平成21年新司法試験民事系第1問(民事訴訟法)

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訴えの利益 - 給付の訴えの利益
主張・証拠 - 裁判上の自白

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[民事系科目]

 

〔第1問〕(配点:100〔設問1と設問2の配点の割合は,4:6〕)

 次の文章を読んで,以下の1と2の設問に答えよ(なお,本問における賃貸借契約については借地法(大正10年法律第49号)の規定が適用されることを前提とする。)。

 

1 Xは,父Aの唯一の子であったが,Aが平成19年2月に他界したため,Aの所有する土地(以下「本件土地」という。)を単独で相続した。本件土地上にはAの知り合いであるYの所有する建物(以下「本件建物」という。)が存在しているが,Yは,現在,家族とともに他県に居住しており,2か月に一度程度,維持管理のため,本件建物を訪れている。Xは,以前,Aから,Yが不法に本件土地を占拠していると聞いたことがあったため,Aの他界後,Yに対し,本件建物を取り壊し,本件土地を明け渡すように求めた。すると,Yは,Aの相続人が明らかになったことから地代を支払いたいとして,30万円をX方に持参したが,Xは,本件土地をYに貸した覚えはないとして,Yの持参した金銭の受領を拒絶した。

 Yが本件土地の明渡しに応じなかったことから,Xは,同年12月25日,Yを被告として,T地方裁判所に建物収去土地明渡しを求める訴え(以下「第1訴訟」という。)を提起した。平成20年1月29日に開かれた第1回口頭弁論の期日において,Xは訴状を陳述し,Xが本件土地を現在所有していること,Yが本件土地上に本件建物を所有して本件土地を占有していることを主張し,本件建物の収去及び本件土地の明渡しを求めた。これに対し,Yは,同期日において,答弁書を陳述し,Xの主張する事実はいずれも認めるが,Yは,昭和53年3月8日,Aとの間において,本件土地につき,賃料を年額30万円,存続期間を30年とし,建物の所有を目的とする賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結しており,本件賃貸借契約の効力はなお継続しているから,Xの請求には理由がないと反論した。

 第1回口頭弁論の期日において,裁判所は,当事者の意見を聴いて,事件を弁論準備手続に付した。平成20年2月26日に開かれた第1回弁論準備手続の期日において,Xは,YからAに対し賃料の支払がされた形跡はなく,AがYとの間に本件賃貸借契約を締結したことはないと反論した。これに対し,Yは,本件賃貸借契約の成立や賃料の支払に関する書証を提出し,その取調べが行われた。第1回弁論準備手続の期日の結果を踏まえ,Xは,本件賃貸借契約の成立を前提とする訴訟活動を行うことも必要であると考えるに至り,同年3月28日に開かれた第2回弁論準備手続の期日において,Yが主張する本件賃貸借契約の内容に基づき,仮に本件賃貸借契約の成立の事実が認められる場合であっても,その契約は訴え提起後に30年の存続期間(昭和53年3月8日から平成20年3月7日まで)が満了したので終了したと主張した。また,Xは,同期日において,平成20年3月1日にYから本件賃貸借契約の更新を請求されたが,その翌日,その更新を拒絶したと主張した。

 同年4月25日に開かれた第3回弁論準備手続の期日において,Xは,本件賃貸借契約の更新を拒絶する正当事由として,Yは他県に自宅を構えて家族とともに居住しており,今後,本件土地を使用する必要性に乏しいこと,他方,Xは,現在,築45年の木造賃貸アパートに居住しているが,老朽化に伴う危険性から建て替え工事が必要であり,家主からも強く立ち退きを求められていることから,本件土地を使用する必要性が高いことなどを主張したが,Yは,正当事由の存在を争った。

