平成19年新司法試験民事系第1問(商法・会社法)

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資金調達 - 新株発行
取締役と会社の関係 - 取締役の義務(善管注意義務・忠実義務)

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[民事系科目]

 

〔第1問〕(配点:100)

 次の文章(資料①から③までを含む。)を読んで,後記の設問1及び設問2に答えよ。

 

1.甲株式会社(以下「甲会社」という。)は,自動車の電子部品を製造する会社である。甲会社は兄弟であるA1とB1が中心となってその設立を行ったものであり,その後も,A1が代表取締役社長,B1が取締役副社長として,甲会社の共同経営を行ってきた。

2.甲会社は,平成7年4月に,多角化の一環として,ゲームソフト開発部門を創設した。その際,B1と親交があったCがゲームソフト開発部門の責任者に就任した。Cの入社を契機として,甲会社の業績は急速に向上した。甲会社は,平成15年4月には,東京証券取引所(マザーズ)に上場を果たした。初値は1560円を記録し,その後も,甲会社の株価は1000円台で推移した。

3.甲会社の取締役会は5名で構成され,A1及びその妻A2,B1及びその友人B2並びに取引金融機関から出向しているDが取締役に就任していた。

4.甲会社の業績は好調であったが,平成17年の秋以降,過酷な競争にさらされ,その成長に陰りが見え始めた。これとともに,その経営方針をめぐって,A1とB1との間で争いが生ずるようになり,甲会社の株価も300円前後と低迷した。

5.このような状況下で,自動車部品の総合メーカーである乙株式会社(以下「乙会社」という。)から,甲会社に対し,自動車部品の製造におけるシナジー(相乗)効果を期待して,経営統合の話が持ち込まれた。A1は,自動車部品製造の業界における自力での生き残りは難しいと判断して,乙会社の提案に前向きの姿勢を見せた。これに対し,B1は,あくまで自主経営を目指すべきであるとして,B1を中心とする経営陣による甲会社株式に対する公開買付けの実施について外資系ファンドとの交渉を始めた。甲会社をめぐるこれらの動きが新聞で報道されたことを契機として,甲会社の株価は平成18年5月中旬には900円台に急騰した。

6.平成18年6月7日,甲会社は,臨時取締役会を開催して,乙会社に対する募集株式の第三者割当てを決定した。この件に関しては,甲会社の株主総会は開催されていない。かかる決定に際しては,B1らの反対が予想されたため,A1は,B1及びB2が海外出張に出かけた時期を見計らって臨時取締役会を開催することとした。甲会社の定款には,取締役会の招集通知について会日の2日前までに発するとする定めがあり,当該取締役会の書面による招集通知はB1及びB2が海外出張中である6月4日に発され,また,B1及びB2は,同日に電子メールでも招集通知と同内容の連絡を受けた。しかし,B1及びB2は,結局6月7日の臨時取締役会までに帰国することができず,同取締役会では,取締役5名中3名が出席し,出席者全員の賛成で募集株式の発行に係る議案が可決された。資料①は,この臨時取締役会の議事録である。

7.乙会社においても,同日,甲会社株式を引き受ける件について,取締役会で全員賛成の決議がされた。株式を引き受けるに当たり,乙会社では,○○法律事務所に依頼し,意見書を受領しているが,資料②は,この意見書の抜粋である。また,乙会社は,甲会社の財務状況及び経営統合の効果についての調査を△△監査法人に依頼し,報告書を受領しているが,資料③は,この報告書の要旨である。乙会社がこの募集株式に対して払い込んだ金額は,平成17年12月7日から平成18年6月6日までの6か月間の甲会社の株価の平均額に90パーセントを掛け合わせたものとして算定されている。

8.海外出張から帰国したB1は,かかる第三者割当ての決定に対して猛烈に反発した。そこで,A1は,ゲームソフト開発部門の事業譲渡等によるB1の独立を提案してB1と交渉を開始したものの,その途中に,先の第三者割当てによる募集株式の発行を強行した。結局,B1の独立は実現しなかった。第三者割当ての実施によって,乙会社は,甲会社の議決権の55パーセントを保有する株主となった。なお,第三者割当てによる募集株式発行については,適法な公告が行われたほか,募集株式の割当て及び払込みについての手続に法令違反はなかった。

9.乙会社の子会社となった甲会社では,平成18年9月29日開催の定時株主総会において,任期満了となったB1及びB2を取締役として再任せず,また,A1及びA2に加えて,新たに乙会社関係者を取締役に選任した。

10.第三者割当ての実施後,甲会社の株価は600円台で推移した。その後,平成18年12月に,甲会社のゲームソフト開発部門の中心であったCがゲームソフト会社の大手である丙株式会社に好条件で引き抜かれ,そのニュースが業界誌に掲載されたことにより,甲会社の株価は急落した。乙会社は,平成18年度(平成18年4月1日から平成19年3月31日まで)の決算に当たり,甲会社の株価が140円と,取得価格の50パーセントを割り込んだことから,監査法人の意見に従い,保有する甲会社株式の評価額について1株当たり300円から140円にする減損処理を行った。

11.Xは,平成17年9月1日に乙会社の株式を1単元購入し,以後これを継続して保有している株主である。Xは,平成19年5月に,乙会社に対し,甲会社から第三者割当てを受けた当時からの乙会社の代表取締役社長Y1及び担当取締役Y2は取締役としての善管注意義務に違反して甲会社の株式を引き受け,同株式の減損処理による損害を乙会社に与えたとして,Y1及びY2に対する損害賠償責任を追及する訴えを提起するように求めた。なお,Xは,損害賠償額として,甲会社1株当たり160円の減損処理額に乙会社の引き受けた株式数を乗じた金額を主張している。

 

〔設問1〕

   甲会社の乙会社に対する募集株式の発行が行われた後において,B1はどのような法律上の措置を執ることができるか,あなたの意見を述べなさい。

 

〔設問2〕

   Y1及びY2の乙会社に対する責任について,あなたの意見を述べなさい。

 

 

資料①

 

臨時取締役会議事録

 

 平成18年6月7日午後1時15分,当本社会議室において,取締役5名中2名欠席のもと取締役会を開催した。取締役社長A1が議長席につき次の議題を付議した。

 

(決議事項)

1.募集株式の発行について

  取締役社長A1から,下記の条件で乙株式会社に対して募集株式の発行を行うことについて提案があった。質疑応答の後,付議され,出席者全員異議なくこれを決議した。

 

(1) 発行方法:第三者割当てによる

(2) 払込金額:1株当たり300円

(3) 発行株式数:550万株

(4) 株式の種類:普通株式

(5) 払込期日:平成18年6月26日

(6) なお,本件株式の発行後,乙会社は当社の発行済株式総数の55パーセントの株式を保有する株主となる。

 

 

