平成18年新司法試験民事系第1問(商法・会社法)

  解けた  解けなかったお気に入り 戻る 

総則・登記 - 事業譲渡

問題文すべてを印刷する印刷する

[民事系科目]

 

〔第1問〕(配点:100)

1.P株式会社(以下「P社」という。)は,ホテル事業及びスポーツ施設の運営事業を主たる事業目的とする会社法(平成17年法律第86号。以下同じ。)上の公開会社であり,スポーツ事業部門にかかる資産の帳簿価額は,P社の総資産額の約40%を占めている。

  Q株式会社(以下「Q社」という。)は,ショッピングセンターの運営事業及びスポーツ施設の運営事業を主たる事業目的とする会社法上の公開会社である。Q社は,P社の議決権総数の40%に当たるP社株式を保有し,Q社の代表権のない取締役AがP社の代表取締役を兼任しているが,A以外に両社の取締役を兼任する者はいない。

  Q社はかねてP社のスポーツ事業部門の買収に関心を有しており,Q社の取締役会においては,もしQ社がP社のスポーツ施設を所有することとなれば,Q社のスポーツ事業部門の業績向上に有用であるという意見と,当該スポーツ施設をショッピングセンター用の大型店舗に転用すれば大いに活用できるという意見とに分かれていたが,いずれにせよP社からのスポーツ事業部門の譲受けを積極的に進めるべきことで意見は一致していた。なお,Q社は,株式買取請求権の行使を懸念し,これが問題となる手続は利用しないこととした。

  P社は業績が思わしくなく,特にスポーツ事業部門が不振であったため,P社の取締役会においては,ホテル事業に傾注して業績の立て直しを図るべきであり,スポーツ事業部門をQ社に譲渡することに賛成の意見が多数を占めた。ただし,スポーツ事業部門を譲渡することには取締役の一部に強い反対があったため,Q社にスポーツ事業部門を譲渡するが,将来,P社の業績が回復すればスポーツ施設の運営事業を再開することは妨げられないよう,Q社との間で約定をしておくべきことで意見がまとまり,その点については,Q社からの一応の了解も得られた。

 

〔設問1〕 この段階で,P社法務部の担当者が弁護士であるあなたのところに,本件に関する会社法上の手続の進め方について相談に来た。Q社がスポーツ施設の運営事業を承継する場合と,当該スポーツ施設をショッピングセンターに転用する場合とに分けて,回答すべき内容を検討しなさい。なお,後記2記載の事実は,ここでは考慮せずに解答すること。

 

2.その後,P社代表取締役Aが複数の専門家に鑑定をさせたところ,収益からみたスポーツ施設の運営事業の事業価値は20億円を下らず,また,スポーツ施設の資産価値も30億円を下らないとの回答を得たが,Q社代表取締役Bは,帳簿価額により算定した10億円以下にするよう強く求めた。

  P社は,スポーツ施設の運営事業の今後の動向,当該事業再開の可能性,Q社との関係の継続等も考慮した上で,契約内容の再検討を行った。その結果,P社代表取締役AとQ社代表取締役Bとの間で,別紙の契約書による契約が締結され,当該契約は履行された。なお,当該契約の締結については,P社の取締役会において承認され,さらに,P社の株主総会において特別決議により承認された。Q社の取締役会においても,当該契約の締結に先立ち,重要事実が開示され,Aを議決から排除した上でその締結を承認する決議がされた。

 

〔設問2〕 上記の事実関係について,会社法上の問題点を検討しなさい。

 

別 紙

 

事 業 譲 渡 契 約 書

 

  P株式会社(以下「甲」という。)とQ株式会社(以下「乙」という。)とは,甲の事業の譲渡につき,次のとおり契約を締結する。

第1条(事業譲渡)

(1) 甲は甲のスポーツ施設の運営事業部門(以下「本事業」という。)を乙に譲渡し,乙はこれを譲り受ける。

(2) 本事業の譲渡により,本事業にかかわる甲の資産及び負債は,乙に譲渡される。

第2条(譲渡日)

  譲渡日は,平成○年○月○日とする。ただし,法令上の制限,手続上の事由により必要あるときは,甲・乙協議の上,これを変更することができる。

第3条(譲渡価額)

 本事業の譲渡の価額は,金10億円とする。

第4条(競業の禁止) 

 甲は,本事業の譲渡の後は,スポーツ施設の運営事業を行わない。

第5条(瑕疵担保責任)

 譲渡資産に重大な瑕疵があった場合は,本契約の趣旨に従い,甲・乙協議の上,その解決に当たる。

第6条(善管注意義務)

  甲は,本契約締結後,引渡し完了に至るまで,善良なる管理者の注意をもって本事業及び譲渡資産の管理運営を行い,本事業及び本契約に重大な影響を及ぼすような行為をする場合は,あらかじめ乙と協議するものとする。

第7条(支払方法)

  乙は,第3条の譲渡価額から甲の乙に対する債務額を控除した額を支払うものとする。また,譲渡価額の支払方法は,甲・乙協議の上,別途定める。

第8条(従業員の取扱い)

  本事業に従事している甲の従業員の雇用については,甲・乙協議の上,別途定める。

第9条(移転手続)

  譲渡資産のうち登記,登録,その他移転のために必要とするものについて,甲・乙協力してその手続を行う。

第10条(取引先等の継承)

  乙は,甲の本事業に関する顧客及び仕入取引先を継承する。

第11条(費用負担)

  譲渡資産に関する公租公課,保険料等の費用は,日割計算により,譲渡日までの分は甲の負担,その後の分は乙の負担とする。

第12条(契約の変更又は解除)

