この法律は,日本国憲法第25条に規定する理念に基き,国が生活に困窮するすべての国民に対し,その困窮の程度に応じ,必要な保護を行い,その最低限度の生活を保障するとともに,その自立を助長することを目的とする。

 (無差別平等)

第2条 すべて国民は,この法律の定める要件を満たす限り,この法律による保護(以下「保護」という。)を,無差別平等に受けることができる。

 (最低生活)

第3条 この法律により保障される最低限度の生活は,健康で文化的な生活水準を維持することができるものでなければならない。

 (実施機関)

第19条 都道府県知事,市長及び社会福祉法(昭和26年法律第45号)に規定する福祉に関する事務所(以下「福祉事務所」という。)を管理する町村長は,次に掲げる者に対して,この法律の定めるところにより,保護を決定し,かつ,実施しなければならない。

一 その管理に属する福祉事務所の所管区域内に居住地を有する要保護者

二 居住地がないか,又は明らかでない要保護者であつて,その管理に属する福祉事務所の所管区域内に現在地を有するもの

2 居住地が明らかである要保護者であつても,その者が急迫した状況にあるときは,その急迫した事由が止むまでは,その者に対する保護は,前項の規定にかかわらず,その者の現在地を所管する福祉事務所を管理する都道府県知事又は市町村長が行うものとする。

3 第30条第1項ただし書の規定により被保護者を救護施設,更生施設若しくはその他の適当な施設に入所させ,若しくはこれらの施設に入所を委託し,若しくは私人の家庭に養護を委託した場合又は第34条の2第2項の規定により被保護者に対する介護扶助(施設介護に限る。)を介護老人福祉施設(介護保険法第8条第24項に規定する介護老人福祉施設をいう。以下同じ。)に委託して行う場合においては,当該入所又は委託の継続中,その者に対して保護を行うべき者は,その者に係る入所又は委託前の居住地又は現在地によつて定めるものとする。

4 前三項の規定により保護を行うべき者(以下「保護の実施機関」という。)は,保護の決定及び実施に関する事務の全部又は一部を,その管理に属する行政庁に限り,委任することができる。

 

【参考資料3】ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法(平成14年8月7日法律第105号)(抄録)

 

 (目的)

第1条 この法律は,自立の意思がありながらホームレスとなることを余儀なくされた者が多数存在し,健康で文化的な生活を送ることができないでいるとともに,地域社会とのあつれきが生じつつある現状にかんがみ,ホームレスの自立の支援,ホームレスとなることを防止するための生活上の支援等に関し,国等の果たすべき責務を明らかにするとともに,ホームレスの人権に配慮し,かつ,地域社会の理解と協力を得つつ,必要な施策を講ずることにより,ホームレスに関する問題の解決に資することを目的とする。

 (定義)

第2条 この法律において「ホームレス」とは,都市公園,河川,道路,駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし,日常生活を営んでいる者をいう。

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〔第1問〕

 今年度の論文式問題のテーマは,貧困と権利の現実的保障である。本問で権利の現実的保障を検討する際に,事案としてかぎを握るのは住所である。

 一つは,言わば構造的問題も一因となって,自助努力を尽くしても「健康で文化的な最低限度の生活」を維持することが困難な状況に陥っている人々の生存権保障の問題である。具体的には,生活保護法が「住所」ではなく,「居住地」「現在地」を有する者を保護の対象としているにもかかわらず,生活の本拠を有しない者からの生活保護申請を拒否した処分をめぐる憲法上の問題である。ここで問われているのは,立法裁量論の問題ではない。また,ここで問われているのは,「文化的」に「最低限度」であるか否かではなく,言わば「生存」そのものにかかわる問題である。なお,自治体による別異の取扱いに関しては,それを合憲とした先例(最大判昭和33年10月15日)があるが,その先例と本問の事案とは異なることを踏まえて検討する必要がある。

 もう一つは,選挙権(投票権)に関する問題である。公職選挙法第9条第1項が定める選挙権の積極的要件を満たし,かつ,同法第11条第1項が定める選挙権の消極的要件に当たらなくても,選挙人名簿の登録が住民基本台帳に記録されている者について行われる(同法第21条第1項)ので,住所を失うと選挙権を行使する機会を奪われることになる。ここでは,選挙権(投票権)の意義をどのように考えるのかが問われる。

 選挙権を行使できないということは,選挙権が事実上保障されていないことを意味する。「国民の選挙権又はその行使を制限するためには,そのような制限をすることがやむを得ないと認められる事由がなければなら」ず,「やむを得ない事由があるといえ」るためには,「そのような制限をすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不能ないし著しく困難であると認められる場合」であることが必要である(最大判平成17年9月14日)。

