平成19年新司法試験民事系第2問(民法・民事訴訟法)

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債権の効力 - 債権不履行に基づく損害賠償
契約総則 - 契約の解除
売買 - 売買の効力
主張・証拠 - 裁判上の自白
当事者の意思による訴訟の終了 - 当事者の意思による訴訟の終了の総論

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[民事系科目]

 

〔第2問〕(配点:200〔設問1から設問3までの配点の割合は,10:6:4〕)

  次の文章を読んで,以下の1から3までの設問に答えよ。

 

Ⅰ XとYの間には,美術工芸品甲の売買契約をめぐって争いがある。以下は,この紛争について,Xの側のJ弁護士とYの側のK弁護士が平成18年5月初めに確認した【弁護士間で確認された事実】,【Xの言い分】,【Yの言い分】及びK弁護士と弁護実務修習中の司法修習生L(以下「L修習生」という。)が平成18年5月末に交わした【K弁護士とL修習生の会話】である。

 

【弁護士間で確認された事実】

1. 平成17年9月ころ,美術品収集家のXは,Yの勧めに応じて,p国在住のAが制作した美術工芸品を買うことにした。Yは,外国を歩き回って現地の美術工芸品を買い付け,それを輸入して売っている者であり,Aから,既に完成している作品甲の売却の内諾を得て,買主を求めていた。

2. Aの作品は,p国の伝統的な祭祀具に独自の工夫を凝らしたものであり,その大きさ・装飾・塗り等も一つ一つ異なっている。そして,作品の目立たない箇所には,作者の銘・完成年月日・作品番号などが刻印されている。YはAが制作した甲の写真をXに見せて購入を勧めた。

3. 9月28日,Yは,Xと代金額・支払時期などについて協議したことを反映させたメモを作成し,Xに交付した。そこには,次のような趣旨が記載されていた。

① 甲の代金額     600万円

② 甲の納品日と場所  平成17年12月7日,Xの自宅に届ける。

③ 支払期日      内金200万円    申込み時

            中間金200万円   平成17年12月7日

            残代金200万円   平成18年1月10日

④ 支払方法      中間金は甲の納品時に現金で支払う。それ以外は,○○銀行×

            ×支店Y名義の普通預金口座に振り込んで支払う。

⑤所有権移転時期甲の所有権は代金完済時にXに移転するものとする。

4. 9月28日,Yはメモを交付する際,「甲は,私が費用を払って船便で日本に輸送するが,p国からの船便は月に2便程度で,輸送には1か月前後を要する。納品は,メモのとおり12月初旬を見込んでいるが,船便の状況によっては,1か月程度は遅れるかもしれない。」と説明した。これに対して,Xは,「それくらいの遅れなら構わないが,どんなに遅くとも来年(平成18年)2月末日までに甲を納品して欲しい。」と述べただけで,Yの申込みに対して確定的な返事をしなかった。

5. 10月1日,Xは,Yの指定する銀行口座に,あらかじめ預かっていた振込用紙を用いて200万円を振り込んだ。

6. 10月6日,Yは,Aに国際電話で甲の売買契約の申込みをして,Aの承諾を得た。そして,同日,甲の代金の一部をAの銀行口座に送金した。

7. 10月28日,Yは,他の美術工芸品の買い付けを兼ねて再びp国に渡航した。Yは,Aに代金の一部を支払って甲の引渡しを受け,翌日,B運送会社に船便で甲をp国から日本に向けて送ることを依頼し,これを引き渡した。この時点では甲に傷はなかった。

8. 12月5日に日本でBから甲を受け取ったYは,同月7日,X宅に甲を持参し,Xは,準備した中間金200万円をそろえて応対した。しかし,その場で梱包を解いて,作者銘などの刻印を調べようとしたところ,甲の扉の可動部分の根元に亀裂と塗りの剥落があって開閉に支障があり,Xが扉を慎重に開けようとした際に,支持部品が折れてしまった。このため,Xは,甲の受領を拒み,用意をしていた中間金200万円を支払わなかった。Yは,仕方なく甲を持ち帰り,運送品に傷が生じていたことをBに連絡し,Bから事実関係を調査するとの回答を得た。

9. 12月8日,Yは,同業者の友人に甲を鑑定してもらい,甲の価格は,傷があれば300万円程度になってしまうだろうとの評価を聞いた。Yは,その事実は伏せて,Xに,急いでp国に渡航して甲の修理が可能かどうかをAに尋ねてみるので待って欲しい旨を依頼し,この点ではXの同意を得た。しかし,「甲の残代金をAに支払う必要があるので中間金を直ちに支払って欲しい。」というYの懇請を,Xは拒絶した。

10. 12月10日,p国に渡航したYは,自分が工面した金でAに甲の残代金を支払った。Yが,持参した甲の破損部分の写真をAに見せて尋ねたところ,Aは,「傷が分からなくなるような修理は可能であるが,甲をいったん分解し,傷のない部品と取り替えて組み立て直し,全体の塗装もやり直す作業が必要なので,修理には約2週間の期間と50万円の費用を要する。仕事が詰まっているため,早くても修理に取り掛かれるのは1か月先になる。」と答えた。

11. 12月12日,帰国したYはX宅を訪れて修理に要する費用や期間について説明し,修理品の納品は早くても2月半ば以降になると述べた。これに対して,Xは,傷のある甲は受け取れないと述べた。甲の修理をAに依頼するのかどうかについて話を詰める前に,Yが,中間金の支払と甲の修理費用の前払を求めたところ,Xは激怒し,「どれだけ遅くても来年2月末までに,傷を修理した甲を持ってこなければ,支払済みの200万円は返してもらうし,損害賠償も払ってもらうから覚悟しておけ。」と述べてYを追い返した。

12. 12月25日,BからYに荷物の破損に関する相談があり,Bは,Yに対して,鯨が輸送船にぶつかるというこれまでに経験のない事故があったため甲が破損したと推測されると説明した上,日本とp国の間の往復の船便の輸送料及び甲の修理代金50万円はBが支払う旨の約束をした(なお,BからYに上記支払約束を確認する旨の書面が平成18年1月末に届いているが,甲の破損の経緯は,その後も不明である。)。そこで,Yは,Aに対して,国際電話をかけ,「甲を運送業者Cに頼んで航空便で送るので,早急に修理して欲しい。修理を完了した甲は,あなたのところに取りに行って船便で日本に送るようCに頼んであるので,修理の完了をCのp国現地事務所に連絡して欲しい。修理代金は,修理済みの甲の受領確認と発送の連絡がCからあり次第送金する。」旨を述べた。Yは,Aの承諾を得たので,翌日,甲をCに取りに来てもらって,A宛に航空便で送った。

13. 平成18年1月25日,Yは,Cから,「修理済みの甲をAより受け取り,直近の船便で送る。日本への到着予定は3月5日になる。」との連絡を受けた。Yは,修理代金50万円をAの銀行口座に送金した。さらに,Yは,甲の修理が完了した旨をXに電話で連絡した。Xが甲を航空便で送るよう求めたのに対して,Xが費用を負担してくれるなら手配すると返答したところ,Xは「それなら結構だ。」と言って電話を切った。そこで,Yは,Cに運送方法の変更を指示せず,甲は船便で日本に輸送された。

14. 3月5日,Yは,Cから甲を受け取り,梱包を解いて傷がないことを確認した。同月7日,Yは,甲をX宅に持参して,受領と引換えに残代金400万円の支払を求めたが,Xは,契約は既に解除したとして,甲の受領も残代金の支払も拒絶した。

 

【Xの言い分】

   甲は,Dからの依頼を受けて平成18年5月に開催されるある美術展に出展するため,少し高いと思ったが,平成17年12月には納品できるということだったので買った。Dの主催している美術展は有名で,今回,甲のような美術工芸品がテーマとなっていたことは,Yも知っていて当然だし,だからこそYは私に甲を売り込んできたに違いない。甲が2月中に引き渡されなかったため,出品物の図録撮影に間に合わず,美術展への出展は不可能になった。これでは,何のために高い買物をしたのか分からない。

