平成18年度新司法試験公法系第1問(憲法)

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基本的人権の保障 - 表現の自由
基本的人権の保障 - 財産権

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[公法系科目]

 

〔第1問〕(配点:100)

  たばこ専売制度が廃止されたのに伴い,1984年に「我が国たばこ産業の健全な発展を図り,もって財政収入の安定的確保及び国民経済の健全な発展に資することを目的」として,たばこ事業法が制定された。その第39条は,製造たばこに「消費者に対し製造たばこの消費と健康との関係に関して注意を促すための大蔵省令で定める文言を,大蔵省令で定めるところにより,表示しなければならない」と規定した。それを受けて,1985年に制定されたたばこ事業法施行規則第36条は,「注意表示」文を「健康のため吸いすぎに注意しましょう」と定めた。1989年の同施行規則の改正により,「注意表示」文は,「あなたの健康を損なうおそれがありますので吸いすぎに注意しましょう」と改められた。

  2000年に厚生省(当時)事務次官通知等により開始された国民健康づくり運動としての「健康日本21」は,たばこの危険性に関する十分な知識を得た上で選択することができるよう,情報の提供を強化すること等を求めている。2002年には,学校,劇場,官公庁施設など多数の者が利用する施設の管理者は,その利用者について受動喫煙を防止するために「必要な措置を講ずるように努めなければならない」(第25条)と規定する健康増進法が制定された。

  たばこによる健康,社会及び環境に与える影響に対する取組は,1970年以来WHO(世界保健機関)によっても行われてきている。2003年5月,WHO第56回総会は,喫煙による健康被害の防止を目的として,たばこの需要の減少に関する措置等への国際協力を定める「たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約」を全会一致で採択した。同条約の締約国は,条約の発効から3年以内に,①たばこ製品の包装及びラベルに,たばこ使用による有害な影響を記述する健康に関する警告を付し,かつ,②その警告文の大きさは主たる表示面の50%以上を占めるべきであり,主たる表示面の30%を下回るものであってはならない等,規制の実施措置を採るよう求められている(同条約第11条)。日本政府は,2004年3月に同条約に署名し,第159回国会における承認を経て,同年6月に受諾書を寄託した。

  「たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約」の発効は2005年2月27日であるが,内容を先取りして対応した国も多い。我が国も,2003年11月にたばこ事業法施行規則第36条を改正した。それによって,同施行規則別表第一及び第二に掲げる合計8つの,従前よりは具体的な内容の「注意表示」文(注)の中から選んだものを,たばこ製品の容器包装の主要な面の面積の30%以上の大きさで記載することが義務付けられた。

(注)「注意表示」文の一例:「喫煙は,あなたにとって肺がんの原因の一つとなります。疫学的な推計によると,喫煙者は肺がんにより死亡する危険性が非喫煙者に比べて約2倍から4倍高くなります。」

    なお,諸外国の中には,「喫煙は人を殺す」等のより直接的な表現を用いた警告文や肺の病巣等の写真が入った警告文の記載を義務付けている国もある。

  その後,200*年に成年者を対象として実施された「喫煙と健康問題に関する実態調査」では,全回答者の84.5%が喫煙と肺がんの関係を認識していたが,心臓病との関係については40.5%,脳卒中との関係については35.1%にとどまっている。さらに,たばこに依存性があることを知っていた人は51.8%である。

  そこで,これまでの経緯のほか,この調査結果も踏まえて,同年,製造たばこの容器包装への「注意表示」についての関連規定を廃止し,独立した法律である「製造たばこの警告表示に関する法律」(以下「警告表示法」という。)が制定された(資料1及び参照)。

  警告表示法は公布後直ちに施行されることとされており,同法施行前に製造されたたばこ製品に関する特段の経過措置は設けられていない。

  警告表示法施行後1年間で,国内におけるたばこ製品の販売量は,直近3年間の平均に比べて約30%減少した。喫煙者に対するアンケート等によって,販売量減少の主たる原因は,新たに義務付けられた警告文にあることが明らかになっている。

 

〔設 問〕

  1. あなたがたばこ会社であるT社から依頼を受けた訴訟代理人であった場合(T社からの相談内容については,資料3参照),損害を回復するためにどのような訴えを起こしますか。2つの訴えを挙げなさい。そして,訴訟代理人として,警告表示法に対して憲法に基づいてどのような主張を行うか,述べなさい。
  2. あなたが国側の代理人として請求の棄却を求める場合,上記の主張に対応して,憲法に基づいてどのような主張を行うか,述べなさい。
  3. 設問1及び2で提起された憲法上の争点について,あなた自身はどのように考えますか。あなたと異なる考え方を批判しつつ,あなたの結論とその論拠を述べなさい。

 

 資料1 製造たばこの警告表示に関する法律

 (目的)

第1条 この法律は,たばこが健康に及ぼす重大な影響等にかんがみ,たばこを購買しようとする者がたばこの健康に及ぼす危険性に関する十分な知識を得た上で選択することができるようにすることによって,たばこによる疾病及び死亡を低減し,受動喫煙がもたらす害を排除若しくは減少し,未成年者の喫煙を防止し,並びに喫煙によって生じる社会的費用を抑制することを目的とする。

 (定義)