 その後,同年5月28日に開かれた第4回弁論準備手続の期日において,Xは,以下の事実を主張した。

 「第3回弁論準備手続の期日の2日後である平成20年4月27日,Yから突然電話があり,えを提起されている以上,Xの主張に対しては必要な反論をせざるを得ないが,Aの長男であるXと長期間にわたり訴訟で争うことは必ずしも自らの本意ではないと述べて,本件建物をその時価である500万円で買い取ってほしいと依頼してきた。自分としては,弁護士から,建物買取請求権という制度があるとの説明を受けたことがあり,知り合いの不動産鑑定士から,本件建物の時価は500万円程度ではないかと聞いていたことから,本来は,Yの費用で本件建物を収去してほしいところではあるが,Yが本件建物から早期に退去してくれるのであれば,500万円で本件建物を買い取ることもやむを得ないと考えた。そこで,Yに対し,本件賃貸借契約が存続期間の満了により終了したことを認めた上で,本件建物を500万円で買い取ることを請求するのですかと確認したところ,Yは,そのとおりであると回答した。このようにして,Yは,本件建物の買取請求権の行使の意思表示を行った。」

 

 以下は,第4回弁論準備手続の期日が終了した直後に,裁判長と傍聴を許された司法修習生との間で交わされた会話である。

裁判長:本期日におけるXの主張についてはどのように理解すればよいでしょうか。

修習生:Xの主張は,Yが,Xに対し,平成20年4月27日,本件建物の買取請求権を行使する旨意思表示をしたという主張であると理解できます。

裁判長:そうですね。この主張は,本件訴訟の主張立証責任との関係ではどのような意味を有するのでしょうか。

修習生:本件訴訟において,Xは,所有権に基づく建物収去土地明渡しを請求しています。これに対し,Yは,本件土地の占有権原に関する主張として,建物の所有を目的とする本件賃貸借契約をYとの間で締結し,それに基づき本件土地の引渡しを受けたと主張していますが,Xは,更に本件賃貸借契約が存続期間の満了により終了し,その更新拒絶について正当事由があると主張しています。Yによる建物買取請求権の行使は,本件賃貸借契約の存続期間が満了し,契約の更新がないことを前提として,借地権者であるYが,借地権設定者であるXに対し,本件建物を時価である500万円で買い取ることを請求するものです。

裁判長:建物買取請求権の行使は,本件訴訟のように建物収去土地明渡請求がされている場合には,いずれの当事者が主張すべきものですか。

修習生:建物買取請求権の行使の事実を主張するのは,本来,借地権者であるYのはずです・・・。しかし,本件訴訟ではXが主張しています。

裁判長:Xとしては,本件賃貸借契約が認められるのであれば,とにかくYに建物から早期に退去してもらい,土地を明け渡してほしいと望むことも考えられますが,Yによる建物買取請求権の行使の事実が認められると,本件建物の所有権は建物買取請求権の行使と同時にXに移転することになりますから,少なくとも,XはYに対し建物収去を求めることはできなくなりますね。ところで,仮に,裁判所が,Yに対し,本件建物の買取請求権の行使について釈明を求めた場合,Yとしては,どのような対応をすることが考えられるでしょうか。

修習生:Yの対応としては,①Yが本件建物の買取請求権を行使したというXの主張する事実を争う場合,②Xの主張する事実を自ら援用する場合,③裁判所が釈明を求めたにもかかわらず,Xの主張する事実を争うことを明らかにしない場合,の3通りが考えられるのではないでしょうか。

裁判長:そうですね。本件賃貸借契約の終了が認められる場合において,Yが本件建物の買取請求権を行使したというXの主張する事実を,証拠調べをすることなく,判決の基礎とすることはできますか。あなたが考えた3通りの各場合について検討してください。

修習生:はい。わかりました。

 

〔設問1〕

 前記会話を踏まえた上で,本件賃貸借契約の終了が認められる場合において,「YはXに対して本件建物を時価である500万円で買い取るべきことを請求した」というXの主張する事実を,(i)Yが否認したとき,(ii)Yが援用したとき,(iii)Yが争うことを明らかにしなかったときについて,それぞれ,証拠調べをすることなく,判決の基礎とすることができるかどうかについて論じなさい。

