虚偽表現の自由について ~ たまっち先生の「論文試験の合格答案レクチャー」第3回令和元年度司法試験 公法系科目(憲法)

たまっち先生の
「論文試験の合格答案レクチャー
第三回
令和元年度司法試験 公法系科目(憲法)
虚偽表現の自由 について


 こんにちは、たまっち先生です。
これまでの2回は刑法について見ていきましたが、第3回となる今回は、憲法についてA答案とC答案を比較検討し、受験生の皆様がどのような点に気をつけて答案を書けば、合格答案を書くことができるようになるかについてレクチャーしていきたいと思います。

第1 はじめに(前提として)

 今回扱う問題は令和元年度の司法試験です。

 前提として申し上げておきますが、平成29年までの司法試験では、原告の主張→被告の反論→私見という3つの立場から検討させるというのが、オーソドックスな出題形式でした。

しかし、平成30年以降、法律家としての立場から、参考判例や被告の反論を踏まえながら、自分の意見を述べさせるという出題形式に大きく変更されました。
 いわゆるリーガルオピニオン型と言われる出題形式です。ただ、出題形式が変わったことにより解答方法が大きく変わったかといえば、決してそういうわけではありません。なぜなら、弁護士は被告の反論も踏まえつつ、原告を勝たせるような主張を考える立場にあるからです。そのように考えれば、平成29年までの出題形式と同じように、原告の主張→被告の反論→私見という3段階で答案を作成すること自体には、特に問題はないといえるでしょう。実際、後述するように、優秀答案も原告の主張→被告の反論→私見、という順序で答案を書いています。まずは、前提としてこの点を押さえておいてください。

 設問は、「あなたは、A省から依頼を受けて、法律家として、この立法措置が合憲か違憲かという点について、意見を述べることになった。その際、A省からは、参考とすべき判例があれば、それを踏まえて論じるように、そして、判例の立場に問題があると考える場合には、そのことについても論じるように求められている。また、当然ながら、この立法措置のどの部分が、いかなる憲法上の権利との関係で問題になり得るのかを明確にする必要があるし、自己の見解と異なる立場に対して反論する必要があると考える場合は、それについても論じる必要がある。 以上のことを前提として、あなた自身の意見を述べなさい。」とされています。

 そのため、原告の主張や被告の反論よりも私見を厚く書くこと、設問で参考とすべき判例を踏まえて論じるという指示がある以上、参考とすべき判例を踏まえること、に注意して論じる必要があります。
この2点さえ気をつけていれば、形式面については心配する必要はないと思います。

【問題文及び設問】

令和元年司法試験問題は⇩⇩をクリック


https://www.moj.go.jp/content/001293666.pdf)をご参照ください。

第2 令和元年度司法試験を選んだ理由

 次に、なぜ令和元年司法試験を選んだのかについて述べていきます。

 第一に、上述のように平成30年から出題形式が変更されたため、令和元年度司法試験は新しい出題形式の問題であるからという点にあります。司法試験の傾向は頻繁に変わるものではないことからすると、現在の出題形式は少なくとも今後数年は続くと考えられます。そのため、平成30年以降の過去問は特に優先度の高い過去問といえるでしょう。

 第二に、虚偽表現の自由という特殊な表現行為について問われているからです。単純な表現の自由であれば、重要性が高いということは受験生の皆様であれば当然知っていることと思いますが、虚偽表現の自由が果たしてどの程度重要な権利といえるのか、仮に重要性が低いとされてもどれだけの制約が許されるのか、という点について、受験生の皆様にぜひ一度検討してもらいたかったからです。

第3  B E X Aの考える合格答案までのステップとの関連性

 B E X Aの考える合格答案までのステップとの関係では、『4、各科目の答案の「型」がわかる』との相関性が強いと思います。

 以下で検討するように、C答案が決して憲法答案の型から外れている訳ではありませんが、A答案と比較すると、やはり相対的には憲法答案の「型」ができていない印象を受けます。高得点を取るためには、どの部分をどのくらい厚く論じる必要があるのかという点まで理解して初めて答案の「型」がわかるという段階に達すると私自身は考えています。
 これを学ぶには、優秀答案の論述を参考にするのが最も近道でしょう。受験生の皆様には優秀答案を参考にしながら、自分なりの答案の「型」というものを身に付けていただきたいと思います。