  本契約締結の日から譲渡期日に至る間において,天災地変その他の事由により甲の財産又は経営状態に重要な変動が生じたときは,甲・乙協議の上,条件を変更し,又は本契約を解除することができる。

第13条(効力発生)

  本契約は,本事業の譲渡に必要な法令の手続が終了したときに,その効力を生ずる。

第14条(管轄裁判所)

  本契約に関する紛争については,○○地方裁判所を第一審の専属管轄裁判所とする。

 

 以上の証として,本契約書を2通作成し,甲・乙各々その1通を保有する。

 

 平成○年△月△日

                    (甲)P株式会社

                       代表取締役  A

                    (乙)Q株式会社

                       代表取締役  B

出題趣旨印刷する

 本問は,株式会社(P社)が事業部門の一つを大株主(Q社)に譲渡する場合に,当該譲渡が株主総会の特別決議を要する事業譲渡に当たるかどうか,及び事業譲渡となる場合において,対価が不相当に少額であると見られるときに,会社法上どのような問題が生じるかを問うものである。具体的には,主に次の各論点について,制度の趣旨及び判例・学説の状況を理解した上で整合的に論じることが求められる。

 〔設問1〕では,Q社がスポーツ施設の運営事業を承継するかどうか,又はP社の競業避止義務を特約で排除するかどうかがまだ明らかでない段階で,P社における会社法上の手続の進め方が問われている。株主総会の特別決議を要する「事業譲渡」(会社法第467条第1項第2号)の要素として,一定の事業目的のために組織化され有機的一体として機能する財産の移転が不可欠であることにほぼ争いはないが,譲受人による事業活動の承継,及び譲渡会社による競業避止義務の負担を不可欠の要素と解すべきかについては,判例・学説上争いがある。事業譲渡に株主総会決議が要求される趣旨に照らし,丁寧に検討することが期待される。

 本問の譲渡が総会決議を要する事業譲渡に当たる場合には,更に事業の「重要な一部」(会社法第467条第1項第2号)の譲渡に当たるかどうかの検討が必要となる。

 なお,P社がQ社にスポーツ事業部門を移転する方法としては,吸収分割の方法も考えられるが,この方法は株式買取請求権の行使を懸念するQ社の意向に沿わない。

 〔設問2〕では,総会決議を要する事業譲渡が既に行われた段階で(別紙契約書参照),会社法上の次のような問題を中心に検討することが求められる。P社の事業譲渡の相手方であるQ社は,同時にP社の議決権総数の40%を有する大株主であり(特別利害関係人),P社の株主総会において議決権を行使したと考えられる。譲渡価額が,Q社との関係の継続等を考え合わせてもなお,事業価値・資産価値に照らして著しくP社にとって不利であり,P社の株主総会決議に取消原因(会社法第831条第1項第3号)があることとなるか。株主総会決議が取り消されると決議は遡って無効となるが(会社法第839条・第834条第17号),株主総会決議を欠く事業譲渡契約の効力はどう解すべきか。P社取締役は,P社に対して損害賠償責任(会社法第423条第1項)を負うか。

 なお,本問の事業譲渡は,Q社取締役Aの利益相反取引となるが(会社法第356条第1項第2号・第365条),Q社取締役会の承認があり,問題はない。

ヒアリング

新司法試験考査委員(民事系科目)に対するヒアリング概要

 

(◎委員長,○委員,□考査委員)

 

◎ 考査委員の先生方は新司法試験の採点を終えられたところであり,採点実感等について,率直な感想を聞かせていただきたい。司法試験委員会では,平成20年以降の新旧司法試験合格者数の一定の目安を示すための議論を行うことになっているが,その際にも先生方の御意見を参考にさせていただきたいと考えている。それでは,民事訴訟法担当の先生からお願いしたい。

 

□ これから話すことは,特にお断りしない限り,民法,民事訴訟法の考査委員で,意見交換した結果に基づくものである。

 最初に,出題の趣旨であるが,既に公表されているとおりであるので,要約して申し上げる。まず,民法・民事訴訟法の大大問は,4つの設問があったが,事例分析力,法的問題の発見能力,論理的思考力,法の解釈適用能力といった様々な能力を試すのにバランスのよい問題の出題を目指した。出題に際して特に留意したことは,事例に含まれる法的問題を自分の頭で,論理的整合性を持った形で検討する,あるいは,解決策を検討するという能力を試す問題とすることに努めたことである。例えば,設問2については,前半では共同訴訟人独立の原則,あるいは,共同訴訟人間の証拠共通の原則がどうして行われているのか,あるいは,行われるべきであるとされているのかということを問うた上で,証拠共通の原則がどのような問題を生じさせるのか,その問題を解決するにはどのような方法があり得るのかを事例に即して論じてもらうという問題とした。設問1については,要件事実の問題であるが,要件事実は憶えるものである,暗記するものであるという考えがあるのではないかということから,丸暗記するものではないというメッセージを込めた出題とした。このような出題の趣旨から,採点に際しても自己の主張を論理一貫して展開し,適切に表現できていることを重視した。当然のことながらどの説を採ったのか,有力説を採ったのか,あるいは,判例の見解を採用したのかによって点差を付けるということは全く行っていない。

 おおむね出題の意図に即した解答だったと思うが,出題の意図に即さない答案がなかったかというと,そうでもなかった。私の採点した答案の中には,例えば,設問2については,証拠共通の原則がどういう問題を起こすのかということを,特に後段で訊いているが,Xの立場からいわゆる両負け防止策を検討する問題であると理解し,もっぱらそれを論じている答案があった。あるいは,設問2の後段では証拠共通の前提となる事実の主張について,事例を全く無視して,事実主張,主張共通の原則も認めなければ,証拠共通の原則だけでは意味がないということを滔々と書いている答案もあった。それから,設問3で将来債権譲渡担保の有効性について論及しない答案が私の採点担当部分では散見された。

