平成30年新司法試験刑事系第1問(刑法)

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[刑事系科目]

〔第1問〕(配点:100)

  次の【事例】を読んで,後記の〔設問1〕から〔設問3〕までについて,具体的な事実を指摘しつつ答えなさい。

【事例1】

1 甲(男性,17歳)は,私立A高校(以下「A高校」という。)に通う高校2年生であり,A高校のPTA会長を務める父乙(40歳)と二人で暮らしていた。

2 7月某日,甲は,他校の生徒と殴り合いのけんかをして帰宅した際,乙から,顔が腫れている理由を尋ねられ,他校の生徒とけんかをしたことを隠そうと思い,とっさに乙に対し,「数学の丙先生から,試験のときにカンニングを疑われた。カンニングなんかしていないと説明したのに,丙先生から顔を殴られた。」とうその話をしたところ,乙は,その話を信じた。
 乙は,かねてから丙に対する個人的な恨みを抱いていたことから,この機会に恨みを晴らそうと思い,丙が甲に暴力を振るったことをA高校のPTA役員会で問題にし,そのことを多くの人に広めようと考えた。そこで,乙は,PTA役員会を招集した上,同役員会において,「2年生の数学を担当する教員がうちの子の顔を殴った。徹底的に調査すべきである。」と発言した。なお,同役員会の出席者は,乙を含む保護者4名とA高校の校長であり,また,A高校2年生の数学を担当する教員は,丙だけであった。

3 前記PTA役員会での乙の発言を受けて,A高校の校長が丙やその他の教員に対する聞き取り調査を行った結果,A高校の教員25名全員に丙が甲に暴力を振るったとの話が広まった。丙は,同校長に対し,甲に暴力を振るったことを否定したが,当分の間,授業を行うことや甲及び乙と接触することを禁止された。

〔設問1〕 【事例1】における乙の罪責について,論じなさい(業務妨害罪及び特別法違反の点は除く。)。
なお,乙には,公益を図る目的はなかったものとする。

【事例2】

4 丙は,甲及び乙との接触を禁止されていたが,乙に対し,前記PTA役員会での乙の発言の理由を直接尋ねたいと考え,8月某日午後10時に乙を町外れの山道脇の駐車場に呼び出した。
乙は,丙と直接話をするに当たり,甲が丙から顔を殴られたことについて,甲に改めて確認しておこうと思い,甲に対し,「今日の午後10時に山道脇の駐車場で丙と会うことになった。あの話は本当だよな。」と尋ねた。甲は,乙と丙が直接話合いをすることを知り,このままうそをつき通すことはできないと思い,乙に対し,うそであることを認めて謝った。乙は,甲がうそをついていたことに怒り,「なぜ,うそをついたんだ。」と怒鳴りながら,甲の顔を複数回殴って叱責した。

5 同日午後10時頃,乙は,自動車を運転して,前記駐車場まで行き,同駐車場に自動車を駐車して自動車から降りると,同駐車場において,既に到着していた丙と向かい合って,話を始めた。そして,丙が乙に前記PTA役員会での乙の発言の理由を尋ねたところ,乙は,「息子もうそだと認めたので,この話は,これで終わりだ。」と言い,一方的に話を終わらせ,自己の自動車の方に向かって歩き出した。丙は,乙の態度に納得できずに「まだ話は終わっていない。」と言って乙を追い掛けたところ,乙は,急いで自動車に乗り込もうとした際,石につまずいて転倒し,額をコンクリートブロックに強く打ち付け,額から血を流して意識を失った。丙は,乙が額から血を流して意識を失ったことに驚き,その場から立ち去った。