 

2 第1訴訟のその後の審理において,Yは,Xの主張する建物買取請求権の行使の事実を援用するとともに,本件建物の時価相当額である500万円の支払があるまでは本件建物の引渡しを拒むと申し立てたことから,裁判所は,結局,Yに対し,本件建物の代金500万円の支払を受けるのと引換えに本件建物を退去して本件土地を明け渡すよう命ずる旨の判決を言い渡し,その判決は平成20年11月21日の経過により確定した。

 Xは,平成21年1月ころ,親戚の集う新年会の席上,親戚Bから,「数年前にAと会った際,本件土地をめぐってYとトラブルになっており,その件で,今は亡き兄Cと相談していると言っていた。」と聞いた。そこで,Xは,すぐにAの亡兄Cの家族を訪ねて事情を聞いたところ,確かに,数年前にAが書類を封筒に入れて持参し,Cと2人で相談していたことがあったとのことであり,AがC方に持参した書類は,封筒に入れたまま保管しているとのことであった。

 そこで,Xは,Cの家族からその封筒を受け取って自宅に戻り,封筒内の書類を整理したところ,AからYにあてた平成18年4月3日付け内容証明郵便が見付かった。同内容証明郵便には,Aが,Yに賃料支払の催告を行い,2週間以内に未払賃料の支払がないときは本件賃貸借契約を解除するとの意思表示を行った旨の記載があり,Yが同内容証明郵便を同月6日に受領したことを示す郵便物配達証明書も同封されていた。そこで,Xは,Yを被告として,平成21年4月13日,別紙の訴状をT地方裁判所に提出して,新たな訴え(以下「第2訴訟」という。)を提起した。これに対し,Yは,弁護士に委任して答弁書を裁判所に提出し,Xの提起した訴えは,訴えの利益が認められないので却下されるべきであると主張するとともに,第2訴訟におけるXの請求には,第1訴訟の確定判決の効力が及ぶので,第2訴訟の請求は,少なくとも建物収去を求める部分については棄却されるべきであると主張した。この答弁書の送達を受けたXは不安になり,自分も弁護士に相談した方がよいと考え,第2訴訟の第1回口頭弁論の期日の前に,D弁護士を訪れた。

 

 以下は,Xから相談を受けたD弁護士と同弁護士の下で修習中の司法修習生との会話である。

弁護士:Xは,第1訴訟の判決確定後に新たな事実が判明したとの理由から,Yに対して第2の訴えを提起したのですね。

修習生:はい。第2訴訟は,賃料不払による賃貸借契約の解除の場合には建物買取請求権の行使ができないことを前提とする訴訟です。建物買取請求権は,誠実な借地人の保護のための規定ですので,借地人の債務不履行による賃貸借契約の解除の場合には,借地人には建物買取請求権は認められないとする最高裁判所の判例があります。

弁護士:よく勉強していますね。次に,第2訴訟の訴訟物について考えてみましょう。第2訴訟において,Xは,Yに対し,本件土地の所有権に基づき,本件建物の収去と本件土地の明渡しを求めていますが,土地所有者が,土地上に建物を所有してその土地を占有する者に対して,所有権に基づき建物収去土地明渡しを請求する場合の訴訟物については,どのように考えられますか。

修習生:はい。この場合の訴訟物については,考え方が分かれていますが,一般的な考え方によれば,この場合の訴訟物は所有権に基づく返還請求権としての土地明渡請求権1個であり,判決主文に建物収去が加えられるのは,土地明渡しの債務名義だけでは別個の不動産である地上建物の収去執行ができないという執行法上の制約から,執行方法を明示するためであるにすぎないとされています。したがって,建物収去は,土地明渡しの手段ないし履行態様であって,土地明渡しと別個の実体法上の請求権の発現ではないということになります。