 公職選挙法が上記のような取扱いをしていて,住所を有しない者が投票する仕組みを設けていないことについての「やむを得ない事由」の有無を,事案の内容に即して個別的・具体的に検討することが求められる。また,選挙権を行使できなかったことに基づく国家賠償請求についても,上記判決が示す要件を踏まえつつ,事案に即した具体的検討をすることが求められる。

 本問では,原告側,被告側,そして「あなた自身」と,三つの立場での見解を展開することが求められる。その際,三つの立場を答案構成上の都合から余りに戦略的に展開することは,適切ではない。三つの立場それぞれが,判例の動向及び主要な学説を正確に理解していることを前提としている。その上で,判断枠組みに関する検討,そして事案の内容に即した個別的・具体的検討を行うことが求められる。

 設問1では,原告側は一定の筋の通った主張を,十分に行う必要がある。

 設問2では,「被告側の反論を想定しつつ」検討することが求められている。「想定」される反論を書くパートでは,反論の憲法上のポイントだけを挙げればよい。そこでは,反論の内容を詳細に書く必要はない。反論の詳細な内容は,「あなた自身の見解」のパートで書けばよい。そこでは,原告・被告双方の主張内容を十分に検討した上で,「あなた自身」の結論及びその理由を書くことが求められる。

 いずれにしても,問われるのは理由の説得力である。

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1 出題の趣旨の補足

 論ずべき具体的事項等については,既に出題の趣旨において説明したとおりである。

 昨年の採点実感等に関する意見の繰り返しになるが,問題の事案は仮想のものであっても,全く新しい議論をさせようとするものではなく,法科大学院の授業,基本判例や基本書の理解から身に付けることが可能な基本的事項を正確に理解し,これを基に,具体的問題に即して思考する能力,応用力を試すものである。採点に当たっても,メリハリを付けて評価するようにしており,取り分け「考える」力が現れている部分があれば,評価するようにしている。なお,出題に当たっては,検討すべき対象を生活保護と選挙権の問題に限定する示唆を問題文中に盛り込むなど,受験者が解答するに当たって余計な迷いが生じないように配慮した。

 

2 採点方針及び採点実感

 各考査委員から寄せられた意見・感想をまとめると,以下のとおりとなる。

 (1) 全般的な印象について

ア 答案は,生活保護に関する記述と選挙権に関する記述とが総合的に評価されるが,多くの答案では両者の出来映えに大きな差があった。また,十分に論述し切れていない(つまり記述量が少ない)答案が,例年以上に多く見られた。

イ 荒削りな中でも的確にポイントをつかみ,予備知識が少ない中でも論点の本質に迫った「悩み」を見せてくれた答案もあったが,そのような答案は少数にとどまった。法令や処分の合憲性が問題となるときには,原告・被告双方の主張にはそれぞれ相当な根拠があり,結論をどうするか相当に頭を悩ますのが通常である。悩みが感じられない答案とは,真に解決されるべき論点にまで議論が深まっていない答案といえる。

 要求されるのは,パターン化した思考ではなく,事案についての適切な分析能力や柔軟な法解釈能力である。例えば,広い裁量があるというのみでは,説得力のある答案にはならない。事案に即して裁量の中身を議論する必要がある。

ウ 法令違憲と適用(処分)違憲の区別を意識した答案が,ここ3年間で着実に増加してきたことは,評価できる。しかし,当該問題において,必ず法令違憲と適用(処分)違憲の問題が両方存在するとは限らない。今年の問題の場合,生活保護法の法令違憲性を検討したものなど,不適切な答案が目立った。当該事案において,いかなる点の憲法違反を検討すべきかをよく考えることが重要である。

 他方で,「Xが選挙権を行使できなかったことが憲法違反である」などとするのみで,違憲無効とする対象が不明確な答案も依然として存した。

エ 具体的な事実を考察の対象としているものが,以前に比べれば,増えてきてはいる。しかし,なお,当該事案の問題点に踏み込む姿勢が乏しく,違憲審査基準(比例原則にしても同様)を持ち出して,表面的・抽象的・観念的な記述のもとで,あらかじめ用意してある目的手段審査のパターンの範囲内で答案を作成しようとする傾向が見られる。

 また,審査基準の定立に終始する答案も多く,その中でも,Xの主張では厳しい(場合によっては極端に厳しい)審査基準を立て,想定されるYの反論では緩やかな審査基準を立て,あなたの見解では中間的基準を立てるというように,問題の内容を検討することなく,パターン化した答案構成をするものが目立った。