  以上をもって議題の審議を終了したため,議長は午後2時15分閉会を宣した。

  この議事の経過の要領及び結果を明確にするため,本議事録を作成し,出席取締役及び出席監査役はこれに記名押印する。

 平成18年6月7日

議長 取締役社長 A1 印

取締役 A2 印

取締役 D  印

常勤監査役 E1 印

社外監査役 E2 印

社外監査役 E3 印

 

資料②

 

○○法律事務所の意見書の抜粋

 

(略)

 

Ⅲ ソフト開発部門関係

 1 調査結果

ⅰ 本件事業部門の概要について

 本件事業部門は,売上こそ対象会社の全売上額の20パーセントにすぎないが,経常利益の段階では,他の部門がいずれも赤字となっていることから,全体の100パーセントを占めており,正に,対象会社の収益のかなめである。

 本件事業部門の製品(以下「本件製品」という。)は,いわゆる「次世代ゲーム機用ゲームソフト」と呼ばれるものであるが,対象会社の本製品は,過去において業界で高い評価を得ている。

 対象会社がこの事業を行うようになったのは,約11年前に,Cが,当時経営していたゲームソフト開発会社が経営難となった際に,大学時代の先輩である対象会社の現経営者の一員であるB1に援助を要請し,対象会社の支援によって,当該ゲームソフト会社の負債を整理し,対象会社に新設されたゲームソフト開発部門の責任者として入社したことからである。

 その後,Cに対しては,何回もヘッドハンティングの誘いがあったが,Cは,このような経緯から,B1に対する恩義を感じて,これを断ってきたとのことである。

 また,これらの具体的な開発作業を行っているのは,対象会社の従業員ではなく,下請契約を締結した個人のSE(システムエンジニア)であるが,企業への帰属意識は低い。

ⅱ 基本契約の締結状況と内容

 開発の発注元との間では,必ず契約が締結してあり,その管理態勢についても何ら問題となるべきところはなかった。

 また,SEとの下請契約についても,全員との間で締結されており,その内容も含めて特に問題はないと考えられる。

ⅲ 契約内容における特殊な条項について

 Cは,ゲームソフト業界において,カリスマゲームクリエイターと呼ばれるほどの人気を誇っており,過去,数々のヒット商品を世に送り出している。

 そのために,取引先とのソフト開発基本契約においては,Cの継続雇用が契約存続の条件となっているものが大半である。

 

 2 結論

ⅰ 前記のような事情から考えて,今後,対象会社の経営陣が交代することとなった場合には,Cが独立し,又は競争会社へ転職する可能性が高い。なお,対象会社には,割増退職金を受領した者についての退職後1年間の競業禁止規定があるが,その受領は退職者の選択に任されており,Cがこれを受領する可能性は極めて低い。

  なお,開発基本契約は,前述のように,Cの雇用継続を条件とするものが多いが,開発完了後については,この適用はなく,対象会社に対するプレミアムフィーの支払は,Cが退職したとしても,一定期間(2年が大半である)継続される。

ⅱ さらに,下請のSEの大半は,Cのカリスマ性からこれを慕って集まっている者であり,Cの退職後も対象会社との下請契約を締結することは考えにくい。

  以上のような事情を考慮すれば,対象会社において,第三者割当増資を行って,現経営陣,特にB1を更迭することとなれば,Cも退職するおそれが高く,その場合には,本件事業部門において,現状のような収益を今後も継続して上げていくことは非常に困難であると考えられる。

 

(略)

 

資料③

 

△△監査法人の報告書の要旨

 

 経営統合に基づく経済的効果について

 

 貴社は,本件甲会社との経営統合の経済的効果として,約24億円の相乗効果があるとの判断に基づいて,事業計画を立てている。そこで,その妥当性について,以下検討する。

 

1 事業計画書の記載とその妥当性の検証

 

 (1) 研究開発費の低減

 事業計画書には,貴社における研究開発費約200億円のうち,15パーセントを占める電子部品関連について,これを半減し,約15億円減額することができるとの記載がある。

 貴社は,最終商品に関する機密保持の問題もあり,電子部品について独自に研究開発をしている。しかし,そのうち多数のものについては,単価や性能の問題から,現在,甲会社製品の供給を受けている。そこで,貴社がその製造する商品に合わせた基本性能を示して,電子部品を甲会社に開発させ,あるいは,甲会社と共同して開発を行うことにより,研究開発費の大幅な低減が可能である。そこで,前記事業計画書記載の研究開発費の低減は,その実現性について不合理なものとは考えられない。

 

 (2) 開発期間の短縮

 事業計画書には,(1)記載のような研究開発部門の統合により,新製品に使用する電子部品の開発期間がおおむね半分の9か月ほどに短縮することができ,これによって,部品調達コストを2パーセント低減することができるとの記載がある。

 技術コンサルタントの試算によれば,開発期間が,平均でも現状の半分程度に短縮可能とされている。また,今後,甲会社との共同開発が可能な部品の調達額を前提とした場合には,この開発期間短縮による効果は,人件費などを含めて総合すれば,約6億円と試算されている。これらは,高度な専門分野の問題であるが,その判断過程などにおいて,合理性を欠くと考えられる部分はなく,この判断を前提とした事業計画の内容については不合理なものとはいえない。

 

 (3) 製造計画に応じた調達と流通コストの低減

 事業計画書には,貴社グループ工場の一角に甲会社工場を移転することにより,貴社の生産計画に応じて,電子部品の供給を受けることが可能となり,かつ,これによって流通コストを低減することができるとの記載がある。その前提とされた技術コンサルタントの試算による,ⅰ)貴社の主力工場に隣接する現在利用されていない貴社第21工場を甲の工場として利用した場合の移転費用の算出,並びに,ⅱ)これによる流通コスト削減に関する考え方に不合理なところは見当たらず,これを前提とした削減効果についても不合理なものとはいえない。

 したがって,これらの効果を約3億円としている事業計画書の記載には,不合理な部分は見当たらない。

 

 (4) 人材交流の実施

 事業計画書には,研究者の人材交流を通じて,貴社新製品の開発について,部品開発も含めた一貫した発想が生まれる可能性があるとの記載がある。

 確かに,人材交流の実施による効果に関する前記事業計画書の記載に不合理な点は認められないが,具体的な効果の算定は不可能である。

 

2 結論

 

 以上の検討により,本件甲会社との経営統合に基づく貴社における経済的な相乗効果を約24億円と考えることは,不合理であるとはいえない。

出題趣旨印刷する

 本問は,甲会社において,A派とB派の対立が生じている場面で,A派主導で乙会社に対する第三者割当てによる募集株式の発行が行われた事例を基に,甲会社及び乙会社における法律問題を問うものである。