   Yが甲を持参したのは,約束した納品期日を3か月も過ぎている。こんなに遅れたのは,甲に傷が付いたためだが,その原因はBの運送ミスにあり,そんな業者を選んだYに責任がある。それなのに,傷物を持ってきた挙げ句,中間金の支払が遅れているとか,私に修理代の50万円を負担しろなどと言ってきたのだから論外である。私は,甲の修理をAに依頼したり,修理品を船便で送ることには同意していない。Aへの修理依頼や船便での運送はYが自らの判断でやったことである。遅くとも2月末には納品してくれなければ困ることは,契約前に言っておいたし,12月12日にも警告した。さらに,1月25日にYが電話してきたときにも,私はYに甲をp国から航空便で送れと言った。傷の修理に時間がかかったのに,こちらの正当な要求を無視して,更に1か月もかけて船便で送るとは,人を馬鹿にしている。

   1月25日に,私は,船便で送るような態度をとるなら,もうこの契約は結構だ,と今一度警告した。私は,2月末までは残代金400万円を支払う準備をしていたのだが,2月末に甲が届かなかったことでこの契約は終わっているから,支払っていた200万円を早く返して欲しい。また,私は,甲を自宅で保管するために,昨年(平成17年)の10月30日に20万円する特注のアクリルケースを専門業者Eに注文していた。これが不要になったので,3月3日に,私はEに8万円を支払って契約を合意解除せざるを得なかった。美術品収集家としての私の評判は地に落ちた上,美術展が開催される20日間,甲をDに貸していたら得られたはずの10万円の賃料を得ることもできなくなった。こうした損害は,Yにはきちんと賠償してもらいたい。

 

【Yの言い分】

   5月にD主催の美術展があることは,もちろん知っているが,そこにXが甲を出展するなどという話は初耳である。

   そもそも,甲に傷が付いたことについて,私には責任がない。甲の破損は不可抗力によるものである。仮にBに過失があったとしても,私は甲が壊れやすい高価品であることをBに示してきちんとした梱包の依頼をしていたのだから,専門家のBを信頼して任せた私のどこに落ち度があるというのか。だからこそ,甲の破損についてBは,日本とp国の間の往復の船便の輸送料及び甲の修理代金50万円を支払うと言っている。Bは大企業であって,事後処理についての交渉態度も誠実で,Xの言うようないい加減な業者ではない。

   私としては,本来なら甲をそのままでXに渡せば十分だったはずで,私が航空運賃や修理代金50万円を取りあえず立て替えてまでAに修理を依頼したのは,修理を求めるXの指示に従ってそれに誠実に応えたためである。修理によってこの程度の納品の遅れが出ることは,Xにも伝えてあり,むしろXがそれを了解した上で,強く甲の修理を求めていたのである。

   その後も,私は,修理のために甲を航空便で送るなど,速やかな納品のためにできる限りのことをやった。3月7日の納品は,むしろ最善の努力の結果である。Xは,12月12日に会ったときにも,1月25日に電話連絡をした折にも,確かに2月中の納品を求めていた。しかし,美術展に間に合わなくなるなどという事情については,Xは何も言っていなかった。また,航空便は船便の何倍も費用が掛かる。契約では船便で送ることになっているから,船便で送った甲が届くのが3月初めになったことには何の問題もない。運送費用の増加分を負担もせずに航空便で送れなどと要求するのは身勝手であり,Xも最終的には船便で結構だと無茶な要求を引っ込めたではないか。

   また,3月7日に至るまで,Xは,一度も契約を解除すると明言したことがない。3月7日になって唐突に解除を主張するのは,私が努力してきたことを無意味にしてしまうもので,全く理不尽である。

   逆に,私は,Aに甲の代金を支払うため,資金が必要だった。こうした事情は,Xの要望を容れて代金を分割払にした経緯から,Xも十分承知していたはずである。それにもかかわらず,Xが中間金を支払ってくれなかったので,私は自分で支払資金を別途工面しなければならず,非常に迷惑した。本来文句を言えないはずの甲の傷を理由に,甲の受取を拒絶して中間金を支払わなかったXの態度こそ不当である。

 

【K弁護士とL修習生の会話】

K弁護士:今月初めに,X側のJ弁護士との間で事実の確認をした上で,折り合いがつかないかと話し合ってみましたが,Xは,あくまでも裁判で決着をつけたいようです。Yのために,Xがどういう主張をしてくるかを予想した上で,それに対して,Yとしてはどう反論するかを考えておかなければなりません。そこで,本件について検討し,その結果を私に報告して欲しいのです。

L修習生:先生,それでは,判例の考え方に沿って,まずは,Xが主張してくる法的構成を予測して,それへの対応を考えればよいのですか。

K弁護士:基本はそうですが,判例と異なっていても,通説や有力説があって,Xに有利となれば,X側は,それに沿って法的構成を工夫してくることも考えられます。

L修習生:そうなると,判例と学説の対立があれば,それも整理しておく必要がありますね。

K弁護士:本件と関係ない点についてまで詳しく整理・検討したゼミの報告みたいなものを書いていただく必要はありません。あくまで確認された事実に照らして,お互いにどういう主張をすることになるのかを中心に,簡潔にまとめて欲しいのです。また,こちらの言い分をきちんと主張するのは当然ですが,Xの言い分が仮に認められた場合についても,さらに,こちらとしては対応を考える必要がありますね。

L修習生:例えば,私は,Yの言い分に沿ってYには帰責事由がないことを強く主張しようと考えていますが,裁判所に,帰責事由がないとはいえない,と判断される場合の対応も考える,ということでしょうか。

K弁護士:それは一つのポイントですね。その点は,契約解除の根拠の一つにも関係してきますね。それについて,私には,気になっている点があります。近時,債務者の帰責事由を必要とせずに契約の解除ができるという考え方も,学説では有力に主張されているようですね。

L修習生:はい,以前から,履行遅滞による解除に帰責事由は不要とする見解がありますし,近ごろは,債務不履行一般について重大な債務不履行があれば帰責事由がなくても解除ができるという見解もあります。ただ,こうした見解を細部まで正確に理解して理論的な反論を準備するのは,私には少し荷が重いです。

K弁護士:分かりました。ほかにも学説はあるようですから,そういう理論的な問題は,X側の具体的な主張を見た後で,一緒に検討しましょう。場合によっては,友人の大学教授に話を聞いてみます。君は,仮に債務不履行を理由とする解除には帰責事由を要しないという見解が採用されたとしても,確認された事実に即して考えた場合,Xは本件契約を解除できない,という主張が可能かどうかを考えてください。

L修習生:はい。ところで,先生,Yの側から未払代金等の支払を求める反訴を起こすことも検討しなければいけませんか。

K弁護士:その点は私が検討しますから,書かなくてよいです。いろいろ言いましたから,課題を整理しましょう。まず,(a)支払済み代金200万円の返還と18万円の損害賠償を請求するためにXが主張してくると予想される様々な実体法上の法的構成を,確認された事実を前提として検討してみてください。次に,(b)Yはこれに対して,どのように反論すればよいかを考えてみてください。先ほど言いましたように,帰責事由がなくても債務不履行を理由とする解除ができるという解釈論の当否自体の検討はしなくてもよいです。以上の2点について報告書を書いてきてください。

 

〔設問1〕 あなたがL修習生であるとして,K弁護士が指示した課題(a)及び(b)についてどのような報告をすべきか,検討の結果を述べなさい。なお,本件については,すべて日本法が適用されるものとする。また,解答に当たっては,後記Ⅱ以下の事実は考慮しないこと。

 

Ⅱ 前記ⅠのXY間の売買契約に関して,平成18年6月15日,XがYに対して訴えを提起したところ,その訴訟は,次のように推移した。

 

1. Xは,Yに対して,甲の売買契約を解除したとして,原状回復として支払済みの売買代金相当額200万円及びこれに対する平成17年10月1日から支払済みまで年6分の割合による利息,並びに債務不履行に基づく損害賠償として250万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金の支払を求めて,訴えを提起した。なお,訴状は平成18年6月22日にYに送達されている。

2. Xの訴状には次のような記載があり,Xは第1回口頭弁論期日において訴状の内容を陳述し,また,同期日において甲4号証その他の書証を提出した。なお,甲4号証にはF名義の署名があるだけで,捺印はされていない。

 

