平成27年新司法試験刑事系第2問(刑事訴訟法)

問題文の下部に、出題趣旨と論文自己診断表をご用意しています。起案や答案構成が終わったらチェックしてみましょう。
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通信・会話の傍受 - 通信・会話の傍受の法的性質
自白の証拠能力 - 偽計による自白
伝聞証拠 - 伝聞証拠の意義
伝聞例外 - 供述代用書面
違法収集証拠 - 違法収集証拠排除の根拠

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[刑事系科目]

 

〔第2問〕(配点:100)

 次の【事例】を読んで,後記〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。

【事 例】

1 平成27年2月4日午前10時頃,L県M市内のV(65歳の女性)方に電話がかかり,Vは,電話の相手から,「母さん,俺だよ。先物取引に手を出したら大損をしてしまった。それで,会社の金に手を付けてしまい,それが上司にばれてしまった。今日中にその穴埋めをしないと,警察に通報されて逮捕されてしまう。母さん,助けて。上司と電話を代わるよ。」と言われ,次の電話の相手からは,「息子さんの上司です。息子さんが我が社の金を使い込んでしまいました。金額は500万円です。このままでは警察に通報せざるを得ません。そうなると,息子さんはクビですし,横領罪で逮捕されます。ただ,今日中に穴埋めをしてもらえれば,私の一存で穏便に済ませることができます。息子さんの代わりに500万円を用意していただけますか。私の携帯電話の番号を教えるので,500万円を用意したら,私に電話を下さい。M駅前まで,私の部下を受取に行かせます。」と言われた。

  Vは,息子とその上司からの電話だと思い込み,電話の相手から求められるまま,500万円を用意してM駅前に持参することにした。Vは,最寄りの銀行に赴き,窓口で自己名義の預金口座から現金500万円を払い戻そうとしたが,銀行員の通報により駆けつけた司法警察員Pらの説得を受け,直接息子と連絡を取った結果,何者かがVの息子に成り済ましてVから現金をだまし取ろうとしていることが判明した。

2 Pらは,Vを被害者とする詐欺未遂事件として捜査を開始し,犯人を検挙するため,Vには引き続きだまされているふりをしてもらい,犯人をM駅前に誘い出すことにした。

  同日午後2時頃,M駅前に甲が現れ,Vから現金を受け取ろうとしたことから,あらかじめ付近に張り込んでいたPらは,甲を,Vに対する詐欺未遂の現行犯人として逮捕した。

3 甲は,「知らない男から,『謝礼を支払うので,自分の代わりに荷物を受け取ってほしい。』と頼まれたことから,これを引き受けたが,詐欺とは知らなかった。」と供述し,詐欺未遂の被疑事実を否認した。

  甲は,同月6日,L地方検察庁検察官に送致されて引き続き勾留されたが,その後も同様の供述を続けて被疑事実を否認した。

  逮捕時,甲は同人名義の携帯電話機を所持していたことから,その通話記録について捜査した結果,逮捕前に甲が乙と頻繁に通話をし,逮捕後も乙から頻繁に着信があったことが判明した。そこで,Pらは,乙が共犯者ではないかと疑い,乙について捜査した結果,乙が,L県N市内のFマンション5階501号室に一人で居住し,仕事はしておらず,最近は外出を控え,周囲を警戒していることが判明したことから,Pらは,一層その疑いを強めた。

  そこで,Pらは,乙方の隣室であるFマンション502号室が空室であったことから,同月12日,同室を賃借して引渡しを受け,同室にPらが待機して乙の動静を探ることにした。

4 同月13日,Pが,Fマンション502号室ベランダに出た際,乙も,乙方ベランダに出て来て,携帯電話で通話を始めた。その声は,仕切り板を隔てたPにも聞こえたことから,Pは,同502号室ベランダにおいて,①ICレコーダを使用して,約3分間にわたり,この乙の会話を録音した。その際,「甲が逮捕されました。どうしますか。」という乙の声がPにも聞こえ,同レコーダにも録音されたが,電話の相手の声は,Pには聞こえず,同レコーダにも録音されていなかった。

  このように,乙が本件に関与し,他に共犯者がいることがうかがわれ,乙がこの者と連絡を取っていることから,Pらは,同502号室の居室の壁越しに乙方の居室内の音声を聞き取ろうとしたが,壁に耳を当てても音声は聞こえなかった。そこで,Pらは,隣室と接する壁の振動を増幅させて音声として聞き取り可能にする機器(以下「本件機器」という。)を使用することにし,本件機器を同502号室の居室の壁の表面に貼り付けると,本件機器を介して乙方の居室内の音声を鮮明に聞き取ることができた。そして,Pらは,同月15日,②約10時間にわたり,本件機器を介して乙方の居室内の音声を聞き取りつつ,本件機器に接続したICレコーダにその音声を継続して録音した。しかし,このようにして聴取・録音された内容は,時折,乙が詐欺とはおよそ関係のない話をしているにすぎないものであったことから,これ以後,Pらは本件機器を使用しなかった。

5 甲は,司法警察員Qによる取調べを受けていたが,前記のとおり,否認を続けていた。Qは,同月16日,L地方検察庁において,検察官Rと今後の捜査方針を打ち合わせた際,Rから,「この種の詐欺は上位者を処罰しなければ根絶できないが,今のままでは乙を逮捕することもできない。甲が見え透いた虚偽の弁解をやめ,素直に共犯者についても洗いざらいしゃべって自供し,改悛の情を示せば,本件は未遂に終わっていることから,起訴猶予処分にしてやってよい。甲に,そのことをよく分からせ,率直に真相を自供することを勧めるように。」と言われた。そこで,Qは,同日,甲を取り調べ,甲に対し,「共犯者は乙ではないのか。検察官は君が見え透いたうそを言っていると思っているが,改悛の情を示せば起訴猶予にしてやると言っているので,共犯者が誰かも含めて正直に話した方が良い。」と言って自白を促した。これを聞いて,甲は,自己が不起訴処分になることを期待して,Qに対し,「それなら本当のことを話します。詐欺であることは分かっていました。共犯者は乙です。乙から誘われ,昨年12月頃から逮捕されるまで,同じような詐欺を繰り返しやりました。役割は決まっており,乙が相手に電話をかける役であり,私は現金を受け取る役でした。電話の声は,乙の一人二役でした。他に共犯者がいるかどうか,私には分かりません。昨年までは痴漢の示談金名目で100万円を受け取っていましたが,今年になってから,現金を受け取る名目を変えるように乙から指示され,使い込んだ会社の金を穴埋めする名目で500万円を受け取るようになりました。詐欺の拠点は,M市内のGマンション1003号室です。」と供述して自白した。

  そこで,Pは,前記甲の自白に基づき,Vに対する詐欺未遂の被疑事実で乙の逮捕状,Gマンション1003号室を捜索場所とする捜索差押許可状の発付を受け,同月18日,乙を通常逮捕し,また,同1003号室の捜索を実施したが,同室は既にもぬけの殻となっており,証拠物を押収することはできなかった。乙は,同日,逮捕後の取調べにおいて,甲の供述内容を知らされなかったものの,甲が自白したと察して,「甲が自白したのでしょうから話します。私が電話をかけてVをだまし,甲に現金を受け取りに行かせました。しかし,甲が逮捕されてしまったので,Gマンション1003号室から撤退しました。ほとぼりが冷めたら再開するつもりでしたので,詐欺で使った道具は,M市内のHマンション705号室に隠してあります。」と供述した。乙は,同月19日,L地方検察庁検察官に送致されて引き続き勾留された。

6 Pは,前記乙の供述に基づき,Vに対する詐欺未遂の被疑事実でHマンション705号室を捜索場所とする捜索差押許可状の発付を受け,同月19日,同室において,捜索差押えを実施した。

  同室からは,架空人名義の携帯電話機,Vの住所・氏名・電話番号が掲載された名簿などのほか,次のような文書1通(以下「本件文書」という。)及びメモ紙1枚(以下「本件メモ」という。)が差し押さえられた。

  本件文書の記載内容は,【資料1】のとおりであり,パソコンで作成されているが,右上の「0XX-XXXX-5678」という記載は手書き文字である。この手書き文字は,V方の電話番号と一致し,また,筆跡鑑定の結果,乙の筆跡であることが判明した。さらに,本件文書からは,丙の指紋が検出された。