 〔設問1〕は,甲会社において,第三者割当て実施後に,B派が執り得る対抗手段を解答させる問題である。甲会社の募集株式の発行の手続等の瑕疵を見付け出し,それに基づき,いかなる法的手段が可能かを検討させるものである。具体的には,新株発行無効の訴えの提起が許されるかどうかの検討が必要である。会社法は,新株発行無効の訴えの制度を定めているが(会社法第828条第1項第2号),無効原因については規定されておらず,どのような瑕疵を基に,新株発行無効の訴えが認められるかが問題となる。本件では,発行直前の市場価格を大きく下回る価額での発行が行われているが,募集株式の発行に当たって株主総会の決議を経ていないため,有利発行規制に違反するかどうかが論じられなければならない。また,本件では,募集株式の発行に関する取締役会決議はB派の取締役が海外出張中に行われたので,かかる取締役会決議の効力が問題となり得る。さらに,本件の第三者割当てがA派の支配権を維持するための不公正発行であったといえるかどうかも問題である。これらの募集株式の発行に関する瑕疵が認められるとするならば,続いて,それらが募集株式の発行の無効原因となるかが論じられなければならない。募集株式の発行に瑕疵があった場合における募集株式の発行の効力に関する判例及び学説を踏まえつつ,本件特有の事情を考慮して,自己の見解を述べる必要がある。なお,不公正な払込金額で株式を引き受けた者の責任(会社法第212条第1項)を乙会社に問うことができるかどうかも問題となる。

 〔設問2〕は,第三者割当てにより甲会社株式を引き受けた乙会社の取締役の会社に対する責任の有無を解答させる問題である。甲会社の株式を引き受けたものの,その後保有する株式の価値が大きく下落した場合に,どのような責任が乙会社の取締役に発生するか(若しくは発生しないか)を検討させるものである。具体的には,会社法第423条が定める任務懈怠の責任の有無が判断されなければならない。任務懈怠の責任と善良なる管理者の注意義務との関係,さらに,注意義務違反の判断基準を理解しているかが問われている。その際に,経営判断の原則の意義についての的確な記述が求められる。その上で,経営判断の原則を本件にどのように適用するかが論じられる必要があるが,弁護士事務所の意見書と監査法人の報告書はそれぞれ異なる視点から作成されており,これらの資料を読み解き,乙会社の取締役の責任の有無につきどのように考えるのかについて,説得力のある解答が期待されている。取締役の責任があるとする場合には,賠償すべき損害額についても検討する必要がある。

ヒアリング

新司法試験考査委員(民事系科目)に対するヒアリング概要

 

(◎委員長,○委員,□考査委員)

 

◎ 本年も,考査委員の先生方の採点実感等率直な感想をお聞かせいただきたい。まずは,民法担当の考査委員から発言をお願いしたい。

 

□ まず,大大問全体の趣旨と,それから,主として民法である設問1について,その趣旨を説明する。

 本問は,売買契約を締結した後,引渡しが行われる前に,特定物である売買目的物に瑕疵が生じたという事例を取り上げる総合問題である。設問1は,民法上の様々な法的構成と争点について,設問2,設問3は,民事訴訟における訴訟行為をめぐる諸問題について,それぞれ基本的な理解を問うものである。実は,当初,問題の案として,これまでに余り議論のないようなテーマを出題し,考えさせる工夫をすることも検討していたが,未修者が初めて受ける試験であることを考慮して,あえて基本的な問題に絞ったものである。

 本問では,比較的長文の事実及び当事者の主張から法的な問題点を発見する能力が,まず第一に求められる。そして,当事者の望むところを的確に法的に構成する能力,それと不可分であるそうした法的構成にとって意味のある事実を過不足なく拾い出す能力,それから相手方の主張の問題点,中心的な争点を明らかにする能力,具体的な事実に即して抽象的な法原則を正確に理解して法規定を解釈適用する能力などを多面的に問うものである。さらに,これに加えて,論じるべきことを論理的かつ明快に構成した文章で表現する能力が備わっているかについても評価の対象としている。これが全体の趣旨である。

 設問1は,課題(a)として,買主Xが支払済みの代金200万円の返還と18万円の損害賠償を請求するために,どのような法的構成で主張してくるかを検討するように求めている。代金返還を主張する法的構成には,いろいろなものが考えられるが,中心となるのは,履行遅滞を理由とする解除である。

 そのほか,解除原因として,定期行為の履行遅滞,更にこれは法的構成によるが,瑕疵担保責任も考えられる。損害賠償については,一般の債務不履行に基づく損害賠償と瑕疵担保を理由とする損害賠償が考えられる。

 このうち解除に関しては,解除の対象となる売買契約の締結,解除権を発生させる要件,それから解除権の行使について,他方,損害賠償に関しては,損害の発生の事実とその数額について,【弁護士間で確認された事実】から過不足なく事実を指摘して,主張を構成するように求めている。

 今度は,Yの側からの反論を考えるように求める課題(b)の方では,解除の主張に対して,本件契約が実は定期行為ではないのではないかということや,瑕疵担保の規定は制度趣旨からすると,本件には適用されないのではないか,仮に適用されても契約目的不達成という要件が満たされないのではないか,という問題点がある。

 いろいろ列挙したが,12月7日に目的物を持ってきて提供しているわけだが,これが適法な提供であれば,そもそも履行遅滞がないのではないか,仮にそうではないとしても,その後のやり取りによって,履行期の延期の合意が成立したのではないか,あるいは,それがないとしても,修理して持っていっていれば,相当期間内の履行になっているので履行遅滞自体が成り立たないのではないか,仮に履行遅滞が成り立つとしても,本件の運送人は本当に履行補助者なのか,履行補助者ではなく,独立性があるのではないか,そうだとすると,仮に,履行補充者であるとしても選任監督上の過失はないということで争えないか,あるいは,不可抗力によって運送人自身が免責されるために,それを使用している債務者も免責されるのではないか。さらに,本件では,そもそも解除の意思表示が明確になされていないのではないかなど,反論としてたくさんのポイントを考えることができる。

 なお,本問では,解除権の行使について,権利濫用であるとか信義則違反であるといった反論を書いた者がいる。こういった反論も成り立つわけであるし,採点する委員としては,そういう答案を全く評価しないわけではないが,やはり,一般条項に頼る前に,今挙げたような検討すべきことは少なくないと感じている。

 それから,損害賠償に関しては,特別事情を債務者において予見できなかったために賠償すべき範囲に入らないのではないか,あるいは,アクリルケースの契約の合意解除にかかる費用の損害賠償も請求しているが,これは契約の清算を前提としているので,逆に契約の履行を前提とする得べかりし賃料の請求とは,論理的に同時に成り立たないのではないか,あるいは,債権者自身にも説明不足などの対応のまずさがあり,損害軽減義務違反があって,損害賠償が認められるとしても,過失相殺によって全額ではないのではないか,などの反論が考えられる。