 

【訴状】

<前略>

第1 請求の趣旨

1 Yは,Xに対し,200万円及びこれに対する平成17年10月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え

2 Yは,Xに対し,250万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え

3 訴訟費用は被告の負担とする

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

第2 請求原因

<中略>

5 平成17年12月12日,XはYに対して,「どれだけ遅くても来年2月末までに,傷を修理した甲を持ってこなければ,支払済みの200万円は返してもらうし,損害賠償も払ってもらう。」と述べて,修理済みの甲の引渡しを催告すると同時に,平成18年2月28日の経過をもって甲の売買契約を解除する旨の意思表示をした。

<中略>

8 Xは,Xが甲を購入し美術展に出展する話を聞き付けた同好の美術品収集家Fから,平成17年11月上旬ころから,美術展終了後に甲を譲り渡して欲しい旨の懇請を受けていた。そして,同年11月28日,Xは,Fとの間で,美術展終了後の平成18年6月10日を引渡し期日として,甲を850万円で転売する旨の契約を締結したが,Yが甲を適時に引き渡さなかったために,購入代金600万円と転売代金850万円の差額250万円を得ることができなかった。

<中略>

第3 証拠

<中略>

3 請求原因8の事実は,F名義の文書(甲4号証)で証明する。

<後略>

 

【F名義の文書(甲4号証)】

平成17年11月22日

 

X様

 

 本日はお目にかかることができず,残念でした。

 先日来お願いしておりますように,甲を是非ともお譲り下さい。来年の6月8日までに850万円を用意することができる予定ですので,同日以降に代金の決済と甲の引渡しを行うということで,お願いできれば幸いです。改めて御連絡いたしますので,御検討のほどよろしくお願いいたします。

F(署名)

 

3. Yは,第1回口頭弁論期日において,あらかじめ提出していた答弁書に従って,「Xの請求をいずれも棄却するとの判決を求める」との請求の趣旨に対する答弁をした上で,「旧知のFに甲の購入の事実を問い合わせたところ,『覚えがない』とのことであったので,訴状記載の請求原因8の事実は否認する」と述べた。そして,(陳述①)「『覚えがない』と言っているFがこのような文書を作成したとは考えられないので,甲4号証の成立も否認する。」との陳述をした。

 

4. また,Yは,第1回口頭弁論期日において,訴状の請求原因5の記載について「『どれだけ遅くても来年2月末までに,傷を修理した甲を持ってこなければ,支払済みの200万円は返してもらうし,損害賠償も払ってもらう。』とのXの発言があったことは認める。」という陳述をした。第1回口頭弁論期日の後,弁論準備手続が開始され,同手続は計3回の期日をもって終結した。

  その後,Fの証人尋問並びにX及びYの当事者本人尋問を行うために,第2回口頭弁論期日が開かれたが,この期日の冒頭の弁論準備手続の結果陳述に引き続いて,Yは(陳述②)「訴状の請求原因5記載のXの発言のうち,『支払済みの200万円は返してもらう』旨の発言があったことは否認する。」との陳述をした。そして,(陳述③)「仮に訴状の請求原因5記載のとおりのXの発言があったとしても,それが解除の意思表示に該当することは争う。」との陳述もした。なお,受訴裁判所は,弁論準備手続における両当事者との協議の結果,この第2回口頭弁論期日をもって弁論を終結する予定にしている。

 

〔設問2〕 下線部のYの陳述①から③までに関する次の設問に答えなさい。なお,設問はXが訴状で採用した実体法上の法律構成の当否を問うものではない。

 (1) 陳述①の訴訟法上の効果を,Yが甲4号証の成立について認否をしなかった場合と比較して,論じなさい。

 (2) 陳述②と③の訴訟法上の効果(攻撃防御方法としての許容性を含む。)を論じなさい。

 

Ⅲ 以下の問題は,前記Ⅱの訴訟を前提としている。ただし,第2回口頭弁論期日が開かれる前であるものとして答えなさい。

 

  Yは,第3回弁論準備手続期日が終了した後に,このまま訴訟を続けると業界の噂になって,他の顧客との取引に支障が出かねないと考え,ある程度の譲歩をしてもよいので,何とか訴訟を終わらせてほしいと,K弁護士に相談した。そこで,K弁護士は,X側のJ弁護士に協議を申し入れた。K弁護士は,J弁護士から,Xが「以前から欲しいと思っていたY所有の仏像乙を手に入れることができるのであれば,訴訟にはこだわらない。」と述べているという話を聞かされたので,そのことをYに伝えたところ,Yは「乙であれば手放してもよい。」とK弁護士に述べた。このことをJ弁護士に伝えると,J弁護士から,次のような提案があった。

  「YがXの請求債権が存在することを認めた上で,乙を代物弁済としてXに譲渡するのであれば,訴訟については矛を収めることにする。その方法だが,(方法①)Yが1週間以内にXの自宅に乙を持参すれば,その場で訴えの取下げを合意する契約を結び,きちんとした契約書を作る。その方法が嫌であれば,(方法②)次回の口頭弁論期日にYが乙を持参して,法廷でXに手渡してくれれば,請求債権はそれで消滅したということで,その期日に請求の放棄の手続をとる。あるいは,(方法③)同じく法廷で乙を授受することを前提として,YがXの請求債権を認め,これが代物弁済によって消滅したこと及びXとYの間に本件に関し一切の債権債務が存在しないことを相互に確認する旨の訴訟上の和解をするということでも結構だ。」

 

〔設問3〕 K弁護士の立場で,①から③までのいずれの方法をXの側に求めるべきかにつき,訴訟法上の観点から論じなさい。ただし,訴訟費用の問題を論ずる必要はない。

 

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 本問は,売買契約締結後・引渡し前にその目的物(特定物)に瑕疵が生じた場面において,民法上の様々な法的構成と争点,民事訴訟における訴訟行為をめぐる諸問題についての基本的な理解を問う総合問題である。本問は,比較的長文の事実及び当事者の主張から法的な問題点を発見する能力,当事者の望むところを的確に法的に構成する能力,そうした法的構成にとって意味のある事実を過不足なく拾い出す能力,相手方の主張の問題点や中心的な争点を明らかにする能力,具体的な事実に即して抽象的な法原則や法制度を正確に理解し法規定を解釈・適用する能力などを多面的に問うている。これらに加えて,論じるべきことを論理的かつ明快に構成した文章で表現する能力が備わっているかについても評価の対象としている。

 設問1は,課題(a)として,買主Xが支払済みの代金200万円の返還と18万円の損害賠償を請求するために,どのような法的構成で主張してくるかを検討するよう求めている。代金返還を主張する法的構成として中心となるのは,履行遅滞を理由とする解除に基づく原状回復請求(民法第541条)であるが,定期行為の履行遅滞による解除(民法第542条)や瑕疵担保を理由とする解除(民法第570条)の構成も考えられる。損害賠償については,一般の債務不履行に基づく損害賠償(民法第415条)と瑕疵担保を理由とする損害賠償(民法第570条)が考えられる。このうち解除に関しては,解除の対象となる売買契約の締結・解除権を発生させる要件・解除権行使について,損害賠償に関しては,損害の発生とその数額について,【弁護士間で確認された事実】から,過不足なく事実を指摘して主張を構成することが求められる。

 Yの側からの反論を考えるよう求める課題(b)では,解除の主張に対し,定期行為性の否定,制度の趣旨による瑕疵担保規定の不適用・契約目的不達成要件の不充足,12月7日の適法な提供,履行期の延期合意の成立あるいは相当期間内の履行による履行遅滞自体の否定,履行補助者性の否定と選任・監督上の無過失・不可抗力,解除の意思表示の否定などが,反論として考えられる。なお,解除権の行使について権利濫用・信義則違反という反論を評価しないわけではないが,一般条項に頼る前に検討すべきことが少なくない。損害賠償請求に対しては,特別事情の予見不能(民法第416条第2項),信頼利益と履行利益の同時請求の矛盾,債権者の損害軽減義務違反等による過失相殺などが反論として考えられる。答案では,これらの反論をXの主張と対比させ,やはり事実を的確に指摘しつつ,説得力をもって論じることが求められる。