  本件メモの記載内容は,【資料2】のとおりであり,全ての記載が手書き文字である。これらの文字は,筆跡鑑定の結果,いずれも乙の筆跡であることが判明した。

7 このように,本件文書から丙の指紋が検出されたほか,乙が逮捕時に所持していた同人名義の携帯電話の通話記録について捜査した結果,Pが同月13日にFマンション502号室のベランダで乙の会話を聴取・録音したのと同じ時刻に,乙が丙に電話をかけていることが判明した。そこで,Pは,これらに基づき,Vに対する詐欺未遂の被疑事実で丙の逮捕状の発付を受け,同月21日,丙を通常逮捕した。

  丙は,逮捕後の取調べにおいて,「全く身に覚えがない。」と供述し,同月22日,L地方検察庁検察官に送致されて引き続き勾留されたが,その後も同様の供述を続けて一貫して被疑事実を否認した。

  乙は,同月23日,Rによる取調べにおいて,「私は,甲と一緒になってVから現金500万円をだまし取ろうとしました。私が電話をかける役であり,甲が現金を受け取る役でした。昨年12月頃から同じような詐欺を繰り返しやりました。」と供述したものの,丙の関与については,「丙のことは一切話したくありません。」と供述し,本件文書については,「これは,だます方法のマニュアルです。このマニュアルに沿って電話で話して相手をだましていました。右上の手書き文字は,私がVに電話をかけた際に,その電話番号を記載したものです。このマニュアルは,私が作成したものではなく,他の人から渡されたものです。しかし,誰から渡されたかは話したくありません。このマニュアルに丙の指紋が付いていたようですが,丙のことは話したくありません。」と供述し,本件メモについては,「私が書いたものですが,何について書いたものかは話したくありません。」と供述した。そこで,Rは,これらの乙の供述を録取し,末尾に本件文書及び本件メモの各写しを添付して検察官調書1通(以下「本件検察官調書」という。)を作成し,乙の署名・指印を得た。なお,乙は,丙の関与並びに本件文書及び本件メモについて,その後も同様の供述を続けた。

8 Rは,甲については,延長された勾留期間の満了日である同月25日,釈放して起訴猶予処分とし,乙及び丙については,乙の延長された勾留期間の満了日である同年3月10日,両名を,甲,乙及び丙3名の共謀によるVに対する詐欺未遂の公訴事実でL地方裁判所に公判請求し,その後,乙と丙の弁論は分離されることになった。9同年4月17日の丙の第1回公判において,丙は,「身に覚えがありません。」と陳述して公訴事実を否認し,丙の弁護人は,本件検察官調書について,「添付文書を含め,不同意ないし取調べに異議あり。」との証拠意見を述べたことから,Rは,丙と乙との共謀を立証するため,乙の証人尋問を請求するとともに,③本件文書及び本件メモについても証拠調べを請求した。丙の弁護人は,本件文書及び本件メモについて,「不同意ないし取調べに異議あり。」との証拠意見を述べた。

  同年5月8日の丙の第2回公判において,乙の証人尋問が実施され,乙は,丙の関与並びに本件文書及び本件メモについて,本件検察官調書の記載と同様の供述をした。

 

〔設問1〕 ①及び②で行われたそれぞれの捜査の適法性について,具体的事実を摘示しつつ論じなさい。

 

〔設問2〕 ③で証拠調べ請求された本件文書及び本件メモのそれぞれの証拠能力について,証拠収集上の問題点を検討し,かつ,想定される具体的な要証事実を検討して論じなさい。

 

【資料1】

0XX-XXXX-5678

先物取引

息子

〔母さん/父さん〕,俺だよ。

先物取引に手を出したら大損をしてしまった。

それで,会社の金に手を付けてしまい,それが上司にばれてしまった。

今日中にその穴埋めをしないと,警察に通報されて逮捕されてしまう。

上司と電話を代わる。

上司

息子さんの上司です。

息子さんが我が社の金を使い込んでしまいました。

金額は500万円です。

このままでは警察に通報せざるを得ません。

そうなると,息子さんはクビですし,横領罪で逮捕されます。

しかし,今日中に穴埋めをしてもらえれば,私の一存で穏便に済ませることができます。

息子さんの代わりに500万円を用意してもらえますか。

私の携帯電話の番号を教えるので,500万円を用意したら,私に電話をください。

〔    〕まで,私の部下を受け取りに行かせます。

※ 受取役は,警察に捕まった場合,「知らない男から,『謝礼を支払うので,自分の代わりに荷物 を受け取ってほしい。』と頼まれて引き受けただけで,詐欺とは知らなかった。」と言い張ること。

 

【資料2】

 1/5 丙からtel

 チカンの示談金はもうからないのでやめる

 先物取引で会社の金を使いこんだことにする

 金額は500万円

 マニュアルは用意する

 

 

 

出題趣旨印刷する

 本問は,いわゆる「振り込め詐欺」グループによる詐欺未遂事件の捜査及び公判に関する事例を素材に,そこに生じる刑事手続法上の問題点,その解決に必要な法解釈,法適用に当たって重要な具体的事実の分析及び評価並びに結論に至る思考過程を論述させることにより,刑事訴訟法に関する基本的学識,法適用能力及び論理的思考力を試すものである。

 〔設問1〕は,被害者との現金受渡し場所に現れて現行犯人として逮捕された甲と携帯電話で頻繁に通話していた乙について,本件の共犯者ではないかとの疑いを強めた司法警察員Pが,空室となっていた乙方隣室のマンション居室を賃借し,同室において乙の動静を探っていたところ,同室ベランダに出た際,乙方ベランダに出て携帯電話で通話する乙の声が聞こえてきたことから,ICレコーダを使用して,約3分間にわたり,この乙の会話を録音した【捜査①】,その後,隣室において,壁の振動を増幅させて音声を聞き取り可能にする本件機器を用いたところ,壁に耳を当てても聞こえなかった乙方居室内の音声を鮮明に聞き取ることができたことから,約10時間にわたり,本件機器を介して乙方の音声を聞き取りつつ,本件機器に接続したICレコーダにその音声を録音した【捜査②】の各捜査に関し,その適法性を検討させる問題である。いわゆる強制処分と任意処分の区別,任意処分の限界について,その法的判断枠組みの理解と,具体的事実への適用能力を試すことを狙いとする。

 刑事訴訟法第197条第1項は,「捜査については,その目的を達するため必要な取調をすることができる。但し,強制の処分は,この法律に特別の定のある場合でなければ,これをすることができない。」と規定する。したがって,ある捜査活動がいわゆる強制処分に該当する場合,同法にそれを許す特別の根拠規定がある場合に限って許されることになり(強制処分法定主義),当該捜査活動が強制処分と位置付けられるか,任意処分と位置付けられるかによって,その法的規律の在り方が異なることになるため,両者の区別が問題となる。

 この点については,同条項ただし書の「強制の処分」の定義が法律上示されていないことから,その意義をどのように解するかが問題となるところ,旧来は,物理的な有形力の行使,法的義務付けの有無がメルクマールとされていたのに対し,現在では,権利・利益の侵害・制約に着目する見解が一般的である。最高裁判所は,警察官が,任意同行した被疑者に対し呼気検査に応じるように説得していた際に,退室しようとした被疑者の左手首を掴んで引き止めた行為の適否が問題となった事案において,「強制手段とは,有形力の行使を伴う手段を意味するものではなく,個人の意思を制圧し,身体,住居,財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など,特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段を意味する」と判示した(最決昭和51年3月16日刑集30巻2号187頁)。同決定の上記判示から抽出するならば,強制処分のメルクマールは,「個人の意思の制圧」と「身体・住居・財産等への制約」(代表的な権利・利益を例示したものと理解すれば,「権利・利益の制約」と言い替えることもできる。)とに求められることになる。本設問を検討するに当たっては,このような最高裁決定の判示にも留意しつつ,刑事訴訟法第197条第1項の解釈として,強制処分と任意処分の区別に関する基準を明確化しておくことが求められる。

 また,強制処分に至らない任意処分であっても,当然に適法とされるわけではなく,一定の許容される限界があり,その許容性の判断に当たっては,いわゆる「比例原則」から,具体的事案において,特定の捜査手段により対象者に生じる法益侵害の内容・程度と,捜査目的を達成するため当該捜査手段を用いる必要性との間の合理的権衡を吟味することになる。前記昭和51年最決も,強制手段に当たらない有形力の行使について,「何らかの法益を侵害し又は侵害するおそれがあるのであるから,状況のいかんを問わず常に許容されるものと解するのは相当でなく,必要性,緊急性なども考慮したうえ,具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容される」と判示している。

