平成26年新司法試験刑事系第2問(刑事訴訟法)

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逮捕 - 逮捕後の手続
被疑者の取調べ - 取調べの手続
被疑者の取調べ - 逮捕・勾留中の取調べ
訴因の変更 - 訴因の変更の要否
訴因の変更 - 訴因の変更の可否

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[刑事系科目]

 

〔第2問〕(配点:100)

 次の【事例】を読んで,後記〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。

【事 例】

1 L県警察は,平成26年2月9日,Wから「自宅で妻のVが死亡している。」との通報を受けた。同日,L県M警察署の司法警察員Pらは,L県M市N町にあるW方に臨場したところ,Vは頭部を多数回殴打されて死亡しており,Wは「私は,本日,2週間にわたる海外出張から帰宅した。帰宅時,玄関の鍵が掛かっておらず,居間に妻の死体があった。家屋内は荒らされていないが,妻のダイヤモンドの指輪が見当たらない。」と供述した。

2 Pらは,Vに対する殺人・窃盗事件として捜査を開始し,その一環として,Wが供述する指輪について捜査したところ,同月10日,M市内の質屋から,同月3日午前中に甲がダイヤモンドの指輪を質入れしたとの情報を得た。そこで,Pがその指輪を領置し,Wに確認したところ,Wは「指輪は妻のものに間違いない。甲は,私のいとこで,多額の借金を抱えて夜逃げしたが,時々金を借りに来ていた。」と供述した。そして,甲が,隣県であるS県T市所在のU建設会社で作業員として働き,同社敷地内にある従業員寮に居住していることが判明したことから,Pは,同月11日,同所に赴き,午後1時頃,寮から出てきた甲に対し,「M市内の質屋にダイヤモンドの指輪を質入れしたことはないか。」と言ってM市所在のM警察署までの同行を求め,甲は素直にこれに応じた。

3 P及び甲は,同日午後4時頃,M警察署に到着し,Pはその頃から,同署刑事課取調室において,甲に供述拒否権があることを告げ,その取調べを開始した。甲は,当初,「私がダイヤモンドの指輪を質入れしたことは間違いないが,その指輪は拾ったものである。」と供述したが,同日午後7時頃,「指輪は,私がW方から盗んだものである。」と供述した。さらに,Pは,甲に対し,V死亡の事実を告げて,甲の関与について尋ねたものの,甲は「私は関係ない。」と答え,同日午後10時頃には,「先ほど指輪を盗んだと言ったのは嘘である。私は,Ⅴを殺していないし,指輪を盗んでもいない。指輪は知人からもらった。」と供述を変遷させた。

4 この時点で夜も遅くなっていたため,Pは取調べを中断することとしたが,翌日も引き続き甲を取り調べる必要があると考え,甲に対し,「明日朝から取調べを再開するので,出頭してほしい。」と申し向けた。すると,甲は,翌日はS県内の建設現場で働く予定があるとして出頭に難色を示したものの,Pから,捜査のため必要があるので協力してほしい旨説得され,「1日くらいなら仕事を休んで,取調べに応じてもよい。しかし,今から寮に帰るとなると,タクシーを使わなければならない。安いホテルに泊まった方が安上がりだと思うので,泊まる所を紹介してほしい。」と述べた。そこで,Pが,甲に対し,M警察署から徒歩約20分の距離にあるビジネスホテル「H」を紹介したところ,甲は,Hホテルまで自ら歩いて行き,同ホテルに自費で宿泊した。なお,Pは,甲に捜査員を同行させたり,甲の宿泊中に同ホテルに捜査員を派遣したりすることはしなかった。

  翌12日午前10時頃,捜査員が同行することなく,甲が1人でM警察署に出頭したので,Pは,前日に引き続き,同署刑事課取調室において,甲に供述拒否権があることを告げ,①甲の取調べを開始した。甲は,当初,殺人及び窃盗への関与を否認したものの,Pが適宜食事や休憩を取らせながら取調べを継続したところ,同日午後6時頃,甲は,殺人及び窃盗の事実を認め,「指輪を質入れした日の前日の昼頃,W方に金を借りに行ったが,Wは不在で妻のⅤがいた。居間でⅤと話をするうち口論となり,カッとなって部屋にあったゴルフクラブでⅤの頭などを多数回殴り付けて殺害した。殺害後,Ⅴがダイヤモンドの指輪を着けていたことに初めて気付き,その指輪を盗んだ。ゴルフクラブは山中に捨てた。」と供述するとともに,ゴルフクラブの投棄場所を記載した図面を作成した。また,Pは,甲の上記供述を記載した甲の供述録取書を作成した。なお,取調べ開始からこの時点まで,甲が取調べの中止を訴えたり,取調室からの退去を希望したりすることはなかった。