 設問2は,自白,擬制自白及び自白の撤回についての民事訴訟法の理解を主として試すものである。陳述①については,署名はあるが押印のない私文書を題材に,書証の成立に関する事実についての擬制自白の成否を論じた上で,擬制自白が成立しない場合における書証の成立の真正の証明について,民事訴訟法第228条第4項の規律を踏まえて説明することを求めたものである。陳述②及び陳述③については,Xの従前の発言が主要事実に該当するのか否か等,その法的位置付けを本件事案に即して具体的に検討した上で,自白ないし擬制自白の成否及び従前の陳述の撤回可能性を,その法的位置付けと論理的に整合するように導くこと,また,併せて,時機に後れた攻撃防御方法として却下されるものか否かについて,具体的な手続の進行状況に即して,当該攻撃防御方法を許容すると新たにどのような審理が必要となるかを踏まえつつ,論じることを求めたものである。

 設問3は,訴訟を終了させる当事者の行為,すなわち,訴えの取下げの合意,請求の放棄及び訴訟上の和解の三つの方法について,紛争の解決を希望する被告の視点から,具体的事案に即して,その長短を比較検討するというものである。具体的には,この三つの方法について,それぞれの法的性質,既判力の有無や範囲等の法的効果の検討を踏まえ,意思表示の瑕疵の主張等による紛争の蒸し返しや再訴による新たな紛争の発生の可能性等を本件具体的事案に即して検討した上で,それを横断的に比較しながら三つの方法の長短を論じることが求められる。

ヒアリング

新司法試験考査委員(民事系科目)に対するヒアリング概要

 

(◎委員長,○委員,□考査委員)

 

◎ 本年も,考査委員の先生方の採点実感等率直な感想をお聞かせいただきたい。まずは,民法担当の考査委員から発言をお願いしたい。

 

□ まず,大大問全体の趣旨と,それから,主として民法である設問1について,その趣旨を説明する。

 本問は,売買契約を締結した後,引渡しが行われる前に,特定物である売買目的物に瑕疵が生じたという事例を取り上げる総合問題である。設問1は,民法上の様々な法的構成と争点について,設問2,設問3は,民事訴訟における訴訟行為をめぐる諸問題について,それぞれ基本的な理解を問うものである。実は,当初,問題の案として,これまでに余り議論のないようなテーマを出題し,考えさせる工夫をすることも検討していたが,未修者が初めて受ける試験であることを考慮して,あえて基本的な問題に絞ったものである。

 本問では,比較的長文の事実及び当事者の主張から法的な問題点を発見する能力が,まず第一に求められる。そして,当事者の望むところを的確に法的に構成する能力,それと不可分であるそうした法的構成にとって意味のある事実を過不足なく拾い出す能力,それから相手方の主張の問題点,中心的な争点を明らかにする能力,具体的な事実に即して抽象的な法原則を正確に理解して法規定を解釈適用する能力などを多面的に問うものである。さらに,これに加えて,論じるべきことを論理的かつ明快に構成した文章で表現する能力が備わっているかについても評価の対象としている。これが全体の趣旨である。

 設問1は,課題(a)として,買主Xが支払済みの代金200万円の返還と18万円の損害賠償を請求するために,どのような法的構成で主張してくるかを検討するように求めている。代金返還を主張する法的構成には,いろいろなものが考えられるが,中心となるのは,履行遅滞を理由とする解除である。

 そのほか,解除原因として,定期行為の履行遅滞,更にこれは法的構成によるが,瑕疵担保責任も考えられる。損害賠償については,一般の債務不履行に基づく損害賠償と瑕疵担保を理由とする損害賠償が考えられる。

 このうち解除に関しては,解除の対象となる売買契約の締結,解除権を発生させる要件,それから解除権の行使について,他方,損害賠償に関しては,損害の発生の事実とその数額について,【弁護士間で確認された事実】から過不足なく事実を指摘して,主張を構成するように求めている。

 今度は,Yの側からの反論を考えるように求める課題(b)の方では,解除の主張に対して,本件契約が実は定期行為ではないのではないかということや,瑕疵担保の規定は制度趣旨からすると,本件には適用されないのではないか,仮に適用されても契約目的不達成という要件が満たされないのではないか,という問題点がある。

 いろいろ列挙したが,12月7日に目的物を持ってきて提供しているわけだが,これが適法な提供であれば,そもそも履行遅滞がないのではないか,仮にそうではないとしても,その後のやり取りによって,履行期の延期の合意が成立したのではないか,あるいは,それがないとしても,修理して持っていっていれば,相当期間内の履行になっているので履行遅滞自体が成り立たないのではないか,仮に履行遅滞が成り立つとしても,本件の運送人は本当に履行補助者なのか,履行補助者ではなく,独立性があるのではないか,そうだとすると,仮に,履行補充者であるとしても選任監督上の過失はないということで争えないか,あるいは,不可抗力によって運送人自身が免責されるために,それを使用している債務者も免責されるのではないか。さらに,本件では,そもそも解除の意思表示が明確になされていないのではないかなど,反論としてたくさんのポイントを考えることができる。

 なお,本問では,解除権の行使について,権利濫用であるとか信義則違反であるといった反論を書いた者がいる。こういった反論も成り立つわけであるし,採点する委員としては,そういう答案を全く評価しないわけではないが,やはり,一般条項に頼る前に,今挙げたような検討すべきことは少なくないと感じている。

 それから,損害賠償に関しては,特別事情を債務者において予見できなかったために賠償すべき範囲に入らないのではないか,あるいは,アクリルケースの契約の合意解除にかかる費用の損害賠償も請求しているが,これは契約の清算を前提としているので,逆に契約の履行を前提とする得べかりし賃料の請求とは,論理的に同時に成り立たないのではないか,あるいは,債権者自身にも説明不足などの対応のまずさがあり,損害軽減義務違反があって,損害賠償が認められるとしても,過失相殺によって全額ではないのではないか,などの反論が考えられる。

 設問1では,ここに挙げたような反論を,Xの主張と対比させつつ,やはり事実を的確に指摘して,説得力をもって論じるということを求めているわけである。

 以上が出題の趣旨と解答に求めていることである。

 続いて,採点した感想について述べる。採点実感については,各委員にメモを出してもらい,それに私自身の意見も少し加えて統合した形で述べたいと思う。

 まず,出題の意図に即した答案の存否及び多寡についてである。設問1は,出題の意図におおむね沿う答案が過半を占めたと思う。しかしながら,全体として見ると,後で詳しく述べるが,設問2の出来が極めて悪くて,設問3も時間不足なのか,浅くて短い答案が少なくなかった。受験生の実力を適切に反映した採点という意味では,おおむね達成できているものと思われるが,大大問全体を通して十分な水準だと評価できる答案がどれくらいあるかと言われると,やはり,必ずしも多くはない。合格すべき水準に達していない答案の割合が過半数を上回っており,実務修習を受けるに至る能力を備えていないような合格者が多数出てしまうのではないか,こういう厳しい意見も複数あった。

 次に,出題時に予定していた解答水準と実際の解答水準との差異についてであるが,これは具体的な問題となるので,設問1の民法の部分に絞って述べる。主要な論点の中では,瑕疵担保解除,契約の締結の時点がいつかということについて正しく指摘できていない者が結構多数あった。逆に,定期行為解除,履行遅滞解除については,これに気付かないというのはほとんどないので,抽象論の部分では,まずまずの答案が多かったわけであるが,具体的な事実を適切に指摘して,Yの側からの反論として構成できるかというところで力の差が大きく開いている。

 例を挙げると,履行期の延期の合意,あるいは相当期間の未経過,あるいは解除の意思表示が実際になされたか否かなどの議論というのが,やはり事実のところをうまくつかめないと議論ができない。

 それから,意外に思ったのが,損害賠償について,問題文でX側の主張として述べているのに,触れていない者が少なくなく,論じている者も極めて簡略ないし粗雑な論述にとどまるものがほとんどで,この点を丁寧に述べている答案が少なかったと思われる。