 以上のとおり,本設問の解答に当たっては,強制処分法定主義,任意処分に対する法的規制の趣旨を踏まえつつ,前記昭和51年最決の判示内容にも留意して,強制処分と任意処分の区別の基準や任意処分の限界の判断枠組みが検討・提示された上で,【捜査①】及び【捜査②】の各適法性について,設問の事例に現れた具体的事実がその判断枠組みにおいてどのような意味を持つのかを意識しながら,論理的に一貫した検討がなされる必要がある。

 【捜査①】の適法性については,対象者が自室のベランダで行った会話を捜査機関が隣室のベランダで聴取・録音したという捜査について,強制処分に当たるか任意処分に当たるかを明らかにした上で,その区別を前提に,現行法の法的規律の在り方に従って適否を検討し,その結論を導く思考過程を論述することが求められる。

 強制処分か任意処分かの区別については,前記最決の枠組みに従えば,まず,「個人の意思の制圧」の側面に関し,乙に認識されることなく秘密裏に聴取・録音したものであり,現実に乙の明示の意思に反し又はその意思を制圧した事実は認められない点をどのように考えるかが問題となるが,例えば,対象者が認識していないことから直ちに「意思の制圧」を否定し,強制処分に当たらず任意捜査だと結論付けることは,現行の刑事訴訟法において通信傍受が強制処分と位置付けられていること(同法第222条の2)に照らしても,短絡的であり,強制処分のメルクマールとしての「意思の制圧」の位置付けやその具体的内容の吟味を踏まえた検討が求められる。

 次に,「権利・利益の制約」の側面に関しては,Pらが適法に賃借・引渡しを受けた居室のベランダにおいて聴取・録音がなされ,乙の「身体,住居,財産」そのものに対する侵害・制約は認められないことから,被制約利益の内容をどのように捉え,その重要性をどのように評価するのかについて,具体的検討を行うことが求められる。

 そして,前記の区別につき,【捜査①】は任意処分であるとの結論に至った場合には,次の段階として,当該捜査が任意捜査として許容される限度のものか否かについて検討することになり,前記最決の判示も踏まえ,当該捜査手段により対象者に生じる法益侵害の内容・程度と,捜査目的を達成するため当該捜査手段を用いる必要性との間の合理的権衡を吟味しなければならない。当該捜査手段を用いる必要性を検討するに当たっては,対象となる犯罪の性質・重大性,捜査対象者に対する嫌疑の程度,当該捜査によって証拠を保全する必要性・緊急性に関わる具体的事情を適切に抽出・評価する必要がある。

 他方,【捜査①】が強制処分であるとの結論に至った場合には,刑事訴訟法上の根拠規定が存在し,かつ,その定める要件を満たしていなければ,違法となる。【捜査①】のような捜査手段を直接定めた明文規定は存在しないことから,法定された既存の強制処分の類型に該当するか否かを検討した上で,適法性についての結論を導く必要があるが,この点では,電話傍受を「通信の秘密を侵害し,ひいては,個人のプライバシーを侵害する強制処分である」とした最決平成11年12月16日(刑集53巻9号1327頁)が,「電話傍受は,通話内容を聴覚により認識し,それを記録するという点で,五官の作用によって対象の存否,性質,状態,内容等を認識,保全する検証としての性質をも有するということができる」と判示したことも踏まえた検討が求められよう。

 【捜査②】の適法性についても,【捜査①】と同様の判断枠組みに従って,その適法性を検討すべきであるが,両者は,対象となった会話の行われた場所や聴取・録音の態様が異なっているから,この点を意識して論じる必要がある。

 すなわち,【捜査②】は,通常の人の聴覚では室外から聞き取ることのできない乙方居室内の音声を,本件機器を用いて増幅することにより隣室から聞き取り可能とした上で,これを約10時間にわたり聴取・録音するというものであり,外部から聞き取られることのない個人の私生活領域内における会話等の音声を乙の承諾なくして聴取・録音しているものであることから,乙の「住居」に対する捜索から保護されるべき個人のプライバシーと基本的に同様の権利の侵害が認められ,その侵害の程度も重いと評価できる。【捜査②】が強制処分か任意処分かの区別を検討するに当たっては,この点に関する具体的事実を考慮しつつ,丁寧な検討と説得的な論述をなすことが求められる。

 次に,【捜査②】が強制処分であるとした場合,【捜査②】は,室外からは聞き取ることのできない居室内の会話を本件機器を用いて増幅することにより隣室から聞き取り可能とした上で聴取・録音するというものであるが,電話傍受についての前記平成11年最決や,宅配便荷物に外部からエックス線を照射して内容物の射影を観察するという検査方法を検証としての性質を有する強制処分に当たるものとした最決平成21年9月28日(刑集63巻7号868頁)などに鑑みると,【捜査②】についても,「検証」としての性質を有するものと見る余地があろう。他方,室内の会話を一定期間継続して無差別的に聴取・録音する点,事後通知や準抗告による不服申立ての手続が不可欠というべき性格の処分である点で,検証の枠を超えているとの見方もあり得よう(電話傍受に関する前記平成11年最決の反対意見参照)。いずれの結論をとるにせよ,「検証」の強制処分としての意義・性質についての正確な理解を前提とした検討が必要となる。

 〔設問2〕前段は,否認し続ける甲につき検察官Rから「自白すれば起訴猶予にしてもよい。」旨言われていた司法警察員Qが,甲の取調べにおいて,甲に対し,検察官の前記不起訴約束を伝えた上,自白を勧告した結果,甲が,不起訴処分となることを期待して,乙の関与も含めて自白し,この甲の供述(自白)を疎明資料として乙の逮捕状が発付されて乙が逮捕され,逮捕後の乙の取調べにおいて乙が任意になした自白を疎明資料として発付された捜索差押許可状による捜索差押えの結果,本件文書及び本件メモが押収されたという事実関係において,本件文書及び本件メモについて,その証拠収集上の問題点から,証拠能力の検討を求めるものである。不起訴約束による甲の供述(自白)の獲得手続の問題点と,そこから派生して得られた証拠の証拠能力を問うことにより,自白法則,違法収集証拠排除法則等の刑事訴訟法の基本原則に対する理解と,これらを踏まえて具体的検討を行う法的思考力を試すものである。

 本問では,不起訴約束によってなされた甲の供述を基にその後の捜査手続が進行し,本件文書及び本件メモの押収に至ったものであることから,まず,起点となる甲の供述の獲得上の問題点について検討する必要がある。

 本問の事案において,甲の供述は,甲の自白として用いる場合には,典型的な不任意自白として,証拠能力が否定されると解される(最判昭和41年7月1日刑集20巻6号537頁参照)。不任意自白の証拠能力が否定される根拠については,見解が分かれており,従来からの伝統的な通説・実務の見解であるいわゆる任意性説(虚偽排除説ないし同説と人権擁護説との併用説)と,いわゆる違法排除説とが説かれている。不起訴約束による甲供述(自白)の獲得手続の問題点については,このような自白の証拠能力に関する見解が指摘する問題を意識しつつ,さらに,それが甲自身ではなく,乙に対する逮捕状請求の疎明資料として用いられることにも留意した検討・論述が求められる。