 設問1では,ここに挙げたような反論を,Xの主張と対比させつつ,やはり事実を的確に指摘して,説得力をもって論じるということを求めているわけである。

 以上が出題の趣旨と解答に求めていることである。

 続いて,採点した感想について述べる。採点実感については,各委員にメモを出してもらい,それに私自身の意見も少し加えて統合した形で述べたいと思う。

 まず,出題の意図に即した答案の存否及び多寡についてである。設問1は,出題の意図におおむね沿う答案が過半を占めたと思う。しかしながら,全体として見ると,後で詳しく述べるが,設問2の出来が極めて悪くて,設問3も時間不足なのか,浅くて短い答案が少なくなかった。受験生の実力を適切に反映した採点という意味では,おおむね達成できているものと思われるが,大大問全体を通して十分な水準だと評価できる答案がどれくらいあるかと言われると,やはり,必ずしも多くはない。合格すべき水準に達していない答案の割合が過半数を上回っており,実務修習を受けるに至る能力を備えていないような合格者が多数出てしまうのではないか,こういう厳しい意見も複数あった。

 次に,出題時に予定していた解答水準と実際の解答水準との差異についてであるが,これは具体的な問題となるので,設問1の民法の部分に絞って述べる。主要な論点の中では,瑕疵担保解除,契約の締結の時点がいつかということについて正しく指摘できていない者が結構多数あった。逆に,定期行為解除,履行遅滞解除については,これに気付かないというのはほとんどないので,抽象論の部分では,まずまずの答案が多かったわけであるが,具体的な事実を適切に指摘して,Yの側からの反論として構成できるかというところで力の差が大きく開いている。

 例を挙げると,履行期の延期の合意,あるいは相当期間の未経過,あるいは解除の意思表示が実際になされたか否かなどの議論というのが,やはり事実のところをうまくつかめないと議論ができない。

 それから,意外に思ったのが,損害賠償について,問題文でX側の主張として述べているのに,触れていない者が少なくなく,論じている者も極めて簡略ないし粗雑な論述にとどまるものがほとんどで,この点を丁寧に述べている答案が少なかったと思われる。

 その次に,出題の意図と実際の解答に差異がある場合の原因として考えられることについて,二・三点述べる。

 まず,事実の分析あるいは当てはめの点が極めて弱いということである。問題文中に意図的に多くのヒントを散りばめてあるわけだが,それにもかかわらず読み取れていない。それが,期待する答えを書けていない大きな原因と考えられる。

 長い問題文を丁寧に読むという出発点において,まだ十分な力がついていない者が多いと思う。それから,設問1は,要件事実そのものを問うているのではないが,要件事実を意識していれば,必要不可欠な事実の拾い出しは,実は容易だったはずである。法科大学院では要件事実の基礎の教育が行われるべきものとなっているが,その点,やはり十分できていないように思われる。今回の問題は,要件事実そのものを問うているものではないが,要件事実の的確な整理や分析を行っている答案には,プラスアルファとして高い評価を与えることとした。しかし,残念ながらそのような答案が非常に少なかった。これが原因の一端となって,読み取りと当てはめの力が足りないように思われたのである。

 次に,複数の法的構成が考えられる場合に,論点の列挙にとどまり,相互の異同や関連性について,きちんとした理解ができている答案が少ないと感じる。これは,受験生が個人個人の頭の中で得た知識が十分ネットワーク化・体系化できていないということであり,従来から指摘されている論点主義的で,論点がばらばらに浮かんでいる浅薄な理解がまだまだ少なくないと思われる。

 それから答案全体のバランスの悪さが指摘できる。先ほど損害賠償の議論が欠けていると指摘したが,解除の成否という中心的論点に目を奪われ,求められている損害賠償の論述が一切欠けているか不十分であることも,恐らくこれらの両方の欠点,すなわち,読み取りと当てはめの不足,および,大きな論点を見付けるとほかの論点を見失ってしまう,ということが原因ではないかと思う。

 なお,文書が箇条書きのようにぶつ切りで,論理に脈絡のないものもあり,また,誤字が非常に多かったり,極めて読みにくい略字を使ったり,あるいは走り書きになっている答案もあった。およそ他人に読んでもらう文章を書くという試験以前の常識に欠けている答案が少なくないと感じており,このことは非常に大きな問題である。

 次に,今回の結果を受けて法科大学院に求めるものは,今,述べたことの裏返しになる。境界領域や発展的な問題の理解も大事ではあるが,それよりも,事案の分析力を磨き,基本的な理解を確実に得させることに重点を置くべきであろう。

 それから,今回の結果を受けて新司法試験の出題に当たり見直すべき点を二点挙げる。昨年に比べると,問題量は相当に絞っている。

 昨年は4題出題,今年は3題である。それでもなお,ヒントを散りばめているから長くなっているのであるが,問題文が長くて,解答時間不足に陥っているのではないかと感じられた。特に設問3の解答が極めて粗雑に終わってしまっていることから,時間不足ではないかという指摘が複数の委員からされている。これが第一点である。

 それから,次は非常に強い意見として出ている。大大問という出題形式については,昨年も賛否両論の議論があったと思うが,今年は更に出題形式として大大問には限界があるという意見が,圧倒的多数とまでは言えないとしても,相当多数になってきている。すなわち,大大問の趣旨は,総合的な力を試すことであるが,実際は複数分野の設問の寄せ集めに近い接合問にすぎないのではないか。しかも,どうしても,やや無理をして一つの問題にしていることから,事案が不自然になりがちではないか,と言われている。それから,大大問の形式では問える内容に大きな制約が加わる。とりわけ問題の後半の設問は,前半の基本部分が固まるまでは詰められない。作問のスタートが遅くなり,作業の効率がかなり悪い。さらに,この点に関しては,民事訴訟法からも述べられると思うが,受験生が,出題されそうな論点に山を張ってくるおそれもある。今回の設問2のような,融合問で出題しにくい問題については,受験生もおざなりな勉強しかしていなかったのではないかという感想・指摘があった。いずれにしても,融合問を続けていくのは問題があるのではないかという意見が多数あった。

 最後に,その他の意見として,一つだけ紹介する。いろんな傾向の,難易度の異なる問題が毎年出ることが望ましいので,一年ごとの問題の質や難易度はそれほど均一にする必要はない,という趣旨を書かれた委員がいた。

 

◎ では,引き続き,民事訴訟法担当の考査委員の先生に発言をお願いしたい。

 

□ 民事訴訟法の担当から述べさせていただく。今述べられた民法担当の考査委員の御意見と重複するところがあるので,主な点に絞って述べたい。民事訴訟法担当でも,考査委員全員が集まって意見交換をする機会を持つことができなかったので,個別に寄せられた意見や,私の採点の実感に基づいて述べることとする。

 まず,設問2は(1)と(2)の二つに分かれており,(1)は陳述①に関する問題である。陳述①というのは,Yが甲4号証であるF名義の文書の成立の真正を理由を述べて否認したものだが,陳述①の訴訟法上の効果をこのような陳述がなされなかった場合と比較して論じさせるという問題である。