 その次に,出題の意図と実際の解答に差異がある場合の原因として考えられることについて,二・三点述べる。

 まず,事実の分析あるいは当てはめの点が極めて弱いということである。問題文中に意図的に多くのヒントを散りばめてあるわけだが,それにもかかわらず読み取れていない。それが,期待する答えを書けていない大きな原因と考えられる。

 長い問題文を丁寧に読むという出発点において,まだ十分な力がついていない者が多いと思う。それから,設問1は,要件事実そのものを問うているのではないが,要件事実を意識していれば,必要不可欠な事実の拾い出しは,実は容易だったはずである。法科大学院では要件事実の基礎の教育が行われるべきものとなっているが,その点,やはり十分できていないように思われる。今回の問題は,要件事実そのものを問うているものではないが,要件事実の的確な整理や分析を行っている答案には,プラスアルファとして高い評価を与えることとした。しかし,残念ながらそのような答案が非常に少なかった。これが原因の一端となって,読み取りと当てはめの力が足りないように思われたのである。

 次に,複数の法的構成が考えられる場合に,論点の列挙にとどまり,相互の異同や関連性について,きちんとした理解ができている答案が少ないと感じる。これは,受験生が個人個人の頭の中で得た知識が十分ネットワーク化・体系化できていないということであり,従来から指摘されている論点主義的で,論点がばらばらに浮かんでいる浅薄な理解がまだまだ少なくないと思われる。

 それから答案全体のバランスの悪さが指摘できる。先ほど損害賠償の議論が欠けていると指摘したが,解除の成否という中心的論点に目を奪われ,求められている損害賠償の論述が一切欠けているか不十分であることも,恐らくこれらの両方の欠点,すなわち,読み取りと当てはめの不足,および,大きな論点を見付けるとほかの論点を見失ってしまう,ということが原因ではないかと思う。

 なお,文書が箇条書きのようにぶつ切りで,論理に脈絡のないものもあり,また,誤字が非常に多かったり,極めて読みにくい略字を使ったり,あるいは走り書きになっている答案もあった。およそ他人に読んでもらう文章を書くという試験以前の常識に欠けている答案が少なくないと感じており,このことは非常に大きな問題である。

 次に,今回の結果を受けて法科大学院に求めるものは,今,述べたことの裏返しになる。境界領域や発展的な問題の理解も大事ではあるが,それよりも,事案の分析力を磨き,基本的な理解を確実に得させることに重点を置くべきであろう。

 それから,今回の結果を受けて新司法試験の出題に当たり見直すべき点を二点挙げる。昨年に比べると,問題量は相当に絞っている。

 昨年は4題出題,今年は3題である。それでもなお,ヒントを散りばめているから長くなっているのであるが,問題文が長くて,解答時間不足に陥っているのではないかと感じられた。特に設問3の解答が極めて粗雑に終わってしまっていることから,時間不足ではないかという指摘が複数の委員からされている。これが第一点である。

 それから,次は非常に強い意見として出ている。大大問という出題形式については,昨年も賛否両論の議論があったと思うが,今年は更に出題形式として大大問には限界があるという意見が,圧倒的多数とまでは言えないとしても,相当多数になってきている。すなわち,大大問の趣旨は,総合的な力を試すことであるが,実際は複数分野の設問の寄せ集めに近い接合問にすぎないのではないか。しかも,どうしても,やや無理をして一つの問題にしていることから,事案が不自然になりがちではないか,と言われている。それから,大大問の形式では問える内容に大きな制約が加わる。とりわけ問題の後半の設問は,前半の基本部分が固まるまでは詰められない。作問のスタートが遅くなり,作業の効率がかなり悪い。さらに,この点に関しては,民事訴訟法からも述べられると思うが,受験生が,出題されそうな論点に山を張ってくるおそれもある。今回の設問2のような,融合問で出題しにくい問題については,受験生もおざなりな勉強しかしていなかったのではないかという感想・指摘があった。いずれにしても,融合問を続けていくのは問題があるのではないかという意見が多数あった。

 最後に,その他の意見として,一つだけ紹介する。いろんな傾向の,難易度の異なる問題が毎年出ることが望ましいので,一年ごとの問題の質や難易度はそれほど均一にする必要はない,という趣旨を書かれた委員がいた。

 

◎ では,引き続き,民事訴訟法担当の考査委員の先生に発言をお願いしたい。

 

□ 民事訴訟法の担当から述べさせていただく。今述べられた民法担当の考査委員の御意見と重複するところがあるので,主な点に絞って述べたい。民事訴訟法担当でも,考査委員全員が集まって意見交換をする機会を持つことができなかったので,個別に寄せられた意見や,私の採点の実感に基づいて述べることとする。

 まず,設問2は(1)と(2)の二つに分かれており,(1)は陳述①に関する問題である。陳述①というのは,Yが甲4号証であるF名義の文書の成立の真正を理由を述べて否認したものだが,陳述①の訴訟法上の効果をこのような陳述がなされなかった場合と比較して論じさせるという問題である。

 出題の意図を具体的に述べると,本件文書の成立の真正が否定されると,この文書に甲を買いたいというFの意思が記載されていることが否定され,結局この文書の形式的証拠力も否定されることになる。そこでXとしては,まずこの文書の成立の真正を証明しなければならないことを指摘してもらった上で,この文書が私文書であって,末尾にFの括弧付きの署名があることから,Xは,それがFの署名であることを証明し,民事訴訟法第228条の第4項を使って,文書全体の成立の真正の推定を得るという方法で,この文書の成立の真正を証明することができる。この証明にXが成功した場合には,Yは推定を覆すための立証活動をすることになるわけであるが,それが反証で足りるのか,それとも反対事実の証明まで要するのかは,この第228条第4項の「推定」の性質をどう解するかにかかっている。こういうことを論じてもらうことを出題する側としては期待していたわけである。

 この点に関する採点実感であるが,よく書けた答案もごく少数あったものの,残念ながらほとんどの答案の出来栄えは芳しいものではなかった。

 「形式的証拠力」という用語が使われた答案自体が少数で,第228条第4項の「推定」の理解も不十分であった。

 この規定が適用されるためには,陳述①がある以上,まずXが,Fの名前が書かれた部分がFの自署であることを証明しなければならない,ということが理解できていないもの,また,この文書には押印がないわけで,いわゆる二段の推定の適用は,その前提を欠くにもかかわらず,それが適用されるとしたものが相当多数あった。

 (1)の問題の事例では,Yが理由を付けて否認しているが,認否をしない場合と比較して論じなさいという設問になっている。認否をしなかった場合については,民事訴訟法第159条第1項によりFが文書を作成したという事実について,擬制自白が成立するのかどうか,ということを論じてもらうのが出題の趣旨である。具体的には,この事実が補助事実であることを指摘した上で,補助事実についても擬制自白が成立するのかどうか,擬制自白が成立しない場合でも,いわゆる証明不要効が認められるのかということを論じてもらうことを期待していたわけである。

 ところが,採点の結果は,やはり芳しくなく,何の理由付けもなしに,この場合のXは本書の成立の真正の立証負担を免れるとするものが多数を占めていた。補助事実という言葉自体が出てこない答案も多数あり,この事実が間接事実であると記載された答案も少なからずあった。

 このように,設問2の(1)については,予定していた解答水準よりかなり低い水準の答案が多かった。その原因であるが,これは事例に即して考えるというところまで行き着くことができなかったからではないか,つまり,基礎知識というか,基礎理論の理解が極めて不十分であったからではないかと思われる。

 更にその原因はどこにあるのかであるが,これははっきりとは分からないが,あるいは,従来から民事訴訟法の教育では,証拠法の分野は,時間の関係であまり講義がされなかったがその影響が残っているのではないか。もちろん,これは私の推測であるが。

 次に,設問2の(2)であるが,これは陳述②,③の訴訟法上の効果を攻撃防御方法としての許容性を含めて論じるという問題である。その趣旨は,Yが第1回及び第2回口頭弁論期日において,陳述②については認める旨の陳述から否認に態度を変え,陳述③については沈黙から否認へと態度を変えているわけであるが,それが許されるのかということを,第1回口頭弁論期日における陳述又は沈黙の訴訟法上の効果という観点から,あるいは,弁論準備手続が終結の効果という観点から,論じてもらうというところにあった。