弁護士:その考え方に立つと,第2訴訟の訴訟物と第1訴訟の訴訟物とが同一かどうかについては,どのように考えるべきでしょうか。

修習生:第1訴訟の判決は,Yに対し,本件建物の代金500万円の支払を受けるのと引換えに,本件建物を退去して本件土地を明け渡すよう命ずるものです。建物収去土地明渡訴訟の訴訟物について先ほどお話しした一般的な考え方に立つとすれば,建物退去土地明渡訴訟についても,訴訟物は所有権に基づく返還請求権としての土地明渡請求権であり,「建物退去」の点については「建物収去」の点と同様に,土地明渡しの手段ないし履行態様にすぎないと考えることができますので,その訴訟物は同一であるといえるかと思います。

弁護士:そうですね。ここでは,第1訴訟と第2訴訟の訴訟物は同一であるという考え方を前提として考えてみましょう。ところで,Yは,第2訴訟において,どのような主張をしていますか。

修習生:Xの提起した訴えは,訴えの利益が認められないので却下されるべきであると主張するとともに,第2訴訟におけるXの請求には,Yに対し,本件建物の代金500万円の支払を受けるのと引換えに本件建物を退去して本件土地を明け渡すよう命じた第1訴訟の確定判決の効力が及ぶので,第2訴訟の請求は,少なくとも建物収去を求める部分については棄却されるべきであると主張しています。

弁護士:Yの主張を理解するには,建物収去土地明渡請求と,建物代金の支払を受けるのと引換えに建物退去土地明渡しを命ずる判決との関係をどのように考えるかが問題となりそうですね。まず,Yのそれぞれの主張について,その論拠をまとめてみた方がよいかもしれません。その上で,それぞれの主張について,どのような反論をすべきか,検討してください。

修習生:はい。わかりました。

 

〔設問2〕

⑴ 前記会話を踏まえた上で,Xには第2訴訟について訴えの利益が認められないので,その訴えは却下されるべきであるとするYの主張につき,その考えられる論拠を説明しなさい。

⑵ 前記会話を踏まえた上で,第2訴訟におけるXの請求には第1訴訟の確定判決の効力が及ぶので,第2訴訟の請求は,少なくとも建物収去を求める部分については棄却されるべきであるとのYの主張につき,その考えられる論拠を説明しなさい。

⑶ 上記⑴及び⑵の論拠を踏まえた上で,第2訴訟におけるYの主張に対し,Xとしてはいかなる反論をすべきかについて論じなさい。

 

【別 紙】

 

訴   状

 

平成21年4月13日

 

 T地方裁判所

 

原  告    X    印

 

  当事者の表示  (省略)

 

建物収去土地明渡請求事件

  訴訟物の価額  (省略)

  貼用印紙額   (省略)

 第1 請求の趣旨

1 被告は,原告に対し,別紙物件目録1(省略)記載の建物を収去して同目録2(省略)記載の土地を明け渡せ

2 訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求める。

 第2 請求の原因

1 別紙物件目録2記載の土地(以下「本件土地」という。)は,もと原告の父である訴外亡A(以下「亡A」という。)が所有していたところ,平成19年2月3日,亡Aが死亡した。原告は,亡Aの唯一の相続人であったことから,本件土地を相続した。

2 被告は,昭和53年8月10日から本件土地上に別紙物件目録1記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有して,本件土地を占有し続けている。

3 よって,原告は,被告に対し,本件土地の所有権に基づき,本件建物の収去及び本件土地の明渡しを求める。

 第3 事情

1 原告は,被告に対し,かつて本件土地につき建物収去土地明渡しを求める訴えを提起したが(T地方裁判所(ワ)第○○号事件),裁判所は,亡Aと被告間の昭和53年3月8日付け土地賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)の存在と被告の建物買取請求権の行使を前提に,建物代金500万円の支払を受けるのと引換えに,建物退去土地明渡しを命ずる旨の判決を言い渡し,この判決は確定した。