 解答水準であるが,問題としてはどの設問もおおむね基礎的な知識を論述の形式で解答すれば足りる部分と,それから事例に即してその場で考える力を試す部分とで構成されており,予想としては,前段の知識を問う部分は大体正しく書け,後段の事例に即して,その場で考える部分で点差が付くのではないかと予想していたが,実際に採点してみると,事例に即してその場で考える力,能力を示す答案は予想外に少なく,しかも,基礎知識の論述部分において誤っている答案が多かった。例えば,設問2の前段で問うた証拠共通の原則は共同訴訟人間の証拠共通の原則であるが,当事者間における証拠共通の原則を前提に解答する者が結構あった。それが疑われるものやあやふやな答案も結構あった。

 事例に即してその場で考える訓練や能力が身に付いていないことから明らかであるが,その前提となる基礎知識についても学習が不足していると思われた。それから,設問2の後段では,Bの社員の証言とか出勤伝票というようなZに不利な証拠が示されていたが,これを全く無視して解答する答案が結構あった。設問4でも,実体法も絡めた設問になっていたが,事例に当てはめて考える問題が出来ていないものが多かった。旧試験のような,いわゆる金太郎飴的な答案というのは,事例分析を問う問題なので少なかったという意見もあった。ただし,設問2の前半については金太郎飴的な答案が目立った。正しいことを書いていれば大体よく似ていると思われるが,同じように間違っている答案があったというのは驚きである。そういう間違ったことを書いた本があるのではないかということも話題になった。

 次は,解答水準が予想を下回った理由であるが,様々な理由によるのではないかと思われる。例えば,設問4の出来が非常に悪かったが,順番に書いていって最後なので時間が足りなかったことが理由の一つではないかと考えている。ところが,この設問4については書かれている答案を見ても,既判力と実体権の関係であるとか,既判力の時的限界の問題に言及する答案が極めて少なかった。何が問われているのかがきちんと理解できていないことが,解答水準が予想を下回った原因の一つではないかと考えている。他方,別の観点から見ると民事訴訟法の問題である設問2,設問4については事例に即した検討ができていない答案であっても,民法の問題である設問3についてはある程度事例に即した検討ができている答案が少なからず見られた。そうすると,民法については事例に即して考える教育が行われ,そういう訓練,教育が実を結んでいるが,民事訴訟法の分野ではそういう教育が行われていないか,あるいは行われているが実を結んでいないところに理由があるのではないかと思われる。他の意見としては,サンプル問題やプレテストの問題で,大体問題の水準というものが示されていたが,その分析が不十分で,新司法試験のレベルが十分に理解されていなかったのではないか,これも理由の一つではないかという意見もあった。結局,試験時間との関係で,問題の量,受験生の層や質,法科大学院教育の質,それが浸透しているのかどうかといった様々な理由から予想を下回る解答水準になったのではないかということである。

 次に,今後についてであるが,最初に問題となったのは,大大問という形式についてである。大大問は,その作成に多大な労力を必要とするので,この問題形式をどうするのかが議論になった。見解が分かれたが,大大問形式を採用すれば一つの事例を複数の観点から多角的に分析する能力を試すことができるのではないか,あるいは,実体法と手続法とを関連付けて勉強することの重要性を認識させることができるのではないかという根拠から,暫くはこの形式の問題を作る努力を続けるべきであるとするのが多数意見であった。

 しかし,個別の法分野ごとの問題であっても,事例分析能力を試すことは可能であり,かえって適切な問題を作りやすいのではないか,作成の労力の割にそれだけのメリットが本当にあるのかどうか,あるいは,無理に両者を融合させようとすると不自然な事案になりかねないのではないか,4時間という試験時間の点で,受験生にも負担が重いのではないか,といった理由でこの形式をやめることを検討すべきではないか,あるいは,この形式を長く続けていくことは困難ではないか,という意見も複数あった。それから,問題の分量については,大大問の場合には問題の分量をどうするかということは非常に難しい問題であるが,今回の試験で論述に深みの無い答案が多かったのは,問題の量が多すぎて時間が足りなかったからではないか,それを踏まえて今後問題の量を検討すべきではないかという意見があった。他方で,出題者側の要求水準を示す意味はあったし,今後,ロースクールにおいて,長い文章を読み込ませて事案を把握する能力を高める教育をし,学生の方もそういう勉強をしていけばよいのではないか,とする意見もあった。

 ロースクールに対しては,正解を憶えること,あるいは,論点丸暗記型で対応することではないというメッセージを出したつもりである。それから,文章の趣旨が不明で論理的でない答案がかなり見られたという意見もあった。答案の記載枚数も全体的に少なかったことから論理的な文章を書く力を身に付けるような教育,あるいは,勉強方法が望まれる。

 しかし,今回の答案の量から配布する答案用紙の枚数を少なくすることは適切ではないという意見が支配的である。事例の分析能力,事例に即して考える能力が身に付いていないことは痛感した。例えば,設問2や設問4をいわゆる一行問題に構成しなおして,一般論,抽象論に終始する答案も少なからず見られた。問題に対する批評でも,一行問題であるとする意見,批評もあったが,そのようなとらえ方しかできない,あるいは,そのようなとらえ方をしてしまうこと自体が問題ではないかというのが考査委員の意見である。

 

◎ 引き続き,民法担当の先生にお願いしたい。

 

