平成27年新司法試験公法系第2問(行政法)

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行制処分の違法事由としての裁量判断の合理性欠如 - 行政裁量と法令解釈
義務付け訴訟及び差止訴訟 - 差止訴訟の訴訟要件と本案主張
損失補償請求権に関する検討能力 - 損失補償の要否及び内容

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[公法系科目]

 

 〔第2問〕(配点:100〔〔設問1〕〔設問2〕〔設問3〕の配点割合は,2:5:3〕)

  株式会社Xは,指定数量以上の灯油を取り扱うため,消防法第10条第1項及び危険物の規制に関する政令(以下「危険物政令」という。)第3条第4号所定の一般取扱所に当たる取扱所(以下「本件取扱所」という。)につき,平成17年にY市長から消防法第11条第1項による設置許可を受け,灯油販売業を営んでいた(消防法その他の関係法令については【資料1】参照)。本件取扱所は,工業地域に所在し,都市計画法及び建築基準法上,適法に建築されている。建築基準法上は,都市計画法上の用途地域ごとに,一般取扱所を建築できるか否かが定められ,建築できる用途地域については,工業地域を除き,一般取扱所で取り扱うことのできる危険物の指定数量の倍数(取扱所の場合,当該取扱所において取り扱う危険物の数量を当該危険物の指定数量で除して得た値を指す。以下「倍数」という。)の上限が規定されているが,工業地域については,倍数の制限なく一般取扱所を建築できることとされている。本件取扱所において現在取り扱われている倍数は55である。

  ところが,本件取扱所から18メートル離れた地点において,株式会社Aが葬祭場(以下「本件葬祭場」という。)の建築を計画し,平成27年1月にY市建築主事から建築確認(以下「本件建築確認」という。)を受けた上で,建築工事を完了させ,同年5月末には営業開始を予定している。本件葬祭場の所在地は,平成17年の時点では第一種中高層住居専用地域とされていたため,都市計画法及び建築基準法上,葬祭場の建築は原則として不可能であったが,平成26年に,Y市長が都市計画法に基づき第二種中高層住居専用地域に指定替えする都市計画決定(以下「本件都市計画決定」という。)を行い,葬祭場の建築が可能になった。本件建築確認及び本件都市計画決定は,いずれも適法なものであった。本件葬祭場の営業開始が法的な問題を発生させるのではないかという懸念を抱いたXの社員Bが,Y市の消防行政担当課に問い合わせたところ,同課職員Cは次のような見解を示した。

 

 ⑴ 本件葬祭場は,一般的な解釈に従えば,危険物政令第9条第1項第1号ロの「学校,病院,劇場その他多数の人を収容する施設で総務省令で定める」建築物(以下,同号に定める建築物を「保安物件」という。)に当たるから,危険物政令第19条第1項により準用される危険物政令第9条第1項第1号本文にいう距離(以下「保安距離」という。)として,本件取扱所と本件葬祭場との間は30メートル以上を保たなければならない。

 ⑵ ただし,保安距離は,危険物政令第19条第1項により準用される危険物政令第9条第1項第1号ただし書によって,市町村長が短縮することができる。Y市は,保安距離の短縮に関して内部基準(以下「本件基準」という。【資料2】参照)を定めている。本件基準は,①一般取扱所がいずれの用途地域に所在するかに応じて,倍数の上限(以下「短縮条件」という。),②保安物件の危険度(保安物件の立地条件及び構造により判定される。)及び種類,並びに一般取扱所で取り扱う危険物の量(倍数)及び種類ごとに,短縮する場合の保安距離の下限(以下「短縮限界距離」という。),③取扱所の高さ,保安物件の高さ及び防火性・耐火性,並びに両者間の距離から算定される,必要な防火塀の高さを定めている。そして,本件基準は,これら3つの要件が全て満たされる場合に限り,保安距離を短縮することができるとしている。本件基準によれば,本件取扱所が所在する工業地域における短縮条件としての倍数の上限は50であり,第二石油類に該当する灯油を取扱い,かつ,倍数が10以上の本件取扱所及び本件葬祭場に適用される短縮限界距離は20メートルである。

 ⑶ 本件葬祭場が営業を始めた場合,本件取扱所は,上記①及び②の要件を満たさないため,保安距離を短縮することができず,消防法第10条第4項の技術上の基準に適合しないこととなる。そこで,Y市長としては,消防法第12条第2項に基づき,Xに対し,本件取扱所を本件葬祭場から30メートル以上離れたところに移転すべきことを求める命令(以下「本件命令」という。)を発する予定である。

   Xとしては,本件基準③の定める高さより高い防火塀を設置すること,及び危険物政令で義務付けられた水準以上の消火設備を増設することについては,技術的にも経営上も可能であり,実施する用意がある。他方,Xは,現在の倍数を減らすと経営が成り立たなくなるため,現在の倍数を減らせない状況にある。また,Xの所有する敷地内において,本件取扱所を本件葬祭場から20メートル以上離れた位置に移設することは不可能である。このような事情の下で,職員Cの見解に従うとすれば,Xは本件取扱所を他所に移転せざるを得ず,巨額な費用を要することになる。納得がいかない社員Bは,知り合いの弁護士Dに相談した。