 甲供述(自白)の獲得手続に派生証拠の証拠能力に影響を及ぼしうるような違法が見いだされた場合(違法収集証拠である第1次証拠から派生して得られた第2次証拠について,いわゆる「毒樹の果実」として,その証拠能力が否定されることがあるのは,第1次証拠排除の趣旨を徹底するためであるとすれば,仮に,甲供述の獲得手続に甲供述自体の証拠能力を失わせるような違法・瑕疵が見いだされる場合であっても,甲供述の証拠能力が否定される趣旨いかんにより,それが当然に,派生証拠の証拠能力にまで影響を及ぼすとは限らない。例えば,虚偽排除の観点から証拠能力が否定される不任意自白の場合,自白を排除する趣旨が派生証拠の証拠能力にまで影響を及ぼすかについては議論の余地がある。),次に,派生証拠の証拠能力をどのような判断枠組みで考えるかが問題になる。この点については,最判昭和53年9月7日(刑集32巻6号1672頁)が一般論として採用する違法収集証拠排除法則を前提に,最高裁及び下級審による多数の裁判例が蓄積されているところ(代表的な判例としては,最判昭和61年4月25日刑集40巻3号215頁,最判平成15年2月14日刑集57巻2号121頁等が存在する。),本設問の解答に当たっても,それらを踏まえつつ,本問の具体的事例に即した検討・論述がなされることが望ましい。派生証拠の証拠能力の判断枠組みとしては,大別すると,先行手続の違法の後行手続への承継という枠組みのもと,先行手続と後行手続との間に一定の関係(前記昭和61年最判によれば,同一目的,直接利用関係)が認められる場合には,先行手続の違法の有無,程度も考慮して後行手続の適法・違法を判断するという考え方と,そのような違法の承継というステップを踏むことなく,先行手続の違法の内容・程度と,先行手続と証拠(証拠収集手続)との関連性の程度とを総合して判断するという考え方とが見られる。前記昭和61年最判は,前者の考え方によるものといえるのに対し,前記平成15年最判については,後者の考え方に親和的であるとの見方もある。いずれの判断枠組みに従うにせよ,本問の具体的事例に即して,前記不起訴約束による甲の供述(自白)獲得手続の問題点についての検討を踏まえ,先行手続の違法性評価を行うことに加えて,その後介在する乙の任意性のある自白とこれを疎明資料とする裁判官による令状審査・発付が,違法手続と証拠との関連性の程度に与える影響をそれぞれ検討する必要があり,それらを踏まえ,また,前記昭和53年最判の示す証拠排除の基準にも留意しつつ,結論を導くに至った思考過程を説得的に論述することが求められる。

 〔設問2〕後段は,本件文書及び本件メモのそれぞれについて,伝聞法則の適用の有無を問うものである。伝聞と非伝聞の区別の理解と,その具体的事実への適用能力を試すことを狙いとする。

 一般に,書面は,その記載内容の意味が問題となる供述証拠として用いられる場合と,その書面の存在・記載自体が証拠としての価値を持つ非供述証拠として用いられる場合との2つの場合があり,その証拠能力を考えるに当たっては,伝聞法則の適用の有無,すなわち,当該証拠が供述証拠に当たるのか否かを検討する必要があるところ,伝聞法則の適用を受ける供述証拠か否かについては,それによって何を証明しようとするのかという,要証事実ないし立証事項が何であるのかが問題となる。そこで,本件文書及び本件メモのそれぞれについて,丙の関与(丙と乙の共謀)を証明するというその証拠調べ請求の狙いに留意した上で,具体的な要証事実を正確に見定めるとともに,それをもとに伝聞・非伝聞の別,伝聞に当たる場合の伝聞例外該当の有無について的確な検討が求められる。

 本件文書は,パソコンで作成されたものであり,その記載と実際になされた本件犯行態様とが一致し,右上には乙のものと認められる筆跡でV方の電話番号と一致する手書き文字が記載されている上,本件文書から丙の指紋が検出された。他方,本件メモは,すべての記載が乙のものと認められる筆跡による手書き文字で,その記載内容は,丙からの電話で通話した内容をメモしたことがうかがわれ,本件犯行態様とも整合するものであった。このような本件文書及び本件メモの具体的差異を意識しつつ,それぞれの書面について,想定される具体的な要証事実との関係で,そこに記載されている内容・事項の真実性を立証するために用いられるものか,それとも書面の存在や記載自体から内容の真実性とは別の事実を立証するために用いられるものかを検討し,伝聞証拠かどうかを判断することが必要となる。

 前記検討の結果,伝聞証拠に当たる場合は,伝聞例外の要件を満たすかどうかを検討すべきことになる。その場合,想定される具体的な要証事実との関係で,当該書面に誰の意思内容が表示されていると見るのかを考えつつ,刑事訴訟法第321条第1項各号のいずれの書面に当たるかを検討した上で,結論を導くことが求められる。

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平成27年司法試験の採点実感等に関する意見(刑事系科目第2問)

1 採点方針等

 本年の問題も,昨年までと同様,比較的長文の事例を設定し,その捜査及び公判の過程に現れた刑事手続法上の問題点について,問題の所在を的確に把握し,その法的解決に重要な具体的事実を抽出・分析した上で,これに的確な法解釈を経て導かれた法準則を適用して一定の結論を導き,その過程を筋道立てて説得的に論述することを求めている。法律実務家になるための基本的学識・法解釈適用能力・論理的思考力・論述能力等を試すことを狙いとするものである。

 出題の趣旨は,公表されているとおりである。

 〔設問1〕は,いわゆる「振り込め詐欺」グループによる詐欺未遂事件に関し,共犯者ではないかと疑われる乙の動静を探っていた司法警察員Pが,乙方マンション居室の隣室のベランダにおいて,乙方ベランダに出て携帯電話で通話を始めた乙の会話を約3分間にわたりICレコーダで録音した【捜査①】,その後,Pらが,隣室において,壁の振動を増幅させて音声を聞き取り可能にする本件機器を用いて,壁に耳を当てても聞こえなかった乙方居室内の音声を約10時間にわたり聞き取りつつ,ICレコーダで録音した【捜査②】について,それぞれの適法性を問うものである。いわゆる強制処分と任意処分の区別,任意処分の限界について,法的判断枠組みを示した上で,設問の事例に現れた具体的事実がその判断枠組みの適用上いかなる意味を持つのかを意識しつつ,【捜査①】及び【捜査②】がそれぞれ強制処分なのか任意処分なのか,各処分が服する法的規律に照らし適法なのか違法なのか,論理的に一貫した検討がなされることを求めている。

 〔設問2〕前段は,不起訴約束によってなされた甲の供述(自白)を基に乙が逮捕され,逮捕後の取調べにおいて乙が任意になした自白を疎明資料として発付された捜索差押許可状による捜索差押えの結果,本件文書及び本件メモが押収されたという事実関係において,その証拠収集上の問題点から,本件文書及び本件メモの証拠能力を問うものである。本件文書及び本件メモが不起訴約束によって得られた甲の供述(自白)の派生証拠に当たることを踏まえ,甲の供述(自白)の獲得手続の問題点と,そこから派生して得られた証拠の証拠能力について,自白法則,違法収集証拠排除法則等の刑事訴訟法の基本原則に対する理解を踏まえた検討を行い,派生証拠の証拠能力が否定される趣旨及びその法的判断枠組みに照らし,設問の具体的事実関係に即した結論を導くことを求めている。

 〔設問2〕後段は,本件文書及び本件メモのそれぞれについて,伝聞法則の適用の有無という観点から証拠能力を問うものである。書面が伝聞証拠に当たるか否かは,それによって証明しようとする要証事実ないし立証事項が何であるのかと関連して決まるという基本的理解を前提に,本件文書及び本件メモのそれぞれについて,丙の関与(丙と乙との共謀)を立証するためには,いかなる事実を証明しようとすることになるのか,その要証事実ないし立証事項との関係で,書面の記載内容の真実性が問題となるのかどうかを具体的に検討し,伝聞法則が適用される場合には,さらに伝聞例外として証拠能力が認められるかどうかについても検討することを求めている。

 採点に当たっては,このような出題の趣旨に沿った論述が的確になされているかに留意した。

 前記各設問は,いずれも捜査及び公判に関し刑事訴訟法が定める制度・手続及びそれに関連する判例の基本的な理解に関わるものであり,法科大学院において刑事手続に関する科目を修得した者であれば,本事例において何を論じるべきかは,おのずと把握できるはずである。〔設問1〕の【捜査①】及び【捜査②】は,会話の秘密録音と呼び得る捜査手法であるが,しばしば「秘密録音」という表題の下に通信傍受との対比で論じられることがあった会話の一方当事者が相手方に秘密で行う会話録音とは,話者と録音者の関係が異なる。また,〔設問2〕前段で問題となる派生証拠の証拠能力も,不起訴約束によって獲得した供述から派生した証拠の証拠能力を問題とする点で,一般に「毒樹の果実」と呼ばれる,違法収集証拠である第1次証拠から派生して得られた第2次証拠の証拠能力という典型的な問題そのものではない。〔設問2〕後段で問題となる書面の伝聞証拠該当性については,問題文により与えられた立証趣旨を前提に検討するのではなく,いわば検察官の立場に身を置いて,当該事件における証拠請求の狙いを踏まえた具体的な要証事実を自ら考えた上で検討することを求めている。これらの点で「ひと捻り」のある出題であるが,いずれも,刑事訴訟法が定める制度・手続やそれらを支える基本原則,関連する判例の理解を前提に,それらを駆使しつつ,事案や問題の特殊性を踏まえた考察を求めるものであり,典型的「論点」に関する表層的・断片的な知識にとどまらない刑事訴訟法の底の深い理解と,それを基礎とした柔軟で実践的な考察力の有無を問うものである。