オ 法令や処分の合憲性を検討するに当たっては,まず,問題になっている法令や処分が,どのような権利を,どのように制約しているのかを確定することが必要である。次に,制約されている権利は憲法上保障されているのか否かを,確定する必要がある。この二つが確定されて初めて,人権(憲法)問題が存在することになるのであり,ここから,当該制約の合憲性の検討が始まる。

 その際,どのようなものでも審査基準論を示せばよいというものではない。審査基準とは何であるのかを,まず理解する必要がある。また,幾つかの審査基準から,なぜ当該審査基準を選択するのか,その理由が説明されなければならない。さらには,審査基準を選択すれば,それで自動的に結論が出てくるわけではなく,結論を導き出すには,事案の内容に即した個別的・具体的検討が必要である。

 比例原則での個別的比較衡量を選択するのならば,なぜあらかじめ基準を立てない比例原則を採るのか,比例原則で何をどのように比較衡量するのかについて,それらがきちんと説明されていなければならない。比例原則の場合にも,その原則自体が個別的比較衡量であるので,事案の内容に即した個別的・具体的検討が必要である。

カ 公職選挙法のように,司法試験用法文に登載されている法令に関しては,解答に当たり検討することが必要な法令であっても,改めて参考資料として問題に付することはないので注意が必要である。本問では,問題文中で公職選挙法の条文番号を掲示しており,同法を司法試験用法文で参照した上で検討することが求められる。

キ 文章作成能力は法曹にとって重要かつ必須の能力であるが,この能力が要求される水準に達していない答案が多かった。中には,論理的な一貫性や整合性に難点があるにとどまらず,判読自体が困難なものや文意が不明であるものも見受けられた。自覚的な文章作成能力の涵養が望まれる。

 (2) 生活保護関係について

ア 本問では,生活保護法自体ではなく,行政機関によるその解釈適用(運用)の適否が問題となる。そのため,受験者は,解釈論や価値判断を示す前提として,生活保護法第19条第1項の「居住地」「現在地」の文言の解釈適用(運用)が問題となっていることを意識し,同法の目的である生存権保障の観点からその解釈を検討することが求められる。

 ところが,原告の主張で抽象的権利説に立ち,「法律によって生存権という憲法上の権利が具体化される」と述べながら,生存権を具体化した生活保護法の具体的規定を検討せず,Xの救済の必要性を強調して直ちに憲法第25条違反と結論づける答案が多かった。

 地方自治体の「立法裁量」や「最低限度の生活の水準設定の裁量」の問題を長々と論じたものも多く,また,生活保護法の適用(運用)を問題とする答案の中にも,「最低生活の認定」についての裁量を問題にするものが多かった。

 「居住地」「現在地」の解釈適用(運用)を問題とする答案の中にも,憲法第25条及び生活保護法の趣旨から同法の条文解釈をするのではなく,Y市側の解釈適用(運用)の合憲性審査基準を検討して,目的手段の審査により,そのような解釈適用(運用)の合憲性を判断するというものが多く見られた。また,Y市側に行政裁量を認める答案も多く,そのような答案の中には,「市のイメージ悪化を防ぐ」目的が重要であり,Xによる生活保護申請の却下は「市の裁量の範囲内」と簡単に結論付けるものも散見された。

イ 本問では,生存権を具体化した生活保護法が既に存在し,その解釈適用(運用)が問題となっているのであるから,生存権の法的性格を長々と論じる必要はない。生存権の法的性格については,現在の判例学説上プログラム規定説は採られていないから,「被告側の反論」においても,プログラム規定説を主たる主張にするのは適切でない。

 また,生存権の自由権的効果が問題になっているとする答案が少なからずあった。生存権の自由権的効果とは具体的に何を意味するのかも問われるが,生活保護法に具体化されている生存権は,社会権としての生存権の中核をなすものである。

ウ 平等権に関する論述において,地域的不平等に基づく差別の問題であると指摘した答案は多かったが,区別の合理性の有無を検討するに当たっては,生存権保障という生活保護の制度趣旨と地方自治との関係を意識せず,審査基準を立てた上で,市のイメージ悪化防止や財政事情という「目的」と,ネットカフェを「居住地」「現在地」と認めない解釈適用(運用)又は生活保護申請を却下するという「手段」の関連性等を論じて結論を出している答案が多かった。なお,地方自治体による異なる取扱いの先例である最高裁昭和33年10月15日大法廷判決(東京都売春取締条例事件判決)に触れ,当該先例の事案と本件の問題の違いについて検討している答案はほとんどなかった。