第4  A答案と不合格答案の比較検討

  本題に入る前に、まずはA答案とC答案が実際にどのような答案を書いていたのかを見ていきましょう。紙幅との関係で、今回は立法措置①に関して違憲審査基準を設定するまでの段階に焦点を絞って検討していきたいと思います。

1 C 答案の論述

2 A 答案の論述

⑴ 立法措置1のうち法案2条1項、6条、25条は、虚偽表現者の表現の自由を侵害し、違憲ではないか問題となる。

この点、被告の反論として、表現における「表現」は思想内容の表明であるところ、虚偽表現は、事実の摘示であり、思想内容の表明ではないため表現の自由として保障されないというものが考えられる。 

しかし、表現の自由は表現の前提として、知る自由を保障しているところ、事実の摘示であっても知る自由に資するため、表現の自由として保障されるべきである。

したがって、虚偽表現者の表現の自由は、保障される。

 

⑵ かかる自由は、法案6条により、虚偽表現を禁止され、違反した場合には、法案25条により罰則を科される形で制約されている。

 

⑶ 表現の自由は、自己実現・自己統治の価値を有する重要な権利である。また、先述の通り、知る自由に資する点でも重要である。

ここで、虚偽表現は、真実ではないため知る自由に資することはなく、表現の自由としての重要性は低いとの反論が考えうる。しかし、真実ではない表現であっても、表現の自由の一環として保障するべきである。もっとも、判例における報道の自由に比して、虚偽表現であることから、保障の程度は低くなるべきである。

 また、制約としては、虚偽表現をした場合、命令等を経ずに罰則が科される点で強力である。

 

⑷ 以上より、目的が重要であり、手段が実質的関連性を有する場合に限り、合憲であると解する。

⑸ (以下、あてはめ〜)

⑴ フェイクニュース規制法(以下略)6条は、虚偽表現の自由を過度に広範に制約するものとして憲法21条に反し違憲無効ではないか。

過度広範であれば、無関係な表現行為も制約しかねず、違憲無効となる(暴走族排除条例事件参照。)。

もっとも、そもそも虚偽表現の自由は憲法21条により保障されないとの反論があり得る。しかし、虚偽の表現であっても、エイプリルフール等で故意にフェイクニュースを流すといった文化が我が国では存在しており、虚偽の表現であっても、このような文化とともに人格の形成発展に寄与していることは否定できない。虚偽であるからといって表現行為を保障外とすることは相当ではない。

しかし、保障されるとしても、6条は公共の利害に関する事実に限定しており、虚偽であることを知りながらという故意の限定もしているので、過度に広範とまではいえない。よって、文面上違憲無効ではない。

 

⑵ 次に、6条は上記自由を侵害し、21条に反し法令違憲とならないか。

6条は、国民の上記自由を制約している。そこで、制約を正当化できないか。

この点、北方ジャーナル事件において、判例は公共の利害に関する表現は国民の政治意思の形成に資することから、特に尊重すべきとしており、本件でも公共の利害に関する表現である以上、同様に解せないか。

しかし、虚偽の表現は、結果的に国民の政治的意思の形成に資することはないため、特に尊重すべきではなく、厳格な審査基準を適用すべきではないという反論があり得る。

もっとも、表現の自由の趣旨は、思想の自由市場にある。これは、自由に意見を出し合い議論することで、有害な表現は自然に排斥されていくため、表現行為を規制する必要はないという考え方である。また、低下表現かどうかの判断は当事者が判断すべき事項といえ、国家が一方的に決めつけるのは問題があるというべきである。したがって、上記自由は重要であるといえる。

加えて、6条は虚偽表現一般を規制対象としており、規制範囲が広範であって、かつ内容規制であることからすれば、上記自由に対する制約は強度であるといえる。

したがって、規制目的がやむにやまれず、手段が必要最小限度である場合に限り合憲である。

(以下、あてはめ〜)