   以下に示された【法律事務所の会議録】を読んだ上で,弁護士Dの指示に応じる弁護士Eの立場に立って,設問に答えなさい。

   なお,消防法,都市計画法,建築基準法及び危険物政令の抜粋を【資料1関係法令】に,本件基準の抜粋を【資料2本件基準(抜粋)】に,それぞれ掲げてあるので,適宜参照しなさい。

 

〔設問1〕

   Xは,本件命令が発せられることを事前に阻止するために,抗告訴訟を適法に提起することができるか。行政事件訴訟法第3条第2項以下に列挙されている抗告訴訟として考えられる訴えを具体的に挙げ,その訴えが訴訟要件を満たすか否かについて検討しなさい。

 

〔設問2〕

   仮に,本件命令が発せられ,Xが本件命令の取消しを求める訴訟を提起した場合,この取消訴訟において本件命令は適法と認められるか。消防法及び危険物政令の関係する規定の趣旨及び内容に照らして,また,本件基準の法的性質及び内容を検討しながら,本件命令を違法とするXの法律論として考えられるものを挙げて,詳細に論じなさい。解答に当たっては,職員Cの見解のうち(1)の法解釈には争いがないこと,及び本件命令に手続的違法はないことを前提にしなさい。

 

〔設問3〕

   仮に,本件命令が発せられ,Xが本件命令に従って本件取扱所を他所に移転させた場合,Xは移転に要した費用についてY市に損失補償を請求することができるか。解答に当たっては,本件命令が適法であること,及び損失補償の定めが法律になくても,憲法第29条第3項に基づき損失補償を請求できることを前提にしなさい

 

【法律事務所の会議録】

弁護士D:本日は,Xの案件について議論したいと思います。Xからは,「できれば事前に本件命令を阻止できないか。」と相談されています。Y市では,消防法第12条第2項による移転命令を発した場合,直ちにウェブサイトで公表する運用をとっており,Xは,それによって顧客の信用を失うことを恐れているのです。

弁護士E:本件葬祭場の営業が開始されれば,Y市長が本件命令を発することが確実なのですね。

弁護士D:はい。その点は,私からもY市の消防行政担当課に確認をとりました。

弁護士E:では,本件命令が発せられることを,抗告訴訟によって事前に阻止することが可能か,検討してみます。

弁護士D:お願いします。次に,本件命令を事前に阻止できず,本件命令が発せられた場合,Xとしては取消訴訟を提起して本件命令の適法性を争うことを考えています。消防法と危険物政令の関係規定をよく読んで,本件命令を違法とする法律論について検討してください。なお,本件葬祭場が,危険物政令第9条第1項第1号ロの保安物件に該当するかどうかについて議論の余地がないわけではありませんが,その点は今回は検討せず,該当することを前提としてください。

弁護士E:危険物政令第9条第1項第1号ただし書については,本件基準が定められていますので,気になって立法経緯を調べました。このただし書の規定は,製造所そのものに変更がなくても,製造所の設置後,製造所の周辺に新たに保安物件が設置された場合に,消防法第12条により,製造所の移転等の措置を講じなければならなくなる事態を避けることを主な目的にして定められた,とのことです。したがって,新たに設置される製造所の設置の許可に際して,このただし書の規定を適用し,初めから保安距離を短縮する運用は,規定の趣旨に合わないと,行政実務上は考えられています。

弁護士D:では,このただし書の規定の趣旨・内容及び本件基準の法的性質を踏まえた上で,本件基準①及び②について検討してください。「倍数」は,耳慣れない用語かもしれませんが,取扱所で取り扱われている危険物の分量と考えてください。なお,このただし書にある,市町村長等が「安全であると認め」る行為が行政処分でないことは明らかですから,処分性の問題は考えなくて結構です。本件基準①は,工業地域などの用途地域について触れていますが,用途地域の制度の概要は御存じですね。

弁護士E:もちろんです。用途地域は,基本的に市町村が都市計画法に基づき都市計画に定めるもので,用途地域の種類ごとに,建築基準法別表第二に,原則として建築が可能な用途の建築物又は不可能な用途の建築物が列挙されています。

弁護士D:そのとおりです。建築基準法上,工業地域においては,一般取扱所を建築でき,倍数に関する制限もありません。

弁護士E:分かりました。それから,危険物政令第23条が,製造所,取扱所等の位置,構造及び設備の基準の特例を定めていますので,この規定についても立法経緯を調べました。消防法が昭和34年に改正される以前には,各市町村長が各市町村条例の定めるところにより異なる基準を設けて危険物規制を行っていたのですが,同年に改正された消防法により,危険物規制の基準が全国で統一されました。一方で,現実の社会には一般基準に適合しない特殊な構造や設備を有する危険物施設が存在し,また,科学技術の進歩に伴って一般基準において予想もしない施設が出現する可能性があるため,こうした事態に市町村長等の判断と責任において対応し,政令の趣旨を損なうことなく実態に応じた運用を可能にするために,危険物政令第23条が定められた,とのことです。

弁護士D:なるほど。検討に当たっては,危険物政令第9条第1項第1号本文の保安距離の例外を認めるために,同号ただし書が定められているとして,更に第23条を適用する余地があるかなど,第9条第1項第1号ただし書と第23条との関係についても整理しておく必要がありそうですね。

弁護士E:分かりました。それから,事情を確認したいのですが,Xは,防火塀の設置及び消火設備の増設も考えているのですね。

弁護士D:はい,移転よりはずっと費用が安いですから,本件基準③の定める高さ以上の防火塀の設置や,法令で義務付けられた水準以上の消火設備を増設する用意があるとのことでした。