第2条 この法律において,次の各号に掲げる用語の意義は,当該各号に定めるところによる。

一 たばこタバコ属の植物をいう。

二 製造たばこたばこの葉を原料の全部又は一部とし,喫煙用,かみ用又はかぎ用に供し得る状態に製造されたものをいう。

三 会社日本たばこ産業株式会社をいう。

四 特定販売業者自ら輸入をした製造たばこの販売を業として行う者として,たばこ事業法による登録を受けた者をいう。

五 卸売販売業者製造たばこの卸売販売(消費者に対する販売以外の販売をいう。)を業として行う者として,たばこ事業法による登録を受けた者をいう。

六 小売販売業者製造たばこの小売販売(消費者に対する販売をいう。)を業として行う者として,たばこ事業法による許可を受けた者をいう。

 (警告文表示)

第3条 会社又は特定販売業者は,製造たばこを販売の用に供するために製造し,又は輸入した場合には,当該製造たばこを販売する時までに,当該製造たばこの最小容器包装に,消費者に対し製造たばこの消費と健康との関係に関して警告するため,第4条及び第5条で定めるところにより,一般警告文及び特別警告文を表示しなければならない。

2 卸売販売業者又は小売販売業者は,前項の規定により製造たばこの最小容器包装に表示されている文言を消去し,又は変更してはならない。

3 会社又は特定販売業者は,第1項の規定に違反して製造たばこを販売してはならない。

4 卸売販売業者又は小売販売業者は,第1項の規定に違反して販売された製造たばこを販売し,又は販売の目的で貯蔵してはならない。第2項の規定に違反して同項の文言が消去され,又は変更された製造たばこについても,同様とする。

 (一般警告文)

第4条 前条第1項に定める一般警告文は,「喫煙は,あなた自身と周りの人に深刻な害を与える」とする。

2 一般警告文は,製造たばこの最小容器包装の面のうち側面(次条第2項に定める面,上面及び底面以外の面をいう。)に,かつ,相対する両面に,読みやすいよう,印刷し又はラベルを貼る方法により表示されなければならない。

3 一般警告文は,太い黒枠で囲わなければならない。太い黒枠を含めたその記載の大きさは,その表示面の50%の面積を占めなければならない。

 (特別警告文)

第5条 第3条第1項の定めにより製造たばこの最小容器包装に表示する特別警告文の文言は,次の(ア)から(オ)までの中から異なる2種のものを選択して表示するものとし,一定期間毎に選択を変えることにより,それぞれの文言を表示した最小容器包装の数が,年間を通じて,おおむね均等になるようにしなければならない。

(ア) 喫煙者は,早死にする。

(イ) 喫煙は,致命的な肺がんを引き起こす。

(ウ) 喫煙は,動脈を詰まらせ,心臓病と脳卒中の原因となる。

(エ) 妊娠時の喫煙は,胎児に害を与える。

(オ) 喫煙は,非常に依存性が高い。吸い始めてはいけない。

2 前項により選択した2種類の特別警告文は,その1を,製造たばこの最小容器包装の面のうち最大面積を有する面に,その2を,これと相対する面に,それぞれ,読みやすいよう,印刷し又はラベルを貼る方法により表示されなければならない。

3 特別警告文は,太い黒枠で囲わなければならない。太い黒枠を含めたその記載の大きさは,その表示面の50%の面積を占めなければならない。

 (成分の表示)

第6条 会社又は特定販売業者は,厚生労働大臣の定める方法により測定したたばこ煙中に含まれるタール量及びニコチン量を,製造たばこの最小容器包装の面(上面及び底面を除く。)の上部に,かつ,相対する両面に,読みやすいよう,印刷又はラベルを貼る方法により表示しなければならない。

2 前項に規定する成分量の表示は,太い黒枠で囲わなければならない。太い黒枠を含めたその記載の大きさは,その表示面の15%の面積を占めなければならない。

 (報告)

第7条 厚生労働大臣は,会社,特定販売業者,卸売販売業者又は小売販売業者(以下本条及び次条において「会社等」という。)が,前4条の各規定を遵守しているかどうかを確認するため,会社等に対して,必要な報告を求めることができる。

 (立入検査等)

第8条 厚生労働大臣は,会社等が第3条から第6条までの各規定を遵守しているかどうかを確認するために必要があると認めるときは,その職員に,会社等の製造所,営業所,事務所その他の事業場に立ち入り,帳簿,書類その他の物件を検査させ,又は関係者に質問させることができる。

2 前項の規定により立入検査をする職員は,その身分を示す証明書を携帯し,関係者に提示しなければならない。

3 第1項の規定による立入検査の権限は,犯罪捜査のために認められたものと解してはならない。

 (回収・廃棄命令)

第9条 厚生労働大臣は,卸売販売業者又は小売販売業者が第3条第4項の規定に違反して製造たばこを貯蔵していると認めるときは,会社又は特定販売業者に対し,当該製造たばこの回収又は廃棄を命ずることができる。

 (特定販売業者の営業停止)

第10条 厚生労働大臣は,特定販売業者が次の各号のいずれかに該当するときは,期間を定めて,その営業の停止を命ずることができる。一第3条第3項の規定に違反したとき二第9条による命令に違反したとき

 (卸売販売業者及び小売販売業者の営業停止)

第11条 厚生労働大臣は,卸売販売業者又は小売販売業者が,第3条第4項の規定に違反したときは,期間を定めて,その営業の停止を命ずることができる。

 (罰則)

第12条 第10条又は第11条の規定による営業の停止命令に違反した者は,100万円以下の罰金に処する。

 (罰則)