 出題の意図を具体的に述べると,本件文書の成立の真正が否定されると,この文書に甲を買いたいというFの意思が記載されていることが否定され,結局この文書の形式的証拠力も否定されることになる。そこでXとしては,まずこの文書の成立の真正を証明しなければならないことを指摘してもらった上で,この文書が私文書であって,末尾にFの括弧付きの署名があることから,Xは,それがFの署名であることを証明し,民事訴訟法第228条の第4項を使って,文書全体の成立の真正の推定を得るという方法で,この文書の成立の真正を証明することができる。この証明にXが成功した場合には,Yは推定を覆すための立証活動をすることになるわけであるが,それが反証で足りるのか,それとも反対事実の証明まで要するのかは,この第228条第4項の「推定」の性質をどう解するかにかかっている。こういうことを論じてもらうことを出題する側としては期待していたわけである。

 この点に関する採点実感であるが,よく書けた答案もごく少数あったものの,残念ながらほとんどの答案の出来栄えは芳しいものではなかった。

 「形式的証拠力」という用語が使われた答案自体が少数で,第228条第4項の「推定」の理解も不十分であった。

 この規定が適用されるためには,陳述①がある以上,まずXが,Fの名前が書かれた部分がFの自署であることを証明しなければならない,ということが理解できていないもの,また,この文書には押印がないわけで,いわゆる二段の推定の適用は,その前提を欠くにもかかわらず,それが適用されるとしたものが相当多数あった。

 (1)の問題の事例では,Yが理由を付けて否認しているが,認否をしない場合と比較して論じなさいという設問になっている。認否をしなかった場合については,民事訴訟法第159条第1項によりFが文書を作成したという事実について,擬制自白が成立するのかどうか,ということを論じてもらうのが出題の趣旨である。具体的には,この事実が補助事実であることを指摘した上で,補助事実についても擬制自白が成立するのかどうか,擬制自白が成立しない場合でも,いわゆる証明不要効が認められるのかということを論じてもらうことを期待していたわけである。

 ところが,採点の結果は,やはり芳しくなく,何の理由付けもなしに,この場合のXは本書の成立の真正の立証負担を免れるとするものが多数を占めていた。補助事実という言葉自体が出てこない答案も多数あり,この事実が間接事実であると記載された答案も少なからずあった。

 このように,設問2の(1)については,予定していた解答水準よりかなり低い水準の答案が多かった。その原因であるが,これは事例に即して考えるというところまで行き着くことができなかったからではないか,つまり,基礎知識というか,基礎理論の理解が極めて不十分であったからではないかと思われる。

 更にその原因はどこにあるのかであるが,これははっきりとは分からないが,あるいは,従来から民事訴訟法の教育では,証拠法の分野は,時間の関係であまり講義がされなかったがその影響が残っているのではないか。もちろん,これは私の推測であるが。

 次に,設問2の(2)であるが,これは陳述②,③の訴訟法上の効果を攻撃防御方法としての許容性を含めて論じるという問題である。その趣旨は,Yが第1回及び第2回口頭弁論期日において,陳述②については認める旨の陳述から否認に態度を変え,陳述③については沈黙から否認へと態度を変えているわけであるが,それが許されるのかということを,第1回口頭弁論期日における陳述又は沈黙の訴訟法上の効果という観点から,あるいは,弁論準備手続が終結の効果という観点から,論じてもらうというところにあった。

 更に具体的に言うと,まず前者については,第1回口頭弁論期日における認める旨の陳述,あるいは沈黙が,訴訟法上どういう効果を有するのかということを論じる必要がある。そのためには,「支払済みの200万円を返してもらう」旨の発言が解除の意思表示に該当する主要事実なのか,それともXがした解除の意思表示という主要事実の存在を推認させる間接事実なのか,ということについて,社会的な生の事実が主要事実なのか,それとも法的に構成された事実が主要事実なのか,という点を踏まえて論じる必要がある。その上で,さらに,それに対応して,このXの発言が解除の意思表示に該当することを争うという第2回口頭弁論期日において,初めてされたYの主張はどのような意味を有するのかを,論じてほしかった(前者の立場では,Xの発言の法的評価に関する主張ということになるし,後者の立場では,主要事実の否認に当たる。)。そして,この点につきいずれの立場をとるのかを明示した上で,それぞれの立場から,自白あるいは擬制自白が成立するのか,自白又は擬制自白が成立するとすれば,撤回できないのか,これを撤回できないとして,例外的にどのような場合に撤回が可能なのかといった問題を,論理的な整合性をもって論じてもらうことを期待していたわけである。

 採点実感であるが,「支払済みの200万円は返してもらう」旨のXの発言は,主要事実であるとする立場を採用するものが多数を占めていたが,なぜそういう立場を取るのかを論じることなく,当然の前提として答案を書いているものがかなりあった。

 それからXの発言中,「支払済みの200万円は返してもらう」という部分は解除の意思表示に当たると考えられるが,これを催告であると理解し,陳述③に関する論述と齟齬を来すものも結構あった。

 自白の成否,撤回の可否・要件といった問題は一般論としてはよく知られた問題であるので,一般論の記述そのものは,一定の水準には達していたと思われる。ただ,事例に即して論じるという姿勢が極めて希薄で,更に自白の当事者拘束効,撤回禁止効については,その根拠に論及するものは,むしろ少数であった。

 次に,後者の攻撃防御方法としての許容性という観点であるが,弁論準備手続の期日が第1回口頭弁論期日と第2回口頭弁論期日との間に3回開かれて同手続が終結している。そこで陳述②,③が時機に遅れた攻撃防御方法として却下されるのではないかという問題を,この事案に即して論じてもらうことを期待していた。

 この問題には気付かない可能性があるので,問題文に括弧書きを入れて問題の所在を示唆したのであるが,それでも全く論じていない答案が,少なくとも私の印象では半数をはるかに超えていたように思う。この問題を論じたものでも,却下要件を並べるだけで,事例に即して論じないものがほとんどであった。若干の優れた答案では多少論じられていたが,それでも,陳述②,③を許すとどのような審理が必要になるのか,必要となる審理は第2回口頭弁論期日で予定されているXとYの当事者本人尋問でまかなえないのか,といったことを考えて論じるものは残念ながらごく少数であった。

 それから,陳述③については,事実の法的評価は裁判所の専権事項であるから法律上の主張は攻撃防御方法としては許容されないとする答案が多数あった。

 このように,設問2(2)については,一般的・抽象的なところはかなり書かれていたわけで,その点ではまずまずという出来栄えだったが,やはり,事例に即して論じるということについては,物足りないものが多かったように思う。

 これは昨年の試験もそうであったと記憶しているが,法科大学院で勉強する際に,一般的・抽象的に説かれる理論を具体的事例に適用しながら理解するという姿勢を持ちつつ指導を受けるという基本姿勢に欠けるところがあり,それが原因ではないかと思う。この点は授業を担当する者としては注意しなければならないと自戒しているところである。

 次に,設問3であるが,これは取引全般への影響を慮って,譲歩してもよいから早く訴訟を終わらせることを欲しているYの立場から,訴え取下げの合意,請求の放棄,訴訟上の和解の3つの方法の長所短所をそれぞれ比較検討して,どれを勧めればよいのかを論じる問題である。