6 甲は,乙と丙の話合いがどうなったかが気になり,同日午後10時30分頃,バイクを運転して前記駐車場に向かい,同駐車場で倒れている乙を発見した。甲は,同駐車場に止めたバイクにまたがったまま,乙に「親父。大丈夫か。」と声を掛けたところ,これにより乙が意識を取り戻して立ち上がった。乙は,甲が同駐車場にいることには気付かず,自己の自動車を駐車した場所に向かおうとしたが,意識がはっきりとしていなかったため,その場所とは反対方向の崖に向かって歩き出し,約10メートル歩いた崖近くで転倒して意識を失った。
山道脇の駐車場には,街灯がなく,夜になると車や人の出入りがほとんどなかった。さらに,乙が転倒した場所は,草木に覆われており,山道及び同駐車場からは倒れている乙が見えなかった。もっとも,乙が崖近くで転倒した時点では,乙の怪我の程度は軽傷であり,その怪我により乙が死亡する危険はなかった。しかし,乙が転倒した場所のすぐそばが崖となっており,崖から約5メートル下の岩場に乙が転落する危険があった。

7 甲は,バイクから降りて,乙に近づいて乙の様子を見ており,乙の怪我が軽傷であること,乙が転倒した場所のすぐそばが崖となっており,崖下の岩場に乙が転落する危険があることを認識していた。また,乙が崖近くで転倒した時点で,同駐車場に駐車中の乙の自動車の中に乙を連れて行くなどすれば,乙が崖下に転落することを確実に防止することができたし,甲は,それを容易に行うことができた。
 しかし,甲は,丙から顔を殴られたという話がうそであることを認めて謝ったのに,乙から顔を複数回殴られ叱責されたことを思い出し,乙を助けるのをやめようと考え,乙の救助を一切行うことなく,その場からバイクで走り去った。

8 その後,甲が自宅に到着した頃,乙は,意識を取り戻して起き上がろうとしたが,崖に向かって体を動かしたため,崖下に転がり落ち,後頭部を岩に強く打ち付け,後頭部から出血して意識を失った。この時点で,乙の怪我の程度は重傷であり,乙が意識を失ったまま崖下に放置されれば,その怪我により乙が死亡する危険があった。

9 同日午後11時30分頃,乙は,意識を取り戻し,自己の携帯電話機で119番通報を行い,臨場した救急隊員により救助され,搬送先の病院で緊急手術を受けて一命を取り留めた。

〔設問2〕 【事例2】における甲の罪責について,以下の⑴及び⑵に言及しつつ,論じなさい(特別法違反の点は除く。)。
⑴ 不作為による殺人未遂罪が成立するとの立場からは,どのような説明が考えられるか。
⑵ 保護責任者遺棄等罪(同致傷罪を含む。)にとどまるとの立場からは,不作為による殺人未遂罪が成立するとの立場に対し,どのような反論が考えられるか。

〔設問3〕 【事例2】の6から9までの事実が以下の10及び11の事実であったとする。

10 甲は,乙と丙の話合いがどうなったかが気になり,同日午後10時30分頃,バイクを運転して山道脇の駐車場に向かい,同駐車場で意識を失って倒れている丁を発見した。丁は,甲とは無関係な者であるが,その怪我の程度は重傷であり,そのまま放置されれば,その怪我により死亡する危険があった。
 甲は,丁の体格や着衣が乙に似ていたこと,同駐車場に乙の自動車が駐車されていたこと,夜間で同駐車場には街灯がなく暗かったことから,丁を乙と誤認した。

11 甲は,重傷を負った乙が死んでも構わないと思いつつ,乙と誤認した丁の救助を一切行うことなく,その場からバイクで走り去った。その後,丁は,意識を取り戻し,自己の携帯電話機で119番通報を行い,臨場した救急隊員により救助され,搬送先の病院で緊急手術を受けて一命を取り留めた。
 なお,甲と同じ立場にいる一般人でも,丁を乙と誤認する可能性が十分に存在した。また,同駐車場には,丁以外にも負傷した乙が倒れており,甲は,乙の存在に気付いていなかったが,丁を救助するために丁に近づけば,容易に乙を発見することができた。

  この場合,甲には無関係の丁を救助する義務は認められないので殺人未遂罪は成立しないとの主張に対し,親に生じた危難について子は親を救助する義務を負うとの立場を前提に,甲に同罪が成立すると反論するには,どのような構成が考えられるかについて,論じなさい。

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