第13条 次の各号の一に該当する者は,50万円以下の罰金に処する。

一 第7条の規定による報告をせず,又は虚偽の報告をした者

二 第8条の規定による検査を拒み,妨げ,若しくは忌避し,又は同条の規定による質問に関し陳述をせず,若しくは虚偽の陳述をした者

(両罰規定)

第14条 法人の代表者又は法人若しくは人の代理人,使用人その他の従業者が,その法人又は人の業務に関し,前2条の違反行為をしたときは,行為者を罰するほか,その法人又は人に対して,各本条の罰金刑を科する。

附 則

 (施行期日)

第1条 この法律は,公布の日から施行する。

 (たばこ事業法の一部改正)

第2条 たばこ事業法の一部を次のように改正する。

第39条 削除

 

 資料2 20本入り紙巻きたばこの包装についてのイメージ図

 

 資料3 相談要旨

 [この「相談要旨」は,T社の法務部長らから聴取した相談内容を弁護士が書いたメモである。]

相 談 要 旨

 相談日:20**年5月20日

 相談者:T社(法務部長他2名)

  [T社は,アメリカ系のたばこ会社の日本法人で,日本国内において,たばこ事業法による登録を受けて,たばこの輸入・販売をする特定販売業者。]

  今回施行された警告表示法によって大きな被害を受けているので,この法律を裁判で問題にしたいと考えている。同じように問題視しているたばこ会社も,確認した限りでは他に5社があり,訴訟になれば参加してくれる可能性がある。

  今回の警告表示法は,「喫煙者は,早死にする」,「喫煙は,致命的な肺がんを引き起こす」など,従前の警告文に比べてショッキングな警告文の記載を,決められた大きさで義務付けるというもの。しかも,経過措置がなかったので,大量の包装済みの自社在庫だけではなく,卸売業者や小売業者の営業所,店舗,自動販売機内に残っていた包装済み在庫のすべてを回収して,それらの包装を全部作り変えなければならなくなり,億単位の損害を被った。

  商品のイメージも大幅にダウン。警告表示法が施行されてから,それ以前に比べて売上げも35%減少している。深刻な経営問題。リストラによる従業員の人員整理の必要性。このままでは,倒産の危険さえある。

  法律が施行されてしまった以上,それには従って営業するしかない。それでもこの法律は明らかに行き過ぎ。訴訟を提起して,全損害を回復したいし,ひいては警告表示法自体の違憲性も問いたい。

  事実の問題として,喫煙によって健康被害(肺がん,心臓病,脳卒中,胎児への害など)のリスクは高まるかもしれないが,病気の要因は様々な環境因子によるもの。喫煙が唯一の原因ではない。警告表示法第1条で規定されている,たばこによる疾病・死亡の低減,受動喫煙がもたらす害の排除・減少,未成年者の喫煙防止,そして喫煙の社会的費用の抑制という立法目的には異論はないが,その目的を達成する規制手段の点で憲法上も問題があるのではないか。当社の見解と異なる警告文の掲載を義務付けられることは,耐えられない。社会の健康増進のために必要だというなら,それは国家の政策であり,たばこ事業者だけに犠牲を強いるのは筋が違うのではないか。

 

 資料4 たばこと健康被害等に関するデータ

[以下は,警告表示法の制定に当たって参考にされた資料である。]

(1)たばことがん

発がん物質

    たばこの煙には4000種以上の化学物質が含まれ,そのうち発がん性が分かっているものだけでも43種類ある。

が ん

  喫煙は単独で,がんの原因の約30%を占める。そして,がんで死亡する危険性が,喫煙者の方が高まる。例えば,肺がんで死亡する危険性は,喫煙者は非喫煙者に比べて約2倍から4倍高まる。

喫煙開始年齢と発がんリスク

  たばこを吸い始める年齢が若いほど,発がんのリスクが増加する。例えば,肺がんでは,20歳未満で喫煙を開始した場合の死亡率は,非喫煙者に比べて約5.5倍になる。

(2)喫煙がもたらす,その他のリスク

心筋梗塞

 喫煙者が心筋梗塞で死亡する危険性は,非喫煙者に比べて約1.7倍高くなる。

脳卒中

 喫煙者が脳卒中で死亡する危険性は,非喫煙者に比べて約1.7倍高くなる。

肺気腫など呼吸器系への障害

 喫煙により,慢性気管支炎,肺気腫などの慢性閉塞性肺疾患の危険が増大し,肺機能検査により閉塞性障害の頻度が高いことが観察されている。

ニコチン依存症

  たばこを持続的に使用した後,たばこから完全に,又は相対的に離脱するときに生じる,種々の性質と重症度を持つ一群の症状である。典型的には,たばこ摂取を強く渇望し,使用の制御が困難になり,有害な影響があるにもかかわらず持続して使用してしまう。

その他

  喫煙により,胃・十二指腸潰瘍,口腔粘膜の角化及び色素沈着,慢性萎縮性胃炎,肝硬変等の危険が増大する。また,歯槽膿漏や歯周囲炎など歯周病になりやすくなる。この他,脳萎縮,白内障,難聴,味覚・嗅覚の低下,骨粗鬆症,老化の促進などもみられる。さらに,年齢よりも顔のしわが増えたり頬がこけるという特有の顔つき(スモーカーズ・フェイス)になることが知られている。

(3)胎児・乳幼児・小児への影響

  妊婦の喫煙により,流産,早産,死産,低体重児,先天異常,新生児死亡のリスクが高まることが明らかになっている。家庭内での喫煙によって,肺炎,幼児の喘息性気管支炎,学童の咳・痰などの呼吸器症状が増加する。