2 しかし,もともと被告は,平成16年分及び平成17年分の賃料の支払を怠り,平成18年4月6日配達の内容証明郵便によって,亡Aから賃料不払を理由とする解除の意思表示を受けていた。したがって,被告が建物買取請求権を行使した時点で,本件賃貸借契約は消滅していたのであって,本件賃貸借契約の存続を前提にYが行った建物買取請求権の行使は無効な行為というほかない。被告は,原告に対し,本件建物を収去して本件土地を明け渡すべきである。

 

証 拠 方 法 (省略)

 

附 属 書 類 (省略)

 

【資 料】

 

 ○ 借地法(大正10年法律第49号)

 

第2条 借地権ノ存続期間ハ石造,土造,瓦造又ハ之ニ類スル堅固ノ建物ノ所有ヲ目的トスルモノニ付テハ60年,其ノ他ノ建物ノ所有ヲ目的トスルモノニ付テハ30年トス但シ建物カ此ノ期間満了前朽廃シタルトキハ借地権ハ之ニ因リテ消滅ス

2 契約ヲ以テ堅固ノ建物ニ付30年以上,其ノ他ノ建物ニ付20年以上ノ存続期間ヲ定メタルトキハ借地権ハ前項ノ規定ニ拘ラス其ノ期間ノ満了ニ因リテ消滅ス

第3条 契約ヲ以テ借地権ヲ設定スル場合ニ於テ建物ノ種類及構造ヲ定メサルトキハ借地権ハ堅固ノ建物以外ノ建物ノ所有ヲ目的トスルモノト看做ス

第4条 借地権消滅ノ場合ニ於テ借地権者カ契約ノ更新ヲ請求シタルトキハ建物アル場合ニ限リ前契約ト同一ノ条件ヲ以テ更ニ借地権ヲ設定シタルモノト看做ス但シ土地所有者カ自ラ土地ヲ使用スルコトヲ必要トスル場合其ノ他正当ノ事由アル場合ニ於テ遅滞ナク異議ヲ述ヘタルトキハ此ノ限ニ在ラス

2 借地権者ハ契約ノ更新ナキ場合ニ於テハ時価ヲ以テ建物其ノ他借地権者カ権原ニ因リテ土地ニ附属セシメタル物ヲ買取ルヘキコトヲ請求スルコトヲ得

3 第5条第1項ノ規定ハ第1項ノ場合ニ之ヲ準用ス

第5条 当事者カ契約ヲ更新スル場合ニ於テハ借地権ノ存続期間ハ更新ノ時ヨリ起算シ堅固ノ建物ニ付テハ30年,其ノ他ノ建物ニ付テハ20年トス此ノ場合ニ於テハ第2条第1項但書ノ規定ヲ準用ス

2 当事者カ前項ニ規定スル期間ヨリ長キ期間ヲ定メタルトキハ其ノ定ニ従フ

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 設問1は,一方当事者が主張責任を負う主要事実を,その当事者が主張せず,かえって相手方当事者が主張した場合において,その主張を判決の基礎とすることができるかどうか,当事者の証明を経ないで判決の基礎とすることができるかどうかを,小問(1)ないし(3)の各場合に分けて,論じさせるものである。本問は,いわゆる「相手方の援用しない自己に不利益な事実の陳述」という周知の論点に関するものであるが,建物収去土地明渡請求訴訟において建物買取請求権の行使が問題となる設例に基づき,証拠調べの要否という観点から検討させることにより,弁論主義,事実の要証性などについて,基本的な理解とともに,その応用力を問うことを意図している。被告が主張責任を負う事実である建物買取請求権の行使の事実を原告が主張しているという本問の問題状況を理解し,建物買取請求権の行使の訴訟法的な意義,弁論主義(いわゆる第1テーゼ及び主張共通の原則)との関係,当事者間に争いのある事実の要証性,自白された事実について証明を要しないとする民事訴訟法第179条の趣旨などについて,自己の理解を明らかにした上で,自説の立場から,小問(1)から(3)までの場合について,証拠調べの要否を論じることになる。