□ これから述べる意見は,基本的には私個人の意見であるが事前に民法の考査委員が討議をした結果を踏まえたものである。出題の趣旨については,とりわけ設問1の要件事実問と設問3の民法実体問についてそれぞれ指摘をさせていただきたいことがある。設問1であるが,改めて申し上げるまでもなく司法制度改革審議会の意見書は,法科大学院の教育に対して要件事実論及び事実認定論の基礎的な部分を学ばせることが相当であるということを架橋教育の観点から指摘しているところである。その成果を測定するという役割を担っている新司法試験においても,そのような観点から要件事実を一つの出題の題材に加えることを考え,今回,実際に設問1で試みた。これについては,譲渡担保の法的構成等を関連させながら要件事実を出題するという,やや受験生の想定の範囲外の問題であったところから,様々な批評がなされている。しかし,私どもとしては,要件事実論を暗記物にしてはいけないという問題意識に基づいて,試験場で与えられた局面について,受験生が要件事実の在り方について考えてもらい,その力がどのくらいあるのかということを試すことを出題の中心にしたつもりであり,採点もそういう観点に重点を置いて行った。譲渡担保の要件事実論まで憶えていなければ通らないのかといった批評が一部に見られることは遺憾であり,また,批評の一部の中には,要件事実論の極めて暗記主義的な観点に立ったもの,しかもその内容も必ずしも正確な要件事実論の理解に立たないで問題を批判しているものもある。反面,一部の批評を見ると,正に,今回は考える要件事実論を出したという評価もなされており,私どもとしてはそういう方向で,今回の出題の理解をいただきたいという趣旨で出題及び採点に当たった。

 設問3の民法実体問のほうであるが,これは債権譲渡の対抗要件に関わる問題であり,これに対しては,動産及び債権の譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律という特別法を出題することはいかがなものかという批評がある。しかし,出題の趣旨としては,その特別法を暗記していなければならないことを求める趣旨ではない。試験用六法にもこの法律は登載されているので,実務家として,この法律を勉強していることがもちろん望まれるが,仮にそれを知らなかったとしても,法文を参照して,それを当てはめて対抗問題の基本的な処理をしてもらうことを主眼として出題したものであり,採点もそのような観点から行っている。

 採点実感としては,旧司法試験の金太郎飴的な答案は明らかに少なくなった。これは採点していて,大変気持ちが良かった点である。ただ,部分的に見ると,設問2の民事訴訟法の手続問題の前半は,出題が抽象的であった関係もあるが,やや金太郎飴的になっていた部分もある。解答の分量は,予想では平均で12ページ程度は書くであろう,また,書いてもらわなければ点が入らないというような含みで出題したが,実際に採点してみると,8ページ程度のものが大半であった。12ページを上回って書いているものは極めて少なかった。たくさん書けば点がもらえるということではないが,ある程度の分量を書いてなければ,やはり内容にも影響してくる。論述の深み,厚みを失わせる一つの要因として,この枚数の少なさがあったのではないかと思われる。

 法科大学院に対しては,今後,長文の事例を素早く読む能力を育んでいただいて,更には法的文章を書く能力を付けるための教育がまだ必ずしも十分ではないという印象を受けるので,そういった点に力を尽くしていただきたいと考えている。

 大大問形式については,民法,民事訴訟法,更に要件事実を視野に置いた200点の大きな問題を作ることは,メリットとデメリットがある。民法の考査委員の間で話し合った範囲では,賛成意見,反対意見があるが,この大大問作成の困難,苦労は認識しつつも,暫くはこの大大問の形式を続けることに新しい司法試験における民事系の出題としての意義があるのではないかという意見が多かった。

 今後,ロースクールに求めることはいくつかあるが,例えば,設問1の要件事実問を採点した際の印象などでは,主張立証責任の分配などについて基礎的な記述がなされていないものが見られた。つまり,全く要件事実論の基本的なことをやっていないのではないかというような印象を与えるものがあった。設問3の対債務者対抗要件と対第三者対抗要件の錯綜の問題についても,基本的な問題処理ができていないものが見受けられた。ロースクールに対しては要件事実教育や民法の基礎的な事柄について更に徹底した教育をしていただきたい。

 民事系大大問の作題を振り返ってみて若干付け加えておきたいことがある。頻繁に作題会議がもたれ,そこで考査委員の間で活発な討議が行われた。その状況の一端を紹介すると,実務家委員からも,こういうものが題材としては良いのではないかというような作題の構想の積極的な提示があった。決して研究者委員だけが問題の原案を持ち寄っているのではないということである。聞くところによると,民事系大大問の一部の設問については特定の研究者委員が作題したのではないかという風聞,風評がまことしやかに言われているような感じがある。しかしながら,そのような理解は誤りであり,旧司法試験においてもそうであったが,新司法試験においてはなおさらのこと,特定の研究者委員の論文とか著書を読んでいると有利になるのではないかとか,問題の傾向を予測して色々準備が出来るのではないかといったような印象を与えたり,そういう雰囲気の中で受験生が受験準備をしたりするということはあってはならないことであり,そのようなことにならないように作題する側も工夫をしているので,その点は強調して申し上げておきたい。

 最後に,民事系大大問の作題に当たっては,非常に多大なエネルギーを投じた。今回の出題は,大筋において成功であったと私どもは考えており,細かな点についての議論はあるが,やはり全般的には肯定的な評価が多いように思われる。しかし,これを続けていくことは人的体制等の面で骨の折れるところである。法務省,司法研修所,弁護士会から実務家委員をお出しいただいているが,こういう議論にお付き合いいただき,活発な議論をしていただける委員がいることから,今回はうまくいったが,今後のことが気になる。研究者委員の方も実務的な出題に理解を示して,活発に作題の議論に参加していただいたが,今後も研究者委員の確保は大丈夫か,考査委員一人ひとりの負担が大丈夫かといったことについて心配であるという面も率直なところ印象としては抱いている。司法試験委員会及びその事務を所管する法務省におかれては,今後,考査委員の選任や負担軽減などについても可能な限り配慮をいただきたいので,この機会に強調して申し上げたい。