(4)受動喫煙とリスク

  受動喫煙(自分の意志とは無関係に吸い込んでしまうこと)によって病気にかかる危険度は,たばこの害を受けない人と比べて,肺がんで約1.19倍,心臓病で約1.25倍に高まる。

(5)喫煙と社会的費用

  たばこの税収は年間約2兆円である。他方で,喫煙によって起こるがんや心臓病の医療費,それらの病気やたばこが原因の火災で失われる労働力等をすべて金額に換算してみると,年間7兆4000億円近くになる。

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 本問は,製造たばこの包装容器に警告文の表示を義務付ける立法措置が講じられたことによって特定販売業者に生じた損害について,その回復のために考えられる二つの訴えを挙げさせ,各訴えに関する憲法上の主張について,原告側,国側,それぞれの立場から論じさせることにより,憲法上の争点を浮き彫りにさせた上で,各争点についての解答者の見解と論拠を述べさせるものである。

 本問の出題意図は,法科大学院で行われている(行われるべき)授業に対応した設問という点にある。憲法理論について,判例と学説の対立の中でそれぞれを正確に理解した上で,自らの眼で事例を分析し,問題点を発見し,それを多面的・複眼的に検討し,説得力のある理由を付した一つの結論を導き出すことを求めている。検討に当たっては,理論的問題,すなわち憲法規範の意味の問題と,事実の問題,すなわち当該事案に関する事実や立法事実をどのようにとらえるかという問題があり,両者を踏まえた考察が必要不可欠である。もとより,解答に当たっては,分析と検討の道筋や論拠を的確に述べる必要がある。

 本問における核心的な問題は,他者の意見を記載することを強制されること(消極的表現の自由=強制からの自由),及び,商品回収や包装変更の点も含め,その強制が自社の経費負担の下で義務付けられること(憲法第29条第3項の損失補償における「特別の犠牲」の可能性)に関わる憲法上の問題である。

 設問1では,まず,損害を回復するための訴えとして,国家賠償法に基づく国家賠償請求と,憲法第29条第3項に基づく損失補償請求とを挙げることになる。本問では損害を回復するための訴えを尋ねており,法律関係の確認訴訟は解答として不十分である。

 次に,原告訴訟代理人の主張として,国家賠償請求に関しては,本法律の違憲性,具体的には,消極的表現の自由,営業の自由,財産権等との関係を論ずることになろう。また,損失補償請求に関しては,憲法第29条第3項による直接請求の可否,補償の要否等が問題となろう。

 ここでいう消極的表現の自由とは,他者の意見を記載することを「強制されない自由」であり,本法律では警告文の「発信者」名が表示されず,記載内容が特定販売業者の意見であると思われる可能性があることから,その制約の是非が問題となる。消極的表現の自由が,単なる「言わない自由」や「沈黙の自由」ではないことを理解した上で論述することが期待される。

 なお,自己のスペースであるにもかかわらず,包装のデザイン等を自分ですべて決めることができない点も,表現の自由の制約として問題となろう。また,警告表示義務が実質上販売活動を制約するものであり,また,実際にたばこの販売にマイナスの影響を与えていることから,営業の自由の制約の是非が問題となる。同様に,本法律による警告表示義務については,財産権の制約の観点からもその制約の是非が問題となるし,さらに,経過措置の定めがない点も,同様の観点から問題となる。

 本法律による規制目的の正当性については原告も争っていないので,本問においては,規制目的と手段の関連性や手段自体の相当性が主たる争点となる。したがって,原告側としては,問題とする権利の根拠・内容や性格を明らかにし,上記のような権利の制約が問題となることを事実に基づいて的確に述べた上で,国側からの予想される反論等をも念頭に置きつつ,自己の主張を説得的に述べることが期待されている。

 他方,損失補償請求に関しては,他者の経費でたばこの包装に警告表示をさせること,あるいは,経過措置を定めなかったことにより包装変更のため流通在庫の回収を余儀なくされたことは,憲法第29条第3項の「公共のために用ひる」に該当し,正当な補償が与えられなければ同項に違反すると主張することになろう。

 設問1と設問2の主張は,規制を受ける私人と国は対抗的関係にあるから,対応する主張がなされるべきである。その際,憲法違反の主張においては,あらゆる違反の可能性を主張するというよりも,違憲となる可能性の高い問題は何かを事例に照らして十分に検討した上で,説得的に主張することが期待される。

 設問2の国側の主張においては,原告側の主張に反論するための議論を行うことになるが,その場合にも,単なる理論的な反論だけではなく,事例に依拠した主張が望まれる。具体的には,①健康の危害への警告は国家の任務に属すること,②警告表示は喫煙者に喫煙による健康被害を明確に認識させるため必要不可欠な措置であること,③医学上の知識を伝えるものであり,喫煙自体を禁止するものではないこと,④他の措置(広告の禁止や税率の引上げ等)に比べて,警告表示義務はより緩やかな手段であること,などを述べることが想定できよう。なお,このほか,国家賠償法の下で請求を退けるための主張をすることも考えられる。

 最後に,設問3では,以上を踏まえて,解答者自身の見解を示すことが求められる。そこでは,判例に基づく結論を示すことではなく,多面的・複眼的な検討・考察の上で,一つの筋の通った帰結を導くことが必要である。したがって,設問3では,設問1と設問2とは異なる「第3の道」もあり得る。