弁護士E:分かりました。

弁護士D:さらに,Xは,「敗訴の可能性もあるから,本件命令に従って他所に移転することも考えている。しかし,それには巨額の費用が掛かるが,Y市に補償を要求できないだろうか。」とも言っていました。そこで,Xが本件命令に従う場合や,本件命令の取消訴訟で敗訴した場合を想定して,損失補償の可能性も検討する必要があります。消防法上,本件のような場合について補償の定めはないのですね。

弁護士E:はい,ありません。

弁護士D:個別法に損失補償の定めがない場合に,憲法に基づき直接補償を請求できるかどうかについて,学説上議論がないわけではありませんが,その点は今回は検討せず,損失補償請求権が憲法第29条第3項により直接発生することを前提として,主張を組み立ててください。

弁護士E:消防法第12条は,取扱所の所有者等に対して,第10条第4項の技術上の基準に適合するように維持すべき義務を課しています。この第12条の趣旨をどう理解するか,その趣旨が損失補償と関係するかが問題になりそうですね。

弁護士D:さらに,次のような事情も問題になりそうです。Xが本件取扱所の営業を始めた平成17年の時点では,本件葬祭場の所在地は,用途地域の一つである第一種中高層住居専用地域とされていました。第一種中高層住居専用地域では,原則として,建築基準法別表第二(は)項に列挙されている用途の建築物に限り建築できるのですが,葬祭場はここに列挙されておらず,建築が原則として不可能でした。しかし,平成26年の都市計画決定で第二種中高層住居専用地域に指定替えがされて建築規制が緩和されたため,葬祭場の建築が可能になりました。第二種中高層住居専用地域では,別表第二(に)項に列挙されていない用途の建築物であれば建築でき,葬祭場は,同(に)項7号及び8号の「(は)項に掲げる建築物以外の建築物の用途に供する」建築物に当たりますので,二階建てまでで床面積が1500平方メートルを超えなければ,建築できるのです。

弁護士E:分かりました。そのような事情が損失補償と関係するかどうか,検討してみます。

弁護士D:よろしくお願いします。本件命令が発せられた場合のXの対応方針を決めるに当たっては,一方で,取消訴訟を提起したとして本件命令が違法とされる見込みがどの程度あるか,他方で,損失補償が認められる見込みがどの程度あるかを,判断の基礎にする必要がありますので,綿密に検討を進めてください。

 

【資料1 関係法令】

 

○ 消防法(昭和23年7月24日法律第186号)(抜粋)

第1条 この法律は,火災を予防し,警戒し及び鎮圧し,国民の生命,身体及び財産を火災から保護するとともに,火災又は地震等の災害による被害を軽減するほか,災害等による傷病者の搬送を適切に行い,もつて安寧秩序を保持し,社会公共の福祉の増進に資することを目的とする。

第2条 この法律の用語は左の例による。

2~6(略)

7 危険物とは,別表第一の品名欄に掲げる物品で,同表に定める区分に応じ同表の性質欄に掲げる性状を有するものをいう。〔(注)別表第一には,「第四類引火性液体」として,第二石油類が掲げられ,「備考十四」として,「第二石油類とは,灯油,軽油その他(中略)をいい,」と記されている。〕

第10条 指定数量以上の危険物は,貯蔵所(中略)以外の場所でこれを貯蔵し,又は製造所,貯蔵所及び取扱所以外の場所でこれを取り扱つてはならない。(以下略)〔(注)消防法上,指定数量とは,「危険物についてその危険性を勘案して政令で定める数量」をいう。〕

2 (略)

3 製造所,貯蔵所又は取扱所においてする危険物の貯蔵又は取扱は,政令で定める技術上の基準に従つてこれをしなければならない。

4 製造所,貯蔵所及び取扱所の位置,構造及び設備の技術上の基準は,政令でこれを定める。

第11条 製造所,貯蔵所又は取扱所を設置しようとする者は,政令で定めるところにより,製造所,貯蔵所又は取扱所ごとに,次の各号に掲げる製造所,貯蔵所又は取扱所の区分に応じ,当該各号に定める者の許可を受けなければならない。製造所,貯蔵所又は取扱所の位置,構造又は設備を変更しようとする者も,同様とする。

一 消防本部及び消防署を置く市町村(中略)の区域に設置される製造所,貯蔵所又は取扱所(中略)当該市町村長

二~四 (略)

2 前項各号に掲げる製造所,貯蔵所又は取扱所の区分に応じ当該各号に定める市町村長,都道府県知事又は総務大臣(以下この章及び次章において「市町村長等」という。)は,同項の規定による許可の申請があつた場合において,その製造所,貯蔵所又は取扱所の位置,構造及び設備が前条第4項の技術上の基準に適合し,かつ,当該製造所,貯蔵所又は取扱所においてする危険物の貯蔵又は取扱いが公共の安全の維持又は災害の発生の防止に支障を及ぼすおそれがないものであるときは,許可を与えなければならない。

3~7 (略)

第12条 製造所,貯蔵所又は取扱所の所有者,管理者又は占有者は,製造所,貯蔵所又は取扱所の位置,構造及び設備が第10条第4項の技術上の基準に適合するように維持しなければならない。

