[公法系科目]
〔第1問〕(配点:100)
20XX年,A市において,我が国がほぼ全面的に輸入に頼っている石油や石炭の代替となり得る新たな天然ガス資源Yが大量に埋蔵されていることが判明し,民間企業による採掘事業計画が持ち上がった。その採掘には極めて高い経済効果が見込まれ,A市の税収や市民の雇用の増加も期待できるものであった。
ただし,Y採掘事業には危険性が指摘されている。それは,採掘直後のYには人体に悪影響を及ぼす有害成分が含まれており,採掘の際にその有害成分が流出・拡散した場合,採掘に当たる作業員のみならず,周辺住民に重大な健康被害を与える危険性である。この有害成分を完全に無害化する技術は,いまだ開発されていなかった。また,実際,外国の採掘現場において,健康被害までは生じなかったが,小規模の有害成分の流出事故が起きたこともあった。そのため,A市においては,Y採掘事業に関して市民の間でも賛否が大きく分かれ,各々の立場から活発な議論や激しい住民運動が行われることとなった。
BとCは,A市に居住し,天然資源開発に関する研究を行っている大学院生であった。Bは,Yが有力な代替エネルギーであると考えているが,その採掘には上記のような危険性があることから,この点に関する安全確保の徹底が必要不可欠であると考えている。これに対して,Cは,上記のような危険性を完全に回避する技術の開発は困難であり,安全性確保の技術が向上したとしてもリスクが大きいと確信しており,Y採掘事業は絶対に許されないと考えている。
ところで,この頃,Bの実家がある甲市でもYの埋蔵が判明しており,Y採掘事業への賛否をめぐり,甲市が主催するYに関するシンポジウム(以下「甲市シンポジウム」という。)が開催されていた。甲市シンポジウムは,地方公共団体が主催するものとしては,日本で初めてのシンポジウムであった。Bは,実家に帰省した際,甲市シンポジウムに参加し,一般論として上記のような自らの考えを述べた。その上で,Bは,A市におけるY採掘事業計画を引き合いに出して,作業員や周辺住民への健康被害の観点から安全性が十分に確保されているとはいえず,そのような現状においては当該計画に反対せざるを得ない旨の意見を述べた。
他方で,Cは,甲市シンポジウムの開催を知り,その開催がA市を含む全国各地におけるY採掘事業に途を開くことになると考えた。そこで,Cは,甲市シンポジウムの開催自体を中止させようと思い,Yの採掘への絶対的な全面反対及び甲市シンポジウムの即刻中止を拡声器で連呼しながらその会場に入場しようとした。そして,Cは,これを制止しようとした甲市の職員ともみ合いになり,その職員を殴って怪我を負わせ,傷害罪で罰金刑に処せられた。ただし,この事件は,全国的に大きく報道されることはなかった。
その後,Yの採掘の際に上記の有害成分を無害化する技術の改善が進んだ。A市は,そのような技術の改善を踏まえ,Y採掘事業を認めることとした。他方で,それでもなお不安を訴える市民の意見を受け,A市は,その実施に向けて新しい専門部署として「Y対策課」を設置することとした。Y対策課の設置目的は,将来実施されることとなるY採掘事業の安全性及びこれに対する市民の信頼を確保することであり,その業務内容は,Y採掘事業に関し,情報収集等による安全性監視,事業者に対する安全性に関する指導・助言,市民への対応や広報活動,異常発生時の市民への情報提供,市民を含めた関係者による意見交換会の運営等をすることであった。
そして,A市は,Y対策課のための専門職員を募集することとした。その募集要項において,採用に当たっては,Y対策課の設置目的や業務内容に照らし,当該人物がY対策課の職員としてふさわしい能力・資質等を有しているか否かを確認するために6か月の判定期間を設け,その能力・資質等を有していると認められた者が正式採用されると定められていた。