 出題の意図としては,Yにとって最も適切な方法を選択するためには,それぞれの方法の効果・効力を検討してもらう必要があり,そこをきちんと書いてもらいたかったわけである。例えば,訴え取下げの合意について言うと,合意にしたがって訴えが取り下げられた場合,あるいは訴えが取り下げられなかった場合に,それぞれどういう効果・効力を有するのか。また,請求の放棄や訴訟上の和解について言うと,これらは既判力を有するのか,その既判力は,例えば意思表示に瑕疵があったという主張で再度訴えが提起された場合に,これを封ずることができるのか,既判力が肯定されるとすれば,請求の放棄と訴訟上の和解とでその範囲に差異が認められるのか。こういったことを論じた上で,適切な方法を選択してもらうことを求めていた。

 採点実感であるが,出題の意図についてははっきりしているので,受験生によく伝わっていたと思う。その意味で,答案はある程度の水準に達していたが,深みに欠けるものが多かったという印象であり,さらに,最後の設問であったためか,分量が少ない答案や文章の途中で終わっている答案も見られた。どうして深みに欠けたのかということであるが,具体的な事案との関係での論述がやはり期待されているにもかかわらず,例えば,意思表示の瑕疵という点については,目的物が仏像という,その評価が後で問題になりやすいものとすることによって,それを示唆をしているわけであるが,この点に言及するものは極めて少なかった。訴訟上の和解には清算条項が入っていたが,具体的にXの側からどのような新たな請求が出てくる可能性があるのか(例えば,アクリルケースに関する請求)といったことに言及する答案は,ごく少数であった。

 それから,訴え取下げの合意については,訴えの取下げそのものと誤解したものがあったし,また,その法的性質について,これを訴訟契約であると位置づけながら,Xが合意に従って訴えを取り下げない場合には,訴えの利益なしとして,却下判決をするとしたものもあった。このほかにも,終局判決前の段階で合意をしているにもかかわらず,訴えの取下げの再訴禁止効に言及するなど,事例を無視して書かれた答案があった。その他,請求の放棄について,放棄の手続をとることを合意する方法であると誤解するもの,Xの請求の放棄に基づいて請求棄却判決をすると書いたものもあった。請求の放棄や訴訟上の和解については,単に再訴が提起された場合と,意思表示の瑕疵を主張して再訴された場合とに分けて論じないもの,あるいは,既判力の範囲について論じないものがあった。方法の選択については,Yの方は早く訴訟を終わらせたいと考えているわけであるが,それにもかかわらず,Yの方から積極的に訴訟を提起する可能性ということを非常に重視して方法を選択するものもあった。

 「今回の結果を受けて法科大学院教育に求めるもの」については,昨年のヒアリングにおいても指摘があったところであるが,法科大学院においては,一般的な理論を具体的な事例に即して展開・応用する能力を涵養する教育が望まれるという意見が多数寄せられた。それとともに,基礎的知識の不正確さが目立ったが,法科大学院教育でこれが改善できるのか,疑問であるといった,法科大学院教育に対する悲観的意見が昨年より目立った。

 今後の出題については,大大問という形式に関しては,民事訴訟法担当の考査委員からは悲鳴に近い声が上がっている。廃止することも検討すべきだという意見もある。その理由は,形式面というよりも内容面からで,法科大学院の修了生の多くは,融合問題を問うだけの水準に達していないのではないか,むしろ,個別分野の重要な制度を確実に理解しているかを試す問題を出題すべきではないかという意見が複数あった。

 

◎ では引き続き,商法担当の考査委員に発言をお願いしたい。

 

□ 民事系科目第1問の商法の問題について報告する。

 第1問の問題は,甲株式会社において,取締役会の内部でA派とB派の対立が生じている場面で,その一派であるA派主導で乙株式会社という別の会社に対する第三者割当てによる募集株式の発行が行われたという事案をもとに,甲及び乙会社で生ずる法律問題について問うものである。

 設問1は,甲会社において,第三者割当て実施後に少数派であるB派が取り得る対抗手段を解答させる問題で,甲会社の募集株式の発行の手続等における瑕疵を見付け出して,それに基づいて,いかなる法的手段が可能かを検討させるという問題である。具体的には,新株発行無効の訴えの提起が許されるかどうかという点の検討が中心になる。会社法では,新株発行無効の訴えの制度を定めているが,無効原因については規定されていないので,どのような瑕疵を基に,新株発行無効の訴えが認められるかどうかが問題となる。

 本件では,発行直前の市場価格を大きく下回る価格での発行が行われているが,募集株式の発行に当たって株主総会の決議を経ていないため,いわゆる有利発行規制に違反するかどうかが,まず論じられる必要がある。また,本件では,募集株式の発行に関する取締役会決議がB派の取締役が海外出張中に抜き打ち的に行われたということがある。かかる場合の取締役会決議の効力も問題となる。さらに,本件の第三者割当てが,A派の経営における支配権を維持するための不公正発行であったかどうかという点も問題となり得るところである。

 それぞれ無効事由に該当するのかを論じた上で,もし,瑕疵が認められるとするならば,それが無効原因になるのかどうかも併せて考えなくてはいけないということである。募集株式の発行に瑕疵があった場合における発行の効力に関する判例や学説を踏まえながら,本件特有の事情を考慮して,自己の見解を述べる必要がある。

 続いて設問2は,第三者割当てにより甲会社の株を引き受けた乙会社側の取締役の,会社に対する責任について解答させる問題である。

 甲会社の株式を引き受けたものの,その後に保有する甲会社の株式の価値が大きく下落した場合に,どのような責任が乙会社の取締役に発生するか,あるいは発生しないかということを検討してもらおうというものである。具体的には,会社法第423条が定める任務懈怠の責任の有無が判断される必要がある。任務懈怠の責任と,善良なる管理者の注意義務との関係,更に注意義務の判断基準をどう理解しているのかが問われる問題である。その際,特に経営判断の原則の意義についての的確な理解が求められており,その上で,経営判断原則を本件でどのように解するのかを論じる必要がある。この問題では,資料として,弁護士事務所の意見書と監査法人の報告書が添付されている。これらは,それぞれ異なる視点から作成されており,それらの資料を読み解いて,乙会社の取締役の責任の有無についてどのように考えるかについて,説得力のある解答が期待されている。併せて,仮に取締役に責任があるとする場合には,その義務違反と損害との間の因果関係であるとか,賠償すべき損害額についても検討する必要がある。

 以上が出題の趣旨と解答で期待されているところであるが,採点実感について述べると,今年の問題は設問1が新株発行無効事由の存否,設問2が経営判断原則の下での取締役の会社に対する責任の存否という,比較的オーソドックスな問題を中心に問うものであったため,両設問とも,解答のポイントを極めて大きく外れているという答案は余りなかったというのが委員の多数の印象である。この点では,設問の1つの方について,重要なポイントを完全に見落としていた答案が多数あった昨年とは,若干事情が異なっていた。このようなことから,受験生の方では,丸ごと外したと思っている受験生は余りいないかもしれないが,これからも述べるように,結構答案のレベルの差は付いている。