5 この時点で午後9時になっていたので,Pは取調べを中断することとし,甲に対し,「ゴルフクラブを捨てた場所に案内してもらったり,更に詳しい話を聞きたいので,ホテルにもう1泊してもらい,明日も取調べを続けたいがよいか。」と申し向けた。これに対し,甲は「宿泊する金がないし,続けて仕事を休むと勤務先に迷惑をかけることになるので,一旦寮に帰って社長に相談したい。落ち着いたら必ず出頭する。」と述べたものの,Pから「社長には電話で相談すればいいのではないか。宿泊費は警察が出すので心配しなくてもよい。」と説得され,渋々ながら「分かりました。そうします。」と答えた。

  そこで,Pは警察の費用でHホテルの客室を確保した。同客室は同ホテルの7階にあり,6畳和室と8畳和室が続いていて,奥の6畳和室からホテルの通路に出るためには,必ず8畳和室を通らなければならず,両室の間はふすまで仕切られているだけで,錠が掛からない構造であった。Pは,部下であるQら3名の司法警察員に対し,警察車両で甲をHホテルまで送り届けて上記客室の6畳和室に宿泊させ,Qら3名の司法警察員は同客室の8畳和室で待機するよう指示した。甲は,Qらと共に上記客室に到着し,Qらも宿泊することを知ると,「人がいると落ち着かない。警察官は帰ってほしい。せめて私を個室にして警察官は別室にいてもらいたい。」と訴えた。しかし,甲は,Qから「ふすまで仕切られているのだから,別室と同じようなものだろう。私達は隣の部屋にいるだけで,君の部屋をのぞくようなことはしない。」と説得されると,諦めて6畳和室で就寝し,Qら3名の司法警察員は8畳和室で待機した。

  翌13日午前9時頃,甲が警察車両に乗せられてM警察署に出頭したので,Pは,前日に引き続き,同署刑事課取調室において,甲に供述拒否権があることを告げ,②甲の取調べを開始したところ,甲は前夜同様に,Vを殺害して指輪を窃取した旨供述した。そこで,Pは,甲にゴルフクラブの投棄場所まで案内するように求め,これに応じた甲を警察車両に乗せ,甲の案内で山中まで赴いたところ,同所から血のついたゴルフクラブが発見された。Pは,これを領置した上,Wに確認を求めたところ,Wは,同クラブは特注品であり,自宅にあったものに間違いない旨供述した。また,同クラブからは数個の指紋が検出され,そのうち一つが甲の指紋と合致した。Pは,これらの捜査を踏まえて甲に対する殺人及び窃盗の被疑事実で逮捕状を請求し,裁判官から逮捕状を得た上,同日午後4時,M警察署において甲を通常逮捕した。なお,この日も,Pは,甲に適宜食事や休憩を取らせ,甲は,取調べ開始から逮捕まで,取調べの中止を訴えたり,取調室からの退去を希望したりすることはなかった。

6 甲は,逮捕後の弁解録取においても両被疑事実を認め,翌14日午前9時,検察官に送致された。甲は,検察官Rによる弁解録取においても両被疑事実を認め,Rは,殺人及び窃盗の被疑事実により甲の勾留を請求し,同日,勾留状が発付された。甲は,その後も両被疑事実を認め,「2月2日午後1時頃,借金を申し込むためにW方に行ったがWは不在だった。Ⅴと口論となり,Vから『Wの金ばかり当てにしている甲斐性なし。』などと罵られ,カッとなってゴルフクラブでVを殴り殺した。その後,Ⅴがダイヤモンドの指輪を着けていたことに初めて気付き,金に換えようと思ってその指輪を盗んだ。ゴルフクラブは山中に捨てた。」と供述した。Rは,その他所要の捜査を遂げ,延長された勾留期間の満了日である同年3月5日,甲を殺人罪及び窃盗罪により起訴した(公訴事実は【資料】のとおり。)。