3 両答案の比較検討し、どこで点数差が開いたのかを考えてみよう
⑴ 権利保障段階

 本問では、通常の表現行為ではなく、「虚偽の表現を行う自由」が問題となっていますので、この「虚偽の表現を行う自由」がそもそも憲法21条が保障する「表現の自由」として保障されるかどうか、すなわち、「表現」行為に該当するかどうかを検討する必要があります(出題趣旨・採点実感参照)。「表現」に該当しないとされれば、その時点で憲法21条の表現の自由に対する侵害の問題とはならないからです。この点については、C答案は、憲法21条が保障する「表現」を解釈した上で検討することができている一方、A答案は「表現」行為に該当するかという点の指摘ができていません。もっとも、C答案は、「事実の摘示であっても表現の自由として保障される」と述べるのみで、その理由を書いていませんので、論述が薄くなっている印象を受けます。他方で、A答案を見てみると、「虚偽の表現であっても、エイプリルフール等で故意にフェイクニュースを流すといった文化が我が国では存在しており、虚偽の表現であっても、このような文化とともに人格の形成発展に寄与していることは否定できない。虚偽であるからといって表現行為を保障外とすることは相当ではない。」と論述しており、問題文の事情を拾った上で非常に丁寧に論証することができています。このように具体的事情を踏まえた丁寧な論述をしているからこそ、「表現」部分の当てはめが抜けていても、C答案よりも高く評価されたのだと考えられます。このことから、憲法答案では抽象論にとどめず、具体的事情を踏まえた論述を心がけることが大切と言えるでしょう。

⑵ 制約段階

 制約段階について、権利制約の有無については、両答案とも問題なく書けていると思います。
 ただ、1点気になる部分がありますので以下解説していきます。それは、C答案の「法案25条により罰則を科される形で制約されている」という論述です。たしかに、法案25条では法6条に違反した場合に罰則が科せられる形になっており、これを虚偽表現の自由に対する制約と捉えることも考えられなくはありません。
 しかし、読者の皆様によく考えてみて欲しいのですが、罰則というのは、あくまで虚偽表現の自由を規制した法6条に違反した場合に科せられる措置ないし手段ですので、罰則規定それ自体は虚偽表現の自由を制約しているとはいえません(過去の採点実感も指摘されています)
 虚偽表現をしてはならないと規定し、虚偽表現に対する制約を課しているのは、あくまでも法案6条です。そのため、権利制約段階では、法案6条のみ指摘すれば足りると言えるでしょう
 細かい点かもしれませんが、このように制約段階でもA答案とC答案の点数差が開いていると考えられます。

⑶ 過度に広範ゆえに無効の法理・明確性の原則

 表現の自由が問われたときには、特に注意したい論点です。本問では、明確性の原則と過度に広範性の問題の両者の点について検討することが求められており、優秀答案でさえ明確性の原則を検討できていないことからすれば、試験現場で両者を漏れなく論じるのはかなり難しかったのだと考えられます。ただ、両方とも言及しないというのは大幅な減点の可能性があり危険ですので、少なくともいずれかには言及しておきたいところです。
 この点から両答案を比較してみますと、C答案は明確性の原則と過度に広範ゆえに無効の法理に言及できていない一方で、A答案は明確性の原則は検討できていないものの、過度ゆえに無効の法理については言及できています。このくらい簡潔な指摘であっても、書いていないよりは加点されることは間違いないといえるでしょう。

⑷ 権利の重要性・制約の強度性

ア 憲法答案を書く上で最も重要な部分といえる理由
 憲法答案でもっとも大切なのが、権利の重要性と制約の強度性の認定になります。なぜ、そのように言えるかというと、原告の主張と被告の反論がぶつかり合うのがまさにこれらの部分であり、これらの部分をどれだけ説得的に論じることができているかで憲法答案の評価がほとんど決まると言えるからです。
 受験生の方と議論をしていると、違憲審査基準を決定した後の当てはめに重点を置いているという声をよく耳にします。それは間違いではありませんが、違憲審査基準を決定してしまうと、その後の議論の展開はどの受験生も差はほとんどないので、点数差をつけることは難しいです。他方で、権利の重要性、制約の強度性は自分で参考となる判例を想起し、原告の主張や被告の主張に置き換えて議論を展開する必要があるため、受験生の力の差が出やすく、点数差が開きやすいと言えます。
 以上の理由から、権利の重要性と制約の強度性を論じる際には、参考となる判例を踏まえつつ、原告の主張→被告の反論→私見、という順序で丁寧に論じる必要があります。では、本問に沿って具体的に考えていきましょう。