 小問(1)は,原告が被告による建物買取請求権行使の事実を主張し,被告がこれを否認する場合であり,小問(2)は,被告がその事実を自ら援用した場合である。自白の不要証効に照準を合わせつつ,自白の意義,自白(先行自白も含む。)の成否等について検討することになろう。小問(3)は,裁判所が釈明を求めたにもかかわらず,被告が原告の主張する事実を争うことを明らかにしない場合であり,擬制自白の成否が問題となるが,民事訴訟法第159条第1項は,主張責任を負う相手方の主張する事実について争うかどうかを明らかにしない場合を想定した規定であることから,主張責任を負う当事者が相手方の主張する事実について争うことを明らかにしない場合にそのまま適用できないことを理解する必要がある。同項の趣旨等も踏まえ,証拠調べを要するかどうかを論じることが求められる。

 設問2は,訴訟物,訴えの利益,既判力等の民事訴訟法に関する基本的な概念についての理解を前提として,各当事者の立場から,複眼的な思考・検討を求めるものである。

 小問(1)においては,訴えの利益が訴訟要件の一つであること,給付訴訟においては原則として訴えの利益が認められること,同一訴訟物について債務名義が存在する場合には訴えの利益が否定されることなどを前提に,設例に即した論述をすることが求められる。

 小問(2)は,第1訴訟と第2訴訟の訴訟物が同一であることを前提としながら,少なくとも建物収去を求める部分については棄却されるべきであるとの被告の主張の論拠について考えさせる問題である。受験生は,既判力の意義や積極的・消極的作用についての基本的な理解を踏まえ,一部認容判決の敗訴部分の既判力や留保付判決の留保部分に生じる効力など,被告の上記主張の論拠について考えることが求められる。

 小問(3)は,小問(1)及び(2)の被告の主張に対し,原告の立場からいかなる反論をすることが可能かを考えさせるものである。小問(1)の主張に対しては,第1訴訟の確定判決で認容された部分と第2訴訟の請求を対比しつつ,新たに債務名義を得る利益があるという立場から議論をすることが必要となる。また,小問(2)の主張に対しては,既判力の時的限界についての基本的な理解を踏まえ,設例の具体的事実を的確に摘示しつつ,既判力の基準時前の事由を前訴において主張することが期待し得たかなどの観点から論じることが求められる。

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平成21年新司法試験の採点実感等に関する意見(民事訴訟法)

 

1 出題趣旨・ねらい等

 基本的には,「出題趣旨」に記載したとおりである。

 今年の民事訴訟法の出題は,大大問ではなく,大問形式であったことから,訴訟物の問題など,大大問では出題が比較的難しい分野について受験者の理解力・思考力を試す問題を出題した。第1問,第2問共に,基本的な知識を基礎としつつも,応用力を試す問題を出題することにより,これまでの学習で培った基礎的知識に基づき,具体的事例に即して論理的に分析かつ思考して,妥当な結論を導き出すことができるかどうかを試すものである。

 設問1は,いわゆる「相手方の援用しない自己に不利益な事実の陳述」という周知の論点に関するものである。ここでは,弁論主義の第1及び第2テーゼや,自白の意義に関する基本的な理解が前提となる。その上で,設問1では,建物収去土地明渡請求訴訟において建物買取請求権の行使が問題となる設例に基づき,証拠調べの要否という観点から検討させることにより,その応用力を問うことを意図している。取り分け,小問(3)は,擬制自白に関する民事訴訟法第159条第1項が,主張責任を負う相手方の主張する事実について争うかどうかを明らかにしない場合を想定した規定であることを踏まえつつ,主張責任を負う当事者が相手方の主張する事実について争うことを明らかにしない場合にどのように考えるかという新たな論点を提示して,受験者の思考力・分析力を試すものである。