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新司法試験考査委員(公法系科目)に対するヒアリングの概要

(◎委員長,○委員,□考査委員)

◎考査委員の先生方は新司法試験の採点を終えられた直後であるので,採点の実感等について,率直な感想を聞かせていただきたい。司法試験委員会では,平成20年以降の新旧司法試験合格者数の一定の目安を示すための議論を行うことになっているが,その際にも先生方の御意見を参考とさせていただくつもりでいる。それでは,憲法担当の先生からお願いしたい。

□まず,短答式の試験結果についてである。昨年のプレテストの短答式は,公法系は全体の平均点は約40パーセント台であった。憲法は50点満点の60パーセント台,行政法は50点満点の20パーセント台という成績であった。しかし,たまたまよかったという可能性もあることを考慮して,憲法の考査委員としては本試験の短答式の問題作成に当たっては,出来るだけやさしくすることを心がけつつ作成した。実際,本試験が終わった後,いくつかの法科大学院の先生からは,「憲法の短答式問題はやさしかったですね。」と言われていた。しかし,第1回新司法試験の短答式では,全体の平均点が58パーセントだったが,行政法よりも憲法の方が悪かった。
 この結果を受けて,出題内容・方式等について検討した。判例を正確に読んでいるかなどを問う問題が中心であり,法科大学院において教育されているべき内容に沿った問題といえるので,出題の方向性や出題内容という点では間違っていなかったと思っている。平均点が思ったよりも悪かった原因は,例えば,出題形式にあったと思われる。正しいものに1,誤っているものに2を付けなさいという形式の出題が,全20問のうち9問あった。この出題形式の場合,枝問は4つあり,4つ全部出来て3点,3つ出来て部分点1点を与えている。しかし,4つの枝問すべてを正解するのがなかなか難しかったのではないか,また,3つ以上正解しないと点数に結びつかない形式なので,この出題形式が点数が伸びなかったひとつの原因ではないかと考えている。このような形式で出題する場合の枝問の作り方等,来年に向けて検討したいと思っている。
 次に,論文に関してであるが,これからお話しする印象は憲法の考査委員全体で話し合った共通の見解ではなく,私の個人的な印象であることをお断りしておきたい。私は,全体答案の約4分の1に当たる420通を採点した。憲法の論文問題で問うている最も核心的問題をきちんととらえ,論じている答案が1通もなかった。今回の論文問題の基礎には,「自由とは何か」という極めて根本的な事柄に関する問いがある。それをとらえた上で,個別・具体に検討する答案が,私が採点したものの中にはなかった。出題側としては,極めて残念であった。ただ,執筆するのに十分時間があり,執筆するのに参考文献も読むことができる法科大学院の教員が法律雑誌に解説を書いている中にも,不適切,不十分な解説がある。そのことを考慮すると,限られた時間の中で,考え,資料を読み,書かなければならない受験生が出来なかったとしても,責めることはできないようにも思われる。出題した問題に直接かかわる判例はないが,受験生が問題を自ら発見し,その問題にどういうアプローチがあり得るのか,何を論じなければならないのかを自ら考えることを求めた問題である。そして,資料を読んで,事実に関わるところも踏まえて,机上の空論だけではない憲法論を考え抜いてほしいという「おもい」で作った問題である。本年の論文問題におけるそのような基本的姿勢は,間違っていなかったと思っている。ただ,受験生が問題を解く時間との関係で資料の分量が多かったのではないかとは思っており,この点は来年に向けた反省点である。
 最終合格者の決定を終えた今,旧司法試験考査委員でもあったが,そのときと同じ危惧を抱いている。つまり,予備校や受験にかかわる雑誌では,採点者からすると優秀答案(模範答案)とはいえない,合格者が書いた再現答案が「優秀答案」として扱われる。受験生は,それを「模範答案」として暗記する。こうして,優秀とはいえない答案が,しかもパターン化して蔓延することになる。今回も,採点して,実際の答案は,出題者の意図からずれてしまっていたことから,そのような答案が蔓延することになるのではないかと危惧している。旧司法試験と同様の現象が起これば,法科大学院教育の「崩壊」を,ひいては新しい法曹養成制度自体への疑問を呼び起こすことになるのではないか,と懸念する。法科大学院教育の「崩壊」を防止するためには,なお一層,教える側に広く,深い研究に裏付けられた教育を行うことが求められる。そのような教育とは,私見を押し付けるのではなく,豊かな感受性でもって問題を発見し,深い理性と温かい心をもって多面的に問題を検討し,そして筋の通った結論を導き出す能力を養成する教育であると思われる。