イ 匿名表現の自由の権利の重要性
 本問で問題となっている匿名表現の自由の重要性について考えてみると、おそらく多くの受験生は、虚偽表現は、自己統治に資さない、自己実現と関係がない、もしくは低価値表現の一種である、などという理由で権利の重要性が低いと決めつけてしまうと思います。たしかに、虚偽表現にそのような側面があることは間違いないですし、そのように論じることにも一理あります。では、それで本当に良いのでしょうか?
 まずは、C答案の論述を見てみましょう。

C答案の論述

 表現の自由は、自己実現・自己統治の価値を有する重要な権利である。また、先述の通り、知る自由に資する点でも重要である。
ここで、虚偽表現は、真実ではないため知る自由に資することはなく、表現の自由としての重要性は低いとの反論が考えうる。
しかし、真実ではない表現であっても、表現の自由の一環として保障するべきである。もっとも、判例における報道の自由に比して、虚偽表現であることから、保障の程度は低くなるべきである。

 C答案の論述からお分かりいただけるように、C答案は一言で虚偽表現の自由の重要性を低いとしています。
 しかしながら、ここで読者の皆様には本問の設問を思い出してみて欲しいのですが、設問では、「・・・自己の見解と異なる立場に対して反論する必要があると考える場合は、それについても論じる必要がある」とされており、自己の見解とは反対の立場にも言及することが求められています。つまり、虚偽表現であるからといって、直ちに権利の重要性が低いと決めつけてしまう答案は、設問の指示に従えておらず、また、虚偽表現の本質に気づけておらず、結果として高い評価を受けられないということになるのです。この点について、出題趣旨で「虚偽の表現、とりわけ虚偽と知ってなされるものについては、そもそも表現の自由の保障範囲に入らない、あるいは、保障の範囲に入っても、保障の程度が低いという議論もあり得なくはない。その点について論じる際には、そのように考えることに問題はないか、また、そのような考え方は先例に基づいたものといえるかといった点も考察する必要があろう。さらに、虚偽ではあっても種々の観点から有益な表現も様々に考えられることや、真実は誤りと衝突することによってより明確に認識されるのだから虚偽の言明ですら公共的な議論に価値のある貢献をするものだ、という考え方もあり得ることにも留意が必要である。」と指摘されていることからも、虚偽表現であっても、権利の重要性が高いと言える場合があることに言及することは必須だったと言えるでしょう。


 これらを前提として、次にA答案を見てみましょう。上記で私が指摘した注意点が見事に実践されていることがお分かりいただけると思います。

A答案の論述

しかし、虚偽の表現は、結果的に国民の政治的意思の形成に資することはないため、特に尊重すべきではなく、厳格な審査基準を適用すべきではないという反論があり得る。
もっとも、表現の自由の趣旨は、思想の自由市場にある。これは、自由に意見を出し合い議論することで、有害な表現は自然に排斥されていくため、表現行為を規制する必要はないという考え方である。また、低下表現かどうかの判断は当事者が判断すべき事項といえ、国家が一方的に決めつけるのは問題があるというべきである。したがって、上記自由は重要であるといえる。

 A答案の論述からお分かりいただけるように、A答案は設問の指示に従って、自分とは反対の立場についても言及することができています。そして、表現の自由の趣旨のうち自己統治と自己実現は妥当せずとも、思想の自由市場という趣旨については妥当するということを指摘できています。さらに、低価値かどうかは当事者が判断すべき事項といえ、国家が一般的に決めつけることには問題があるという趣旨の指摘をしており、低価値表現の重要性が低いという反論に対して再反論をすることができています。
 このように、反対の立場に言及しつつ、的確に再反論を指摘できているからこそ、A答案は高く評価されたのだと考えられます。