 更に具体的に言うと,まず前者については,第1回口頭弁論期日における認める旨の陳述,あるいは沈黙が,訴訟法上どういう効果を有するのかということを論じる必要がある。そのためには,「支払済みの200万円を返してもらう」旨の発言が解除の意思表示に該当する主要事実なのか,それともXがした解除の意思表示という主要事実の存在を推認させる間接事実なのか,ということについて,社会的な生の事実が主要事実なのか,それとも法的に構成された事実が主要事実なのか,という点を踏まえて論じる必要がある。その上で,さらに,それに対応して,このXの発言が解除の意思表示に該当することを争うという第2回口頭弁論期日において,初めてされたYの主張はどのような意味を有するのかを,論じてほしかった(前者の立場では,Xの発言の法的評価に関する主張ということになるし,後者の立場では,主要事実の否認に当たる。)。そして,この点につきいずれの立場をとるのかを明示した上で,それぞれの立場から,自白あるいは擬制自白が成立するのか,自白又は擬制自白が成立するとすれば,撤回できないのか,これを撤回できないとして,例外的にどのような場合に撤回が可能なのかといった問題を,論理的な整合性をもって論じてもらうことを期待していたわけである。

 採点実感であるが,「支払済みの200万円は返してもらう」旨のXの発言は,主要事実であるとする立場を採用するものが多数を占めていたが,なぜそういう立場を取るのかを論じることなく,当然の前提として答案を書いているものがかなりあった。

 それからXの発言中,「支払済みの200万円は返してもらう」という部分は解除の意思表示に当たると考えられるが,これを催告であると理解し,陳述③に関する論述と齟齬を来すものも結構あった。

 自白の成否,撤回の可否・要件といった問題は一般論としてはよく知られた問題であるので,一般論の記述そのものは,一定の水準には達していたと思われる。ただ,事例に即して論じるという姿勢が極めて希薄で,更に自白の当事者拘束効,撤回禁止効については,その根拠に論及するものは,むしろ少数であった。

 次に,後者の攻撃防御方法としての許容性という観点であるが,弁論準備手続の期日が第1回口頭弁論期日と第2回口頭弁論期日との間に3回開かれて同手続が終結している。そこで陳述②,③が時機に遅れた攻撃防御方法として却下されるのではないかという問題を,この事案に即して論じてもらうことを期待していた。

 この問題には気付かない可能性があるので,問題文に括弧書きを入れて問題の所在を示唆したのであるが,それでも全く論じていない答案が,少なくとも私の印象では半数をはるかに超えていたように思う。この問題を論じたものでも,却下要件を並べるだけで,事例に即して論じないものがほとんどであった。若干の優れた答案では多少論じられていたが,それでも,陳述②,③を許すとどのような審理が必要になるのか,必要となる審理は第2回口頭弁論期日で予定されているXとYの当事者本人尋問でまかなえないのか,といったことを考えて論じるものは残念ながらごく少数であった。

 それから,陳述③については,事実の法的評価は裁判所の専権事項であるから法律上の主張は攻撃防御方法としては許容されないとする答案が多数あった。

 このように,設問2(2)については,一般的・抽象的なところはかなり書かれていたわけで,その点ではまずまずという出来栄えだったが,やはり,事例に即して論じるということについては,物足りないものが多かったように思う。

 これは昨年の試験もそうであったと記憶しているが,法科大学院で勉強する際に,一般的・抽象的に説かれる理論を具体的事例に適用しながら理解するという姿勢を持ちつつ指導を受けるという基本姿勢に欠けるところがあり,それが原因ではないかと思う。この点は授業を担当する者としては注意しなければならないと自戒しているところである。

 次に,設問3であるが,これは取引全般への影響を慮って,譲歩してもよいから早く訴訟を終わらせることを欲しているYの立場から,訴え取下げの合意,請求の放棄,訴訟上の和解の3つの方法の長所短所をそれぞれ比較検討して,どれを勧めればよいのかを論じる問題である。

 出題の意図としては,Yにとって最も適切な方法を選択するためには,それぞれの方法の効果・効力を検討してもらう必要があり,そこをきちんと書いてもらいたかったわけである。例えば,訴え取下げの合意について言うと,合意にしたがって訴えが取り下げられた場合,あるいは訴えが取り下げられなかった場合に,それぞれどういう効果・効力を有するのか。また,請求の放棄や訴訟上の和解について言うと,これらは既判力を有するのか,その既判力は,例えば意思表示に瑕疵があったという主張で再度訴えが提起された場合に,これを封ずることができるのか,既判力が肯定されるとすれば,請求の放棄と訴訟上の和解とでその範囲に差異が認められるのか。こういったことを論じた上で,適切な方法を選択してもらうことを求めていた。

 採点実感であるが,出題の意図についてははっきりしているので,受験生によく伝わっていたと思う。その意味で,答案はある程度の水準に達していたが,深みに欠けるものが多かったという印象であり,さらに,最後の設問であったためか,分量が少ない答案や文章の途中で終わっている答案も見られた。どうして深みに欠けたのかということであるが,具体的な事案との関係での論述がやはり期待されているにもかかわらず,例えば,意思表示の瑕疵という点については,目的物が仏像という,その評価が後で問題になりやすいものとすることによって,それを示唆をしているわけであるが,この点に言及するものは極めて少なかった。訴訟上の和解には清算条項が入っていたが,具体的にXの側からどのような新たな請求が出てくる可能性があるのか(例えば,アクリルケースに関する請求)といったことに言及する答案は,ごく少数であった。

 それから,訴え取下げの合意については,訴えの取下げそのものと誤解したものがあったし,また,その法的性質について,これを訴訟契約であると位置づけながら,Xが合意に従って訴えを取り下げない場合には,訴えの利益なしとして,却下判決をするとしたものもあった。このほかにも,終局判決前の段階で合意をしているにもかかわらず,訴えの取下げの再訴禁止効に言及するなど,事例を無視して書かれた答案があった。その他,請求の放棄について,放棄の手続をとることを合意する方法であると誤解するもの,Xの請求の放棄に基づいて請求棄却判決をすると書いたものもあった。請求の放棄や訴訟上の和解については,単に再訴が提起された場合と,意思表示の瑕疵を主張して再訴された場合とに分けて論じないもの,あるいは,既判力の範囲について論じないものがあった。方法の選択については,Yの方は早く訴訟を終わらせたいと考えているわけであるが,それにもかかわらず,Yの方から積極的に訴訟を提起する可能性ということを非常に重視して方法を選択するものもあった。

 「今回の結果を受けて法科大学院教育に求めるもの」については,昨年のヒアリングにおいても指摘があったところであるが,法科大学院においては,一般的な理論を具体的な事例に即して展開・応用する能力を涵養する教育が望まれるという意見が多数寄せられた。それとともに,基礎的知識の不正確さが目立ったが,法科大学院教育でこれが改善できるのか,疑問であるといった,法科大学院教育に対する悲観的意見が昨年より目立った。

 今後の出題については,大大問という形式に関しては,民事訴訟法担当の考査委員からは悲鳴に近い声が上がっている。廃止することも検討すべきだという意見もある。その理由は,形式面というよりも内容面からで,法科大学院の修了生の多くは,融合問題を問うだけの水準に達していないのではないか,むしろ,個別分野の重要な制度を確実に理解しているかを試す問題を出題すべきではないかという意見が複数あった。

 

◎ では引き続き,商法担当の考査委員に発言をお願いしたい。

 

□ 民事系科目第1問の商法の問題について報告する。

 第1問の問題は,甲株式会社において,取締役会の内部でA派とB派の対立が生じている場面で,その一派であるA派主導で乙株式会社という別の会社に対する第三者割当てによる募集株式の発行が行われたという事案をもとに,甲及び乙会社で生ずる法律問題について問うものである。

 設問1は,甲会社において,第三者割当て実施後に少数派であるB派が取り得る対抗手段を解答させる問題で,甲会社の募集株式の発行の手続等における瑕疵を見付け出して,それに基づいて,いかなる法的手段が可能かを検討させるという問題である。具体的には,新株発行無効の訴えの提起が許されるかどうかという点の検討が中心になる。会社法では,新株発行無効の訴えの制度を定めているが,無効原因については規定されていないので,どのような瑕疵を基に,新株発行無効の訴えが認められるかどうかが問題となる。