□私の方から,出席していない行政法の各委員の意見について報告する。まず,出題趣旨について簡単に申し上げる。行政法としては,時間内に問題文と資料から具体的事実関係及び法令の趣旨を的確に読み取って把握する能力が備わっているか否かということを試すというのを主眼に置いた。その上で設問1は,主として訴訟方法の選択の問題であるが,行政法総論及び行政訴訟に関する知識を踏まえて,具体の事案に含まれた法的問題の所在を把握した上で,適切な訴訟方法を選択し,それと結び付いた本案の主張を整合的に展開できるかということを試している。それから設問2は,国賠法の問題であり,国家賠償法上の基礎的な知識を踏まえ,具体の事案において的確な主張を組み立てる力があるかということを試そうとしたものである。
 以上を前提にして,採点実感のうち,設問1と2の出題意図に即した答案の存否,多寡,それから出題時に予定していた解答水準と実際の解答水準の差異について説明する。各委員の共通の認識として,設問1については,答案の多くは出題者が想定していた基本的な枠組みに沿って解答を組み立てることが出来ていたということである。それから設問2については,設問1に比べると記述の厚みに欠ける答案が多かったものの,答案の多くは基本的には的確な理解を示す記述をしていたということである。各個別の委員の感想について,いくつか紹介すると,「高得点を得た答案がかなりの割合で存在し,白紙に近い答案や適切な記載がわずかしかない答案も少ない割合ながら見られた。」,「全体としてまあまあの出来,しかし,明らかに時間切れと思われる答案も多い。」,「ほぼ例外なく一般論,抽象論に終始することなく具体的事案に当てはめて,答えようとする答案であったためよい印象を受けた。その前提としてどの答案も資料をよく読み込んでいた。」,「予定した解答水準であったと言ってよい。」,「実務にこれから出ようとする時点で行政法について最低限知っておくべきこと,あるいは,当てはめ能力としては多くの答案が十分な資格を有している。」などとかなり肯定的な意見であった。他方,「一部白紙に近い答案や適切な記載がわずかしかない答案もあった。」とか,「第2問の国賠法の方が若干記述の厚みに欠ける。」という指摘がある。この辺の原因についての各委員の見解についてであるが,出題の意図と実際の解答に差異がある場合の原因については,「憲法と行政法との間の時間配分に失敗し,行政法に十分な時間を割くことが出来なかったのではないか。」,「行政法の中でも設問2の方,国賠法の方は,出来,不出来がかなりはっきり出ていた。不出来な答案というのは明らかに時間不足の答案が多かった。結局これは第1問の憲法とそれから第2問の行政法の方でも資料を読み込んでいるうちに時間が不足してしまったのではないか。」という指摘もある。それから,厳しい指摘としては,「与えられた資料,法文から重要な事実を読み取り,それらに法令,判例理論を適切に当てはめることによって適切な結論を導き出す能力,基礎的知識を養成するという法科大学院の教育理念が一部の法科大学院においては,十分に学生に徹底されていなかったことが考えられる。」という指摘がある。設問2の出来がよくなかった点については,「国賠法の問題について正面から,注意義務,すなわちこれは過失要件,あるいは国賠法の違法要件ということであるが,注意義務について論じている答案が少ないとの認識を持った。これは,事例に則して,そこまで言及,検討する教育が行われていないということではないかと推測される。」という指摘もある。このような点を踏まえて,法科大学院に求めるものとして,厳しい指摘をされた委員の方は,「与えられた資料,法文から重要な事実を読み取り,これらに法令,判例理論を適切に当てはめることにより適切な結論を導き出すという能力,基礎的知識を養成するという点を各法科大学院の責任において検討されることを望む。」という意見がある。
 それから,国賠法の要件についての検討が十分にされていないという指摘をされた先生は,「各要件に即して考える癖を付けることは重要であり,また,過失認定という研究者教員にとっては少々教えづらい問題についても少なくともどういうふうにアプローチするのかという程度の教育は意識的に行う必要がある。」という指摘をしている。他の意見を紹介すると,例えば,「いたずらに細かい知識を追うのではなく,基礎的,基本的な知識を与えられた事案に的確に当てはめ,応用できる能力を身に付けさせる教育に力を入れてほしい。」という意見がある。それから,実務家の委員からは,「今回の出題では,訴訟形態のことを訊いているので,出来るだけオーソドックスな訴訟で最大限の効果を上げるという極めて実務的な能力が不可欠である。そのためには行政事件訴訟法の条文をしっかりと理解すること,それから判例百選等の基本的な判例をきちんと読込むことなどに重点を置いてほしい。さらに,余裕があれば判例雑誌や裁判所のホームページで行政事件の最新の裁判例を読み,具体的に生起する事象に対する行政訴訟による対応を考察してほしい。」という指摘をされた委員がいる。以上が法科大学院に求めるものである。
 今回の結果を受けて,新司法試験の出題に当たり見直すべき点については,資料の減量を指摘された委員がいた。ただし,実際には行政法の特質から,資料の減量はかなり困難ではないかという意見も一緒に述べている。

□行政法に関して,委員の意見を客観的にまとめたものは,今,説明があったとおりである。個人的な感想を付け加える。短答式試験の関係であるが,行政法については次のようないきさつをたどっている。プレテスト問題は非常に難しかったという感想を受け,今回は行政法の出題に関しては,プレテストのときよりも一層やさしくすることに努めた。その結果が今回のような結果になっていると思われる。短答式試験は,行政法は初めての経験であるので,初回はやさしいものであっても,今後は,様子を見つつ,少しづつ,長期的には難しくしていければいいのではないかと思っている。それから,論文式試験については,先ほども説明があったように,十分な資料を与え,そこから正しい答えを引き出してくるということを主眼において出題をしたので,一応の答えは比較的容易に出来るはずである。ただその先の解釈論上の論点に気が付いて検討することは,実務家,あるいは研究者の間でも議論になるような高度な論点も含まれている。色んなレベルの能力を評価できる問題のつもりで出した。結果的には上の方のレベルの答案はほとんどなかった。下の方に関して言えば,一応は書けているというのがかなりあるという印象である。もちろん,そのくらいのレベルで果たしてよいのかというのはまた別個の問題である。御承知のとおり,日本の行政訴訟の実務というのは事件の件数もまだ少なく,行政訴訟の実務のレベルが平均的にはまだまだであると私は認識している。中には大変優れた判決,優れた訴訟活動の事例もあるが,一般的な法曹のレベルはまだまだであるので,差し当たり先ほどのようなレベルで法曹養成の目標を定めるとしても,それは現状を改善していくことにそれなりに役に立つのではないかと思われる。それから,法科大学院との関係,あるいは,学生の勉強との関係で言うと,実務行政法というか,法曹になるための行政法の勉強の仕方というのは,まだ確立されていない。各法科大学院も手探りでやっているところであるので,そのための教科書なり教材なりというものもこれから開発しなければならないという段階である。最初に言ったように,プレテスト後,学生諸君はかなり行政法を勉強してくれたという印象を持っている。それが今後教材の開発や教育方法の改善も加わって,だんだん全体としてレベルが上がっていく,それに応じて,出題採点のレベルも次第に上げていければと,私としてはそのような見通しを持っている。