 

○ 短答式問題について,今回の試験の印象としては,やや条文とか判例とか,そういう知識問が多いのではないかという批判があるが。私自身は短答式の趣旨の一つは,基礎的な法的知識をきちんと持っているかどうかということであるから,それは差し支えないと思っている。他方で条文等は短答式でも持ち込んでよいのではないかという意見も見受けられる。この点について,先生方はどのように考えておられるのか。

 

□ 短答式問題に対しては様々な批判があり,もっと考える問題を出せという批評がある。一方で,こういう問題を出すと時間が掛かり過ぎて到底出来ないではないかという批判もあるので,作る方としては非常に苦労している。条文を参照させるかどうかという点については,それもあり得るとは思うが,実務家になって,仕事をしながら確認的に六法を見るという程度であると思われるから,やはりある程度頭に入れておかなければならない条文はあるのではないか,判例でも,あることを知っておかなければならないものもあるのではないか,六法を見せてはいけないとは思わないが,今のようなやり方も十分あり得るのではないかと思っている。

 

□ 法文参照不可で実施するという現在の統一的なやり方を前提に作題するときは,条文を見なくても実務家であればこういった事項は理解して,六法を開くまでもなく動けるようでなければいけないという基礎的事項を出題している。問題作成過程で出た原案について,例えば,これは細かいのではないかというような言い方で問うことを差し控えた素材もある。現実に出題したものが良いかどうかは,評価を待つしかないと思われる。短答の民法の問題に対して判例の趣旨に照らし正しいもの,誤ったものというものの出題の割合が大きいという批評があるが,それについては,私自身,理解に苦しむところである。どういう趣旨でそれがよくないのか分からないが,判例の見解だけを憶えさせてそれを正しいものであるかのごとく,受験生の思考を強制する権威主義がそこに含まれているという批判だとすれば,それは違うのではないかと思われる。私個人の意見であるが,判例に盲従せよと言っているのではなくて,実務家として判例を批判し,それに抗うのであればなおさらのこと,判例の正確な理解がなければいけないはずで,判例を知らない人が最高裁判例はおかしいと言ってみても仕方がない。したがって,判例の理解を短答式試験で問うこと自体はそれ程おかしなことではないと考えている。もちろんバランス等は気を付けなければいけない。

 

□ 追加させていただくと,新司法試験では短答式と論文式があるが,主として考える力というものは論文式で見ることにして,短答式では基礎的な知識を幅広く持っているかどうかを訊くことになっている。旧試験とは短答式のやり方も変わって基礎的な知識をみる,それが基礎的なことなのかどうかという点が問題なのだと思われる。これから試験結果を見て,一つ一つの問題について妥当性の検証をしなければいけないと思うが,基本的な考え方としては判例であろうが条文であろうが,先ほどお二人の委員がおっしゃられたように,基礎的な知識であって,当然,条文とか教科書を見なくても知っていなければならないだろうと全員で一致して考えたものを出題したということである。

 

○ 民事系の出題方式は,随分工夫を凝らされており,新しい司法試験の趣旨に即したものになっているという印象を受けた。作題そのものにも大変なエネルギーを要するということであり,採点の労力も大変だったのではないかと思われるが,大きな方向性としては,是非今後も同様に工夫していただきたいと思われる。いわゆる受験テクニックでカバーできるものではないというところに意味があり,法科大学院での教育成果を測るという趣旨目的にかなうものになることが期待される。その上での感想であるが,確かに要件事実の理解は重要であり,これからも意識していただきたいことではあるが,他方,要件事実のウエイトが非常に大きい印象を受けるので,これが法科大学院の教育内容にどのような影響を与えるかということが気になるところである。また,一般的には,要件事実の理解がしっかりとした答案は,その前提となる実体法の理解もしっかりとしているということになっているはずであるが,実際に答案の採点に当たってみて,その点がどのような状況になっているか,実体法の理解をしっかりと身に付けていると思われる受験生の答案が,実際にも優秀な答案になっているのかどうかについての感想をお聞かせいただきたい。

 

□ 前半のお尋ねの要件事実論に与える比重のあるべき姿ということに関しては,御指摘のとおり,危惧もあるが,要件事実論が大事であることは伝えておかなければならない。法科大学院の教育の現場でも様々な混乱があって,非常に要件事実に対して過敏になっていたり,こういう言葉がよいかどうか分からないが,学生の中にも,要件事実オタクと言われても仕方がないような思考法をする者もいたりすると聞いている。司法試験がそこに適切なメッセージを与えることは重要である。これから御批判を承りつつ,更に考えていきたいと思う。質の面では,今回,こういう機会を設けていただいてありがたかったが,考える要件事実論を出している,暗記ではないというメッセージを様々な機会に受験生に伝わるように心掛けていきたいと考えている。

 採点実感についてであるが,実体法の理解と十分に有機的に関連させた要件事実論を展開してほしいと私どもは思っていたが,実際に出てきた答案の出来は,ばらついていた。

 実体法と関連させてこう書いてほしかったというズバリのものがあるかと思うと,一方で全く要件事実論についての前提的基礎的理解がなっていない極端なものもあり,それから,過度に手続的な思考にとらわれて証拠との距離とかを決め手に議論しているものがある。「消極的事実の立証は困難だから。」というような理屈のみに寄りかかって,実体法のことは余り書かない,というような答案もある。出題者側としては,実体法との有機的関連を意識した記述に高い評価を与える方針で臨んだ。