 本件では,発行直前の市場価格を大きく下回る価格での発行が行われているが,募集株式の発行に当たって株主総会の決議を経ていないため,いわゆる有利発行規制に違反するかどうかが,まず論じられる必要がある。また,本件では,募集株式の発行に関する取締役会決議がB派の取締役が海外出張中に抜き打ち的に行われたということがある。かかる場合の取締役会決議の効力も問題となる。さらに,本件の第三者割当てが,A派の経営における支配権を維持するための不公正発行であったかどうかという点も問題となり得るところである。

 それぞれ無効事由に該当するのかを論じた上で,もし,瑕疵が認められるとするならば,それが無効原因になるのかどうかも併せて考えなくてはいけないということである。募集株式の発行に瑕疵があった場合における発行の効力に関する判例や学説を踏まえながら,本件特有の事情を考慮して,自己の見解を述べる必要がある。

 続いて設問2は,第三者割当てにより甲会社の株を引き受けた乙会社側の取締役の,会社に対する責任について解答させる問題である。

 甲会社の株式を引き受けたものの,その後に保有する甲会社の株式の価値が大きく下落した場合に,どのような責任が乙会社の取締役に発生するか,あるいは発生しないかということを検討してもらおうというものである。具体的には,会社法第423条が定める任務懈怠の責任の有無が判断される必要がある。任務懈怠の責任と,善良なる管理者の注意義務との関係,更に注意義務の判断基準をどう理解しているのかが問われる問題である。その際,特に経営判断の原則の意義についての的確な理解が求められており,その上で,経営判断原則を本件でどのように解するのかを論じる必要がある。この問題では,資料として,弁護士事務所の意見書と監査法人の報告書が添付されている。これらは,それぞれ異なる視点から作成されており,それらの資料を読み解いて,乙会社の取締役の責任の有無についてどのように考えるかについて,説得力のある解答が期待されている。併せて,仮に取締役に責任があるとする場合には,その義務違反と損害との間の因果関係であるとか,賠償すべき損害額についても検討する必要がある。

 以上が出題の趣旨と解答で期待されているところであるが,採点実感について述べると,今年の問題は設問1が新株発行無効事由の存否,設問2が経営判断原則の下での取締役の会社に対する責任の存否という,比較的オーソドックスな問題を中心に問うものであったため,両設問とも,解答のポイントを極めて大きく外れているという答案は余りなかったというのが委員の多数の印象である。この点では,設問の1つの方について,重要なポイントを完全に見落としていた答案が多数あった昨年とは,若干事情が異なっていた。このようなことから,受験生の方では,丸ごと外したと思っている受験生は余りいないかもしれないが,これからも述べるように,結構答案のレベルの差は付いている。

 全体的な答案の水準については,各委員の意見を伺ったところでは,出題者の期待に達していたとは言えない,余りレベルは高くはないという意見と,それなりの水準には達しているのではないかという意見が分かれていた。それなりの水準に達しているというのは,いい水準にあるというよりは,昨年の経験なども踏まえて同じくらいのレベルだろうということであり,我々が想定した水準と大きく外れたものではないということで,その程度のものであると御理解いただきたいと思う。全体的に非常に優れた答案が多いというわけではないということでは意見の一致がある。

 どの点で差がついたかであるが,設問1では新株発行無効事由となるかもしれない瑕疵など,法的な問題点が複数あるので,それをどれだけ見いだしているか,また,それぞれの瑕疵ごとに,何が法的問題かを正確に議論しているかどうかで差がついている。更に本件では,経営状況が悪化している甲という会社におけるほかの会社との企業提携のための動きが問題となっており,かつ,そのことが第三者株式割当て前後における株価の推移に大きく影響するという事案であって,そういう事実関係を踏まえて,法律上の問題点である新株発行の有利性の問題であるとか,不公正発行に該当するかどうかの問題について,説得力をもって議論しているかどうかという評価で点数に差がついている。設問2では,取締役の会社に対する責任の法的根拠が何かということについて正確に記述しているかどうか,経営判断の原則について,いかなる原則なのかが正確に記述されているかどうかというあたりは法律論がきちんと書けているかどうかということが問題になる。それから,資料につけた弁護士事務所の意見書と,監査法人の報告書の内容が,乙会社の取締役が甲会社の株式を引き受けた経営判断上の決定に,合理的につながっているのかが十分に分析されているかどうかいうあたりで,点数に差がついたのではないかと思う。経営判断の原則については,学説や判例上いろいろな定式の仕方があり,どれか一つの定式を採って議論することが駄目だということではないが,多くの裁判例では,経営判断を下すに至るまでの情報収集分析において尽くすべき注意と,下した経営判断の内容それ自体の合理性という,二つの側面について考えているわけであり,そういう定式を採ることを支持するかどうかはともかく,そういうことについて何らかのあいさつはされていることは必要とされているのではないかと思う。ところが,単に経営判断の原則で取締役の裁量の幅は広いと,単にそのことだけを言っている答案も少なくなく,判例の列挙が十分ではないと感じた。

 それから,資料に付けた意見書と報告書については,一見したところ,取締役の経営判断の合理性を肯定する方向と否定する方向の相反する方向を向いているので,両方をそれぞれ正確に分析した上で,両方を総合するとどういう結論になるのか,ということが議論される必要がある。しかし,それぞれの資料の分析がそもそも正確ではなかったり,一方の資料だけに基づいて結論を出している答案などが少なからずあり,そのあたりで差がついていたように思う。

 取締役の責任の存否について,結論はどちらでなければならないということはない。この事案を見れば,専門家でも意見が分かれるのではないのかと思われ,結論がどちらかでなければならないということはなく,我々も結論自体を問題にはしていないので,評価は,議論がいかに説得力をもって展開されているかという点に尽きるわけである。

 法学未修者が受験したことの影響についてであるが,議論の幅が非常に狭い,一つの点だけしか論じない,そういう答案が結構あるのは未修者の影響かもしれないという意見が若干はあるものの,全体的には,未修者が受験したことの影響については,商法の分野では,はっきりしないという意見が一般的である。

 今後についてであるが,旧司法試験の考査委員をされていた先生方の意見なども参考にすると,例えば本件の問題で企業提携とシナジーの分配であるとか,ファイナンスの側面の知識もある程度折り込みながら議論をしている答案も少数ながらあったわけで,それなりに法科大学院における商法科目の教育効果が上がっているという意見がある一方で,昨年もそういう傾向があったと思うが,新株発行無効事由とか取締役の任務懈怠責任,経営判断原則などの抽象的な法的命題はそこそこ書けているとしても,具体的な事実関係にそれらを当てはめる際に,事実関係の特質を踏まえた検討が十分にされているかについては,先ほど民法なり民事訴訟法でも御指摘があったとおり,まだまだ改善の余地が,商法に関してもあるというのが圧倒的な多数意見であった。法科大学院においても,そのような教育の改善が必要であろうという意見が多いわけである。

 商法というか,今回の会社法の問題で言うと,学部卒の法科大学院生など企業などにおける勤務経験,実務経験がない学生にとっては,事案の法的分析と法的判断の勘どころが身に付きにくいと我々が授業を行っていてもよく感じることであるが,そのあたりの勘どころを身に付ける教育と学習が必要なのではないか,そのためにはふだんから経済的な事象について,関心をもって勉強していただくことが重要ではないかと思う。そのあたりの勘どころが身に付いていないと,ある実務家委員の指摘にもあったことだが,例えば,設問2で,非常に高額の賠償責任があるという結論を,ごく簡単に下してしまっているものがあり,このようなもので実務家になるのはいかがなものかと思われる。つまり,検討すべきところが余り検討されていない。あるいは,もうちょっと考えればいろいろな解決の手段があるのに,そこに思い至ろうとしない。こういったことが問題ではないかという指摘もあった。

 出題については,当初から意識はしていたが,設問1の法的問題点がやや多かったかなという印象である。例えば,設問1でかなりエネルギーを使ったようで,設問2の答案があまり書けていないというものもあったということで,そのあたりのバランスが必要かなと思われたところである。