□他の憲法の考査委員の意見の概要を紹介する。既に説明のあった内容と共通する点も多いと思われるが,かなりよかったのではないかという印象を述べた委員と,逆に,かなり期待はずれであったという印象を述べた委員が,それぞれおられた。ただ,その具体的な内容を比較すると,共通点も少なくないように思われた。具体的に申し上げると,予想よりはよかったとか,法科大学院の教育の成果が現れているといった肯定的な印象を述べた委員からも,問題点を把握してきちんと書いている答案はほんの一握りに過ぎない,出来のいい答案はそれほど多くはないとの指摘がなされており,きちんと出題者の意図をとらえて問題点を分析,把握して記述している答案は少ないという印象であったように思われる。また,悲観的になったとか,残念であったという印象を述べた委員のコメントを見ると,問題点を事実に照らしてきちんと把握できていない,例えば,本問におけるたばこに対する警告表示がどういう自由権を制約するのかきちんと分析しないまま非常に表面的な記載で終わっているものが多いとか,大きな論点である消極的表現の自由には触れているものの,その内容をきちんと把握しないまま記述しているものが多いといった指摘がなされている。こういった意見をまとめてみると,今回の出題は,豊富な資料を提供して事実の分析を求め,憲法規範の的確な理解のもとに,何が問題となるのかを把握し,その問題に関係する事実を資料から抽出した上で,複眼的な立場から憲法規範を当てはめることが出来るかどうかを問う問題であったが,こういった事実の分析や抽出が十分出来ておらず,表現の自由の問題のようだということから,すぐ合憲性判断の基準といった解釈についての記述に飛んでしまう答案が多く,採点者から見ると,法律実務に重要な事実の分析や抽出が抜けているという印象を受けたのではないかと思われる。消極的表現の自由が問題なのであれば,たばこに対する警告表示を義務付けることがどういう意味で消極的表現の自由の問題になるのかをきちんと説明した上でないと次のステップに本当は移れないはずなのに,そこを飛ばしてしまう答案が多かったということであろう。その反面,一応の問題点の把握は出来ており,そういう意味でそれなりの記述がされている答案は少なくなかったので,旧試験の答案に多く見られたような紋切り型の答案からは脱却傾向にあるのではないかという肯定的な評価をすることも可能であり,委員の期待値によって評価が変わったのではないかと思われる。

○行政法の出題では,どのようなところが重要な問題となり,受験生や法科大学院生には,どのような勉強を求めるというメッセージを伝えたことになるのか。

□最初に出題意図ということで,説明したことであるが,行政法は,いわば,種々雑多な法令の中でどうやって筋を通してものを考えるかということもある。種々雑多な制度の仕組み全部を暗記せよということでは決してない。事実に関する資料も,それから制度に関する資料も問題に付けているので,与えられた条文や説明などから制度の趣旨あるいはポイントをきちんととらえることが行政法にとって基本的なスキルであり,それをまず訊きたいと考えていた。私の印象では,半分以上の受験生は,資料は正確に読み取ってそこに書いてあることは理解していた。しかし,その先に,実は隠された論点があるわけであるがそこまではなかなか気付いてもらえなかったということである。

○もう一つお聞きしたかったのは,従来の試験では,いわゆる画一的で,論点主義,記憶に頼った答案というのがよく見られるというのはしばしば指摘されてきたところであるが,今年の行政法の答案では,そのような印象を受けるものがあったのかどうか,また,数字で表すのは難しいかもしれないが,あったとすればどれぐらいの割合で見られたかを教えていただきたい。

□画一的と言われると,確かにそういう印象を受ける点はある。しかし,どういう意味で画一的かということもあるが,非常に平板な,つまり,概念とその定義を機械的に暗記していて,それをただ書き並べるということであるとすれば,今回の答案はそういう感じでは必ずしもなかった。生の資料から書かせるので,手持ちの概念から書き始めるのは,そもそも難しいところがある。ただ,別の意味では画一的とみ得る点もある。この問題は行政の一連の活動についての争い方を問うているわけであるが,今の行政事件訴訟法でいうと,行政処分というものをとらえて,取消訴訟なり,無効確認訴訟を起こすというのがオーソドックスなやり方であるので,そのオーソドックスなやり方にとらわれて何とかして処分を見つけてそれを取消訴訟に結びつけるという,ただその一つの解法しか頭にない。
 そこで,なんとしても処分を見つけたいという発想で,ある事実に行くわけであるが,それはいまの判例から見ればそんなものに処分性は到底認められないような事実なわけである。にもかかわらず,そこへ非常にたくさんの学生が,いわば魚が網に誘い込まれるように行ってそこで長々と書いている。そういう意味では,与えられた事実の中からバランスよく問題の所在をまずつかんでバランスよく議論を組み立てていくという能力がまだ足りないという印象を持っている。