 

□ 設問1がよくできている答案が設問3もよくできていたかというと,それは必ずしもそうではなかったという印象である。設問3については債権譲渡登記に関する問題であるが,我々にとって極めて意外だったのは,債権譲渡登記という制度は第三者対抗要件と債務者対抗要件を峻別するところに物事の基本があるので,いくら第三者対抗要件を債権譲渡登記で備えていても,債務者との関係では通知するまで対抗できない。だから通知するまでに債務者が払った弁済は完全に有効である。ところが,半分どころか,3分の2ぐらいが準占有者に対する弁済だと書いていて,本当はそこから先を訊きたかったが,そこで点差がついてしまった。設問1が出来たか出来なかったかに関わらず,準占有者に対する弁済と書いているものが多くて非常に意外であったし,債権譲渡登記の問題はサンプル問題の短答式問題でも出したところなので,当然,司法試験の問題として出すことを予告した上で出したものである。主要な教科書には必ず載っており,しかも実務上,債権譲渡においては欠かすことの出来ない重要な制度であるにも関わらず,十分な勉強がなされていないということを非常に残念に思った。

 

□ 採点結果についてであるが,民法,民事訴訟法の意見交換会で最低ライン点をもう少し考え直すべきではないかという意見が出た。これは私も同感であり,ロースクールで厳格な成績評価をしているのか疑問が生じるような答案がかなりあった。200点満点で70点未満,100点満点で35点未満では絶対だめだろうと思われるが,そういう答案が25パーセント以上私の採点したところにはあった。旧試験と違って試しで受けてみるという人はいないはずなので,結果的に,ロースクールを修了しているのはむしろおかしいのではないかと思われる答案がたくさんあったということになる。最低ライン点というものが余り機能していなかったことになる。そういう成績評価では困るというメッセージを伝える意味で,私自身もう少し考え直してもよいのではないかと思っている。他方で非常に良い答案もたくさんあり,トップクラス,一番高いクラスの良い人はどんどん伸びていくし,低迷している人はずっと低迷していると思われるので,それを今後のロースクール教育でどうすべきかということが重要ではないか。

 

◎ 次は,商法担当の先生にお願いしたい。

 

□ 商法の考査委員の意見をまとめた形で報告する。

 商法は,民事系科目第1問であるが,ある会社が不振の事業部門をリストラクチュアリングしようということで,旧法の言葉では営業譲渡,新会社法の言葉では事業譲渡を考えたというシチュエーションである。設問1では,事業譲渡について会社法では株主総会の特別決議を要する場合がある。どういう場合に特別決議を要するかについては,最高裁の有名な判例があって,有機的一体として機能する財産を譲渡する,事業活動を承継する,競業避止義務が譲渡人に課されるという3要件が判例で明らかにされている。設問1では一つ目の要件は問題ないが,二つ目,三つ目の要件が仮に備わらないとした場合に,やはり同じく株主総会の特別決議を要するかどうかということを問いかけているわけで,会社法が総会の特別決議を要するとしているのはなぜか,判例で3要件を立てているのはどういう趣旨かを少し掘り下げて考えてもらおうという問題である。設問2は,事業譲渡が行われたというシチュエーションに変えて,譲渡をする会社の株式を40パーセント持っている大株主に譲渡する,その際に非常に安く譲渡したことで,どういう法律問題が生じるかを問いかけているわけで,出題の意図としては出題趣旨でも公表しているとおり,支配的な株主が議決権を行使して株主総会で譲渡を承認するという特別決議が成立したこと,この総会の決議には瑕疵がないのかということ,特別利害関係のある株主が議決権を行使した結果,内容が不当な決議が成立したことで取消事由になること,決議が取り消されるとそこから派生し,効力のない決議に基づいて行われた譲渡契約が私法上無効になること,そういう問題を中心にして後は取締役の問題と取締役の責任の問題を問いかけている。

 採点後の実感について,考査委員の間で話し合った結果であるが,設問1については,会社法上の事業譲渡の規定の適用の有無に関する判例の挙げる3要件を正確に挙げていない。2つしか挙げていない答案があったり,3要件を挙げていてもそれぞれの法的意義についての理解が十分でなく,問いに対する十分な解答となっていない答案が多かったということである。設問2については,出題に際して最も重視していた特別利害関係者による議決権行使が株主総会決議の瑕疵となるかという問題点について,そもそも気が付かない答案が極めて多かったことについて,各考査委員の印象が一致していた。

 設問1が先程申し上げたような結果であったことについて,なぜか考えてみると,判例が3要件を問題としていることは大体憶えていると思われるが,その意義について必ずしも深く考えてこなかったのではないか,仮に具体的な事例において,少し3要件が外れるようなシチュエーションが生じたときにどうなるかということについては,説得力のある議論を展開する能力がまだ不十分なのではないか,判例は憶えていても,判例を事案に当てはめていく面でまだ十分な能力が形成されていないのではないかというような学生に対して厳しい意見がある。判例がどういう問題を持って,存在しているのかというような問題について,実は考えてもらいたかったということである。設問1の設問の仕方として,弁護士として相談を受けたのでどう答えるかということになっているが,こういう問いかけをするとどうしても判例を前提として考えて3要件の問題とし,本件では当てはまらないから総会決議はいらないということになりがちであるという意見もあるが,この辺りは後ほど申し上げるが教育の在り方にもつながってくる問題かと思われる。