 

◎ では,質疑応答をお願いしたい。

 

○ 旧司法試験のときには,問題文も短く,金太郎飴的と言われる論点丸暗記のような答案が多いのが問題になっていたが,新司法試験の問題は,極めて豊富な事実や情報を与え,その中から自ら問題を発見させた上で論述させるもので画期的な改善がなされたと思う。ただ,そのような出題に対応できるためには,まず法律の基本をしっかり修得した上で更にそれを具体的事実関係に当てはめて応用できる次の段階の能力が必要とされると思う。特に学者の委員にお聞きしたいが,これらの高い能力を,自学自習も含めるとはいえ,法科大学院での限られた単位数の下で,養成できているのだろうか。

 

□ 一言でお答えするのが難しい質問であるが,理想と現実にギャップがあるのは確かである。私の教えている法科大学院でも,教員間でかなり協議をして,具体的な長文の問題などを周到に準備し,その時々に設定を変えた形で質問して答えさせ,誤った答えをしたら正解に誘導したり,あるいは受講生の答えの問題点を指摘するといった形で授業を行っている。また,具体的にその問題にどう答えるかだけではなくて,その背景や体系的な関連も聞いている。また,そういう理解を深めるため,個人で勉強して準備してくるだけでなく,グループで勉強して,自分の考え方がこれでいいのかどうかを互いに教えあうことを強く勧めている。こういった方法で自学自習をしないとついてこれないし,自学自習することによって,単にその問題だけではなく,より広くものが見えるという仕組みを一応は採っている。このような工夫はしているし,ある程度の効果は上がっていると自負もしているが,一方で,ちょっと難しい試験をすると,私が教えている法科大学院の学生でも,半分くらいの学生は良いが,それより少し下になると大丈夫かなと思う部分は正直ある。

□ 商法について言うと,例えば私の教えている法科大学院では,法学既修者で会社法の必修は2単位だけである。そこで何が教えられるかというあたりになると,担当していて限界を感じるところである。法律論を理解させて,さらに,今日,盛んに問題になっている事実への当てはめの問題など,設問を使いながら具体例に即して授業をしているが,おのずと限界がある。例えば,判例などは,いろいろな科目で盛んにやっているので,そういうところで判例を読む能力がかん養されていれば,授業で取り上げられる問題自体はそれほど網羅的でなくても,後は自学自習でやってもらいたいというところはある。特に会社法は近年改正が著しく,勉強しなくてはいけない量がかなり増えていると感じている。そのあたりを踏まえると,各委員が理想とするところまでは行っていないとは思うが,着実に,少しずつではあれ,改善の跡はあるのではないかと思っている。具体的な事例に即することにしても,必ずしも紋切り型の答案ばかりではなく,ある程度は事実関係を見ようとしている努力の跡はうかがえると言えるようになっているのではないかと思う。

 

□ 人によってやり方は違うと思うが,私の場合は,1年生の科目では短くて非常に簡単な設例を数多く作り,さらに,2年生の演習ではもう少し長いものを使って,設例を読んで設問を検討するという授業をしている。いわゆるソクラテスメソッドであるが,学生はどうも講義形式の授業を受けるのと同じ意識で授業を受けているように思う。せっかくソクラテスメソッドでやっているのであるから,一緒に議論をしながら考えることが大事だと思うが,ノートをとることに一生懸命になっている。ちゃんと事前に勉強し,考えておけば,そこまでノートをとることだけに集中する必要はないのではないかというようなことを指導しながら授業をしているが,学生がこれにうまく適応してくれればと思う。もちろん,こういった授業に対応できているトップクラスの学生の中には未修者もいる。いずれにしても,漫然と従来型の勉強をしている人と,双方向・多方向の教育に,自分の頭で考えながら,対応しようとしている人とでは当然差がつく。今年の問題についても,日ごろのそういった勉強の姿勢が,答案に現れ,差がついているのではと思っている。

 

○ 今回は未修者が初めて新司法試験を受けたのであるが,その点については,いかがか。

 

□ 答案の作成者が,既修者か未修者かは分からないので,試験問題の採点から述べるのは難しい。普段の授業や試験の経験から言うと,やはり未修者といっても多様なレベルの人がいて,あくまで私の感覚であるが,1割から1割強ぐらい人は,法律以外のことをやっても恐らくできたんだろうと思われるような,極めて広く深い理解力を持っていて,この人たちは本当に純粋な未修者であっても3年間で既修者に追いつくし,一部の既修者を追い越すところまできている。ただやはり,法律の議論ないしは法律の理屈の立て方に慣れるのに少し時間のかかる人が全体としては多く,3年生になっても,どうも基本的なところに弱みがある。また,1割から2割くらいは,進路を間違えているのではないかと言わざるを得ない人が混じっており,それが既修者よりは数が多いという印象である。しかし,既修者が上にきて,未修者が下にきているという構造ではなく,入り混じるようになっている状態である。それから,未修者が一緒にクラスに入っていることには,いわゆる論点型の狭い勉強しかしてこなかった既修者にとっても,意外な着眼点が出てきたりすることもあり,そういう意味で意義はある。結果として,総体として未修者の方が全体的に成績が下になる傾向はあるが,先ほど述べたように,既修者が上で未修者が下かというほどに差が付いているかというとそうではなく,3年もたつと相当追いついてきていると,感触としては思う。

 

○ 今年の結果を見ると,昨年よりも平均点がやや低い。そのあたりについて,問題も違うし,受験生も違うわけだが,未修者が受験したことの影響はどれほどと思われるか。

 

□ 今年の問題は,意識的に基本を聞くということにしているため,問題の難易度は下がっている。にもかかわらず,実感として,出来は去年より少し悪いという実感を持っている。しかし,それが,今年は未修者が受けたということと因果関係があるかというと,その点はわからない。ただ,現場での教育実感からすると,既修者・未修者という序列ではないが,未修者に基本的な理解が十分でない人が相対的には多いと思うので,結果的に全体の答案の出来が悪くなっているということに結び付いている可能性は高いと思う。

 

□ 問題の難易度はそんなに変わらないのではないかと思う。そうだとすると,平均点が下がった要因として,そういうこともあり得るのではないかと思う。

 

□ やはり何とも言えない。問題内容も違うので,なかなか比較は難しいと思う。

 

○ 旧試験のときには,答案がみな紋切り型であり,その出来栄えもよくないということが指摘されてきていたが,新司法試験になって,その点はどうなのか。やはり,かつてのそういう時代から比べれば,法科大学院の教育の成果は徐々にでも上がっているという見方ができるのかどうか。

 

□ 論点を拾い上げるだけでなく,さらに,事実への当てはめを求める部分は旧司法試験ではあまりなかったので比較できない点があるが,数はそれほど多くはないものの,現に,事実への当てはめの部分についてきちんと書いてある答案もあるので,法科大学院教育の成果が出つつあるのではないかと思う。

 

□ 旧試験と新試験では,問われている内容が少し違うので,明確に申し上げられないが,今,高い水準にまでは届いていないのは確かである。しかし,だからといって,全く成果がないかというとそうではなくて,少なくとも,法科大学院の学生は,事例に即して自分で考えて答えを出さなければならないという意識は,十分できつつあると思う。

 

○ 今度,初めて新司法試験組に対する二回試験が実施されるので,その結果について関心をもって見ているところである。旧司法試験組については,この前の二回試験で71人の不合格者が出たということであり,今後の推移を注意深く見ていく必要がある。

 基本的に法科大学院は二兎を追ったという面があり,本来指導しなければならないことに加えてプラスアルファになった部分の指導も相当な負担になっているのではないかと思われる。大変御苦労なことと思うが,基礎体力をしっかりと身に付けていれば,実務上のテクニックというのは,いかようにも鍛えることができるし,逆に,基本の部分が不十分だと,その後の実務の指導でも十分な成果を挙げることができないということになるので,折に触れて申し上げていることではあるが,法科大学院の指導に当たっては,そのあたりについての配慮をお願いしたいし,新司法試験の実施という観点から言うと,その部分についてはきちんとチェックできるような内容にしておく必要があるという感想を持っている。