上記職員募集を知ったBは,Yの採掘技術が改善されたことを踏まえてもなお,いまだ安全性には問題が残っているので,現段階でもY採掘事業には反対であるが,少しでもその安全性を高めるために,新設されるY対策課で自分の専門知識をいかし,市民の安全な生活や安心を確保するために働きたいと考え,Y対策課の職員募集への応募書類を提出した。他方,Cは,以前同様にY採掘事業は絶対に許されないと考えていた。Cは,Y対策課の職員になれば,Y採掘事業の現状をより詳細に知ることができるので,それをY採掘事業反対運動に役立てようと思い,Y対策課の職員募集への応募書類を提出した。
他方,Cは,以前同様にY採掘事業は絶対に許されないと考えていた。Cは,Y対策課の職員になれば,Y採掘事業の現状をより詳細に知ることができるので,それをY採掘事業反対運動に役立てようと思い,Y対策課の職員募集への応募書類を提出した。
A市による選考の結果,BとCは,Yについてこれまで公に意見を述べたことがなかったDら7名(以下「Dら」という。)とともに,Y対策課の職員として採用されることとなった。しかし,その判定期間中に,外部の複数の者からA市の職員採用担当者に対して,Bについては甲市シンポジウムにおいて上記のような発言をしていたことから,また,Cについては甲市シンポジウムにおいて上記のような言動をして事件を起こし,前科にもなっていることから,いずれもY対策課の職員としては不適格である旨の申入れがなされた。そこで,A市の職員採用担当者がBとCに当該事実の有無を確認したところ,両名とも,その担当者に対し,それぞれ事実を認めた。その際,Bは,Y採掘事業には安全確保の徹底が必要不可欠であるところ,A市におけるY採掘事業には安全性にいまだ問題が残っているので,現段階では反対せざるを得ないが,少しでもその安全性を高めるために働きたいとの考えを述べた。また,Cは,Y採掘事業の危険性を完全に回避する技術の開発は困難であり,安全性確保の技術が向上したとしてもリスクが大きく,Y採掘事業は絶対に許されないとの考えを述べた。その後,BとCの両名は,判定期間の6か月経過後に正式採用されず,Dらのみが正式採用された。
BとCは正式採用されなかったことを不満に思い,それぞれA市に対し,正式採用されなかった理由の開示を求めた。これに対して,A市は,BとCそれぞれに,BとCの勤務実績はDらと比較してほぼ同程度ないし上回るものであったが,いずれも甲市シンポジウムでのY採掘事業に反対する内容の発言等があることや,Y採掘事業に関するそれぞれの考えを踏まえると,Y対策課の設置目的や業務内容に照らしてふさわしい能力・資質等を有しているとは認められなかったと回答した。
Bは,Cと自分とでは,A市におけるY採掘事業に関して公の場で反対意見を表明したことがある点では同じであるが,その具体的な内容やその意見表明に当たってとった手法・行動に大きな違いがあるにもかかわらず,Cと自分を同一に扱ったことについて差別であると考えている。また,Bは,自分と同程度あるいは下回る勤務実績の者も含まれているDらが正式採用されたにもかかわらず,A市におけるY採掘事業に反対意見を持っていることを理由として正式採用されなかったことについても差別であると考えている。さらに,差別以外にも,Bは,Y採掘事業を安全に行う上での基本的条件に関する自分の意見・評価を甲市シンポジウムで述べたことが正式採用されなかった理由の一つとされていることには,憲法上問題があると考えている。
そこで,Bは,A市を被告として国家賠償請求訴訟を提起しようと考えた。
〔設 問1〕(配点:50)
⑴ あなたがBの訴訟代理人となった場合,Bの主張にできる限り沿った訴訟活動を行うという観点から,どのような憲法上の主張を行うか。(配点:40)なお,市職員の採用に係る関連法規との関係については論じないこととする。また,職業選択の自由についても論じないこととする。
⑵ ⑴における憲法上の主張に対して想定されるA市の反論のポイントを簡潔に述べなさい。(配点:10)
〔設 問2〕(配点:50)
設問1⑴における憲法上の主張と設問1⑵におけるA市の反論を踏まえつつ,あなた自身の憲法上の見解を論じなさい。