 

2 採点実感

 各考査委員からの意見を踏まえた感想を述べる。

 〔設問1〕については,【捜査①】及び【捜査②】の各適法性について,事例に即して法的問題を的確に捉え,強制処分と任意処分の区別,任意処分の限界に関して,刑事訴訟法第197条第1項の解釈問題であることを意識しつつ,基本的な判例の内容も踏まえてその判断枠組みを明確にした上で,それぞれの判断に関わる具体的事実を事例中から適切に抽出・整理して意味付けし,それを前記枠組みに当てはめて説得的に結論を導いた答案が見受けられた。

 また,〔設問2〕前段については,供述獲得手続の問題点と,派生証拠の証拠能力に与える影響について,刑事訴訟法上の原則を踏まえて問題点を正確に把握し,本事例に現れた具体的な事情を踏まえて検討を加え,結論を導くに至った思考過程を説得的に論じた答案が見受けられた。

 〔設問2〕後段についても,本件文書及び本件メモの各証拠能力について,伝聞証拠の意義に関する正確な理解を前提に,丙と乙との共謀を証明するために想定される具体的な要証事実を的確に示した上で,伝聞証拠かどうかを判断し,結論を導く答案が見受けられた。

 他方,抽象的な法原則・法概念やそれらの定義,関連する判例の表現を機械的に記述するのみで,具体的事実にこれらを適用することができていない答案や,そもそも基本的な法原則・法概念,判例の理解に誤りがあったり,具体的事実の抽出やその意味の分析が不十分・不適切であったりする答案も見受けられた。

 〔設問1〕においては,【捜査①】及び【捜査②】の各適法性を論じる前提として,各捜査が強制処分か任意処分かを検討する必要がある。強制処分と任意処分の区別の基準について,多くの答案が,「個人の意思を制圧し,身体,住居,財産等に制約を加え」るかどうかという最高裁判例(最決昭和51年3月16日刑集30巻2号187頁)の示す基準や,「相手方の意思に反して,重要な権利・利益を制約する処分かどうか」という現在の有力な学説の示す基準を挙げて検討していた。もっとも,この問題は,刑事訴訟法第197条第1項ただし書の「強制の処分」の意義をどのように解するかという解釈問題であるにもかかわらず,そのことが十分意識されていない答案,そのこととも関係して,強制処分であることと令状主義とを何らの説明も加えることなく直結させ,強制処分が服する法的規律について,法定主義と令状主義とを混同しているのではないかと見られる答案などが散見された。また,強制処分のメルクマールとして,「権利・利益の制約」に着目するとすればそれはなぜか,なぜ「重要な」権利・利益に限られるのか,なぜ「身体,住居,財産等」という判例の文言を「重要な権利・利益」と等置できるのか等の点について,十分な理由付けに欠ける答案が少なくなかった。例えば,「重要な」権利・利益とされる理由について,現在の有力な学説は,現に刑事訴訟法が定めている強制処分との対比(それらと同程度に厳格な要件・手続を定めて保護するに値するだけの権利・利益)や前記最高裁判例で被制約利益として例示されている「身体,住居,財産」が憲法第33条及び同法第35条が保障するような重要で価値が高いものであることなどから,単なる権利・利益の制約ではなく,一定の重要な権利・利益の制約を意味すると解するものであるが,このような点まで意識して論じられている答案は少なく,「真実発見と人権保障の調和」というような極めて抽象的な理由を示すにとどまるものが目立った。

 基準の当てはめに関しては,まず,前記最高裁判例の示す2つの要素のうち「意思の制圧」の側面につき,【捜査①】及び【捜査②】ともに対象者である乙に認識されることなく秘密裏に聴取・録音がなされていることから,現実に乙の明示の意思に反し又はその意思を制圧した事実は認められない点をどのように考えるかが問題となる。この点では,対象者が知らない間になされたこと,あるいは現実に意思を制圧した事実がないことを理由に,直ちに強制処分性を否定し,任意処分と結論付ける答案が少なからず見受けられた一方で,「意思の制圧」はないが重要な権利・利益を侵害・制約するので強制処分であるとするものなど,判例の理解を誤っているのではないかと疑われる答案も見受けられた。そのほか,特に具体的な検討をすることなく「意思の制圧」はあるとするものや,「意思の制圧」の側面について全く言及のないものなども見られた。

 次に,「身体,住居,財産等の制約」の側面については,【捜査①】と【捜査②】とでは対象となった会話の行われた場所や聴取・録音の態様が異なっていることを意識しつつ,「重要な権利・利益の制約」があるといえるか,被制約利益の内容及びその重要性を具体的に検討することが必要である。しかしながら,比較的多くの答案は,【捜査①】及び【捜査②】のいずれについても,被制約利益の内容としては抽象的に「プライバシーの利益」とするのみで,その具体的内容を踏み込んで明らかにすることなく,【捜査①】については,プライバシーの利益が放棄されており,重要な権利・利益の侵害・制約はないが,【捜査②】については,未だプライバシーの利益は放棄されていないから,重要な権利・利益の侵害・制約が認められるなどと結論付けるにとどまり,重要性の評価に関する検討も十分にはなされていなかった。被制約利益の具体的内容やその重要性に関する検討においては,憲法第35条により保障を受けるもの又はそれと同視し得るものと言えるかどうかという観点や,人の聴覚で聴取されることと,機械で録音されて記録されることとの違いといった視点からの検討がなされることも期待したが(後者の点では,公の場所における人の容ぼう等の写真撮影について,個人の私生活上の自由の一つとして「みだりに容ぼう等を撮影されない自由」が認められることを明らかにした上で,一定の場合にその許容性を認めた最大判昭和44年12月24日刑集23巻12号1625頁が参考となり得る),そのような検討がなされている答案は,残念ながら少数にとどまった。

 【捜査①】については,任意処分とした上で,当該捜査が任意捜査として許容される限度のものかを検討する答案が多数を占めたが,その許容性の判断においては,「必要性,緊急性なども考慮したうえ,具体的状況のもとで相当と認められる限度」(前記最決昭和51年)かどうかが吟味されることになる。この判断は,いわゆる「比例原則」に基づくものであり,個別具体的事案において,当該捜査手段により対象者に生じる法益侵害の内容・程度と,捜査目的を達成するため当該手段を用いる必要性との合理的権衡を欠いていないか,両者の比較衡量によって行われるから,実際の判断に当たっては,設問の事例に現れた具体的事実がその判断枠組みにおいてどのような意味を持つのかを意識しながら,一方で,当該捜査手段によりどのような内容の法益がどの程度侵害されるのかを具体的に明らかにしつつ,他方で,対象となる犯罪の性質・重大性,捜査対象者に対する嫌疑の程度,当該捜査によって証拠を保全する必要性・緊急性に関わる具体的事情を適切に抽出して当該捜査手段を用いる必要性の程度を検討し,それらを総合して結論を導く必要がある。しかし,判断基準については,前記最高裁判例の判示に表れる「必要性」,「緊急性」,「相当性」というキーワードを平面的に羅列するにとどまり,「具体的状況のもとで相当と認められる」かどうかの判断構造の理解が十分とはいえない答案も見られた。また,判断基準への当てはめにおいても,被侵害法益の具体的内容を明示しないものや,いわゆる「振り込め詐欺」に対する取締りの一般的な必要性を挙げて捜査の必要性・緊急性を肯定し,それ以上,【捜査①】で会話を聴取・録音することのより具体的な必要性には検討が及んでいないものなど,具体的事情の抽出・評価が不十分であったり,判断基準に即した必要な分析・検討に欠けるような答案が比較的多数見受けられた。特に,本件の場合,「会話は直ちに録音して保全しなければ消失してしまうこと」が録音の必要性(「緊急性」)を基礎づける有力な一事情となり得るが,そのような点にまで注意を払って論じられていた答案は少数にとどまった。なお,【捜査①】について,強制処分か任意処分かを検討するに当たっては,「プライバシーの利益は放棄されており,重要な権利・利益の侵害はない」としつつ,任意捜査の許容限度を論じる段階では,「プライバシー権の侵害を伴う」などと論理的に矛盾するかのような記述をしている答案も見られた。