 設問2は,訴訟物,訴えの利益,既判力等の民事訴訟法に関する基本的な概念についての理解を前提とするものであり,まずは,これらの概念について正確に理解していることが必要となる。その上で,設問2では,具体的な事案の訴訟経過に即して,訴えの利益の有無,訴訟物及び既判力の内容を,当事者の立場から複眼的に検討・分析することが求められる。取り分け,小問(2)では,第1訴訟と第2訴訟の訴訟物が同一であることを前提としながら,少なくとも建物収去を求める部分については棄却されるべきであるとの被告の主張の論拠について考えさせる問題であり,受験者は,既判力についての基本的な理解を踏まえ,一部認容判決の敗訴部分の既判力や留保付判決の留保部分に生じる効力など,被告の主張の論拠について考えることが求められる。

 

2 採点実感等

 答案を採点した委員から寄せられた意見をまとめると,次のとおりである。

(1) 解答に当たっては,基礎的な概念について正確に理解することが必要となる。もとより,基礎的な概念や内容そのものを不必要に長々と論じることは求められていないが,条文の趣旨や基本的な理念の理解が不十分なまま論理を展開する答案も少なくなかった。採点に当たっては,基本的な概念の理解が正確であれば一定の評価を与えるようにしたが,例えば,第1問について,弁論主義の第1及び第2テーゼの意義について正確に理解していない答案や,第3テーゼを証拠調べの要否に関するものと誤解しているものが目立った。第2問について,既判力の問題と二重起訴の問題とを混同しているものなどが見られた。応用力を試す問題であっても,飽くまで土台となるのは民事訴訟法の理念についての基礎的な理解力であり,この基礎がぜい弱な場合には説得的な答案を書くのは困難となることに留意すべきである。

(2) 解答に当たっては,問題の所在を正確に把握した上で,基本的な理念に照らして考えていくことが必要となるが,答案の中には,問題の所在を注意深く検討することなく,既知の論点についての論述から結論を導き出しているものも多かった。例えば,設問1の小問(3)は,前記のとおり,擬制自白に関する民事訴訟法第159条第1項がそのまま適用される場面ではないことから,同項の適用される場面かどうかを考えた上で,同項の趣旨に照らして,証拠調べを要することなく判決の基礎とすることができるかを考察することが必要となるが,そもそも問題の所在に気が付いていない答案も少なくなかった。また,設問2の小問(2)では,「少なくとも建物収去を求める部分については」との出題趣旨について注意深く検討することなく,既判力の一般論から結論を導き出している答案がほとんどであった。

(3) 採点に当たっては,論理的な一貫性も考慮したが,小問ごとに望ましいと考えられる結論を追求する余り,論理的な一貫性を欠く答案も散見された。例えば,設問1において,建物買取請求権を権利抗弁であるとしながら,小問によっては,事実の主張であるとの立場に立って自白の成否を論じているものが少なくなかった。これは,権利抗弁についての基本的な理解が不十分であることにもよろうが,自説から説明することが困難な問題に直面した場合にどのような議論を展開するかによりその応用力が明らかになるのであり,結論の妥当性を追及する余り,問題に応じて立場を変更し,論理的な一貫性を欠くことがないように注意すべきである。

(4) 設問では,裁判長又は弁護士と司法修習生との会話の中で解答するに当たり前提とすべき事項,検討する必要がない事項が明示され,その会話を踏まえて,設問に答えるよう指示されている。しかしながら,答案の中には,設問2の弁護士と修習生との会話において,第1訴訟と第2訴訟の訴訟物が同一であるとされているにもかかわらず,その訴訟物が異なることを前提に解答しているものもあった。また,設問1は,証拠調べをすることなく判決の基礎とすることができるかどうかが問われているが,結論として自白の成否のみを解答しているものなども散見された。解答に当たっては,問題文全体を注意深く読み,問われていることに正面から答えることが基本である。

 

3 今後の法科大学院教育に求めるもの

 法科大学院の教育においては,民事訴訟法の基本的な概念を正確に理解するように指導をしているところであるが,設問2において既判力が問題となる場面と二重起訴が問題になる場面が異なることが理解できていない答案も散見されたように,基本的な概念を正確に理解することの重要性が改めて認識されるべきであろう。