 (3) 選挙権関係について

ア 本問では,住所を有しない者に国政選挙における選挙権行使を認めないことの適否が問題となることから,最高裁平成17年9月14日大法廷判決(在外邦人選挙権訴訟)を踏まえて検討することが必要である。同判決は,近年の最高裁による違憲判決であり,選挙権又はその行使の制限の合憲性を検討する上で極めて重要かつ基本的な判決である。また,立法不作為が違憲違法とされる要件についても重要な判断を示している。そのため,当該判決に関しては,法科大学院の授業でも扱われていると思われるが,同判決について意識しない答案が極めて多数に上った。

イ 公職選挙法上,住所を有しない者が投票する仕組みが設けられておらず,その選挙権の行使が制限されていることについて,在外邦人選挙権訴訟判決を踏まえて,立法不作為の問題として検討する答案は必ずしも多くなかった。公職選挙法第21条(中には住民基本台帳法第15条)等の規定が違憲で無効である旨を論じる答案が多く見られたが,本来,これらの規定を無効とするだけでは,選挙の執行自体が不能となりかねないという問題がある。また,公職選挙法の法令違憲(立法不作為を含む)を検討せず,Y市長によるXの住民登録抹消処分の処分違憲のみを検討する答案も多く見られたが,住民基本台帳の機能に対する配慮をおよそ欠くものは,説得力があるとは言えないだろう。

ウ 住所を有しない者の選挙権の行使が制限されていることの実体的合憲性について,在外邦人選挙権訴訟判決は,選挙権又はその行使を制限することは,そのような制限をすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不能ないし著しく困難であると認められる場合でない限り違憲であるとしており,厳格度の高められた審査をしている。この判例の枠組みによるときは,住所を有しない者に選挙権の行使を認めないことが選挙の公正の確保との関係でやむを得ないものかどうかを具体的に検討することが求められる。答案の多くは,上記判例を意識せず,目的手段審査によるものであったが,その場合でも同様の検討が求められる。

 この点について,住所を有しない者に選挙権の行使を認める場合に選挙の公正確保との関係で考えられる問題点や,それを解決する方策の可能性を具体的に検討しようとする答案も相当数見られた。しかし,選挙権という重要な権利が問題になっているので「厳格審査の基準」でその合憲性を審査するなどとするのみで,具体的な検討なく安易に違憲としている答案も多く,逆に,「選挙権は権利であると同時に公的な義務」と位置付けるだけで,安易に制限を合憲とする答案も意外に多かった。

エ 上記のような厳格な審査を基礎付けるには,合憲性判断の枠組みを選挙権及び投票権の憲法上の位置付けからしっかりと検討することが必要であるが,選挙権の重要性を「国民主権」「間接民主制」からきちんと述べてある答案が余りなく,「表現の自由の自己統治の価値」,「表現の自由と同様,政治的意見を表明する権利」など,表現の自由の重要性から演繹する答案が意外に多かった。

オ 選挙権の行使が妨げられたことについて,立法不作為の違憲を理由とする国家賠償請求訴訟の可能性に全く言及しない答案も相当数にあった。立法不作為による国家賠償請求に触れた答案でも,在外邦人選挙権訴訟判決を意識した答案はまれであり,最高裁昭和60年11月21日判決(在宅投票制廃止訴訟)のみに基づいて検討する答案が多くあった。

 在外邦人選挙権訴訟判決では,国が国民の選挙権の行使を可能にするための所要の措置をとらないという不作為によって国民が選挙権を行使することができない場合の立法不作為の実体的合憲性の問題と,立法不作為が国家賠償法上違法の評価を受けるための要件という問題を区別して検討しているが,この2つの問題の区別を意識しない答案が多く見られた。

 立法不作為の国家賠償法上の違法性に関して,本問では,「7年前に改正を求める請願書を総務省に提出していた」という事案であり,在外邦人選挙権訴訟判決の事案とは異なっていることから,そのことを踏まえて検討することが求められる。しかし,これらの点について具体的に検討する答案は,ほとんどなかった。

 

3 今後の法科大学院教育に求めるもの

 憲法上の問題を検討するに当たっては,判断枠組みの構築と当該事案における個別的・具体的な検討が必要不可欠である。法科大学院では,審査基準(三段階審査とか比例原則という言葉)の定型的・観念的使用を戒めるとともに,それらの内容の精確な理解(問題点を含めて)を学生に深めさせる教育が求められる。

 また,実務において判例の持つ意味を十分に認識し,基本判例は,判決原文に照らして検討する必要がある。その上で,当該判決における理論的問題を検討し,そして事実認定・事実評価の問題点を個別的・具体的に理解・検討することが求められる。