 【捜査②】については,強制処分であるとする答案が多数を占めたが,その結論を導くに当たっては,前記のとおり,被制約利益の具体的内容やその重要性の評価について,十分な検討が求められる。しかし,通常外部から探知されることのない私的領域内における会話を特別な機器を用いて増幅し,聴取・録音した【捜査②】により制約されるプライバシーの権利の内容・重要性について,例えば,憲法第35条の規制が及び,強制処分であることも明らかな個人の「住居」内への立ち入り・捜索の場合と対比するなどして,説得的な論述ができている答案は少数にとどまった。【捜査②】についても,「意思の制圧」がないことから任意処分であるとする答案が存在したことは,前記のとおりである。また,当該捜査により対象者に生じる法益侵害の内容・程度を考慮して,任意処分としつつ,任意捜査としての許容限度を超えるものとして違法との結論を導くもの,任意処分としつつ,捜査の必要性を強調して適法とするものも見られたが,【捜査②】によって生じる法益侵害の重要性に関する評価・検討において不十分・不適切なものが多かったほか,後者の結論を導くものの中には,結論先行で素直なものの見方ができていないことを感じさせる答案,バランス感覚のずれを感じさせる答案も見受けられた。

 強制処分である場合,強制処分法定主義(刑訴法第197条第1項ただし書)からは,【捜査②】のような捜査手段を直接定めた明文規定は存在しないことから,法定の根拠規定を欠くため違法となるのではないかが問題となる。そして,法定の根拠規定の有無に関して,【捜査②】が強制処分たる「検証」に当たるといえるかを検討し,「検証」に当たらないとすれば,根拠規定を欠くため違法となり,「検証」に当たるとすれば,本件では令状(検証許可状)を得ることなく行ったため違法となるとの結論が導かれることとなる。しかし,そのような検討を行った答案は限られており,単純に「令状なく行っているから違法」としたり,「強制処分だから違法」とするような答案が多く見受けられた。

 なお,本事例において,【捜査①】は,乙方ベランダにおいて携帯電話で通話中の乙の会話を聴取しつつICレコーダで録音したものであり,【捜査②】は,本件機器を用いて乙方室内における音声を聴取しつつ本件機器に接続したICレコーダに録音したものであって,電気通信の過程における通信当事者間の会話を傍受・録音したものではない。答案の中には,「犯罪捜査のための通信傍受に関する法律」に違反するものかどうかを検討したものも少数ながら見られたが,各捜査が同法の規定する通信傍受に該当しないことは明らかであるので,この点を論ずることは必要ない。また,本事例における録音を「いわゆる秘密録音である」と性格付けした上で,【捜査①】について,電話の通話の相手方の利益を考慮するものも見られた。このような答案は,本事例を,これまで「秘密録音」として論じられることが多かった,会話の一方当事者が相手方に無断で秘密裏にその会話を録音し,あるいはその一方の同意を得た第三者が相手方に秘密裏に会話を聴取・録音するという場合と誤解したものと思われるが,本事例の事実関係を正確に把握しそれに即した検討をすることができなかった例といえる。

 〔設問2〕前段については,前提として,「証拠収集上の問題点」の所在を正確に把握することが必要である。本事例は,不起訴約束によってなされた甲の供述(自白)を起点としてその後の捜査手続が進行し,本件文書及び本件メモの押収に至ったものであり,本件文書及び本件メモは,甲の供述(自白)から派生して得られた証拠に当たる。そのことを踏まえた上で,まず,不起訴約束による甲の供述は,甲の自白として用いる場合には,典型的な不任意自白として,自白法則により証拠能力が否定されるものであることにも照らしつつ,その供述獲得手続の問題点を論ずることが求められる。しかし,そもそも不起訴約束によってなされた自白の任意性を検討しなかったり,十分な検討を経ないまま任意性に問題がないとする答案も,少数ではあるが存在した。本事例は,「被疑者が,起訴不起訴の決定権をもつ検察官の,自白をすれば起訴猶予にする旨のことばを信じ,起訴猶予になることを期待してした自白は,任意性に疑いがあるものとして,証拠能力を欠くものと解するのが相当である。」と判示した著名な最高裁判例(最判昭和41年7月1日刑集20巻6号537頁)の事案とほぼ同様の事例であるから,当然,同判例を踏まえた問題点の検討・論述が求められる。仮に同判例を知らなかったとしても,起訴不起訴の決定権をもつ検察官が被疑者に対して自白をすれば起訴猶予にする旨約束することは,被疑者の心理状態に重大な影響をもたらす利益を提示するものであり,自白法則に対する基本的理解を有していれば,当然にこの点を問題として把握し,必要な検討を加えることは可能であったというべきである。これに対し,最高裁判例も存在する典型的な論点であるためか,他の問題点との分量のバランスを失する程度に詳細かつ多量の論述を行っている答案も少なからず見受けられたが,その中には,問題の所在・構造の正確な把握に基づきそれに即した論述ができているかという観点から見て,なぜこの問題を論ずるのかを意識しないまま機械的に論述を行っているだけの答案と共通する問題を感じさせるものも存在した。

 甲の供述について,甲の自白として用いる場合には,不任意自白として証拠能力が否定されるものであるとの前提に立ったとしても,そこから派生証拠の証拠能力を検討する筋道は様々に考えられる。しかし,大部分の答案は,甲の供述獲得手続を何らかの意味で違法とし(したがって,甲の供述を違法収集証拠とし),本件文書及び本件メモをそこから派生した証拠と位置付けて,その証拠能力を検討していた。その場合,不任意自白の証拠能力が否定される根拠についての諸見解を踏まえつつ,甲の供述(自白)獲得手続がどのような意味で違法といえるのかを明らかにする必要がある(なお,甲の供述は,甲に対して用いる場合には,不任意の自白であるが,乙に対する令状請求手続で用いる場合,乙との関係で見れば,第三者の供述であるから,自白法則が適用される自白ではないのではないかという問題もある。しかし,この点を問題にした答案は,ほとんどなかった。)。不任意自白の証拠能力が否定される根拠につき,いわゆる任意性説(虚偽排除説ないし同説と人権擁護説との併用説)の立場に立つ場合,本事例における甲の自白が不任意自白とされる理由は,類型的に虚偽のおそれが大きい点に求められることになろうが,そのことから,供述獲得手続に違法があるといえるかは検討を要する問題である。しかし,この点を意識的に取り上げ検討を試みた答案は少数であり,多くは,格別の説明のないまま,虚偽排除の観点から任意性が認められないこととそのような供述を獲得した手続が違法であることとを直結させ,「甲の自白は虚偽のおそれがあり,任意性が認められず,違法である。」などと論じるにとどまっていた。また,任意性説の立場に立ちつつ,甲に対する供述獲得手続は,甲の「黙秘権」ないしは「供述の自由」を(実質的に)侵害するものとして,違法であるとする答案や,不任意自白の証拠能力が否定される根拠について,いわゆる違法排除説の立場に立ちつつ,不起訴約束は供述獲得手段として違法であるとする答案も相当数見られたが,ここでも,不起訴約束による供述獲得がなぜ「黙秘権」や「供述の自由」の侵害と評価されあるいは違法と評価されるのかについて,具体的な検討ができていた答案は限られ,多くは,結論を示すにとどまっていた。

 なお,任意性説に立ち虚偽排除の観点を貫いた場合,派生証拠の証拠能力を否定する趣旨が,証拠収集手続の瑕疵により第1次証拠の証拠能力を否定する趣旨を徹底することにあるとすれば,正しい事実認定の確保の観点から,類型的に虚偽のおそれが大きい供述が排除されたとしても,そのことから当該供述の派生証拠の証拠能力にまで影響が及ぶ理由はないのではないかとの問題も生じ得る。しかし,このような方向で問題を検討した答案はあまり見られなかった。また,本事例では,甲の供述獲得は後の乙の逮捕及び取調べにつなげることを意図した側面も見られることから,虚偽排除の観点からでも,類型的に虚偽のおそれが大きい不任意の供述を逮捕状の疎明資料に用い得るか,また,そのようにして発付された逮捕状は有効かを問題とする余地などもあったと思われるが,そのような見地から検討した答案も少数にとどまった。