2 市町村長等は,製造所,貯蔵所又は取扱所の位置,構造及び設備が第10条第4項の技術上の基準に適合していないと認めるときは,製造所,貯蔵所又は取扱所の所有者,管理者又は占有者で権原を有する者に対し,同項の技術上の基準に適合するように,これらを修理し,改造し,又は移転すべきことを命ずることができる。

3 (略)

 

○ 都市計画法(昭和43年6月15日法律第100号)(抜粋)

 (地域地区)

第8条 都市計画区域については,都市計画に,次に掲げる地域,地区又は街区を定めることができる。

一 第一種低層住居専用地域,第二種低層住居専用地域,第一種中高層住居専用地域,第二種中高層住居専用地域,第一種住居地域,第二種住居地域,準住居地域,近隣商業地域,商業地域,準工業地域,工業地域又は工業専用地域(以下「用途地域」と総称する。)

二~十六 (略)

2~4 (略)

第9条 1・2 (略)

3 第一種中高層住居専用地域は,中高層住宅に係る良好な住居の環境を保護するため定める地域とする。

4 第二種中高層住居専用地域は,主として中高層住宅に係る良好な住居の環境を保護するため定める地域とする。

5~10 (略)

11 工業地域は,主として工業の利便を増進するため定める地域とする。

12~22 (略)

 

○ 建築基準法(昭和25年5月24日法律第201号)(抜粋)

 (用途地域等)

第48条 1・2 (略)

3 第一種中高層住居専用地域内においては,別表第二(は)項に掲げる建築物以外の建築物は,建築してはならない。ただし,特定行政庁が第一種中高層住居専用地域における良好な住居の環境を害するおそれがないと認め,又は公益上やむを得ないと認めて許可した場合においては,この限りでない。

4 第二種中高層住居専用地域内においては,別表第二(に)項に掲げる建築物は,建築してはならない。ただし,特定行政庁が第二種中高層住居専用地域における良好な住居の環境を害するおそれがないと認め,又は公益上やむを得ないと認めて許可した場合においては,この限りでない。

5~15 (略)

 

別表第二 (い)・(ろ) (略)

(は) 第一種中高層住居専用地域内に建築することができる建築物

一 (い)項第1号から第9号までに掲げるもの〔(注)(い)項第1号に「住宅」,同第4号に「学校(大学,高等専門学校,専修学校及び各種学校を除く。)」等が挙げられている。〕

二 大学,高等専門学校,専修学校その他これらに類するもの

三 病院

四~八 (略)

(に) 第二種中高層住居専用地域内に建築してはならない建築物

一~六 (略)

七 三階以上の部分を(は)項に掲げる建築物以外の建築物の用途に供するもの(以下略)

八 (は)項に掲げる建築物以外の建築物の用途に供するものでその用途に供する部分の床面積の合計が1500平方メートルを超えるもの(以下略)

(ほ)~(わ) (略)

 

○ 危険物の規制に関する政令(昭和34年9月26日政令第306号)(抜粋)

 〔(注)本政令中,「法」は消防法を指す。〕

 (取扱所の区分)

第3条 法第10条の取扱所は,次のとおり区分する。

一~三(略)

四 前3号に掲げる取扱所以外の取扱所(以下「一般取扱所」という。)

 (製造所の基準)

第9条 法第10条第4項の製造所の位置,構造及び設備(中略)の技術上の基準は,次のとおりとする。

一 製造所の位置は,次に掲げる建築物等から当該製造所の外壁又はこれに相当する工作物の外側までの間に,それぞれ当該建築物等について定める距離を保つこと。ただし,イからハまでに掲げる建築物等について,不燃材料(中略)で造つた防火上有効な塀を設けること等により,市町村長等が安全であると認めた場合は,当該市町村長等が定めた距離を当該距離とすることができる。

イ (略)

ロ 学校,病院,劇場その他多数の人を収容する施設で総務省令で定めるもの30メートル以上

ハ~へ (略)

二~二十二(略)

2・3 (略)

 (一般取扱所の基準)

第19条 第9条第1項の規定は,一般取扱所の位置,構造及び設備の技術上の基準について準用する。

2~4 (略)

 (基準の特例)

第23条 この章〔(注)第9条から第23条までを指す。〕の規定は,製造所等について,市町村長等が,危険物の品名及び最大数量,指定数量の倍数,危険物の貯蔵又は取扱いの方法並びに製造所等の周囲の地形その他の状況等から判断して,この章の規定による製造所等の位置,構造及び設備の基準によらなくとも,火災の発生及び延焼のおそれが著しく少なく,かつ,火災等の災害による被害を最少限度に止めることができると認めるとき,又は予想しない特殊の構造若しくは設備を用いることにより,この章の規定による製造所等の位置,構造及び設備の基準による場合と同等以上の効力があると認めるときにおいては,適用しない。

 

【資料2 本件基準(抜粋)】

  Y市長が一般取扱所について危険物政令第19条第1項の規定により準用される第9条第1項第1号ただし書の規定を適用する場合は,以下の基準による。

 ① 短縮条件

   倍数が次に掲げる数値を超える一般取扱所については,危険物政令第9条第1項第1号本文の保安距離を短縮することができない。

一・二 (略)

三 準工業地域又は工業地域に所在する一般取扱所 50

 ② 短縮限界距離

   一般取扱所については,防火塀を設けることにより,次に掲げる距離を下限として,危険物政令第9条第1項第1号本文の保安距離を短縮することができる。

  一 保安物件が危険物政令第9条第1項第1号ロに規定する建築物であり,別表に基づき保安物件の立地条件及び構造から判定される危険度がC(最小)のランクである場合〔(注)本件葬祭場はこのCのランクに該当する。〕