□よく他の科目で聞くような,各論点に対する記述のパターン化というような指摘が,行政法の委員の先生からはあまり出ていないように思われる。今回の行政法の問題は,そのようなことではなかなか対応しきれなかったのではないかと個人的には思う。

○法科大学院での行政法の指導方法が良かったということになるのではないか。

□そういうことではないと思われる。今回の問題は,およそ論点の丸暗記では答案の一行の書き出しもできない。ただ,法科大学院で教えてほしいバランスのよい状況のとらまえ方は,まだだと思われる。

○資料を読んで組み立てるということで,丸暗記型の勉強では対応できない非常によい出題だと思われるが,今の法科大学院の行政法の教え方は,こういうような形の題材を使って,細かくトレーニングするやり方が多いのか。もちろん大学によって,違うと思われるが,今の法科大学院における行政法の教え方はどのようになっているのか。

□私が認識している限りのことであるが,一昔前の行政法の教科書は概念を体系的に説明したものであった。今でも教科書は基本的には同じである。それに対して,新しく始まった法科大学院での教育は,判例教材を使って行われているところが多い。判例を読ませて論点について考えさせるのが主流だと思われる。教材と教え方との間にギャップがまだあることが問題だと思われる。今回の問題は,実は判例があるが,行訴法の改正もあり,行政訴訟についての考え方もちょっと流動的になっているので,このような状況では他にも色んな可能性があるのではないかということをもう一度考えてもらいたいところであった。判例を踏まえつつ,しかし,判例から距離をおいて自分でものを考えてみるという能力を養うための教材というのは,いったいどういうものだろうかと,私自身,この問題の作成に関わり,採点しながら,それが今後の行政法教育における課題だと思った。

○判例の結論の部分を憶えるだけだと,あまり進歩がなく,具体的な事例を前提に判例で展開されたロジックであるとか,考え方を勉強することによって,いわば汎用性が出てくるようになるのだと思われる。私はこの問題を拝見して,そういう意味で実務にもつながるよい問題だという印象を受けた。

□採点結果を踏まえて,憲法の論文問題について,前述した全体的感想よりもやや踏み込んで述べておきたい。今年の問題では,それぞれ異なる3つの立場から論じることを求めた。それは,多元的・多面的思考能力を問うものでもある。第1問の1では,依頼者の希望に応じてどういう訴訟を提起するか,を尋ねた。サンプル問題のときには,どういう問題があるかを「簡潔に述べなさい」という尋ね方であった。「簡潔」ってどう書けばよいのか,どこまで書けばよいのか分からないという声が寄せられた。また,プレテストでは「箇条書きにしなさい」という尋ね方をしたら,箇条書きってどう書くのか分からないという声が寄せられた。そこで,今年の問題では,損失を回復したいし,損害賠償を求めたいという依頼者の希望に応じた訴訟という,かなり絞った形で尋ねた。それゆえか,この問いに関してはかなりの人が書けていた。しかし,第1問の2の部分,つまり憲法論としての核心的問題にかかわるところであるが,前述したように,十分にとらえられていなかった。教科書・概説書では,一般に,表現の自由の中で消極的自由という概念は説明がされていない。しかし,それは,自由論そのものの中で論じられる。強制からの自由と選択の自由である。今回の問題では,自分の意見でない他者の意見を自分のパッケージに記載することを義務付けられることの問題性であるから,強制からの自由を巡る問題である。受験生は,この基本的問題に気付いてくれなかった。その点で,出題側の期待との間にズレがあった。また,パターン的答案も目だった。とりわけ,それは,営業の自由の問題だと論じている答案で目立った。問題となった法律の立法目的は複合的目的であることを依頼者も認めているにもかかわらず,また,目的の問題性は問わないと述べているにもかかわらず,単純に消極目的・積極目的二分論で書く傾向が見られた。具体的判断に関しても,手段の合憲性を論じる際に関係する資料を出しておいたが,それらが十分に活かされていない印象がある。出題側としては,特定の答えを想定しているわけではなく,受験生が資料等を用いてどのような結論を導き出すのか,楽しみにしていた。例えば,タバコの値段を上げることの方が有効な手段である,といったような主張をする答案も出てくるのではと楽しみにしていたが,残念ながら,そのような答案はなかった。

□行政処分については普通は取消訴訟で争うが,その出訴期間が切れていることは問題文に書いてある。そうすると,次に,無効確認訴訟の可能性があると想起されるはずである。
 しかし,無効確認訴訟は,出訴期間が無い代わりに特別の無効事由を主張しないといけない。大体この程度まで理解できている人が半分以上いるという印象であった。プレテストのときにはその程度のことも書けていない答案が多かったが,今回はその程度のことは理解出来ていると思われた。

□前半部分で比較的こちらの想定していた基本的な論点について,解答を満たしているところで印象がよくなったので,後半部分の国賠法の要件の当てはめのところが,十分出来ていなかったのは時間切れのせいではないかと受け止めた考査委員が比較的多かったようである。おおむね全答案の約60パーセントが合格という点については,他の行政法委員の先生も異論はないのではないかと思われる。