 次に,派生証拠の証拠能力については,関連する最高裁判例(最判昭和61年4月25日刑集40巻3号215頁,最判平成15年2月14日刑集57巻2号121頁等)をも踏まえ,先行手続と後行手続との間に一定の関係が認められる場合に,先行手続の違法の有無,程度も考慮しつつ先行手続の違法の後行手続への承継を判断するという考え方をとるにせよ,先行手続の違法の内容・程度と,先行手続と証拠(証拠収集手続)との関連性の程度とを総合して判断するという考え方をとるにせよ,適切な判断枠組みを示した上で,その枠組みに従い,先行手続に存在する違法の重大性,違法手続と証拠(又はその収集手続)との関連性の密接度や希釈要因となり得る事情について,設問の具体的事例に即した検討・論述を行う必要がある。この点,多くの答案は,前記最判昭和61年の示す「同一目的・直接利用関係」や,前記最判平成15年の示す「密接関連性」等の表現を用いつつ検討を加えていたが,その具体的意味内容や各判例の判示する判断枠組みにおける位置・役割について,理解が十分でないと思われるものも少なくなかった。また,そもそも判断枠組みを示さないまま,具体的事情の検討に進んでいるものも存在した。

 本問では,甲の取調べ,乙の逮捕及び逮捕後の乙の取調べ,並びに,Hマンション705号室の捜索による本件文書及び本件メモの押収は,いずれも手続上は別個のものであって,甲供述,乙供述,本件文書及び本件メモの各証拠は,相互に関連するものとは直ちにいえないが,Pらは,甲の自白が得られたことによって初めて,乙を本件で逮捕して取り調べることが可能となったものであり,その逮捕後の身柄拘束中の取調べの際に乙が自白し,その自白に基づいて捜索差押許可状の発付を得たことにより,本件文書及び本件メモの発見押収に至ったものであるといった事情が存することから,相互に一定の関係性や関連性を認め得るということが可能となるものである。しかし,関連性の検討に当たり,このような点を十分に意識して論じられているといえる答案は少数にとどまり,当然のように関連性が認められることを前提としている答案や,逆に「甲の自白(の獲得手続)は違法であるが,乙の自白は任意になされているので,関連性がない。」と簡単に断じる答案なども,少なからず見受けられた。

 関連性の密接度の検討に当たっては,特に,希釈要因となり得る事情の検討が重要である。この点では,甲の供述獲得から本件文書及び本件メモの押収までの過程に,乙の任意性のある自白が介在している点とともに,前記最判平成15年の判示を踏まえれば,二度の令状審査・発付(乙に対する逮捕状,Hマンション705号室に対する捜索差押許可状)が介在している点が問題となる。これらの点は,比較的多くの答案において何らか言及されていたが,関連性の希釈要因として文字どおり言及ないし摘示される程度の論述にとどまっているものが多く,これらの介在事情が派生証拠の証拠能力判断においてどのような意味を有するものかを掘り下げて検討・論述できていた答案は,少数にとどまった。

 なお,少数ながら,〔設問2〕前段について,いわゆる「反復自白」の問題として,検討・論述がなされている答案が見られたが,設問の事例に表れた具体的事実の把握を誤ったものというほかない。

 〔設問2〕後段については,本件文書及び本件メモの証拠能力に関し,伝聞法則の適用の有無が問題となることは,おおむね理解されていた。ただし,極めて少数ではあったが,想定される要証事実の検討のみに終始し,伝聞の問題を含めて本件文書及び本件メモの証拠能力に関して一切言及がなかった答案も見受けられた。また,本件文書については,伝聞証拠該当性を一切検討することなく,当初から非供述証拠として扱い,関連性の問題等を検討している答案も見受けられた。

 まず,本件文書及び本件メモのような書面が伝聞証拠に当たるか否かについては,要証事実との関係で書面の記載内容の真実性(書面に述べられたとおりの事実の存在)が問題となるか否かを検討する必要があるが,この点は,おおむね理解されていた。ただし,この点を含め伝聞証拠の定義を示すに当たり,内容の真実性の証明に用いられるのは「原供述」,信用性を吟味できないのも「原供述」,伝聞証拠として排除されるのは原供述を含む「公判供述」「書面」という関係が正確に表現できていない答案は殊の外多かった。内容の真実性が問題となるか否かについて,丙と乙との共謀を立証するための証拠として用いられる場合の具体的な要証事実を検討して当てはめる段階では,これを適切に行えた答案とそうでない答案とに大きく分かれた。具体的には,本件文書及び本件メモの体裁や記載内容,設問の事例の具体的事実関係を踏まえて,本件文書及び本件メモのそれぞれについて,丙と乙との共謀を立証するために,各証拠によってどのような事実を立証しようとするのかを具体的に考察し,その事実を立証するためには,各書面に記載された記載内容が真実であることが問題となるかどうかを検討して,適切に結論を導いた答案が見られた一方で,抽象的に「丙と乙との共謀」が要証事実であるとするのみで,それ以上具体的な検討を行わなかった結果,伝聞証拠該当性についても十分な検討を尽くせなかった答案が見られた。また,「想定される具体的な要証事実を検討して」とは,事例中に記載されている「丙と乙との共謀を立証するため」という検察官の証拠調べ請求の狙いを前提に,本件文書及び本件メモを用いて,「丙と乙との共謀」の立証に有用な(その間接事実となる)事実を証明しようとすれば,それぞれどのような事実が想定されるかを検討せよとの意味であるが,それを誤解し,「丙と乙との共謀を立証するため」という検察官の狙い自体を「立証趣旨」と見た上で,丙の公判における争点との関係で,このような立証趣旨を掲げることの当否を検討するというほとんど意味のない作業に労を費やした答案が少なからず見受けられた。

 本件文書については,比較的多数の答案が非伝聞との結論に至っていたが,その論述については,本件文書の記載と実際になされた本件犯行態様とが一致すること及び本件文書から丙の指紋が検出されたことといった設問の具体的事実関係を検討した上で,本件文書を犯行計画を記載した文書(いわゆる犯行マニュアル)とし,その存在自体が謀議の存在及び丙の関与を推認させる事実となるため,その記載内容の真実性が問題となるものではないとして非伝聞との結論を適切に導くことができたものから,本件文書は犯行マニュアルであるとするが,例えば,丙の指紋が付着していたことに言及がない等具体的な事実関係の検討が不十分なもの,丙と乙との共謀を立証するための具体的な要証事実の検討を十分になさないまま,「本件文書は犯行マニュアルであるので,非伝聞である。」と結論付けるものなど,多岐にわたった。

 次に,本件メモは,丙から乙に対して電話で一定の内容の指示がなされた事実を,乙が知覚,記憶し,それをメモの形で表現,叙述したものである。本件メモを丙と乙との共謀を立証するために用いる場合には,本件メモのとおり,丙から乙に対してそこに記載されたような指示がなされたことが要証事実となり,本件メモは,記載内容の真実性の証明に用いられることとなるから,乙の供述書の性質を有する書面として,伝聞証拠に当たることになる(要証事実を推認するには,乙の知覚,記憶,表現,叙述に誤りがないかが問題となる。)。しかし,答案では,これを非伝聞とするものが予想外に多く見受けられた。中でも比較的多く見られたのは,本件メモについて,いわゆる「心理状態を立証するものである」として非伝聞証拠とするものである。しかし,乙が作成した本件メモに叙述された心理状態は,乙の心理状態(意図・計画)でしかなく,本事例の丙の公判において立証されなければならないのは,丙の関与(そのための丙と乙との共謀)であるから,心理状態の供述を記載した書面を記載内容どおりの心理状態の証明に用いる場合,非伝聞として扱うことができるとしても,丙の関与を立証する上で,乙の心理状態を立証することにどのような意味があるかが問題となり,それがないとすれば,そのような事実を要証事実として本件メモを非伝聞とすることは許されないことになる。上記のような答案は,要証事実との関係を意識した検討がなされたか,疑問を感じさせる例である。非伝聞とする理由付けは,他にも様々に見られたが,例えば,「本件メモは,乙が丙との電話で聞いた内容をそのまま書き取ったものであるから,知覚・記憶・表現・叙述の過程に誤りが混入するおそれが認められない」ということを理由に挙げて非伝聞とするもののように,そもそも伝聞法則及び伝聞証拠の意義の正確な理解を欠いているのではないかと疑わせるものも見られた。