7 同月8日,別の窃盗事件により勾留中の乙が,警察による取調べにおいて,W方でダイヤモンドの指輪及びルビーのペンダントを窃取し,ダイヤモンドの指輪は友人の甲に無償で譲渡し,ルビーのペンダントは自ら質入れした旨供述した。警察がこの供述に従い捜査したところ,W方にあったVの宝石箱から検出された指紋の一つが乙のものと合致するとともに,乙が供述した質屋からルビーのペンダントが発見され,そのペンダントは,VがWの出張中に購入したものであり,Vの所有物に間違いないことが判明した。さらに,甲がV殺害に使用したと供述するゴルフクラブから検出された数個の指紋のうち,一つは乙のものと合致することが判明したが,乙は「室内で金目の物を探しているうちに,ゴルフクラブに私の指紋が付いたと思う。私はV殺害には関係ない。」と供述した。

  上記事情を把握したRは,第1回公判前整理手続期日前である同月24日,甲が勾留されているL拘置所において,甲に対し,「君が起訴されている事件につき,もう一度,取調べを行うが,嫌なら取調べを受けなくてもよいし,取調べを受けるとしても,言いたくないことは言わなくてもよい。」と告げ,甲が取調べに応じる旨述べたので,Rは,弁護人を立ち会わせることなく,③甲の取調べを開始した。Rは,甲に対し,「乙という人物を知っているか。殺人・窃盗事件に乙が関係しているのではないか。」と質問したところ,甲は,しばらく逡巡していたものの,「乙は友人で,借金を肩代わりしてもらったことがある。今回の殺人事件に乙は関係していないが,実は,ダイヤモンドの指輪は私が盗んだのではなく,乙が盗んだものである。以前,私は,乙に,資産家であるいとこのWについて話したことがあった。2月2日午後7時頃,乙が寮の私の部屋に来て,『今日,W方から盗んできた。』と言ってダイヤモンドの指輪をただでくれた。私は,2月3日午前中にその指輪を質入れしたが,期待していたほどの金にならなかったので,Wから借金をしようと考え,その日の午後1時頃にW方に行った。しかし,Wはおらず,Vと口論になり罵られてカッとなって,ゴルフクラブでⅤを殺した。金目の物を探したり盗んだりすることなく,直ちにその場から逃げてゴルフクラブを捨てた。殺害の方法はこれまで話してきたとおりであり,私一人でしたことである。そして,私は,乙には日頃から世話になっていたことから,乙をかばうために,ダイヤモンドの指輪を私が盗んだと嘘をつき,それとつじつまを合わせるために,Vを殺したのは質入れの前日だということにした。」と供述した。

  その後,Rは,乙をも取り調べるなど所要の捜査を遂げた結果,甲及び乙の各供述に矛盾はなく,本件の真相は,甲が,平成26年2月2日午後7時頃,U建設会社従業員寮の甲の居室において,乙から盗品と知りつつダイヤモンドの指輪を無償で譲り受け,同月3日午後1時頃,W方居間において,単独で,Vを殺害した事件であると認め,④公判において,その旨立証するとの方針を立てた

 

〔設問1〕

1.【事例】中の4及び5に記載されている①及び②の甲の取調べの適法性について,具体的事実を摘示しつつ論じなさい。

2.【事例】中の7に記載されている③の甲の取調べの適法性について,具体的事実を摘示しつつ論じなさい。

 

〔設問2〕 検察官は,④の方針を前提とした場合,【資料】の公訴事実に関し,どのような措置を講じるべきかについて論じなさい。

 

【資料】

公 訴 事 実

 被告人は

第1 平成26年2月2日午後1時頃,L県M市N町○丁目△番地のW方居間において,Vに対し,殺意をもって,ゴルフクラブでその頭部等を多数回殴打し,よって,その頃,同所において,同人を頭部打撲に基づく脳挫滅により死亡させて殺害し

第2  前記日時場所において,同人所有の指輪1個を窃取したものである。

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