ウ 匿名表現の自由に対する制約の強度性
 本問で問題となっているのは、虚偽表現の自由という「表現の自由」ですから、制約の態様として、①内容規制か内容中立規制か、②事前規制か事後規制か、③全面的な規制か限定的な規制か、という観点から検討していく必要があります。
 そのような観点から検討してみると、法案6条は、「・・・虚偽表現(法案2条 虚偽の事実を、真実であるものとして摘示する表現をいう。カッコは筆者挿入)を流布してはならない」と規定しています。法案6条の規定ぶりから考えると、虚偽表現という表現の内容に着目した全面的な規制であるということができるので、①の点については内容規制、③の点については全面的な規制、であると評価できます。他方で、②については採点実感によれば、事前規制であると論じていた受験生も見受けられたようですが、本問の規制は明らかに事後規制ですので注意してください。北方ジャーナル事件(最判昭和61年を参考に言えば、事前規制とは、「発表前の雑誌の印刷、製本、販売、頒布等を禁止する仮処分、すなわち思想の自由市場への登場を禁止する」を指します。つまり、表現行為が外に出る前に禁止していると言えなければ、事前規制ということはできません。しかしながら、法案6条は虚偽表現を全面的に禁止はしているものの、虚偽表現される前に事前にチェックをして思想の自由市場に出ることまでを禁止しているとは言えません。したがって、②の点については、事後規制であると評価することができます。
 以上より、匿名表現に対する制約の強度性については、これらの①ないし③の点を指摘していくことになるでしょう。
 まず、C答案について見ていきましょう。

C答案の論述

制約としては、虚偽表現をした場合、命令等を経ずに罰則が科される点で強力である。

 一目でお分かりいただけるように、C答案の権利制約の強度性は論述が薄くなってしまっています。司法試験では制約の強度性にも配点が振られていると考えられるため、被告の反論を踏まえながら丁寧に論証していくことが大切です。例えば、上記に検討したように、法案6条の規制は、事後規制であるので、虚偽表現そのものが思想の自由市場に出ることについては禁止しておらず、制約の程度は低いという反論が考えられるでしょう。このように、全面的かつ内容規制だとしても、何らかの反論は可能ですので、頭をフル回転させて反論を捻り出してもらいたいです。なお、罰則等の規定は権利制約そのものではなく、権利制約を実現するための手段ですので、権利制約段階で論じないほうが良いというのは前述した通りです。

 では、次にA答案の論述を見てみましょう。

A答案の論述

加えて、6条は虚偽表現一般を規制対象としており、規制範囲が広範であって、かつ内容規制であることからすれば、上記自由に対する制約は強度であるといえる。

 A答案の論述も分量自体は、C答案と大差ありません。しかし、A答案の論述には、私が上記で指摘した①、③の点が盛り込まれているのがお分かりいただけると思います。簡潔ながらも重要なポイントを的確に指摘できているからこそ高い評価を受けたのだと考えられます。なお、A答案の指摘は試験現場で書いた答案としては十分なものですが、読者の皆さんが過去問演習として解く際には、被告の反論にも言及しながら答案を書くことを意識してもらうとよりレベルの高い答案を書くことができると思います。

5 まとめ

 いかがでしたでしょうか。憲法を苦手とする受験生は多いと思いますが、憲法答案を書く際のポイントは権利の重要性と制約の強度性を厚く論じる点にあると分かっていただけたかと思います。ただ、権利の重要性と制約の強度性を論じる際に注意して欲しいのは、参考となる判例を意識すること、です。司法試験の答案を採点するのは、日本トップレベルの学者や実務家の方々です。そのため、受験生がその場で考えた単なる思いつきでは評価されません。最高裁の確立した判例を踏まえつつ、議論を展開していくことが高得点の必須となります。法律実務家になる者としてふさわしい答案を書くためには、関連する判例を的確に引用し、それを踏まえた主張や反論を展開することが大切だといえるでしょう。受験生の皆様には、これらの点を念頭においた上で憲法答案を書いてもらいたいと思う次第です。

 今回もBEXA記事「たまっち先生の論文試験の合格答案レクチャー」をお読みくださり、誠にありがとうございます。
 今回は「
令和元年度司法試験 公法系科目(憲法)虚偽表現の自由」について解説いたしました。次回以降も、たまっち先生がどのような点に気をつけて答案を書けば合格答案を書くことができるようになるかについて連載してまいります。
ご期待ください。

2022年4月23日   たまっち先生 

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