 本件メモが伝聞証拠に該当する場合,伝聞例外の要件を満たすかどうかを検討すべきことになるが,伝聞証拠に該当することから直ちに証拠能力が認められないとする答案も僅かながら見受けられた。本問では,丙から乙に対し本件メモに記載されたような指示がなされたことを要証事実とする場合,本件メモは,被告人(丙)以外の者(乙)の供述書となることから,刑事訴訟法第321条第1項第3号の書面となり,伝聞例外の要件としては,①供述不能,②証拠の不可欠性,③絶対的特信情況が必要となるが,この点を適切に検討できていた答案は,思いの外少なかった。その他には,刑事訴訟法第323条各号の書面に該当するかを検討していた答案や,本件メモ中の丙の発言部分を問題として同法第322条や同法第324条の適用を検討する答案,本件メモの写しが検察官調書に添付されていることから同法第321条第1項第2号の適用を検討する答案などが見受けられた。

 答案全体の印象としては,個別の論点ごとの論述をいわば切り貼りしたのみで,全体の論理的整合性を意識できていないものや,なぜその問題を取り上げ論じるのかについての意識が不十分で,検討・論述が一通りあっても表面的なものが少なくなかったが,中には,限られた時間の中で,問題点を的確に捉え,これに応えつつ簡潔にまとめられている答案も見られた。また,問題文の読み間違いに起因するものと思われる誤った事実関係を前提に論述している答案が少なからず見受けられた。その背景には,とにかく知っている論点を探してそれに飛びつくというような答案作成姿勢が影響を及ぼしているのではないかが懸念された。

 なお,本年も,複数の考査委員から,容易に判読できない文字で記載された答案が相当数あったとの指摘があったことを付言する。

 

3 答案の評価

 「優秀の水準」にあると認められる答案とは,〔設問1〕については,事例中の各捜査の適法性について,いかなる法的問題があるかを明確に意識し,強制処分と任意処分の区別,任意処分の限界について,法律の条文とその趣旨,基本的な判例の正確な理解を踏まえつつ,的確な法解釈論を展開して基準を示した上で,【捜査①】及び【捜査②】のそれぞれについて,個々の事例中に現れた具体的事実を踏まえつつ,強制処分と任意処分の区別については,各捜査によって制約される権利・利益の内容・重要性を明らかにして,また,任意処分の限界については,被制約利益の把握を前提に,そのような捜査を行う必要性をさらに具体的に明らかにして,上記基準を適用し,結論を導くことができた答案であり,〔設問2〕については,設問前段では,問題の所在・構造を的確に把握した上で,甲の供述(自白)獲得手続の問題点について,自白法則の解釈にも照らしつつ検討を加え,さらに,判例の理解を踏まえつつ,派生証拠の証拠能力の判断枠組みを示した上で,特に関連性の希釈要因について,具体的事例に即して提示・検討し,結論を導いた答案,設問後段では,伝聞法則の正確な理解を前提に,本件文書及び本件メモのそれぞれについて,「丙と乙との共謀を立証する」ために用いる場合の要証事実を具体的に検討・提示した上で,伝聞か非伝聞か,伝聞であれば伝聞例外に当たるかを検討できた答案である。しかし,このように,出題の趣旨に沿った十分な論述がなされている答案は,僅かであった。

 「良好の水準」に達していると認められる答案とは,〔設問1〕については,各捜査の適法性を検討するに当たって検討をすべき問題点に関し,判例を踏まえた法解釈を行い,一定の基準を示すことはできていたが,必要な理由付けに不十分な点が見られたり,事例の具体的事実を踏まえた検討は一応できてはいたが,【捜査①】及び【捜査②】のそれぞれにより制約される権利・利益の把握,その重要性の評価,任意処分の限界において考慮される捜査の必要性に関わる事情の把握等において,ポイントとなる事実の抽出や踏み込んだ分析にやや物足りなさが残るような答案であり,〔設問2〕については,それぞれの問題について,証拠法の基本原則に対する基本的理解を前提とした一応の論述がされているものの,設問前段では,甲の供述(自白)獲得手続の問題点の検討,判例をも踏まえた派生証拠の証拠能力の判断枠組みの提示,関連性の希釈要因の提示・検討のいずれかに不十分さも残るような答案,設問後段では,伝聞・非伝聞の検討は一応できているが,伝聞例外の検討に不十分さを残したり,具体的な要証事実の捉え方ないし表現に不十分さを残すような答案である。

 「一応の水準」に達していると認められる答案とは,〔設問1〕については,一応の法的基準は示されているものの,問題の位置付けや結論に至る過程が十分明らかにされていなかったり,【捜査①】及び【捜査②】のそれぞれにより制約される権利・利益の把握が抽象的で,重要性の評価の理由付けが不十分であったり,任意処分の限界において考慮される捜査の必要性に関わる事情として事案の重大性や嫌疑の程度等を機械的に挙げるにとどまるものなど,具体的事実の抽出や当てはめに不十分な点があったり,法解釈について十分に論じられていない点がある等の問題はあるものの,事例に対し一応の結論は導き出すことができていた答案であり,〔設問2〕については,それぞれの問題について,一応の論述がなされているものの,例えば,設問前段では,不起訴約束により得られた自白が不任意自白とされる理由を十分に検討することなく,甲の自白の任意性を否定した上,そこから直ちに取調べも違法であるとしたり,派生証拠の証拠能力の十分な判断枠組みを提示しないまま,乙の自白に任意性が認められること等希釈要因の一部を挙げて,関連性が弱いと結論付けるなど,結論を導くに至る検討に不十分さが目立つものであり,設問後段では,本件文書,本件メモの伝聞・非伝聞について,一応の結論は導かれているものの,「具体的な要証事実を検討して」の意味が十分に理解されていないとうかがわれるものや,本件文書については,具体的事例を踏まえて,非伝聞との結論が導けているが,本件メモについては,具体的な要証事実の検討が不十分なまま,心理状態を立証するものであるなどとして,非伝聞との結論を導くなど,設問の要求あるいは事案に照らし,検討の不十分な点も目立つような答案である。

 「不良の水準」にとどまると認められる答案とは,上記の水準に及ばない不良なものをいう。例えば,刑事訴訟法上の基本的な原則の意味を理解することなく機械的に暗記し,これを断片的に記述しているだけの答案や,関係条文・法原則を踏まえた法解釈を論述・展開することなく,単なる印象によって結論を導くかのような答案等,法律学に関する基本的学識と能力の欠如が露呈しているものである。例を挙げれば,〔設問1〕では,強制処分と任意処分の区別につき,判例の示す規範を挙げつつ,【捜査①】及び【捜査②】のいずれについても,被処分者の知らない間に行われていることを理由に,「意思の制圧」がないとして任意処分と結論付けた上,抽象的な捜査の必要性を過度に強調して適法と結論付けるような答案,〔設問2〕では,設問前段につき,甲の供述獲得手続に何らの問題もないとするような答案,設問後段につき,本件文書及び本件メモについて,いずれも具体的要証事実を挙げて伝聞証拠該当性を検討することなく,非伝聞証拠とするような答案がこれに当たる。

 

4 法科大学院教育に求めるもの

 このような結果を踏まえると,今後の法科大学院教育においては,従前の採点実感においても指摘されてきたとおり,刑事手続を構成する各制度の趣旨・目的を基本から深くかつ正確に理解すること,重要かつ基本的な判例法理を,その射程距離を含めて正確に理解すること,これらの制度や判例法理を具体的事例に当てはめ適用できる能力を身に付けること,論理的で筋道立てた分かりやすい文章を記述する能力を培うことが強く要請される。特に,法適用に関しては,生の事例に含まれた個々の事情あるいはその複合が法規範の適用においてどのような意味を持つのかを意識的に分析・検討し,それに従って事実関係を整理できる能力の涵養が求められる。また,実務教育との有機的連携の下,通常の捜査・公判の過程を俯瞰し,刑事手続の各局面において,各当事者がどのような活動を行い,それがどのように積み重なって手続が進んでいくのか,刑事手続上の基本原則や制度がその過程の中のどのような局面で働くのか等,刑事手続を動態として理解しておくことの重要性を強調しておきたい。

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