(い) 一般取扱所が第二石油類(中略)を取り扱い,倍数が10未満の場合 18メートル

(ろ) 一般取扱所が第二石油類(中略)を取り扱い,倍数が10以上の場合 20メートル

(は)・(に) (略)

二~九 (略)

 ③ 防火塀の高さ

   必要な防火塀の高さは,取扱所の高さ,保安物件の高さ,保安物件の防火性・耐火性の程度,及び保安物件と一般取扱所との距離を変数として,次の数式により算定する。(以下略)

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 本問は,Xが消防法及び危険物の規制に関する政令(以下「危険物政令」という。)上の一般取扱所(以下「本件取扱所」という。)を設置していたところ,近隣に葬祭場(以下「本件葬祭場」という。)が建築されたことから,Y市長がXに対して移転命令(以下「本件命令」という。)を発しようとしている事案における法的問題について論じさせるものである。論じさせる問題は,本件命令に対する事前の抗告訴訟の適法性(設問1),本件命令が発せられた場合における本件命令の適法性(設問2),Xが本件命令に従った場合における損失補償の要否(設問3)である。問題文と資料から基本的な事実関係を把握し,消防法及び関係法令の関係規定の趣旨を読み解いた上で,行政処分の適法性,抗告訴訟の訴訟要件,及び損失補償の要否を論じる力を試すものである。

 設問1は,処分の差止め訴訟の訴訟要件に関する基本的な理解を問う問題である。考えられるXの訴えとして本件命令の差止め訴訟を挙げた上で,本件の事実関係の下で,当該訴えが行政事件訴訟法第3条第7項及び第37条の4に規定された「一定の処分…がされようとしている」,「重大な損害を生ずるおそれ」,「損害を避けるため他に適当な方法がある」とはいえない等の訴訟要件を満たすか否かについて検討することが求められる。特に,「重大な損害を生ずるおそれ」の要件については,最高裁平成24年2月9日第一小法廷判決(民集66巻2号183頁)を踏まえて判断基準を述べた上で,本件命令後直ちにウェブサイトで公表されて顧客の信用を失うおそれがあることが,同要件に該当するかを検討することが求められる。

 設問2は,保安距離の短縮に関するY市の内部基準(以下「本件基準」という。)に従って行われる本件命令の適法性の検討を求めるものである。まず,本件命令の根拠規定である消防法第12条第2項及び危険物政令第9条第1項第1号の趣旨,内容及び要件・効果の定め方から,Y市長が本件命令を発するに当たり,裁量が認められるか,そして,距離制限による保安物件の安全の確保と,保安物件が新設された場合に既存の一般取扱所の所有者等が負う可能性のある負担とを,どのように考慮して調整することが求められるかを検討しなければならない。次いで,危険物政令第9条第1項第1号ただし書及び第23条のそれぞれの趣旨,要件・効果及び適用範囲を比較して両者の相互関係を論じ,後者の規定を本件に適用する余地があるかを検討することが求められる。そして,本件基準の法的性質について,それが上記の裁量を前提にすると裁量基準(行政手続法上の処分基準)に当たることを示し,本件基準①,②それぞれについて,法令の関係規定の趣旨に照らし裁量基準として合理的かどうか,基準としては合理的であっても,本件における個別事情を考慮して例外を認める余地がないか,検討することが求められる。すなわち,本件基準①の短縮条件として,工業地域につき倍数(取扱所で取り扱われる危険物の分量)の上限が定められていることは合理的か,本件基準②の短縮限界距離が,本件基準③所定の防火塀の高さを前提に諸事情を考慮して設けられていることは合理的か,そして,本件基準①及び②を僅かに満たさない場合に,水準以上の防火塀や消火設備の設置を理由に同基準の例外を認めるべきか等の論点を指摘しなければならない。

 設問3は,損失補償の定めが法律になくても,憲法第29条第3項に基づき損失補償を請求できるという解釈を前提にした上で,本件の事実関係の下でXがY市に損失補償を請求することができるかについて論じることを求めている。まず,消防法第12条1項の維持義務の性質についての検討が求められる。その際,地下道新設に伴う石油貯蔵タンクの移転に対する道路法第70条第1項に基づく損失補償の要否が問題となった最高裁昭和58年2月18日第二小法廷判決(民集37巻1号59頁)の趣旨も踏まえなければならない。この維持義務が公共の安全のための警察規制であって,取扱所の所有者等は許可を受けた時点以降も継続的に基準適合状態を維持しなければならないという趣旨であるとすれば,事後的な事情変更があっても,少なくとも本件取扱所の所有者等が当該事情の発生を本件取扱所の設置時にあらかじめ計画的に回避することが可能であった場合については,損失補償は不要といえないか,検討しなければならない。その上で,第一種中高層住居専用地域から第二種中高層住居専用地域への用途地域の指定替えによる本件葬祭場の新設は,計画的に回避することが不可能な事情といえるか,そもそも指定替え前の第一種中高層住居専用地域においても学校,病院等が建築可能であることをどう考えるかなどを論じることが求められる。

 なお,受験者が出題の趣旨を理解して実力を発揮できるように,本年も各設問の配点割合を明示することとした。

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1 出題の趣旨

 別途公表している「出題の趣旨」を,参照いただきたい。

 