本年は,平等の問題と表現の自由の問題を問うこととした。本年の問題も,憲法上の基本的な問題の理解や,その上での応用力を見ようとするものである。しかし,問題の構成については,次の点で従来のものを変更した。
まず,従来は,「被告の反論」を「あなた自身の見解」を中心とする設問2に置いていたが,それを「原告の主張」と対比する形で設問1に置き,さらに,各設問の配点も明記することにした。これまで出題側としては,「被告の反論」の要点を簡潔に記述した上で,「あなた自身の見解」を手厚く論じることを期待して,その旨を採点実感等に関する意見においても指摘してきたが,依然として「被告の反論」を必要以上に長く論述する答案が多く,そのことが本来であれば手厚く論じてもらいたい「あなた自身の見解」の論述が不十分なものとなる一つの原因になっているのではないかと考えたからである。そこで,本年は,「原告の主張」と「被告の反論」の両者を設問1の小問として論じさせることとし,かつ,配点を明記することによって,「被告の反論」について簡にして要を得た記述を促し,ひいては「あなた自身の見解」の論述が充実したものとなることを期待した。
また,論文式試験においては,設問の具体的事案のどこに,どのような憲法上の問題があるのかを的確に読み取って発見する能力自体も重視される。しかし,本年は,論述の出発点である原告となるBが憲法との関係で主張したい点を問題文中に記載することとした。これは,後述するように,本問には平等に関してこれまで論じられてきた典型的な問題とは異なる問題も含まれており,この点も含めてひとまず平等に着目した論述を期待する見地からである。また,平等の問題と表現の自由の問題は,いずれも多くの論点を含む憲法上の基本的な問題であるため,着眼点を具体的に示すことで,その分,論述内容の充実を求めたいとの考えもあった。そこで,本年は,原告となるBが主張したい点につき問題文中で明記するとともに,設問1において,「Bの主張にできる限り沿った訴訟活動を行うという観点から」との条件を付した。
本年の問題の一つは平等である。憲法第14条第1項の「法の下の平等」について,判例・多数説は,絶対的平等ではなく,相対的平等を意味するとしている。この平等に関し,原告となるBは,Dらとの比較において,これまで論じられてきた問題を提起しているほか,Cとの比較において,「違う」のに「同じ」に扱われたという観点からの問題も提起している。平等が問題となる具体的事例においては,何が「同じ」で,何が「違う」のかを見分けることが議論の出発点となることから,本問でも,まずは,Bの主張を踏まえ,「同じ」点と「違う」点についての具体的な指摘とその憲法上の評価が求められることとなる。その上で,憲法が要請する平等の本質等にも立ち返りつつ,自由権侵害とは異なる場面としての平等違反に関する判断枠組みをどのように構成するかが問われることになる。
そして,典型的な問題であるDらとの比較については,判定期間中のBの勤務実績は,正式採用された「Dらと比較してほぼ同程度ないし上回るものであった」にもかかわらず,A市は,Dらを正式採用する一方で,「Y採掘事業に関する・・・考えを踏まえると,Y対策課の設置目的や業務内容に照らしてふさわしい能力・資質等を有しているとは認められなかった」として,Bを正式採用しなかったことについての検討が必要となる。すなわち,Bは,「Yが有力な代替エネルギーであると考えているが,その採掘には・・・危険性があることから,この点に関する安全確保の徹底が必要不可欠であると考えて」おり,Y採掘事業の必要性や有益性を認めているが,その採掘においては種々の危険があるので,安全性が最重要と考えている者である。この場合,天然資源開発に伴う危険性を踏まえ,その安全性の確保を最重要視する考え自体が不当な考えであるとは言えないはずである。それにもかかわらず,A市が上述のような考えを持つBを正式採用せず,ほぼ同程度ないし下回る勤務実績のDらを正式採用したことは,天然資源開発における安全性の確保という言わば当然とも言うべき基本的な考え自体を否定的に評価するもので,憲法第14条第1項で例示されている「信条」に基づく不合理な差別となるのではないかという検討が必要である。