 設問2において我々が重点を置いていたポイントについて言及する答案が少なかったという結果になったことについては,「設問の仕方が問題の事実関係を読んで会社法上の問題点を検討しなさいというやや抽象的な訊き方をしているので,一番重大な問題点に気が付かなかったのではないか。」という意見もあった。しかし,「やはりそれにしてもこういう問いかけ方であっても会社法上の一番重要な問題である以上これに当然気付くべきで,これは学生の方に大いに問題があったのではないか。」という意見が多数であった。

 設問2に関しては一番重要なポイントを外している答案が多かったが,しかし,それ以外の様々な問題点,論点を挙げている答案は多くあり,それなりに勉強してあるとは感じている。取締役と会社の利益相反関係とか利益供与の規定などを使って,支配,被支配関係のある会社で不公正なことが行われた場合の支配される側の救済について,色んな法律議論等はあるが,旧試験の下ではこういうことまでは勉強してなかっただろうというようなことも一応は勉強したあとはうかがえるような印象を持った。ただ,それがまだ十分身に付いていないので,そういう法律の新しい規定とか理論についての当てはめをやはり大きく間違えていたり,不正確な理解をしている者が少なくなかったという問題はあった。全体として今回の受験生の答案を見ていくと,法科大学院が創設される前の旧試験の受験勉強による知識に基づいて対応しているため,問題の分析が十分できていないタイプの受験生と,思考力はそれなりにあるけれども基本的な知識がまだ十分身に付いていない者が混在しているのではないかという意見があった。

 今後については,色々な意見がある。例えば,「答案を見るとそもそも判例をしっかり読んでいるのかどうか疑問となるものが少なくない。判例の要旨で3要件があるということを機械的に憶えているだけで,あまりその意味を考えたことがないと見受けられるものが少なくないので,その指導を法科大学院の教育では改善する必要がある。」,「重要なポイントを的確に見出すことができるようにする指導が必要である。」とか,「基礎力をしっかり身に付けさせる教育が必要である。」という辛口の意見がある一方で,「判例がたくさんあるが,こういう判例について問題点等をいちいち深く考えさせるようなことを網羅的に教育する時間は,法科大学院で十分にはない。基礎力をしっかり付けさせるという必要性もあるが,そこにはカリキュラム等の関係で限界もある。」という意見もある。特に,実務家の委員の方からは「ある法律制度の要件効果についての理解とそれを具体的に事案に当てはめるという両方の能力を高めていく必要があるけれども,とりわけ,当てはめの面の能力がまだ弱いのではないか。」,「法律の制度,あるいは規定の要件効果については一応抽象的には分かっているが,具体的な事案にどうやって当てはめて適用していくか,その際にどういう問題が生じるか必ずしもまだ処理できないという状況ではないか。」という意見が出された。

 

○ 会社法は法改正との関係があり,法科大学院の方から情報等の提供を求められたことから,委員会としてもできるだけ早くメッセージを出したが,学生たちに混乱は感じられなかったのか。短答と論文ではどうか。

 

□ 出題する際もそういうことを考えて問題にしたので,受験生に大きな混乱はなく,答案を見ている限りでもないように思えた。

 

○ 法科大学院でいわゆる既修者の授業をやっている中で,学生が果たして授業を受けて基礎的知識を付けられるかということが大変悩ましいところである。授業との関連で意見を賜れればと思う。法科大学院の授業そのものとは関係なく,基礎的知識は自分で付けるべきというのは一つの割り切りとも思われるが,もしお考えがあればお願いしたい。

 

□ 理想的なことを言えば,法学既修者については基礎的なことは学部段階でできているべきである。法科大学院の授業ではそれを前提に応用力を高めるという教育になってくると思われるが,実際に私どもの法科大学院でソクラテスメソッドで授業をやっても意外と基本的なことを知らないことはあるわけで,そこをカバーしながら事例問題にもある程度対処できるようにということを商法に与えられたコマ数の中で両方をやっていくのは極めて難しい。私なども,法科大学院の授業で直接できることは限られているので,そこは自分で基礎力を高めていかないとだめだと口を酸っぱくして言っているが,授業では厳しいという面もあり,授業でやらないことを満遍なくカバーしていく勉強が十分できていないのが実情かと思っている。

 

○ 今回の受験生のほとんどは,旧試験のための受験勉強をしてきた人たちであろうと思われるが,その弊害と逆に彼らが有利だったというところがあったらお願いしたい。

 

□ 大問で訊かれていること自体は基本的な条文と判例の話なので,旧試験を長年やっていて,それが有利になることはあまりないかと思われる。あまりにも基本的な判例であるので,判例では3要件を要求しているという書き方に始まって,本件ではこの要件が無いから決議はないという流れになっていく答案が圧倒的に多いわけで,これは旧試験の時代に言われていた金太郎飴的な答案とある程度似たような面があるかもしれないが,少なくとも設問2の方になると色々な論じ方をしているものがあり,先ほど申したように,必ずしも旧試験では気にとめなかっただろうと思われる問題点について書いているものもあるので,それは旧試験の受験生も旧試験の知識だけでやったのではなくて,法科大学院に入って新しいことをまた勉強しており,若くして勉強を始めた人もそれなりに勉強しているということではないかと思われる。

 

○ 旧試験時代の受験生の思考方法,勉強方法といったようなもので,今年の商法の試験を受験した人たちも,ある程度は合格ラインに達しているのか,それとも,そのような人たちは,到底,合格ラインに達していないという状況なのかについて,お聞かせいただきたい。

 