2 採点方針

 採点に当たり重視していることは,問題文及び会議録中の指示に従って基本的な事実関係や関係法令の趣旨・構造を正確に分析・検討し,問いに対して的確に答えることができているか,基本的な判例や概念等の正確な理解に基づいて,相応の言及をすることのできる応用能力を有しているか,事案を解決するに当たっての論理的な思考過程を,端的に分かりやすく整理・構成し,本件の具体的事情を踏まえた多面的で説得力のある法律論を展開することができているか,という点である。決して知識の量に重点を置くものではない。

 

3 答案に求められる水準

(1) 設問1

 差止め訴訟の訴訟要件が本件で満たされるかについて,最高裁平成24年2月9日第一小法廷判決(民集66巻2号183頁。以下「最高裁平成24年判決」という。)を踏まえて判断基準を述べた上で,本件の事実関係に即して具体的かつ的確に論じているかに応じて,優秀度ないし良好度を判定した。

 差止め訴訟を挙げた上で,行政事件訴訟法第3条第7項及び第37条の4に規定された「一定の処分…がされようとしている」,「重大な損害を生ずるおそれ」等の訴訟要件について論じていれば,一応の水準の答案と判定した。加えて,「重大な損害を生ずるおそれ」の要件について,最高裁平成24年判決を踏まえて論じていれば,良好な答案と判定した。加えて,同要件について,最高裁平成24年判決にいう「処分がされた後に取消訴訟を提起して執行停止を受けることなどにより容易に救済を受けることができるもの」か否かを,本件命令後直ちにウェブサイトで公表されて顧客の信用を失うおそれがあるという本件の事実関係に即して具体的かつ的確に論じていれば,優秀な答案と判定した。

(2) 設問2

 消防法及び危険物政令の関係規定の趣旨及び内容,保安距離の短縮に関する本件基準の法的性質及び内容,危険物政令第9条第1項第1号ただし書及び第23条の関係について論じた上で,本件基準に従って行われる本件命令の適法性について,行政裁量論に関する基本的理解を踏まえ,本件の事実関係を適切に把握した上で具体的かつ的確に論じているかに応じて,優秀度ないし良好度を判定した。

 本件基準の法的性質を裁量基準として理解した上で,本件命令の適法性を行政裁量論の枠組みにより論じていれば,一応の水準の答案と判定した。加えて,保安物件(本件では葬祭場)が新設された場合に既存の一般取扱所の所有者等が負担を負う可能性を考慮して,個別事情に即して柔軟に危険物政令の定める技術基準への適合性を判断すべきであるとの観点から,本件基準の合理性,及び本件において水準以上の防火塀・消火設備を考慮して本件基準の例外を認める可能性について論じていれば,良好な答案と判定した。加えて,一般取扱所の事故が保安物件に波及することを防止しその安全を確保するために保安距離を定める危険物政令第9条第1項第1号の趣旨も踏まえて,本件基準①(短縮条件)及び②(短縮限界距離)の中で考慮されている事項に即して本件基準の合理性を検討していれば,優秀な答案と判定した。

 危険物政令第9条第1項第1号ただし書と第23条との関係については,前者の規定の効果が保安距離の短縮であるのに対し,後者の規定の効果が保安距離の規定の不適用であるという違いに着目していれば,良好な答案,後者の規定を適用する要件が絞り込まれていることに着目していれば,優秀な答案と判定した。

(3) 設問3

 消防法第12条第1項の趣旨を論じ,最高裁昭和58年2月18日第二小法廷判決(民集37巻1号59頁。以下「最高裁昭和58年判決」という。)の趣旨を踏まえた上で,取扱所の設置後に都市計画決定による用途地域の指定替えがあったという本件の特殊事情に即して,本件で損失補償を請求できるかについて具体的かつ的確に論じているかに応じて,優秀度ないし良好度を判定した。

 消防法第12条が,警察規制の定めであり,事後的に周囲に保安物件が新設された場合にも取扱所の所有者等に技術上の基準への適合性を維持する義務(基準適合性維持義務)を課すことを,損失補償を不要とするファクターとして一定程度説いていれば,一応の水準の答案とし,こうしたファクターを明確に論じていれば,良好な答案と判定した。加えて,用途地域の指定替えに伴う保安物件の新設が,Xにとって予見してあらかじめ回避できる事情であるかどうかを,的確に論じていれば,優秀な答案と判定した。

 