 全体的な答案の水準については,各委員の意見を伺ったところでは,出題者の期待に達していたとは言えない,余りレベルは高くはないという意見と,それなりの水準には達しているのではないかという意見が分かれていた。それなりの水準に達しているというのは,いい水準にあるというよりは,昨年の経験なども踏まえて同じくらいのレベルだろうということであり,我々が想定した水準と大きく外れたものではないということで,その程度のものであると御理解いただきたいと思う。全体的に非常に優れた答案が多いというわけではないということでは意見の一致がある。

 どの点で差がついたかであるが,設問1では新株発行無効事由となるかもしれない瑕疵など,法的な問題点が複数あるので,それをどれだけ見いだしているか,また,それぞれの瑕疵ごとに,何が法的問題かを正確に議論しているかどうかで差がついている。更に本件では,経営状況が悪化している甲という会社におけるほかの会社との企業提携のための動きが問題となっており,かつ,そのことが第三者株式割当て前後における株価の推移に大きく影響するという事案であって,そういう事実関係を踏まえて,法律上の問題点である新株発行の有利性の問題であるとか,不公正発行に該当するかどうかの問題について,説得力をもって議論しているかどうかという評価で点数に差がついている。設問2では,取締役の会社に対する責任の法的根拠が何かということについて正確に記述しているかどうか,経営判断の原則について,いかなる原則なのかが正確に記述されているかどうかというあたりは法律論がきちんと書けているかどうかということが問題になる。それから,資料につけた弁護士事務所の意見書と,監査法人の報告書の内容が,乙会社の取締役が甲会社の株式を引き受けた経営判断上の決定に,合理的につながっているのかが十分に分析されているかどうかいうあたりで,点数に差がついたのではないかと思う。経営判断の原則については,学説や判例上いろいろな定式の仕方があり,どれか一つの定式を採って議論することが駄目だということではないが,多くの裁判例では,経営判断を下すに至るまでの情報収集分析において尽くすべき注意と,下した経営判断の内容それ自体の合理性という,二つの側面について考えているわけであり,そういう定式を採ることを支持するかどうかはともかく,そういうことについて何らかのあいさつはされていることは必要とされているのではないかと思う。ところが,単に経営判断の原則で取締役の裁量の幅は広いと,単にそのことだけを言っている答案も少なくなく,判例の列挙が十分ではないと感じた。

 それから,資料に付けた意見書と報告書については,一見したところ,取締役の経営判断の合理性を肯定する方向と否定する方向の相反する方向を向いているので,両方をそれぞれ正確に分析した上で,両方を総合するとどういう結論になるのか,ということが議論される必要がある。しかし,それぞれの資料の分析がそもそも正確ではなかったり,一方の資料だけに基づいて結論を出している答案などが少なからずあり,そのあたりで差がついていたように思う。

 取締役の責任の存否について,結論はどちらでなければならないということはない。この事案を見れば,専門家でも意見が分かれるのではないのかと思われ,結論がどちらかでなければならないということはなく,我々も結論自体を問題にはしていないので,評価は,議論がいかに説得力をもって展開されているかという点に尽きるわけである。

 法学未修者が受験したことの影響についてであるが,議論の幅が非常に狭い,一つの点だけしか論じない,そういう答案が結構あるのは未修者の影響かもしれないという意見が若干はあるものの,全体的には,未修者が受験したことの影響については,商法の分野では,はっきりしないという意見が一般的である。

 今後についてであるが,旧司法試験の考査委員をされていた先生方の意見なども参考にすると,例えば本件の問題で企業提携とシナジーの分配であるとか,ファイナンスの側面の知識もある程度折り込みながら議論をしている答案も少数ながらあったわけで,それなりに法科大学院における商法科目の教育効果が上がっているという意見がある一方で,昨年もそういう傾向があったと思うが,新株発行無効事由とか取締役の任務懈怠責任,経営判断原則などの抽象的な法的命題はそこそこ書けているとしても,具体的な事実関係にそれらを当てはめる際に,事実関係の特質を踏まえた検討が十分にされているかについては,先ほど民法なり民事訴訟法でも御指摘があったとおり,まだまだ改善の余地が,商法に関してもあるというのが圧倒的な多数意見であった。法科大学院においても,そのような教育の改善が必要であろうという意見が多いわけである。

 商法というか,今回の会社法の問題で言うと,学部卒の法科大学院生など企業などにおける勤務経験,実務経験がない学生にとっては,事案の法的分析と法的判断の勘どころが身に付きにくいと我々が授業を行っていてもよく感じることであるが,そのあたりの勘どころを身に付ける教育と学習が必要なのではないか,そのためにはふだんから経済的な事象について,関心をもって勉強していただくことが重要ではないかと思う。そのあたりの勘どころが身に付いていないと,ある実務家委員の指摘にもあったことだが,例えば,設問2で,非常に高額の賠償責任があるという結論を,ごく簡単に下してしまっているものがあり,このようなもので実務家になるのはいかがなものかと思われる。つまり,検討すべきところが余り検討されていない。あるいは,もうちょっと考えればいろいろな解決の手段があるのに,そこに思い至ろうとしない。こういったことが問題ではないかという指摘もあった。

 出題については,当初から意識はしていたが,設問1の法的問題点がやや多かったかなという印象である。例えば,設問1でかなりエネルギーを使ったようで,設問2の答案があまり書けていないというものもあったということで,そのあたりのバランスが必要かなと思われたところである。

 

◎ では,質疑応答をお願いしたい。

 

○ 旧司法試験のときには,問題文も短く,金太郎飴的と言われる論点丸暗記のような答案が多いのが問題になっていたが,新司法試験の問題は,極めて豊富な事実や情報を与え,その中から自ら問題を発見させた上で論述させるもので画期的な改善がなされたと思う。ただ,そのような出題に対応できるためには,まず法律の基本をしっかり修得した上で更にそれを具体的事実関係に当てはめて応用できる次の段階の能力が必要とされると思う。特に学者の委員にお聞きしたいが,これらの高い能力を,自学自習も含めるとはいえ,法科大学院での限られた単位数の下で,養成できているのだろうか。

 