□ 今回の合格ラインを前提にすれば,旧試験用の勉強だけでも達したのではないかと思われる。旧試験の場合と違い,論ずべき論点が明確には示されておらず,提示された事実に対してどの論点を取り上げるのかについて様々な考え方が出てくる問題であったが,もし的確に論点を取り上げることができれば旧試験用の知識でも比較的きれいに解ける。旧試験用の知識で合格した者もそれなりに多かったのではないかと思われる。

 

○ 抽象的な質問で恐縮であるが,今年,採点に当たられて,受験生にどのような能力が不足しているという印象であったかについて,感想をお聞かせいただきたい。

 

□ 個人的な感想になるが,知識としてはそこそこ持っていると思われるが,それは表面的であり,実質の理解には必ずしも十分でないという印象である。表面的には文章を書いているが,実質的な意味が分かって書いているのか首をひねらざるを得ない答案が結構あるということである。憶えることはそれなりに憶えているので,その質を高めるということが本当は望ましいが,そう一朝一夕にはいかないのではないかと思われる。

 

◎ 民事系は大大問で,時間も長く,色々特色があるが,先生方にとっては問題作成の労力が相当あるということであるが,どのように苦労なさったか。

 

□ 民法にとって都合のいい問題が民事訴訟法にとって都合が悪かったり,民事訴訟法にとって都合のいいものが民法にとって都合が悪いという問題がある。今までプレテスト,サンプル問題のときからそうなることは分かっていたが,今回の作問に当たってもそのような問題がかなり生じた。また,問題作成のために会議した時間だけでも優に100時間を超えていたのではないかと思われる。

 

○ 受験生たちの感想を聞いてみると,予備校に通った受験生は,予備校の問題とは全然質が違ったということである。それだけ受験生たちも今回の問題の質の高さを感じてくれたと思われる。こんな問題なら予備校に行けば同じような問題を作ってくれるだろうというレベルではないとの評価が出れば,非常に良かったと思う。もう一つは,法科大学院でこういう問題を仮に作問して講義で使った場合は,それなりに司法試験対策ではない実質的な法曹養成教育ができる。それは同時に司法試験対策にもなっているという結論が出るが,今の先生方のお話をうかがうと法科大学院の先生がこのレベルの問題をお作りになるのは大変である。

 

○ 今回受かった学生は予備校には行っていない人が多いようだ。少なくとも論文については,予備校に通っても役に立たないと学生たちも思っているのが現状と思われる。

 

◎ 刑事系科目でも極めて基本的な理解が欠けているとの指摘があった。今日,先生が強調されたように特別に訓練しなくても,日頃きちんとやってその場で考えれば,12ページは書けなくても,9ページ,10ページは書けると期待して出したわけであり,そのメッセージが強く伝わればよいと思う。短絡的な学生が,うちのロースクールではこういう問題に対する対策を教えてくれないということに対応されては困るが,ロースクールできちんとやったことを踏まえて解ける問題なんだと伝わればよいのではないか。ただし,ロースクールで一度習ったことが出るなんて事は幻想であってあり得ないことである。

 

□ 大大問の設問4については,関連する判例は,代表的なロースクールの教材で大抵は取り上げられている。ロースクールできちんと勉強していれば,同じ問題ではなくても,基礎的な知識を中心にしてその考え方を当てはめて,その場で解くということは,ロースクールの教育からできるのではないかと考える。

 

◎ 先ほど商法の先生が言われたように,あの判例をロースクールでどう教えているかである。

 

○ 要件事実の設問1に関しては,私も非常にすばらしいなと思っている。このメッセージは極めて有効だったと思う。しかし,ここまで知識として教えなくてはいけないのかなどと勘違いしている先生方が少なからずおられるということなので残念である。要件事実の基礎的考え方を理解していれば充分に解答できるはずである。

 

□ まったくできていない一部の答案があって,その受験生が学んだロースクールでは要件事実を教えていなかったのではないかとさえ思えたものがあった。

 

□ より適切な問題を作ることは,大大問形式ではなく個別にやったとしても可能ではないかと思われる。むしろその方がよいのではないか。今年の結果を見てすぐにということではないが。

 

◎ 司法試験で問題なのは,ロースクールに対する影響である。大学入試でも,どういう問題を出すかによって,高校の教育内容がガラッと変わってくる可能性があり,神経を使うのと同じである。

 

○ 第三者認証評価で色んな法科大学院を訪問しているが,架橋教育を十分しているんだという説明の中に,実務家と研究者が一緒に授業を担当しているからそれで架橋なんだというその一点だけで結論を出してしまうところもある。あるいは,授業の前半を民法の研究者がやり,後半を商法の研究者がやり,でも二つの科目を一つのコマでやっているから融合である。これで架橋教育であるというようなことを書かれている法科大学院もある。このような法科大学院が必ずしも少なくない。そういったときにこういった問題を出していただいていると,目指すべき架橋教育とは,実務家と研究者,あるいは複数の科目がただ混在していればよいというものではないというアナウンスにはなるのではないか。

□ 大大問を今年やってみて一定の成果を上げたわけだが,今,おっしゃったような観点も含めて,簡単に結論を出すことは難しい状況にはあると思われる。一方では,おっしゃるように各分野の本来の在り方,持ち味を出すには分けたほうが良いという意見も確かにある。また,今回の出題に対して一方で別の観点からある批判として,設問は4つあるけれども接合問ではあっても,融合問ではないとおっしゃる方もいる。つまり,もう少しアクセルをかけて本当に融合するようなものを工夫してくれないかという議論もある。そのようなものができるのかどうか分からないが,両面の悩みがあるわけで,御指摘の法科大学院教育への影響等も勘案しつつ,問題作成の工夫を続けていく必要があると考えている。