4 採点実感

 以下は,考査委員から寄せられた主要な意見をまとめたものである。

(1) 全体的印象

  •  例年繰り返し指摘し,また強く改善を求め続けているところであるが,相変わらず判読困難な答案が多数あった。極端に小さい字,極端な癖字,雑に書き殴った字で書かれた答案が少なくなく,中には「適法」か「違法」か判読できないものすらあった。第三者が読むものである以上,読み手を意識した答案作成を心掛けることは当然であり,判読できない記載には意味がないことを肝に銘ずべきである。
  •  問題文及び会議録には,どのような視点で何を書くべきかが具体的に掲げられているにもかかわらず,問題文等の指示を無視するかのような答案が多く見られた。
  •  例年指摘しているが,条文の引用が不正確な答案が多く見られた。
  •  冗長で文意が分かりにくいものなど,法律論の組立てという以前に,一般的な文章構成能力自体に疑問を抱かざるを得ない答案が相当数あった。
  •  相当程度読み進まないと何をテーマに論じているのか把握できない答案が相当数見られた。答案構成をきちんと行った上,読み手に分かりやすい答案とするためには,例えば,適度に段落分けを行った上で,段落の行頭は1文字空けるなどの基本的な論文の書き方に従うことや,冒頭部分に見出しを付けるなどの工夫をすることが望まれる。
  •  少数ではあるが,どの設問に対する解答かが明示されていない答案が見られた。冒頭部分に「設問1」等と明示をした上で解答することを徹底されたい。
  •  結論を提示するだけで,理由付けがほとんどない答案,問題文中の事実関係を引き写したにとどまり,法的な考察がされていない答案が多く見られた。また,根拠となる関係法令の規定を引き写しただけで結論を提示するにとどまり,法律の解釈論を展開していない答案が少なからず見られた。論理の展開とその根拠を丁寧に示さなければ説得力のある答案にはならない。
  •  本件のように対立利益の相互の調整が問題となる事案では,抽象的な関係法令の趣旨・目的を踏まえて,一方当事者の立場のみに偏することなく,関係者の相互の利益状況を多面的に考慮した上で結論を導き出すことが求められる。
  •  要件裁量,効果裁量,裁量基準,行政規則,特別の犠牲といった,行政法の基本的な概念の理解が不十分であると思われる答案が少なからず見られた。
  •  時間配分が適切でなく,設問1については必要以上に詳細に論じ,設問2又は設問3については,時間不足のため記載がないか又は不十分な記載しかないものが少なからず見られた。

(2) 設問1

  •  受験者にとって解答しやすい設問であったと思われ,概ねよくできていた。
  •  本件で特に検討を要する訴訟要件である「重大な損害を生ずるおそれ」の要件について,まず判断基準を述べてから本件の事実関係に当てはめるという,法律論としての「作法」がとられていない答案,差止め訴訟に関する重要判例である最高裁平成24年判決を意識せずに書かれた答案が予想外に多かった点は,残念であった。
  •  少数ではあるが,処分性や原告適格といった,本件においては充足されることがほぼ自明である訴訟要件について,不相当に多くの紙幅を割いて論じている答案が見られた。他方で,「一定の処分…がされようとしている」等の差止め訴訟に固有の要件について全く述べていない答案が多かった。行政事件訴訟法が定める訴訟類型のそれぞれについて,必要となる訴訟要件を正確に理解するとともに,どの要件が特に問題になるのかも把握しておくことが学習に当たって重要であろう。なお,行政事件訴訟法第3条第7項の「一定の処分…がされようとしている」の要件の問題であるにもかかわらず,同法第37条の4第1項の「一定の処分…がされることにより」という要件と混同する答案も一部に見られた。具体的な条文に則した正確な理解が望まれる。
  •  「処分がされた後に取消訴訟を提起して執行停止を受けることなどにより容易に救済を受けることができるもの」か否かという判断基準(最高裁平成24年判決)を正しく示しているにもかかわらず,移転命令による移転の不利益のみを挙げて「重大な損害を生ずるおそれ」の要件充足を肯定している答案が少なからずあった。上記の判断基準の意味を正確に理解していれば,移転の不利益と公表による不利益それぞれについて,取消訴訟及び執行停止が有効な救済手段になるかどうかについても正しく検討できるはずである。
  •  少数ではあるが,問題文において「抗告訴訟として考えられる訴えを具体的に挙げ」るよう指示されているにもかかわらず,仮の救済を挙げて論じている答案や,「訴訟要件を満たすか否か」について検討することが指示されているにもかかわらず,本案勝訴要件について紙幅を割いて論じている答案など,明らかに行政事件訴訟法に関する基本的知識が不足していると思われる答案も見られた。

(3) 設問2

  •  問題文と資料から基本的な事実関係を把握し,消防法及び関係法令の関係規定の趣旨を正しく読み解けるかどうかを試す設問であったが,まさにその点で大きく差がついた印象があった。根拠規定・関係規定の相互関係や本件基準の法的性質を正しく理解して論じる優れた答案もある一方で,事実関係や法の趣旨を勘違いしている答案もあった。
  •  事実関係の把握の誤りとしては,第一種中高層住居専用地域から第二種中高層住居専用地域への用途地域の指定替えが行われたのが,本件葬祭場の所在地であって,本件取扱所の所在地は一貫して工業地域であることを正しく理解していないため,誤った議論を展開してしまっている答案が少なからずあった。
  •  裁量権濫用論の一般的な定式を挙げた上,関係法令の趣旨を十分踏まえずに,「考慮すべき事情を考慮していないから違法」,あるいは「考慮すべきでない事情を考慮しているから違法」と平板に論じる答案が相当数見られた。過去の採点実感でも指摘した点であるが,論点単位での論述の型を形式的に覚えているだけではないかと疑わざるを得ない。
  •  本件基準の法的性質について,行政の行為形式論を踏まえて論じていない答案が相当数見られた。また,本件基準は,「裁量基準(行政規則)」であるにもかかわらず,「裁量基準(行政規則)」と「委任命令(法規命令)」との基本的な区別を正しく理解しないまま,委任立法の限界といった的外れな枠組みで検討している答案が相当数見られた。本件基準は市の「内部基準」であることが問題文で明言されており,「委任命令(法規命令)」と理解することができないことは明らかである。
  •  裁量基準に従ってされる行政処分の適法性の審査においては,法令の趣旨・目的に照らした裁量基準の合理性の有無,裁量基準に合理性があることを前提とした個別事情審査義務の有無が問題となるが,これらを十分に踏まえた検討ができていた答案は少数であった。
  •  会議録中に記載された,危険物政令第9条第1項第1号ただし書きの趣旨についての「新たに設置される製造所の設置の許可に際して,このただし書の規定を適用し,初めから保安距離を短縮する運用は,規定の趣旨に合わない」という説明から,防火のための距離制限の制度趣旨を十分考慮せずに,単純に既存製造所設置者の利益を保護すべきと考えて,このことから直ちに本件命令が違法であると結論付ける答案が相当数見られた。
  •  本件基準①の合理性の検討において,消防法の規制の趣旨を踏まえることなく,「建築基準法上,工業地域においては,一般取扱所を建築することができ,倍数に関する制限もない」ことをもって,直ちに,本件基準①は不合理であるとする答案が多く見られた。
  •  危険物政令第23条について,その立法経緯を「特殊な構造や設備を有する危険物施設」,「一般基準において予想もしない施設が出現する可能性」に対処するものであるとしながら,一般の防火塀・消火設備がこれに該当するとして同条の適用を簡単に肯定するなど,会議録の記載をそのまま引き写しただけで,その内容を理解していないのではないかと思われる答案が多く見られた。