□ 一言でお答えするのが難しい質問であるが,理想と現実にギャップがあるのは確かである。私の教えている法科大学院でも,教員間でかなり協議をして,具体的な長文の問題などを周到に準備し,その時々に設定を変えた形で質問して答えさせ,誤った答えをしたら正解に誘導したり,あるいは受講生の答えの問題点を指摘するといった形で授業を行っている。また,具体的にその問題にどう答えるかだけではなくて,その背景や体系的な関連も聞いている。また,そういう理解を深めるため,個人で勉強して準備してくるだけでなく,グループで勉強して,自分の考え方がこれでいいのかどうかを互いに教えあうことを強く勧めている。こういった方法で自学自習をしないとついてこれないし,自学自習することによって,単にその問題だけではなく,より広くものが見えるという仕組みを一応は採っている。このような工夫はしているし,ある程度の効果は上がっていると自負もしているが,一方で,ちょっと難しい試験をすると,私が教えている法科大学院の学生でも,半分くらいの学生は良いが,それより少し下になると大丈夫かなと思う部分は正直ある。

□ 商法について言うと,例えば私の教えている法科大学院では,法学既修者で会社法の必修は2単位だけである。そこで何が教えられるかというあたりになると,担当していて限界を感じるところである。法律論を理解させて,さらに,今日,盛んに問題になっている事実への当てはめの問題など,設問を使いながら具体例に即して授業をしているが,おのずと限界がある。例えば,判例などは,いろいろな科目で盛んにやっているので,そういうところで判例を読む能力がかん養されていれば,授業で取り上げられる問題自体はそれほど網羅的でなくても,後は自学自習でやってもらいたいというところはある。特に会社法は近年改正が著しく,勉強しなくてはいけない量がかなり増えていると感じている。そのあたりを踏まえると,各委員が理想とするところまでは行っていないとは思うが,着実に,少しずつではあれ,改善の跡はあるのではないかと思っている。具体的な事例に即することにしても,必ずしも紋切り型の答案ばかりではなく,ある程度は事実関係を見ようとしている努力の跡はうかがえると言えるようになっているのではないかと思う。

 

□ 人によってやり方は違うと思うが,私の場合は,1年生の科目では短くて非常に簡単な設例を数多く作り,さらに,2年生の演習ではもう少し長いものを使って,設例を読んで設問を検討するという授業をしている。いわゆるソクラテスメソッドであるが,学生はどうも講義形式の授業を受けるのと同じ意識で授業を受けているように思う。せっかくソクラテスメソッドでやっているのであるから,一緒に議論をしながら考えることが大事だと思うが,ノートをとることに一生懸命になっている。ちゃんと事前に勉強し,考えておけば,そこまでノートをとることだけに集中する必要はないのではないかというようなことを指導しながら授業をしているが,学生がこれにうまく適応してくれればと思う。もちろん,こういった授業に対応できているトップクラスの学生の中には未修者もいる。いずれにしても,漫然と従来型の勉強をしている人と,双方向・多方向の教育に,自分の頭で考えながら,対応しようとしている人とでは当然差がつく。今年の問題についても,日ごろのそういった勉強の姿勢が,答案に現れ,差がついているのではと思っている。

 

○ 今回は未修者が初めて新司法試験を受けたのであるが,その点については,いかがか。

 

□ 答案の作成者が,既修者か未修者かは分からないので,試験問題の採点から述べるのは難しい。普段の授業や試験の経験から言うと,やはり未修者といっても多様なレベルの人がいて,あくまで私の感覚であるが,1割から1割強ぐらい人は,法律以外のことをやっても恐らくできたんだろうと思われるような,極めて広く深い理解力を持っていて,この人たちは本当に純粋な未修者であっても3年間で既修者に追いつくし,一部の既修者を追い越すところまできている。ただやはり,法律の議論ないしは法律の理屈の立て方に慣れるのに少し時間のかかる人が全体としては多く,3年生になっても,どうも基本的なところに弱みがある。また,1割から2割くらいは,進路を間違えているのではないかと言わざるを得ない人が混じっており,それが既修者よりは数が多いという印象である。しかし,既修者が上にきて,未修者が下にきているという構造ではなく,入り混じるようになっている状態である。それから,未修者が一緒にクラスに入っていることには,いわゆる論点型の狭い勉強しかしてこなかった既修者にとっても,意外な着眼点が出てきたりすることもあり,そういう意味で意義はある。結果として,総体として未修者の方が全体的に成績が下になる傾向はあるが,先ほど述べたように,既修者が上で未修者が下かというほどに差が付いているかというとそうではなく,3年もたつと相当追いついてきていると,感触としては思う。

 

○ 今年の結果を見ると,昨年よりも平均点がやや低い。そのあたりについて,問題も違うし,受験生も違うわけだが,未修者が受験したことの影響はどれほどと思われるか。

 

□ 今年の問題は,意識的に基本を聞くということにしているため,問題の難易度は下がっている。にもかかわらず,実感として,出来は去年より少し悪いという実感を持っている。しかし,それが,今年は未修者が受けたということと因果関係があるかというと,その点はわからない。ただ,現場での教育実感からすると,既修者・未修者という序列ではないが,未修者に基本的な理解が十分でない人が相対的には多いと思うので,結果的に全体の答案の出来が悪くなっているということに結び付いている可能性は高いと思う。

 

□ 問題の難易度はそんなに変わらないのではないかと思う。そうだとすると,平均点が下がった要因として,そういうこともあり得るのではないかと思う。

 

□ やはり何とも言えない。問題内容も違うので,なかなか比較は難しいと思う。

 

○ 旧試験のときには,答案がみな紋切り型であり,その出来栄えもよくないということが指摘されてきていたが,新司法試験になって,その点はどうなのか。やはり,かつてのそういう時代から比べれば,法科大学院の教育の成果は徐々にでも上がっているという見方ができるのかどうか。

 

□ 論点を拾い上げるだけでなく,さらに,事実への当てはめを求める部分は旧司法試験ではあまりなかったので比較できない点があるが,数はそれほど多くはないものの,現に,事実への当てはめの部分についてきちんと書いてある答案もあるので,法科大学院教育の成果が出つつあるのではないかと思う。

 

□ 旧試験と新試験では,問われている内容が少し違うので,明確に申し上げられないが,今,高い水準にまでは届いていないのは確かである。しかし,だからといって,全く成果がないかというとそうではなくて,少なくとも,法科大学院の学生は,事例に即して自分で考えて答えを出さなければならないという意識は,十分できつつあると思う。

 

○ 今度,初めて新司法試験組に対する二回試験が実施されるので,その結果について関心をもって見ているところである。旧司法試験組については,この前の二回試験で71人の不合格者が出たということであり,今後の推移を注意深く見ていく必要がある。

 基本的に法科大学院は二兎を追ったという面があり,本来指導しなければならないことに加えてプラスアルファになった部分の指導も相当な負担になっているのではないかと思われる。大変御苦労なことと思うが,基礎体力をしっかりと身に付けていれば,実務上のテクニックというのは,いかようにも鍛えることができるし,逆に,基本の部分が不十分だと,その後の実務の指導でも十分な成果を挙げることができないということになるので,折に触れて申し上げていることではあるが,法科大学院の指導に当たっては,そのあたりについての配慮をお願いしたいし,新司法試験の実施という観点から言うと,その部分についてはきちんとチェックできるような内容にしておく必要があるという感想を持っている。