また,本年の問題で,原告となるBは,Cと「違う」にもかかわらずCと「同じ」に扱われて正式採用されなかったという点からも問題提起をしている。ここで問題となるのは,BとCはいずれも正式採用されなかったところ,Y採掘事業に関する両者の意見は,結論としては反対意見の表明という共通性があるとしても,その具体的な内容が違うことに加え,BとCがそれぞれの意見表明に当たってとった手法・行動等も違うことである。したがって,ここでは,こうしたBとCとの具体的な「違い」を憲法上どのように評価するかを踏まえた論述が求められる。
本年のもう一つの問題は,表現の自由である。すなわち,Bは,自分の意見・評価を甲市シンポジウムで「述べたこと」が正式採用されなかった理由の一つとされたことを問題視しているので,そこでは,内面的精神活動の自由である思想の自由の問題よりも,外面的精神活動の自由である表現の自由の問題として論じることが期待される。その際には,意見・評価を述べること自体が直接制約されているものではないことを踏まえつつ,「意見・評価を甲市シンポジウムで述べたこと」が正式採用されなかった理由の一つであることについて,どのような意味で表現の自由の問題となるのかを論じる必要がある。そのような観点からは,上述のような理由により正式採用されないことは,Bのみならず,一般に当該問題について意見等を述べることを萎縮させかねないこと(表現の自由に対する萎縮効果)をも踏まえた検討が必要となる。
その上で,この点に関しては,正式採用の直前においてもBが反対意見を述べていることなどから惹起される「業務に支障を来すおそれ」の有無についての検討も必要となる。その検討に当たっては,外面的精神活動の自由である表現の自由の制約に関する判断枠組みをどのように構成するかが問われることとなるところ,例えば,内容規制と評価し,表現の自由が問題となった様々な判例を踏まえた判断枠組みも考えられるであろう。どのように判断枠組みを構成するかは人それぞれであるが,いずれにしても,一定の判断枠組みを用いる場合には,学説・判例上で議論されている当該判断枠組みがどのような内容であるかを正確に理解していることが必要である。その上で,本問においてなぜその判断枠組みを用いるのかについての説得的な理由付けも必要であるし,判例を踏まえた論述をする際には,単に判例を引用するのではなく,当該判例の事案と本問との違いも意識した論述が必要となる。
平成27年司法試験の採点実感等に関する意見(公法系科目第1問)
1 はじめに
本年は,出題の趣旨でも触れたとおり,従来の出題とは問題の構成を変更した。しかし,憲法上の基本的な問題の理解や,その上での応用力を見ようとする問題であることに変わりはない。したがって,本年においても,そうした問題であることを前提に,事案の正確な読解ができているか,憲法上問題となる点をきちんと把握して憲法問題として構成できているか,当該問題に関連する条文や判例に対する理解が十分であるか,実務家としての法的な思考や論述といった観点から見てどうか,などの視点から採点を行っている。その上で,主として答案に欠けているものを指摘するという観点から,採点に当たって気付いた点について述べると,以下のとおりである。これらも参考にしつつ,より良い論述ができるように努力を重ねてほしい。優秀な答案に特定のパターンはなく,良い意味でそれぞれに個性的である。
2 総論
⑴ 全体構成等について
⑵ 設問1のBの訴訟代理人の主張及びA市の反論について
⑶ 設問2の「あなた自身の見解」について
⑷ 判断の枠組みの定立について
⑸ その他
3 平等について
4 表現の自由について
5 その他一般的指摘事項
⑴ 論述のバランス
⑵問題文の読解及び答案の作成一般
⑶ 形式面