(4) 設問3

  • ・本問を検討する上でヒントとなる最高裁昭和58年判決について知らない,あるいは正確な知識を持っていないのではないかと思われる答案が多く見られたのは残念であった。
  •  本問の損失補償の要否については,消防法第12条の規制の目的を中心に検討する必要がある。しかし,消防法第12条の基準適合性維持義務の趣旨から,取扱所の所有者等に移転義務を課すことが警察規制(消極目的規制,内在的制約)に当たり,損失補償は容易には認められないことを順序立てて論じていない答案が相当数見られた。
  •  損失補償の要否について,形式的基準と実質的基準の二つを示しながら,それらを必ずしも正確に理解しないまま本件に当てはめて損失補償の要否を判断している答案が相当数見られた。特に,「侵害行為の対象が一般的か個別的か」という形式的基準を前提として,「本件では消防法上の移転命令がXという特定人に対して適用されるから損失補償が必要」と論じる答案が相当数見られた。しかし,この論理を適用すれば,およそあらゆる不利益処分に対して損失補償が必要になってしまうのであって,本件では,侵害行為の対象が一般的か個別的かという基準は全く決め手とはならない。過去の採点実感でも指摘した点であるが,上記の基準の意味を正確に理解せずに,論点単位での論述の型を形式的に覚えているだけではないかと疑わざるを得ない。
  •  本問では,会議録において指示されているとおり,平成17年の時点では葬祭場の建築は原則として不可能であったが,平成26年に第一種中高層住居専用地域から第二種中高層住居専用地域に指定替えがされたため葬祭場の建築が可能になったという事情が,損失補償の要否にどのような影響を及ぼすかを検討することが求められている。しかし,新たな都市計画決定により用途地域の指定替えがあり得ることは,予測可能な事情といえるのではないか,また,第1種中高層住居専用地域でも,学校・病院の建築は可能であることからすると,後発で近隣に建物が建築され得ることは,予測可能な事情といえるのではないかという点に言及した答案は,ごく少数にとどまった。

 

5 今後の法科大学院教育に求めるもの

  •  設問1及び設問3は,最高裁判所の重要判例を十分理解していれば,比較的容易に解答できる問題であった。しかし実際には,設問1について最高裁平成24年判決を意識せずに書かれた答案が予想外にあり,設問3については,最高裁昭和58年判決を意識して書かれた答案が残念ながら少数にとどまった。行政法について短答式試験が廃止されても,重要判例を読んで理解する学習をおろそかにしてはならないことを,注意しておきたい。
  •  設問2については,本件でXがいかなる法的な問題を抱えているか,そして,Xの抱えている法的問題が,関係する法制度のどのような特徴に端を発しているかという点を,明確に理解することが,解答のための第1のステップである。そして,Y市長の本件命令に係る裁量権行使の適法性を判断するために,Y市長が考慮すべき事項及び重視すべき事項を,関係法令の関係規定から的確に読み取って,本件基準の評価につなげることが,解答のための第2のステップである。このうち,第1のステップには相当数の答案が達しており,この点には法科大学院教育の成果を認めることができた。しかし,第2のステップでは綿密な検討がなされておらず,裁量権濫用論の一般的な定式とXの救済の必要性とをいきなり結び付ける答案が相当数見られた。これは,過去の採点実感で繰り返し指摘している点であるが,論点単位で論述の型を覚える学習の弊害が現れた結果ではないかと思われる。したがって,今後の法科大学院教育に求めたいのは,昨年と同様,「理論・法令・事実を適切に結び付ける基本的な作業を,普段から意識的に積み重ねる」ことである。
  •  法律的な文章という以前に,日本語の論述能力が劣っている答案が相当数見られ,近年では最低の水準であるとの意見もあった。法律実務家である裁判官,検察官,弁護士のいずれも文章を書くことを基本とする仕事である。受験対策のための授業になってはならないとはいえ,法科大学院においても,論述能力を指導する必要があるのではないか。